「いやー危なかったっすよ。まさか師匠より速い相手とぶつかることになろうとは!! 我ながらよく勝てたっすねぇ」
(……ほんとだよ)
俺たちはあの忍の大部屋を抜け、下に延びる薄暗い階段をゆっくりと進んでいた最中、成美はふらつきながらも笑みを浮かべながら勝利に浮かれていた。
ほとんど敵はいないと言ってもここは敵地。まあ勝ち誇る価値のある相手だったしせっかくの勝利に水を差す気は無いけど、もうちょっと警戒すべきだと思うんだよ。
確か滴って名前だったか、あの忍の速度と戦闘技術はには目を見張るものがあった。
場所が平坦な大部屋とということもあったが、それでも成美には無理かなって思うくらいには他の雑魚共とは一線を画した実力を持っていた。
正直運が良かったと思う。心を読んでないからどうしてかはわからないが、最後の方にちょっと冷静さを失って勝負を逸ったからこの程度の消耗で済んだと俺が見ている。
そうでなければきっと相打ち、そこで終わりだった可能性の方が高かっただろう。
「あの人師匠よりも速かったし、もう速度は師匠抜いちゃったんじゃないっすぐへっ」
(阿呆。んなわけあるかよ)
なのにも関わらず調子に乗り出した成美にちょっといらっと来たので足を叩き、無駄に衝撃を乗せながら肩に飛び移る。
訓練のときですら、俺に一度たりとも触れられなかった奴が笑わせる。
確かにこいつの戦闘のセンスは認めざるを得ない。少年漫画の主人公みたいに速さに慣れたとか言い出したり、戦闘中にいきなり魔力の性質を弄るなんて真似は並の天才では絶対に出来ない芸当だ。
あの謎の白を抜きにしたとして、それでもいずれ俺に追いつくであろう極大な原石。
それでもまだまだ人の領域。あの程度の人間一人に悪戦苦闘しているようじゃあ、実力不足も良いところだ。
もし英雄協会の五つ星が一人でも出張ってくればすぐに捕縛され、現世の地獄と評判の地底監獄行きって程度の実力でしかないのだ。
……いやまあ、半年も行かないうちにあの連中と張り合うことが可笑しいんけどな。
(とにかく集中しろよ。まだ終わりじゃあないんだから)
「うへーい」
成美は面倒臭そうに返事をしながら一段一段ゆっくり降りていく。
それにしても湿っぽい階段だな。空気も悪いしこけそうなくらい明かりも少ないし、どういう意図でこんな設計したんだか疑問で仕方がない。
こういうのはもっと煌びやかに、これから最終決戦だぞと進入者がわかるくらいに派手なものにして欲しいものだよ。
大体上が和の志なのに、どうしてこうコンクリ剥き出しの通路なんだか。
少しは雰囲気を重視して欲しいものだよ。立地と環境を無視して楽しむための非化学じゃあないのかまったくもう。
今の姿だとそういう不便さを誤魔化そうとすると、ちょっと力が漏れちゃうかもしれないからなぁ。
まあ別に気にしなくても良いんだけど、せっかく成美が頑張ってるんだし少しは我慢してやろうと耐えているのだ。
(はー空気悪い。天井吹っ飛ばしてぇ~)
「暴言全部漏れてるっすよ。到着したから我慢して欲しいっす」
どうやら筒抜けだったらしい、これは失敬。
適当に謝りながらいつの間にか目の前にある大きく分厚そうな鉄の扉を開けようと、成美が扉に着いているハンドルを回して開けていく。
何だろう。こういうのって船とかに研究所とかの危なそうな部屋に付いてる、大体最後には水没とか汚染とかされてそうな奴だよね。
「お、開くっすね。オープナーセサミル-!!」
何その開けごまの亜種、何語かな?
謎の言葉のを唱えながら力任せに扉を引っ張って開き、成美はズガズガとその敷居を踏み越え──言葉を漏らした。
「──何すかここ。何すか!!」
(はえーすっご)
興奮する成美の肩の上で俺自身も思わず思考を漏らすほど、中は今までの景色とは異なっていた。
いろんな色の水と何かが入った水槽や黒い靄が暴れている透明な檻など、いかにも非人道的なことをやってますと言わんばかりの場所。
なるほど、これならあの階段のコンクリにも納得がいく。表向きは伝統的な組織のように見せ、裏ではこういったハイテクっぽい実験で時代に取り残されないようにするってわけか。
「こっちは犬みたいでこっちは人……? これ何やってんすかね?」
(さあ? 壊すと面倒いし放置しときな)
どうせ見てもわかりっこないし放置しとけと思うが、成美は好奇心を抑えきれないらしい。
まるで社会科見学に来た小学生のような浮かれ具合で、そこいらの水槽やら何やらを見て回る成美。
……そういえばこいつ、ドマイナーな掲示板を情報源にする奴だったな。
「──おっとびっくりしたぁ。まだ生きてるんすねこれ」
墨を集めたような黒い靄がガラスを叩くのにちょっと驚きながらも、更にテンションを上げていく成美。
そういえばこの黒い靄、どっかで見たことある気がしなくもないんだけど何の既視感だろうか。
(ほら寄り道終わり。とっとと行くぞー)
「ええーもうちょっと……わかった行く、行くっすからぁ」
このまま行くと日がな一日籠もってそうな浮かれポンチの頭を小突いて集中させ直すと、多少不満を垂れながらちらちら周囲を見て進んでいく成美。
それにしても地下のくせして広いなここ。いろんな物あるかはわかりにくいけど、さっきの大部屋より大きいんじあゃないかな。
「なにも──」
「邪魔だしおやすみっすねー」
反撃など許すことなく、反応する間もなく銃弾を的確に研究員らしき人達に当てていく成美。
(随分と簡単そうに処理するな。そんなに手加減上手かったか?)
「んー確かに。前よりも思うような力でやれてるっすね」
前より簡単そうに気絶させていく成美。
一応聞いてみるが自分でもそこまで掴んでいるわけではなく、成美は変化に疑問を持ちながらも何ら乱だすことなく処理しながら足を進めていく。
おそらくだが、性質を変えられるようになったことで力の調節がより正確になったのだろう。
この二つは方向性が違うとはいえ根本的には魔力操作──つまりはそんなに変わりのないことと言っても良いはずだ。
だから片方を熟せるようになればもう一方もまたやりやすくなる……たぶんそういうことだ。
うーんわからん。多分これであってるはずだけど、何か色々飛ばしすぎててもうよく分からないや。
早過ぎ歪過ぎ偏りすぎの成長三拍子に付いてけない。こいつ見てると、一個一個身につけた俺が才能ないみたいじゃないか。
……ま、いいか。これが終わったら当分は基礎と出来ることの確認にしよっと。
のんびりこれからの方針を決めていると、再び先ほどと同じような厳重さ全開な扉が見えてくる。
あの奥に最初に感じた変な力の塊を感じる。成程、あれがこの組織に眠る何かってことだろう。
「……師匠。何かやばい気配するっす」
扉の前に立ちながら、声と同じくらい乗っていてもわかるくらいの震えを示す成美。
感情的なものではない。まるで日を怖がる獣のよう、遺伝子に刻み付いた恐怖を表すみたいにハンドルに躊躇いを見せた。
──何かある。少なくとも成美にとっては害になる何かが、この先には待ち受けている。
「……い、いくっすよ」
(負けるなー)
恐怖に抗いながら、ゆっくりとハンドルを回し施錠を緩めていく。
がきん、と何かが動いたような音を出しながらゆっくりと扉は開き、その中の光景を俺たちに見せつけていく。
「……っ」
(……あれか)
最早欠片の余裕を見せず、唾を飲み込みながらその部屋を見る成美。
そこにあったのは巨大な水槽の柱。中央にそびえるそれのみの、何もない白紙の部屋だった。