剣閃が次々と襲い来る深緑の棘枝を払い続ける。
成美はひたすらに止まることなく、本体たる核であろう人のなれの果てへと近づこうとするが、すぐさま枝を壁にされ阻まれる。
「──うおりゃっ!!」
片手の剣を大太刀に変えて四方全ての枝を一気に切り落とすも、上空から降り注ぐ枝の矢に息つく暇もなく止まることを許されない。
休まることのない怒濤の連打。一度捕まれば最早逃げることは叶わない、そのままあの植物に呑まれてしまうだろう。
自らに余裕はないのは、成美自身がこれ以上なく自覚している。
そもそもあの忍──滴との戦いで、成美は最早立っていることすらきついと思うくらいには疲労困憊な状態だ。
師匠は鬼畜の中の鬼畜なのでまだ五割とか巫山戯たことをぬかしていたが、振り絞れる魔力はいつもの三割程度。体力気力共々合わせれば、もういつ意識が落ちても可笑しくはないくらいには限界だった。
──だが、成美が抱く不安はそんな己の些細なことに対してではなかった。
「──ぐっ!!」
枝を受ける腕に力を込め、鈍い苦悶を漏らしながら、自らの不安が的中していると確信した。
──太くなっている。弾けば弾くほど裂けば裂くほど、まるで干物に水でも加えたかのようにより強く重いものになって襲いかかってくる。
「埒が明かないっすね……!!」
止まることなく広がる根に嫌気を差しながら、それでも必死に打開策を考え続ける。
このまま際限なく増えれば、枝を一撃で対処できなくなればすぐに手数が不足し、たちまち呑み込まれてお陀仏一直線だろうと十二分にわかってはいた。
(がんばー)
「うるさいっすよっ!!!」
どれだけ動いても振り落ちることなく、この光景などどうでも良いと言わんばかりに欠伸をする黒猫に罵声を飛ばしながら、それでも必死に近づこうと足掻くが近づけない。
この暢気に観戦している真っ黒師匠は、もし私が倒れたら次は自分が狙われるかかもしれないことをわかっているのだろうか。
師匠の考えでは私の持つ神の力にのみ反応しているって話だが、それが自分に向かないなどと甘い考えを抱いている、或いは億に一つでも私を信頼してくれていたりするのだろうか。
……いや違う。今私が命がけで戦っている相手などきっと師匠なら、あの
かつて空を己色に染め上げた黒の化身。その力は容易く国を捻り世界すら呑み込むであろうとされた、
(──だからこそ)
だからこそ。そんな怪物が隣にいる今だからこそ、私は前に突き進まなきゃいけないのだ。
止まることなど許されない。どんなことでも良い、この人から学べることは全て得て進まなきゃいけなきゃ、この人よりも強いかもしれない糞野郎なんて倒せっこない。
──だから邪魔だ神殺し。私がそれをいずれ果たすために、存在自体を礎にしてやる。
徐々に速度を増しながら覆われ、最早僅かにしか視認出来なくなった
それでも成美はその目に映し、辿り着くべき一点を見失うことなく捉え続ける。
──うん、見極めたしもう覚えた。後は私が叩っ切る、ただそれだけだ。
「──行くっす」
決断は一瞬、その場から消えたのはもっと速く。
残り少ない魔力を燃やし尽くすかのように全開にし、足元すら埋め尽くした根を踏み締め、この場の全てを振り切るかの如く部屋を駆けた。
『────っ!!!』
口などない、声など発するわけもない生き物の咆哮。有り余る魔力で大気を震わせ、まるで衝撃と叫声のように轟かせる声ですらない叫び。
何度手を向けても触れぬ小さな
足掻けば足掻くほど成長を促すだけと気付かぬ、実に愚かでちっぽけな
どちらかなのかを定かにすることなど、今を懸命に走る一人の
それでも成美は、
今目の前にいるこの巨大な敵の雰囲気が、自身に向ける執着と敵意がさっきまでと別物だということを。
(勝負は一瞬。次の攻撃が失敗すれば、私はそれで終わり──っ!!)
無秩序に足を掴もうとする根を魔力で弾きながら、大部屋に円を描くように斬り進む成美に迫る極太の枝。
枝とというより丸太ではないかと思うほどに太く平らな天然の槌が十四、自身に向かう
「──邪魔!!」
そんな攻撃の壁に、成美は鬼気迫る表情のまま握られる剣。
最初に襲う一つを力を込め真っ二つに裂き、残りの木槌の合間を縫いくぐるかのようにすり抜け、最後の一つを足場に空高く跳び上がる。
ふわりと空に舞いながら剣を細長い筒に変えていく成美。怪物の中心と同じ高さに到達し、その核のある場所に狙いを定めながら筒内の魔力を爆発させる。
「──ここっ!!」
筒の中から弾き出されたその球を妨げるものはなく怪物の心臓を一気に到達し──破裂する。
内部で破裂した成美の魔力に、植物はまるで悲鳴を漏らし苦しんでいるかのように大気を振るわせる。
先程とは比じゃない叫び。無数の根が無差別に暴れ狂う様は人が頭で転げ回るよう、意志なき兵器にはあまりに似合わない必死そのもの。
間髪入れずに再度砲口を標的に向け、魔力を注ぐ成美。
充填される白光は彼女の今ある全て。ここで決めきれなければ、瀕死に近い私ではこの植物野郎には追いつけないと確信したからこそ振り絞る。
だからここで、この一撃で消し去らなきゃいけない。
混ざっている神の力なんて関係ない。一割が吸われるのなら、残りの九割で押し切れ──!!
『────!!』』
「──しまっ」
先ほどと同じくらいの魔力が白筒に注ぎ終わり、再度放出しようとした成美の視界を何かが覆ったのはその一瞬だった。
地から伸びた根と数多の枝の螺旋。
無数の糸は巨大な縄のように一本に統一され、成美を締め付け押さえ込む。
「──くっそがっ!!」
白筒を腕輪に変え巻き付かせ、必死に藻掻いて拘束を緩めようとするも、その拘束はあまりにも堅く叶わない。
内部から魔力の刃を突き立てても無意味。その縄は大きく弧を描くように振り回され、成美を剥き出しにしたままに、白を埋め尽くした根の壁に叩き付けられた。
「──が、はっ」
根の縄は自らの根を砕き、白の壁を成美と共にへこませる。
体を貫く衝撃とと成美の内側に響く何かのへし折れた鈍い音。
空気は何かの液体と共に吐き出され、押さえつけられたまま動くことを許されない体に激痛が襲う。
どくんどくんと、何かが吸われる様な感覚が痛みに重複する。
触れている部分すべてから私の中にある何かが吸われているのを感じながらも、その拘束の強さを前に逃げ出すことを許されない。
「──が、っ……」
段々と、振絞りながらも零していた悲鳴すら失われていく。
命という水が絞られる。水分を抜かれている訳でもないのに、体が干涸らびていくような感覚に陥いりながら、視界が狭くなっていく。
(……嗚呼死ぬ。もう、げんか)
「──諦めるのか?」
随分と久しぶりに聞いた気がする少年の声が、成美の意識と共に離れゆく聴覚を揺らしてくる。
死にゆく私に対して実に雑で、こんな小娘に感慨一つすら抱いていない糞野郎の声。
それでも、それは私に向けられた声援。人の可能性を盲信する希望厨が掛けてくる師匠の声だ。
「君が地獄を見てきたのはここで朽ちるためなのかい?」
……違う。そんなことのために、私は苦しんできたんじゃない。
「お前が負けるべき相手はこんな雑木風情なのかい?」
違う。こんなところで、こんな植物もどき程度にやられるために生きてきたんじゃない──!!
「なら早く立ちな。そして見せてみなよ、その否定が真実なのかをさ?」
その答えに満足したのか、ほんの少し笑う師匠が見えた気がした。
だらりと垂れた成美の体に力が戻る。別に回復したわけでもないのに、この人が何かしてくれたわけでもないのに、どこからか湧いてきた力が己を再び動かし始める。
「う、うおおおっ──!!」
パチンと、何かが外れた音が成美の脳内に木霊した。
体全体に纏うように放出された力の嵐が、抑え付けていた根の縄を吹き飛ばす。
滴る血を拭いながら粘着性を持つ魔力で足を壁に固定し、魔力を込めた白い腕輪を剣へと変える。
大砲では間に合わない、普通の飛行ではたどり着けない。全部吹き飛ばすためには最速最短のただ一つ、ただ心の臓を抉ることのみ──!!
『────っ!!!』
次こそは仕留めようと振りかざされる無数の根。
先ほどと同じ太さで違う点はより生物──例えるなら蛸の足のように、滑らかに動く触手に変化していることか。
全ての根の先端がか細く鋭い針。
最早
──だが今度こそ、今度こそ成美は怪物の本能を上回った。
壁に固定していた魔力が弾け、その衝撃で成美は空に飛び込む。
ちぎれそうなほどの速度で打ち出される体。一気に根の包囲をくぐり抜け、先ほどよりもずっと近く──核を覆う根の塊のすぐ側まで到達する。
想起するは記憶に刻まれた二人の超人、忌々しくも美しい青い鴉と明日から手下にする風忍。
より疾くより鋭く。何が立ちはだかろうと突き抜ける無双の斬撃を、残りの魔力と気合いと記憶を持って再現する──!!
「
振るわれた横薙ぎは刹那の白風。
純白の軌跡は怪物の根を一気に貫通し、その覚悟と後ろの壁に存在を傷を付ける。
『────っ!?!?』
生き物のように苦悶のままに暴れ狂う数多の根。
核は
『……ろ、す。こ……ろ……すっ』
僅かに残る人の口から零れた殺意の言葉。
それに呼応するかのように動く植物達、そして
成美は残った力で剣を握る。
もう周りなど碌に見えてはいない。音もなく、肩にいるであろう猫の感触すら残っていない。
それでも感じ取った本能が、最後の最後に人並みの殺意を向けてきた敵に体は自然と反応した。
「しろ、きり……!」
あらゆる方向から押し寄せる根、そして今成美を呑み込もうと口のように花開く蕾。
その花弁が成美を覆う直前、成美の斬撃は円を描き向かう全てを切り落とす。
それで完全に力尽き、怪物の残骸共に重力のままに落下する成美。
最早抗う力は持たず。地面に叩き付けられ無様に血の華を咲かせながらその一生を終えようとして──。
(ま、及第点かな?)
ぴたりと、星の力を無視するかのように一瞬だけ空に固定された後、成美の体は静かに地面に下ろされる。
すべてがぼんやりとしながらも、目の前に映るのは一匹の黒い猫。その目は愚かな子供を見るようで、かつて姉が私に向けていたような優しい瞳だった。
「し……しょう……」
(まあお疲れ。後はゆっくり休み──)
そう言いかけて、師匠の声はぶつりと途切れる。
意識が遠退く最中、最後に見た光景は赤色の何かに吹き飛ばされる、師匠の姿だった。
遅れて申し訳ございません。バイトとブリテン救うのでいっぱいいっぱいでした。
次はようやく、偉そうな主人公がちょっとだけ戦うかもしれないです。
また少しでも反応があると嬉しいので、評価や感想はいつでもお待ちしています。