かつての悪は愉しみたい   作:ゴマ醤油

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会議

 誰も気配もない無機質な金属の廊下を、こつこつと足音を立てながら歩く人が一人。

 逆立った赤の髪に端正な容姿。外に出せば全てを溶かす──荒々しき猛炎の如き魔力を秘めた男。

 

 太陽の擬人化。第三大陸(トレプス)最強。人類最新の英雄。

 呼ばれる異名は数あれど、そのすべてが彼への畏怖と尊敬に満ちた栄光そのもの。

 

 ──朱槍。英雄協会が誇る五つ星にして序列一位。

 十四人登録されている五つ星──第三大陸(トレプス)最大戦力の中で、最も強く人々を希望で照らす正義の味方(ヒーロー)こそが彼の正体だ。

 

 彼の表情は珍しく神妙なものだった。

 人前では余裕を絶やすことなく笑い続ける朱槍。そんな男が、誰かに見られる可能性が僅かでも存在するこの場所ですら、難しい顔をしているのは滅多にないことだ。

 

(……何人いるかなぁ。出来れば多い方が良いんだけどなあ)

 

 扉の前に立ち、固まった表情をほぐしながらも思考はどこか後ろ向きなまま。

 奥の部屋にいる人の数などちょっと見れば一目瞭然なのだが、予想以下なんてことは見たくないので頑張って目を背けながらここまで来た。

 

『認証完了。ようこそ朱槍様』

 

 抑揚のない機械の声と共に扉はゆっくりと開いていく。

 せめて信用できる人間が三人、警戒しなきゃいけない奴も含めて四人ほどいればまし。そう思いながら部屋の中に入り──そして驚愕する。

 

「──だから下手な言葉でしか口説けないのよ犬っころ。少しは品性を身につけなさいな」

「てめーこそっ、そーいう棘で言いやがるから飼い猫に嫌われんだよ。この守銭奴女が」

 

 大テーブルにて向かい合い、聞き覚えのある声でぶつけ合う男女が二人。

 獣の耳を持つ大男とスタイルの良い金髪の少女。美女と野獣が、まるで近所で犬と猫が戯れているかのように言葉をぶつけ合っている。

 

「もう辞めようよぉ。不毛すぎて見るに堪えないよ☆」

 

 二人に間に入りながら、窘めようとしているのか煽ろうとしているのかわからないくらいの言葉で仲裁している少女が一人。

 おそらく第三大陸(トレプス)知らぬ者はいないであろう、馴染みと愛嬌のある美少女が楽しげに間に入っていた。

 

「──ほう。流石は黙殺者(サイレント)、見事な趣向をお持ちよなぁ」

「…………」

 

 そんな三人をよそに、広げられた菓子に舌鼓を打つ老人と親指を立てる黒ずくめ。

 この部屋にいたのは計五人。曲者揃いの十四人の中、来て欲しいと思っていた四人が来てくれたことに安堵を抱きながら朱槍は声を発する。

 

「すまない。遅くなった」

「三分早いわ。不快だから、遅れてもないのに謝らないで欲しいわね」

「ははっ、治癒者(セラフィム)は変わらず厳しいね。なら取り消そう」

 

 黒髪の小柄な少女──治癒者(セラフィム)の先ほどの喧噪と変わらぬ鋭い言葉。

 いつも通りの厳しさ(やさしさ)をありがたく思いながら、朱槍は空いている席に腰を下ろす。

 

 朱槍の着席により、各々でふざけ合っていた彼らの空気は変化する。

 癖まみれで舵の効かない連中だが、流石に真面目にやってくれるのかと安堵しながら朱槍は口を開く。

 

「今日はありがとう。正直言って、こんなに人が来てくれると思ってなかったよ」

「はっ、あんたが呼ぶなんて珍しいからなぁ。上のくだらねえ呼び出しじゃねえなら顔くらいは出すのが人情ってもんだろう?」

「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ、(ウルフ)

 

 朱槍が吐き出すには珍しい、心からの感謝に笑顔で応える大男。

 大男が言ったことはどいつのこいつもが思っていることでしかない。五つ星である以上、どれだけ愛想が良くても我しか通そうとしない偏屈共でしかない。故に踏ん反り返って私腹を肥やす老害(スポンサー)共への接待なぞ、基本的には放置して当たり前な連中だ。

 

 それでも来てくれたということは、それは紛れもなく朱槍の人望に他ならない。

 だからこそ、嘘偽りなく協力を仰げるというもの。まあ信用出来ない奴も多いが、今回はほとんど来ていないのでとりあえず気にしないことにしようと、朱槍は来た人を把握した時点で思考を纏めていた。

 

「朱槍君が呼んでくれるなら来るのは当然だよ☆ 打ち合わせあるからあんまり長居はできないけどね☆」

「……呼ばれたからには来るわよ。……老師が来たのは意外なのだけれど」

「確かになぁ。滅多に顔を出さない頑固爺、どういう風の吹き回しだぁ?」

 

 全員の視線が老人──老師と呼ばれた男に集約される。

 人によってはそれだけで縮み上がりそうな注目。そんな中、老師は欠片も臆することなく顎髭を撫でる。

 

「──呵呵っ、単純なことでな。朱槍殿が招集せないかん事態、把握しとくのも良いと思ってのぅ」

「ちょっと信用足りないかな☆ 来た理由になってないよおじいちゃん☆」

「手厳しいのぅ。じゃがな小娘? 信用の無さはお互い様じゃろうに、自らを棚に上げるのは如何なものかのぅ?」

「は? ☆」

 

 なおも余裕を崩さない老師と、笑みを絶やさず貼り付け続ける少女。

 一触即発。元々相性の悪い性悪二人が軽くでも煽り合った結果、さっきの二人の言い合いがじゃれ合いにしか聞こえない程張り詰めた空気を漂わせる。

 

 睨み合う二人。後一押しでもあれば、この場は瞬く間に乱戦地帯に変わるであろうと思われた瞬間──。

 

「──むごっ」

「──もごっ」

 

 そんな二人の激情を遮るかのように、何かが彼らの口を塞ぐように埋め込まれる。

 唯一この場で声を出さずに静観していた黒ずくめ──黙殺者(サイレント)によって投げられた菓子。それがこの場の空気を弛緩させた。

 

「喧嘩ならよそでやりなさいな。偶像(アイドル)、貴女自分で進行を妨げてどうするのよ?」

「……もぐっ、確かに☆ ありがとサイ君☆ このお菓子超美味しいよ☆」

「…………」

 

 手を合わせながら感謝する美少女に親指を立てて頷く黙殺者(サイレント)

 

「……はあ。朱槍、とっとと進めなさいな」

「そうだね。時間もあるけどそろそろ始めようか」

 

 場が落ち着いたことを確認し、朱槍は持っていたリモコンのボタンを押す。

 空いた中央とそれぞれの手元に投影される映像資料。相変わらず読みにくいと思いながらも、朱槍は話を進めていく。

 

「今回皆に手伝ってもらうのは偉大なる天神──天那岐(アマナギ)様の警護だ」

 

 天那岐(アマナギ)。その言葉が出た瞬間、態度は違えどそれぞれ驚愕を示した。

 信仰によって生み出された生き物。歴史の流れにより、現象から生物へと移り変わった願いの塊が神と呼ばれる者達だ。

 基本的に人より遙かに強く、奉られはすれども守られる存在ではないと知っているからこそ、朱槍の言葉に驚いたのだ。

 

「皆も知っての通り、今回の神月祭は百年に一度の真の祭事。天那岐(アマナギ)様が本当に顕現する、失敗できない儀式だ」

「……そら知ってるがよぉ。それならあんた一人でも──星の代弁者たる大海魔を一人で葬った朱槍がいりゃ、それで充分事足りんじゃねえか?」

「……ところがそう上手くはいかないんだ。ここを見てくれ」

 

 朱槍が指で自身の資料を小突く。

 すると全員のその部分が見やすいように表示され、種のよう物体が中央に大きく投影される。

 

「つい先日壊滅した宵闇含め、七つの組織から回収した新型の単一兵装(シングルウェポン)。通称成長型兵器(グローリーウェポン)と称された兵器だ」

「……単一兵装(シングルウェポン)ってまじ? ☆」

「ああ。捕縛した暁の研究班の人間から裏も取ったから間違いないよ」

 

 二年前、第三大陸(トレプス)を崩壊に導こうとした単一兵装(シングルウェポン)の大暴走。

 あれ以来裏市場でも見当たらなくなったある種の禁忌の出現に、場はいよいよ真剣味が増してくるのは必然であるというものだ。

 

「驚異については宵闇本邸にて確認した。確かにあれは、成長すれば神すら打倒し得るかもしれない代物だ」

「なら注意しねーとな。宵闇……っつーと、確か暴走させて自滅したんだっけか。あの規模の組織が対象の余波で潰れんなら、そりゃ警戒もするってわけだ」

 

 大男は風貌に似合わず真面目に資料に目を通しながら納得する。

 良い感じに警戒してくれて助かると朱槍は安心する。宵闇の壊滅理由は大分脚色されているが、まあ結果として更に危機感を持ってもらえたので良しとすることにした。

 

「……つまり、それの発動阻止のための防衛。または発動された際の民間人の保護をしろってわけね」

「さすが治癒者(セラフィム)。話が早くて助かるよ」

 

 治癒者(セラフィム)のうんざりした確認に爽やかな笑みで頷く朱槍。

 彼女のようにはっきり言ってくれる人がことが実にありがたいと朱槍は内心とても感謝している。なにせ、この比較的ましなメンツでも面倒臭い探り合いとか始めたらきりがないのだ。

 今回は特に油断ならない人物もいる。だからとっとと話すことだけ話して次にいきたいのだ。

 

「……神月祭っていうならよぉ、“銀巫女”ちゃんは呼ぶべきだったんじゃねえか?」

「彼女は天護(てんご)の方で手一杯さ。それに今年の天月神楽(てんげつかぐら)を踊るのは彼女の役目、あっちをしくじれば天那岐(アマナギ)様がお怒りになるかもしれないしね」

「……ま、それもそうか。嬢ちゃん張り切ってたししゃーないなぁ」

 

 この場に来ていない銀髪の少女に残念がりながら、再び視線を資料に戻す大男。

 朱槍にとっても、銀巫女は来て欲しかった正義の味方(ヒーロー)の一人。今回の招集の際、最初に呼ぼうと彼女の元に言ったくらいには話しておきたかった少女だ。

 

 ──だが、彼女の姿を見て朱槍は自らの考えを一蹴した。

 舞いの練習に勤しむ少女の姿。神に捧げる信仰の証に情熱を注ぐ姿を見て、少女の研鑽を巻き込むことは出来ないとそう考えてしまった。

 

「……私はいつも通りのことをするだけよ。報酬は後で請求するわ」

「わたしも☆ ファンはしっかり守るね☆」

「ま、祭りにいりゃどうにでもなんだろ? 黒助も紛れるって言ってるし、俺も適当に回ってるさ」

 

 治癒者(セラフィム)の一言を皮切りに、それぞれがはっぱとやることを決めていく。

 

 綿密な行動など朱槍は求めていない。

 ただその場にいて、何かが起きるのを警戒してくれる。それでどうにかなると頼りに出来るのが彼ら、故に余程駄目な行動でもない限り止める気は起きなかった。

 

「老師はどうですか? 協力してくれるなら助かるのですけど……」

「悪いが頼りにしなさんな。最終日以外は都合で日国を離れねばならんのでな」

「……そうですか。それは残念です」

 

 ──どうせ来る気はないくせに。

 内心でそう毒づきながらも、申し訳なさそうに頭を下げる老師に、朱槍は頭を上げるように言う。

 

 その後もなんだかんだ話し合うこと一時間。

 所々で下らない諍いはあれども、一応の方針と軽い近況報告を続けていくと時間は瞬く間に消費されていた。

 

「……もうこんな時間☆ そろそろわたしは帰るね☆ 戻らないと撮影進まないからさ☆」

「──そうだね。きりも良いしここまでにしようか」

 

 朱槍が会議の終了を告げた瞬間、まるで一気に引く波のように空気が一気に緩んでいく。

 偶像(アイドル)は長い茶色の髪を靡かせ手を振りながら、光と共にこの場を去っていった。

 

「さーてと! 時間ある奴、折角だしこの後飯でも行かねーか?」

「お、いいね。久しぶりに行こうか」

 

 大男の提案に朱槍は笑顔で快諾しながら腰を上げる。

 大男──(ウルフ)の紹介する店は良店が多い。少し個人で話したいこともあるし、誘われて断わる理由は何処にもなかった。

 

治癒者(セラフィム)もいこーぜ。ピンクルちゃん帰っちゃったからむ空気がむさいけどよぉ!」

「……いつも通り割り勘よ。勘定とかさせたら二倍返しだからね」

「応よ! 今日は金あるから大船に乗った気でいてくれよ!」

 

 体格に見合う豪快な笑いを発しながら扉を抜ける大男。

 それに呆れるようについて行く少女と無言で同じ方向に歩く黒ずくめ。どうやらいつも通りのメンツでやることになりそうだと朱槍は笑う。

 

 ……ま、後で話せば良いか。

 自分でも呆れるほどに楽観的な心だと自覚しながら、まあそれでどうにかなるだろうと結論づけ朱槍も彼らの後に続いて部屋を出た。




 遅れても申し訳ございません。熱で沈没していました。
 本編じゃないから筆が進まないです。次もまだ幕間なので遅れると思いますので気長に待ってくれるとありがたいです。
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