セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて   作:Misma

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戦士よ、前へ②

「……さて。落ち着いたところで話を聞かせてくれるか、せつなさん」

 

 変身を解いた衛、ちびうさ、そしてセーラープルートの普段の姿である冥王せつなは、衛の家にて、机を挟んで向かい合っていた。

 彼女は、上司に対するかのように品よく座った姿勢を崩さず「それでは」と口を開いた。

 

「私は時空を監視する門番として、引き続き観測を続けてきました。以前の戦い以降、特にこれといった異常は見られませんでした。ですがこの1週間ほどで、この十番街の空間に揺らぎが生じ始めたのです」

「そして奴らが現れた、と」

 

 衛の言葉に、黙ってせつなは頷いた。

 

「彼らは時空の割れ目よりこちらに侵入したものでした。全く未知の生物です。個人的には、単なる自然現象にしてはやや出来過ぎだと考えています」

「つまり、誰かが糸を引いている?」

「可能性としては否定できません」

 

 話は一気にきな臭くなってきた。時空を知り未来をも見通すセーラー戦士でさえも把握できない「あちらの世界」。

 

「ねえ、プー」

 

 それまで黙って話を聞いていたちびうさが口火を切った。

 

「このままだったら未来はどうなっちゃうの?前にプーも言ってたよね。未来は変わることがあるって」

「私もこのような事態は初めてなので確信は出来ませんが……セーラームーンがこの世界に存在しない状況が続いた場合、変化は避けられないでしょう」

 

 普段あまり感情を表沙汰にしない彼女の厳しく歪んだ表情からして、今回はかなりイレギュラーな事態のようだった。

 

「せめて、あちらの世界について何か一つでもわかっていることはないのか?」

 

 それを聞いたせつなは、俯いてしばらく黙った後ぽつりと呟いた。

 

「一つだけなら」

 

 せつなは衛の答えを聞くと、覚悟を決めたように目線を上げ、衛とちびうさを真っ直ぐに見つめた。

 

「双方の世界の間で、時間のズレが生じています」

「時間のズレ?」

「はい。こちらの世界の1日が、あちらでは1ヶ月ほどに相当します」

「……今頃、うさこたちは3日前に異世界に行ってから、3ヶ月以上はあっちにいるということか?」

「そういうことになります」

「一昨日の夜、助けに向かったジュピターやヴィーナスたちは……」

 

 恐る恐る聞いたちびうさに、せつなは表情を変えず答えた。 

 

「あちらの世界から見れば、うさぎさんたちが行ってから約1ヶ月後に、あちらの世界に入ったことになるでしょう」

 

 ちびうさは、壁にかかっている時計を見やった。今はちょうど昼の11時頃。ジュピターたちが出発したであろう一昨日の夜からは、ほぼ半日ほど経っている。

 

「じゃあ、もうそれから更に半月経ってるのに、みんな帰ってきてないってことじゃない!」

「そんな恐ろしい事態になっていたとは……一刻も早く彼女たちを!」

「行ってはなりません」

 

 衛の言葉をせつなは冷たく遮った。

 

「衛様なら猶更のこと、未知の場所に安易に足を踏み入れるようなことは避けるべきです」

 

 衛は唇をかみしめた。確かに、彼女の言うことは一つの正論だ。それこそ彼女たちとの約束を破る行為だ。

 

「衛様も、今までのことで分かっておられるはずです。向こうの世界は現在のところ、全くのブラックボックス。少なくともあちらの世界との出入り口を確保してから調査を進めるべきです」

 

 衛はしばらくせつなを睨んで立っていたが、やがて打ちひしがれるようにソファに腰を下ろし、項垂れる。

 

「つまり……俺たちはここにいろ、ということか」

「どうか、衛様にはご自分の立場をもう一度理解して頂きたいのです。貴方は将来、国王となられるお方。その守護戦士たる私としては、ここでお引止めする他ありません」

 

 彼女の言うことは紛れもなく正しいだろう。だが、このまま帰りを待ち続けることは果たして正解なのだろうか?

 こうやって話している間にも、時間は過ぎ去っていく。こうしている間にも、彼女たちに危険が迫っているかもしれない。

 そんな思いが心中に渦巻く衛を、ちびうさは心配そうな目をして見ていた。

 

「まもちゃん……」

 

 気づくと、ルビーのように明暗の輝きを秘めた赤い瞳が衛を覗いていた。可愛らしいピンクのお団子と、ふわりとしたボリュームのあるツインテール。そして、ぴょこんと円を描いて跳ねた後れ毛と、自分の袖を掴む小さな手が目に入る。

 そう遠くない未来、うさぎとの間に授かる宝物。

 無言ながら慰めようとしているのか、肩に抱きつくちびうさを見つめ、衛はしばらくの間熟考を重ねた。

 そして最後に「分かった」と一言だけ返事をした。

 

「……ありがとう、せつなさん」

 

 突如感謝の言葉を向けられたせつなは、僅かに目を丸くした。

 

「君の助言がなかったら、俺は危険も顧みずうさこを探しに行っていただろう。そうしたら、更にみんなを不安にさせる。これが正しいんだ」

 

 彼の顔は穏やかに笑っていたが、隣で見ていたちびうさは、その笑顔の裏で必死に抑えつけたであろう感情を、憂いを帯びた瞳から感じずにはいられなかった。

 

「俺は、引き続きこの街を君たちと一緒に護る。はるか君やみちる君とも協力して、何とか方法を探してみれないかな」

 

 それを聞いたせつなは深々と頭を下げ、口角を僅かに上げた。

 

「衛様、賢明な判断に感謝致します。どうか、ほんの少しだけお待ちください。その2人にも既にこの件は報告してありますから、近いうちにこの街に到着するはずです。その時になりましたら、またここに参ります」

「わかった」

 

 せつなは立ち上がって玄関へと足を運び、衛とちびうさはそれをドアの前で見送る。

 

「それでは、私はこれで」

 

 にこりと笑った彼女に、衛とちびうさは手を振った。

 

「ああ、それでは」

「プー……元気でね」

 

 会釈してマンションを後にしたせつなだったが、離れていくに従ってその表情は暗くなり、深刻そうに「危ういわね」と呟いた。

 

────

 

夕日が今にも海岸線に消えようとしている。

ここは、うさぎたちが住む東京の十番街から少し離れた、どこかにある沿岸道路。

そこを、一台の黄色いオープンカーが風のように駆け抜けている。それに乗っているのは2人。

 

 1人は車を運転している、男性的なスーツ姿の麗人。

 長身、淡い金髪のショートボブ、きつめの目つきが特徴的だ。誰からも言われなければ、この人物が女子高校生とは誰も思うまい。僅かにその証拠を漂わすように、ハンドルを握るその身体からはコロンの華やかな香りが漂う。

 

「また忙しくなりそうだな、みちる」

 

 口調は男性的でありながらどこか色気を含んだ声で、彼女はみちると呼んだ女性に話しかけた。

 それはカシュクールを身にまとい、緑のウェーブロングヘアーが風にそよぎ、気品の高さを醸しだしている美女。こちらも、隣と合わせて高校生らしからぬ神秘的なオーラを纏っている。彼女からも、その隣の人物と同じコロンの香りが後ろへと流れていた。

 彼女も、微笑してそれに答える。

 

「そのようね、はるか。ダイモーンもいなくなって平和な時が来てくれると思ったのは、どうやら甘い幻想だったようだわ」

 

 みちるは、ふと上方を見上げた。

 空は、燃えるようなオレンジから星が浮かぶ深い瞑色へと、今この時に移ろいつつある。

 それを見ている彼女の唇が、意図しない間に自然と開かれた。

 

「人が支配する昼の刻は終わり、獣が支配する夜の刻へ……」

「やっぱり、君が見ていた夢は本当になってしまったようだな」

 

 そう返すはるかの顔には、深刻な表情が浮かんでいた。

 

「異世界からの未知の生物……。聞いている限り、僕たちが今まで相手にした奴らとはかなり勝手が違うだろう。根拠はないが、とても嫌な予感がする」

「貴女にしては弱気ね」

 

 からかいを込めた口調で言ったみちるに、はるかは茶化してくれるなよ、と笑った。

 

「僕だって人並みには怖がるさ。人間は常に分からないものを恐れると言うだろう?」

 

 確かにそうね、でも、とみちるは言葉を紡いだ。

 

「何が来ようと同じよ。私たちは生き、戦い、死ぬ。ただそれだけ」

 

 その容姿と穏やかな表情には似合わぬ言葉を言い放った彼女の横顔を、夕陽が真っ赤に照らしていた。

 

「私たちセーラー戦士は戦いを宿命づけられた存在。そうでしょう?」

「ああ、そうだったな。しょうがない、二人旅は怪物退治が終わってからにするか。まずは僕らの王子様のご様子を窺いにいかないと、な」

 

 はるかがアクセルを踏み込むと、2人を乗せたオープンカーは風のような速度で海岸を駆け抜けていった。 

 いつの間にか日は沈み切り、地平線の一点に、僅かに残照の朱色が残るばかりとなっていた。


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