セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて 作:Misma
鬱蒼とした森林が一帯を支配している『水没林』。
湿度は非常に高く、シダ類が大量に自生する典型的な亜熱帯気候。
雨季になると滅多に空が晴れることはないが、今日の夜は満月の下見事な星空が広がっていた。
「さて……まずはモンスターを探すか」
「場合によっては狩猟も検討しなくてはね」
岩棚の下にあるキャンプテントを出たはるかとみちるは支給品を取ると、そのまま北にある狩場に向かって濁った川を進んでいった。
それを黄緑の素肌にどんぐり型の仮面を被った奇面族の子ども、チャチャは岩陰から見届け、
「まずはオヤブンらしく、モンスターを先回りして見つけてやるッチャ!」
背中の瓢箪に貯めておいた水を仮面越しに飲み、意気揚々と駆けだす。
彼の目的は、はるかとみちるを『コブン』にすること。
仮面の裏にある鼻は感じ取っていた。彼女らから漂う、並のハンターとも、はたまた先代のハンターとも違う、謎の強者の臭いを。その正体を見極めてみたいのだ。
なのに、サインを出しても気づいてくれない。何となしに近くをほっつき歩いてみても、焼いたこんがり肉を夜にプレゼントしてみても、何の音沙汰もなし。
「これはもう……狩猟で実力を見せてやるしかないっチャーー!」
チャチャはいま、迸る情熱に瞳をメラメラと燃やしていた。
地面を潜り、目標を見つけられることを願って地中を掘り進む。
頭を突き出た先は、森林が視界をほぼ埋め尽くし、その合間から大滝が望める高台だった。大量の水が飛沫を上げて流れ落ちる様は圧巻である。
その中をチャチャは飛び出て、周りを見渡した。
「さーて、獲物は何処へ……」
「ダーッ!! チャチャーーッ!?」
その声に、思わずチャチャは振り返る。
蟹の爪が上向きにつく、青い被り物が目に入った。
肩から蓑を被り、腰には貝殻の履物を着たその子どもは、びっくりした様子でまじまじとチャチャを見ている。
「カヤンバ!? 何でここにいるっチャーーッ!?」
思わずチャチャも叫び返した。
カヤンバはチャチャの幼馴染だ。かつては共に行動していたがあることが原因で大喧嘩、別行動を取るようになった。
それ以来、しばらく音信不通だったのだが。
「ぶ、無事だったのかブーー……」
一方のカヤンバは呆気に取られた様子だったが、慌ててそっぽを向く。その手には、猪の頭を模した杖が抱かれていた。
「フ……フン! あの時のこと今更謝ろうたって無駄ンバ! ワガハイはあの時から、オマエと袂を分かつと心に決めたンバ!」
「……い、いい加減にするブーー! そもそも元はと言えば……」
言い争いが勃発しそうになるがチャチャは思い返してぶんぶんと頭を振り、
「んなこと今はどーでもいいっチャ! 今は新たなコブンを手に入れられるか、それともまんまと逃げられるか、その瀬戸際なのッチャ!」
「……ダ? 新しい、コブン?」
そのフレーズを、カヤンバは興味を引かれたように繰り返した。
チャチャははるかたちとの出会い、それからの2人をコブンにするための涙ぐましい努力の一部始終を話した。
話し終えた時には、カヤンバの仮面の目を模した空洞から、とめどない涙が溢れていた。
「うう……お前の気持ち、身に沁みて分かるンバ! コブンというのはいつだって薄情なもの! お面の早着替えマイベスト更新をコブン一代目に報告したら、華麗にスルーされた時の気持ちといったら……!」
「うぐぐぅ〜〜! やっぱりカヤンバはオレチャマの心の友ッチャ〜〜!!」
背が小さく奇妙な仮面を被った種族……奇面族の子どもたちは、泣きながら互いにひしと抱き合った。
「よし、決めたンバ!」
「うんうん、何をッチャ?」
「そのコブン、ワガハイによこすンバ」
「……ヂャ?」
一瞬にして空気が一変する。チャチャは、涙を止めてゆっくりと抱擁を解く。
「話を聞くに、そいつらが見向きもしないのはお前があまりにど田舎臭いからなノダ! この水没林で鍛えたワガハイのエレガンツでビューティフルな魅力こそ、そのコブンたちに最も相応しいンバ!」
得意げに猪の頭を模した武器を向けてきたカヤンバにチャチャはしばらく黙っていたが。
「大好物は?」
「一角竜の干し肉!」
「今日やってたことは?」
「水泳してたらチャナガブルに吸い込まれたンバ!」
「今日つけてたお面は?」
「くっさくさのお面!そいつに集めたモンスターのフン何度も口に投げ込んで追い返してやったノダ!」
カヤンバのお面の近くから、彼にたかるハエの羽音が聞こえた。
「お前のどこがエレガンツでビューティフルなのっチャアアアア!!!!」
「ダアアアア!? ワガハイのバトルスタイルを侮辱するンバアアアア!?!?」
そんなすったもんだを繰り返しているところ、
「……おい、こっちの方で声が……」
「ええ、いま私も聞こえたわ」
2人は急いでエリア一帯の中でも隅にある茂みに逃げ込み、木の陰に隠れた。
少し遅れて、2人の人間──はるかとみちる──がやってくる。チャチャたちがいること自体には気づいていない。
「ふむ、あいつらが未来のワガハイのコブン……」
「オレチャマのコブンッチャ。ともかく、あのでっかいのがハルカ。ふっさふさな方がミチルって名前ッチャ」
「なるほど、ワガハイたちのようなともだ……幼馴染ってところかンバ」
はるかは近くの木にできた傷を見つけた。
刃物のようなもので切り裂いたような、鋭い傷跡だ。
彼女は一時だけ目を閉じ、その耳でそよぐ風を感じた。
「……風が騒いでいる」
「用心した方が良さそうね」
2人は顔を見合わせると、先端に球と円盤がついた棒を取り出した。
「あ……あれは……!?」
「何か取り出したンバ!」
彼女たちはそれを天に掲げ、叫ぶ。
「ウラヌス・プラネット・パワー、メイク・アップ!!」
「ネプチューン・プラネット・パワー、メイク・アップ!!」
2人は鎧から解放され、光に包まれ露わになった細い肢体は一瞬で新しい服を纏い直す。
それは神聖さを思わせる白い素地に鮮やかな色の襟とスカートをひらめかす、美しき戦士の姿。
セーラーウラヌスとセーラーネプチューンは背中を合わせ、戦闘に備え
それを見たこの世界の住人である、チャチャとカヤンバは。
「な、なるほど! アイツら
「あの変なゴツゴツのない、極限まで無駄なく洗練された防具……非常にブレイブ&クール&スマートンバ!!」
小声で大興奮していた。
「全くあいつらったら損してるッチャ、何でこんなカッコいいことをコソコソ隠したりなんか……」
そう呟いていたチャチャのすぐ脇で、黒い影が薄っすらと浮かび上がり。
頭上で細い何かを振り回すと、その先から数発小さな物体を射出した。
鱗か、はたまた棘のような物体が月夜に螺旋を描いて煌めく。
空気を切り裂くそれは真っすぐ、そちらを向いていたウラヌスの頭へ。
「はあっ!!」
宝剣スペースソードの一振りは、その棘を火花を散らして弾いた。
「え……」
チャチャとカヤンバが呆然とするなか、隣にいた巨影は陰になっていた谷間の道から、ゆっくりと這い出てくる。
闇に溶け込む、漆黒のしなやかな体毛。
鳥に似た嘴に竜らしい鋭い牙と瞳。猫科のように出っ張った耳から鼻先まで、充血したような赤い紋様が走っている。
四肢で地を這う姿は一見黒豹を思わせるが、前脚からはれっきとした翼が伸び、小指側からは白く、長く、鋭い刃が翼の外側と成って月光を反射している。
そして最後に出てきたのは、鞭のようにしなる、全長の半分にも達する細い尻尾。
「……ナルガクルガ……ンバ……」
ナルガクルガは迅竜の別名が示す通り、飛竜種の中でも随一の疾さを持つ。
闇夜の暗殺者とも呼ばれ、狙われた獲物は存在にも気づかないうちに一瞬で命を奪われるという。
今回は、ウラヌスたちが先に存在に気づいたため難を潜り抜けた。
「ウラヌス!」
「『ワールド・シェイキング』ッ!!」
ネプチューンの呼びかけに応える形で、ウラヌスは掌に金色の球を生成する。
大地に叩きつけられたそれは、衝撃波を発し地面を割りながら迅竜へ一直線に進む。
当たれば無論、少なくとも無傷では済まない。
「ギキィッッッッ」
ナルガクルガは、跳んだ。
光球の軌道を読み取り、周り込むようにして回避したのだ。
その影は、はるかたちから見て左側真横へ。
いち早く視線で追ったネプチューンは、それがこちらを見据えて身を屈めたのに気づいた。
右前脚が力を溜めるように後方へ置かれている。
そちらの翼の外に宿る天然の白刃が光った。
「ウラヌス、右へ!」
彼女はその言葉を信じその方向へ跳ぶ。
直後、彼女らがいた左側の空間を迅竜の右側の刃……刃翼が薙ぐ。
その軌道上にあった木枝が、切断されて宙を舞うのが尻目に見た。
ナルガクルガの猛攻は止まらない。
更にもう一回、跳んで回り込む。今度は彼女たちが向かっている正面前方。
「フアアアアアアアッッッ」
見事に慣性を殺し、ウラヌスたち目掛けて跳躍、直接飛びつきにかかる。
それを、ウラヌスとネプチューンは合図もなしに二手左右に分かれて回避。
「そっちがその気なら、僕と君のスピード……どちらが迅いか、勝負だ」
ウラヌスはスペースソードを再び手元に呼び出し、構えた。
「どうやら、貴方はこれまでのモンスターとは一味違うみたいね」
ネプチューンも手元に海水を生み出し、いつでも技を放てる態勢を取った。
ナルガクルガはそれに、低く唸って答えた。
そこから両者は、本格的に激突し始めた。
「す……すごいッチャ……。でもなんでナルガクルガが……」
「あいつ、ここ最近ワガハイを何回も襲ってきたやつンバ! あれのせいで、ワガハイは水の中でしか修行できなくなったンバ!」
チャチャはそれを聞くと驚いて、杖を振り回してカヤンバのお面をぽかっと殴る。
「そーゆーことは早く教えろッチャ! オレチャマがあいつの存在をハルカたちに教えれば、『オヤブン』の威厳を示せたのにーー!!」
「ダッ!? 密かにワガハイより先に抜け駆けしようとはズルいヤツンバ! やっぱお前とは一生絶交ンバーー!」
カヤンバも負けるものと、チャチャの仮面を叩き返す。
2人の奇面族がそんな応酬を続けているとは露知らず、迅竜とセーラー戦士は激闘を続ける。
ウラヌスとネプチューンが手から技を放とうとしたところ、ナルガクルガは複数の棘を彼女たちのいる距離めがけ放つ。
戦士たちは回避行動を取らざるを得ないが、そこに迅竜は急速に駆けて距離を縮める。
そこから尻尾をしならせ、横向きに振る。
ただでさえ長い上に伸縮性に富むそれは、一瞬で顔の手前まで届く。
当然ウラヌスたちもその効果範囲に入っていたが、彼女らは身軽さを生かし跳躍して回避。
「空中からの攻撃は、想定できるかしら?」
ネプチューンは手元に集約したエネルギーを解放し、ディープサブマージを放つ。
だが、ナルガクルガはこれを察知。
後方に大きく跳び、水属性のエネルギーは虚しく大地を割って弾ける。
遠距離に飛びのいた迅竜は、ネプチューンに対応しようとそちらを見据え、体勢を低く構える。
「慎重な性格が仇になったな!!」
影に隠れていたウラヌスが姿を現し、ワールドシェイキングを発動。
ナルガクルガが飛び出そうとした瞬間、エネルギー球が頭部に炸裂。
爆発した衝撃波の塊はその鼓膜をも揺らし、彼をその場に倒れ伏せさせた。
「さぁ、ダブルアタックだ!」
「ええ!」
ウラヌスとネプチューンは、同時に、先ほどよりも強く手を光らせる。
だが、技が放たれる直前にナルガクルガは復帰。
黄色い瞳が、大きく見開かれた。
螺旋を描いて飛ぶ2つの光球。
それを、漆黒の影は先より遥かに勝る速度で跳び躱した。
闇に、赤い残光を走らせながら。
「っ……速い!」
駿足で空を駆け抜けたナルガクルガは地に滑り降り、月夜と滝を背景に憤怒の咆哮を響かせる。
「フルアアアァァアアァァアアァァオアァァァァァオオオゥゥッッッッ!!!!」
叫び終えると、再び残光が宙に軌跡を描く。
舞い散る枝葉。
飛び散る水溜まり。
風を斬り裂く、高い音。
両眼に宿る光の尾が、ウラヌスたちの周りを止めどなく飛び回る。
この夜闇を疾駆する、一筋の流星となって。
「まさか、撹乱?」
先ほどは行動を見抜いたネプチューンも、今回の速度には目がまるで追いつかない。
いつまで経っても相手は攻撃を仕掛けないまま、
いつの間にか、存在が消え去っていた。
「……一体、どこに行った?」
居場所は近くに切り立った崖の中腹。
ナルガクルガはそこからそっと飛び立ち、2人の背後へ。
鱗が毛の如く柔軟に発達しているので、木に擦れて音が出ることもない。
気配を消し、
怒気も消し、
殺気も消し、
一歩一歩にじりよる。
チャチャと喧嘩していたカヤンバは視界にそれを認めると、慌ててチャチャを押しのけて叫んだ。
「後ろ見るンバ、後ろーーっ!」
「っ!?」
ウラヌスとネプチューンは突然の謎の声に戸惑うよりも、その言葉通りに振り向いた。
ナルガクルガは、低く屈めた身体を震わせて力を溜めていた。尻尾の先端の毛と棘をすべて逆立たせて。
「ウラヌスッ!!」
ネプチューンが、ウラヌスを抱いて地を蹴る。
直後、迅竜も宙に飛び上がって身を翻し。
棘の拡がった尻尾を渾身の力で振り降ろした。
地が割れて泥水が噴き、木が根から吹き飛んだ。
抱かれながら伏したウラヌスが目を開けた時には、50cmにも迫る棘が彼女の頭のすぐ傍に突き刺さっていた。
いち早く立ったネプチューンに、ウラヌスは苦笑ぎみに顔を上げた。
「……悪い」
「どういたしまして」
微笑み返した彼女は、ウラヌスの手を取って立たせながら周りを見渡す。
「それにしてもさっきの声、まさか……」
「今は、気にしてる暇はなさそうだ」
ウラヌスはスペースソードを再び構える。
尻尾を引き抜くと、ナルガクルガは再び森林の中へと姿をくらました。
ネプチューンはウラヌスと背中合わせに立ち、手元に手鏡状の
「私が補助するわ。攻撃の方向を教えるから、貴女はそれに合わせて」
「助かるよ、ネプチューン」
月下で蒼と紅の流星が駆け巡る。
互いに一歩に譲らず、交差し合って。
時に避け合い、時にぶつかり、また離れていく。
「ウラヌス、右!」
「ああ!」
僅かに見えた黒豹のしなやかに躍動する体躯を、手鏡から伸びる光が一瞬だけ照らす。
相棒の言葉に応え、ウラヌスは意識をその方向に巡らせる。
予測通り、赤い残光がそこからこちらを見据えた。
闇から出でた必殺の刃翼に、ウラヌスは直角にスペースソードを振りかざす。
火花、四散。
単純な筋力ではナルガクルガが遥かに有利。
ウラヌスは斜めに力を受け流し、何とかやり過ごす。
一方、奇面族の子どもたちは喧嘩も忘れてこの激闘に見入っていた。
「ぜ……全然いつも見てる狩りとは似ても似つかないンバァ……」
チャチャはそこであることに気が付き、バシバシとカヤンバの後頭部を小突く。
「そういえば、さっきの声で絶対居場所がバレたっチャ! 今すぐ立て直しを──」
瞬間、彼らは背筋に寒気を感じた。
正確には、殺気。
偶然チャチャたちとナルガクルガの目が合ったのだ。
彼は突如方向を変え、彼らが隠れている木の近くまで突っ込んできた。
ウラヌスたちの仲間だと思ったか、新たな邪魔者だと思ったのかは定かではない。
「ヂャーーーーッッ!?!?」「こっ、こっちに来るなンバーー!!」
「背後を見せたぞ!」
セーラー戦士たちはこれを好機と見て後を追う。子どもたちの姿は迅竜の陰になって見えていない。
ナルガクルガは彼女らを尻目に見ると、自身を軸にして尻尾を360度ぶん回す。
木々、草木も含めそこにいる者すべてを薙ぎ払う、広範囲の一撃。
ウラヌスたちは攻撃を予期して跳び下がったが、チャチャとカヤンバは木と共に吹っ飛ばされて宙を舞う。
「ヂャアアアア~~~~!!」「ダアアアア~~~~!!」
彼らは泣き叫びながら山なりに軌道を描き、セーラー戦士たちの目の前に落下。
べしゃっという音と共に、顔面に泥を被った。
「なっ……」
2人は突然現れた小さな生き物たちに目を見張った。
一方、目前にはナルガクルガ。
彼は泥濘をゆっくりと歩きながらこちらを睨み、今にも飛び出しそうな勢いで唸っていた。
「ウラヌス!」
「……あぁ、仕方がない」
彼女たちは目で合図すると、ウラヌスがチャチャ、ネプチューンがカヤンバを両手で腹の前に抱える。
「ご、ご、ごめんなチャ……」
「話はあとで聞かせてもらう!」
チャチャの涙目での謝罪を断ち切り、ウラヌスは木の間を駆け抜けて立ち去っていった。
ネプチューンは無念が滲む相方の顔を、憂いを含んだ表情で見つめていた。