セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて   作:Misma

106 / 189
海の王と天の王①

 

「おーう。どうじゃー、味の方は?」

 

 のんびりした老人の声を受け、一目では青年の男と見紛うほどの金髪の麗人は、目の前に持つ赤い物体に齧り付いた。

 瑞々しい食感、天然の爽やかな酸味と甘みが一気に口の中に広がる。

 彼女は老人に振り向き、目を細めて呟いた。

 

「えぇ。とても美味しいです、このシモフリトマト」

 

 入り口のすぐ傍に大木が聳え、その裾に虫籠や畑の畝が並び、奥には滝がなだれ落ちる水と緑豊かな平地。海に浮かぶモガ村を見渡すことができる高所に、農場があった。

 

 天王はるかは、笠を被った背の低い老人と会話しながら共に実った作物を収穫していた。その片手間、作物の一部をご厚意で頂いているのである。

 この農場長は竜人族で数百年というご高齢のためか、普段はキザな口調で話すはるかも彼に対しては敬語で話していた。

 

「トマトってのはのぉ、肥料を切らさず、上手ーいこと水を少なくすると、おいしーくあまーくなるんじゃ」

「なるほど、勉強になります」

「やっぱり野菜、野菜、野菜ニャ! 野菜を食べないとアプトノスにも勝てないニャ!!」

「ほれほれー。食べたらいつものを忘れちゃあいかんぞー」

 

 農場長はゆったりした話し方で、隣の笠を被り鍬を担いだやけに野菜推しのアイルーに注意を促した。

 「はいニャ〜」と答えると、猫に似た姿の彼は食べたトマトの中から比較的大きい種をほじくり出し、奥の滝で洗ったあと屋根の下にある小さな箱に入れていった。

 

「彼、一体なにをしてるんです?」

「おぉ。種を取っておいてるんじゃよー」

「種?」

「いつ虫に食われるか、嵐が来るか。それとも忍び込んだモンスターが踏み荒らすか。これから先のことは誰にも分からんからなー」

 

 至って穏やかでのんびりした口調からはとてもそんな事態は想像し難いが、真実は周りを見てみればわかる。

 キノコ栽培用の菌床、養蜂用巣箱、虫の養殖に使う虫籠、そして、作物を栽培する畑。

 1人の老人と3匹のアイルー、そこに村の人々が毎日出入りして手伝い、この大農場を切り盛りしているのだ。

 そこに大自然のほんの気まぐれで努力が水の泡に化すことを思えば、怯えるのも当然であった。

 

「とても労力に見合わないですね、農業というのは」

「それでも日常てもんは、こーやって日々頑張らんと保てんからのー。怪物を毎日のように狩っとるお前さんなら分かるじゃろう?」

「……えぇ」

 

 はるかは、赤い果汁に濡れた自身の手を見て物思いに耽る。

 美少女戦士たちもまさしく『日常』の影に潜み、それを護るべく戦う存在である。

 本来送るべき自分の青春や日常を削り、悪と戦う使命に翻弄される日々だった。

 

「でも、僕たちは意味も分からず戦ってるだけですよ。貴方たちのように何かを生み出すことはできない」

「ほっほっほ。相変わらずの謙遜ぶりじゃのう」

 

 農場長は微笑みながらゆっくりと頷きつつ、シモフリトマトの畑へとジョウロを傾ける。

 彼は手慣れた手つきで濡れる土壌を見つめ、ちょろ、ちょろ、と水の量を少しずつ調節していた。

 

「わしらはここで作った作物や虫で、お前さんたちは狩りで村を支える。別に、順位なんぞ決めなくったっていいんじゃないかのー?」

 

 はるかは微笑を浮かべ、トマトを持って立ち上がった。

 

「そうですね。日常的にこんな美味しいものが食べれるのも、貴方がいないとあり得ませんし。じゃあ、そろそろ僕は仲間を迎えに行きます」

「おーう。また待っとるぞーい」

 

 手を振って農場長に一時の別れを告げ、入口を出た瞬間、はるかは足を止めた。

 

「……今さっき、僕は何て言った?」

 

 自分の言ったことが信じられず、彼女は愕然としてトマトを持っていた手をもう一度見つめた。

 

「この世界に僕たちの『日常』だなんて……あるわけがないのに」

 

──

 

 大海に抱かれ穏やかな波に揺られる小島、モガ村。

 その広場で、亜美、レイ、まこと、美奈子の女子軍は受付嬢アイシャと共に現地の子どもたちと輪になって遊んでいた。

 

「モガの村も、随分と賑やかになったもんじゃのう」

 

 村長はちびうさとチャチャ、そしてカヤンバが海で泳ぎまわって遊んでいるのを目を細めて見つめていた。

 

「たっだいま~!」

 

 桟橋を渡る、たんたんと床板を踏み鳴らす足音と声。

 正体は、ピッケルを担いでモガの森から帰ってきたうさぎだった。

 その手には袋が掴まれており、彼女は立ち止まるとそれを開いて中身を改めて覗く。

 

「結局、今回も取れたのは石ころばっか……。あたしゃあユニオン鉱石が欲しいのよ」

 

 加工屋の小さな爺さんが肩を落とす彼女を見ると、手に持ったトンカチで呼び止めるように金床を叩く。

 

「おうおうお団子頭の嬢ちゃん、頼まれてたアレが完成したぞ!」

 

 報告を聞いた途端にうさぎの顔は煌めきを取り戻し、喜びのあまり掌同士を打ち合わせる。

 

「えぇっ、もう完成したんですか!? ありがとうございまぁ~す!」

 

 彼女は頭を下げて礼を言った直後、飛ぶように武具屋の小屋へ駆けこんでいった。

 それにちょうど、子どもたちと手を取り合い花いちもんめをしていた美奈子が気づいた。

 

「あれ、うさぎちゃん。帰ってきたなりどうしたのかしら」

「覚えてないのかい? この前狩ったリオレイア亜種から装備作ったんだよ」

 

 まことが言うと、美奈子は全く覚えていなかったようで驚いたように足を止めた。

 

「あら! じゃあ見にいかないと! ほらみんな、うさぎちゃんの新装備のお披露目よー!」

 

 少女たちは、武具屋の前に集まり、うさぎが武具屋の女性に手伝ってもらって着替えてくるのを子どもたちと一緒に待った。

 やがて、屋根の下から一つの影が飛び出してくる。

 

「じゃっじゃーん!」

 

 うさぎが纏っているのは、金属の下地に桃色の甲殻が据え付けられた姫騎士の如き装備だった。

 デザインは以前に使っていたレイアシリーズと全く同じだが、より良質な素材を使用したことで更なる高性能を実現している。

 

「へっへーん、どーお? 可憐なピンクがあたしに似合ってるでしょー」

「お~~」

 

 くるくると回転して一同の前で装備を見せびらかすうさぎに、アイシャと村の子どもたちは感心して拍手した。

 

「えぇ、うさぎにはもったいないくらい!」

「ほーんと、豚に真珠ってまさにこのことよね~」

「あぁん?」

 

 レイとちびうさの冷やかしにピキッとうさぎの額に血管が浮かぶが、彼女はそれを何とか堪えすぐ彼氏の衛のところに飛んでいく。

 

「どぉー、まもちゃん! 褒めて褒めてー!」

「ああ、とても似合ってるよ」

「もっと具体的に!」

 

 最初はいつも通りに優しく頷いた衛だったが、うさぎにそう言われて期待の目で見られると困った顔にならざるを得ない。

 

「う、うーんと、桜みたいな色合いで前よりもかわいい、かな」

「えっへへ~、やっぱりあたしの王子様ったら分かってくれてるぅ~」

「ひええええ、この御二人もはるかさんとみちるさんに負けないくらいアツアツ……」

 

 衛の腕に抱きついたうさぎを目の当たりにして顔を紅くするアイシャを、亜美は落ち着かない様子で一瞥した。

 

「……うさぎちゃん、人前で恥ずかしいわ」

「でも、やっぱあたしたちも~」

「あんな風に褒めてくれる人がいて欲しいよな~」

「もうちょい成長してハンターになれていれば、ぐぬぬぬ……」

 

 美奈子とまことは羨望の眼差しで乙女チックな感傷に浸り、ちびうさは悔しそうに狂犬のような唸りを上げている。

 はるかとみちるはそれを、少し離れたところで日傘の下から眺めていた。

 

「変わらないな、あの子たちは」

「ええ。相変わらず可愛らしくて安心したわ」

「それにしても、リオレイア亜種にあった傷の犯人は未だ掴めずか。そろそろ、尻尾を出してくれてもいい頃なんだけどな」

 

 うさぎたちがはるかたちと再会し、モガ村に来てから数週間ほどが経っていた。

 

 この村に来たうさぎたちが狩った『桜火竜』──リオレイア亜種。

 雌火竜リオレイアの中でも珍しい色合いの個体であるそれの背中にはいくつも引っ搔かれたような傷があり、この事実はモガ村にも大きな話題を呼んだ。

 何故なら強豪の飛竜種にして頂点捕食者であるリオレイア亜種の背を傷つけられる生物など、この地ではほぼいないに等しいからだ。

 

「……この状態が続けば、第二の使命を果たさなくてはいけなくなる」

「焦るべきでないわ。相手は野生動物、気まぐれなものよ」

 

 やや声を低めて呟いたはるかを、みちるは微笑んで諫める。

 そこに、うさぎが渡ってきたのと同じ桟橋を渡って1人の住人が駆けて来た。

 

「大変だーっ!!」

 

 続いて、船乗りの恰好をした男たちが慌てた様子でその後に続いてきた。

 村長が異変を察して腰を上げると、船乗りを連れてきた住人が叫ぶように報告する。

 

「落ち着いて聞いてくれ。さっき交易船がラギアクルスに襲われて、船長と剣ニャン丸が遭難した!」

「……ラギアクルス」

 

 はるかはみちると共に意識を引かれたように眉を上げる。

 クエストカウンターの前に一同を集めると、船員たちは参った様子で話し始めた。

 

「あの人たちときたら逃げろと言うのに聞かなくて、自分は後から荷物を集めてくるって……」

「いかんな、このままだとあやつらが危ないぞ」

 

 村長の口から出た聞き覚えのない人名に、うさぎがはてな、と首を捻る。

 

「船長と、剣ニャン丸?」

「この村がいつも交易でお世話になってる人たちよね」

 

 みちるがそう確かめた時、アイシャはいつもとは打って変わり深刻な表情になっていた。

 

「はい、一応昔はハンターをしてましたから、そうそう簡単にはやられないと思うんですけど……とにかくこれは、御二人のピーンチッ!ですよっ!!」

 

 アイシャは筆を取ると、走り書きで依頼書を作成した。

 ラギアクルスの狩猟、及び遭難者2名の救出。

 それがカウンターに出されるのを見ると、うさぎは迷わず桃色の甲殻がついた籠手を伸ばした。

 

「よし、早速行かないと!」

「お団子たちはここに残ってくれ」

 

 それより先に、依頼書の上に青みがかった金属の籠手が重なる。

 止めたのははるかだった。彼女は厳しい表情で顔を上げた。

 

「今回は、僕とみちるだけで行く」

 

 うさぎは目を真ん丸にしていたが、彼女は真面目に受け取らず御冗談を、と笑うように掌をひらめかせた。

 

「も〜はるかさんったら、あたしはずっと上位まで頑張ってきたんですよ? 今更指を咥えてるだけだなんて……」

「聞いてるわよ。リオレイア亜種の狩猟、散々だったんですってね」

「ギクッ……」

 

 すかさず差し込まれたみちるの言葉に笑顔が止まり、たじろぐ。

 

「まあ、確かにあれは……」

「散々よねぇ……」

 

 当時その狩猟に立ち会ったレイと亜美、そして衛も苦い顔をした。

 リオレイア亜種自体強大な相手だったので仕方ないところもあるが、以前に行った狩りはお世辞にもスマートとは言えなかった。

 出会い頭にペイントボールを投げるも中々当たらず。初めて見る空中で螺旋を描く尻尾攻撃には吹っ飛ばされ。溜め斬りを放とうとしても、死界から巨大蟻に脚を噛みつかれたせいで見事にスカし。

 

 ここ最近のうさぎの運の悪さは際立っており、もはや疫病神レベルと言ってもよかった。

 一気に立場が危うくなったうさぎは冷や汗をたっぷりと浮かべ始めたが、

 

「ちょっと待ってくれ」

 

 そこに、衛が救いの手を差し伸べた。

 彼はうさぎとはるかの間に割って入る。3人を目の前にしたアイシャはどうすることもできず、視線をせわしなく右往左往させていた。

 

「いくら君たちが強いと言えど、今回は人の命もかかってる。2人だけじゃ少し心許ないんじゃないか?」

 

 後ろにうさぎを一瞥しつつ、衛ははっきりと意見を述べる。

 

「何しろ孤島は広い。狩猟と救助に役割分担した方が、全体として効率がいいと思うが」

 

 彼に優しい視線を投げかけられ、泣きかけていたうさぎは救われたように顔を輝かせた。

 

「まもちゃん!」

「さすがは衛さん、未来の夫ねぇ」

 

 そう言った美奈子に仲間たちが頷く一方、みちるははるかに問いかける。

 

「これは中々折れてくれそうにないわ。どうしましょう」

「……仕方ないな。それなら、条件をつけさせてもらう」

 

 次にどんな言葉が待っているのかと、少女たちは身構える。

 

「まず一つが、僕たちの戦いの邪魔をしないこと。そしてもう一つは──お団子と一緒に彼女を連れていくことだ」

「……えっ?」

 

 はるかが指さしたのは、青髪の少女、亜美だった。

 

──

 

 モガ村から出て、岩礁を見下ろせる丘から坂を真っ直ぐ下っていく。

 

 うさぎが纏うは先ほど新調したばかりの防具『リオハート』に大剣『炎剣リオレウス』。

 亜美の装備は花のように可憐な『ミツネS』にライトボウガン『狐水銃シズクトキユル』。

 はるかは黒の胸当てと袴を基調とした、忍を思わせる『ナルガS』にチャージアックス『精鋭討伐隊盾斧』。

 みちるは引き続きコートのような出で立ちの『ルドロスS』にスラッシュアックス『スプラックス』。

 

「ひぇ~、2人が着ると何でも似合う~」

 

 うさぎが言うように、身体の線が細めでスタイルの良いはるかとみちるの装備を身につけて歩く姿は様になっている。さながら今やっているのはファッションショーかと見紛うほどに。

 

「それはどうも」

「村を出るとお役御免になるのだけれどね」

 

 いつの間にか、彼女たちは大滝が落ち大樹の生える広場に降りて来ていた。

 2人は変身スティックを取り出すと、武器も、防具も一時消し去ってセーラー戦士の姿へと変わる。

 うさぎはそれにあれ、と首を傾げた。

 

「はるかさんたち、戦士の姿でモンスターと戦うんですか?」

 

 もっと驚いた顔をしたのは、むしろセーラー戦士となった2人の方だった。

 

「僕たちはセーラー戦士だ。君たちだってそうだろう」

「貴女たちこそ、狩人の姿でずっと戦ってきたの?」

「はい。この姿の方が頑丈だし色々と恩恵も得られるから、いざという時役に立ったりするんですよ」

「……僕はあまり好かないな。この姿じゃないと風になって戦えない」

 

 亜美が説明しつつ泡狐竜の鱗から作られた滑らかな袖を撫でるのを見ると、ウラヌスは難しい顔をした。

 

「この際言っておこう。僕たちは、あの村のために戦ってるわけじゃない」

「え……?」

「ラギアクルスは僕たちの因縁だ。恐らくヤツは敵対した僕たちを覚えていて……そして、リベンジを果たすために戻ってきたんだ」

「放っておけば、彼はこれから先も私たちを襲ってくるでしょう。だからこれから果たすべき使命を邪魔されないよう、今日ここで叩くわ」

 

 村ではそんな素振りなど一切見せなかったのに、まるで示し合わせたように2人は説明する。

 だが、少女2人はあまりに突然告げられたことで、しばし固まっていた。

 やがて、亜美が批難の眼差しを戦士たちに向ける。

 

「では、元々人を助ける気はなかったってことですか!?」

「……そのために、貴女たちを連れて来たのよ」

「やはり、納得いかないって顔だな。だが君たちこそそんな大きな武器を振り回して、本来の自分を見失ってるんじゃないか?」

 

 ウラヌスは鋭い視線を送り返して指摘する。風に棚引く濃紺の襟が、緑のなかで彼女の姿を際立たせていた。

 

「いいか、僕たちが真に護るべきものはすべて『あちら』にある。その事実を忘れれば、これまでの戦いがすべて無駄になる」

 

 いつの間にかウラヌスが拳を強く握りしめていたのにうさぎは気づいた。その行為は、自分に言い聞かせようとしているようにも見えた。

 

「それを忘れたら……絶対にダメなんだ」

「って言いながら、こいつらも実は裏でこーっそり武器の練習をしてるのっチャ!」

 

 突然、背後から声がした。

 急いで振り向くと、どんぐり型のお面と蟹型のお面が地面から生えて喋っていた。

 奇面族の子どもたち、チャチャとカヤンバである。

 

「えっ、正体見られちゃった!?」

「……はぁ、また勝手についてきたのか。チャチャ、カヤンバ」

 

 うさぎは逃げ腰になって慌てるも、ウラヌスは呆れ気味に肩を落として叱りつけただけだった。

 

「もしかして、貴方たちはこちらの事情を知ってるの?」

 

 亜美が聞くと、胸から下を地面から引っこ抜いたカヤンバが、杖でうさぎと亜美を指し示しながら頷いた。

 

「ンバ! お前たちも変身仲間ということは既に聞いてるノダ! というわけで、お前らもワガハイたちのコブンに決まりなノダ!」

「コ……コブン!?」

「本気にするなよ。要は遊び相手になってほしいってだけさ」

 

 今度は亜美が驚いたが、はるかが冷静に助言した。

 その流れのまま、彼女はちらりと太陽の位置を確認する。

 

「こうなってしまったら仕方ない。このまま現場へ向かうとしよう」

「私たちとこの子たちは海に行くわ。貴女たちは森の方をお願い」

 

 ウラヌスとネプチューンはそう決めると、さっさと東へ続く浅瀬の道を走っていってしまった。

 それを見送った亜美は、眉をひそめつつさっさと反対の方向へ足を踏み出す。

 

「……行きましょう、うさぎちゃん」

「あっ、ちょっと待って!!」

 

 うさぎははるかたちの背中を見ていたせいで出遅れ、急いで追いつこうと駆け出した。

 

──

 

「うさぎちゃんは嫌じゃないの?」

 

 先のエリアより西に進み、崖上にある狭いトンネルを抜け、更に飛竜の巣へと続く横穴に入った時だった。 

 うさぎに振り向いた亜美の目は珍しく、むつかしそうに吊り上がっていた。

 

「はるかさんたち、自分の使命ばかり気にかけて、最初はモガ村も遭難した人たちも護る気がなかったのよ。さすがにどうかと思わない?」

 

 彼女らは、巨大な谷の合間にある薄暗い空間へと足を踏み入れた。広場の傍まで流れ込む海水に光が岩壁の縦に開いた隙間から差し込む様は幻想的ですらある。

 亜美に対し、うさぎはうーん、と考えたあと首を振った。

 

「ねぇ、ほんとにあれって本気で言ってるのかな」

「どうして?」

「だって『使命を護れ』って言ってた時のはるかさん、なんかずっと我慢してる感じだったんだもん。ぎゅーって拳握ってさ」

 

 実際に拳をもう片手で抑えてみせたうさぎに、亜美はえっと小さく驚く。そんな細かい部分までは、彼女も見ていなかったのだ。

 

「それにはるかさんとみちるさんって、いっつも言ってることと本心が違うっていうかさ。なんていうか、ちょっとオトナっぽいじゃない。だからきっと、ああ言ったのにも何か訳がある気がするのよ」

 

 しばらく亜美はそれを聞いて考えたが、やがて頷いた。

 

「……それも、そうかもしれないわね」

 

 彼女は顔を上げ、思い直したように苦笑いを浮かべた。

 

「思ってみれば、危うくまた前みたいにセーラー戦士で仲間割れするところだったわ。……やっぱりうさぎちゃんがいないと駄目ね、あたしたち」

「ニャーーッ、誰か早く来てくれゼヨーー!!」

 

 助けを求める声が左前方にある巣への入り口、更にその上方から聞こえた。直後に、

 

「グルオオオオアアアアッッ!!!!」

 

 獣の咆哮が頭上から鳴り響いた。

 

「……うさぎちゃんっ!」

「なんかヤバそうね!」

 

 彼女らは急いで段丘の地形を駆け上り、上にある巣へ駆けつける。

 

 最後の段を駆け登った先に見えたのは、視界をほぼ覆う青空と──その下に伏せてうずくまる猫の姿。

 青袴、半袖の服に剣を背負い、髪型はあちこちに散らしたワイルドなファッション。

 しかしその見た目とは真反対に彼は涙をぼろぼろ流し、ひたすら脅威に怯えていた。

 彼はうさぎたちの姿を認めると、はっと身体を起こして全速力で駆け寄ってきた。

 

「ニャアアア、助けが、遂に助けが来たゼヨーーッ!!」

 

 どこかの方言に似た奇妙な語尾をつけるアイルーは、すぐさまうさぎたちの背後に隠れる。

 

「貴方が遭難者の1人ね!」

「さあ、もうだいじょ……」

「ガアアアアアア!!!!」

 

 視界の中、一見違和感のなかった空の一部が凄まじい速度で迫る。

 ある程度近づいて、やっとそれが鮮やかな緑の翼を持っていることが分かった。

 空に溶け込むような蒼色の飛竜は、口元に炎を携えて地上へと降り立った。

 

「……リオレウス亜種!」

 

 黒い鱗の混じった頭部に怒りの赤い瞳を滾らせ、通常種を超える危険度も納得の迫力を漲らせている。

 

「ここは一旦、この子を連れて退避よ!」

 

 アイルーを見て叫んだ亜美だったが、

 

「ピュイイイイィィィィィイイイイィィィィィ……」

 

 やけに甲高い、鳥のような嘶きが場を満たした。

 一つの影が、一瞬彼女たちを横切った。

 

「……!?」

 

 一同が顔を上げるよりも早く、リオレウス亜種の背に何者かがのしかかる。

 

「グオオオオッッッ!?」

「キシャアアアアアアアッッッ」

 

 けたたましい叫びをあげ、空の王者の背中を何度も引っ掻くその刺々しい背中は──

 

 差し込む陽光に照らされ、()()()()()()()()

 

 苛立ったリオレウス亜種は棘のついた尻尾を横に振り払うが、翼を持った襲来者は軽業師のように跳ねてひらりと躱す。

 横に降り立った彼が刀状の角を振るうと、幾重に鱗が連なる首元が一瞬開いた。

 その合間から2、3発の鱗が発射される。

 鱗は刃のように整ったひし形で、金属のそれよりも遥かに鋭い輝きを放っていた。

 

 リオレウス亜種は空中へ飛び上がってそれを回避、同時に赤く燃え盛る火球を眼下の敵へ吐いて爆撃する。

 相手の飛竜は翼を腕のように使って横っ跳び、脇を通過した火球はそのままうさぎたちの目の前に着弾、爆炎を巻き上げる。

 

 しばし彼女たちは腕で目を庇っていたが、恐る恐る目を開けると、既に飛び立ってリオレウス亜種へと食いかかっていく飛竜の姿が見えた。

 

「あれは……千刃竜セルレギオス……?」

 

 うさぎは、空を自在に翔けるその竜たちを呆然と見つめていた。

 

「まさか、あれが『金の竜』だっていうの?」

 




モガ村の農場、あの面積だけで村の人々の食糧賄えるのか、という疑問はさておき。(多分水産物主流の食生活だろうし、あれ以外にも農業を営む陸地があるのだろう…)
『金の竜』候補セルレギオスちゃん、初登場と思いきや前回で既にお披露目してました。
あと亜美ちゃん、大人しめでそんなに目立って人を批判するような子ではないと思いきや、割と倫理的なところでは言うべきことははっきり言うタイプなのです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。