セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて   作:Misma

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海の王と天の王②

 孤島のエリア10。

 天然石のアーチを潜ると、横に据え広がる海岸、その先に岩礁と水平線が見える。

 はるかたちがこの世界に来て最初に漂着したのもこのエリアだ。

 

「キョエアアアアア……」

「グオオオオオオ……」

 

 響く奇声に顔を上げると、蒼い飛竜と金色の飛竜が激しく争いの応酬を行っていた。

 戦場は、高所絶壁の上にある巣近くの上空である。

 

「リオレウス亜種の他に……もう1頭?」

 

 はるかが目を見開いたところへ、後ろからついてきていた奇面族のカヤンバが驚き杖を振り上げた。

 

「ンバッ、セルレギオス! この辺じゃ滅多にいないモンスターンバ!」

「知ってるのか?」

 

 振り向くと、カヤンバはうんうんと頷く。隣のチャチャも、

 

「確かバルバレ辺りでえらく話題になってたヤツってアイシャ嬢が言ってたっチャ!」

 

 と得意げに知識を教えてくる。

 

「そんなやつが、何故モガの森に……?」

「まさか、うさぎたちが言っていた『金の竜』かしら」

 

 はるかたちがそう怪訝な顔で呟いた時、

 

「おぉーーい! ワシはここだゼヨーー!!」

 

 男の叫び声がした。

 はるかたちは声のした方へ振り直る。

 海上に浮かぶ、荷物を載せた小舟から手を振り叫ぶ男が1人。

 

「……どうやらあれらは彼女たちに任せるしかないようね」

 

 みちるに話しかけられるとはるかは頷き、上空へ狼煙を撃った。

 そして奇面族たちと共に海へ飛び込み、真っ直ぐ舟へ。

 

「うおおぉぉ、かたじけないゼヨ〜〜!!」

 

 彼女らは幸い何事もなく小舟へたどり着いた。

 男は白生地に青く染めた羽織袴を着、厳つい顔に豪壮な髭を生やす、いかにも豪商らしい出で立ちである。

 だが、本来あるであろう見た目の威厳は意味を成さない。彼は正座をしながら手を組み合わせ、神でも見たかのような泣きっ面だったからだ。

 

「剣ニャン丸は、剣ニャン丸は大丈夫かゼヨ!? あやつ、リオレウス亜種が盗んだ荷物に掴まったままどこかへ飛んでいってしまったのだゼヨーー!」

「それは大丈夫。もう2人の仲間が見つけてくれる手はずですわ」

 

 みちるが微笑むと、船長の表情も幾分か和らいだ。

 その時、海中奥深くで白く眩い光の奔流が走った。

 

「お? 何か海の下がボンヤリしてるチャ〜〜」

「ホントッンバ!」

「なに?」

 

 最初に気づいたのは奇面族たち。彼らの他人事みたいな感想に、はるかは海面を見る。

 言葉の通りだった。

 しかもそれは、生きているように揺らめいている。

 はるかはみちると顔を見合わせた。

 

「まさか、この下に……」

「恐らく、ラギアクルスがいるわね」

「ゼヨッ!? それは誠ゼヨか!?」

 

 船長の顔が真っ青になった。

 はるかは後に続いてクロールで泳いできた奇面族たちに振り向いた。

 

「チャチャ、カヤンバ。お前たちはこの人を村まで連れて行ってくれ。出来ればもう1人の遭難者も一緒にな」

「ヌヌッ、オレチャマたちは狩りに参加NGッチャ!?」

「そんなの絶対お断りンバ!!」

 

 はるかは、いかにも残念そうに首を振った。

 

「そりゃあ残念だな。あの人を助けたら今日のおやつは奮発しようかと思っていたんだが、仕方ないか……」

「任せて下せぇッチャ!!」

「最愛のコブンの頼みとあらば、了解なノダ!!」

 

 心変わりは一瞬だった。

 チャチャとカヤンバはバタ足で舟を押し、推進力となって海上を爆進していく。

 

「あぁ、オヌシらは一生級の恩人ゼヨ!! この礼は必ず……!」

 

 船長は、歓びの雄叫びを上げながら海岸へと運ばれていった。

 

「貴女もあの子たちの扱い、上手くなってきたわね」

「いいや、みちるのおかげさ。これで本来通り、周りを気にせず戦える」

 

 はるかはみちると共にそれを見送ると、再びみちると目を合わせて潜水した。

 白い泡を掻い潜る。

 目を開けると、陽光が揺れ落ちる海中で長いものがとぐろを巻いていた。

 

 海に溶け込むような鱗。

 石灰に似た質感を持つ紅の突起。

 角が生えた鰐のように細い頭部。

 座するは大海の王者、ラギアクルス。

 

『久しぶりだな。ここに初めて来た以来か』

 

 変身スティックを取り出したはるかは、その竜と目線を合わせた。

 

 彼はしばらく、動かなかった。

 

 それはまるで、かつて己に歯向かった人間たちを待っていたかのよう。

 やがて海竜は2人が近づいてくると悟ると己の身体の拘束を解き、橙に灯る瞳をより強く光らす。

 

「ヴオオオオオオオオオォォォォォォ!!!!」

 

 彼が吼えると同時、海中の2人の少女は聖なる光に包まれた。

 

──

 

 所は飛竜の巣に移る。

 この地の構造はちょうど崖が窪んだような形になっており、真正面には青空が見渡す限り広がっている。

 そこを戦場に争う飛竜たちのうち、千刃竜セルレギオスが首を振るう。

 すると、『刃鱗』と呼ばれるひし形の天然の刃が射出。

 

 リオレウス亜種は横に回り込むように羽ばたくことで回避、刃鱗は巣の方向へ流れてゆく。

 思わずうさぎが盾代わりに構えた大剣に、それらが3枚カンッと音を立てて突き刺さった。

 

「わあっ!!」

 

 凄まじい勢いに、うさぎの腰が崩れかける。

 その威力を目の当たりにした亜美は、傍にいる羽織姿のアイルーに叫んだ。

 

「貴方が剣ニャン丸よね? 今すぐ逃げた方がいいわ!」

「わ、分かったゼヨーーッ!」

 

 空中での激闘に目を奪われていた彼も、正気に返ると一目散に逃げていく。

 

 飛竜たちは空中で噛みつき合い、引っ掻き合いながらもつれ合った。

 彼らは一旦互いを突き放して睨み合ったが、千刃竜の目線が一瞬うさぎたちと合った。

 

「キョエアアアアアアア……」

 

 セルレギオスは不愉快そうに嘶くと翼を広げ身を翻し、空の彼方へ去っていく。

 うさぎはその姿を見送った後、己の大剣から零れ落ちた刃鱗の破片に気づく。

 

「ちょっと、いただきますよっと!」

 

 彼女は拾い上げ、防具を誤って切らないように気をつけつつ瓶に入れ、アイテムポーチに保管した。

 リオレウス亜種も後を追うことはなく、金色の侵入者の姿が完全に消えるまで威嚇していた。

 

「グルオアアアァァァ……」

 

 リオレウス亜種が次に視界に定めたのは、うさぎたちだった。

 蒼い鱗のあちこちに刃鱗が刺さり、切り裂かれたような甲殻の傷もある。姿は痛々しいが、息遣いそのものは生命力に溢れていた。

 それを見て、うさぎたちはあることに気づく。

 

「リオレイア亜種と同じ傷……!」

「あれも、セルレギオスによるものだったのね!」

 

 しかし、リオレウス亜種はうさぎたちに襲い掛かることはしなかった。

 そのまま急上昇すると、何処かへ緑の翼をはためかせて飛んでいく。

 

「あ、あれ? なんで?」

「恐らく、傷を癒しにいったのでしょうね」

 

 亜美は遠のいていく蒼い背中を見て冷静に分析したのち、戸惑っているうさぎに振り向いた。

 

「あれだけの手負いだと、遠からず凶暴になるわ。今回は遭難者もいることだしあのモンスターも狩るしかなさそうね」

「そうね、あの『金の竜』とも何か関係があるみたいだし! そうとなりゃあ、早速追うわよ!」

 

 うさぎも狩人として決意を固め、率先して行こうと先走る。

 しかし、亜美は何かに気づいてふと彼女を追う足を止めた。

 

「そういえば……ペイント」

「ああっ!?!?」

 

 しまった、という顔で気まずくうさぎは振り向いた。

 先ほど蒼火竜が空中にいたせいで、居場所を追うためのペイントがつけられなかったのだ。

 

「……うさぎちゃん、千里眼の薬は?」

「……ごめん、切らしてる」

 

 両者は愕然と肩を落とした。

 これではどこに行ったか掴めない。これではもはや、狩りの成功以前の問題だ。

 

「はぁ、いったいこの先どうすれば……」

「えーい、悩んでても仕方ない! 取り敢えず下に戻ろっ!」

 

 うさぎはさっさと腹を決めると、来た道を戻るため下へ続く洞窟へと脚を踏み入れた。

 その判断の速さには、亜美も感心の顔である。

 

「こういう時の行動力はすごいわね、うさぎちゃん……」

 

 谷の間に戻ると、人の背くらいの体高を持つ小柄の肉食竜が3頭、地面を徘徊していた。

 橙に染まった細身の身体に、紫色の扇のような耳が特徴的である彼らは、犬のような鳴き声を発してはしきりに周りを見渡している。

 

「あら、ジャギィがいるわ。さっきまでいなかったのに」

「げーっ。あの子たち苦手なのよねー。今朝もしょっちゅー採掘邪魔してきたし」

 

 存在に気づいたうさぎたちはエリアの入口から姿を隠しつつ観察する。

 亜美は相変わらず冷静な一方、うさぎは思わず苦いモノを舐めたような顔をした。

 

「オォーッ、オッ、オッ、オッ、オッ……」

 

 その時、どこからか遠吠えが聞こえた。

 それを聞いたジャギィたちは身を翻し、近くにある洞穴へと潜っていく。この穴は孤島南方の各地に繋がっており、彼らはこれを移動経路として使っているのである。

 

「あれま、消えちゃった」

「群れの長、ドスジャギィの招集ね。草食動物でも襲いにいくのかしら」

 

 亜美の言葉を聞くと、一時キョトンとしていたうさぎはたちまちさっきと同じ表情を浮かべた。

 

「げげげーっ。あの子も主張強めで苦手なのよー。この前狩ったリオレイア亜種の時も乱入してきてホント迷惑だったし」

「うさぎちゃん、ちょっと苦手なもの多すぎない?」

 

 うさぎは亜美に突っ込まれると、桜火竜の甲殻から作られた胸当てを自慢げな顔で叩いた。

 

「だってこの防具作るために採取しまくってたんだもん。この孤島の苦手事情に関しては、もしかしたら亜美ちゃんより詳しいかもねん♪」

「……いったいなにを自慢してるのかしら」 

「それにしても、あの子たちも大変よねー。縄張りを護るためだけにあんなデカブツと戦わないといけないもの」

 

 そのしみじみとしたうさぎの一言を聞いて、亜美は突如閃いた。

 

「それだわ!」

「へ?」

「うさぎちゃん。ドスジャギィは、なんのために部下を呼んだと思う?」

「え、だから縄張りを護りに……あっ!!」

 

 続いて、2頭のジャギィの群れが洞穴とは別の道から現れる。

 急いで彼女たちは飛び出すと、ジャギィの1頭に駆け寄ってペイントボールを当てた。彼は鬱陶しげに唸るも完全に少女たちを無視し、専用の通路に潜っていった。

 直後、うさぎたちはこれまでの道を引き返し、孤島南方に続く横穴めがけて走り始めた。

 

「ドスジャギィが部下を呼んだのは、多分……」

「リオレウス亜種に対抗するため!」

 

 少女たちは駆けながら、互いの答え合わせをする。

 姿は見えなくなったが、ペイントの強烈な臭いは彼らの行先へ彼女たちを導いてくれた。

 しかしもう一つ、薄闇から抜けて陽の光に照らされた辺りで、うさぎは地面にある何かに気づいた。

 

「え? 待って、この方向……」

 

 肉球の足跡だ。先ほど逃げさせた剣ニャン丸のものだろう。

 それを辿ると、それはちょうどジャギィたちが向かう方角に続く。更には、彼女たちが辿ろうとしているのもまったく同じルートなのだ。

 

「なんか……めっちゃ嫌な予感がするっ!!」 

 

 うさぎは、亜美と共に足を早めた。

 

──

 

 うさぎたちとはるかたちが分かれた、大木と大滝から流れゆく川が特徴的な平地、エリア2。そこはいま、荒波に揉まれていた。

 荒波と言ってもここは地上。人より大きな草食竜の群れが、地響き立てて逃げ惑っているのだ。

 

 トサカのような角と突起のついた尻尾を持った四足歩行の草食竜『アプトノス』は、通常は温厚かつ臆病で、基本的に無害な存在だ。

 しかし人より大きい図体を持つ彼らが群れて一斉にパニックを起こせば、人にとってはかなりの脅威となる。

 

 それらがエリアを横断する浅い川の水底を踏み鳴らす隙間で、再会を果たしたばかりの交易船の船長と剣ニャン丸は互いにひしと抱き合っていた。

 

「ひいいい、剣ニャン丸、ワシらはいったいどっちに行けばいいゼヨ〜〜!」

「ボ、ボク、じゃなくてワシ、もう終わりかもしれニャ……ないニャゼヨ~~!!」

 

 無論、はるかたちに頼まれて彼らを守護すべく、近くには奇面族の子どもたちが付き添っていた。

 彼らは遭難者にアプトノスやジャギィを近づけまいと、必死に杖を振りまくっていたのだが。

 

「ンギャーーーッ! またジャギィに齧られたっチャ〜〜!!」

「チャチャ! 泣いてる場合じゃないンバー!!」

 

 突然どんぐりの仮面に齧りついてきたジャギィに、チャチャは暴れて泣き喚いた。カヤンバはジャギィの頭を杖で殴って引き剥がしながら相方を激励している。

 

 一連の混乱の原因は、1頭のアプトノスを脚で踏みつける手負いのリオレウス亜種。

 そして縄張りと横取りされた獲物を死守しようとする、ドスジャギィ率いる肉食竜の群れ。

 

「ウオオーーーーーーーーーーッ!!」

 

 ジャギィたちとは別種と思えるほどに大きく逞しい図体に立派な襟巻を持つ、群れのリーダー『ドスジャギィ』。

 彼が天を見上げて咆哮すると、部下のジャギィたちはそれを合図に、果敢にも自身の数十倍の図体のリオレウス亜種に跳びかかり食らいついていく。

 

「グルオオオアアアアアッッッ!!!!」

 

 蒼い飛竜は尻尾を振り回し、身体に噛みついたジャギィたちを吹き飛ばす。背後のドスジャギィに気づくと、口に燻らせた火炎を彼目がけて振り回した。

 

 被食者、中間捕食者、頂点捕食者。

 孤島における陸上生態系の縮図が、そこに出来上がっていた。

 そしていまアプトノスたちは完全にその場から去り、後方に控えるジャギィたちの興味は人間たちに移りかけていた。

 

「まずいわ! もう巻き込まれてる!」

 

 ちょうどそこに、うさぎたちが駆けつけた。

 幸い遭難者たちがアプトノスに踏まれることはなかったようだが、状況は予断を許さない。

 

「させないわ!」

 

 亜美が青空に向けて威嚇射撃を行い、ジャギィたちの気を引く。

 うさぎは急いで船長たちの近くに駆け寄ると、彼らの前に立って大剣『炎剣リオレウス』を横薙いだ。

 内蔵された火炎袋を通して業炎が軌跡を描く。空気を伝わる高熱に、肉食竜たちは恐れて飛びのいた。

 

 しかし悪運というものはいつだって、何回か立て続けにやってくるもの。

 なんと、振り返ってその状況を見たドスジャギィまでも人間たちに興味を示したのだ。

 ただの興味というよりは敵意に近い。彼は人間たちを新たな縄張りへの侵入者と認識し、蒼火竜の相手を部下に任せて走り寄ってきた。

 

「「ひーーっ!!」」

 

 響き渡る船長と剣ニャン丸の悲鳴。

 うさぎは怯まず、真正面に大剣を振り下ろす。

 接地した大剣からは超高熱が発生し、ドスジャギィを一時怯ませた。その隙に振り返って叫ぶ。

 

「とにかくあなたたち、早く逃げて!」

「ほら、さっさとこっちに来るッチャ!」

 

 遭難者たちは奇面族たちに護られつつ、キャンプに続く道へと先導されてゆく。

 

「お嬢ちゃんたち、誠に恩に着るゼヨ! この礼は必ず~!」

「ゼ、ゼヨ……? って、気にしてる暇ないわっ」

 

 豪壮な袴姿の男が手を振りながら放った、奇妙な口調に首を傾げるも、うさぎはすぐに気を取り直して肥やし玉を取り出し、ドスジャギィめがけ投げつけた。

 

「オオウッ!?!?」

 

 鼻っ面に強烈な臭いをぶつけられた彼は大きく仰け反り、たまらず逃げていった。

 ジャギィたちもその後について、その場を去っていく。

 

「よし、これで取り敢えずは安全確保……」

 

 そこで、うさぎははっと視線を別のところへ巡らせた。

 ドスジャギィばかりに気を取られたのがまずかった。

 リオレウス亜種はこの機を逃さないとばかりに頸を動かし、アプトノスの腹を噛みちぎろうとしていた。このままでは、体力を回復されたうえでまた逃げられてしまうかもしれない。

 

「や、やば……」

「大丈夫よ、うさぎちゃん。もう既に()()()()()()わ」

 

 焦った顔を見せたうさぎに涼やかな声がかかった。

 亜美が、冷気を纏ったライトボウガン『狐水銃シズクトキユル』を構えて走り寄ってきた。よく見ると、蒼火竜の足元に地雷のようなものが埋まっている。

 

「シャボン・フレージング・ゲイザー!」

 

 彼女が後ろ目に相手を見て叫ぶと同時、爆発と共に泡に封じ込まれた冷気が弾ける。

 拡散したそれは近くにある草を、浅瀬を、飛竜の全身を覆う蒼い鱗をも一瞬にして霜を走らせひび割れさせた。

 

「グオゥ……ッ!?」

 

 蒼火竜は慌てて飛び立とうとするが、彼の身体は思うように動かない。

 

「すごいわ! ありがとう、亜美ちゃん!」

 

 うさぎはグッドサインで感謝を叫びつつ、リオレウス亜種へ駆け寄っていく。

 そのまま大剣を振りかぶり、最大出力の溜め斬りを蒼火竜の頭へ、一撃。

 武器に宿るものと同じ炎の使い手のためか、手応えはあまりない。それでも、確かに大剣の重い刃は確実に頭の鱗を深く削り取った。

 

 無論、リオレウス亜種もやられてばかりではない。

 彼は立ち上がると、無理やり翼を拡げる。

 

「わっ……」

 

 開かれた口内から炎が湧きあがったのを見て、うさぎは急いで離脱。

 蒼火竜は地上に火球を噴く反動で、身体を無理やり空中に浮きあがらせた。

 同時に熱で霜をも払う力業を見せた彼は、いよいよ怒りを露わにして喉を震わせた。

 

「グワアアアアアアアアアアアアァァァァァッッッ!!!!」

 

 空中から放たれた爆音に少女らは怯み、屈んで耳を塞ぐ。

 早速、暖まった口腔が炎に揺らめく。蒼火竜は空中から距離を詰めると、ホバリングしたまま息を吸い込んだ。

 

 虚空を噛みつくと同時に、爆炎が走る。

 

 亜美は走って避け、うさぎは大剣を盾にした。

 リオレウス亜種の猛攻は止まらない。羽ばたきながら勢いをつけ、宙から亜美を狙って毒爪を振りかざす。

 

「きゃあっ!」

 

 彼女が早めに気づいて身体を捩じったことでなんとか直撃を躱すが、かなりギリギリだった。

 

「そっちがその気なら、これよ!」

 

 うさぎは、閃光玉を懐から出して手に取った。

 それが投げ出される直前、リオレウス亜種は一際大きく羽ばたき、空気を蹴るようにしてはるか上空へ。

 

 閃光玉は弾けたが、その効果範囲に彼はいない。

 蒼火竜は真上から黒く光る爪を再び開き、驚いた顔のうさぎへと迫る。

 彼女は転がろうとしたが僅かに間に合わず、爪先が左の金属製の肩当てに掠る。

 それだけで肩当ては破裂し、飴のように捻じ曲がった。

 

「うぐっ!」

「うさぎちゃん!?」

 

 傷はないが、少女は強い衝撃に飛ばされて地面を転がった。彼女は口に入った土をぺっと吐き出しつつ、大剣を杖にして何とか立ちあがった。

 リオレウス亜種は地響きを立てて地上に着地すると、うさぎに向かって噛みつこうと炎を纏わせた嘴を開いた。

 

 亜美は急ぎ、うさぎに次いで2度目の閃光玉を投擲。

 今度こそ光が視界を直撃し、相手はやっと怯んでくれた。まずは一時的に空への飛翔を防ぐ。

 

「……こんなのがはるかさんたちの所へ飛んでいったらまずいわ!」

 

 亜美は改めて、目の前で唸っている蒼火竜の危険性を認識した。こと戦いにおいては、制空権を取られると最後、地上を這うしかない者にとってはそこは戦場ではなく地獄になる。

 更に、彼の現在の凶暴性も中々のもの。もしこの閃光効果が切れれば、即座に迷いなく襲い掛かってくることだろう。

 

 だが、決してリオレウス亜種の傷は浅くはなかった。

 先のセルレギオスとの戦傷に加え、亜美の必殺技でかなり消耗している様子である。

 

「かなり弱ってくれてるのが不幸中の幸いね。はるかさんたちのためにもなるべくここで引き付けて、捕獲しましょう!」

 

 うさぎは大剣を構えつつ、ふと、思い出したように亜美に語り掛けた。

 

「はるかさんとみちるさんの調子はどうかな? まだ海にいるのかな?」

「いえ、ラギアクルスは身体を休めるため陸に上がることがあると聞くわ。多分、そろそろじゃないかしら」 

 

 蒼火竜は塞がれた視界に猛り狂いつつ、見当違いの方向へと火球を放った。

 それが少女たちの近くにあった浅瀬に着弾すると、爆発した周囲を一瞬にして干上がらせてしまった。

 うさぎは一瞬驚いたものの、それを見てしばらく何かを考えていた。

 

「……これって、はるかさんたちにとってもチャンスかも」

「どういうこと!?」

 

 うさぎは亜美に振り向いて、ぐっと拳を握り締めた。

 

「雪山の時の応用よ!」

 

──

 

 海中の激闘は熾烈を極めていた。

 先ほどまで泳いた水棲の草食獣たちも、既に遠海に逃れていた。

 前回の戦闘ではその技の威力によってラギアクルスを立ち去らせた、ウラヌスとネプチューン。

 

 しかし今の状況は、一味違った。

 ここは海中。水中に棲むモンスターにとってはまさに自身の土俵である。

 それゆえに。

 

「ぐっ……」

 

 苦戦していた。

 海の力に護られるネプチューンはともかく、ウラヌスは水に制限され思ったような動きを取れない。

 

 一方、水中におけるラギアクルスの機動力は凄まじいもの。

 流線型のシルエットは水の抵抗を減らし、ヒレ状に発達した脚は力強く水中を掻き推進力を生む。

 

 彼は胸を仰け反らせ、口内に電気を迸らせた。

 放たれたのは粘液と体内で発電された電気が混じった雷球。それはちょうど、真っすぐウラヌスのいる位置へ。

 彼女は水を蹴り、雷球の軌道から離れることで避ける。

 

 反撃としてワールド・シェイキングを手から撃つが、海中を進む金色の光球は地上で放つそれより速度が遅く、ラギアクルスは海中を滑ることで簡単にそれを躱した。

 

 ネプチューンはウラヌスを心配げに見てくるが、強気に彼女は問題ない、と首を振った。

 そのまま距離を離すように海遊する、大海の主。

 ある位置でぐっと身を屈め方向を定めると、自身ごと螺旋の渦を描いてウラヌスへと突っ込む。

 

 すぐ近くに押し寄せる泡と凄まじい水流に、ウラヌスは思わず腕を盾にしてしまう。

 振り向いたラギアクルスは彼女に長い首を伸ばし、鋭い顎を開いて噛みつこうとしたが──

 

『ディープ・サブマージ!!』

 

 頭部に青い光球が着弾。

 ネプチューンの咄嗟の攻撃だったがそれは確かに角の表面を削り、怯ませて追撃を止めさせた。

 だが、これでも地上に比べれば効果が薄い。

 

 ウラヌスは痺れを切らし、自身も魔具スペースソードを召喚。宝剣を振り、高周波の斬撃で頭部を切り裂いた。

 鱗の一部が飛散。

 だが、ラギアクルスの瞳は戦意を失うどころかいよいよ怒りを顕にして、一際強く輝いた。

 

「グワオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!」

 

 吼えたラギアクルスが軽く身をよじるのを見て、ウラヌスは嫌な予感を覚え離れるように泳いだ。

 

 水中を稲妻が迸り、背中が淡く青白に染まる。

 この種の特徴でもある蓄電行為だ。

 それは目の前の相手を全力で打ちのめすと決めた、何よりの証。

 

 ラギアクルスは、すぐ近くにいるウラヌスに狙いをつけ、すかさず尻尾を下から打ち据え海流を起こす。

 相手が怯んだと見ると、彼は即座に身体を横向きに構え、力を溜めた。

 そして、電気を纏った巨体をぶつけにかかる。

 

「……がっ……」

 

 ウラヌスは何とかそれも上方に躱したが、その拍子に口から泡が零れ出る。

 ラギアクルスは一息で半日水中で生活できる肺活量を誇るが、セーラー戦士たちは訓練して守護星の力を借りても10分ほどが限界。この世界の道具である酸素玉の力を借りなければ、とても戦えたものではなかった。

 

 そこへキラリと煌めく、一条の光。

 ネプチューンが持つ魔具の手鏡が放った反射光だ。

 彼女はそれをウラヌスに示し、海面を指で示した。息継ぎするため海上に上がろうという合図だった。

 

 ウラヌスは頷き、水を搔いて海面を目指す。

 一方、ネプチューンは追ってくるラギアクルスの顔の前で光球を爆発させ、衝撃波と泡で目眩ましを行った。

 地上での狩猟は主にウラヌスが主導していたが、水中ではネプチューンが遥かに有利だった。

 

「ぷはあっ!」

 

 彼女たちが海面を破って息継ぎした時、ちょうど彼女らは上空に竜がいないことに気づいた。

 

「あちらは場所を変えたか……」

「ウラヌス!」

 

 ネプチューンは、その濡れた手に手鏡を持ってウラヌスに語りかけた。

 

「エナジーの流れから、弱点はあの背中にある蓄電器官と見たわ。あれを壊せば、攻撃に支障をきたせるはず!」

「……あの突起の部分か!」

 

 彼女の魔具(タリスマン)ディープ・アクア・ミラーは、対象の真実を暴き弱点を見つけることができる。それを彼女は応用したわけだ。

 

 蒼い海の一部が黒くなる。

 頷きあった2人が分かれるように潜った直後、彼女らの間の海面をラギアクルスが割り、顎を勢いよくバクンと閉じた。

 大きく息を吸った戦士2人は再び海中へ。

 

 再び活力を取り戻した彼女らを前に、ラギアクルスは身体を大きく捩った。

 ブクブクと泡が湧き踊り、背中の放電がより強くなった。

 

「ヴォアアアアアアアアアア!!!!」

 

 大放電。

 最大量まで蓄電したラギアクルスが行う大技だ。

 落雷にも匹敵する電流が、周囲一帯に無数に生み出される雷球という形で駆け巡る。

 膨大な電撃の1つにでも当たれば失神は免れないだろう。

 

「っ……!」

 

 だが、チャンスは今しかない。

 その中を掻い潜りつつ、ウラヌスはワールドシェイキングを、ネプチューンはディープ・サブマージを発動。

 動きの止まっている背中──そこから生える突起、蓄電器官目掛けて同時に発射した。

 

 両者は一点に重なって炸裂、直撃。

 バキリとわかりやすい音を立て、突起の所々が砕け散った。

 

「グゥアアアア……!!」

 

 全長20m以上の巨体がもんどり打つ。

 初めて悲鳴らしい悲鳴を上げたラギアクルスは戦士たちに初めて背を向けた。海岸に向かうと、跳躍して地上に出ていく。

 ウラヌスたちは意気込んで海面に浮上。その後は並んで泳ぎ後を追った。

 

「よし、あれでヤツは蓄電が難しくなるはずだ!」

「畳み掛けましょう!」

 

 現地の民の話では、陸に上がったラギアクルスは身体を休めようとするため一気に動きが鈍くなっている。そここそ、ダメージを与えるチャンスだ。

 

 しかし、海岸に上がった彼女たちは、期待とは異なる光景を目の当たりにする。

 

 ラギアクルスは、見ていた。

 

 ウラヌスたちが海から上がってくるのを、静かに佇んで観察していた。

 瞳の光は衰えず白い胸も生き生きと鼓動したまま。

 

「疲労……していない?」

 

 ネプチューンは驚いた顔で呟く。

 待ち構えるように居座っていた彼の背中は、未だに蒼白く輝いていた。

 

「陸に上がった時はチャンスじゃないのか!?」

 

 セーラー戦士たちは戦闘態勢に入ったが、それを見越したようにラギアクルスは口を開き首を振り回す。

 吐かれた2連の雷球が着弾すると、それらの間に電流の柱が張り巡らされた。

 

「くっ……」

 

 電撃のバリケードにウラヌスたちが阻まれたその隙に、ラギアクルスは陸に向かって勢いつけ滑り出した。

 

「追いましょう、ウラヌス!」

 

 体力の奪われた身体にむち打ち、戦士たちは天然の岩のアーチを潜る海竜を追いかける。

 

 彼は、平原と浅瀬が交わるエリア5に移動。

 ちょうどそこでは、平地から逃げてきた草食竜アプトノスが大小3頭ほど、やっと息を落ち着けているところだった。

 

「ヴヴ……ブモォゥ……オオゥ?」

 

 しかし、大自然の理は容赦しなかった。

 普段は海に居座っているはずの竜が、猛烈な速度で陸上を這ってくる。

 草食竜たちは慌てふためき、逃げようとするがあまりに勢いが違い過ぎた。

 ラギアクルスはそこにいる生物すべてに向け、口内を光らせた。

 

 口腔から放たれた、一際大きな雷球。

 

 それが彼らの近くの大地に着弾した途端、稲妻が大地に走った。

 張られた巨大な電撃の網が地上を連なって拡がり、草食竜たちを一網打尽にする。

 不運な彼らには、悲鳴を上げる暇も与えられなかった。

 

 ラギアクルスは、痺れて動けなくなったアプトノスたちの腹を手当たり次第に食い破る。

 

「……なんて見境のない奴だ!」

 

 ウラヌスたちが追い付いた時にはもう遅かった。

 彼はそこにいた生命をすべて平らげ、その周囲には無数の骨が四散していた。

 さすがのウラヌスでさえ戦慄を覚える。

 

「彼は恐らく、自らの弱点を知っているのよ」

 

 一方のネプチューンは、冷静に分析する。

 

「疲労した状態で陸に上がれば、私たち相手に苦戦することは確実……。それなら前もって疲れる前に気力を回復してしまえばいい、そう考えたのだわ」

「……まさか」

 

 ウラヌスは思わず彼女の言葉を否定しかけた。

 だが次にこちらを睨み据える瞳の色は、それもあながち間違いでもないように思わされるほど燃え盛っていた。

 

 ラギアクルスは、またしても首を振り回して大きな雷球を放つ。

 それを見た彼女たちは、敢えてラギアクルスに向かって突進。

 予想通り頭上を通過した雷球は背後の地面で炸裂、先ほどより遥か広い範囲を電撃で包み込む。

 

 そのまま2人は最大出力のエネルギーを手に集約し、彼の頭に向かってそれを解放しようとした。

 

 だが、彼女たちが狙いを定めようとした瞬間──

 ラギアクルスはとぐろを巻いた。

 それだけではない。背中の突起全てが、白く眩く輝いている。

 まるで、全身のあらゆる力を振り絞るように。

 

 ウラヌスたちは立ち止まり、はっとしてその蒼い大蛇のような肢体を見上げた。

 

「……誘い込まれた!」

 

 取って返し、走って逃げる。

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!」

 

 2度目の大放電。

 白い稲妻が、ラギアクルスの頭上に一つ、青空へ走る。

 そこを中心として帯電した大地が次々に稲妻を呼び寄せ、水も土も抉るように穿っていく。

 奇跡的に戦士たちに直撃することはなかったが、足の近くにあった水が半ば爆発の形で蒸発、その勢いで2人の身体が押し倒される。

 

「……くそっ、撤退するか?」

「貴女らしくない発言ね」

 

 ウラヌスは息を切らして立ち上がり、ネプチューンも苦笑いしてはいるが同じような様子だった。

 予想以上に賢く、そして強大な因縁の相手。

 だが彼女たちは退こうとはしない。

 それはセーラー戦士としての意地か、それとも別の何かによるものか。

 

 その時、ラギアクルスの視線が彼女たちからずれた。

 この場にいるべきでない、誰かに向かって──

 

「ウラヌス、ネプチューン!!」

 

 平原へとつながる段丘の間から、2人の少女が現れた。

 一方は金髪のツインテール、もう一方は青色のショートヘアー。

 

「うさぎ? それに、亜美まで」

「あれほど戦いを邪魔するなと言っただろう!」

 

 ウラヌスが顔を歪めたところで、

 

「グゥオオオオオオ!!!!」

 

 空から咆哮が聞こえた。

 ラギアクルスの視線は、陽を遮り、火を携え降りてくる蒼き天の王へと注がれた。

 




書きたいことをキリの良いところまで全部書いたらここまで長くなってしまった……久しぶりに1万字超えたなぁ……
はるかたちはセーラー戦士として一騎打ちで戦おうとしたけれど、うさぎたちは生態系を活用し、狩人として戦おうとした。そんなところです。
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