セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて 作:Misma
「なぜ、君たちはそんなに寛容になれるんだ?」
祝いの宴から数日後。
キノコやら薬草を採取し、山の恵みをモガ村に届けんと自然の坂を下っていた折。
はるかは盾斧を背負い籠を手にぶら下げながら、同じくキノコでいっぱいにした籠を背負い歩く羽織姿の男に聞いた。
「んぁ?」
モガ村の村長の息子は他のことを考えていたのか、気の抜けた声で返事した。
「普通、人は似た者同士で集まりたがるものと相場が決まってる。なのにこの村では異種族同士で団結できるうえに、余所者も広く受け入れる……僕にはそれが実に、不思議な光景に思えるんだ」
自身よりも背が高い麗人から向けられた言葉に、男は厳つい顔と筋肉質な腕に似合わないのんびりとした手つきで顎を撫でた。
「ううむ。正直、そんなこと今まで考えたこともなかったなぁ。あんたの故郷じゃ違うのか?」
「僕の故郷ではそうした違いに敏感な人が大半でね。ちょっと気になったのさ」
「へぇ、そうなのか。気にするほど大したことでもないと思うがねぇ、カッハハハハ!!」
村長の息子は豪快に笑い飛ばすが、はるかからすれば大したことだ。
獣人族のアイルーは毛の生えた身体に耳が生えているし、竜人族は耳が長く数百年の寿命を持つ。奇面族は子どもくらいの背しかなく仮面を常に被り、海の民は体表に生まれつき紋を持っていて指の間に水かきがある。
だが、この村でその違いが原因となった諍いなど、本当に一つも見たことが無かった。
はるかは真剣に考えることを促すように、男の顔を見つめつつその少し前に歩み出た。
「この村に伝わる特別な教えでもあるのか? それとも、何か昔話の形で教訓が……」
が、彼は彼女の意図に気づくこともなく、前を向いたまま手を振って歩き続ける。
「いやぁ、別に。ガキの頃から海の民も、獣人族も竜人族も村にいるのが当たり前だったよ。オヤジなんか、ハンター時代はそいつらと世界回ってモンスター相手に大暴れしたもんさ」
村長の息子は懐かしそうに目を細めつつはるかの前方で足を止め、坂の下に見えてきた村を一望する。
「ま、単純に考えれば……恐らくそういう違いを気にしすぎるヤツは生存競争で生き残れなかったんじゃないかなぁ」
「生存、競争?」
「カッハハ、なぁに目を丸くしてんだ! 俺たちゃ明日にもモンスターに食われかねん身だ。そうなったら、どんな奴だろうと協力できるなら協力するしかないだろ!」
紫の羽織を着た男は実に軽々しく冗談めかした風に言って先を行った。
何の誤魔化しも皮肉もない、親しみやすい笑顔で振り向いて。
「というわけで俺たちが喰われないようこれからも頼むぜ、ハンターさんよっ!」
はるかは複雑な表情をしつつも、男の後に再び続いた。
やがて村に入る桟橋を渡ると、住民の1人が彼女を呼びに来た。
「おーい、お仲間があっちの貸家で何か話してるぞー。あんたも行った方がいいんじゃねーか?」
「話し合いか? 分かった」
はるかは答えて指差された方向に向かいつつ独り言ちた。
「喰われる……か。思ってみればそんなこと、考えもしなかったな」
──
『極秘会議中』とでかでかと書かれた札が、モガ村の一角にある貸家にかけられていた。
「こっちの世界を震源地にして、あたしたちの世界に災い……ねぇ」
その中で、先日うさぎがはるかたちから聞いた話を、彼女の仲間たちがトロピカルジュースを啜りながら聞いていた。
「それってつまり……デス・バスターズを止めないとチョーヤバい! ってことよね!」
「あれ、じゃあ結局やること変わらなくない?」
「では何のためにわざわざそんなことを言ったのかしら」
視線が美奈子、レイ、亜美の順に移り変わっていく。
次にまことが、思いついたようにストローをグラスから持ち上げた。
「要するに、これからもっと真面目にやれってことだろう? ほら、はるかさんたちって使命感強いしさ」
「やっぱそういうことなのかなぁ……はぁ~そう思うとプレッシャーがすごいわ~」
うさぎは考えに耽りつつ、ストローに空気を送り込んでジュースをブクブクさせていた。
「あら。せっかく協力するのだからむしろ心強く思ってほしいわ」
「あはは、そうですよね~……って、み、みちるさんっ!?」
いつの間にか、みちるが貸家に入ってきていた。彼女は一同の驚愕の顔を見て、表にかけてある札を意外そうに振り返った。
「極秘会議、関係者かと思って立ち入ったのだけれど。もしかしてお邪魔だったかしら?」
「い、いえさーさどーぞどーぞー!」
「あたしたち、ずっとみちるさんのこと待ってたんですー!」
美奈子とまことはみちるのために、大急ぎで椅子とジュースを持ってくる。亜美は呆れたようにため息をつき、衛の膝に座ったちびうさは「……極秘会議なんて大嘘ね」とぼやいた。
さっきまで完全に女子会の雰囲気であった。
彼女を座らせている間に、レイがうさぎを指さした。
「うさぎ、ほら、あれ出して!」
「は、はいーっ!」
うさぎが慌てて懐から取り出したのは、瓶に入った天然の刃の欠片。それは金属のそれよりも鋭い金色の輝きを放っていた。みちるはそれを見て、感心したように目を見開いた。
「あら、本当に金色ね」
「そうそう! やっぱし『金の竜』の正体ってセルレギオスなのかしら~!?」
如何にも深刻そうに腕組みしながら首を捻ったうさぎを、ちびうさはジト目で睨んでいた。
「しかし、疑問は残る」
一方、ちびうさを膝に乗せた衛が言い出した。
「そのセルレギオス1匹がどれだけ強かったとして、果たしてミメットと妖魔たちをまとめて相手できただろうか?」
以前、バルバレを追い出された仕返しに、遺跡平原で妖魔化生物を率いおうとしたミメット。
しかしうさぎたちが現地に着いて見たのは、デス・バスターズの最終兵器らしきゴア・マガラだけだった。妖魔たちは何者かに襲撃を受け既に壊滅状態だったのだ。
その犯人こそ、話題に上がっていた『金の竜』ではないかと彼女たちは目星を付けているのだが。
「僕たちもセルレギオスを見たが、リオレウス1頭に激しく応戦していた。あれが『金の竜』だと断定するのは早計だろう」
その時、はるかが衛に言葉を返しつつ輪の中に入ってきた。
「あっ、は、はるかさん! お帰りなさーーい!」
「ひぃー、どんどん人が増えていくーっ!」
またしても席を増やす大変な作業が始まった。
自分の周りで大急がしで少女たちが動き回るのを、はるかは怪訝に見つめつつみちるの耳元に唇を近づけた。
「いったい何事だ? 話し合いとは聞いてるが」
「あら、看板を見なかったの? 話し合いではなくって『極秘会議』よ」
みちるは微笑み、わざわざ強調するように言い直す。
はるかはぽかんとしたまま、みちるの隣に作られた席へとそのまま腰を下ろした。
「ともかくやっと掴んだ手がかりであることだし、次は逃さないようにしないと。ほら、ギルドから来た依頼書よ」
みちるは2枚の紙切れを少女たちに向けて手にぶら下げた。おおっと彼女たちは声を上げ、その内容に視線を巡らせた。
一つ、凍土で既存の生態系が崩壊。
もう一つ、セルレギオスの痕跡を火山で確認。
「同時に2か所でか……。これは調査を分担するしかなさそうだね」
「レイちゃん、まこちゃんに美奈子ちゃん、そしてはるかさんが凍土。うさぎちゃんと衛さん、それにあたしとみちるさんが火山、てところかしら。うさぎちゃんにはちょっと不利な武器選択になるけれど」
まことに亜美が答え、早くも組の候補を2つに分けてみせた。
「なるほど。セルレギオスの動きの把握と、武器にする属性の相性で考えたのか」
「凍土では攻め、火山では護りといったところかしら。なかなか面白い布陣ね」
はるかとみちるは、得心した様子で頷く。
その一方で。
「えっ、本当!?」
「あたしたち、はるかさんと一緒に狩りに行けるのね!」
「キャアアアア! まさに火山の如く、乙女の情熱バックハッツよ~!!」
黄色い声を上げる女子軍団を横に、ルナとアルテミスは呆れた顔で座っている。
「……みんな、狩りをデートかなんかと勘違いしてる?」
「ホントこれだから年頃の女子ってやつぁ」
一方、ちびうさは首を傾げてはるかたちを見上げた。
「でも、はるかさんたちは良いの? お互い離れ離れになっちゃうよ」
「私は構わないわ。どこへ行こうと、この人の心は私の中にあるもの」
みちるはそう言うとはるかの手を取り、己の頭を自ら彼女の胸中に預けてみせた。
「ちょっと困るな、僕のセリフを奪わないでおくれよ」
「あら、ごめんなさい。口が滑ってしまったわ」
はるかもそれを受け入れつつ、みちるの傍に唇を近づけ呟き合う。
「……でも、やっぱり君と一緒に居られないのはちょっと辛いかも」
「もう、寂しがり屋さんね」
何処からか可憐な花びらでも飛んできそうな空間が、この海上に浮かぶ村に形成されつつあった。
「あ、久しぶりに見るなぁこういう雰囲気……」
「お子様は見ちゃダメ!」
他人事のように呟くちびうさの目を、横にいる猫たちが揃って塞ぐ。
「大丈夫ですよ!」
「みちるさんの分は!」
「あたしたちが埋めてあげますから!」
代わって出てきたのは機嫌が絶好調なレイ、まこと、美奈子の3人組。
「あ……あぁ、助かるよ」
途中で2人の空間に割り入られたはるかは愛想よくするも、苦々しさが抜けていなかった。
更に、その脚を固いものがどつく。
「……なんだ、チャチャとカヤンバか」
「なんだとは失礼ッチャ! 今回の狩りはどうするッチャ!」
自分たち抜きで勝手に話を進められたことが、かなりの不服であるようだ。
「げっ!? あなたたち、いつの間に!?」
うさぎたちの驚きを他所に、みちるは屈んで視線の高さを合わせつつ申し訳なさそうに首を振った。
「ごめんなさいね、あなたたちは今回お留守番よ」
「ンバーッ!? ナンデ!?」
みちるの言葉に、緑と蒼の仮面を被った子どもたちは面食らう。
「この人たちが揃っていなくなる間、おチビちゃんたちにはこの村で手伝ってもらいたいことが山ほどありますからねー!」
奇面族に限らず、うさぎたちは一斉に貸家の入り口へと振り向く。
そこに手を腰に当て笑顔で立っていたのは、モガ村の受付嬢アイシャだ。
その後ろに、数人のモガ村の住人たちが既に控えている。
先日の宴の片付け、狩場の後処理、『月の猟団』をまかなえるだけの食糧の確保。
彼らの仕事は、いつもの数倍以上に膨れ上がっていた。
「さぁさぁ、さっそく行きますよー!」
アイシャは奇面族の子どもたちを両手に一瞬で攫っていった。
「ヂャアアアアァァァァァァ!!」
「ンバアアアアァァァァァァ!!」
藻掻く子どもたちの絶叫が響き渡り、すぐに遠くなった。
後には、静かな波の音が残されるだけだった。
「……じゃあ、準備しましょうか」
レイはため息交じりに、もはや何の効力もなくなった『極秘会議中』の看板を取り払ったのだった。
──
凍土は、年中雪と氷に閉ざされている。
空も、陸も、見渡す限りの白。
ベースキャンプからは厚い流氷が北へ水上を滑っていくのが見える。
「よし、新しい防具だと気合も入るわね!」
ヘビィボウガンを傍に置いて準備運動をしている美奈子の装備は『ファルメルS』と呼ばれる。
美しい羽根を持つ『オオクワアゲハ』の色素と素材を元に作られた、まさに己の身を蝶に包んだような可憐な装備である。
本来は暗い青緑に近い色を黄色に着色してあり、動く度にアゲハ模様のミニスカートと背の大きな翅がしなるのは、まさに蝶の妖精の具現化といったところ。
「ここだと余計目立つなぁ、美奈子ちゃんの防具……」
「そうよねー、本当に狩場に来てんのってカンジ」
「その点じゃみんなだってそうそう変わらないじゃないのよっ!」
美奈子は毅然とまこととレイに反論する。
レイは赤色に着色したアラビアンな『城塞遊撃隊』、まことは鬼武者のような『ジンオウS』。
彼女らの防具の共通点は、身軽さを追求した結果なのかへそを出す寒そうなスタイルになっていること。
人型の敵との戦いを基準にしてはいけないのだろうが、それにしても少々ツッコミたくなるデザインではある。
「あっ、はるかさんは別ですよ、別! 蒼いカラーリングが騎士様みたいでスッテキ~~! もう見てるだけで狩魂湧いちゃう!」
「あはは、そりゃあありがたいね」
美奈子が慌てて手を振って褒めてきたのに、はるかは思わずおかしそうに笑う。彼女の装備は、今回もアロイSだ。
「さあ、立ち話は切り上げてそろそろ行こうか、仔猫ちゃんたち」
「「はーーい!!」」
ホットドリンクを飲んで寒さ対策をしたうえで、少女たちは獣たちの領域へ足を踏み込んだ。
エリア1は、四方を針葉樹の聳える丘に囲まれた平地。半永久的に解けることのない氷に積もった雪をさく、さくと踏みしめて、彼女らは北へと向かう。
白雲の向こうにぼんやり光る太陽が少しだけ昇った刻、彼女らはエリア2に着いた。
削り取られたように直線的に切り立った渓谷の麓にある空間だ。
少し周りを見てみれば、大地から雪の粒が風に吹かれ、固まって濛々と運ばれていく様がよく分かった。
だが、そんな壮大な光景を他所に少女たちが見つめているのは──
「それにしてもはるかさんってやっぱり……」
「女の人って分かってても……」
「カッコいい~~!!」
はるか、その人一直線。
彼女の鋭さを秘めた美しい顔立ちは、白く冷たい背景にかなり映えている。金髪のショートヘアーと金属の鎧も、その高潔な印象に貢献していた。
周辺を見上げていた当人は苦笑いで振り向いた。
「そろそろ、君たちも僕以外にもっと見るべきものがあるんじゃないかな」
「えぇっ、はるかさん以外に見るべきものなんてあるんですか!? どこ見たって何にもないし……」
「まさにそこが問題なんだ」
素で驚いた美奈子に、はるかは食い気味に答えた。
「さっきから生物が虫一匹も見当たらないのは、報告通り生態系が崩壊しているということだ。君たちが言う妖魔化生物の仕業かも知れない」
すると、まことと美奈子の視線がレイに集中する。彼女たちはにっこり笑って、揃って戸惑う彼女の肩に手をかけた。
「よし、じゃあここでレイちゃんの出番ってわけだ!」
「よろしくお願いしまーーすっ!」
「……あーはいはい、またあたし頼りってわけね」
レイはその意図に気づくと、うざったがるようにため息を吐いた。彼女は笠の下の黒髪を振り乱しつつ、素早く呪文の書かれた御札を取り出した。
「それで何をする気だい?」
「あっそっか、はるかさんは知らないんでしたっけ!」
「レイちゃんはチョー霊感強くって、あたしたちにも分からない僅かな妖魔の気配でも感じ取れるんですよ♪」
はるかの疑問にまことと美奈子が得意げに答えたが、手元でそれを丸め印を結ぶレイの顔はやや不機嫌であった。
「ったく、2人だってちょっとは気配探れるんだから協力してよね!」
目を閉じ、人差し指同士を合わせながら妖気を探る。
あちこちを向いて念じるが、一向に状況は変わらない。
「……今のところはそれらしいものは感じないわ」
「……そうか」
あまりレイのこういう姿を見ていないはるかは、少し半信半疑の目つきである。
一方、まことと美奈子は前方の渓谷、後方の白い丘を場所を入れ替わりつつ眺めるが、こちらも変化はない。
「なんか、妖魔がいるか不安になってきたわ……」
「そういえば、確かに妙だな。ほら、エナジーを吸収したんなら木なんかもっと干からびてるはずじゃないか」
まことが美奈子に答えて指さした先、樹冠の隅々まで雪の積もった針葉樹林が広がっていた。
実際、多くのモンスターが行き交うはずのエリア1でも、針葉樹の被害は一部の倒木を除き見られなかった。
なのに動物だけが、全く綺麗さっぱり消滅している。
情報を集めれば集めるほど、奇怪な光景にしか見えなかった。妖魔化したモンスターに植物だけエナジーを吸い取らないという器用な芸当は、これまでのところ確認されていない。
「……ならば、空か」
はるかは空を見つめた。
空は北風に吹かれ、変わらず白色と灰色を混ぜたような階調を成していた。
その一部が妙な動きをする。
気のせいか、2か所の色が同時にはためいたように見えたのだ。
「……おい」
声をかけたときには既にそれは羽ばたきを止め、溶け込んでいた白い上空から飛び出した。
「避けろっ! 飛んでくる!!」
滑空に従い視界のなかで急速に大きくなるそれは、前肢を兼ねた翼を広げていた。
空気を捉える、外周に棘が並んだ白銀の翼。
その先に鈍く光る、黒ずんだ爪。
はるかの予想以上に、少女たちは素早く反応していた。
散開するように走り、跳ぶと、近づいてきたそれは4人の間に空いた空間を円を描いて薙ぎ払った。
雪を払い、氷を削った巨体は、弧を描いてしばしそこに休止する。
静かに唸る獣の息遣い。
首から尻尾の先にかけて、白銀の甲殻が甲冑のように覆っているのが彼女たちの視点からもよく分かった。
「……ベリオロスかっ!」
背部に対し、四肢と腹部は体毛に覆われている。
捕食者の象徴、虎に似た顔には下方に長く伸びた琥珀色の牙。
その形状は刀に似て、裾のような溝がびっしりと刻まれていた。
氷牙竜ベリオロス。
『零下の白騎士』を異名を持つ彼は、前に半分だけ開かれた瞼の奥にある冷徹な眼差しを少女たちに突き付けた。
「ゴオオオオオオオオオォォォォォォ!!!!」
それの下にある口内が開かれ、戦闘開始を告げた。
3編も後半に入ります。サンブレイクも最後のアプデが終わり、次回作で凍土がそろそろ復活しないか気になるところ。