セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて 作:Misma
ココット村に来てうさぎたちがまずやらなければならなかったことは、少しでも早くこの村の生活リズムに慣れることだった。この世界に来てから、彼女たちの生活はすっかり激変した。
まず、毎朝7時から8時に起床。時計もないので、先に起きた者が後の者を起こす習慣になっていった。これについては、うさぎは「ラッキー!遅刻ではるなに怒られる心配なしなしじゃーん!」などと喜ばしげだったが、やがてクラスメイトたちにも会えない、ママのお弁当も食べられないことに気づくと、途端にホームシックになっていじけた。
その後、準備運動をしたら朝の散歩をする。途中村の住民と目が合うこともあったが、やはり言葉の通じないからか何処か彼らの態度はよそよそしく、会話をする機会は得られない。
それをやったら、基本的に家の中で過ごす。たまには家の外で自然観察や人間観察をしたり、3人と1匹で昔ながらの遊びをしたりする。昼食と夕食、そして川べりで湯浴みをしたら後はベッドにまっしぐらの生活だ。
衣服についても、この村の誰かの着古しではあるが十分にもらうことが出来た。どれも麻で織られた素朴なもので、おしゃれ好きな彼女たちにとっては小さくない不満点ではあったが、わがままを言うことはできない。
そして、彼女たちにとって何より群を抜いて不愉快だったのは夜中に家の中に入って来る虫だった。
夜寝る前に明かりを灯していれば、いつの間にか傍にカサカサと何かが忍び寄る音が聞こえてふと見て見れば、途端に家がひっくり返るほどの大騒ぎ、ということも少なくなかった。
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彼女たちがこの村に来てから1週間ほど経とうとした日、この日も彼女たちは持て余した時間を部屋の中で過ごしていた。
レイが手鏡を見て自分の顔を覗き、不愉快そうに眉をひそめていた。
「ここに来てから肌はがっさがさだし唇はひび割れるし、これじゃあ美少女戦士の名が廃っちゃうわ!」
うさぎがベッドに座ってぱたぱたと脚を振りながら、つまらなそうに天井を見上げて呟く。
「はあー、デパートもゲームセンターも懐かしいな~」
「それだけじゃないわ」
2人が横を向くと、そこには眼鏡をかけてくいっと指で押し上げる、亜美の姿があった。
「ねえ、2人とも。今、私たちに欠けていて、しかもお化粧やお菓子よりずーっと大切なもの……それはなにか分かるかしら?」
「さ、さあ……」
「何なのかしら、ねぇ?」
うさぎとレイは厳格な雰囲気の亜美に対してはにかみ気味で答えをはぐらかした。
そこに、亜美はびしっと指を真っ直ぐに差してきた。
「それは、お勉強よ!」
レイはそれを聞いて大きなため息をついた。
「……まあ、そう言うことと思ったわ」
「てか亜美ちゃん、眼鏡持ってきてたんだ」
「私たちはこの世界について知識を身につける必要があるわ。フランシス・ベーコンもこう言っているのよ。『知は力なり』って!文字も読めない、言葉も話せない、文化も分からない状態のままでいいと思う?」
「うーん……」
「何も言えない……」
うさぎとレイは何の言葉も返せなかった。
そこに、横のベッドで丸くなっていたルナが口を出す。
「何にも分からなくても、今のところ衣食住は保たれてるからねー。みんな、ここの村の人たちの厚意に甘え始めてるのかも」
村人たちからは、よそよそしいとは言ってもあからさまに化け物に向けるような冷たい視線を向けられているわけではなかった。単に互いに言葉が通じないから、彼らも接し方が分からないのだろうと、彼女たちはこの1週間を経て結論づけつつあった。
「まあ、そうね。そろそろここの生活にも慣れてきたことですし。中学生にもなってずっとおんぶにだっこなままじゃ申し訳ないわ」
レイもルナに同意するが、それにうさぎが反駁する。
「でもさ、コミュニケーションなんて言ってもどうすんのよ?」
「そこでこれよ」
亜美はスパコンを取り出した。
「実は、3日くらい前から電子辞書機能をプログラムしてたところなの」
それを聞いたうさぎは、青い瞳をキラキラさせて亜美に詰め寄った。
「どっひぇー!亜美ちゃん、てんさーい!」
「IQ300、模試荒らしの天才少女の名は伊達じゃないわね」
レイも感心して褒めると、亜美は少しだけ頬を紅く染めて謙遜気味に目を伏せた。
「こんなの、ちょっといじっただけよ」
「え、それでそれで?スマホみたいにスパコンに話しかければ、勝手に読み取ってくれんのよね!?」
満面の笑みでスパコンを指さしたうさぎに、レイが呆れた視線を送る。
「話聞いてたのうさぎ?さっき亜美ちゃん、電子辞書って言ってたでしょーが。単語一つも分かんないのに自動翻訳できるわけないでしょ?」
「えっ、それってつまり……」
言い淀んだうさぎに対して亜美は、屈託のない笑顔を見せて言い放った。
「一から単語の意味と発音を入力していくのよ。みんなで」
────
よく晴れた昼下がり、ココット村の住民たちは、貸家から出てきた少女たちの存在に気づいた。
狩人からはただの遭難者と言われているが、それでもやはりその立ち振る舞いから自分たちとは違うものを感じてしまう。自分から好んで近寄っていく者はいなかった。
そんな中、3人のうち青い髪の娘が、木の下で母親と一緒に近くで石ころを積み上げて遊んでいた3歳くらいの女の子に、巻いた羊皮紙を手に持ちながら近づいていく。
亜美は、目線を低くしながら女の子に接近した。隣にいる母親とも顔を合わせ、にっこり微笑んで悪意がないことを証明する。
母親は警戒の表情を見せ、同様に怯えた表情をした女の子をすぐに胸元に抱き寄せた。
「大丈夫、大丈夫だから」
そう優しく語りかけ一定の距離を保ちながら丸めた羊皮紙を広げようとすると、母親は顔を強張らせて女の子を抱き上げ、背を向け坂の下へと走り去ろうとした。
「あっ、待って!」
亜美が必死に呼び止めようとしたが、すぐにそれは必要ないことが分かった。
坂を下った先には人だかりができており、そこからあの高齢の狩人がこちらに歩いてきているのを見て、母親は足を止めた。
母親は狩人の傍に駆け寄ると、彼に差し迫った表情で必死に何かを訴える。
狩人はその話を聞き終わると毅然とした表情で言い返し、なだめるように肩を叩いたり抱かれた子どもの頭を撫でたりした。
そのあとに母親がこちらに向けてきた表情には、先ほどのような激しい色はいくらか鳴りを潜めていた。
狩人は母親を村に帰すと、そのまま彼女たちの方に歩いてきた。
「お……怒られちゃうのかな」
瞳をうるうるさせるうさぎの横で、レイもやや身構えるように彼女にひそひそと囁く。
「ああいう寡黙なタイプの人って、怒らせたら本気で怖いっていうわよね」
だが、彼の表情からは怒りらしきものは読み取れない。
狩人は亜美の前に来ると、黙って手の平を差し出した。
「これをくれってこと?」
狩人が手渡された紙を開くと、そこには何の意味もなさないような乱雑な模様や記号がでたらめに描かれていた。
それを見た狩人が戸惑ったように視線を相手に向けると、すぐに亜美が手元に別の紙とペンを用意し構えていることが分かった。
狩人は何かに気づいたように目を少しだけ見開くと、仕切り直すように一度ごほんと横を向いて咳をした。
彼はもう一度真っ直ぐに亜美に視線を合わせ、模様を指さしながらゆっくり、はっきりと言った。
『これは、何だ?』
亜美はぱっと顔を輝かせ、紙に聞こえた単語をカタカナで羅列した。
「おー。上手くいってる!」
うさぎが興奮していると狩人は後ろを向き、何やら大きな声でがなり立てた。
それを聞いた住民たちが、恐る恐るでありながら彼女たちの方に向かってくる。
亜美は住民たち一人一人に同じ紙を手に取って見せてもらい、手当たり次第に聞こえた単語を書きとった。
そして彼女は、幾多もの単語の中から共通した単語の発音を先ほどと同じように書き出し、それを何回か繰り返すと確信の表情を浮かべた。
「やった!これで第一段階は突破ね!」
彼女たちは、「これ」と「何」という二つの単語を覚えた。
「最初の手がかりは掴めたわ!これでものの名前を聞いて、単語を登録していけば……」
レイが亜美と顔を見合わせて目元を緩ませる。
「私たちだけの辞書が完成ってことね!」
「じゃああたし、早速亜美先生の役に立っちゃおうっと!おにーさん!『これなーに!?』」
うさぎは早速張り切ってそこらに落ちていた石を屈んで指さし、青年を見上げて言った。
青年はしばらく硬直していたが、間を置いて静かに『……石』と答えた。
「『石』、『石』ね!!ありがとー!じゃあ次はそこのお姉さん!ねえねえ『これってなーにっ!』」
そのお姉さんは、はにかんだ表情で『草よ』と答えた。
うさぎは小鳥のようにちょこちょこと飛び回ってさえずり、遠慮もなく言葉を覚えたばかりの子どものように村人に単語を聞いていく。
しばらくすると、住民の誰かが思わず吹き出した。
笑いは人だかり全体に広まり、彼女たちを家の中から観察していた住民も何事かと外に出てきた。
「あ……あれ、あたし、そんな変なことした?」
きょとんとした様子のうさぎを見て、レイと一緒に笑いこけていた亜美が笑い涙を拭いながら答えた。
「ふふ。やっぱりうさぎちゃんって、お友達を作る天才ね」
それを聞いてもうさぎは未だに状況が理解出来ず、首を傾げた。
狩人はその様子を口元に僅かな笑みを浮かべながら眺め、村長はその隣で静かに考え深げに立って見守っていた。