セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて   作:Misma

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モンハン3系列プレイヤーには満場一致でトラウマのアイツ。


勇を凍らし、平らげる牙③

 

 この世界のハンターには、実力に応じて所属するギルドからランク付けが成される。

 ランクは下位、上位、G級の3つが存在し、ランクが上がれば依頼報酬の質も上がるが、クエスト自体の危険度も跳ね上がることになる。

 

 それは、はるかとみちるがハンターとして上位ランクに上がりたての頃だった。

 彼女たちは初めて上位クエストを受注するにあたり、モガ村の受付嬢アイシャから説明を受けていた。

 

 留意すべきところは色々とあった。

 対象となるモンスターの手強さが下位とは段違いということ。

 現地の危険性ゆえギルドのサポートが追い付かず、支給品がすぐに届かない場合があること。

 同じ理由で、クエスト開始時にベースキャンプに送り届けることが難しくなること。

 

 そして。

 

「イビルジョー?」

 

 聞きなれないモンスターの名をはるかが聞き返すと、アイシャは改まった顔つきで2人の麗人の顔を見つめる。

 その手元にある紙には、今にも噛みつかんと口を大きく開いた、緑色の恐竜のような生物が描かれていた。

 

「別名『恐暴竜』……目の前にある万物を食らい尽くす、正真正銘の化け物です。今後、クエストにこいつが乱入してくる可能性があります!」

 

 アイシャはクエストカウンターから乗り出し、ぐうっとはるかたちに顔を近づける。

 

「これに出くわした場合……()()()退()()()です!!」

 

 ベレー帽の少女から珍しく強い口調で告げられた言葉に、みちるは小首を傾げる。

 

「あら、そんなに危ないモンスターなの?」

「危ないも何も、今のお二人じゃ絶対に敵いません! ……て、はるかさん何笑ってんですか!!」

 

 アイシャは至って大真面目に説明していたのだが、はるかはおかしそうにくすくす笑いを浮かべていた。

 

「いつも君は何でもないことを大げさに言うが、今回は随分と大きく出るじゃないか。僕たちに向かって『絶対に敵わない』だなんてさ」

 

 それを聞くと、アイシャは一旦息を整えるようにふぅ、とため息をついた。

 

「……あのですね。ヤツが現れた地域一帯がどうなるか知ってますか? それはもう、ドッカーン! バッコーン!! ズッドドドーン!!!! ですよ!?!?」

 

 目を見開き、何度もカウンターを叩いての懸命な抗議。

 直後、彼女は「いっつつつ……」と赤くなった手を抑えて屈みこんだ。

 必死さこそ伝わったものの、思わずみちるまでも笑ってしまう。

 

「と、とにかくこのモンスターだけは絶対に! 撤退推奨というかもう、命令です! ()()()()()()()退()です!!

 

──

 

 

「まさか、あれって……イビルジョー?」

 

 

 唖然としている少女たちを横に、ウラヌスは背を向け骨肉を貪り食らう肉塊の山を見つめていた。

 

 突如戦場に乱入したそれは、セーラー戦士たちの身長の6から7倍、2階建ての一軒家に相当するくらいの体高があった。

 棘が6列に並んで生え揃う、直径5mはあろう丸太のような尻尾を振り回し、太く筋骨隆々な2本脚でベリオロスの骸を抑えつけてその肉を貪っている。

 体色は全身、濡れ光ったような暗緑色。まるで自分の身を隠す必要もないと誇示しているかのように、白い背景にはあまりにも目立っている。

 

 生物として、捕食という行為自体はありふれたものだ。

 飛竜が草食竜を捕らえる光景を見ても、一般人なら戦慄するだろうがハンターにとってはやがて見慣れたものになっていく。

 

 だが、いまあの歪な肉塊が喰らっているのは──

 他ならぬ凍土の絶対的捕食者であり、生態系の頂点なのだ。

 

「まさか、あいつが」

 

 この凍土に棲む動物をみな──先のギギネブラも含め──残らず食ってしまったというのか。

 生態系の崩壊の原因は、あの1頭の仕業というのか。

 

「……それだけじゃない、奴からは何か……風のざわめきを感じる」

 

 他ならぬ、セーラー戦士として備わった勘だ。そしてそれは、大抵の場合的中する。

 小さく呟いたウラヌスは既に、戦闘の構えを取っていた。

 そのまま、戦闘の合図が鳴らされるかと思いきや。

 

 目配せをしあうと、すぐさま少女たちはイビルジョーに背を向けた。

 その行動には、何の迷いも躊躇もない。

 

 1人残されたウラヌスは目を見開き、紺の襟をはためかせて振り向く。

 

「おい、何をしてる!?」

 

 その呼び止めに少女たちは応じたが、3人の瞳に宿っているのは彼女と全く同じ、戸惑いの感情だった。

 

「ウラヌス、何で逃げないの!?」

「聞きたいのはこっちだ!」

 

 美奈子の問いに、ウラヌスは声を張り上げて言い返す。

 まだ、イビルジョーは獲物に夢中になっている。仕掛けるなら今しかないと彼女は考えていた。

 

「まさか……貴女、あれに挑むつもりなの!?」

「ああ。君が感じてるかは知らないが、僕にはヤツから敵の気配がする。セーラー戦士として放ってはおけない」

「そうだとしたら余計によ! あれは発見次第即撤退を推奨されてるモンスターなのよ!?」

 

 にもかかわらず、レイは信じられないという形相で黒髪を振り乱しながら詰め寄る始末。どうやら、互いにまったく意思が噛み合っていないようだ。

 

「もしあれが妖魔になれば、いずれ手下としてプリンセスを襲う! その時まで奴を放っておくつもりか?」

「放っておくつもりなんかないわ。この世界の力を借りるのよ!」

「……この世界の、力だと?」

 

 レイの返答に、はるかは眉を顰めた。

 

「この世界には、あたしたちより経験も、実力も上を行く凄腕のハンターがいるわ。彼らにギルドを通して、狩猟か撃退を依頼するのよ!」

「ウラヌス! 少なくともあれは今、あたしたちが挑むべき相手じゃない! ただギルドから言われたからじゃない、あたしの狩人の勘もそう言ってるんだ!」

 

 この3人で1、2を争う武闘派のまことまでもそんなことを言いだす。

 

「また、『狩人の勘』か」

 

 最初に闇を怖れて洞窟に入りたがらなかったことも、ウラヌスの3人への不信に拍車をかけていた。

 やはり、彼女たちはこの世界に近寄り過ぎていると飛翔の戦士は改めて確信した。

 

「内部太陽系戦士も、落ちぶれたものだな」

 

 冷たく一言言い放つと、ウラヌスは剣を手に提げたままイビルジョーに一歩、一歩近づいていく。

 

「ウラヌス!」

「怖気づいたなら、そこで見ていろ!」

 

 彼女ら3人と、亜美を入れた4人──内部太陽系戦士は、プリンセスである月野うさぎを守護する役割を任されている。

 確かに守護という立場からは、危険を予め察知する能力は必須といえるだろう。

 だが彼女からすれば、共通の敵を前にすぐ逃げようとする3人の態度は、同じセーラー戦士として情けないことこの上なかったのだった。

 

 間もなくして、カラカラと音が鳴った。

 最後に残った氷牙竜の骨の切れ端が、氷上に転がる音だった。

 生きた肉塊はぐるりと首を回す。

 

 先頭に立つ彼女の、使命感に満ちていた表情に陰が差した。

 そこで見えたものは、『邪悪』そのものだった。

 

 顎を、夥しい量の棘が埋め尽くしている。

 まるで歯が口内だけでは飽き足らず口外にまで突き出てきたような形だ。

 その隙間を今しがた喰らった獲物の鮮血がくまなく伝い、滴り、醜悪な面構えを隠そうともしない。

 

 黒い目に一点瞬く黄色い瞳は、小さくも少女たちをしっかりと捉えている。

 次の新鮮な獲物を見つけた恐暴竜は、後肢を踏ん張りながら上空を仰ぎ見た。

 

「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!!!!」

 

 図体が大きいゆえか、唾液を撒き散らすその声は低く、そしておぞましい。

 強靭な尻尾、背中、後脚に対し頭と前脚が異様に小さいため、背の描くカーブは一つの山に見えた。

 その山がこちらにぬらりと向いて顎を開く。首元まで裂けた頬の筋肉が、自らを引きちぎる勢いで縦に伸びた。

 

 赤褐色のぬめった口腔、食糧を求めて蠢く舌、凶悪な歯。

 頭部の何倍もの縦幅を誇る大口が露わとなり、少女たちへと迫った。

 

「よ、避けて!」

 

 氷を踏み割いて直進するイビルジョーに対し、レイは真っ先に叫んだ。

 少女たちは少し遅れるもそれに従い、横に転がる。

 

 だが、ウラヌスだけは違った。

 先の咆哮に一時は戦慄を覚え目元を歪ませたものの、すぐに戦士としての誇りと勇気を取り戻す。

 

「僕は……あくまで、課せられた使命に従わせてもらう!」

 

 彼女は瞬発的に自らの上体を反らした。

 直後、それのあった位置を棘だらけの顎が噛み締める。

 黒く濁った眼が、すぐ傍にいる金髪の麗人を睨む。

 

「ア゛ガ」

 

 飢え渇いた竜は、食欲に任せるまますぐに顎を再び開く。

 

「ウラヌス、逃げて!!」

 

 美奈子の叫びには答えず、彼女は2度目の噛みつきをバク宙で華麗に避ける。

 

「なるほど、そんなに腹が空いているか」

 

 既に、胸の中から恐怖は消え去っていた。

 

「ならばこれでも喰らうがいい」

 

 その手から金色の光球を作り出し、それを突き出す。

 

「ワールド・シェイキング!!」

 

 衝撃波を伴う爆発が、また噛みつこうとした恐暴竜の口内で炸裂。

 その頭は驚いて仰け反り、巨大な体躯をふらつかせる。

 ウラヌスは後ろ手に持っていたスペースソードを両手で持ち直し、赤く光らせる。

 

「スペースソード・ブラスター!!」

 

 高周波の斬撃はイビルジョーの脚を斬り刻み、くぐもった声で唸らせる。

 竜は横向きに身体をぶつけにかかるが、ウラヌスはこれも素早く屈むことで回避。

 そこからすぐ飛び込んでの斬撃へつなげ、確実にイビルジョーの身体を切り裂く。

 

「……すごい動きだわ」

 

 戦いを見守る少女の1人であるレイも、あの発見次第即撤退が推奨されるモンスターと対等に渡り合う紺色の戦士の姿に圧倒されていた。

 

 イビルジョーの見上げるまでの図体は確かに威圧感があるが、逆に言えばそれだけ攻撃が大振りで避けるための隙間も大きくなる。

 セーラーウラヌスはそのメリットを最大限に生かし、確実に戦況を有利に進めた。

 

 彼女の攻撃は一方的にイビルジョーに通り、全身に深い斬り傷が増えていく。

 恐暴竜は何度も何とか首を捻らせ噛みつこうとするが、ウラヌスの細い肢体に傷は一個もつかなかった。

 そうしているうちに、更に彼女にとっての追い風が吹いた。

 

「ねえ! もう、イビルジョー疲れてるじゃない!」

 

 美奈子が、戦闘中だというのに立ち止まって涎を垂らすそれを、指さして叫んだ。

 大抵の場合、動きが鈍くなるモンスターの疲労状態はハンターにとってまさに攻め時である。

 傍目からすれば、ウラヌスが明らかに優勢だ。

 

「どうした、もう息切れか」

 

 彼女自身、それを察知していた。

 油断はせず、しかし挑発するように宝剣を斜めに傾け光らせる。

 それに対し、恐暴竜は棒立ちのまま首を振って口から涎を撒き散らすだけだった。

 

「手応えとしては、胸の辺りが泣き所らしいな」

 

 彼女はスペースソードを真っ直ぐイビルジョーに向け、白手袋を被った手に込める力を一段と大きくした。

 ちょうどイビルジョーは攻撃を中断した状態で横に向いており、その弱点である胸を曝け出していた。

 

 ウラヌスの意志に応じて宝剣の刀身が高周波によって震え、あらゆる刃物にも勝る切れ味を作り出す。

 飛翔の戦士は、イビルジョーの胸部めがけ突撃した。

 

「はああああああっ!!!!」

 

 白雪を背後に散らし、旋風が氷原を駆け抜け。

 彼女自身がまさに風そのものとなって獲物に迫る。

 

 イビルジョーはそれを横目にすると、ゆっくりと大きく片脚を振り上げた。

 

 大山のごとき体躯を支える筋肉が地面に落ちれば、かなりの威力があるだろう。

 だが一方、それが今から描こうとする軌道は読みやすいにも程があった。

 

「甘い!!」

 

 彼女は身体をしなやかに捻り、宝剣を突き出した。

 それは風のように速く、残像さえ残らぬような一撃──。

 

 

「グゥオ゛」

 

 

 割れた氷が、波紋を広げて飛び散った。

 

 

 直撃は確かに避けていた。

 宝剣も、胸に深々と刺さっている。

 すべてがウラヌスの計画通りだった。

 だが直後、その脚に電流のようなものが走った。

 

「がっ」

 

 いつのまにか彼女は脚を崩し、氷上を這いつくばっていた。

 動けない。

 凄まじい震動がその長く細い脚を痺れさせ、大地へと縛り付けたのだ。

 

 しかし、震動の勢いで地面を見下ろす形になった彼女の表情にはまだ希望があった。

 

「あの、深手だ……痛みで攻撃するどころではないはず」

 

 地上に視線を戻すと、イビルジョーはウラヌスに向かってその身を屈めていた。

 瞬間、跳躍。

 

「な……」

 

 あの巨躯で。しかも疲労している状態で。

 理由を考える暇もなく、恐暴竜の全体重が空中からそのままウラヌスにのしかかった。

 彼女の身体はその顔よりも大きい鉤爪の間へ。

 そのまま、抵抗する間もなく地面へと磔にされる。

 

「ぁっ……」

 

 出す声もなく、彼女は無言の絶叫を上げた。

 ひび割れた氷と、桁外れの怪力を込めた脚の間に胴体が締め付けられる。

 

「ウラヌス!!」

 

 少女たちが、悲鳴に近い叫びをあげて駆けだした。

 

 こうなった原因を一つ挙げるとすれば──

 イビルジョーは、捕食にあたって自身に傷がつくことをまるで恐れない。どのような強大な相手であったとしても、どれだけ抵抗されようと、無理やりねじ伏せて捕食を試みる。

 頭の中にある意志はただ、『喰らう』たったそれだけ。

 多少胸を抉られただけでその欲望を逸らさせることなど、不可能なのだ。

 

「グワァ」

 

 捕らえて即、イビルジョーは大口を開ける。

 

 一部、虫歯になって溶けかけた歯。

 歯の間に残った食べかす。

 口の奥の空間から聞こえる、何かがドロドロと溶けていく音。

 そして、口内から漏れ出す凄まじい腐臭。

 

「うっ……」

 

 中性的で一種の冷たい雰囲気を帯びた麗人が、初めてその整った顔を青ざめさせた。

 

「……くそっ!!」

 

 幸い、両手は自由である。

 彼女は内臓が飛び出そうなほどの重圧にも負けじと叫び、右手から金色の光球を放った。

 爆発を受けてイビルジョーの顎が身じろいだが、すぐにウラヌスを食いちぎらんと帰ってくる。

 

 その拍子に、顎の牙の間から漏れ出た唾液が彼女の戦闘服へ落ちた。

 セーラー戦士の特徴であるしなやかな白地のレオタード、紺の襟とスカート。

 唾液が付いた途端、それらが、シュウウウウウッと音を立て白い煙を上げた。

 

「うあ、ああ、あああぁぁっ!!」

 

 凍土の白い渓谷に響き渡る悲鳴。

 イビルジョーの唾液は強酸性であり、触れたものは何でも腐食させる効果を持っていた。

 為す術もないウラヌスの頭に今度こそがぶりつこうと、イビルジョーは再び大口を開ける。

 ウラヌスは思わず顔を背け、目を瞑る。

 

「炎華気刃斬!!」

 

 勇ましい掛け声と共に、無数の牙を炎の螺旋が焼いた。

 頬を焦がされたイビルジョーは、忌々しく唸って横に視線を巡らせる。

 同じ方をウラヌスが見ると、レイが燃え盛る太刀を構えて息を荒くしていた。

 

「ウラヌス、元の狩人の姿に戻って!」

 

 もう片方の頬を、美奈子が叫びながら放った弾丸が撃ち抜く。

 同じように、ウラヌスが剣で抉った脚をまことが鎚で攻撃しながら呼びかける。

 

「盾を構えれば時間が稼げる! その間にあたしたちが全力で攻撃をぶつけるから!」

 

 彼女は、逡巡した。

 

「だが、僕は……」

「これから先、みちるさんに会えなくなってもいいの!?」

 

 美奈子が言葉を遮って怒鳴った。その表情は、いつもの憧れの人に対するそれではなかった。

 そうしている間にも急速に進んでゆく、戦闘服の腐食。

 それがいつ素肌にまで及ぶか、秒読みの段階に入っていた。

 

「……くっ!」

 

 イビルジョーは顎をそのまま武器にしてレイと美奈子を追っ払った。

 まことの攻撃に構うこともなく、そのままお待ちかねの餌へとそのまま食らいつく。

 

 

 ──ガキンッと、牙が硬いものにぶつかる音がした。

 

 

 眩い光の中から、ギルドの紋章を付けた金属製の盾が現れた。

 続いて姿を見せたのは金属の鎧をつけ、後悔に満ちた表情を見せる金髪の人物。

 

「許してくれ……みちる。僕の不甲斐なさのせいで」

 

 そう独り言ちて謝る彼女にイビルジョーは何度も噛みつきを敢行するが、分厚い盾に阻まれるにとどまる。

 

「シュープリーム・スピニングメテオ!!」

「クレッセント・ショット!!」

 

 直後、乱れ飛ぶ雷、弾の嵐。

 それらがイビルジョーの胴体に直撃したことで、何とか怯ませることに成功する。

 緩んだ脚の隙間からはるかは何とか這い出し、息を落ち着かせた。

 

「大丈夫、はるかさん!?」

「ああ、何とか……」

 

 生きた心地もしないまま、はるかは唾液でボロボロになった盾を背にしまい直す。

 

 

 だが、これで悪夢は終わらなかった。

 

 

 態勢を立て直したイビルジョーは、少女たちを見るなり背を曲げる。

 すると突然、そこを中心とした筋肉がまるで背中に瘤ができたように大きく隆起。

 同時に、首元から背にかけても膨張した筋肉が表皮を裂くようにして、ラインを引いたように出現する。

 さらには、はるかがウラヌスとしてつけた傷もその他既にあった古傷と合わせて開き、スペースソードも同時に排出される。

 

 真っ赤に染まり、痛々しく禍々しい姿となった恐暴竜。

 それは怒りの咆哮を天へと届けた。

 

「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!!」

 

 変化はそれにとどまらない。

 咆えた瞬間、どす黒い霧がその身体から放出された。

 地上へ戻ってきたイビルジョーの頭を見た瞬間、少女たちの顔は蒼白となった。

 

「なんだ、あれは……」

 

 はるかですら、先までの威勢の良さは見る影もない。

 イビルジョーの頭から、凄まじい量の黒霧が噴き出している。

 その中に埋もれる、かつて黄色かった瞳は爛々と真っ赤に血走っていた。

 もはやそれは生物ではなく、悪魔か魔物の類としか言いようがない。

 

「も、ものすごい……妖気の反応だわ」

 

 レイもそう伝えるのがやっとで、その足は既に後退を始めている。

 

「みんな、逃げ……」

 

 美奈子がそう伝えるも、既に遅い。

 イビルジョーは息をたっぷりと吸い込みつつ、前に詰め寄った。

 

 口から、赤黒い霧が雷を伴った吐息として放たれた。

 そのまま首を弧を描くように振り回す。

 

 思わずはるかは盾を構えたが、あとの3人は反応が追い付かなかった。

 霧の範囲が予想外に広いうえに、拡がりが早かったのである。

 

「きゃあああ!!」

「うわあああああっ」

 

 黒霧に触れた瞬間謎の爆発が起き、少女たちの小さな身体が吹っ飛ばされる。

 

「おい3人とも、動けるか……ううっ!」

 

 はるかは彼女らを呼ぼうとしたが、盾に吐息の直撃を受け強い衝撃が来る。

 謎のエネルギーを受けた盾は焦げて熱を持っており、本来の『盾斧』としての機能を残しているか不安になるほどであった。

 

「は、はぁ……だ……大丈夫……」

 

 レイとまことはよろけながら立ち上がるが、いずれも防具から黒い雷が弾けている。

 一方で、蝶の妖精のような防具『ファルメルS』を着た美奈子はまだよく動けている方だった。

 

「みんな……まだ来るわよ!」

 

 彼女が警告した通り、イビルジョーは、上半身を振り払う勢いで左右交互に噛みつきながら距離を詰めてきた。単純に噛みつかれるよりずっと範囲が広く、距離感が読みにくい。

 思わずレイとまことは狼狽した表情を見せたが、はるかが盾を構えて叫んだ。

 

「僕の後ろに隠れろ!!」

 

 悩んでいる暇はない。

 少女たちが急いで避難すると、無数の牙が大きな盾にぶつかる。

 彼女は何とかそれを受け止めて受け流し、上手くイビルジョーの腹の下に潜り込むことに成功する。

 

「このっ……」

 

 せめてものお返しと、レイは未だに赤黒い雷が這った太刀をイビルジョーの脚に突き立てる。

 だが、驚く頃に太刀は炎を一つも発しない。

 

「えっ!?」

「属性の力が……出ない!?」

 

 驚いたのは、使い手のレイだけでなかった。

 属性の力は彼女らの戦いの要。

 それが今、武器に備わる属性エネルギーだけでなく戦士の力までも封じられてしまっているらしい。

 イビルジョーは僅かにできた傷を気にかける様子でもなく、本能に従ってぬるりと頸を回して獲物を見つめた。

 

「……これは、もうどうしようもないわ」

 

 はるかはあっという間に自分たちを追い詰めた、頭から赤黒い稲妻を発する化け物を睨んだ。

 

 敵前逃亡。

 

 以前の彼女なら絶対に選ばなかった一択。今となっては、大切な人のもとに戻る道はそれ以外に残されていなかった。

 

「くっ……」

 

 ぎりぎりまで睨みつけたのちに踵を返したはるかを筆頭に、少女らは氷上を引き返した。

 

「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛」

 

 しかしイビルジョーも、むざむざ見つけた獲物を逃す性格ではなかった。

 それは彼女らに振り向いて涎を垂らすと、意気揚々と脚を踏み出した。

 

──

 

 『エリア5』の洞窟に入ると、ぬるぬるした液体に塗れて蒸気を上げる骨が真っ先に彼女たちの視界に入った。

 

「ひいっ……」

 

 ギギネブラの成れの果てだった。ギィギを生む卵塊も見当たらない。

 

「お、落ち着いて。西の方に行けば外に出られてキャンプまで近道……」

 

 レイが地図を取り出しているうちに、大地を揺らす足音が暗闇のなかを突き進んでくる。

 棘だらけの双丘が、暗闇でも驚くほど正確に、彼女らのいた地点を噛み締めた。

 

 もはや恐怖に足を止める時間もない。

 間一髪で避けた少女たちは必死に瘴気に塗れた凶牙から逃れる。

 常に背後から聞こえる足音と生臭い吐息。

 常に足元を揺らし近づいてくる震動。

 暗闇のなか、彼女たちは自分たちの行く道に間違いはないと信じて走るしかなかった。

 

 永遠とも思える時間ののち、やがて光明が見えた。

 洞窟を抜けると、白い雪原が目に飛び込んだ。

 

「やった……!」

「安心するにはまだ早いぞ!」

 

 美奈子は光を浴びて救われたように顔に喜色を浮かばせるが、後ろを振り向いたはるかが叫ぶ。

 洞窟の中から噴き出す血のような色の煙。

 暗闇から突然イビルジョーのぬめった身体が跳躍、転がるように飛び出してきた。

 食欲に支配された赤黒い口は頸を伸ばし、空中から勢いをつけて牙を開く。

 

「僕狙いかっ……!」

 

 はるかが首を引っ込めた目の前で、顎がバクンと虚空を嚙み締める。

 側転して受け身を取りつつ起き上がったイビルジョーは、即座に二度目の噛みつきを敢行。

 はるかは再び攻撃を受け止めようと盾を構えかけたが、それは役割を果たすにはあまりに朽ちすぎている。

 

 しかしそれは、投げ入れられた物体が放った閃光によって阻止される。

 

 美奈子が投げた、閃光玉による目眩ましだった。

 見れば、隣でまことがポーチを開けて何かを渡していたようだ。

 

「よっ、よかったー、調合が間に合って」

「素材玉が残ってて不幸中の幸いってヤツか」

「早く! ここからあの道よ!」

 

 レイは既に南方に向けて先導し、針葉樹の生える道を指差していた。

 彼女たちの顔に敗北感はない。むしろ今の自分たちにやれることをこなそうとする使命感までもが窺えた。

 

「……」

 

 はるかは今や狩人として活動する彼女らの姿を、黙して一瞥しつつ後に続いた。

 

「見て! もうすぐキャンプよ!」

 

 レイが正面にある崖に囲まれた細道を指さして叫んだ。

 周囲は針葉樹林に囲まれている。彼女たちは、エリア1に戻ってきたのだ。

 

 ベースキャンプは、モンスターに襲われにくい立地にあるうえ彼らの嫌う臭いをばら撒いている。そこにさえ逃げ込めば、こちらの勝利だ。

 

「グォッ」

 

 しかし最後まで逃さないとばかりに、後をつけてきたイビルジョーはその顎で地面を削り取り、岩を飛ばした。

 

「わあっ!!」

 

 想像以上の速度だ。

 全員が飛んでくる岩に対して身を横に投げ出し、何とか避ける。

 だが、イビルジョーは彼女らが立ち上がる前に急速に接近する。

 はるかは迫りくる牙を睨んだが、

 

「はるかさん、武器を出さないで!」

 

 そう言ってレイが取り出したのは生肉。

 恐らく調理用に取っておいたであろう保存用の草食竜のモモ肉である。

 彼女はそれを天にかざしてイビルジョーに振る。

 

 恐暴竜の視線が、新鮮なピンク色に吸いつけられた。

 

 レイは、思い切り生肉をイビルジョーの横側へと投げ入れた。

 ころころと雪原を転がる、一本の骨に巻きついた生肉。

 すると恐暴竜はあっさり、喜々としてそちらの方へ振り向いた。

 

「さあ、今のうちに!!」

 

 レイが呼びかけると、キャンプに続く人1人分の細道にまことと美奈子が駆けこんでいく。

 レイが3番目に入ったのに続き、はるかが最後にキャンプに駆け込もうとすると、生肉を一飲みで平らげたイビルジョーは再び大口を開けて彼女へと迫った。

 

「はあっ!!」

 

 身体を捻り、噛みつきを躱す。

 ギリギリで細道に入ったはるかは道を潜り抜け、その先の曲道を抜けてテントのある開けた場所へと着く。

 遥か後方でどぉん、どぉんと重いものを打ち付けるような音。重量級の肉体が打ち付けられるたびに大地が揺れていたが、やがてそれも止んだ。

 

 隣に見える流氷の流れは、ここに来た時と寸分も違わず同じ速度だった。

 やっと最初の静けさを取り戻したところで、

 

「3人とも、すまない」

 

 はるかが悔やむように俯きつつ呟いた。

 

「今回は完全に僕の驕りが招いた事態だ。相手との力量差も測れず仲間の足を引っ張るなんて、セーラー戦士としては言語同断だ」

 

 唇を噛み締める様からは、彼女の自責の念が傍目でも分かるほど漏れていた。

 

「きっと前のあたしたちなら、はるかさんと同じことをしたと思います」

 

 最初に話しかけたのは、レイだった。

 

「そうよ。プリンセス……うさぎちゃんが大切って想い自体は今でも同じだもの。はるかさんの気持ちはとっても分かるわ」

「むしろアイツが妖魔だったって事実が証明できたんだから、真っ先に挑んでくれたはるかさんには感謝しなくっちゃね!」

 

 美奈子に続いてまことには責められるどころか感謝までされ、はるかは苦笑いを浮かべた。

 

「……『狩人の勘』を身につけても変わらないんだな、君たちは」

 

 一旦は冷え切った両者の関係もやっと雪解けを迎えたところで、まことは自分たちの来た方向に振り向いた。

 

「それにしても、あのイビルジョー……なんで怒る直前まで妖魔の気配がしなかったんだろう」

「なんだか、これまでとは違った感じよね。レイちゃんさえも妖気を感じなかったんでしょう?」

 

 美奈子が聞くと、レイは悩ましげながら頷いた。

 はるかははっと気づいたように、視線を空に向けた。

 

「また、風が……やけに騒ぎ始めた」

 

 黒に近い灰色の雲がどこからか飛ばされてきて、白銀の大地と空を覆い始めていた。

 

──

 

「……バレた上にまんまと逃げ延びられたとは。ちょっと『お目覚め』が早すぎたようね」

 

 この地では寒そうなほど丈の短いスカートに、魔女らしい杖。

 そして、幼い顔立ちにパーマをかけたような髪。

 デス・バスターズの幹部であるミメットは、切り立った高所の崖の上で双眼鏡を覗いていた。

 

「ゴア・マガラちゃん、ちょっと早いけどもう始めるわよ!」

 

 彼女は振り向き、少し離れたところにある、蠢く黒い霧の塊に命令した。

 黒い外套をはためかせ、霧を払い現れるは、黒蝕竜ゴア・マガラ。

 彼は少し崖の際まで歩み寄ると、息を吸い込み天上に向かって咆えた。

 

「グアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 苦悶、怒り、憎悪。

 あらゆる負の感情を乗せたようなその叫びは、凍土全域に響き渡った。

 

「さぁて、これであとは放っておくだけ♪ 楽な作業よね~」

 

 変化はそこからずっと離れた雪原で、新たな獲物を求めて彷徨っていた恐暴竜イビルジョーに及ぶ。 

 

「グォ……」

 

 黒い霧を立ち昇らせながら、それは何かに呼ばれたかのように左右に赤い瞳を巡らせた。

 するとイビルジョーはある1点の方向を見つめ、わき目も振らずそちらに向かって歩き出した。




今回、投稿時間が少し遅くなったのは当日になって直したいところが多く出てきたからです。(急いで手直ししたので最善は尽くしましたが、誤字などあったらご報告いただければ嬉しいです)
生態系の破壊者たるイビルジョーの脅威とセーラー戦士の強さの両立とか、印象とか……結果文字数も膨大なことに。
セーラーウラヌスの実力としては、イビルジョーの行動パターンや脅威を熟知したうえで、仲間と協力して慎重に立ち回っていればぎりぎりでワンチャンあったかも……というところで書いてます。まぁ、完全初見な今の状態ではまず逃げましょう、な段階です……。
ちなみに今回の個体は飢餓個体ではないただの(?)妖魔化個体で、単純に濃縮された妖魔の霧が頭から発散されることで結果的に『怒り喰らう』状態に見える……というカラクリでした。
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