セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて   作:Misma

114 / 189
BGM:剛き紺藍


爆ぜ開くは紅く、熱い華②

 

 獣竜種に属し主に火山に生息する生物、ブラキディオス。

 全長は15m、体高は5.5m。

 これまでセーラー戦士たちが戦ってきたモンスターの中では比較的小柄である。

 

 しかし、モンスターの強さは必ずしもその大きさのみで決まらず。

 むしろ小柄が故のメリットも確かに存在する。

 例えば今のような自身より小さき者を相手にする場合、その体躯はむしろ有利に働くことがあるのだ。

 

「避けろ!!」

 

 ブラキディオスは、右腕を高く振り上げた。

 太く発達した肩を捻り、真っすぐ繰り出されるは緑の蛍光色にぎらつく手甲。

 人間で言えば右拳によるストレート。

 

「くっ!」

 

 うさぎが衛の声を受けて咄嗟に後方に転がると、眼前の大地を剛拳が撃ち抜く。

 ひび割れる地面に、ドロリとした粘質状の緑の物体が地面に飛散、円状に広がった。

 

「な、何あれ……」

 

 それは、ウラガンキンに付いていた物体と似ていた。

 うさぎが気味の悪さに顔をしかめる隣で、亜美は水冷弾を装填していた。

 

「情報は少ないけれど、『粘菌』と共生してると聞いたことがあるわ」

「粘菌?」

「ああいうドロドロした形状の微生物をそう言うのよ」

「あ、あれが生き物? うえーー……」

 

 ブラキディオスは、顔を歪める少女にも構わず反対の左拳を振りかざす。

 

「ブシュルウウッッッ!!」

 

 次に狙ったのは、海王みちるが守護星の加護を受け戦士の姿に変身した姿……セーラーネプチューンだ。

 

「はあっ!」

 

 ネプチューンは飛びのいてパンチを容易く躱し、同時に手中に超水圧の塊を生み出した。

 

「ディープ・サブマージ!!」

 

 津波にも匹敵する魔法の光球は、彼女の掌から放たれ真っすぐ飛んでいく。

 それは何も知らないブラキディオスの頭角に直撃し、大爆発を起こす。

 あらゆる生命に潤いを与える水も、時には凶器となる。

 熱を持った黒曜石の甲殻は砕けるような音を立てつつ蒸気にまみれた。

 

「グウウゥゥッッッ!!」

 

 ブラキディオスは、衝撃に驚いて仰け反る。

 そこへ更に、別の方向から飛んできた小さな弾丸が複数突き刺さる。

 すると、これも先の魔法には劣るものの激しい水飛沫を拡散、僅かながら砕けかけた箇所に追い打ちをかけるように亀裂を入れる。

 

 撃ち放ったのは、『ミツネS』の防具を着た亜美が構えるライトボウガン『狐水銃シズクトキユル』。

 桃色と白のカラーリングに赤いリボン、水鉄砲のような全貌と狩りに使うには優雅な出で立ちだが、そこから放たれる水冷弾の威力は折り紙つきである。

 

「どうやら、水属性の攻撃が良く効くようね!」

「よーしっ、こっちもガンガン行くわよ!」

 

 うさぎは亜美の発言に背中を押され、大剣に手を伸ばしつつ突撃する。

 最初の威圧感こそ胸を締め付けられるようなものはあったが、亜美とみちる……ネプチューンの2人が先鞭をつけて怯ませてくれたおかげで恐怖は減った。

 何はともあれ攻撃してからどうするか考えねば。

 

 彼女が持つは、大剣『炎剣リオレウス』に蒼火竜の甲殻を加えて強化を施した一品『煌剣リオレウス』。

 青の見た目に反して強い火属性を持っており今回の相手に効き目は薄そうだが、これが彼女の持つなかで最も切れ味が良い武器である。

 

「たあああっ!」

 

 まずは、先制攻撃で驚いているブラキディオスの脚に──

 

 大剣を縦に振り下ろして一撃。

 

 ダメージを与えるには、少し手応えが軽すぎるが。

 

「弾かれは……しないっ!」

 

 これは重要なことだ。攻撃を続ければ、しっかりと刃は通るのだから。

 少しばかりの安心を得られたうさぎだったが、なにか自分の脚に違和感を感じる。

 

「……ん?」

 

 下を見ると、自分の足に緑のべとつく物体が付着していた。

 よく観察してみると、その下には先ほどブラキディオスの拳から地面に付着した粘菌が見えた。

 

 彼女は、攻撃の際に粘菌に足を踏み入れていたのだ。

 

 そのことにようやく気付いたうさぎは生理的嫌悪を掻き立てられ慌てて足を上げた。

 

「うわっ、べとべとぉっ!!」

 

 ブラキディオスは、邪魔者を払いのけようと尻尾をぶん回す。その先端には六枚の刃に似た突起が放射状に広がっており、まるで天然のメイスである。

 うさぎはその下をかいぐくって離脱、仲間たちのところに集まる。

 衛を始めとして亜美とネプチューンも彼女に何か異変がないかと不安げだった。

 

「うさこ、大丈夫か!?」

 

 だが、今のところはただ足がべたつくだけだ。特に防具が溶けるなどの被害はない。

 それを確認すると、うさぎは両手をひらひらさせて健在をアピールする。

 

「あ、あはは、大丈夫よ、だいじょ……」

 

 ちょうどその時、先ほど足を踏み入れていた粘菌が赤く変色していた。

 それは泡立ち、白く光って、蒸気を発し。

 一瞬で何倍もの体積に膨らんで──

 

 

 爆発。

 

 

 爆音、震動と共に、地から青白い炎が噴火のように噴きあがる。

 焔は赤色へと変わり、火花を散らし、残滓として燻る煙へと変わる。

 地盤は軽く吹っ飛ばされ、黒焦げた岩の下から溶岩の赤みが僅かに覗いた。

 

 3人は思わずうさぎの方を向き、彼女自身も足元を見る。

 既に粘菌は橙色になりかけていた。

 少女の顔が、さあっと青に染まる。

 

「ひいいいいいっ!!」

「うさぎ、慌てないで! 地面に擦り付けて取り払うのよ!」

 

 ネプチューンの指示は、冷静ながらも鋭かった。

 うさぎは武器を背に納めるのも忘れて必死に転げまわるが、そこへブラキディオスが突っ走った。

 彼は明らかに追撃を加えようと、うさぎに向かって右拳を構えている。

 

「うっ!」

 

 息が止まりかける。

 3度目に転がった時、右拳の剛速球が彼女の頬の脇を掠めた。

 通り過ぎたブラキディオスは地面に打ち付けた右拳を軸に己の身ごと回転、こちらへと振り向く。

 

 足元を見ると、粘菌は完全に取れていた。

 心臓が止まりかけたのか、うさぎはぜえぜえして大剣を杖にしつつ立ち上がる。

 

「い……生きた心地がしない……」

 

 ブラキディオスは、今度はうさぎを助けに来た衛を狙う。

 

「無理はするな! 相手の攻撃後の隙を狙おう!」

「う、うん!」

 

 右腕を振るっての横殴り。人で言えばフックという技だ。

 衛は果敢にも、素早く薙ぎ払われた拳を見た後に斬り込んだ。

 

「なるべく粘菌に近づかないよう心がけるしかないな」

 

 それなら、腹の下に潜り込む。

 衛は片手剣クイーンレイピアを鋭く振り、ブラキディオスの白い腹、群青の後ろ脚を抉る。

 鱗も甲殻も堅いものの、刃が完全に通らないわけではない。

 

 ブラキディオスもそのままやられているわけではない。

 彼は前を向いたままサイドステップを踏んだ。

 それだけで、大きい歩幅が衛を腹下から一気に突き放す。

 

「……くそっ!」

 

 彼がブラキディオスを追おうとすると、1mほど近くにあった粘菌が爆発した。

 爆風に立ち止まった衛が周りを見回すと、いつの間にか粘菌の『罠』がそこら中に設置されていた。今でもそれらは緑から橙、橙から赤へと変色し続け爆発へのカウントダウンを続けている。

 

「これがヤツの作戦か……!」

 

 その巧みさに、衛は唸るしかなかった。

 ブラキディオスが拳を振るう度、標的に当たらなかった粘菌は地面で罠を形成する。すぐには爆発しないというのが厄介で、たとえ直接攻撃に当たらずとも粘菌は一方的にこちらの足場を制限するのだ。

 とてもこれでは、大胆に立ち回ることはできない。

 

「ディープ・サブマージ!!」

 

 そこに、女性の凛々しくも華麗な声が響く。

 セーラーネプチューンだ。

 掌から放たれた海色の光球が、凄まじいエナジーを伴ってブラキディオスの頭へ一直線に飛んでいく。

 

「そうか、彼女の攻撃なら!」

 

 衛の顔が一転して希望に満ちた。

 遠距離攻撃を主体とするセーラー戦士にとって、地面に置かれた罠など意味を成さない。それが見えないように隠されているならいざ知らず、明らかに罠と見て分かるものに構う必要はない。

 

「フウウウッッ」

 

 だが、ブラキディオスは動じなかった。

 

 地面を拳で殴りつけつつそこを軸に身体を90度回転。

 光球を見事に避けると同時に、一瞬でネプチューンのすぐ横に回り込んだ。

 そこから即座に、反対の拳を横殴りに振り回す。

 

「……なるほど、パワーとスピード、それにテクニックも高い水準で兼ね備えている。これは手強いわね」

 

 冷静に分析しつつ、彼女はフックを華麗に跳んで躱した。

 

 ブラキディオスは猛攻を加える。彼我の距離を測り、最も効果的な方法で打撃を打ち込んでくる。

 ストレート、フック、ステップ、ダッシュパンチ。

 技同士の繋ぎが滑らかで多彩だ。フットワークの運び方も軽やかで、とても獣のそれと思えないほど洗練されている。

 

「だけど、弱点はハッキリしてるわ!」

 

 亜美は、弾を撃ちつつ叫んだ。

 ブラキディオスは、遠距離の相手に対して炎を吐くなどの攻撃手段を持たない。

 様子見のつもりか、亜美やセーラーネプチューンには単に歩いて詰め寄ってくるかダッシュパンチしかしてこないのだ。

 

 また、更なる追い風も吹いていた。

 ある時点から、彼の拳から粘菌が落ちなくなったのだ。見てみると、腕にあった蛍光色の輝きが明らかに落ちて黒ずんでいる。

 

「なるほど、粘菌も有限じゃないのか!」

 

 それなら話は変わってくる。

 今こそ、こちら側の好機だ。

 衛はここぞとばかりに攻めかかり、茨の細剣『クイーンレイピア』に含ませた毒を白い腹に叩きつける。

 

「まもちゃん、すごく頑張ってる……」

 

 恋人が、自身の託した片手剣を持って奮闘している。

 その懸命な姿に、うさぎの心も鼓舞された。

 

「よーしっ、これは、さっきのお返しよ!」

 

 砕竜が衛に気を取られている間に、力を溜めての大剣の一撃。

 だが、それを見たブラキディオスはすっと脚を後方に下げる。

 

「うそっ!?」

 

 彼女の攻撃は見事にすかされ、地面に落ちた。衛の攻撃も同様である。

 それだけではない。ブラキディオスは鋭い顎を開き、隠されていた舌で輝きを失った両腕を舐め回す。

 すると腕は数秒もせず、蛍光色の輝きを取り戻した。

 

「粘菌を再び活性化させた、だと……?」

「きったない上にズルいだなんて、今回の相手は厄介ね!」

 

 大剣を地面から引き抜いたうさぎは毒づいた。

 ブラキディオスは右拳を軸に、うさぎと衛の横へ回り込む。

 そこから天高く、蛍光色にてかる鉄柱のように太い頭角を振り上げた。

 

「うさこ、避けろ!」

 

 衛の合図で、うさぎは共に正面から転がり出る。

 ブラキディオスが大地を頭突くと、地盤が砕かれると共に一際大きな粘菌の塊が広がる。

 腕で設置される粘菌よりも遥かに巨大だ。

 

 だが、ブラキディオスは渾身の力で頭を叩きつけたためにうずくまるような姿勢になって隙を晒していた。

 

「そこよ!」

 

 セーラーネプチューンはディープ・サブマージを発動。

 

「灼熱のなかに落ちなさい!!」

 

 水属性のエネルギーが後ろ脚に直撃すると、流麗な海水が粘菌のそれにも引けを取らぬ規模で閃く。

 ちょうど、砕竜が攻撃を受けたのは道の端だった。

 

「グゥオオオッッッ!?」

 

 砕竜の身体が揺らめき倒れる。

 その先にあるのは、煮えたぎる溶岩流。

 紺藍の身体はそのまま、一切の生命を拒絶する地獄の釜に消え──

 紅い飛沫と共に、完全に見えなくなった。

 

「……やったか」

「す、すごい威力ぅ……」

 

 衛が確認のため道の端に向かい、うさぎもそこに駆けつける。

 溶岩のなかから生命らしき反応はない。

 それに顔に当たる熱だけでも恐ろしく熱く、溶岩を直接覗きこむまでには至らなかった。

 

 一方、ネプチューンは少し溶岩から離れたところで亜美と話し合っていた。

 

「でもあのブラキディオス、なぜ妖魔化したウラガンキンを襲ったのかしら」

「分からないけれど、ユージアルがここにいたことと何か関係が……」

「そういえば、彼女は襲ってきたゴア・マガラに対してこう言っていたな。『とんだ厄介者のお兄ちゃんね』……と」

 

 衛の言葉に、少女たちの視線が引き付けられる。

 

「……『お兄ちゃん』? 一体、何を指しての言葉なのかしら」

 

 そこまで言いかけて、亜美はあるものを目にして叫んだ。

 

「2人とも、跳んで!!」

「え?」

 

 うさぎと衛の背後にあった溶岩が盛り上がり、弾け飛んだ。

 その中を突っ切って来るのは黄緑色の粘菌の塊。

 岩をも粉砕する必殺の剛拳だ。

 

「うぐっ……」

 

 衛が咄嗟にうさぎの前に盾を構え、拳を受け流す。

 うさぎの方は驚きのあまり言葉が出てこなかった。

 

 超灼熱の上に立つブラキディオスの身体は、溶けていないどころか焦げてすらいない。

 どこの部位を見ても溶岩に落ちる前そのままであり、溶岩の方が水のように滴っている有様である。

 

「……初めて見たわ。溶岩に水浴びでもするように浸かってる生物なんて」

 

 ネプチューンも、流石に冷や汗を隠せていなかった。

 ブラキディオスは、犬のように首を振るわせて溶岩を払い落とした。

 彼にとっては、溶岩が人にとっての水に当たる存在なのだ。

 砕竜は息を昂らせて天を仰ぎ、咆哮する。

 

「ヴゥエエエエエエエエエエエエェェエエエエエエェェェンン!!!!」

 

 緑一色だった粘菌の色が、黄緑と黄色のグラデーションへと変貌する。

 それは、彼の纏う粘菌が激情と連動して活発になった証拠。全身による闘志と怒りの体現だった。

 セーラー戦士たちの顔にもいよいよ緊張が走る。

 

「ヴゥゥゥゥゥゥッッッ」

 

 ブラキディオスは溶岩の中から拳を振り上げる。

 だが、それは直接少女たちを狙ってのものではない。

 彼は、前方の地面を何度も殴りつけながら突き進み始めたのだ。

 今度は腕の粘菌が地面に残ることなく、接地した瞬間に高く爆炎の柱を巻き上げる。

 

「う、うわっ!!」

「落ち着いて! 横に回避よ!!」

 

 一歩ごとに少女たち全員に迫る重い爆発音、硬い地盤すら粉にして吹き飛ばす爆砕の嵐。

 急いで、全力で向かってくる方向に対し垂直に走る。

 その試みはなんとか成功し、ブラキディオスは一心不乱に地面を爆破しながら彼女らの背後を通り過ぎた。

 だが彼は即座にくるりと振り返ると、両腕を舐めて下がりつつ、後ろ脚に力を込めて屈む。

 

「また何かしてくるつもりよ!」

 

 亜美はライトボウガンを構えたが、その射線上から忽然と、ブラキディオスの姿が消えた。

 

「え……っ!?」

「空中よ!」

 

 ネプチューンの声を聞いて見上げると、彼は脚力だけで宙を舞っていた。

 重力に従い、一気に距離を詰めてくる。

 狙ったのは亜美とネプチューンの2人だった。

 

 本能的にそこから地面を蹴って離れた瞬間──

 砕竜は降下する勢いそのまま、豪快に両拳を打ち下ろし大爆発を起こす。

 あと少しでも反応が遅れていれば、容赦なく攻撃に巻き込まれていただろう。

 ブラキディオスは、更に追撃を試みようとまだ立ち上がっていない2人へと歩いていく。

 

「……こっちを見ろっ!」

 

 尋常でない運動能力を恐れつつも、背後から衛が脚に斬りかかる。

 それに相手は気づき、振り向いたことでその狙いは成功。

 ブラキディオスは迷わず標的を衛に変え、素早く左拳を打ち下ろす。

 接地とほぼ同時に、またしても爆発。

 

 衛は反射的に盾を構えたが、あまりに苛烈な炸裂の衝撃に踏みとどまれない。

 半ば地上を吹っ飛ばされるようにしてずり下がり、終いには尻もちをついた。

 盾は、もうあと一発でも喰らえば砕け散るのではと思えるほどに綻びていた。

 

「ま、まもちゃん!」

「問題ない、それよりも!」

 

 彼は短い黒髪を振り乱し、うさぎたちに向かって叫んだ。

 

「気を付けろ! 粘菌がすぐ爆発するようになってる!!」

 

 ブラキディオスは、特に水を使う者たちを脅威と見なしているのか再び彼女らの方を向く。右拳を軸に二連ステップで回り込み、すかさず横殴りに繋げてきた。

 

「ぐっ!!」

 

 亜美とネプチューンは、その範囲を見切り後方に下がる。

 これに関しては、粘菌が平常時と同じように地面にくっついた。

 

「なるほど、強い衝撃を加えると爆発する状態になっているのね。だけど、道は見えて来たわ」

 

 粘菌が活性化し、打撃の効果範囲が広くなったことで直接的な危険性は格段に増した。だが、逆に言えば粘菌の『罠』の数は大幅に減る。その分だけ、純粋に相手の動きに集中することができるということだ。

 

「狙うとすれば……粘菌が切れた、その瞬間」

 

 海王星を守護に持つ、深海と抱擁の戦士セーラーネプチューン。

 その名にふさわしい優美な海色に髪と服を染める彼女は、爆砕の拳闘士を前に確信を持って呟いた。

 矢継ぎ早に飛んでくる拳、爆発。そのいずれもを、彼女は余裕を持って躱す。

 

 もう、ネプチューンの方から攻撃することはない。こうして避けていれば必ず、粘菌が切れたことでパンチを放っても爆発しない状態がやってくる。

 そのタイミングで攻撃してきた時に懐に潜り込み、最大出力で頭に魔法を放つ用意が既に彼女には出来ていた。

 

 そしてやがて、来るべき時は来る。

 ちょうどブラキディオスが何回目か、近くで攻撃したうさぎに拳を振り回した頃だった。

 

「あっ……粘菌が無くなった!」

 

 慌てて攻撃を避けた彼女が気づいて叫んだ通り、ブラキディオスの腕からは黄色い粘菌の輝きが無くなっていた。

 それを気にすることもなく、彼はネプチューンへと振り向く。

 明らかに、こちらへの敵意が見ただけでも赤い瞳から滲み出ていた。

 

「……今ね!」

 

 そこを見計らい、ネプチューンが掌から再び光球を作り出す。 

 だがいまそれを放とうとした時、彼女は気づいた。

 ブラキディオスの動きが止まり、そのまま沈み込んだことに。

 

「ウゥアアァァァァ……」

 

 さっきまで生き生きとしていた砕竜は弱々しく鳴き、おもむろにその場に倒れ伏した。

 

「えっ?」

「し……死んだ!?」

 

 その時は、あまりに突然だった。

 いま、ブラキディオスは完全にもの言わぬ人形になっていた。

 4人の間で、困惑の視線が行きかう。

 

「いや……待て」

 

 衛が先に気づく。

 伏したブラキディオスの鋭い口内から、黒い霧が漏れ始めていた。

 

「違う! 生きてるぞ!!」

 

 直後、ブラキディオスは立ち上がった。

 黒い霧を吐き、赤い瞳は更に爛々と輝いている。

 さながら、黄泉の国から甦ったゾンビ。

 

「まさか、これは……」

「妖魔化……?」

 

 亜美の言葉の続きを、ネプチューンが継ぐ。

 

「ギィエエエエエェェェェエエェェェェエエェェェェエエエエエエンンンッッッ!!!!」

 

 ブラキディオスの咆哮は不気味に上ずっていた。

 初めて見る妖魔化生物を前にしてもネプチューンは退かず身構える。

 しかし、その顔からは先刻見せていた余裕が消え去っていた。

 

「これが妖魔化……。前に戦った妖魔とは違う感覚がするけれど……とにかく何か、嫌な予感がするわ」

 

 歴戦の猛者である彼女にしては珍しく、険しい表情。

 うさぎはそんなネプチューンの後姿に不安そうに眉を寄せていた。

 

 幸い、まだ腕の粘菌は纏い直されていない。

 仮に殴ってきたとしても、爆発がない分対処は簡単だ。

 

「今、ここで決めるしかないわね」

 

 ネプチューンは、掌に海色の光球をより強く、眩しく光らせ。

 地を強く蹴ってブラキディオスの頭へと、蝶のごとく飛翔する。

 相手はそれを見て右足を下げ、足と一緒に後方へ下がらせた右拳を舐めた。

 案の定、粘菌を補充するつもりだ。

 

「遅いわ!」

 

 少なくとも、かの生物は粘菌を纏うときに両方の腕を舐めようとする傾向がある。

 次は左拳を舐めるつもりだろう。

 そうさせる気は彼女にはなかった。

 

「ディープ……!」

 

 強い意志の籠った叫びと共に、魔法を放とうと光る手を前に持ってくる。

 それに対し、砕竜ブラキディオスは──

 活性化させた右腕で即、殴りかかった。

 

「はっ……」

 

 裏をかかれた。

 ネプチューンは素早く反応して腕で自身を庇うが、

 

 殴打、爆砕。

 

「ああああっ!」

 

 拳を中心に発生した爆風に吹っ飛ばされ、地表を身体のあちこちを打ちながら転がる。

 

「ネプチューン!!」

 

 彼女の背後にあるは、燃え盛る溶岩流。

 海色のヒールに弾かれた石がそこに突っ込み、しゅうう、と煙を上げながら溶けて沈んでいく。

 ブラキディオスはゆっくりと彼女に歩み逃げ場を無くしていく。

 

「まさか……こんな意趣返しをされるだなんて」

 

 艶美なウェーブヘアーや戦闘服の所々が黒焦げていた。

 しかし、海王星の戦士の表情から、戦意はまだ失われてはいなかった。

 

 彼女は再び手中に光球を生み出そうとする。

 それを見たブラキディオスは、迷わず粘菌の滾った右拳を高く振り上げた。

 

「はる……か……っ」

 

 明らかに間に合わない。このままいけば、ネプチューンの身体は呆気なく溶岩の中へ沈むだろう。

 思わず、うさぎは彼女を助けるため飛び出そうとした。

 だが、ブラキディオスは拳を繰り出す瞬間、あらぬ方向を向く。

 

「え……」

 

 何かを悟った亜美がうさぎを抑え、その眼前を爆砕の拳が撃ち抜く。

 その目の焦点は彼女らのうち誰とも合っていない。

 ブラキディオスは、虚空に向かって咆え地面を爆砕し始めた。そこにいない誰かを、何度も執拗に殴りつける。

 

「な、なにをしているんだ?」

 

 衛が唖然として呟くも、答えられる者はいない。

 明らかに異常な有様は、悪夢か幻覚を見て暴れているようにも受け取れる。

 

「何なの、この感覚……今までの妖魔化生物とは違う、恐ろしい気配を感じるわ。まさか、新手の妖魔ウイルス?」

 

 亜美の顔には恐怖が募っているが、見た目はこれまで見た妖魔化生物の特徴と瓜二つだ。

 一方、うさぎは違った表情でブラキディオスを見ていた。

 

「でもやっぱりおかしいよ。今まで妖魔化した子たちはあんな動きしなかった」

 

 彼女の大剣の柄を持つ手に力が入った。

 

「……試してみるしかないわ!」

「いったい、何をだ?」

 

 衛の顔を、少女の姫らしく凛々しい瞳の光が貫く。

 

「浄化の力を使ってみるのよ。それで、あの子がホントに妖魔かどうか確かめるの! 亜美ちゃんとまもちゃんは、ネプチューンをあの崖っぷちから助けてあげて!」

 

 うさぎはツインテールを靡かせ、大剣を背負って飛び出した。

 亜美は、離れていく友人の姿、そしてブラキディオスの腹下から見えるネプチューンの姿を見つめた。

 

「……どうもそれ以外しかなさそうね!」

 

 ブラキディオスは、そのまま興奮に任せるように頭角を思い切り地盤に叩きつけた。

 地盤はその耐久勝負に圧し負け、角が重い音を立ててめり込む。

 

 溶岩の川を背負っていたネプチューンは気づいた。

 ブラキディオスの周囲の地面に亀裂が入り、そこが光り始めていることに。

 更に、そこを通って衛と亜美が駆けてきていることに。

 

「みんな、離れて!」

 

 砕竜は、角を引き抜く。

 爆砕、爆砕、爆砕。

 火山に咲き乱れる連爆の華。

 

「……くっ!」

 

 2人は自らを魔法の光で包み込み、タキシード仮面とセーラーマーキュリーの姿に変化させる。

 狩人の状態よりも軽くスピードに優れたその状態で、彼らは爆破の間を潜り抜けネプチューンの元へ。

 

「大丈夫!?」

 

 2人がかりで彼女の肩を抱え飛び去った直後、ネプチューンの下にあった地面が光り、噴火にも等しい爆音と炎柱を上げた。

 

「なんて無茶を……」

 

 呆れ気味に言いかけたネプチューンは、あるものに目を見張った。

 うさぎが周囲で爆発が起こるなか、既に尻尾付近に陣取っていたのだ。

 

「尻尾ががら空きよっ!!」

 

 彼女は腕、腰を連動させ大剣を振り回す。

 火竜の炎が宿った刃に、マゼンタの光が宿っていく。

 

「スパイラル・ハート・ムーン・ブレイク!!」

 

 浄化力を刃に乗せ、尻尾へと跳び回転、強烈な力で斬りつける。

 そこから渾身の浄化の力を注ぎ込む。

 

「なるほど、傷口から!」

 

 亜美は、うさぎのとっさの機転に目を輝かせる。

 これまでの妖魔化生物との戦いでは、外部から浄化の力をぶつけてもエナジー吸収によって無効化されることが多かった。それならば、内部から浄化すればよいという寸法だ。

 果たして、その結果は。

 

「……グルゥ」

 

 砕竜ブラキディオス、健在。

 口元からは黒い霧が、未だに這い出ている。

 

「……妖魔じゃない!」

 

 ブラキディオスはうさぎに振り返って姿を認めると、左拳を地面に叩きつけた。粘菌がその地点に零れ落ちる。

 

「くっ!」

 

 砕竜は打ち付けた左拳を軸に身体を浮かし、うさぎの横に回り込む。

 彼女は何とかその動きを追おうと、大剣を持って振り返った。

 

 そこで、衛……タキシード仮面の視界にあるものが入る。

 ちょうどうさぎのすぐ後ろの大地に、付着した粘菌。

 その様子が、明らかに異常だった。

 

 あまりにも変色のスパンが短いのだ。

 緑から黄へ、そして赤へ。ここまで僅か2秒。

 

 ブラキディオスは、虎視眈々とうさぎを見つめて再びステップを踏む。

 だが、その動きはブラフだ。

 うさぎは背後に全く目が行っていない。粘菌の変化に気づけていないのだ。

 それどころか、この差し迫った状況に衛以外誰も気づいていなかった。彼女らも、素早いブラキディオスの動きを追うので精一杯だった。

 

 既に、粘菌は蒸気を発して膨らんでいた。

 あと1秒も経たず爆発する。

 

「うさこっ!!」

「え……?」

 

 次の瞬間、タキシード仮面はうさぎを突き飛ばしていた。

 黒い背広が爆ぜ、炎に包まれた。

 

「が……あ……」

 

 煙を上げて崩れ落ちていく男の身体。

 地面に座り込んだ少女は、それを呆然と見つめていた。

 

「まも……ちゃん……?」

 




今回のブラキディオス、3G、4G、アイスボーンのモーションを全乗せした贅沢バージョンです。ボクサーみたいな動きほんとすこ。
更に彼は妖魔化ではありませんでした。ならいったい何?てとこですが、4辺り経験済みの方ならすぐ分かると思います。

そして衛さん、またカマセみたいな扱いにして申し訳ないと思ってます。……が、割りとタキシード仮面はかなりの確率で敵にやられたり拐われたりとヒロイン役になることがしばしばだったりするのでそこはご愛嬌として。
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