セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて   作:Misma

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爆ぜ開くは紅く、熱い華③

 火山の麓、ベースキャンプにある粗末なベッドに黒髪の青年が寝かされていた。その顔に傷はなく息もしているが、瞼は力なく閉じられている。

 

「まもちゃん……死なないで」

 

 衛は重傷、昏睡状態に陥っていた。

 あの後、うさぎたちは急いで気を失った衛を運び出し、ブラキディオスから逃げた。

 その後は緊急の狼煙をあげ、ギルドに雇われたアイルーたちに、応急処置を施した上で荷車を使い搬送してもらったのだった。

 

「大丈夫よ、衛さんにも守護星の力が宿ってるわ。現に、命に別条はないみたいよ」

 

 亜美が気遣ってうさぎの肩に手を添えるが、彼女は項垂れて表情が暗いままだ。

 

「……撤退した方がいいわ」

 

 亜美は、そう言いだしたみちるに振り向いた。

 

「うさぎがこの調子だと、今後の狩猟に支障が出ることだし──今頃、ブラキディオスも体力を回復してる頃でしょう」

 

 みちるが視線を向けると、空は噴煙で真っ黒だった。

 向こうに見えるのは今も灼熱の川を形成する火山、その上には真っ赤に染まった月だ。時節、火山が爆発する音がキャンプからでも聞こえてくる。

 

「ゴア・マガラが現れたことを知れただけでも収穫はあったわ。ここは退くしか……」

「あたしは、退かない」

 

 言い出したのはうさぎだった。

 目を潤ませつつも既にそこに弱々しさはなく、再びあの竜に挑もうとする意志が確かに窺えた。

 みちるは困った顔をしたが、彼女は迷わず訴える。

 

「そうよ、みちるさんの武器、ロアルドロスのでしょ? それならみんなと同じように武器に戦士の技を乗っければ……!」

「ラギアクルスの時に話したと思うけれど、私たち、あまり狩人の武器は使ってないの」

「……なんでですか?」

「私たちがセーラー戦士である事実を忘れられない、からかしら」

 

 腕を組む彼女は悲しそうな表情をしていた。

 

「私としては、私たちセーラー戦士はあくまで自分たちの世界を護るために戦うと考えるわ。……そう、この世界とは元々何の縁もない。だから貴女たちのやることはできうる限り尊重はするけれど、同じことをしようとは思えないの」

 

 みちるは大人っぽい顔を引き締め、更に厳しく問い詰める。

 

「貴女こそ、あのブラキディオスに仇討ちでもするつもり? そのつもりなら余計にこちらの立場としては止めるしかないわ」

 

 当たり前のことだった。はるかとみちるの使命は、うさぎ──未来の王国の女王を護り元の世界に連れ帰ることにあるのだから。

 

「……ううん。あたしはあの子を恨んだりしない」

 

 みちるの眉が不可解そうに歪む。

 うさぎは、思い出すように視線を下げた。その先で眠る衛は、爆発に巻き込まれたとは思えないほど安らかな表情だった。

 

「実は、前にもこんなことがあったんです」

 

 興味を引かれたようにみちるの瞳に光が煌めく。

 

「妖魔化したイャンガルルガってモンスターを浄化して、それで逃げてくれるって安心してたらまもちゃんが襲われて……本当は、その子は生まれつき争うのが当たり前なんだって」

 

 うさぎは衛の傍に寄り、屈んでその大きい手を握った。

 

「でも、それで分かった。あたしがどんなに銀水晶に祈っても、この世界に既にある生き方とか考え方そのものは変えられない」

 

 恋人と繋がれた白い手に力が入り、その眉が哀しげに歪んだことにみちるは気づいた。

 

「最初はみちるさんたちと同じように自分の考え方とか、こっちの世界のやり方にこだわって戦おうとしてたんです。でも、結局それはこの世界を壊そうとしてるようなもの……デス・バスターズがやろうとしてることと変わらない」

 

 うさぎは衛の手を、名残惜しそうながらもそっと優しくその身体の上に置く。

 彼女は丸太椅子に座ると、傍に置いていた煌剣リオレウスを膝の上に乗せた。

 

 その刃を、手に持った四角形の砥石で研ぐ。

 1回1回気持ちを込めるように、隅々まで錆びを落とすように、丁寧な手つきで。

 やがて研ぎ終えて出来栄えを確認すると、少女は立って大剣を背にしまった。

 

「……この世界と『何の縁もない』なんて、流石に言い過ぎだと思います」

 

 うさぎはみちるの前に立つと、桜色の甲殻の胸当てに手をそっと添えた。

 

「あたしたちはもう、この世界でたくさんの人やモンスターに命を支えて貰ってる。みちるさんも、そこは分かってるでしょ?」

 

 みちるが纏っているのは『ラギアS』と通称される防具。

 雷を操る大海の王者の鱗を溶かし、繋ぎ合わせて製造された鎧だった。

 

「あたしは、この世界のありのままの姿を護っていこうって決めた。だから、その手がかりを掴むためにあのブラキディオスを狩る。それが、最後にはあたしたちの世界も救うって信じてるから」

「うさぎ……」

「みちるさんも協力してくれたら、きっとそこに手が届くと思うんです! まもちゃんの想いを無駄にしないためにも……どうか、力を貸してくれませんか?」

 

 差し伸べられた白い手には、血豆の跡が出来ていた。

 その手をみちるは羨望にも似た眼差しで見つめ、眩しい陽を見たかのように目を細めてうつむいた。

 

「こんな厳しい世界でも、貴女は変わらないのね。どんな相手だろうと、結局は憎むのではなく理解しようとする」

 

 亜美が覗き見たみちるの顔は、どこか寂しそうな色を湛えて笑っていた。

 

「私たちも、そうあれたら良いのだろうけどね」

「……ダメ、ですか?」

「貴女たちの思ってる以上に、私は怖がりなのよ。もしあの人と一緒なら、勝てないと思う相手に立ち向かう覚悟もついたのでしょうけれど」

 

 女性的な優美さと気品を持ちつつも、気高い意志と賢さ、そして芯の強さを持つみちる。

 そんな彼女が、先ほどまでは想像もつかない弱気な表情を垣間見せていた。

 

「みちるさん。実際、こちらに勝機はまだあります」

 

 亜美が、ここに来て初めてみちるに話しかける。

 

「傷から最大限の力を流し込む……うさぎちゃんの発想は間違ってはいないはずです。その方向性を変えてみるんです」

 

 うさぎが、目を真ん丸にして驚いている。

 普段大人しい亜美がここまで熱っぽく語ることは珍しいからだ。

 

「見た限りでも、水属性の攻撃はかなり効いてるはず。みちるさんの強力な戦士の力を武器に宿し、斬り傷からエナジーを爆発させれば、ブラキディオスの甲殻を打ち破ることができるかも知れません」

 

 みちるも、必死に説得しようと語る亜美を凝視していた。

 

「それにこんな感傷的なことを言うと、きっと怒られるでしょうけれど──勝てるかもしれない相手に最大限の力で挑もうとしないのは、その武器に使われたロアルドロスにも……そして、あのブラキディオスにも失礼だと思います!」

 

 みちるの視線は背中に担ぐスラッシュアックスの一種『スプラックス』に注がれた。

 水獣ロアルドロスの水を大量に吸い込むスポンジ状の素材を取り入れ、強烈な水属性の攻撃を可能とした一品だ。

 海色の髪を靡かせる女性は、久しぶりにくすりと微笑んだ。

 

「まさか、貴女たちに狩人の掟を教えられるとはね」

「あっ……す、すみません、あたしったらつい熱くなってしまって!」

 

 亜美が思わず我に返って頭を下げるが、みちるは首を横に振る。

 

「ううん、感心してるのよ。亜美、貴女も随分と見違えたわね」

 

 やがて、彼女は支給品ボックスに向かい応急薬、携帯食料などを取り出した。

 

「……分かったわ、やってみる。一度だけよ」

 

 その一言に、うさぎと亜美は嬉しそうに顔を見合わせた。

 さっそくうさぎは、再び衛の手を素早く取った。

 

「まもちゃん……あたしたち、後は頑張るから!」

 

──

 

 ブラキディオスは、草食竜を仕留めて食っていた。

 硬い甲殻で知られるリノプロスと呼ばれるモンスターだが、爆砕拳の前には無力だったようだ。

 近づくと、彼は気配に気づき振り向く。

 

「ギィエエエエエエエェェェエエエエエエエエンンン!!!!」

 

 再び戦えることへの興奮か、それともしつこく食らいつかれたことへの怒りか。

 緑に戻っていた粘菌が、黄色へと再び活性化する。

 ブラキディオスはうさぎたちに軸を合わせるように後退、角を地盤に勢い付けて突き刺した。

 

「また何かしてくるわ!」

 

 角から前方の地面に亀裂が入る。

 うさぎたちが急いで横に避けると、直後、粘菌の爆発が一直線に連鎖した。

 

「……ガンナーでも安心できないわね」

 

 亜美はボウガンに弾を装填しながら、下から割れ飛び、黒焦げた地面を見つめた。

 ブラキディオスは両拳を突き合わせて威嚇し、闘気を充填するかのようにそれらを舐め回す。

 

「さぁ、それでは反撃と行かせてもらおうかしら」

 

 みちるが初めて取り出したスラッシュアックスという武器は、文字通りの斧の姿をしていた。

 スリットの入った一つの軸を境に、大きい刃と小さい刃が両方に斧の形を成している。

 

 彼女は前進し、砕竜の後ろ脚に斧を叩きつける。更に横に一閃、そして斜め上へと斬り上げ。

 斬撃と共に水飛沫が飛び、黒曜石で覆われた甲殻を削った。

 

「……さて、いろいろと段取りがあるのがこの武器の難しいところね」

 

 そう言いながらも、彼女の武器の扱いは初心者とは言えなかった。

 ブラキディオスの横殴りを躱して腹下に潜行、そこから更にぶんと斬り上げる。

 その滑らかな攻撃の繋ぎに、うさぎも驚きを隠せない。

 

「な……なんかみちるさん、思った以上にすごく武器の扱い上手いんだけど……」

「そういや前に、奇面族の子たちが練習してるって言ってたわね」

 

 そうとは言っても、恐らく彼女にとっては初の実戦である。

 なのに平然と重い武器を扱うさまは、セーラー戦士としての格の違いを見せられているようだった。

 

「とにかく、今は少しでも甲殻に『隙間』を開けましょう!」

 

 亜美は気を取り直して水冷弾を撃つ。

 うさぎは大剣を叩きつける。

 これまで付けてきた甲殻の傷を、もっと広げるのだ。

 そして必殺技を通すための通路を作る。

 

「はあっ!!」

 

 みちるは、斧を縦に振り下ろす。少女の力とは思えない強烈さで甲殻を削る。

 彼女は同時に、自身が持つ柄付近に設置されたビンをちらりと見ていた。

 斧の刃が衝撃を受けるのに従い、それに入った薬液が反応。沸々と蒸気を上げ始めている。

 みちるを相手取っている間に亜美は背後から弾を撃ち、うさぎも視界の外から追撃を加えるため駆け寄っていく。

 

「それにしても一体何なの、このブラキディオス……。これで妖魔化じゃないってんなら何になって……」

 

 設置された粘菌の爆発を横目に見つつ、うさぎは視線を前に戻した。

 ちょうど、ブラキディオスがみちるに向かって頭突きをかましていたところだ。

 だが前を向く彼の視線が、突然、背後にいるうさぎを捉えた。

 

「いっ……」

 

 ブラキディオスは180度振り向き、同時に腕を振り上げる。

 体勢の移行に1秒もかかっていない。

 繰り出されるのは左拳でのストレートだ。

 

「全然隙が無いっ!」

 

 うさぎは慌てて後ろに転がってパンチを避ける。

 相手も、狩られまいと必死なのだ。

 

「隙が無いのなら、作ればいいわ」

 

 みちるは、流れるような動きで閃光玉を投げ入れた。

 うさぎたちが目を塞ぐと、強烈な閃光がブラキディオスの視界を潰す。

 彼は錯乱してますます狂ったように暴れたが、うさぎたちは距離を離したため影響はない。

 

「亜美、シビレ罠を用意して! 動きを封じましょう」

 

 亜美は一瞬、戸惑ったように視線を彷徨わせた。

 みちるが狩人の道具を使うところなど見たことが無かったからだ。

 

「みちるさんが、吹っ切れた……」

「すまないけれどうさぎ、頭の方を貴女に頼めるかしら?」

「は、はいっ!」

 

 頼みを受け、2人はそれぞれ準備に取り掛かった。

 亜美は素早く円盤状の装置を地面に設置し、スイッチを押して電流を張る。

 視界を取り戻したブラキディオスは、先にも増して怒り狂った視線でうさぎたちを捉えた。

 

「く、来るわ!」

 

 真っすぐ拳を振りかざして走って来る紺藍の身体。

 だが、それが少女たちに届くことは叶わなかった。

 

「ググルウッ!?」

 

 モンスターをも足止める電流が、その脚を地面に縫い付ける。

 うさぎはさっそく、ブラキディオスの頭の前で溜め斬りをお見舞いした。

 無防備な頭に一筋の傷が入る。

 

 一方みちるは、スラッシュアックスの持ち手の近くにあるレバーをカチリと引いた。

 すると軸に合わせて大きい刃が下方にスライド、反対側にあった小さい刃が先端を中心として半回転。

 さっきまでは下側に向けられていた切っ先がひっくり返り、鋭い金属製の輝きを露わにした。

 2つの刃は合体し、一つの剣の形を成す。

 

 これが、スラッシュアックスの隠されていた第二の形態である。

 

 みちるはその大剣にも似た形の刃を、相手の後ろ脚目掛けて二連で叩きつける。

 先の衝撃により武器に備わる水属性エネルギーがビンから補填された薬液によって強化、水の爆発がより一層激しいものになる。

 このビンの薬液の効果を載せた斬撃こそ、『剣状態』の強み。 

 斧の状態よりも甲殻が早いテンポで削られ、砕けていく。

 

 やがて効果時間を超えたシビレ罠は、ひとりでに爆散した。

 かなり攻撃が効いたのか、ブラキディオスはみちるに標的を変更した。

 

「フウウウッッ」

 

 1度目は、右拳による力任せのストレート。

 みちるは相手の腹下に潜り込み、爆破を背後に脚を切り裂く。

 

 2度目の殴打は左拳による横殴り。

 だが、今度も拳はみちるの後ろを通過するだけで当たらない。攻撃を続行。

 

 3度目。砕竜もこのままでは当たらないと判断してかステップを踏み、右から横殴る。

 だが、みちるは既にその軌道を読んで右拳の攻撃範囲から逃れていた。

 

 4度目。次は左拳で真っすぐ追撃する。

 一連の連撃は爆発と共に凄まじい覇気を放っていたが、みちるは武器を構えたまま転がり、爆破をも見事に避けきってみせる。

 

 締めにブラキディオスは正面へ頭突き、前方の地面を爆破で一掃した。

 だが、その時少女は既に後ろ脚の近くにいる。

 隣で連鎖する爆音にも怯まず、その時々により一番己に近いところを剣で斬っていく。

 その時には既に彼女の武器からは薬液が染み出し、雷にも似たエネルギーの光が迸り始めていた。

 

「何あれ、すごい……!」

「スラッシュアックスには『高出力状態』というものがあると聞くけど……まさか、そこへ持っていこうとしてるの?」

 

 うさぎと亜美は、みちるの持つ未知の武器に驚きを隠せなかった。

 

 彼女が必殺技を放つには、蒸発した薬液の効果が剣斧全体に染みわたり、なおかつその薬液が斬りつけたモンスターの体液と十分に化学反応を起こしている『高出力状態』になっている必要がある。

 前者は斧状態での斬撃による衝撃で、後者は剣状態による連撃で溜まる。

 この両方が揃った時こそ、ブラキディオスに致命傷を与えられるチャンスである。

 その状態を目指し、みちるは剣斧を扱っていたのだ。

 

──

 

 狩猟が始まってからどれくらい経っただろう。

 本来人間が来るべきでない溶岩地帯に加え、狩猟という一つも気が抜けない環境。

 相手の身体に確実に傷は付いていくが、少女たちの体力も削られていく。

 そして、壁はそれだけではなかった。

 

 みちるがブラキディオスを睨み、時のことだった。

 突然、彼がそっぽを向いて腕を舐める。

 次の瞬間、紺藍の竜の姿はその場から消えていた。

 みちるは動きを止め、跳んでいく砕竜の動きを目で追いかけた。

 

「わあああっ!?」

 

 ブラキディオスは滑らかな動きでうさぎたちに跳びかかっていた。

 両拳が地面を直撃、爆発する。

 

「うさぎ! 亜美!」

「だ、大丈夫でーーす!!」

 

 悲鳴を上げた彼女たちの回避が何とか間に合っていたことに、みちるはやっと胸を撫でおろす。

 しかし離れた砕竜の後を追っていく間に、先ほどまで漲りつつあった刃の輝きは衰えていった。

 これがスラッシュアックスの難点であり、乗り越えなければならない大きな壁だ。

 攻撃が出来なければ薬液の効果は落ち、『高出力状態』からは遠ざかっていく。

 

「自分が集中して狙われないというのも、考え物ね」

 

 みちるは複雑な表情で武器の刃に宿る金属の輝きを見つめていた。

 積極的に攻めなければ勝利からは遠ざかり、だからといって攻めすぎれば攻撃を浴びせられる確率が急激に上がる。

 ただでさえ動きについていくのがやっとなのに、今はそこに加えて武器の状態までも考慮せねばならない。

 

 運悪いことに、ブラキディオスはあらゆる面で隙が無かった。多彩な打撃技、素早い身のこなし、不安定な動き。そして粘菌の爆発がこちらの攻撃を阻む。

 何よりも厄介なのが、標的を臨機応変に変える習性だ。

 みちるを狙っていたかと思うとうさぎに殴りかかり、そこから亜美を狙って頭突きしての一直線爆破を仕掛けてくる。

 このような一連の動きは全く先が読めない。3人が同時に相手するため、狙いが複雑化しているのだ。しかも加えて、狂ったように虚空を攻撃することもある。

 だから、思い切って攻められない。少しでも読み違えば、剛拳と爆発の直撃が待っている。

 

「……あと一歩なのに」

 

 みちるは、またしても衰えてゆく自身の武器の輝きを口惜しげに見つめた。

 

「そうだわ!」

 

 亜美は何かを思いつくと、突如毒弾を装填し直しブラキディオスに撃ちこむ。

 そして。

 

「亜美!?」

 

 彼女はわざわざうさぎたちの近く、つまりブラキディオスに近付いたのだ。

 毒を注入されたブラキディオスは、ぐるんぐるんと首を振って、痺れるのか舌を振って涎を撒き散らす。

 

「危険よ、下がって!」

 

 ハンターとなってから日が浅いみちるでも、これが愚かな行為であることはすぐ理解できる。

 ガンナーの防具は身軽さを追求しているため、剣士よりも防具の防御力が低いのだ。

 つまりいま亜美が行っているのは、れっきとした自殺行為なのだ。

 しかし、彼女は堂々と叫ぶ。

 

「うさぎちゃん、そっちには行かないで! 粘菌がもう爆発しそうだわ! みちるさんは左です、そっちにはまだ粘菌がありません!」

 

 その意図に気づき、みちるは目を見開いた。

 

「亜美、貴女……」

「あたしはうさぎちゃんの近くで指示役に徹します。こうすれば、あちらの狙いも分散しにくくなるはずです!」

 

 彼女はうさぎの攻撃に当たらない程々の距離を取りながら、付き添うように行動している。

 確かに、これなら相手の狙いは複雑化しない。

 

「……助かるわ!」

「さっすが亜美ちゃん!」

 

 ブラキディオスの標的はやがて、うさぎとみちるの2人に絞られた。

 彼女らは、亜美の指示を受けて的確な位置へと逃げつつ立ち回る。

 そうなれば後はターン制だ。

 相手がもう1人を攻撃している間にこちらが背後から一撃離脱という、分かりやすい流れが出来上がる。

 

 みちるは斧から剣へ、剣から斧へと絶え間なく変形を重ねながらブラキディオスの甲殻を切り裂いた。

 それを繰り返すうちに、剣斧の属性エネルギーの輝きも取り戻され、むしろ勢いが増していく。

 

「恐らく、あと一撃……」

 

 そんな中、頭に無数の傷がついたブラキディオスはゆっくりと後退った。

 弱った身体で攻撃を食らうことに怖れたのだろうか。

 それまでの雄姿からは想像もつかない鈍い動きだった。

 

「よし、毒弾をそろそろ撃ちこまないと!」

 

 亜美はその隙を見て、立ち止まってボウガンを装填する。そこで、前で動くうさぎと少しだけ空間の隙間ができた。

 みちるはふと違和感を感じ、ブラキディオスを見た。

 彼の視線は、亜美を真っ直ぐに捉えている。

 

「いえ、これは……亜美、貴女狙われてるわ!」

「えっ」

 

 隙を晒したと見せかけ殴りかかるのは、ブラキディオスの常套手段。先ほど、ネプチューンに変身していたみちるもそれにやられたのだ。

 

 左拳が素早く振り上げられた。直前まで気配を悟らせぬ、恐ろしく鋭い動きだ。

 みちるは咄嗟に剣斧を砕竜の脚に振りかざす。

 刃は、甲殻の傷に少し掠っただけだった。

 攻撃の直前になって、砕竜の視線は亜美からみちるに移る。

 

「くうっ……」

 

 次の瞬間。

 まるでこの時のためだけに取っておいたような、瞬速の拳。

 亜美に向かうはずだったその軌道が、ぐるんと回ってみちるに直行する。

 この距離ではとても回避が間に合わない。

 

「っ……!!」

 

 武器を盾にしかけたが、爆発をまともに受ければ機構の破片を浴びる。

 思わず、みちるは反射的に目を瞑った。

 

 炸裂音は鳴った。

 が、衝撃の方は来なかった。

 

「ぐっ……」

 

 目を開けると、うさぎが、爆砕の拳を大剣で受け止めていた。

 だが、本来大剣は盾として使うものではない。

 いとも容易く吹っ飛ばされる少女の身体。

 地面に転がった彼女は、苦しげに呻きつつも何とか立ち上がる。

 

「うさぎ! 貴女……」

「みちるさんの決意を、無駄にしたくないから!」

 

 みちるははっとして、金髪の端が黒焦げた少女の叫びを聴いていた。

 純粋な、どこまでも蒼い瞳を彼女は光らせていた。

 

「みちるさんが何を隠してるかとか……全っ然分かんないけど! それでも、はるかさんとの約束を破ってまであたしたちを信じてくれたみちるさんを、あたしも信じたい!!」

 

 みちるは、目を奪われていた。

 間髪入れず、ブラキディオスは角を天高く持ち上げる。

 先刻のように角から粘菌を地面に送り込み、周囲を丸ごと吹っ飛ばすつもりであろう。

 

「お願い、間に合って!」

 

 亜美が腹下に滑り込み、地雷型弾丸をブラキディオスの腹下に設置する。

 そして彼女の頭上を通って頭角が地面に接地した、その時だった。

 

「シャボン・フレージング・ゲイザー!」

 

 青髪の少女が腹下を滑り抜けた瞬間、地雷は爆発する。

 溶岩をも凍らせる程の超低温の冷気が放出される。

 

「グガアアアッッ!?」

 

 それに当てられたブラキディオスの身体が、下側から凍り付く。

 

「あっ、みちるさん! それ!」

「はっ……」

 

 気づくと、みちるの剣斧『スプラックス』がそれまでに見たことのない明るさで光っていた。

 それは彼女の髪くらいに明るい海色に瞬き、まるで、持ち主を祝福するかのようだった。

 

「まさか、さっきの斬撃で……」

「今よ!」

 

 うさぎの声を受け、みちるは頷き、波打つ髪を揺らして駆けていく。

 ブラキディオスの憎々しげな顔を前にし、彼女は一瞬セーラーネプチューンの姿へと変わる。

 砕竜は負けじと拳を振るったが、冷気により勢いは緩んでいた。

 海王星の戦士は拳の上を蹴って放物線を描いて跳び、ブラキディオスの頭部へと着地。

 

「グガアアア……」

 

 砕竜はヒビの入った拳を振るうも、頭上には決して当たりはしない。

 彼女はその手に、虹色の光と共に『スプラックス』を呼び出した。

 剣の形をしたそれは、刃に水を含んだ輝きを漲らせていた。

 

「ディープ……」

 

 狙うべきは、ブラキディオスの頭にできた甲殻の大きな亀裂だ。皆が協力したことで、何とか開かせた通路だ。

 水の滾った切先を、そこに真っすぐ突き入れる。刃が深々と黒曜石に穴を開ける。

 

 零距離で水属性エネルギーを解放。

 武器が持つ水属性エネルギーと自身の守護星の力、そこにビンの薬液による補強効果を乗算。

 ブラキディオスの甲殻は強烈な水の輝きと反応し、遂に限界に達する。次々と、甲殻に波紋が広がるように亀裂が走る。

 

「サブマージッ!!」

 

 赤茶色の渓谷に、一瞬、津波が巻き起こった。

 今までのどの狩りよりも激しい水の爆発だった。

 うさぎたちに、水滴が雨のように降り注いだ。

 水滴が火山の熱で蒸発、霧となる中、ブラキディオスはまだ立っていた。

 揺らぐ蒸気のなかに、甲殻の割れた頭をふらつかせている。

 

「グオ……オォ……」

 

 粘菌のすっかり無くなった拳を、視線も定まらぬまま振り下ろす。

 拳はみちるに当たることなく、虚しく地面へと落ちる。

 

「……」

 

 うさぎたちが無言で見守るブラキディオスの顔は、甲殻が剥げて凸凹だらけだった。

 彼は腕で何とか上体を持ち上げようとするも、傷だらけの拳はもはやそれだけの力を持たない。

 そのまま、身体が沈み込んだ。

 

「ヴオ゛オ゛ォォォ……」

 

 弱々しくなっていく鳴き声。やがて彼から息遣いがなくなっていく。

 最後の最後で狂気から解放されたのか、静かに、穏やかに、ブラキディオスは瞳を緩ませて閉じた。

 




スラッシュアックスの描写、大辞典Wikiやいろいろな動画を参考に書き込んだけれどちょっと細かすぎたかもしれません…。
何はともあれ、ブラキを倒したけれどこれでXX以前までの古龍以外のメインモンスターは1体を除いて書ききったことになります。
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