セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて 作:Misma
「みちる。今日はいつもより一段気を引き締めていこう」
砂原の砂漠地帯『エリア8』に足を踏み入れて少し歩いた時、はるかが呟いた。
彼女は白い装甲と毛皮で覆われた、騎士の鎧を思わせる装備『ベリオシリーズ』を着用していた。
果たし状に書かれていた決闘の時間までは少し余裕がある。
それでも麗人の碧眼は鋭さを寸分も失わず、太陽に焼かれる不毛の丘を注意深く見渡していた。
「凍土の時と同じか、それ以上に風が騒がしい」
凶暴竜イビルジョー。
ウラヌスとなった彼女をも捕食しかけた、異常存在。
その時身体を踏みつけられた痛みを思い出すように、はるかは白い胸当てを撫でる。
「あら。今になって怖気づいたの?」
「進んで認めたくはないけど、ね」
言葉を濁しつつ彼女は苦笑した。
「私も火山で同じような目に遭ったけれど、怖くはないわ」
はるかが導かれたように顔を上げると、みちるは既に先を行っていた。
振り向いた彼女は微笑みながら続ける。
「だってあのうさぎたちが、この世界に負けないほど逞しくなってるって分かったんですもの。貴女もそう思わない?」
はるかはそれを受け、目を細めて前回の調査とその結果を振り返った。
レイ、まこと、美奈子は『狩人の勘』でイビルジョーの危険性を察知し、無謀よりも撤退を選んだ。
うさぎと亜美は僅かな勝機を見逃さず、衛を負傷させた強者、ブラキディオスにさえ立ち向かった。
「……逃げることも、野生の世界では逞しさの一つか」
それぞれ選んだ道は真逆だったが、彼女たちには共通点がある。
一貫して、この世界の狩人としての信念と知識に従って行動していたということだ。
結果的には、凍土に行った者たちは妖魔化の情報をいち早くギルドに伝えたことで。
火山に行った者たちは狂竜ウイルスの存在という隠された真実を明らかにしたことで。
それぞれの形で、この一連の事件の解明に貢献したのだ。
「たとえ私たちがこの地で斃れたとしても、きっとあの子たちが使命を引き継いでくれる。私たちが本来やろうとしていた方法より、もっと善いやり方で」
「……それなら、安心して戦えるな」
「えぇ。だから、たとえどこだろうと一緒よ、はるか」
いつの間にか、2人は手を繋いでいた。
みちるの呼びかけに、はるかは黙って頷いていた。
──そこに、上空から拍手が鳴る。
「ブラボ~ブラボ~、感動したわぁ〜。そんな御大層な想いを抱いてらっしゃったなんてね」
両者はすぐさま鋭い目つきを、声のした方を見上げる。
大蟻オルタロスが巣を作るために土を積み重ねることで出来た、高さ5m以上はある漏斗状の蟻塚。その上に、赤い服を着た女性が立っていた。
「……ユージアル!」
「久しぶりね、御二人とも」
「あぁ、お前からすれば前世ぶりといったところか?」
「あの脅迫状の内容は信じて良かったのかしら。もし私たちを呼び出してるうちに何か企んでるなら……」
はるかとみちるはそっと繋いだ手を離すとその手で懐から変身ロッドを取り出す。
彼女たちはそれを掲げ、一瞬にして守護星の加護を受けたそれぞれの姿、セーラーウラヌスとセーラーネプチューンに変身した。
彼女たちは既に中腰に構え片方の掌を広げている。いつでも攻撃は出来るという意思表示である。
「脅迫状とは人聞きの悪い。安心しなさい、あの果たし状に書いてることは本当よ。むしろもう一つ、みんなが幸せになれるプランを用意している」
「ほう、そのプランとやらをお聞かせ願えるかな」
低くドスの効かせた声でウラヌスが続きを促す。
しかし、ユージアルも決して余裕ある表情を崩さない。
「我々としても無駄な損失は避けたいものでね。そこで提案だ。お前たちがこちらにプリンセスを差し出してくれるなら、これから先見逃して……」
「断る」
「そんな要求、呑むと思って?」
言うまでもなかった。
彼女らにとってその提案は挑発も同じであった。
それに対しユージアルはしばらく黙っているように見えたが、実際はくつくつと腹の底で静かに笑いを噛み締めていた。
やがて彼女はあはははは、と感情を表に出して大きく笑いこけ始める。
「何がおかしい?」
「嬉しいのよ、断ってくれて!!」
突然喜々と叫んで目を見開いた彼女の瞳には、狂気すら垣間見えた。
「ここは仮にも幹部として示しはつけとこうってしてたところなんだけどねぇ、本当は今すぐにでもお前たちをぶっ飛ばしてやりたかったの! これからあんたたちが苦しんで死ぬところがこの目で見れるのよ!? そんなの気分良くないわけないでしょうがッ!!」
最初にあった冷静さなどどこかへかなぐり捨て、ユージアルはウラヌスたちを指さし叫ぶ。
直後、彼女たちから少し離れた砂地でどぉん、と爆音を立てて砂が巻き上げられた。
そこから戦士たちに向け、凄まじい量の砂煙が尾を引いて迫ってくる。
「ネプチューン、避けろ!」
「ええ!」
彼女たちが飛びのいた地点を突き破り、大地の下より現れるもの。
飛び出し、2人を吹き飛ばそうとしたその巨影は。
「これが、今回のお相手よ。お前たちにとっては感動の再会ね」
2人の戦士は、それを一目見て息を呑んだ。
砂漠の暴君、ディアブロス。
好戦的な性格で知られる、翼を持ちながら地上と地中を中心に活動する飛竜。
本来は砂色の甲殻に覆われているはずだが、今はなぜか青黒く変色している。
何よりも目が行くのは、襟巻がある額に生え、本種を特徴づけるねじれた『双角』。
かつてその右角はウラヌスが宝剣で砕いたはずだが、それがはいまでは、左角と同じ長さまで再生していた。
だが、それが表す風貌は明らかに『元通り』ではない。
すらりと1本なだらかに湾曲する左角に対し、それは根元から複数本に分かれ、ばらばらにねじれた剣山を伸ばしているのだ。
その様を一言で言うなれば、顔半分が歪に育った異形の類。
「……まるで鬼か、悪魔ね」
ネプチューンの言葉をもってしても、自分たちの前にいる怪物はあまりに醜く、直截的で、暴力的だった。
「私のダイモーン、ディアブロスちゃん! その角であいつらの澄ました面に穴を開けておしまい!!」
そう呼ばれた生物──妖魔ディアブロスは斧の形状をした尻尾を地面に叩きつけ、鋭い牙の下から低く唸った。
角の下に埋もれかけた双眸に宿るのは、どんよりと暗く濁りきった血のような赤色。
負けることなど考えもせずウラヌスたちに挑んできたあの自信に満ち溢れた眼差しは、今やどこを探しても見当たらない。
2人のセーラー戦士はその変貌ぶりに若干気圧されつつも、完全に圧倒されることはない。
むしろウラヌスは表情を引き締め、掌を金色に光らせる。
「相手はあくまであのディアブロスだ。前回と同じ、遠距離主体で戦えば問題ないはず」
ネプチューンも同意して頷いた。彼女も守護星の力を借り、掌に水を宿らせる。
間もなくして強烈なエナジーの漲った光球が出現した。
彼女たちはそれを天上に掲げる。そして妖魔ディアブロスが姿勢を低くし、翼を広げて脚に力を込める瞬間を待つ。
ディアブロスの主な武器は、双角を振りかざしての突進。遠くから魔法を撃ち込むセーラー戦士に、当たる道理はないのである。
位置から見ても十分に距離はあり、尻尾を振り回したとして当たらない。突進を行ってくることはもはや確定的だった。
「ウオオッッッ」
しかしディアブロスは突然上半身を持ち上げ、異形の右角を振り上げた。
「っ!?」
異変を感じ取ったウラヌスとネプチューンは、咄嗟に飛びのく。
直後、剣山が彼女らの立っていた大地を真っ直ぐ、深く串刺しにする。
数秒前には10mは離れていた角が、今はすぐ目の前にあった。
「ウラヌス、前と同じ感覚で挑んではいけないわ!」
「……どうやら、そのようだな」
本来なら走って詰めるべき距離を、彼は頭を振りかぶることで潰してきたのだ。
1秒でも反応が遅ければ、角の先が胸を貫通していたかもしれない。
早くもウラヌスはネプチューンと目配せし、距離を先よりも遠く離す。
即ち、
「さぁ、どうだ!」
ウラヌスの叫びに応えるように、妖魔ディアブロスは低く身体を構え翼を広げる。
今度こそ、突進の合図だ。
占めたと彼女らは光球を掌に構え、今度こそはと発射する。
確かに、突進はした。
しかし彼が突っ込んだのはウラヌスとネプチューンに向けてではない。
全く見当違いの方向にだ。
相手を迎え撃つはずだった光弾は今度も軌道を外し、虚しく爆発する。
「外れた!?」
彼女たちは再び技を放とうとしたが、その前に妖魔ディアブロスは突進を折返し、本命に凄まじい速度で突っ込んでくる。
「グオオオッ」
彼はある一点で踏み止まると、先と同じく角を一気に突き刺しにかかる。
ウラヌスたちは見事にこれを躱したが、かなりギリギリの範囲だ。
これで早くも、遠距離主体で戦うという甘い見通しは通じないと判明する。
「それなら、至近距離からよ!」
ウラヌスはネプチューンの指示の意味を汲み、右手を空へと伸ばす。
聖なる光と共に、
中距離に近付いた妖魔ディアブロスは、双角を横薙ぎに振り払いつつ前進、彼女らに迫った。
ウラヌスは背を低く屈めて腹下へと転がり込む。
そこで、宝剣スペースソードを振りかざした。
「スペース・ソード・ブラスター!!」
弱点であろう腹をめがけ、高周波のビームを連続で飛ばす。
下位のモンスターなら致命傷、そうでなくとも深い裂傷を負わすことができる必殺技だ。
しかし、妖魔ディアブロスは怯まない。
傷も浅いままウラヌスを睨んで身を屈める。
「くっ……」
そこから繰り出されたタックルをバク宙で避け、踏み出されていた脚へと再び斬撃を食らわす。
上手く腱を断ち切ってやれば、大抵の生き物は転倒して動けなくなる。高周波による超震動ならそれも容易なはずだ。
しかし、妖魔ディアブロスは怒りすらしない。
身じろぎすらもせずセーラー戦士だけを見つめ、ただ黙っていた。
以前の猪突猛進さは完全に鳴りを潜め、代わりに冷徹な眼差しが彼女を追い続けた。
「本当にこいつは、前に戦ったヤツなのか!?」
一通りの攻撃を終えたウラヌスが宝剣を携え、ネプチューンの元に戻る。
ちょうど彼女は手鏡状の
「あのディアブロス……デス・バスターズから与えられた妖魔の力と彼自身の負のエナジーが結びつき、ほぼ同化しているわ」
「……なるほど。僕たちへの復讐のためだけに、悪魔に魂を売ったというわけか」
妖魔ディアブロスはウラヌスとネプチューンを見つめたまま、不気味なほど長い沈黙を保っている。
その行為はまるで、彼女たちの攻撃を待っているかのようにも見えた。
蟻塚の上にいるユージアルは、諸手を広げて叫んだ。
「あははは、いい気味!実に愉快!まさに私は、このときのために転生してきたのよ!」
ウラヌスはネプチューンとアイコンタクトを取り、掌に浮かべた光球を振りかぶる。
その狙いはディアブロス──
ではなく、ユージアルだった。
放たれた攻撃は、蟻塚の上へと大きくカーブを描く。
「そう来るだろうと思ったわ、私を倒せばすべて解決だろうってね」
彼女は軌道を読み、当たる直前に隣の蟻塚へと飛び移った。
「でも、甘い甘い甘い! 前のようには行かないわよっ!!」
そう叫びながら続いて取り出したのは、それまで背負っていた掃除機に似た装置。
彼女は吸引口に当たる部分を空に向け、持ち手付近にあるスイッチを押す。
「さぁ、私のダイモーンよ!もっと怒りと憎しみを開放なさい! そしてもっと、私に素晴らしい景色を見せてちょうだい!」
すると、筒から晴天に向かって炎が真っすぐ噴出した。
ディアブロスは主の命に従うように、それを視界に入れる。
途端、目の色が明らかに変わった。
「ギィヤ゛ア゛ア゛ア゛ア゛アアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」
彼は天を見上げ、絶叫する。
ウラヌスとネプチューンでさえ、その大音量に屈んで耳を塞ぐこと以外は許されない。
砂漠の暴君の濁っていた目は、口から吐かれる黒い吐息のなか、燃え盛るような憤怒の色に。
青みがかった甲殻の表面に、薄っすらと血管のような紋様が浮かび上がる。
「……どうやら、あの炎で無理やり怒りを呼び覚ましたようね」
「やはり、結局はデス・バスターズの支配下ってわけか」
音圧が下がってきたころにやっと2人の拘束が解放され、戦いは第二段階に突入した。
ウラヌスは宝剣を携え、もう一度接近戦を試みる。
彼女の存在に気づいたディアブロスは角を突き上げつつ素早く距離を詰めてきたが、これは難なく躱す。
「背後からなら……どうだっ!」
狙いは、先ほども斬撃を入れた左脚。
巨体を支える踵めがけて、剣を振りかざす。
「ウラヌス!」
様子を見ていたネプチューンの呼びかけが聞こえた。
ウラヌスが見上げると、ディアブロスは既に首をこちらに傾け、力を込めるように頭を震わせていた。
彼女が攻撃を中断して飛びのいた瞬間、左角が、周辺の地盤をナイフで切るように鋭く斜めに抉り取る。
亀裂が入り砕けた砂地にウラヌスは足を取られたが、何とか受け身を取って十分に距離を離し、ネプチューンの前に再び立った。
「パワーが増している……!?」
ディアブロスは続いて、斧に似た形状の尻尾をぶん回し縦方向に叩きつけた。
砂と共に、地中に埋まっていた岩が空中まで巻き上げられる。
それが飛んで行く先はちょうど、ユージアルの立っていた蟻塚だった。
「わっ!?」
岩は蟻塚に直撃、根本から破壊する。
崩れ落ちかけた蟻塚からユージアルは慌てて高く跳躍し、そこで大きく叫んだ。
「セルレギオスちゃんっ!」
太陽を横切り、翼を翻す生き物の影。
ユージアルの身体は、金色の飛竜の背に受け止められた。
「あ、危ないわね。ちゃんと周り見なさいよ!」
妖魔化した千刃竜に跨ったユージアルはそう毒づくと、彼を蟻塚のあった位置より高い位置に飛ばせた。
こうなると、ウラヌスたちからは遠すぎてまるで手が出せない。
「あらかじめアイツを潜ませていたとは、抜け目のないヤツだ」
とにかく、これでユージアルを狙うという手段は取れなくなった。
ウラヌスはそのことを悔しがっているようだが、ネプチューンは別のことを気にしていた。
「でも、さっきのまるで主すら気に掛けない様子……。本当の意味で制御されてると言えるのかしら」
ユージアルはやっと安心しきって一息つくと、一際大きな声で怒鳴った。
「もうお遊びは終わりよ! アレでちゃっちゃと片づけて頂戴!!」
彼女は耳にねじ込んだ耳栓を抑え、自身の乗るセルレギオスを更に上空へと飛行させる。
「何をする気だ?」
ウラヌスはネプチューンと共に警戒し、身構えつつ後退った。
直後。
ディアブロスが息を吸い込み、首を持ち上げた。
「ギィヤ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛アアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァ……!!」
再びの絶叫。
遠くからでもそれは空気を伝わって届き、ウラヌスとネプチューンの耳をつんざく。
「ぐっ……」
歴戦の猛者である彼女たちすらも、これには耳を塞ぐしかなかった。
見えない鎖に縛られる、魔の時間だ。
音圧が下がりかけ、再び目を開いた。
そこで彼女らは異変に気づいた。
「ッッッッッッ!!!!」
声を張り上げていたディアブロスが、すぐさま姿勢を変えた。
その赤く充血した瞳が、自分たちを捉えていた。
低く身体を構え、脚を折り曲げ、人で言えば腕に当たる翼を地につけている。
「……はっ!」
セーラーウラヌス、そのもう一つの姿である天王はるかにとって、その姿勢には見覚えがあった。
彼女がかつて制覇した陸上の世界では何度も見ていた。
選手が走り出す直前に並んで行う、あの構え。
それと恐ろしいほどに酷似していた。
尻尾が、何かを告げるように地面を叩き鳴らす。
「ネプチューッ……!」
爆速で駆け抜けた双角が、その叫びを途中で掻き消す。
何かにぶつかる音を残し、砂塵が彼の行く背後を舞い上がった。
復讐に囚われし暴君、妖魔ディアブロス。
怒りの狂奔に絡めとられた戦士たちの行方は果たして。