セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて 作:Misma
「おねーちゃん、できたー!」
ココット村の一角の木の下で、幼い少女が可愛らしい白い小さな花を編んだ花輪を取り上げて見せびらかした。
「まあ、すごいわ!とてもよく出来てるじゃない!」
それに顔を綻ばせ手を叩いたのは、亜美だった。褒められると少女は「えへへ」と照れて顔をくしゃっとさせた。
「すごいじゃないの!うさぎなんかよりよっぽど手先器用ねぇ」
「レイちゃん?その言葉は余計じゃない?」
花と茎で出来た謎の塊を手にしたうさぎが笑顔を引きつらせているところ以外は、至って平穏な雰囲気が漂っていた。その少女の隣では、母親がその様子を暖かい視線で見守っている。
この少女は、以前うさぎたちがコミュニケーションを試みたが怖がって逃げた娘だった。あれから少しずつ誤解も解けて、一緒に遊ぶ仲にまでなった。
まだ完全に言葉が通じるわけではないが、あのうさぎの無邪気さがいい方向に作用している証拠だった。
「お嬢ちゃんたちもどうだい、そろそろこの村にも慣れてきたかい?」
「ええ。村の皆さんが親切にして下さるおかげです」
母親の問いに、亜美が答えた。言語に関しての物覚えは彼女が一番ダントツで早く、話しかけてきた村人に一番答えているのも彼女だった。
「……初めて会った時は、悪いことをしてすまなかったね。あんたたちのことをよく知らなかったから、噂の魔女かと疑ってかかっちまった」
「今更の話よ、おば様!もう私たち村の仲間なんだから、そんなこと気にする必要なんてないわよ!」
うさぎは、未だに目の前の課題と格闘しながらも笑顔で答えた。
一方でレイは、彼女の言葉尻に気になるところがあるようだった。
「前からよく聞きますけど、その『魔女』ってどんな奴なんですか?」
「うちの旦那が持ち込んできた噂話だから本当か分からないけど、ここから遠く離れた森の中に家を築いてそこに居座り、変な器械で森を切り開いたりモンスターを捕まえたりしてるらしい。まあ、馬鹿らしい話だけど」
「……そいつらは、性別は女なんですか?どんな力を使ったりとかは」
レイが突っ込んだ質問をするとうさぎと亜美はぎょっとした表情をし、母親は訝しげな顔を見せた。
「さあねぇ。私が言った以上のことは分からないよ。えらく興味があるんだねえ」
「あっ、いえ。あたしたちが間違われるくらいだから、その魔女たちも似たような人たちなのかなー、て思ったのでー……あはははは」
レイがそっぽを向いて頬を掻いていると、少女は近くに落ちていた細い枝を拾い上げ、立ち上がってそれを剣のように見立てると、そのままうさぎの頭上に振り下ろした。
「まじょなんか出てきても、ハンターさんがまっぷたつにするんだから、えーい!」
「あ、あたしは魔女じゃなーい!」
「あんた、やめなさい!失礼でしょうが!」
止めに入った母親に、亜美は苦笑した後に村の風景を何かを探すようにざっと見回した。
「そういえば、さっき仰ってたお父様の姿が見えませんけど、今はどこにいらっしゃるんですか?ずっと前からお二人だけですけど……」
何気なく出た質問に、子を止める母の肩の動きがぴたりと止まった。
「あぁ、それは……」
母親が少しためらって黙っていたところに、少女が口を開いた。
「おとうちゃんはね、このまえ、きりから出てきたきずだらけのランポスにくわれたの」
────
その日の夕食は、この村の特産、ココット米と『ベルナ村』なる村から仕入れたチーズを使ったチーズリゾットだった。
談笑していた途中で、亜美がふとスプーンを持つ手を止めた。
「そろそろ、外に出てみない?」
「どうしたのよ、急に?」
うさぎが、口に入れようとしていたチーズの零れるスプーンから顔を上げて言った。
「あたしたち、ここに来てからもう1ヶ月にもなるわ。そろそろもとの世界に戻る方法を探したほうがいいと思うの」
「あっ、そんなに経ってたっけ?」
軽く驚いてうさぎがレイの顔を見ると、彼女は黙って頷いて答えた。
「そっかぁ。でも、確かにそろそろ行かなくちゃかもね。で、どうやって探すの?」
「あたしたちがハンターになるの」
その一言を聞いて、いまリゾットを呑み込もうとしていたうさぎは驚きのあまり喉を詰まらせかけて、胸をどんどんと叩いて激しく咳き込んだ。
レイも、思わず目を見開いて亜美に振り向いた。
「な、なんでよ!?」
「狩猟のついでにこの世界について調査して、もとの世界への脱出方法を探すの。危険な仕事だけど、ハンターになれば取り敢えずこの世界で暮らせるだけのお金はもらえるし、村の外に出るにはうってつけの仕事だわ」
未だに動揺しているうさぎに対して、レイはひとしきり考えたあとは冷静な表情を見せていた。
「……確かに、合理的ね。あたしたちの戦士の力を使えば、あの重そうな武器でもなんとか担げそうだわ」
「ダメ。そんなのできないよ」
唯一険しい顔をして反論したのは、うさぎだった。
「あたしたち、愛と正義のセーラー戦士だよ?邪悪な敵と戦うための力を、何の悪意もない生き物に向けることなんて、あたしはしたくないしみんなにもしてほしくない」
「うさぎちゃん、あくまであたしたちは手段としてハンターという仕事をするだけで、戦士の心を捨てるわけじゃないわ。むしろ脅威から人々を護るという点では、セーラー戦士にも共通したところがあると思わない?例えば、今日のあの子のお父さんみたいな人を守れるかも知れない」
うさぎは、はっとした顔をして、なにかを迷うように固まった。
彼女は椅子から突然立ち上がると、顔を見せずに玄関に向かった。
「ごめん……ちょっと頭冷やしてくる」
2人は立ち上がって呼び止めようとするが、ルナが彼女らの前に飛び出し、腕を上げて制止した。
「今は、そっとしておきましょう」
────
うさぎは満月に見下ろされながら歩き、物思いに耽っていた。
ふと見ると、仄暗い村の景色に一つの光が揺れながら動いている。その正体を、うさぎは知っていた。
「おじいちゃん」
それは、彼女たちと最初に出会った老ハンターだ。慣れ親しんだ今は、こんな砕けた名前で呼んでいる。
「うさぎか。どうしたんだ、こんな遅くに」
手に持ったランタンで薄く顔を照らし出されたうさぎは、ハンターの顔を見て少し何かを考えた後に口を開いた。
「今、ちょっと話してもいい?」
2人は村の中でも高い丘の近くに赴き、腰を下ろした。
「どうだ、最近の調子は?」
「うん、大丈夫」
「ふむ……どうやらその言葉は本当みたいだな」
ハンターは胡坐をかきながら感心したように、髭が生え揃った四角い顎に手をやった。うさぎは最初その意味が分からず首を傾げていたが、
「改めて思ったが、言葉が様になってきたじゃないか。『石』やら『草』やら元気にさえずってた時が懐かしいな」
思いがけなく恥ずかしい過去を掘り返され、うさぎは頬を小さくぷくーっと膨らませた。あの時以後、彼女は住民たちから『インコ娘』『金色オウム』などという不名誉なあだ名でしばらく呼ばれていた。その意味を理解して顔を真っ赤にしたのはつい最近のことである。
「もう、茶化さないでよ!」
分厚い胸の鎧を勢いよく押すと、老ハンターは威厳のある顔を崩して笑った。
この人が外見と普段の堅苦しい口調に似合わず、意外にからかいや冗談が好きなことも、つい最近分かってきたことだ。
「で、なんだ、話ってのは」
「一つ、聞きたいことがあるの」
うさぎは決心するように、ぎゅっと膝の上に乗せた拳を握った。
「おじいちゃんは、なんで狩りをしてるの?なんでモンスターを倒すの?」
「俺が必要とするし、周りからも必要とされるからさ」
ハンターは即答した。まるで、何回もこの問いを聞いてきたかのような速さだった。
「それはもう分かってる。ハンターさんが無いとみんなが生活できないからでしょ」
だが、彼女の無垢な蒼色の瞳は、そんな答えを望んではいない。
ハンターは、そんな彼女の表情を見ると肩をすくめた。
「もっと高尚な理由を聞きたかったなら、すまんが答えられんな。俺は確かにこの村を護る役割を背負ってるが、実際そんな大層なことなんかしてない。ただのしがない狩人さ」
少しがっかりしたように肩を落とすうさぎを見て、ハンターの目が興味ありげに光った。
「そういえば、俺もずっと聞きたかったことがある。確か『セーラー戦士』と言ったか──君らは何のために戦っている?」
突如吹っ掛けられた質問だったが、彼女はそれに戸惑いを見せることは一切なかった。
「みんなが住む星の平和と未来を護るためよ。そのために、世界の征服を企む悪の組織と戦ってたわ」
彼女も、ハンターがそうしたのと同じく即答した。
「じゃあ、なんで君は戦いをあんなに避けたがってたんだ?立派に戦えるほどの勇気と、ランポスどもを一撃で葬ってやれるほど巨大な力があるのに」
「……ちょっと長くなるけど、いい?」
うさぎが間をしばらく置いてから聞くと、ハンターは無言で続きの言葉を促した。
それに応え、うさぎは「私にも理由はこれってはっきり分かるわけじゃないんだけど」と前置きした上で話し始めた。
「私には、女の子の友達がいるの。その女の子は私たちが戦ってた悪の幹部の1人と恋に落ちてしまって……最後は、その子を同じ組織の仲間の攻撃から庇って、私たちの目の前で亡くなってしまった」
「……」
「私たち、ずっとその人を倒すべき敵だと思って、それを信じ切って戦ってた。でも、もしあの時私たちが彼を助けられていたら……そして早いうちに話し合っていたら、もっと違う結末になってたかもしれないって、今でも私はそう思ってるの」
「……その子はなんて言う名だ?」
「『大阪なる』ちゃんよ」
その名を口にしたうさぎは、今もいつも通り学校に通い、自分たちのことを気にかけているであろう大親友の姿を想った。
次回はネフなる要素ありの回です。