セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて 作:Misma
東京の中心地から離れた、自然豊かな郊外。
まだ咲かない桜の木の下、ゆりかごの中で赤ん坊がゆっくりと揺られていた。
黒髪が短く生えた、生後半年くらいの可愛らしい女の子だ。
彼女はぽけっとした顔で空を見上げていたが。
「あぅあ、うぅあー」
突然ぱちりと目を見開き、喃語をあげながら両手を天に伸ばし始めた。
そこに眼鏡をかけた白髪の男性が車椅子でやってきて、ゆりかごを覗き込む。
「どうしたんだい、ほたる。空ばっかり見上げて。お腹でも空いたのかな」
幼児服を掌でぽんぽんと軽く叩きつつ、赤ん坊ほたるの見つめる先を見上げる。
そこには何もない。
ただ、平穏な青空に小鳥のさえずる音が聞こえるだけ。
「……それとも、何か僕には見えないものでも見えているのかな」
「土萠教授」
呼ばれた男性は、ふと後ろを振り返った。
そこにいたのは、褐色肌に緑髪を後ろに垂らしたスーツ姿の女性であった。
「ああ、君だね。これから代わりにほたるの面倒を見てくれるっていうのは」
「はい。冥王せつなと申します」
彼女は礼儀正しく辞儀をしたが、畏まらなくていい、と土萠教授は手を振る。
「まったく、最近は麻布の怪物騒動も落ち着いたみたいで良かったよ。君のところは大丈夫かい?」
「はい。街自体も活気を取り戻してきたようで、やっとこれからというところです」
冥王せつなは苦笑いを浮かべた。
テラスの中では、テレビが報道を流している。これまでの麻布における怪物騒動のまとめと、街の復興に尽力する宝石店経営の女性たちについての話題だった。
肝心の怪物たちの正体については、結局のところこれまでの生物の系統樹のどれにも当てはまらないということ以外、はっきりしたところは分からないらしい。
「これも、セーラー戦士が戦ってくれたお陰だな」
「……えぇ、まったく」
「最近じゃめっきり現れなくなったようだが、また化け物が現れるようなら二度と来れないようにしてもらいたいものだね。いま頑張っている人たちが気の毒だ」
おくるみに包まれたほたるを受け取るせつなは、複雑な表情を浮かべていた。
──
せつなが迎えてから、土萠ほたるは実に子どもらしく天真爛漫に育った。
一方、常識ではありえないことも起こった。凄まじい速さで言語、感情、知識の習得が成されたのだ。
その結果たるや、イェイツの詩を暗唱し、アインシュタインの一般相対性理論をも理解するほど。
何よりも目に見えて大きいのは肉体の急激な成長だ。ものの数週間ほどで、ほたるは小学生低学年から高学年の中間相当にまで身長が伸びた。
しかし、せつなはほたるの変化に動じなかった。彼女は奇妙な成長を遂げる少女にも普通の子どもとして接した。共に食卓を囲み、たくさん本を読ませ、外で一緒に遊んでやり、知りたがったことにはすべて答えた。
ある日の夜のこと。
パジャマ姿のほたるが、リビングに眠そうに目を擦りながら現れた。
「せつなママ、おやすみなさい」
「えぇ。おやすみ、ほたる」
ソファーに座って読書をしていたせつなは、ほたるのおかっぱにした髪が揺れ、後ろを向けて去っていくのを見送った。
彼女はふと、誰もいないキッチンを見つめた。
「……ここに、はるかとみちるがいれば──」
言いかけてから彼女は気づいて、本を閉じつつ自虐的に笑った。
「何を言っているのかしら。この私が、彼女たちに行ってくれと頼んだのに」
その頃、ほたるはベッドで毛布に包まっていた。
だが、中々寝れない。誰かが自分に呼びかけている気がするのだ。
「……誰? 誰か、あたしとお話したいの?」
起き上がって見渡すも、月の光が差し込む寝室には人影はない。
「……」
ほたるは自身の胸に目をやって、そっと手を当てた。
「……もしかして、あたしがあたしに話しかけてる?」
「その通りです」
初めて、はっきりとした声が響いた。
透き通るような凛々しい女性の声。それは、ほたるの声をもう少し大人びさせたようなものだった。
光で出来た人のシルエットがぼんやりと浮かび上がった。
それだけでもほたるは言葉を失うが、驚異はまだ終わらない。その人の髪型、顔に至るまでが自身とほぼ同じなのだ。
「聞こえますか、もう1人の私。私は土星を守護に持つ破滅と誕生の戦士、セーラーサターン」
ティアラを額に冠り、耳から三角錐のピアスを下げた女性は、白い下地の上に紫色の襟とスカート、そしてブーツを身につけていた。肩には花びらのようなフリルが、胸と腰には赤紫のリボンが付いている。胸の中心には、銀色の結晶体のような飾りが輝いていた。
さらに白い手袋に二股に分かれた巨大な鎌を握って立てており、その全長は彼女の身長をも超えている。
「セーラー……サターン?」
「思い出すのです。かつての貴女が辿った軌跡を。──そして、転生した貴女に託された使命を」
幻影が人差し指をほたるの額につけると、穏やかな光がそこに灯る。
ほたるは脳内に入り込んでくる映像に、静かに目を閉じた。
それは、ほたるが前世で歩んだもう一つの人生の記憶。
かつて重傷に瀕したほたるの命を救おうと、父が自らの肉体を異なる存在に預けた日。
己の心の裏に巣くう何者かのせいで、周りから孤立する日常。
それらはすべて異星からの侵入者、デス・バスターズによる侵略の足掛かりだった。
そんな彼女に出来た、唯一無二の親友。
ほたるを世界破滅の元凶として排除しようとした、3人のセーラー戦士。
一方で最後まで自身の命を護ろうとしてくれた
いつの間にか、涙がほたるの頬を伝っていた。
すべてが、体験していないのにも関わらず懐かしかった。
彼女の正体はセーラー戦士。
白き月の王国を守護する者としてこの世に転生を果たしたのだ。
「久しい、というには早すぎますね。セーラーサターン」
セーラーサターンは、扉の方に振り向いた。
そこには彼女と同じような姿をした女性の姿。
しかし、紺色の襟とスカート、ブーツに黒色のリボンとカラーリングが異なる。赤い宝石とハート型の輪がついた杖を持っており、褐色肌に緑色の長髪を後ろに垂らしていた。
「……この世界の歴史が
セーラープルートは黙って頷いた。
「貴女の覚醒は本来、ずっと先の出来事だったのです。その前に新たな敵が、新月と共に間もなくやってくる予定でした」
彼女はサターンと共に、窓越しに月の光を見上げた。
今宵は、綺麗な満月だった。
「しかしこの世界線では突如、一つの異世界と空間の歪みによって道が通じてしまいました。そこから現在に至るまで、私の見たことのない時間が流れているのです」
「詳しく聞かせて下さい。その詳細を」
サターンの要望に応え、プルートは現在の状況の説明を行った。
異世界から強大な怪物たちが侵入し、それらと対峙していたセーラー戦士たちが尽くその異世界へと迷い込んでしまったこと。
この事件の裏では復活したデス・バスターズが糸を引いており、怪物の侵入は強力な太陽系外部戦士、つまりはウラヌスとネプチューン、そして今ここにいる彼女たちをこの世界に引き付けるための意図的なものだったこと。
そこでセーラームーンたちを助けるため、ウラヌスとネプチューンが異世界に行ってくれたこと。
「そして私は根本的な対策を立てようと、時空の門から今後に待つ未来を直接覗きました」
プルートは、一旦間を置いた。
「その……未来は……」
彼女は、内容を言えなかった。震わせ、杖を割れるのではないかと思われるほど握りしめた。
「よほど恐ろしい未来を見たのですね。貴女でさえ恐れるような結末を……。いま、私たちのプリンセスが生きているかは分からないのですか?」
サターンは同情の視線を向けつつも、長くは引きずらず話題を変えた。
「いいえ。先日、微弱ですが銀水晶や他の守護星の反応をあちらの世界からキャッチできました。彼女たちは生きています」
「……よかった」
サターンは初めて、それまで一切動かなかった頬を緩めた。
「近いうちに時空の穴からあちらに向かい、ウラヌスたちと合流する予定です。こちらの世界への攻撃が止んでいる今がチャンスですから」
「概ねの事情は分かりました、プルート。一緒にプリンセスを、私たちの未来を護りましょう」
そのまま、話は終わるかと思われた。
しかしその後、セーラーサターンは何かを想うように動かなかった。
「どうしましたか、サターン」
「……プルート。これだけは聞かせて下さい。貴女は、その言葉に表せないほどおぞましい未来を見て……
プルートは押し黙った。
傍のベッドに座って話を聞いていたほたるの、美しくも儚げな顔を見て、それから彼女は口を開いた。
「それは、あちらに行ってから伝えます。ほたるも、まだ状況を受け入れ切れないでしょうから」
「……分かりました。では、また会いましょう」
サターンの人格は何かを察したようにそれ以上は追及せず、再びほたるの心の中に帰っていった。
ほたるが見せたのは、年相応の少女としての不安げな表情だった。
「せつなママ。多分あたしも、その……獣たちがいる世界に行かなくちゃいけないのね」
セーラープルートは光に包まれると元の冥王せつなへと戻り、ほたるを再び寝床へとつかせた。
毛布を体に被せ、優しく手を上から重ねる。
「ほたる、今日はいろんなことがあって疲れたでしょう。まずは今日、ゆっくりとお休みなさい」
「……うん」
せつなは、そっとその場を離れていった。
ほたるは電気の消えた蛍光灯を見上げながら、小さく呟いた。
「ちびうさちゃん……待っててね」
せつなは独りリビングに戻ると、静かにテーブルに手をつき涙を流していた。
──
所は変わり、異世界のどこかにある地下空間。
「我々デス・バスターズはいよいよ勝利を掴みつつある。というのも我々の有する妖魔、ゴア・マガラがいよいよ『聖杯』として成熟しつつあるからだ」
ほたるの父によく似た、丸縁眼鏡をかけた白髪に白衣の男性『教授』が杖で設置された黒板を叩いている。
その先にあるのは、ゴア・マガラを模した絵だ。お世辞にも上手いとは言えないデフォルメされたそれの中に強調して描かれた、紫の点を何度も指し示す。
周りにはセーラー戦士たちを模したであろう絵も描かれ、それらから矢印が一斉にゴア・マガラに向かって伸びている。
「この『聖杯』はセーラー戦士どもを封じ込め、我等を導くミストレス9、ひいては偉大なる主、師90に元の世界への鍵として捧げるための器となる。吸収したエナジーを使って『聖杯』が完成すれば、我々は勝ったも同然だ!」
「教授、ひとつ質問があります」
「ほう、何かねテルル君?」
教授は、質問してきた白衣の女性に振り向いた。
教壇と机を並べた教室のような空間で、テルルと呼ばれた彼女は蛍光色に近いどぎつい黄緑の髪で、側頭部にお団子、波打つ後れ毛を垂らしていた。彼女は眼鏡をくいと持ち上げ、席から立ち上がる。
彼女はデス・バスターズの幹部『ウィッチーズ5』の一員、つまりは『魔女』だった。
「我々の妖魔ウイルスは、狂竜ウイルスから改造する過程で『悪意』や『憎悪』から生まれる負のエナジーを注入しております。そこから生み出された『聖杯』もまた、セーラームーンに浄化されてしまうのでは?」
「浄化などされることは
はっきりと答えてみせた教授は、自信満々に胸を張っていた。
彼は片方の拳を持ち上げると、興奮のあまりそれを強く握り締める。
「この世界の巨大生物に宿る生へ向かおうとするエナジーは強烈なもの! そしてゴア・マガラがいまなろうとしている『聖杯』こそ、侵蝕する妖しき力に抵抗しようとする彼のピュアな心が生み出す、最高の結晶なのだよ! それがつまりどういうことかっ!?」
教授の口調がヒートアップし教壇を叩いた時、テルル、そしてもう2人の女性幹部の顔が引いたように固まっていた。
熱弁を振るううちに、教授の顔が
五芒星の瞳を持つ一つ目に赤く裂けた口という、不気味な顔が露わになっていた。
「教授。ガワが外れかけてます」
教室の脇から出てきた赤い長髪に黄色い瞳を持つ助手、カオリナイトが助言する。
「お、おおっと……」
やっと当人も気づき、背を向けて顔を弄る。
振り返ると、そこにはいつもの『教授』がいた。
「ふう、この形を維持するのも疲れるな。やはり何事も『器』がないと安定せんものだ」
「前に擬態していた形が恋しいからと言って、無理なさらないで下さい」
カオリナイトが小言を呟きつつ姿を消すと、教授はこほん、と咳払いして仕切り直した。
「とにかく!! 観測結果からすると、セーラームーンは悪しき心から生まれる負のエナジーは浄化できても、純粋な心から生まれる正のエナジーを浄化することはできない。よって、そこから生まれた『聖杯』も浄化しえないということだ!!」
セーラー戦士たちから伸びる浄化の力を表す青い矢印は、ゴア・マガラから伸びる同じ青い矢印とぶつかり合い、その間に×を描くことで相殺が示された。
「なるほど。このために妖魔化生物を量産し、ゴア・マガラに捧げましたのね」
「そうだ。そして今回の『聖杯』の完成は、いま現地に向かっているミメット君がやり遂げてくれるはずだ。ゴア・マガラが成体になるという天空山でな!! うぁはははははははは、うううぅぅははははははははははは!!!!」
テルルが得心して頷くと、教授も奇妙な笑い声をあげて教壇を去っていた。
これにて、情報共有の時間は終了した。
テルルがメモ帳を胸ポケットに入れて自身も持ち場に戻ろうとすると、青いストレートヘアーの白衣を着た『魔女』が歩み寄って来る。
ウィッチーズ5における彼女の同僚、ビリユイである。
冷たい氷のような顔立ちの彼女は、顔を執拗に近づけて笑ってきた。
「ふぅん。意外にあんたも不安なのね。我々デス・バスターズが以前のような失敗をするわけがないでしょう? ユージアル先輩は例外だったようだけど」
ユージアルがかつて座っていた机の上で、ビンに挿された白い花が枯れかけていた。
彼女の遺影も置かれているが、何かの拍子で横倒しになったままほったらかしである。
ビリユイはテルルに視線でそちらを示し、それから挑発の視線を送る。
「あんたも例外どもの仲間入りにならないよう、せいぜい気をつけなさいよ?」
「プログラム通りに動く機械しか相手に出来ない女が、何を言うのかしら?」
テルルも負けていなかった。
互いに、しばらくガンを飛ばし合う。
やがてビリユイはふんっと鼻を鳴らすと、こつ、こつとヒールを響かせて教室を出ていった。
テルルも涼しい顔でその場を去ろうとすると、ミメットの空席に置かれた書類に目が行った。
気を引かれてそれを手に取ると。
「あら……ユージアル先輩の遺した資料。妖魔ゴア・マガラのだわ」
どうやら、誰かが事務的に彼女の机に置いたまま放置されていたらしい。
誰もいないことを確認すると、テルルはぱらぱらと資料をめくり始めた。
ユージアルらしい、非常なマメさでゴア・マガラに関する生態がまとめられている。
それを読み進める中で、テルルが目に留めた文章があった。
「なるほど、なるほど? 脱皮直前の時期こそ、この妖魔化ゴア・マガラの扱いには気をつけるべきである。その理由については、以下、ハンター大全第4巻60頁より引用する……」
その下には、この世界のどこかのハンターが描いたのであろうあるモンスターの挿絵と、ギルドによる説明文が引用を明記したうえで印刷されていた。
「……ふーん」
一通り読んだ後、テルルは書類を手元でひらひらさせつつ呟いた。
「ミメットのヤツ、結局は前世から何も変わってないわね。ユージアル先輩がなんであんなに狂竜ウイルスを恐れたか、ここに全部書いてあるというのに」
彼女はそれを片手で後方へ放り投げ、教室の隅にあったゴミ箱へと直接シュートを決めた。
「ま、知らないっと」
美少女戦士たちの世界でも、魑魅魍魎跋扈する世界による変化は少しずつ起こっていた。
遅々として、しかし確実に。
次回より、3編最終章。
補完として。
・今回出て来た『聖杯』は、セーラームーンの持つアイテム『聖杯』とは全くの別物で関係はありません。ただ、彼女に対抗してそう名付けてるだけです。
・また、分かりにくいと思いますが今回の『教授』……正しくはゲルマトイドは、人間の身体を借りてません。つまり、序盤で出て来たほたるちゃんの父、土萠教授は心身ともに本物です。