セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて   作:Misma

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帰るは白閃②

 いよいよ目的地に足を踏み入れたうさぎたちは、地図を見ながら慎重に奥へと足を運ぶ。

 天空山はシナト村と同様、非常に高い標高に位置する。

 足場は崩落の際に蔦に絡まった岩や遺跡から成り立っており、つまりは半分宙に浮いたような状態である。

 現に彼女たちが頂上に向かっている間も、破片が奈落へと崩れ落ちてゆく様子が見えた。

 

 エリア1からエリア5へ向かう天然の空中回廊を通っていると、少しずつ晴天に黒い靄がかかり始めた。

 

「そろそろ山の中腹へ着くわ。気を引き締めて!」

 

 亜美の言葉も相まって、否が応でも高まる緊張感。

 そしてエリア5──積み重なった岩が形作る段丘の地形に来た時、彼女たちの目の前に衝撃的な光景が訪れた。

 

「これは……!」

 

 思わずうさぎの口端から言葉が漏れ出る。

 

 モンスターたちの屍が、あちこちに転がっていた。

 

 飛竜種のリオレイア、鳥竜種のイャンガルルガ、獣竜種のドドブランゴ、牙獣種のババコンガ。

 本来この地域に生息しないはずのモンスターたちが、近くにも、遠くにも横たわっている。

 行けど行けど、そんな異様な光景が広がっている。

 

「……酷いわ。無理やりこんな遠くにまで連れてこられて」

 

 うさぎは一時足を止め、痛ましそうに物言わぬ彼らを見つめる。

 筆頭ハンターたちが妖魔化生物を相手してくれているとはいっても、やはり完全にとは行かなかったようだ。

 

「どの遺骸も妖魔ウイルスの残滓が薄いわ。既にゴア・マガラにエナジーを吸い取られた後ね」

 

 レイは遺骸をひとつずつ眺めたあと、ある一点を指さした。

 

「……妖気が濃いのは、あっちの方よ」

 

 天然の岩が環になって作るアーチの先だった。

 その向こうからは静かな風が、獣のように低く唸りながら吹き付けていた。

 

──

 

 エリア6。

 崖の一部が削り取られて出来た平地で、右手には高い崖が聳え、左手奥には大きな遺跡の一部が転がっている。

 更に奥にある断崖絶壁の手前では枯木が風に揺られており、空は曇天が覆って稲光が走っていた。

 迎え入れるように、不穏な雰囲気が彼女たちを包み込んだ。

 

 うさぎが一番後ろに、あとの4人は武器を構えて前方に。

 一歩ずつ、一歩ずつ、前へ進んでいく。

 

 エリアの中央辺りまで到達したとき、亜美が呟いた。

 

「……気をつけて。何かがいるわ」

 

 その時、ひゅるるると風を切る音が彼女らの耳に入った。

 うさぎが目線を上げると、金色に煌めく何かが飛んできていた。

 

「うさぎ!」

 

 レイは素早く判断し、太刀を引き抜くと同時にうさぎを突き飛ばす。

 あとの3人はレイから離れ、それを確認した彼女は太刀を振る。

 やがてその足元に、刃のようなものが燃えながら落ちていった。

 間を置かず、大きな影が少女たちの頭上を横切る。

 

「ピュイエエエエエエエェェェェェェェ!!!!」

 

 宙から襲ってきた爪の一閃。

 それは明らかにうさぎを狙ったものだったが、今度は彼女自身が大剣を盾として構えたことで不発に終わる。

 飛竜は旋回しながら高度を落とし、着地した。

 刀状の角に、全身に刃を備えたような特殊な鱗。そして、この極めて高い飛行能力。

 

「……セルレギオス!」

 

 亜美は、孤島と火山での狩りを経て見慣れたその姿を睨み、そう呟いた。

 少女たちの眼前に降り立ったのは、デス・バスターズの配下となった千刃竜だった。

 彼は妖魔の証である、赤い瞳と黒い煙を口から吐いていた。

 

「どうやら、タダで通してはくれなさそうね!」

 

 美奈子は派手な装甲を備えたヘビィボウガンを構え、本格的な戦闘態勢に入る。

 答えるようにセルレギオスも飛び立ち、空中から蹴りを見舞おうとした。

 

 

「やーっと捕まえた」

 

 

 直後、黒い外套が千刃竜の身体を押し倒した。

 

「ピエエエエエッッッ!?」

 

 無論、驚いたのは彼だけではない。

 うさぎたちはセルレギオスを鷲掴んで地に叩き伏せた、暗黒の鱗を持つ竜に目を奪われた。

 

「……妖魔、ゴア・マガラ!」

 

 彼女らからすれば初めて出会う相手だが、形だけからすれば遺跡平原で見た──狂竜ウイルスを持ち、妖魔である彼と対立していた──ゴア・マガラと、姿形は瓜二つである。

 雷に照らされたその頭部には角も、目も存在しない。常に妖気を撒き続ける外套を翻し、それを支える3番目の脚に生える剛爪をセルレギオスの首根っこに叩きつけた。

 

「ヴォアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 黄泉の国の死者の如き禍々しい咆哮。

 すると、途端にセルレギオスの身体から霧が立ち昇り、喉奥から悲鳴が漏れ出る。

 うさぎたちも、たちまち立てなくなって止むを得ず膝をつく。

 

「ぐっ、エナジーが……吸い取られる……っ」

 

 妖魔化生物の特徴である、周囲の生物からのエナジー吸収。

 このゴア・マガラに関しては、その能力自体が強力なようだ。セーラー戦士たちもいまや、一歩歩くことすらままならない。

 

「セーラー戦士のみなさんハロー、おげんきー? って、今はエナジーを吸われてるから元気じゃなかったわね」

 

 こちらを小馬鹿にした甲高い少女の声が崖の上から聞こえた。

 うさぎたちが辛うじて目線だけを上げると、黒いスカートを履いたウェーブヘアーの少女が、優雅に崖の端に腰を下ろしていた。

 

「ミメット……! あんたも……この山に来ていたのね!」

 

 美奈子は何とか立ち上がろうとするが、敢えなく地面に崩れ落ちる。妖魔ゴア・マガラのエナジー吸収があまりに強力なのだ。

 

「だって、もうすぐこの子も『聖杯』になるのよ。それに立ち会うのは主として当然の義務とは思わない?」

 

 聞き慣れない言葉に、うさぎは苦しげな顔で叫ぶ。

 

「なによ、『聖杯』って!? この子に何をするつもりなの!?」

「あんたたちを食わせるのよ」

 

 デス・バスターズ幹部のミメットは座ったまま、余裕綽々に説明する。

 その一言に、力を抜かれゆく少女たちの顔は怪訝に歪んだ。

 

「この子が器、お前たちが中身。そのエナジーをあたしたちの巫女様に一緒に捧げることで、偉大なる主もふっかーつ! 元の世界も侵略できるし、あたしも教授に見初められて上位幹部に昇格ってワケ♡」

「よくペラペラと喋ってくれるじゃない。罪のない命をたっくさん弄んでおいて!」

 

 レイの威圧を含んだ言葉を聞いて、ミメットは意外そうに肩をすくめてみせた。

 

「あんたたち、えらく化け物どもに肩入れするじゃないの。物好きねぇ」

「肩入れするもなにも、この世界にいる人たちも、モンスターたちも、みんな生きてるのよ!?」

 

 必死に訴えたうさぎに、ミメットは「あっははははは!」としばし高笑いを上げ続けた。

 うさぎたちは、困惑と怒りの混じった顔で地面を見つめるほかなかった。

 

「やーねー! この世に存在してくれる生き物なんて、高学歴に高身長に高収入、あと優しくて気遣いができて家事もぜーんぶやってくれてー、あと絶対に浮気しない一途なイケメン君だけでジューブンじゃない♡ あんたたちだって、同じ一人のオンナならわかるでしょ?」

 

 ミメットが浮かべた笑顔は、本当にそうだと心の底から思っているようだった。

 まことはいよいよ我慢ならなくなって怒鳴った。

 

「そりゃあ、素敵な人は欲しいさ! だけど、それ以上に……あたしたちは、この世界に支えられて生きてきたんだよっ!!」

「そうよ! あんただって、そのゴア・マガラがいなけりゃ何も出来ない癖に!」

 

 美奈子も加勢し、負けじと声を張り上げた。

 だが、ミメットはむしろ口を尖がらせる。

 

「えぇ? あたしはむしろ、邪魔ばっかりされたわよ?」

 

 彼女は、眼下でセルレギオスを掴むゴア・マガラを見下した。その視線にはどこか冷ややかなものが宿っていた。

 

「この子ったらねぇ、指示を聞かない時がしょっちゅうあるの。しかも、『お兄ちゃん』からは怖がって逃げようとする体たらく。こういう子たちにはあたしが神様なんだってしっかり分からせてあげなきゃいけないのよ」

 

 ミメットは星形の宝石がはめ込まれた杖を掲げた。

 

「チャーム・バスター!!」

 

 黒い魔法の稲妻が、漆黒の外套を穿つ。

 

「ガアッ……」

「ちょーーっと予定より早いけど、まずはここで邪魔なお前たちを倒すとしようかしら!!」

 

 ゴア・マガラは既に息絶えたセルレギオスから手を離し、身体を捩じって苦しげに唸った。

 

「ほらぁ、ゴア・マガラちゃん。さっさとその汚らしい皮、脱いでしまいなさいな♡」

 

 頬杖をついてミメットは笑みを浮かべたまま雷の勢いを強めた。

 ゴア・マガラはその身を震わせながら屈め、蠢き始めた。

 鱗の一部が剥がれ、欠片となって落ちていく。

 

 そこでちょうど、うさぎたちの拘束が解けた。エナジー吸収が止まったのだ。

 

「まさか……今ここでシャガルマガラに成長させる気なの!?」

 

 ふらついて立ち上がりながら亜美が発した言葉に、ミメットは見下しつつニヤリと勝ち誇ったように笑った。

 

「安心して。これで大人に成長したら、あっという間にお前たちのエナジーを完全に吸い取ってあげるから」

「くっ……マズイわ、このままでは!」

 

 レイが息を荒くして呟く。

 ゴア・マガラが脱皮を経て成体であるシャガルマガラとなれば、古龍という生物種として凄まじい力を発揮することになる。それがデス・バスターズの使い魔となれば、セーラー戦士でも果たして打ち勝てるかどうか怪しい。

 

 うさぎは全力を振り絞って立とうとした。

 だがエナジーを吸収されたばかりのために力が抜け、すぐに倒れてしまう。

 意志と反し、その身体は鉛のように重かった。

 

 一方、妖魔ゴア・マガラは右肩上がりに妖気を増してゆく。

 次第に砕け散っていく黒い鱗は、確実な彼の成長を示す。

 彼は今にも『最強の妖魔』となり、セーラー戦士たちを一掃せんとしていた。

 

 

 突然、純白の光が漆黒の外套を照らした。

 

 

 ふとうさぎたちがそちらを見上げると、一筋の斜光が真っすぐ天上から伸びている。

 空のある一点だけがまるで、雲の切れ目が訪れたように明るい光を地上へもたらす。

 ミメットも、同じ方向を呆然と見つめていた。

 

 直後、光の奔流が曇天に大穴を開ける。

 

 純白は、瞬く間に眩い赤紫へ。

 ゴア・マガラは爆発に包み込まれた。

 

「ヴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァア!?!?」

 

 遥か天上よりもたらされた紫光の鉄槌。

 それは炎のようでもあり、雷のようでもあり。

 妖魔ゴア・マガラが纏う外套を簡単に燃え上がらせた。

 ゴア・マガラは喉奥から叫び、悶絶する。

 のたうち回って逃れようとするが、それも虚しい抵抗に終わった。

 

 天罰とでも形容すべき光景に、人間たちは何も言えず傍観するのみ。

 いったい何が起こっているのか、理解を拒む超然的光景。

 その罰を与える存在はあまりに遠すぎて目に見えないが、ゴア・マガラに集中する光には明らかに意志が見えた。

 

 敵意と、憎悪と、殺気だ。

 

 何秒経った頃だろうか。

 やっと光は止み、その根源は再び曇天のなかに姿を消した。

 

「ヴ……ヴヴ……ア゛ア゛アア……」

 

 未だに妖魔ゴア・マガラは地面を引っ掻き、呻き苦しんでいた。

 そこにいない光の根源に怯えるように。少しでもここから逃げ出したいと訴えるように。

 

 その頃になると、セーラー戦士たちも何とか身体が動くようになっていた。

 マーキュリーゴーグルで解析を終えた亜美が叫んだ。

 

「あの光は……狂竜ウイルスの塊よ!!」

「じゃあ、あの光は!」

 

 レイが続いて叫んだ時、パキリ、と音がした。

 遺跡に寄りかかる妖魔ゴア・マガラの背中が割れていた。

 その割れ目から、金色の鱗が顔を覗かせていた。

 ゴア・マガラは時節呻きながら身体を震わせ、漆黒の鱗を振るい落とす。

 

 少女たちは、息を呑んで見守る。

 彼はいよいよ新たな姿へと生まれ変わらんがため、その衣を脱ぎ捨て──

 

 

 

 られなかった。

 

 

 

 脱ぎ落としたのは右半身の一部だけ。

 頭の右側に角が飛び出し、外套に一部純白の鱗が生えた状態で妖魔ゴア・マガラは脱皮を終わってしまった。

 ミメットは戸惑いを隠せなかった。

 

「え……なんなの、これ?」

 

 多くの命を継ぎこみ、ゴア・マガラを妖魔として育てたデス・バスターズ。

 その末に彼らが生み出したのは、『半端者』であった。

 

「あれが……シャガルマガラ?」

 

 右半身にのみ金の鱗が現れた異形のゴア・マガラ。

 それを前に、うさぎはただ地に立てた大剣の柄に寄りかかり、目を見開くことしかできなかった。

 

「それにしては何だか苦しそうよ」

 

 レイも、まだエナジー吸収によって重たい身体に鞭を打ち、なんとか相手を視界に捉える。

 彼女の言う通り、異形のゴア・マガラは荒い息をして肩を震わせていた。

 ミメットは少女たちを見下していた崖の上から降り、ゴア・マガラに走り寄りながら叫んだ。

 

「ちょっと、何でそんな気持ち悪い脱ぎ方してんのよ!! あんたも大人になりたいんでしょう!? ほら、早くきちんと脱ぎなさいよっ!!」

「アアアア、ァァァアアアア!!」

 

 ミメットが杖を掲げ、そこから放たれた雷が辿り着く前にゴア・マガラは頸を掻きむしり、悲鳴を上げながら彷徨うように彼女の頭上を飛び去っていった。

 

「あっ、待ちなさいっ!!」

 

 曇天と稲光のなかに消えゆく漆黒の影。

 今や少女たちの目前にまで迫ったミメットの顔からは、明らかに余裕が消え失せていた。

 

「待ちなさい、ミメット!!」

 

 ミメットが振り返ると、守護星を持つ少女たちが睨んでいた。彼女はキッと睨み返して歯を食いしばると、

 

「あんたたちは余りものでも相手してなさいっ!」

 

 杖を高く掲げて光らせ、瞬時に姿を消した。

 直後、巨大な肉塊が地面を突き破った。

 

「グゥゥゥゥ」

 

 穴から這い出たそれは身体についた土を払い落とし、強靭に筋肉の発達した後ろ脚で立った。

 棘だらけの頭部はすぐさまうさぎたちを捉え、餌と認識したのか唾液を撒き散らして吼えた。

 

「あれはっ……!」

 

 忘れもしないその姿に、レイは思わず叫んだ。

 生態系の破壊者。貪食の恐王。

 美奈子とまことも、一気に表情を鋭くした。

 

「イビルジョー!」

「あたしたちが凍土で見たヤツだ!」

 

 証拠に、かつてセーラーウラヌスが付けたであろう胸の深い斬り傷が特徴的だった。

 貯め込んだエナジーを大量に吸われ消耗している所為か、以前のような妖気と迫力は失せている。しかし、山のような図体と悪魔のように凶悪な顎の威圧感は未だに健在だった。

 

 にじり寄る、飢える獣の脅威。

 うさぎは大剣の柄に手を伸ばしながらも、どうしたものかと迷っていたが。

 

「ここはあたしたちが引き受けるわ! うさぎは、あの妙なゴア・マガラを追って!」

 

 レイが、黒髪を揺らしてうさぎの前に立った。引き抜いた『灼炎のルーガー』が、炎の軌跡を描く。

 

「そんな! みんなを置いていくなんて……」

「あたしも、前に相手したから感覚で分かる。今の弱ったこいつなら、慎重にやればなんとか勝てる気がするんだ!」

 

 次に、まことが『王牙鎚』を手元から電流を流しつつ前に出る。守護星と武器の力が交じりあった雷に、イビルジョーは忌々しげに目を細めた。

 

「でも、相手はあの……」

「ダイジョーブよぉ、いざとなったらとんずらこいて逃げてやるから!」

 

 止めようとしたうさぎに、美奈子は肩を叩きつつヘビィボウガンを取り出す。

 

「うさぎちゃんはシナト村に戻ってゴア・マガラを追って。そのついでにこちらへの補給を要請してちょうだい」

 

 亜美は首を伸ばしてきたイビルジョーの噛みつきをひらりと躱し、続きの言葉を継いだ。

 

「絶対に生き残ってみせるわ。どうか、あたしたちを信じて!!」

 

 それ以降、少女たちの視線は目の前の恐暴なる竜に集中した。

 彼は完全に4人を標的に捉え、頸を天上に上げ、腹の底から咆哮した。

 うさぎは喉元まで出てきたものをぐっとこらえ、時節振り返りつつもその場を駆け出した。




ついに渾沌が動き出す。
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