セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて   作:Misma

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帰るは白閃④

 古龍とは──

 生態系を超越し太古から生き続ける、謎に包まれた存在。

 圧倒的な長命と大自然の力を凝縮したかのような特異な能力が、彼らの主な特徴として挙げられる。

 ある者は砂漠を焼き尽くし、ある者は自在に嵐を呼び、ある者は山のような巨体で街を震わせ崩す。

 天災にも匹敵する力によって自然界に影響を与え続ける者たちを、その名で総称するのである。

 

 この禁足地に降り立った純白の龍、天廻龍シャガルマガラもその一つ。

 黒蝕竜ゴア・マガラが放浪の末に成長し、脱皮を遂げた姿。

 自己の保存と増殖のために生命を狂わす疫病を広げる、生きた天災。

 

 瞳に、人は──足元で騒ぐ虫けらは──全く映っていなかった。

 奈落の底に堕ちていった魔女ミメットにも。

 大地に立っている少女、うさぎにも。

 天廻龍は最初から、一貫して無関心だった。

 

 彼が見ているのは、生まれた時から蹴落とす運命にある兄弟だけだった。

 

 互いに一歩も譲らない、凄まじき黒い霧の応酬。

 妖魔の力と狂竜の力が闇の中でぶつかり合い、一時の白光を放つ。

 さながらそれは神と堕天使の戦い。

 外套を広げ、第三の脚の爪で相手を殴り合い、互いの上を目指す。

 

 それぞれの原始的にして強力な武器である牙を、兄弟の頸へと伸ばす。

 しかし彼らも生物、動物的本能でそれを容易に許すことはない。

 揉み合いながら、報復を続け、彼らは禁足地へと落ちる。

 

「っ……!」

 

 その勢いで、台地の中央にあった巨大な岩をいとも容易く砕き、吹っ飛ばす。

 うさぎももはや傍観者でしかいられなかった。

 何とか自分が巻き込まれないように、最大の注意を払う他ない。

 

 地上に舞い戻ってからも戦いは続く。

 兄弟同士の力は拮抗していた。

 いや、単純な膂力で言えば渾沌に呻くゴア・マガラ──『弟』の方が強い。

 現に彼はシャガルマガラが繰り出した第三の爪を無理やり押しのけ、その頸へ毒手を伸ばしかけている。

 そのまま、襲い掛かるかと思われた時だった。

 

 ゴア・マガラは頭を痙攣させ、一瞬だけ我を失ったように体勢を崩した。

 

 そこを『兄』が見逃すわけはなく、、第三の脚による横殴りで吹き飛ばす。

 『弟』は転がるように地面にもんどりうった後、首を振りながら立ち上がる。

 が、未だに苦しげに荒い息と涎を吐いている。

 

 それもそのはず。彼は渾沌に呻く者。

 狂竜ウイルスと妖魔ウイルスが同時に体内から身体を蝕んでいるのだ。

 この状態で立てること自体が奇跡のようなものだった。

 

 シャガルマガラは虹の煌めく翼を広げると空中に飛翔、滑空の勢いをつけて爪を開き、『弟』へと迫った。

 妖魔ゴア・マガラが黒と金の交った外套を盾にする。

 見事、外套は爪を弾く。判断は間違っていなかった。

 

 しかし、代わりに足元から光が漏れ出す。

 気づいた時には遅かった。

 ゴア・マガラの身体が、地面から炸裂した光に炙られる。

 

「グオオッ……」

 

 狂竜ウイルスが、彼の前脚を一瞬にして蝕む。脚の自由を奪われ、妖魔ゴア・マガラは姿勢を崩された。

 そこを逃さず、シャガルマガラは第三の脚でゴア・マガラを強引にねじ伏せた。

 次に狙ったのは頸だ。翼を備えた太い脚に全力を込め、何度も執拗に叩きつける。

 ゴア・マガラの喉から、声にならない悲鳴が上がった。

 

 うさぎは、兄弟同士の死闘を見つめていた。

 虚しく佇む少女の顔の後ろで、二束の金髪が揺れる。

 

 実のところ、初めから勝敗はついていた。

 最初から、この禁足地を闇に包んでいたのはシャガルマガラの方なのだ。

 彼らの間に正々堂々の戦いなどというものは存在しない。

 環境を制する者が、勝つに決まっている。

 

「……っ」

 

 もう、見ていられなかった。

 彼女は両掌を目の前に差し出し、久しぶりにスパイラルハートムーンロッドを取り出した。

 ピンクの柄の先に、王冠を被った赤いハートの意匠。

 今でもそれは、前回の戦いと遜色ない慈愛と抱擁に満ちた光を帯びていた。

 

「……あたしの力を、妖魔ゴア・マガラに注げば」

 

 妖しき力を浄化できるのは、彼女だけだ。

 デス・バスターズが植え付けた妖魔の力を祓えば、シャガルマガラからゴア・マガラに向けられる敵意は無くなり、あの暴力も止むかもしれない。

 

 彼女はロッドを両手に持って前に掲げ、ゴア・マガラをその先に見据えた。

 逡巡。

 しかしうさぎは静かにうつむいて、力なくロッドを下ろした。

 

「……きっと、駄目だわ」

 

 妖魔の力を残らず浄化したとして、生物としての運命は既に決まっている。

 彼は一歩遅く大人になれなかったがために、苦しみ藻掻きながら死ぬ定めなのだ。

 幻の銀水晶の力でもこういう生命の在り様を変えることは出来ないし、許されない。

 彼女はモンスターの前では『狩人』としてあることを、これまでの旅の中で決めたのだ。

 

「これが、この世界の理なら……従うしか」

 

 うさぎはロッドを消すと腕を降ろし、黙って事の終わりを見送ろうとした。

 辛いながらも唇を噛み締め、目の前で逸脱者の命が消えゆく様を見つめようとした。

 

 

 しかし──いつまで経っても終わらない。

 

 

 何度も踏みつけられ、噛まれ、狂竜ウイルスに炙られ、鱗が砕け散ろうとも、妖魔ゴア・マガラは死ななかった。

 

「あ……」

 

 うさぎの戸惑いは、気づきに変わる。

 彼は死なないというより、死ねないのだ。

 天空山でエナジーを大量に吸収した故の半端な生命力の強さが、逆に彼を苦しめているのだ。

 更に、彼女はある光景にはっと目を見開いた。

 

「ヴア゛ア゛ア゛ア゛ッッ……ア゛ア゛ア゛……アア……!!」

 

 ゴア・マガラが腕を天に伸ばし、鳴いたのだ。

 機能を果たさない目を見開き、傷だらけの身体を震わせながら。

 彼の持ち上げた暗血色の爪は、純白の鱗から伸びる漆黒の爪によって叩き伏せられた。

 しかしそれでも、ゴア・マガラは抵抗を続けていた。

 

 言葉の通じない彼女でも、その痛みだけは──

 尋常でない苦しみだけは、分かってしまった。

 

 青い瞳から涙が溢れた。

 

「……なんで」

 

 涙が頬を伝い、落ちた。

 

「なんで、あの子があんなに苦しまなきゃいけないの」

 

 思わず言ってしまった。

 ただ産まれただけなのに。生きていただけなのに。少し、成長が遅かっただけなのに。

 運悪く、デス・バスターズに目を付けられたがためにこうなってしまった。

 このままでは、さっきのミメットと同じように想像を絶する苦しみのなかで死ぬだろう。

 

 シャガルマガラは兄弟の悲鳴にも構わず、その喉に噛みついた。

 狂竜ウイルスを流し込みながら振り回し、容赦なく地面に叩きつけた。

 力なく項垂れたゴア・マガラは今や脚も引きずられるがままで、乱暴に投げ捨てられた後も低く呻いているだけだった。

 

「あの子が産まれたこと自体が、罪だっていうの……?」

 

 少女はその場に立てなくなり、膝から崩れ落ちた。自身の無力さに、大地に置いた指を震わせた。

 涙が地面にぽたぽたと流れ落ちる。

 

『きっと、君にしか見えない景色だってあるはずだ。それをどうか見つけてみて欲しい』

 

 神殿に座していた大僧正の言葉が蘇った。

 彼女は自身の胸元を、次に大剣を見下ろした。

 

「もう、これしかない」

 

 それは、出来れば選びたくない道──

 だが、彼女以外にそれを出来るものは誰もいない。

 

「くっ!」

 

 うさぎは涙を拭き、立ち上がった。

 2頭のモンスターに駆け寄りながら、大剣の柄に手を添えた。

 その目線の先にあるのは。

 

 

 天廻龍シャガルマガラ。

 

 

 その頭に、大剣を振り下ろす。炎の軌跡が弧を描き、純白の鱗を僅かに焦がした。

 しかし、シャガルマガラは何も言わなかった。

 鬱陶しげに角を振り回し、うさぎを吹き飛ばした。

 

「……?」

 

 下を向いて兄弟を噛み殺そうとしていたシャガルマガラは、何があったのかと探るように頸を回す。

 

「はあっ!」

 

 うさぎは諦めず、シャガルマガラ目掛けてもう一度大剣を振り下ろす。

 

「……ヴウ」

 

 2撃目が当たってからしばらく経って、橙色の瞳がやっと一瞬だけ彼女に向いた。

 

 

 それだけで、背筋を冷たいものが貫いた。

 

 

 凄まじい威厳と圧迫感。

 今まで相手したどの敵ともモンスターとも似つかない、本能の芯が震えるような感覚だ。

 先ほど勇気を出したばかりだというのに、金縛りにあったかのように一歩も動けなくなった。

 うさぎは思わず足を崩し、尻もちをつく。

 

 気づくと、天廻龍は飛び上がっていた。

 虹翼を閃かせ、滑空。

 少女の顔に漆黒の爪が迫ったが、たまたま姿勢が低かったお陰で頬の傍を掠めるだけで済んだ。

 

 そのまま、龍はうさぎより遥か背後に着地。

 振り返ると地上を駆けて突っ込み、うさぎを太い脚で撥ね飛ばそうとした。

 

「……はっ」

 

 ぎりぎりのところで、うさぎは我に返った。

 大剣を盾にすると、長さ1m以上の爪がそのままぶつかった。大幅に姿勢を崩して後退ってしまう。

 だがそこは彼女も意地を見せ、何とか大剣を手放さず再び持ち直すことができた。

 

 しかし、うさぎは反撃しない。

 武器を納めて向かったのは、妖魔ゴア・マガラ。

 最初から、彼女はシャガルマガラの狙いを逸らすために行動していたのだ。

 

「お願い、効いてっ!」

 

 そして、あらかじめ持っていた閃光玉を後方へと投げる。

 光蟲の散り際の爆発が強烈な光を生み、振り返ったシャガルマガラの視界を焼く。

 成長したことで眼を獲得したのが初めて仇となり、白き龍は、顔を背けて忌々しげに唸った。

 

 それを確認したうさぎは、いよいよ倒れ伏す異形の前に立つ。

 

 彼は動かなかった。

 ただ喉と胸を静かに収縮させて空気を求め、漆黒と純白の入り混じった身体を痛々しげに痙攣させていた。

 もはや彼はすべての力を使い果たし、ただその時を待つだけの襤褸切れに過ぎなかった。

 

「……」

 

 しばらく、少女は生気を失った異形の横顔を見つめ。

 頸の前で大剣『煌剣リオレウス』を振り上げた。

 

「ごめんなさい。あたしの我が儘を、許して」

 

 目を閉じ、振り上げた大剣に願いを込めた。

 胸元が強く光った。幻の銀水晶の輝きだ。

 蒼い甲殻に覆われた刃が、優しい光を帯びた炎を噴いて光る。

 

 桜火竜の鱗から造られた防具が一瞬、青い襟とスカートのたなびく白いレオタード──『美少女戦士』の姿に変わった。

 頭を振って視界を取り戻したシャガルマガラは何かに気づき、立ち止まった。

 その目前で、彼女は──神秘の戦士セーラームーンは、目を見開いて力を溜めた。

 涙と共に、全力を解放する。

 

 

 

 虹色の光の中に、血飛沫と黒い霧が舞った。

 

 

 

 渾沌に呻く命は銀水晶によって苦しみごと浄化され、散った。

 

──

 

「……」

 

 妖気が禁足地から消え去った。

 シャガルマガラはじっと息絶えたゴア・マガラを見つめ、それからうさぎに視線を移した。

 彼女の周りを、純白の翼をゆっくりと引きずりながら歩く。

 角の下に光る目でつぶさに観察する。

 

 視線を直に受けるうさぎは、今にも息が詰まりそうだった。

 またあの、むせかえるような威圧感。同じ大地に立っているのに、遥か上から見下されているような感覚に陥るのだ。

 

 真意も見えず、ただ観察するような目の煌めき。

 それだけではなく、瞳の奥に知性を感じる。

 まるでこちらの心を見透かすような。

 うさぎは勇気を振り絞り、顔を上げて瞳を見つめ返した。

 

「……ゥゥゥゥ」

 

 シャガルマガラは、静かに喉を震わせた。

 それが何を意味するのかは分からない。

 直後、彼は翼をはためかせて飛び上がった。

 

 

 再び、六芒星が天に瞬いた。

 

 

「──ゥアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」

 

 しかし、今度は様子が違う。

 空中に浮く天廻龍の口内が、紫の光で満たされていくのだ。

 うさぎは咄嗟に、その場から四肢を投げ出して飛びのいた。

 

 

 圧縮された光の奔流が放たれ、地面を穿った。

 

 

──

 

 ちょうどその頃、うさぎの仲間である少女たちは、天空山におけるエリア1で凶暴竜イビルジョーと戦っていた。

 途中で休憩や補給を挟み、半日と少しが経った時だった。

 全体的に傾いた遺跡の一部を足場として、彼女たちは武器を必死に振り回していた。

 そんな中、レイは何かを察知して顔を上げる。

 

「禁足地の方から妖気が消えたわ!」

 

 彼女は、横から口を開けて迫ってきたイビルジョーの大顎を太刀で斬り、その勢いで後方に下がりつつ叫んだ。

 

「えっ……本当かい!?」

 

 ちょうど近くにいたまことは、疲労したイビルジョーの頭に、ハンマーによるかち上げをブチ当てる。

 強烈な雷を纏った鎚の一撃に筋肉の山は一時的に目を回し、倒れ込んだ。

 

「じゃあ、うさぎちゃんは妖魔ゴア・マガラを倒したんだね!」

 

 隙が出来たことを確認しつつ、彼女は喜々としてレイに振り向いた。

 藻掻くイビルジョーの全身にはかなりの量の傷が出来ていた。以前の大量の妖気を纏った時に比べれば、油断こそならないものの何とか立ち回れる相手になっている。

 これが万全の状態ならば、とてもこうはいかなかった。

 

 一方、美奈子はそれを聞きながらヘビィボウガンの弾倉に通常弾を装填、守護星のエナジーを銃身に流し込む。

 スコープからイビルジョーの胸に狙いを固定し、引き金を引いた。

 直後、金色の光を纏った連射が緑色の表皮を穿っていく。

 そんな中、彼女は金色の前髪をかき上げつつ、ちらと視線を上空に向けた。

 

「でも、それならこの黒い霧は何なの? どんどん空を覆っていってるわ」

 

 亜美も隣で毒弾を装填しつつ、曇天を更に覆ってゆく暗闇を怪訝に見つめた。

 まるで、妖魔ゴア・マガラの放つ黒い霧と瓜二つだ。

 

「本当だわ。いったい、何が……」

 

 突然、眩い紫の輝きが視界の脇を照らした。

 彼女らが驚いて目を細めて見てみると、黒い霧が広がって来る方角、それもかなり遠くで星のような煌めきが瞬いていた。

 光はしばらく続いたあと、プツンと途絶えた。

 

「なんだい、今のは!?」

「あれは……禁足地の方向だわ」

 

 まことに答えた亜美の一言に、一同ははっと息を呑む。

 折しもそれは、先日ゴア・マガラに直撃したものと同じ輝きだった。

 

「でも、妖気は感じないわ。まさか、シャガルマガラの狂竜ウイルス!」

「うさぎちゃんは、次は古龍を相手にしてるってのかい!?」

 

 武闘派であるレイとまことでさえ焦りを隠し切れない。

 うさぎが禁足地に赴いたことは、キャンプへ一時退却した際に伝言で聞いていた。

 ついさっき、ゴア・マガラに天上から鉄槌をもたらした存在だ。いかに強大な相手かは火を見るよりも明らかである。

 いつもは冷静に作戦を立てる参謀役の亜美も、狼狽して冷や汗を垂らした。

 

「情報の通りなら……このままでは風下の一帯に棲む生物たちがウイルスのもたらす狂気に侵され、生態系も、近くに住む人々の生活さえも破壊されるわ!」

「なによ、妖魔を倒しても結局マズいことには変わりないじゃない!」

 

 美奈子が嘆いたところで、彼女が撃っていた通常弾も切れた。

 巡り合わせ悪く、イビルジョーが片脚で勢いをつけて巨体を起き上がらせた。

 前回よりマシと言っても、相手は生態系の破壊者とも謳われる竜。隙あらばこちらを捕食しようとする、執拗な挙動は衰えていない。現に少女たちの装備の一部が、既に彼の腹の中に収まってしまっていた。

 

「グオ゛オ゛オ゛オ゛ッッッ!!!!」

 

 その竜の獰猛な視線は何ら衰えることもなく、それどころか勢いを増し、彼は天を仰ぎ見て咆哮した。

 筋肉が赤く膨張し、肉が割けるようにして背に瘤を形成する。

 口元から黒い涎を垂らしながら、イビルジョーは再び少女たちを視界に捉えた。

 

「……くっ。ただでさえ、うさぎちゃんが心配だってのに」

 

 まことがハンマーを構えつつも、全く懲りない相手にぎりりと歯を噛み締め、後ずさった時だった。

 

「弱気になっちゃダメよ」

 

 レイはむしろイビルジョーを真正面に歩み寄り、同時に呼びかけた。

 

「みんな、あの子を信じるって決めたでしょ!? あたしたちはいまこの時、出来ることをする!」

 

 その一言で、一時下がりかけていた視線を仲間たちは持ち上げる。

 そう、彼女たちは自分たちのリーダーたるうさぎに、ここは自分たちが引き受けると約束したのだった。

 ここで食い止めなければ、凶牙がシナト村を襲わないとも限らない。

 

「そうだね……あたしたちが、約束を破るわけにはいかない!」

「よーし、ここが踏ん張りどころ! 全力燃焼しちゃうわよ!」

 

 まことと美奈子はたちまち勢いづき、襲い掛かってきたイビルジョーの胸を、脚を叩き、撃って迎え撃つ。

 

「……助かったわ、レイちゃん!」

 

 亜美も毒弾を撃つため、ライトボウガンを真っ直ぐに構え直した。

 そこで一つ、気になるものが見えた。

 スコープの照準の中に、偶然空に浮かぶ小さなものが見えたのだ。

 

「……飛空艇?」

 

 その影は一瞬見えただけで、すぐに雲に隠れて見えなくなってしまった。

 

──

 

 凄まじい量の光が、禁足地に現れては消えていた。

 大地のそこかしこから光が次々に細く空中へと伸び、直後に光の下方に集った黒い霧が膨張、爆発する。

 それらはすべて、シャガルマガラから発せられる狂竜ウイルス。

 彼から撒かれたウイルスの一部が地上に沈殿、化学反応を起こして凝縮と拡散を繰り返しているのだ。

 

 烈しくも儚く散ってゆく光の間を、うさぎは必死に掻い潜っている。

 シャガルマガラは口腔に狂竜ウイルスを圧縮し、爆発させる。

 拡散してゆく光と、黒い霧。

 一発でも喰らえば、ミメットのように理性を失うかもしれない。

 うさぎはそんな恐怖と圧迫感に耐えながら、前方へ広がる爆発の連鎖を躱した。

 

 大剣を振り下ろし首元を斬り下ろすが、ゴア・マガラとは違ってまったく手応えを感じない。

 感触からして、刃は間違いなく通っている。問題はそれではなく、相手の反応だ。

 何度攻撃を当てても、全く微動だにしない。

 本当に生物なのかと疑うほど、冷静に刃を受け止めている。

 まるで、うさぎの攻撃が攻撃ですらない、と言っているかのようだ。

 

 シャガルマガラは口元に黒い霧を溜め、首を振って遠くへ放り投げた。

 それはうさぎの頭上を飛び越えて後方へ。

 

「えっ……」

 

 判断を迷ったうさぎに、シャガルマガラは第三の脚を振り上げる。

 視線を戻した彼女は、急いで後方に転がる。

 逞しい脚が、慌てて後ずさった彼女の目前を撃ち抜いた。

 

 直後、鈴を鳴らすような炸裂音が鳴った。

 先ほど天廻龍が作った吹き溜まりから狂竜ウイルスが爆発と共に黒い霧の塊として噴き出し、生きた弾となって地面を這って来た。

 

 思わずうさぎはそれに気を取られてしまい、隙を晒す。

 その間に、シャガルマガラは高く第三の脚を両方、高く振り上げていた。

 気づいた時には既に遅し。

 渾身の力で漆黒の爪が叩きつけられ、地盤を高くめくり上げる。

 

 少女はその衝撃の余波に直撃し、高く打ち上げられた。

 一瞬見えた、帳が降りたかのような暗闇。

 そのままうさぎは地面に強く叩きつけられる。

 

「かはっ……」

 

 頭を強く打ち付けられ、意識が混濁する。

 

 シャガルマガラは抜け目なかった。

 彼女が行動不能になったと見るや、第三の脚にある爪を開いて小さな身体を鷲掴みにする。

 そのまま何度も地面に叩きつけ、擦り付け、最後には投げつける。

 奈落に落とされなかっただけ、幸いと見るべきか。しかし、その時には彼女が自慢にしていたお団子ツインテールはほぼ解け、顔には擦り傷、身につける桜火竜の防具も各所が壊れ、見るも無残な姿になっていた。

 

「なん……で……こんな……に」

 

 うさぎはすぐに立てなかった。

 この世界に来てから、ハンターとしてそれなりに経験を積んできたつもりだった。

 しかしそれすらも無であると思わされるほどに強い。

 まるでずっと、相手の掌の上で転がされている気分だ。

 

 これが、古龍。

 環境そのものを塗り替える力と計り知れない膂力を同時に授かる、圧倒的な肉体。

 生きる天災の、偽りなき実力。

 

 シャガルマガラは、一段と大きい黒い霧を口元に溜め、倒れたうさぎの眼前に吐き出した。

 それは彼女の鼻先まで広く膨張し、神々しい光と禍々しい闇を同時に孕む蕾へと変化を始める。

 

 これだけは、当たったら終わりだ。

 

 その一心でうさぎは大剣を盾に構え、そのすぐあとに横倒しのまま転がるように吹っ飛ばされた。

 大剣が、衝撃により手から離れる。

 開花するように華々しく炸裂した光柱は、彼女の身体を禁足地の端に追い詰めた。

 

 もはや、うさぎは動くことすらままならない。

 シャガルマガラは静かに歩んでくる。この故郷の地を冒す者を残らず排除せんと、光と闇を背景に迫って来る。

 

「たた……ない……と」

 

 しかし、意志に反して身体は動いてくれない。

 ぼやけた視界の中で、純白の龍は爪を後ろ手に構える。

 そのまま力を溜めるようにして、次に彼女にそれを叩きつけようとした。

 

 

 風を切る羽音が聞こえたあと、眼前を蒼い矢じりのようなものが横切る。

 

 

 龍の意識が逸れたようだ。矢じりのようなものは翅のような部位をはためかせて、何度も龍の頭を刺している。鬱陶しげに首を振られても、それはしつこく纏わりついていた。

 

「ちょう……ちょ?」

 

 奇妙な光景のあと、視界の一面を白い煙が覆った。

 よくモンスターから身を隠す時に使われる『けむり玉』によく似ている。

 すると少女の身体は突然、誰かの肩に担がれた。

 その誰かは、重装備をつけたうさぎを軽々と肩を組んだ状態で運んでいく。

 

 

 横に視線を寄越すと、確かにそこには人がいた。

 

 

 黒い襟に蒼を下地として白い革やベルトで補強した防具を着て、一番目立つ赤い鉢巻のような額当てには、太陽のようなシンボルマークが描かれている。

 

 左手に持っているのは、操虫棍と呼ばれる武器だろう。赤いカラーリングの両刃構造、四方に付けられた刃の下に、千の剣とでもいうべき鋭い突起が無数に並んでいる。

 

「あな……たは……」

 

 そのハンターらしき人物は、うさぎの方を見ると棍を回すことで蝶を手元に引き戻し、武器をしまった。ポーチからけむり玉らしき白い物体を地面に叩きつけて視界を遮ると、次は紙に包んだ粉をこちらに少しずつ飲ませてくれた。

 

 やがて先ほどとは別方向にある台地の端に来た時には、薬の効果か視界も少しずつ定まってきた。

 ハンターはシャガルマガラが追ってきていないことを確認しつつ、丁寧な手つきでうさぎの身体を下にある階段状の岩へと下ろした。 

 そこでやっと、ハンターの額当てのマークが『我らの団』と同じものだと分かった。

 

「あなたは……まさか」

 

 ハンターはゆっくりと頷き、うさぎの後方を指さした。

 振り返ってみれば、階段と細道が続いていた。

 それは彼女もかつて通ってきた、ベースキャンプと繋がる道だ。

 

「あ、あたしも、休んだら後で戦います……」

 

 うさぎは必死に訴えたが、ハンターはゆっくりと首を横に振った。

 肝心の顔は陰になっているせいで、年齢も性別もはっきりしない。

 しかし僅かに見えた口の端を見るに、微笑んでいるようだった。

 

「今の君の状態では、流石に荷が重い」

 

 優しく一言だけ静かに言ったかと思うと、ハンターは崖の上へと姿を消した。

 その後、少女の視界をゆっくりと闇が覆っていった。

 




ハンターの装備:ブレイブX&蛇帝笏ペダンマデュラ
次回、第3編最終話となります。
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