セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて   作:Misma

128 / 189
今回は人間の会話ばかりですが、重要回です。


海の向こうへ②

 

 衛は微睡(まどろ)みの中にいた。

 

 周りは薄暗い。

 身体が水中にあるような浮遊感の中で、彼は夢心地で彷徨っている。

 いつからいたのかも、ここがどこなのかも分からず、まるで海藻のように。

 そこに、錐で穴を開けたような一滴の輝きが閃く。

 

『僕を……聖杯を……追って……。どうか……』

 

 静かながらも必死に訴えかけるような、少年の声だった。

 同時に、輝きから漏れた煌めく粒子が群れを作って走り回る。

 それが作る形はまるで──

 

 白馬のようにも見えた。

 

──

 

 新大陸に行く。

 

 モガ村のクエストカウンターの前でそう言い出したうさぎだったが。

 

「なるほど、故郷への想いよりも敵への同情が勝るか。困ったことだ」

 

 はるかの顔は薄く口角を上げてはいるが、瞳に宿る色は笑ってはいない。

 

「敵なんてどちらにもいないわ! ただ、生きる生命があるだけよ!」

「……話にもならないわね」

 

 みちるも、冷たく呟く。

 せつなとほたるとうさぎの側に立つ者たちは向かい合い、警戒の視線を巡らせた。

 

 何よりも困惑したのはモガ村の人々である。

 今や港にいる漁師も魚を籠に移す手を止め、山菜を取ってきた女たちも寄り集まって遠目に見ている。

 

 彼らにはこの前まで仲良しだった彼女たちがなぜ睨み合っているのか見当もつかない。

 とにかくこのまま放っておくと殴り合いにでもなりそうな、そんな剣呑な雰囲気があった。

 

「あ、あのー……何があったか分かりませんけど、喧嘩はやめた方が……」

 

 受付嬢アイシャが、どうにかこの場を収めようと笑顔を作って宥めかけた瞬間だった。

 そこにいるすべての人々の顔が、すべて青白く照らされた。

 

 稲光が、天から一直線に駆け抜ける。

 

 ほんの一時後れて、大地がひび割れるような音が鳴った。

 落雷だ。

 

「……っ!?」

 

 ちびうさは、突然びくりと肩を浮つかせた。

 

 否応なくその場の全員の視線は光の方向へと引き付けられる。

 発生場所はモガ村裏手の山だった。

 木に直撃したのか、煙が青空へ柱のごとく伸びていく。

 

「ねえあんた、さっき雲なんて出てたかい?」

「いや、あり得ねえぞ。山から冷たい風だって吹いてなかったし、今だって雨一滴降る気配すらねぇ」

 

 モガ村の住民たちの一部ではそんな会話が起こった。

 セーラー戦士たちも例外なく気を取られていたが、唯一うさぎはすぐ近くで異変が起こっていることに気づいた。

 

 ずっとちびうさが空を見つめたまま固まっているのだ。

 まるで電源を落とした機械のごとく、ぴくりともしない。

 

「どうしたの、ちびうさ!?」

 

 慌ててうさぎが肩を揺する。

 すると彼女は無事に目を覚まし、辺りを見回す。

 うさぎに呼び掛けられていたことに気づくと、目の色を変えて口を開いた。

 

「いま、声が聞こえたわ! 僕を、聖杯を追って、て」

 

 不可解な発言にうさぎが眉を顰めていると、貸家の玄関を覆う布がめくり上げられた。

 

「俺も……聞こえた」

 

 中から出てきたのは青年だった。

 黒髪に少し痩せてはいるが整った顔立ち。目覚めたばかりだからか足取りはやや頼りない。

 

「衛……さん?」

 

 一番先に気づいたのは亜美だった。思わず男の名を口にする。

 ブラキディオスからうさぎを庇い、深い傷を負って眠っていた月の王国の王子。

 彼の突然の目覚めに、誰もが唖然とした。

 

「まもちゃん!」

 

 その中で真っ先に、うさぎは衛に抱きついた。

 衛は腕を恋人の背中に回し、包み込むようにして迎え入れる。

 

「ごめん。かなり寝てたようだ」

「かなりどころじゃないわよ、もう!!」

 

 目元を泣き腫らしながら、うさぎは衛の背をぽかぽかと叩く。

 彼女からすれば、いつ目覚めるとも知れなかったのだ。その勢いはずっと溜め込まれていた不安を一気に吐き出すかのようだった。

 それをも、彼は苦笑しつつ受け入れた。

 

「俺たちはどうやら、誰かに呼ばれているらしい」

 

 衛はある方向を見上げる。先ほど雷光が瞬いた方角だった。

 モガの森と呼ばれる孤島の森林地帯。その奥からは今も煙が1本だけ立ち昇っている。

 

「とにかく、一度見に行ってみる価値はありそうだ」

 

──

 

 再びモガ村の裏門を出る。その先の丘を左に越えて森に向かう。

 村の人々には、今のところ問題はないので再び観光案内をすると言っておいた。

 万が一を想定し、今は皆がセーラー戦士の姿である。

 取り敢えずは一時休戦だが、地を共に歩んでいても緊張感は拭えない。

 

 聖杯という言葉には聞き覚えがあった。

 デス・バスターズの主が復活するために必要な存在。

 完成した暁にはセーラー戦士をも生贄として呑み込むという強力な『器』。

 その役割を果たすはずだった妖魔ゴア・マガラは、先日討たれたばかりだ。

 

「その声の言う通りなら、『聖杯』はまだどこかにあるってことになるわね」

「となると大変だぞ。デス・バスターズに先に手に入れられたら厄介なことになる」

 

 ルナとアルテミスが歩きながら告げた。

 猫たちの表情は至って深刻だが、その隣を歩くちびうさ──ちびムーンの表情には希望が見える。

 森から上がる煙が一段と近くなる。彼女はそれを真っすぐ見据える。

 

「じゃあ、声の持ち主はあたしとまもちゃんを聖杯へ案内しようとしてくれてるのかも!」

「甘いな」

 

 ちびムーンの横を通ったウラヌスが口を挟む。

 

「よりによってこのタイミングだ。罠の可能性も十分に考えられる」

「同感ね。月の王族にしか聞こえないお告げなど、出来過ぎているわ」

 

 続いてのネプチューンの言葉に、くっとちびムーンは口を詰む。

 言い方こそ厳しいが、彼女たちの言うこともまた正論であった。この先、一体何が待ち受けているとも分からないのだから。

 更に歩くうちに、白い霧が立ち込めてきた。

 ひんやりとした空気が彼女らの頬を撫でる。

 

「待って、この雰囲気……初めてこの世界に来た時と似てるわ」

 

 セーラームーンの歩みをマーズが手で止める。

 そう。彼女たちセーラー戦士が初めてこの世界に、ココット村に来た時も、こうやって突然現れた霧を通り抜けてきたのだ。

 

 一方、プルートは地面にあるものを発見した。

 深く地を蹴ったような蹄の跡。それが一列を成して、霧の中を突っ切っている。

 間もなく、他の戦士たちも存在に気づく。

 

「あれ、この世界に馬なんていたっけ?」

「いるにはいるけれど、私たちの世界とは違ってかなり希少な動物だったはずよ。ここに生き残ってるとは考えにくいのだけれど……」

 

 ヴィーナスの戸惑いにマーキュリーが澱みなく答える。

 プルートは未だ、屈んだまま足跡を見つめて何かを考えている。

 

「プルート、何か分かったのですか?」

 

 サターンがほたるの時に見せた人格とは打って変わり、大人のように落ち着いた声で彼女に声をかける。

 しかし、プルートは首を横に振った。

 

「……いえ、少し考え事をしていただけです。それよりもこの足跡の進む先……」

 

 彼女は、神妙な顔で霧に包まれた前方の森を見つめている。

 サターンも導かれるように足跡の先に視線を移すと、はっと目を見開く。

 

「私たちが通ってきたのと同じ、時空の歪みを感じる!」

 

 その一言に、一気に戦士たちの視線がサターンへと引きつけられた。

 マーズの直感は間違っていなかった。

 つまり、この先に彼女たちの世界がある。

 

「痕跡を見るに、蹄の持ち主は私たちの世界に入った可能性があります。確かめてみる価値はあるかと」

「……」

 

 ウラヌスとネプチューンは、戸惑うように見つめ合う。

 ムーンは衛、そして仲間たちを切なげに見た。

 この先には日常がある。

 狩人として血反吐を吐きながら夢見て求めてきた、ネオンに照らされた故郷が。

 以前なら迷わず彼らと共に霧の向こうへ突っ走っていっただろう。

 

 しかし。

 

「……やっぱりあたし、訳も知らずに一つの世界を滅ぼすだなんて納得できない」

 

 セーラームーンは呟いた後、皆に向かって叫んだ。

 

「古龍たちが災いを起こすというのなら、あたし1人だけでも新大陸でちゃんと彼らのことを調べてみるわ。そうすればこの世界を滅ぼさずに済むかも知れない!」

「この期に及んでまだ君は……」

「じゃあ、声に呼ばれたあたしとまもちゃん、それと外部のみんなが元の世界で声の持ち主と聖杯を探すってのは? 聖杯を見つけて壊せば、災いも止まるかもしれない!」

 

 ちびムーンがウラヌスの言葉を遮ってまで加勢した。

 ムーンが驚いて彼女を見ると、

 

「心配しなくったって大丈夫よ。あっちに行ってる間、まもちゃんには手、出さないから」

「……こんな時にあんたって子は」

 

 思わず苦笑を浮かべるも、軽口を聞くムーンの表情から、重さは幾ばくか無くなっていた。

 ちびムーン(ちびうさ)も、セーラームーン(うさぎ)に負けず劣らず強情な女子なのだ。

 

 2人が決意を確かめ合うのを見届けると、マーズはムーンの肩を叩く。

 

「流石にこの子だけじゃ不安だから、あたしたちも新大陸に行きましょう。ねぇ、みんな?」

 

 彼女は内部太陽系戦士の仲間たちを見やる。

 言われずとも、といった様子で彼女たちはムーンの近くに寄った。

 

「なるほど。それならそちらも外敵を討つって使命を果たせるワケだ」

 

 ジュピターは、返答を求めた。

 全ては外部太陽系戦士たちの言葉にかかっている。

 

「……やってみましょう」

 

 プルートは、5秒ほどの沈黙のあと答えた。

 ウラヌスとネプチューンは、目を細めて彼女に振り向いた。

 

「プルート、いいのか? 君はあらゆる可能性を探った末にあの結論を出したんだろう?」

「幻の銀水晶は、持ち主の強い決意と願いが揃った時こそ真の力を発揮します。今のプリンセスではこの世界の破壊など、到底不可能でしょう」

「……それは認めざるを得ないわね」

「では、スモールレディの提案に乗るということですね?」

 

 サターンの問いにウラヌスたちは黙って肯定を示した。

 それを確認するとプルートは向き直った。

 

「ただし、こちらの世界で災いが起こる113日後までです。それまでに別の方法を探せなければ、迷わず故郷を選ぶ。プリンセスにはその覚悟をして頂きましょう」

「113日後?」

 

 プルートが条件として課した数字に、マーズは驚いたように眉をひそめる。

 つまり、約3ヶ月後。

 新大陸への移動時間や調査にかかる手間を鑑みれば、かなり短い期限だ。

 

「……分かったわ」

 

 ムーンは頷いた。

 どんなに分が悪くとも、彼女たちはこの災いを避けなくてはならない。

 内部戦士たちも無言で了承する。

 

「……」

 

 衛は無言でムーンとちびムーンの2人を交互に見やった。

 恐らく、駄目だと言っても振り切って行くだろう。

 ただしかし、運命で結ばれた恋人にだけは向かい合って、視線を合わせ。

 

「うさこは、それで本当にいいのか?」

 

 それは美少女戦士としての彼女ではなく、彼女自身に向かってかける言葉。

 セーラームーンは一瞬だけ俯くも、再び眉を引き締めて顔を上げた。

 

「……うん。まもちゃんとまた離れ離れになるのは正直嫌だけど。この先、何度だって出会うから」

「……なら、俺も誓う。必ずや次は、この手をずっと握れるようにしよう」

 

 ムーンも、その名を愛おしく呟く。

 2人は全く大きさの違う手を握り合う。

 それを確認したウラヌスとネプチューンは、一足先に霧の向こうへと踏み出した。

 

「それでは、僕たちは先に行かせてもらう。王子と未来の姫に、何が出るか分からない道を進ませる訳にはいかないからな」

 

 そのまま彼女たちは進もうとした。

 

「モガ村の人たちに挨拶はしないの?」

 

 足が止まった。

 引き止めたのはセーラームーンだ。

 2人は、並んで黙ったまま顔をこちらに見せなかった。

 

「その必要はない。彼らには『観光客の正体は故郷から来た迎え人で、家の事情のため北の海から急ぎ帰った』と伝えてくれ」

「……それと、霧が消えるまで絶対に森に立ち入らないよう言ってちょうだい。こちらの世界に来たら厄介なことになるでしょうから」

 

 彼女たちは背を向けたまま、それっきり何も言わないで消えていった。

 その足取りには、まるで躊躇がなかった。

 背中を見送るムーンの仲間たちの瞳には、未だに困惑がある。

 プルートが2人を追う足を止めて振り向き、内部戦士たちを目に留める。

 

 

「彼女たちは本来なら、この真の使命を貴女方と会った時にすぐ伝えるはずでした」

 

 

 ムーンたちは思わず彼女に注目する。

 

「……しかし彼女たちは()()()そうしなかった。その意味が分かりますか?」

 

 はっと内部戦士たちは目を見開く。

 それまで突然の心変りとしか見えなかった態度が、たちまち1つの道のりとして現れる。

 ウラヌスたちはあの残酷な未来を知りながら、ムーンたちが選ぶ方法を決して否定しなかった。

 

「……本当のことを言えば、こんな風になることを見越してたから。更に言えば……」

「この世界を、滅ぼしたくなかったから?」

 

 マーキュリーに続けムーンが問うと、プルートは静かに頷く。

 

「ですからどうか、恨むなら私を恨んで下さい。こんな愚かな方法しか提案できない、この私を」

 

 彼女はきつく瞼を閉じ、真っ直ぐ頭を下げる。

 この世界を滅ぼす提案をした張本人とは思えない礼儀正しさだった。

 サターンも隣で、彼女が深く項垂れる姿を見つめ続ける。

 

「顔を上げて、プルート」

 

 そんな中セーラームーンが泣きそうな顔で、未だに頭を下げるプルートに声をかけた。 

 手を握り、首元に顔を埋め、優しく視線を合わせる。

 

「ありがとう、話してくれて。貴女もきっと辛かったのに」

 

 プルートは少しだけ気持ちが救われたのか目元を緩める。

 内部戦士たちはそれを見て、内省するように俯く。

 ヴィーナスが思わず眉を歪める。

 

「……ごめんなさい。そこまで考えてくれてたってのに、あたしたち……」

 

 あろうことかその場の感情に任せ、彼女たちと反射的に対立してしまった。

 主君である以上に親友としてムーンを想う心に加え、ウラヌスたちを仲間だと信じきっていたが故の失望もあっただろう。

 次に、ジュピターが首を振る。

 

「最初に手を出したのはあたしだよ。ムーンを都合よく利用されると思った途端、カッとなって……」

「子どもじみてたわね、あたしたち。もっと冷静になるべきだった」

 

 彼女が己の掌を見つめ、握り締めて呟くのにマーズが続けた。

 いずれの表情も苦々しい。

 ムーンとちびムーンは心配そうに彼女らを見やる。

 状況をみかね、アルテミスが口を出した。

 

「な、なぁ。今からでも謝りにいけばもしかしたら……」

「遅いわ。もう、あたしたちは違う道を選んでしまった。突き返されるのがオチよ」

 

 マーキュリーの言葉が、仲間たちに重く響く。

 

「その通りです」

 

 サターンが澄んだ声で呼びかける。

 

「貴女方の使命は、プリンセスをあらゆる脅威から護ること。行動を共にすると決めたなら、それに全力を尽くすのです」

 

 きっとウラヌスたちも同じことを言うでしょう、と彼女は付け加える。

 発破をかけられた内部戦士たちは沈黙し、頷いた。

 ムーンはそれを確認するように見てから振り向いて、

 

「じゃあ、あたしたちの世界のことは貴女たちに託すわ。絶対に次は、笑って会えるようにしようね」

「……プリンセスも、どうかご達者で」

 

 プルートは少し離れ、辞儀をしてそう言い残すと、サターンと共に霧の向こうへと消えた。

 

「じゃあ、あたしたちも行ってくる!」

 

 沈んだ空気を、ちびムーンが明るい口調で断ち切る。

 そして彼女はムーンたちから離れて霧の向こうへと歩み出した。

 

「……気をつけてね、ちびうさ。まもちゃんも」

「うさこ、すまない。本来なら絶対、君の近くにいておくべきなのに……」

「良いの、元々あたしが言い出したことだし。まもちゃんは、きちんとちびうさを護ってあげて」

 

 タキシード仮面()は頷くと、セーラームーン(うさぎ)と見つめ合う。

 それから、長く、長く、接吻をした。

 片時も離れたくないのに離れなければならない、この運命を惜しむように。

 それからちびムーンの肩を持って少し進み、それからもう一度振り返った。

 

「じゃあ、行ってくるよ」

「そっちも、あたしたちに追い抜かされないよう頑張りなさいよ!」

 

 互いに手を振って別れた。

 2人の後ろ姿は白い霧に巻かれて消えていく。

 ムーンは、それまで我慢していた涙をぽろりと落とした。

 

「……行こう、新大陸へ」

 

 また、親しい者たちと離れ離れになってしまった。

 だが、これも自分たちの光溢れる世界のため。この生命溢れる世界のため。

 故郷へ続く道を目前にして、少女たちはもと来た道を引き返した。

 

──

 

「あ、あれ? はるかさんとみちるさんは?」

 

 モガ村に戻ってくると、受付嬢アイシャは真っ先にはるかたちがいないことに戸惑った。当然のことだった。

 一通り彼女らが予め用意していた説明をすると、人々は一応納得はしてくれた。

 だがそれでも、彼らの落胆は目に見えるものだった。

 

「確かに、間もなく先代のハンターさんが帰ってくるから安全の心配はしてないが……それにしても急だなぁ」

 

 筋骨隆々な村長の息子でさえも声に覇気がなく、腕組みする身体が小さく見えた。

 

「ナント! 黙って出ていくとは白状な奴らだブー!!」

「今回ばかりはチャチャに同意ッンバ!! これからワガハイたちのスーパークレイジーな冒険があったというのに、ムッキャー!!」

 

 村人の中で唯一怒りを露わにしたのは、奇面族のチャチャとカヤンバである。

 はるかたちと一緒に戦ったことのある彼らは、仮面を剥がれん勢いで振り回して怒鳴っていた。

 

「これ、やめんか」

 

 怒り心頭の子どもたちを頭を押さえることで制したのは、モガ村の村長だ。

 

「時が来たのだ。彼女たちは旅人で、そもそも故郷が見つかれば帰すという約束。それを違えることなど許されんよ」

 

 不満を垂れておかしくない状況でも至って冷静なのは流石というべきか。

 村長は顎の白い髭を撫でながら、うさぎたちに穏やかに微笑んだ。

 

「お前さんらも、まずはタンジアの港に向かうのだろう? ほれ、一番丈夫な船と船乗りを用意しよう、皆の者。いつまでも落ち込んどる場合じゃないぞ!」

 

 彼が手を叩くと、モガ村の面々も気分を入れ替え準備に入る。

 それでも、全てを知るうさぎたちだけは複雑な顔だった。

 

「……すみません。あたしたちがもっとちゃんとしていれば」

 

 彼女たちは、この村に留まってくれたのだろうか。

 亜美が悔しげに呟くと、それに気づいた受付嬢アイシャは物凄い勢いで首を振る。

 

「あ、あなた方が謝ることじゃないですよ! ラギアクルスを討ってくれた英雄さん相手に文句なんて言えません!!」

 

 しかしふと見せた悲しそうな目から、空元気を出しているだけだとすぐに分かってしまう。

 

「……でも、きっとまた顔を見せてくれますよね! いつでも来てくれていいって、故郷に帰ったらあの人たちに伝えて下さい!!」

 

 努めて明るい声を出して握手してくる彼女に、うさぎもまた明るい顔を作って頷き応えるしかなかった。

 船の準備は間もなく終わった。

 帆船にすべての荷物を積み込み、風の流れを読んだ船乗りが合図をする。

 錨が上げられ、港から少しずつ船が離れていく。

 

 子どもたちが桟橋まで走ってきて一所懸命手を振ってくれる。

 村長も、その息子も、受付嬢も、『海の民』の人々も、竜人族の農場主も、穏やかな笑顔で見送ってくれる。

 

 セーラー戦士たちも同じように笑顔で手を振り答えるが、その笑顔は決して心から明るいものではなかった。

 この世界に来てから幾度も繰り広げた人々との別れ。

 しかしこれまでと違い、今回ばかりは状況があまりにも重苦しい。

 

 113日後に訪れる大いなる災い。

 新大陸における異変。

 自分たちに委ねられた、2つの世界の行方。

 

 見送る人々の笑顔とは裏腹に、うさぎたちの胸中には苦々しいものが残っていた。

 やがてモガ村が水平線に消えた時、うさぎは空を見つめて呟いた。

 

 

「はるかさん、みちるさん……これで本当に良かったの?」

 

 

──

 

「……おしまいだ、我々の計画は」

 

 闇の奥にある研究室。

 そこに、白衣姿の男女が机の前に立っている。

 デス・バスターズの幹部である教授。そして助手のカオリナイトだ。

 周りの試験管、ビーカー、湯吞、あらゆるものが壊されて放置されている。

 

 教授は老人のごとく背を曲げていた。

 失意ゆえか、白髪は乱れている。

 

「聖杯は壊された。妖魔ウイルスもすべてシャガルマガラの狂竜ウイルスに駆逐されてしまった。ギルドナイトどもも息を荒くして我々を探している。これでは主の復活のためのエナジー回収すらままならん」

「教授……」

「これではまるで……我々が逆にこの世界に喰われ、手足をもがれているよう……」

「な、なにを仰るのです!? 教授はそんな弱気なことを言う御方ではありません!!」

 

 カオリナイトは机を叩き激昂した。

 教授がいま言ったことはこれまでのすべてを否定する発言だ。

 ならば、自分たちがいま生きている意味がどこにあろう。

 自分たちは故郷を復活させるために他者を喰う。

 断じて喰われる側ではない。

 

「心配には及びませんわ」

「是非とも私たちにお任せください」

 

 どうやって元気づけようかと悩んでいた時、若い少女の声がかかった。

 カオリナイトは、半ば睨むように振り向いた。

 

「テルル君、ビリユイ君……」

 

 教授は、呆然とその名を呟いた。

 ウィッチーズ5の第4、第5のメンバーである彼女たちは、白衣姿に自信満々な顔でヒールを鳴らしてきた。

 緑色の髪をお団子に結ったテルルは、眼鏡をかちゃりと鳴らして宣言する。

 

「我々は、ユージアルとミメットのようなヘマはいたしません」

 

 青い長髪に冷たい笑顔を持つビリユイが競うように前に出て、丸めた地図を胸の谷間から取り出す。

 

「非常に弱いものですが、『聖杯』の反応を再び捉えたのです」

 

 教授は、さっきまでの消耗ぶりからは想像もつかないほど瞳に活気を取り戻した。

 

「なに! どこなのかね、そこは!?」

 

 突然の朗報に、教授は意気揚々と食らいつく。それだけでもはや数十年は若返ったのではないかと思える勢いだった。

 カオリナイトは他の女が横槍を入れてきたのが気に食わないのか、思い切り睨みつける。

 しかしテルルたちは意にも介さず、机の上に地図を広げる。

 西は、現在彼らがいる現大陸。注目すべきは、東のずっと奥に位置する大きな大陸であった。

 地図はその大陸の北で終わっており、まだ開拓途上であることを表している。テルルはそこを指さした。

 

「原住民の間では『新大陸』と呼ばれるところです。聖杯がここに移った理由は不明ですが、ここで聖杯を取り戻せば主導権は再びこちらに戻ります」

「よし、さっそくいってきたまえ! 何が何でも『聖杯』を奪取するのだ!」

 

 テルルは並んで頭を下げ、恭順の意を示した。

 

「はっ。必ずや我々の力をあなた様のお役に立たせてみせます。しかしもう一つ──」

「教授! あなた様に一つ、お頼みしたいことが」

 

 ビリユイはテルルよりも、そしてカオリナイトよりも前に進み出る。

 カオリナイトとテルルは目を剥き、睨んだ。

 

「何かね。早く言いたまえ」

 

 女たちの威嚇も無視して、ビリユイは教授の耳元に何かを囁く。

 やがて男の口端が、笑うようにぐにゃりと曲がった。

 

「……なるほどそれは妙案だ、さっそく検討するとしよう!」

 

 テルルは納得いかない顔で、ビリユイは得意げに微笑んで頭を下げる。

 彼女たちは背を向けると教授に見えないように一瞬睨み合い、それから闇の中へと消えていった。

 それを見送ると突然、教授はちょうど近くのラックに掛けてあった帽子をひったくった。

 

「教授、どこへ!?」

「カオリナイト君。私は今からちょいと遠くへ出かけてくる。我々の作戦をより確実にするためにね」

 

 貴族が被るような少し洒落た黒帽子に白衣という奇妙な出で立ちのまま、彼は研究室の外へと歩む。

 

「セーラー戦士どもめ、今に待っておれ。我々はどんな理だろうと超えてみせるぞ。ぅぅはははははは、うぅひはははははははははははは!!」

 

 さっきまで自分が言っていたことさえも忘れ、教授は高笑いを上げてその場を去っていった。

 

「よく分からないけれど……。とにかく元気になられたようで良かったわ」

 

 立場を取られたとはいえ、カオリナイトは活力を取り戻した男を最初は好ましく見つめていた。

 しかし、そのうち目元に不安の影が入り交じる。

 

「我らが主、師90(ファラオナインティーン)よ……。貴方様の今は何処ぞの闇に(ましま)す御身、必ずや拝謁いたします」

 

 彼女は振り切るように天井の闇を見上げ、そう呟いた。




次回より新大陸&セラムン世界と2つの舞台に分けてお送りする形となります。
詳細は次回投稿時に説明致します。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。