セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて   作:Misma

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心に秘める宝石①

 大阪なるは、宝飾店「ジュエリーOsa-P」のオーナーの娘だ。緑色のリボンで止めた、ウェーブのかかった波打つ茶髪が特徴の少女である。

 ここ最近、彼女は大きな不安を抱えていた。

 

 彼女の親友である月野うさぎと、その友達である4人の少女……水野亜美、火野レイ、木野まこと、愛野美奈子の失踪である。

 

 うさぎ、レイ、亜美の3人は、3日ほど前から忽然と姿を消しており、その後を追うようにまことと美奈子もその翌日に姿を消した。

 学校側も警察に連絡して捜索をしてもらっているが、一向に彼女たちの情報は出てこない。イジメなどもなく、家庭でも極々平和に生活を送っていたというから、全くその具体的な原因も判明しなかった。

 なる自身も、失踪直前のうさぎにこれといった違和感を抱くことはなかった。そもそもあの快活、元気というワードをそのまま少女の形にしたようなあの子が、わざと家を抜け出すような真似をするだろうか。

 理由は何であれ、彼女とその仲間たちに早く戻ってきてほしいという願いは切実なものだった。クラスの雰囲気も、特にうさぎがいなくなってからかなりどんよりとしている。

 こういう雰囲気は、何よりもなる自身に体調不良という目に見える形で重くのしかかっていた。今日も朝起きると体のだるさ、重さ、頭痛と吐き気が彼女を苦しめたが、今日教室にいたらしれっと彼女が席に座っていて手を振って「なるちゃん、おはよう!」とあの元気な声で言ってくれるかもしれない。

 

 そんな僅かな希望を頼りに、なるは今日も廊下を歩いていたのだった。

 ガラガラと引き戸を開ける。そこに、あの金髪ツインテールの幼馴染の姿はなかった。

 

「……まだ、なのね」

 

 がっくりと肩を落とす。

 席に座ると、ぐりぐり眼鏡をかけた学ラン姿の少年が気づかわしげな様子で「おはようございます、なるちゃん」と声をかけてきた。

 

「……おはよう、海野」

 

「大丈夫ですか?あまり無理はしない方が……」

 

「大丈夫よ。大丈夫ったら」

 

「で、でも顔も青ざめてるし、目にクマまで……」

 

「もう。私が大丈夫と言ったら大丈夫なのよ」

 

 笑いながら応対しつつ、心の中で彼女は大丈夫なわけないじゃない、と独り言ちた。

 確実に、日に日に自分がやせ細っていくのを感じる。それだけ彼女は自分にとって大切な存在だったのだろうと、改めてその存在の大きさを実感した。

 海野は彼女の大切な友達の1人で、優しいしいざという時は頼れる男だが、こういう時の人の扱いは下手な方だ。彼なりに気遣ってくれているのは嬉しいが、正直今は無理して構わないでほしいところだった。

 

「そうだ!気晴らしにここ最近話題の怪物の話題でもしましょう!」

 

 ピンと指を立て彼がカバンから取り出してきたのは、新聞の束だった。まるでマジックで使う帽子のようにいくらでも綺麗に折り畳まれた様々な種類の新聞が飛び出してくる。

 

「うっ……。どんだけ入ってんのよそこに」

 

 思わず眉を顰めるなるだったが、「情報集めは男の常ですから」と、海野は得意気に言った。

 

「ほら、見て下さい。今日の日付のこの新聞……。中々面白いことが書いてありますよ!」

 

 そこの見出しには「古代の生物、発見か!?トラックを襲った謎の怪物」と書かれ、写真には横転したトラックと散乱した魚介類が映されていた。

 

「なんと!今この文明が地上を支配する時代に古代からの来訪者が現れつつあるようなんです!それも決してガセでも何でもなく、この現実において!」

 

 海野は熱っぽく語るが、一方のなるは全くと言っていいほど興味を惹かれなかった。そんなことより、うさぎたちが戻ってきてほしいという思いの方がずっと強かった。たとえ恐竜たちがこの地上を支配しようが、うさぎが戻ってこないことに比べれば何倍もましな方に思えた。

 

「ほらほら~、見て下さい。姿こそ目撃出来なかったが、関係者はこの存在のサンプルを採集出来れば、科学と文明の発展に大きな一歩に……」

 

 海野が紙上に指をなぞり読み上げるのを、なるは適当に目で追っていた。

 だが、途中で彼の手は突如としてピタリと止まった。自然に、近くにあった小見出しが視界に入る。

 

 

『中学女子生徒ら5名の失踪とも関連か』

 

 

 なるの表情が固まったのを見て、海野は慌てて新聞をしまい、そして沈黙した。

 

「……すいません」

 

「……いいのよ。あんたは悪くないわ」

 

 頭を下げて謝った海野を前に、なるは笑って答えたが、やがて机に向かって目を伏せると、その笑みは消えた。

 

「ごめん、お願い。今日はほっといて」

 

 

 その日は結局、勉強もクラスメイトとのお駄弁りも、すべてが自分の頭をすり抜けて後には何も残らない。心にあるのはただ、自分の心を根っこで支えているものが消え、足元の地面がまるごとなくなったかのような浮遊感。

 こんな感覚を、前にも感じたことがある。忘れもしない、あの憎々しいほどに夜空が美しかった、あの日。

 そんな思いが、夕陽を背負って帰途についていた時からおもむろに大きくなっていった。

 家に帰ったなるを母が心配して玄関で出迎えてくれたが、返事も虚ろなまま上の階に上がってしまった。

 部屋に入ったなるは、急いで机の中を探り、ある立方体の落ち着いた群青色のケースを取り出す。

 

 かちりと音を立てられ開けられたそれには、緑色の宝石がはめ込まれたネックレスが入っていた。

 彼女の家は宝石店だからそれ自体はこの家では珍しくないはずだが、彼女にとっては違うようだった。

 なるはネックレスをそっと首にかけると、手のひらに宝石を乗せてじっと見る。

 

「まるで、あの人が見守ってくれてるみたい」

 

 ネックレス自体は、彼女が毎月母からもらうなけなしのお小遣いをはたいて買ったもので、決して大人の女性が付けるような手間がかけられたものではない。黒い不純物があるし、艶のある深緑色も見られない。だが、彼女にとってはそれが今、絶望の底辺にいる自分にとって唯一救いなのだ。

 彼女はその煌めきに縋るように宝石を両手で包み込むと、それと額をぴったりと合わせた。

 この宝石はかつて、彼女が愛し、そして自分を愛してくれた男から貰ったものだった。

 その名は、この石のそれと同じ。濃く長い茶髪と浅黒い肌、そしてきりりとした眉と青い瞳が、鮮明に頭に浮かんだ。

 

「ネフライト様……こんな時に貴方がいてくれたら、私、もっと強い女の子になれたのかしら」

 

 その時、不意にガラスが一斉に割れるような破裂音が聞こえた。少し遅れて母親が慌て、怒鳴るような声が下から聞こえてきた。

 

「ママ……!」

 

 いろんな人が騒ぎ立てる音が聞こえる。まだ今は客がいる時間帯だ。

 居ても立っても居られなくなり、彼女は思わず立ち上がった。

 急いで階段を駆け下りるにつれ、騒ぎはひどくなっていく。途中で従業員に気づかれ、何か言われて行く手を阻まれたが、無理やりに押しのけていった。

 騒ぎは1階の広間に広がるショップエリアからだった。

 ドアを開け放ったなるの前に、ガラスの破片が飛び散る。

 なるの視界には、怯え固まってうずくまる人々の姿がいた。その中に、この店のオーナーである母の姿があった。彼女だけが立って、何かを睨んで客を護るように先頭に立っている。

 

「皆さん、落ち着いて!後ろにいる方から順に裏口から……なるちゃん?」

 

 消火器を持った彼女は後方に振り返って指示を出していたが、視線がなるのそれとぶつかった。

 

「ママ……無事だったのね!」

 

「なるちゃん、今すぐ戻って!」

 

 なんで、と問う前に、答えは分かった。

 またしてもガラスが割れる音がしたその先に、灰色のとんがった大きな塊が砕け散ったディスプレイの陰でもぞもぞと蠢いていたからだ。

 

「なんなの……あれ……」

 

 なるはずっと前、この宝石店が妖魔に襲われた時を思い出した。

 だが、この怪物はそれらと種類が異なることが一目見て分かった。

 やっと後ろの気配に気づいたのか、怪物は長い首をもたげて立ち上がり、ゆっくりと振り向いた。その全貌に、なるの母と利用客たちは身構えてたじろぎ、なるは驚愕した!

 

 灰色の塊のように見えていたのは、奴の背中を覆うゴムで出来た皮膚のようなものだった。そいつには暗い橙色の膜が付いた翼が生えており、その後ろには翼膜と同じ色をした鞭のごとき尻尾がぶらぶらと遊ぶように揺れていた。

 何よりも目を引いたのはその頭である。上に伸びた槌のように厚く固そうな嘴に、葉巻のように奇妙な形状をしたトサカ。その双眸は黄色く濁り、高い知性は感じさせない。

 間抜けな印象を与える不揃いの平たい歯の間からは数多の輝く宝石が見え隠れし、口内からは毒々しい紫の液体が垂れていた。

 

 あまりに不細工で、汚らわしく、醜い。

 『豚に真珠』ということわざがあるが、まさにそれを体現した生き物だ。

 

「ギャアアアアアアアアアッッッ!!」

 

 その『鳥』は驚いたように大袈裟に想えるほど飛び上がって叫び、ジタバタと激しく翼をはためかせた。

 口に咥えられた宝石がゴロゴロと落ちる音と共に、客の間に悲鳴が広がる。

 自分が宝石を落としたことにはっと気づくと、もう一度『鳥』は散らばった宝石をわざわざ丁寧に飛び跳ねながら一つずつ啄み、今度は確実に呑み込んでいく。

 

「ま、まさか宝石だけが目当てなの……?」

 

 どこか間の抜けた動作を見つめながら、なるはぽつりと呟いた。

 そのうち、『鳥』の嘴が宝石の一つを取り誤った。カラン、と音を立て、宝石がなるの足もとに転がって来る。

 

「なるちゃんっ!!」

 

 母の詰まるような声が聞こえて、彼女が宝石から目線を上げると、そこにはにやけたような『鳥』の顔がこちらを向いていた。

 奴の視線は、なるの胸元に注がれている。

 

「……あ」

 

 奴の狙いはすぐに分かった。彼女がかけてきたネックレスだ。

 宝石はかなり小さいが、変わった色をしていてよほど欲しくなったのだろう。嬉しそうにぎゃあぎゃあと騒ぎ立てて飛び跳ねている。

 

「い、嫌!」

 

 思わずなるは宝石を手の中に取って隠した。だが、『鳥』はそれに構わず、涎をまき散らしながら真っ直ぐに突進してきた。

 

(ネフライト様っ……!!)

 

 『鳥』が、目前に迫る。ぶつかれば、彼女の小さく細い身体はひとたまりもない。

 目をつぶり、祈った矢先──

 

「なるちゃんから離れなさい!!」

 

 勇ましい少女の声が上がった。『鳥』は立ち止まり、ぐりんと首を回して振り向く。

 宝石店の玄関口に、月と都会の光を背に受けた人影がひとつ。

 この光景にも、なるは見覚えがあった。そう、妖魔に自分が殺されかけた時もこうやって『彼女』が駆け付けたのだった。

 

「セーラー……ムーン……?」

 

 だが、その背はあの時のそれより遥かに小さい。印象的だったあのお団子ツインテールも、あの腰まで届くほどすらりとした長いものではなく、短く丸っこくまとめたものだった。

 

「ギヤオオオオオオッッッ!?」

 

 せっかくの機会を邪魔されたのが気に食わなかったのか、『鳥』は腹立たしげに低く唸った。

 

「な、何言ってんだかわかんないけど……取り敢えず!愛と正義の、セーラー服美少女戦士見習い、『セーラーちびムーン』!未来の月に代わって、お仕置きよ!!」

 

 果たして、その正体はセーラームーンではなく、彼女よりは幼い、ピンク色の髪とコスチュームが特徴の美少女戦士、セーラーちびムーンだった。

 続いて、部屋の上方でぎぃ、と窓が開いた音がした。

 音がした先、大きく開かれた大窓に立つは、セーラームーンと行動を共にする謎の男、タキシード仮面。

 

「鳥の化け物よ!女の子たちの憧れと夢がたくさん詰まった宝石店を、好き放題荒らすその鬼畜の所業。このタキシード仮面が成敗してくれる!」

 

 『鳥』はますます不機嫌になったように、しわがれた雄たけびを上げた。


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