セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて 作:Misma
「君たちはどこの生まれだ?」
アステラの門から出ていきなり、調査班リーダーはそんな質問をふっかけてきた。
左には大海が、右には鬱蒼とした森林が広がる細道を歩いている。
「え、えーっと……結構遠く、かも!」
一番近くにいたうさぎはそう答えるしかなかった。
それにしてもまずい言い方ではなかったかと亜美は眉をひそめたが。
「そうか。俺はこの大陸で生まれたから、まだ向こうを見たことがないんだ。また機会があれば、君たちの故郷も見てみたいものだな」
特にこだわった調子もなく、調査班リーダーは振り向きながら答えた。
普段厳つい顔の人がにこりとするのは、それだけでかなりの破壊力がある。
面々はそれを見て「お、お~……」と感心するように唸った。
「あーもうそれは是非いつでも来ちゃってくだ……」
「駄目だよ美奈子ちゃんっ!!」
美奈子の口を突いて出て来た言葉を、慌てて口封じに転じるまこと。
万一にでも、本当に来ることがあってはならない。
「ご、ごめんちょっとドジっちったわー。てへぺろー」
「何がてへぺろーよ!! ここではあたしたちの事情は言わないって約束したばかりでしょうが!」
お茶目っぽく舌を出し、自身の額を拳で叩いた美奈子に対し、レイが鬼気迫る表情で肩を揺らす。
「おーい、危険はないぞ。早くこっちへ!」
そんなやり取りをしているうちに、いつの間にか調査班リーダーは導蟲を追って先に進み、開けたところにある木の下で手を振っていた。
彼女たちの心配はどうやら杞憂だったらしい。
「あっ、あの人の足を引っ張っちゃってる!」
「滑り出しは最悪ね……」
うさぎと亜美が呼びかけに気づいて走っていくと、後のメンバーも慌てて男の背を追いかけた。
しばらく調査班リーダーの後をついていく。やがて、彼らは人を隠せるほど背の高い草原へと入った。
少女たちには何も見通せず、ともすれば迷いそうになるのだが、調査班リーダーはこの辺りの地理には詳しいようで迷いなく歩いている。
「よし、もうすぐ視界が開けるぞ」
宣言通りだった。
一面すすきだった景色がいきなり、青空と浅い川が流れる平地へと様変わりした。
真っ先に目に入るは、後方に伸びたトサカと灰色に近い体色、黒ずんだ背びれが特徴の草食竜、アプトノス。
現大陸でも見慣れた彼らが2、3頭ゆっくりと歩き、時々地面に口を伸ばしては草を食んでいる。
「わぁ……この景色、森丘を思い出すね」
まことが清々しい顔で初心に帰っていた一方。
「グルルルルルゥゥァァァ……」
亜美が聞き返したところで、そう遠くないところから唸り声がした。
「待て……ドスジャグラスだ。みんな、動くな」
調査班リーダーが、掌で少女たちを制する。
いつの間にか、北の細道から4足歩行の動物が走ってきていた。
ぱっと見の姿はイグアナに似ながらも、前脚が発達して黄に青い縞が入った巨体。
背中から髪の毛のように垂れ下がったたてがみ。
そして、威圧感を感じる爬虫類型の顔に黄色の瞳。
ドスジャグラス、別名
彼が走って狙うのはうさぎたちの前にいるアプトノスの群れだ。
浅瀬をばしゃりばしゃりと撒き散らしながら、迷いなく突進していく。
気づいた彼らは必死に逃げようとするが、ドスジャグラスの速度には敵わない。
標的に定められたのは、ちょうど一番近くにいたうさぎたちの背よりも大きな体高を持つアプトノス。
それに賊竜は、牙の並んだ大口を開けて脚に食らいつく。
「ブモオオオゥゥッッッ……」
獲物が転倒する。
それに顎を限界まで大きく開き、頭から素早く食らいつき──
悲鳴を上げる間もなく、アプトノスの棘のついた尻尾までもが腹の中に吸い込まれる。
一気に中身の体積が増えた腹は風船のように膨らみ、アプトノスの全身を見事に体内へと納めてしまう。
「ええっ!?」
屈んで遠巻きに観察しているのも忘れ、少女たちは揃って声を上げた。
モンスターたちによる捕食の光景はさすがに狩人稼業で見慣れたとはいえ、この豪快なやり方には度肝を抜かれる。
「すごい! 他の捕食者に奪われる確率を下げるために、ああ進化したのかしら?」
「なるほどー! 肉まん食べてる時、隣にちびうさがいるとついつい早食いしちゃうのと同じね」
「え?」
亜美の理知的な考察を聞いてからの突然の落差に、調査班リーダーは驚いてうさぎを見る。
レイは、無言でうさぎの肩を叩いた。
「……あんたはしばらく黙っといて。あたしたちの信用度が下がるから」
「へっ、なんで?」
そうこうしているうちに、状況は刻一刻と変化する。
痩せ気味だった体型から一変、人が見上げるほどの巨漢となったドスジャグラスは、満足そうにゲップしてから平地に背を向けた。
彼が向かったのは、ツタが絡まることで作られたような細道。どうも、彼の日常的な通り道のようである。
少女たちは必死に逃げていくアプトノスたちの間を抜け、その巨漢の背を見つめた。
「さて。俺たちはこの足跡を追うしかないわけだが──」
地面を見るリーダーの視線に従ったうさぎたちは、ごくりと唾を呑んだ。
不幸なことに、人の足跡はドスジャグラスの行く道と被っていた。
導蟲も足跡に集って光り輝き、この道を行けと示している。
「……くれぐれも、気づかれないように行こう」
足音を立てないように注意を払いつつ、北へと細道を抜けていく。
人間たちが屈みながら列を作り賊竜を追う光景は、他所から見れば中々にシュールであった。
最後に木の根で出来た天然の門を抜けると、いよいよ森林へと侵入する。
木漏れ日の中いくつかの樹が根を張り、中央の水場を一段高い外周部が取り囲んでいる。
どこからか流れてくる水により湿り気のある足下にはシダ類が大量に繁茂し、頭上では樹から伸びた太い枝にツタが絡まって、通路のような地形を形成していた。
亜美が、ハンターノートを開いて地図のページを確認する。
「ここがエリア2ね」
そしてドスジャグラスもいた。
髪のようなたてがみとでっぷりした腹を揺らして、他に不埒な輩がいないか確認している。
それを見た調査班リーダーは、屈みながら小声で背後の少女たちに指示する。
「茂みに隠れろ。そこなら気配を消せる」
見てみると、近くにぽつぽつと広い葉っぱを持つ高い背丈の植物が生い茂っている。
指示に従いうさぎたちはそれぞれ、植物の中へと身体を埋めるようにして隠れる。
ドスジャグラスは注意深く周りを見渡していたが、やがて安心しきり──
中央の水場に
「えぇっ……」
うさぎは思わず声を漏らした。
見た目の汚さ、醜悪な臭いもそうなのだが、何よりせっかく食べたものをなぜ吐き出すのか、そこが理解不能だ。
しかし、その理由はすぐに判明した。
ある程度痩せた彼が嘶くと、天井になっているツタから何かが次々にするすると降りて来た。
ドスジャグラスと顔立ちだけでなく体色までも酷似しているが、体格は圧倒的に小柄で細い。『ジャグラス』とでも言うべき彼らは、一斉に消化物へと群がっていく。
喜ぶように鳴きながらがっつく彼らを他所に、ドスジャグラスは威厳ある足取りでその場を去る。
「なるほど、案外仲間想いってわけね」
まことは、ちょうど近くに隠れていた美奈子と微笑みあった。
その時だった。
「ガカカカカカッッッ……」
ドスジャグラスが、何かを打ち鳴らすような音に反応して上方を見渡す。ジャグラスたちも同じだ。
うさぎたちも謎の音の根源を辿ると──
何者かが上段にある樹皮に掴まって、赤い瞳でジャグラスたちを見下ろしていた。
青白く蛇によく似た顔つきに、イタチのごとく靭やかな四肢。遠目でも分かるほど背中から全身を覆う白い体毛は、パリパリと静電気を漲らせて靡いている。
飛雷竜トビカガチ。
ジャグラスたち、ひいてはジンオウガなどと同じ『牙竜種』に属するモンスターである。
「ギュゥルィィィィィィィィッッ!!」
それは素早く周るように樹表を這い昇ると跳躍し、手足の間に皮膜を張って滑空、ジャグラスたちに肉迫する。
狙われた彼らは一目散に踵を返す。
トビカガチは着地した瞬間、帯電した扁平な尾で中央の水場を一閃する。
水面に電流が流れ、蒸発。
当然、ジャグラスたちの餌場は大騒ぎである。
トビカガチは煙を上げる肉塊を咥え、そのまま立ち去ろうとした。
ジャグラスたちも深追いはせず、ツタを登って我先にと逃げていく。
「グワァオオオオオッッ!!」
それに対し憤然と吠えたのはドスジャグラス。肥大化した図体にものを言わせ、侵入者へと突撃する。
トビカガチは身軽に跳ね、樹に飛びつくことでそれを回避した。
「な、なんかマズそー……」
頭一つくらいの葉っぱの間から首を出すうさぎは、不安そうに視線を右往左往させた。
いくら隠れているといっても、あちこち暴れ回られてはいつ巻き込まれるか分かったものではない。
「よし、よく見ておけ。こういう場合にこれが役立つ」
調査班リーダーが左手に装着した小さな弩を掲げる。
うさぎたちも支給された超小型の
前方に弦が張られた後方にある金具。
そこに、石ころが固定されている。
男はスリンガーの先端にある矢じりをモンスターたちの上方に向け、手元にある取っ手を軽く握った。
すると、石ころが弦に弾かれ射出。
放物線を描いて、モンスターたちより向こうのツタに生える赤い実に着弾した。
それらが衝撃で地面に落ちると、幾らかの破片を撒き散らすと共にハジけ、強烈な破裂音を発する。
ドスジャグラスとトビカガチはそちらに意識を向け、向こう側へとしきりに咆えた。
その手際の良さに、うさぎたちは思わずおお、と感心する。
調査班リーダーはそれを確認すると立ち上がり、茂みから忍び足で抜け出した。
「難しいことは考えず、金具に固定してグリップを握ればいい。さぁ、行くぞ!」
うさぎたちはそれに急ぎついてゆく。
リーダーは導蟲を追って、右手にある崖一面に広がるツタに掴まる。
彼がスリンガーの取っ手を強く引き込むように握ると、次は本体先端から格納されていたロープが真っすぐ射出された。
先端にあるアンカーを崖上に引っ掛けてからロープを引き戻すことで、容易く自らを上方へと引き上げる。
その芸当に驚いている少女たちに、リーダーは崖上に待機しつつ手を伸ばした。
「ここは無理に俺の真似はしなくていい。慌てずツタを掴んで登って来てくれ!」
その後、互いに引っ張り上げつつ彼女たちは崖を登っていった。
全員が登り切った時、それまでとは違う地鳴りを聞いたような気がしたが、振り向いて確認する余裕などなかった。
次に見えてきたのは、人が歩けるほど太い樹の幹の上。道が様々に入り組んだ複雑なエリアだが、調査班リーダーは迷わず右の下り坂へ入る。
再び先頭に出た彼は腰を落とす。そのまま斜面を滑り降りていくのをみて、うさぎたちもその通りにした。
導蟲に従い滑っている途中、ふと亜美が見上げると。
左手にはどこからか滝のように流れ落ちる水、その向こうには、巨大な大木がこちらを見下ろすように座していた。
古代樹である。
気づかないうちに、自分たちは古代樹の根の上に足を踏み入れていたのだ。
頭上そこかしこに巨大な枝が張り、その合間から青空が時たま現れては消えていく。
壮大な光景に思わず見惚れている一方、一番後ろで滑る美奈子が前方に向かって声を張り上げた。
「もしかして、いっつもこんな感じなんですかーっ!?」
「いいや!」
調査班リーダーは振り返って叫んだ。
「ドスジャグラスもトビカガチも、通常なら威嚇も挟まず争ったりしない! 今日はやたら気が立っている!」
下り坂が終わると次は上り坂に差し掛かり、2つに分かれた道を左に曲がる。
植物がそこら中に絡みすぎて、もはや根と地面の境界さえわからない。特にうさぎはいつ迷子になるか気が気でなく、仲間たちとリーダーの背中を追い続けるしかなかった。
やがて彼女たちは柱のように太い樹が自生する森林地帯に入った。林冠が上空を埋め尽くすことで、日の光はほぼ入ってこない。
木々の根には、階段を形成するかのように平たいキノコが繁茂していた。
「南に行けばアステラに帰れるのに、あの人はわざわざ奥に向かったらしい」
呆れたようなリーダーの言葉を聞きながら、木々の間を北に通り抜けていく。
うさぎが頭上を通り過ぎた風に気づいて見上げると、近くの樹皮に小さな生き物が掴まった。
エメラルドグリーンの風切羽、コバルトブルーの尾羽、紅の冠羽。
羽毛を持っているものの鋭い指の爪が残っており、顔つきも爬虫類らしさがある。
その姿はまるで鳥と恐竜を繋ぐ存在『始祖鳥』に見えた。
一瞬、美しさに見惚れた。
その向こうから、毒々しい紫色の液体が飛んできた。
「え?」
「うさぎちゃん、危ないっ!!」
まことがうさぎを庇って倒れ込む。
幸い2人とも液体に当たることはなく、それは地面でぶくぶくと泡立つ紫の池を形成した。
「……プケプケか!」
リーダーが、大剣を背から引き抜いて構えた。
さっきいた『始祖鳥』は、驚いて悲鳴をあげてどこかへ飛んでいき。
次に樹の向こうから出迎えたのは、ぎょろりと動く黄色の大目玉に2つの角という、仮面のような形相。
顔が緑色なことからまるで蛙のようにも見えるが、その後ろには羽毛に翼、1対の脚と鳥のような特徴を有している。
「ルルル……」
一瞬にして、導蟲は警戒して赤く光りそれぞれの虫篭へと戻る。
奇妙な鳥が口を開けると、紫色の舌が長く、太く伸びた。
突然のことに地面に伏せていたうさぎ以外の少女たちは武器を抜きかけた。
しかし、彼はそれ以上何もしてこない。
そのまま舌を引っ込めた。どうやら、威嚇以上の意味はなかったらしい。
次にその怪鳥は向こうへ注意を向け、木陰で何かがピクリと動いたかと思うと──
「ンゲァアアアアアアッッッッ」
再び毒をそこめがけて吐きかける。
すると、突如砂っぽい色の生き物が飛び出した。
「ンェエエエェェェェッッッッッッ!!」
鳥類が、顔だけはそのままで脚を太くして羽根の部分を腕にしたような姿である。
水色の丸い瞳をかっ開いたままでどこかとぼけた顔ながら、黒い嘴からさえずる悲鳴はかなり真に迫っていた。
「なになになになに!? 何が起こってんの!?」
「クルルヤック……! プケプケは奴を探していたのか!」
うさぎは地から立ち上がろうとしているところで、未だ状況がよく掴めていない。
リーダーが呟く間に、プケプケは向こうへと突進していく。
頭、そして腕の鉤爪付近から生える橙色の羽根を揺らし、クルルヤックはそれから必死に逃げ惑う。
遂に隅に追い詰められると、クルルヤックは弱り切ったように鳴いて後退りした。
しかし──足元にたまたまあった石を見つけると、鉤爪を器用に使って掘り出す。
それを拾い上げた途端、目の色が変わる。
「ンェアアアアッ!!」
高く嘶くとその後ろ脚で跳躍、なんとプケプケの頭に直接石をぶつけにかかった。
相手が怯んだ隙を突き、黒い嘴で何度もつつきにかかる。
愛嬌のある顔に似合わず烈しい攻撃だ。
「あの温厚なクルルヤックまで……。やはり異常事態だな」
「争うのはいいけど、あたしたちを巻き込まないでよっ!!」
レイがツッコミを入れたところで、噛みつき合っていたクルルヤックとプケプケが素早く離れ、吹っ飛んできた何かから逃げた。
両者の間で鈍い音が鳴り響き、重い震動と共に樹が大きく揺れた。
その正体はドスジャグラスだった。仰向けで何とか立ち上がろうと藻掻いている。
少し遅れて、ずしん、ずしん、と大地が揺れる。
かなりの体躯と重量の持ち主のようだ。
一転してモンスターたちは争いを中断し、震動の根源に背を向け、悲鳴を上げて散り散りに走り出した。
どうやら、彼らに関しては勇気ではなく臆病が勝ったらしい。
調査班リーダーは舌打ちを漏らした。
「ここもダメだ! 北にあるキャンプに逃げ込むぞ!」
遂にその正体も見ないまま、うさぎたちは今度は北に向かって走り出した。
──
一行は樹に囲まれた細道の脇にある長いツタを登り、何とか崖の上にあるキャンプに辿り着いた。
黄色いテントの前に来ると、美奈子は仰向けに転がった。
「もー、新大陸ってモンスターのパラダイスね!」
彼女以外も疲労困憊といった様子で、膝をついて息を整えたり水を飲んだりしている。
調査班リーダーも額の汗を拭い、その場にどかりと腰を下ろしてあぐらをかいた。
「これまでは最大3頭ほどまでしか同時に姿を見せなかったんだが……やはり古龍の影響か」
雷狼竜の腰防具が緩んでないか確かめていたまことは、眉を上げてリーダーの方を見た。
「古龍? それとこの現象に関係があるんですか?」
「あぁ、大有りだ」
彼は即答する。
「古龍の自然災害にも匹敵する強大な力を、その他の生物は敏感に察知する。逃げる者が大半、おこぼれに預かろうとする者が少し」
「……てことは、この近くに」
「ああ、古龍が来たんだ」
返答を受けたレイは、ごくりとつばを飲んでメンバーたちと顔を見合わせる。
うさぎを除いた4人の少女たち──内部太陽系戦士は、まだその目で古龍を見たわけではない。どうやら、彼女らが古龍と相見えるのもそう遠い話ではなさそうだ。
一方、調査班リーダーはそれからしばし黙考したのち、膝に拳を打ってうさぎたちに深く頭を下げた。
「──今回は君たちに対し、本当に申し訳ないことをした。新大陸古龍調査団を代表して謝罪する」
「え、な、何がですか!?」
別のことを気にしていたところにいきなり謝られて、誰も彼もが目を真ん丸にした。思わずうさぎが声を上げる。
地面を見つめる調査班リーダーは、やりきれない顔をしていた。
「この御時世、ギルドも資金難でベテランも集まりにくいからと『量より質』を言い訳に採用人数を絞り……更には焦ってその分を埋めようとハンターの多くを奥地に送り……完全にすべて、こちらの判断ミスだった」
追加調査員が異様に少なかった、どころかうさぎたちだけだった理由が初めてはっきりする。
ギルドの資金難は、確実に妖魔事変への対処が大きな原因であろう。その影響が海を越え、意外な形で波紋を残していたのだった。
「結果、君たちたった5人にこうやって莫大な負担をかけてしまっている。本来なら、君たちだってもっと怒っていい状況だ」
「えぇっ、そんなの。こんな事態、誰だって予想できませんよ! みんなもそう思うわよね?」
美奈子が驚いて確認すると、あとの4人は顔を見合わせ何度も頷く。
世界規模の災いが迫っているという裏事情はあるにせよ、大事な協力者である調査団をこの不幸な事故で責めることはできない。
それと単純に、真面目な人が落ち込んで頭を下げているのは良心が痛む光景だ。
「どうか頭を上げて下さい。相手は大自然ですし、誰かに責任を追及するなんて間違ってます」
「いいや。どんな状況でも最悪を想定し、団員に危険が及ばないようにするのが俺の務めだ。どうも、じいちゃんのようにはいかない」
レイが宥めても、男は頑なに頭を上げようとしなかった。
野生児的な見た目とは裏腹に繊細で、責任感の強い男のようだ。
「じいちゃん……?」
少女たちは驚いたように固まっている。
しかしそれは、この若者の意外なまでの頑固さそのものに対しての反応ではなかった。
咄嗟に、彼女たちは疲労も忘れて一つのところに寄り集まる。
「ね……ねーねー、『じいちゃん』だってあの人っ!! ちょっとかわいすぎない!?」
「正直、ジュリアスさんといい勝負に来てるわ」
「あたしのセンパイも確かおじいちゃんっ子だったんだよな〜」
「あの見た目でってのがツボ突いてくるわよね~、うへへへ」
怒るどころかむふふ顔で何やら囁きあう彼女たちに、男の顔はぽかんとしている。
「……まるでケダモノ」
亜美の冷たい視線の入った横槍に、イケメン品評会を開いていた少女たちはギクリとした。
「ほ、ほら、亜美ちゃんってアインシュタイン系がタイプだからさー」
「そ、そうだよねー、あの人の良さはちょっと分かりにくいかも」
美奈子とまことの会話も聞き流し。
青い髪を持つ少女は、取り敢えず余計なことを言う輩の前に出る。
「どうかしたのか? 何か要求があるのなら……」
「大丈夫です。本当にこちらはそんなこと全然気にしてませんから。
仲間たちを微笑で後ろ見て語尾をやたら強調した亜美に、調査班リーダーは疑問の色を浮かべつつも。
「……寛大な心に感謝する」
「ずっと後悔を引きずるより、これから何をするかの方が大切だと思います。次はどうしますか?」
「そうだな、ひとまずここから出たら北部に行こう。導蟲もそちらを指し示している」
さすが調査団を引っ張るリーダーというべきか、切り替えは早い方だった。
──
キャンプから出て北上する。
古代樹の無数の枝が作るトンネルを抜けると、初めて陽の差すエリアに出た。
しかし。
「……枯れてる?」
一番驚いたのは調査班リーダーだ。
本来緑が広がっていたであろうそこにあるのは、枯木と地面ばかりだった。空気も、森にしては乾燥している。
亜美は、これ以上の北上を遮る、高い崖を見上げた。
「いったい、何が起こってるっていうの?」
「……あの人がこの崖を登ったということはまずないだろうな」
リーダーが呟くと、導蟲もそれを証明するように今までで北に案内してきた道を南西へと折り返す。
次に向かったのは、ぽっかりと大きく口を開いた横穴。
その先は、どうやら先まで見上げていた古代樹の内部に続いているようだ。
「水が干上がっているな……」
穴を覗くと、一見太い根か支柱となって天井からツタが垂れ下がる、何の変哲もないトンネルに見える。
しかしリーダーによると、かつてここには沼があったらしい。それが、たった数日で干上がったというのだ。
明らかに、何かがおかしい。
「まさか古龍か? だが、それならこの森からも生物はいなくなっているはず」
男は呟きつつ、穴の向こうを覗き込む。
奥は暗くて見えない。
リーダーは振り向き、少女たちに宣言した。
「……とにかく、行ってみよう」
彼女たちは頷いて、男と共に導蟲の後に付いていく。
洞窟に巻き付く数多の枯れ枝のなかでたった1つ、緑色の枝が身動ぎしたのにも気づかずに。
古代樹の奥に潜む者は、如何に。