セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて   作:Misma

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旅人導く古代の樹③(☽)

 古代樹内部はこれまでのエリアの中でも一層薄暗く、たった一つ、斜め上にある細めの穴からのみ陽の光が差し込んでいる。

 一見、いまいる場所は大木の内部が腐ることでできる、いわゆる『うろ』の中だ。

 しかしよく目を凝らせば壁の一つ一つが枝で構成されており、今も生きていることが分かる。

 つまり古代樹とはたった1本の大樹ではなく、幾つもの植物が寄り集まったものだったのだ。

 

「……すごいな、こりゃ」

 

 まことは、顔を上げて周りを見渡す。

 清流が高所から数本なだれ落ち轟音を立てている。それが集った巨大な水溜りが更に一つの川の源流を成していた。空気に湿り気を感じるのはそのためであろう。

 頭上では苔むした枝がうねるようにいくつも絡み合って、そこからツル植物がカーテンの如く垂れ下がっている。 

 その一部には、人の頭くらいの大きさはある、黒く丸っこい甲虫がものも言わず逆さにぶら下がっていた。

 それが気まぐれに翅を広げるたび、金色の腹が蛍のように光った。

 更にはどういう拍子でそうなったのか、空間中央辺りの空中には巨石が枝やツタに支えられ、ぶら下がっている。

 

「お〜い! そこの君たち〜!」

 

 風景に見とれているところに声をかけられ、うさぎたちはぴくりと瞬きして声のした前方の奥へと顔を動かした。

 緑が保護色になって分かりにくかったが、よく見ればそう遠くないところに、全身を枝らしきものに絡まれて声を張り上げる男がいた。

 尖った耳に丸眼鏡をかけ、学者らしいゆったりとした衣を着ている。

 

「ああっ!!」

「やはりいたか……!」

 

 調査班リーダーの反応からして、あの男が捜索していた植生研究所の所長であることは間違いない。

 うさぎたちは、すぐさま彼の下へ向かおうと地面を蹴る。

 

「安心して下さい、いま助けますから!」

 

 だが、所長は歓ぶかと思いきや下を見て、即座の返事を躊躇った。

 

「あーいや、今はちょっと……止めといた方がいいかも知れないなぁ……」

「え?」

「待て! いったん止まれ!」

 

 調査班リーダーは少女たちを制すると、所長に絡まっている枝を睨む。

 

「よく見てみろ。こんなに大量の水が降り注いでいるのに、やけに足下に水が少ない」

 

 うさぎと美奈子はその指摘に一時きょとんとして、揃って足下を見つめた。

 

「そういえば!」

「言われてみれば、空気も変にカラってしてる!」

 

 直後、所長が捕まっている辺りの地面から大量の枝が伸びた。

 それらは蛇のようにうさぎたちの方へ這いずり、そして空中に急激に伸びて襲い掛かってきた。

 

「みんな、避けろ!」

 

 彼女たちは枝が身体に巻きつく寸前、横っ跳びした。

 あと数歩でも近寄っていたら所長の仲間入りを果たしただろう。

 彼を捕える枝の近くに1本の茎が生え、どんどんせり上がっていく。

 所長もそれにつられて、あっという間に高く持ち上げられた。

 

 地面から出た茎は急に膨らみ、大木ほどの太さになる。そこから大人の背ほどの巨大な葉を茂らせ、天頂には蕾を形成する。

 植物にしては異常な成長速度だ。

 

 赤いそれが花開いたその中には──

 動物のような口と夥しい牙が並んでいた。

 

 明らかにこの世界の生物とは一線を画す姿。

 うさぎたちは、唖然として。

 それを見た直感を口にする前に、またしても無数の枝が襲い掛かってきた。

 再び回避してからもう一度、その姿を睨む。

 

「いったいなんだ!? こんなモンスターは見たことがないぞ!」

 

 調査班リーダーの声は困惑に満ちていた。植物がこんなに俊敏に動き動物と同じような振る舞いをするのは、確かに前代未聞である。

 一方、少女たちは目を丸くして、つぶさに確認するように怪物を観察している。

 隣にいる男とは別の驚愕の仕方だった。

 やがて、まことがその手に持った鎚を構える。

 

「……いろいろ言いたいことはあるけど、議論は後だ。今はあの人を助けるよ!!」

 

 うさぎたちは武器を抜き、周囲を蠢く枝に向けた。

 うさぎと調査班リーダーはそれぞれ大剣『煌剣リオレウス』、『オオアギト』で一刀両断。

 レイは太刀『斬竜ヘルヘイズ』で周囲を撫でるように薙ぎ払い。

 亜美はライトボウガン『あまとぶや軽弩の水珠』で貫通弾を茎に撃ちこみ。

 まことはハンマー『王牙鎚【大雷】』で巨大な雷撃により枝を根から圧砕し。

 美奈子は『バイティングブラスト』で目にも止まらぬ乱れ撃ち。

 

 少女たちがタンジアの港に寄ったついでに集めた素材を継ぎこみ、強化した武器たち。

 以前より切れ味や射撃性能の上がったそれらは、実に気持ちがいいほど枝を駆逐していく。特に捻った動きもない、ある意味ではこれまでの狩りで最も楽な作業だ。

 

 しばらくそうしているうちに行動の癖も掴めてきた。

 花が生えている本体の根を重点的に枝で護り、その上で攻撃を仕掛けてくるのだ。

 

「本体の根が弱点か。そこを切断すれば、活動も止まるかもしれない」

 

 調査班リーダーはそう分析する。

 

「それなら前進あるのみよ!」

 

 美奈子の言葉を契機に、少女たちは二度目の波状攻撃を仕掛ける。

 次は根本めがけて火力を集中させる。

 ひたすらに斬る。撃ちまくる。どうにか根を削げば勝機はあるか。

 しかし──

 

「くそっ、いくら斬っても生えてくるぞ!」

 

 キリがなかった。

 どうも植物の手となる枝は無限に再生するらしく、数秒もすれば斬った枝も元通りの姿で元気よく襲ってくる。

 更に本体を傷つけたとしても、直後に分厚い枝で保護しながら再生させてしまうのだ。

 

 そうしているうちに、怪物は太い枝を横に広く薙ぎ払った。

 少女たちは遠くまで退避する。相手も大地に固着する植物である以上、そう長く枝は伸ばせないこともわかっていた。

 

「このままじゃ埒が明かないわ。どうすれば……」

 

 亜美が唇を噛んだところに、リーダーがやや躊躇いがちに口を開いた。

 

「……一応、あるにはある」

 

 すぐさまうさぎが反応し、嬉々として詰め寄る。

 

「ホントですか!?」

「だがそれにはまず、俺がここから離れなくてはいけない。まさか所長をそのままにはしておけないし……」

「じゃあ、しばらくあたしたちが引き付けます! その間に!」

「──出来ない」

 

 希望に反し、リーダーは俯いて首を振った。

 

「え……な、なんで」

「分かるだろう!? ここに来たばかりの君たちを、俺も知らないモンスター相手に放り出すわけには……」

 

 それを聞いたレイは、一気に目つきを鋭くした。

 

「まさか、まださっきのこと引きずってるんですか? それとも、あたしたちが何もできないか弱い女の子に見えるから?」

「そんな、まさか──」

 

 レイは、背後まで迫った枝を振り向いて斬り払った。

 

「じゃあ信じて下さい! あたしたちだって、この新大陸に来るまでに散々危険な目に遭ってきたんです。調査団だって、それを覚悟出来てる人しかいないはずでしょう!?」

 

 レイだけでなく残りのメンバーも、どうか頼ってくれという目でリーダーを見つめた。

 元の世界では闇の組織に未来人、更には異星人。

 この世界では幾多の強大な竜に虫に獣。

 今になって甲斐甲斐しくされても、彼女たちにとっては余計なお世話というものだった。

 

「……ぶっつけ本番だが、スリンガーの撃ち方は覚えているか?」

 

 沈黙を経て帰ってきた回答に、少女たちは勢い込んで頷く。

 続いてリーダーは、空中のツタにぶら下がっている甲虫を指差した。

 

「いいか。危なくなったらあの『楔虫(くさびむし)』にスリンガーの射線を真っ直ぐ向けろ。そして取っ手を強く長く、引くように握るんだ」

 

 手短に説明した。

 というのも、怪物が枝をそこら中に伸ばし、触れるものすべてを捕まえる作戦に出たからだ。

 

「俺が戻ってきた時、怪我してたら怒るからな!!」

 

 リーダーは叫びながら飛び出し、来た道を戻っていく。

 少女たちは、再び怪物と向かい合った。

 亜美が口を開く。

 

「みんな。今だから言うけど、多分あの怪物……」

「……前に戦ったアレよね」

 

 うさぎが辿ったのは、狩人としてではなくセーラー戦士としての経験。

 これと酷似、いや、まったく同じ怪物を見たことがある。

 前回のデス・バスターズとの戦いで一度相手取った魔法植物──

 

 テルルン。

 

 ウィッチーズ5に所属する魔女、テルルがかつてセーラー戦士たちに仕向けた怪物だ。

 しかもこれは薬を注入して強化され、『ハイパーテルルン』と呼ばれた種。

 

「あれは確か、周りの水分を大量に吸い取る性質を持っていた……。今回の森の異変も、きっとこの植物が原因なのだわ」

「てことは、奴らもこの大陸に来てるってことか」

 

 亜美に続けてまことも推測を重ねると、うさぎは表情を暗くした。

 もはや、新大陸全体がデス・バスターズの魔の手にかかっているのかもしれない。それで被害を被るのは調査団の人々だけでなく、この大陸中に広がる生態系なのだ。

 

「でも、これでここに来たのが間違いじゃなかったって証明できたじゃない」

 

 美奈子はうさぎの肩を叩いて励ますと、そっと歩きながら足下にあった小さく硬い質感の赤い実を拾う。

 狩人の間では俗に『ツブテの実』と呼ばれる代物だった。

 

「確かこれを……こうね!」

 

 近くにあった茂みに隠れつつ、ツブテの実を後方にあるU字型の金具に装填し、挟み込むように固定する。

 次に腕を伸ばして狙いをつけ、手元にある引き金を一瞬だけ軽く押す。

 

 発射。

 ツブテの実が、放物線を描いて落ちる。

 

 テルルンはぴくりと動き、音のした向こうの方へ枝を伸ばしていく。

 どうやら誘導は成功したようだ。枝も無限に生やせるわけではないらしく、段々根本の護りが手薄になっていく。

 

「美奈子ちゃん、コツ掴むの早いわね」

「あたしはオール5じゃなくって……体育に関しちゃオンリー1000000なのよっ!」

 

 思わず亜美も感心するほど、美奈子のスリンガー操作は滑らかだった。

 茶目っ気を入れて笑った彼女は、次々にツブテの実を装填し、巧みに連射する。

 テルルンはどんどん見当違いの方向に枝を伸ばしていく。

 遂に枝で作っていた壁がなくなり、本体の根本ががら空きになった。

 

「なるほど、テルルンは地面の震動で獲物の位置を知るんだわ。だから、所長さんを餌にあたしたちを待ち伏せできたのね」

 

 亜美の考察を受け、レイが太刀を構えながらまことに振り向く。

 

「それなら不意打ちが有効かも。まこちゃん!」

「ああ! 挟み撃ちだね」

 

 彼女たちが先頭となって、こっそりと忍び寄る。

 美奈子たちは、引き続きスリンガーで相手の注意を引く。

 十分に近づいたところで、

 

「……今っ!!」

 

 得物を振り回す。

 火炎と雷撃とが、同時に根本で閃いた。

 植物はよく燃える。

 魔法植物にもその物理法則は覆せなかったようで、それは茎を捩らせ烈しく反抗した。

 

「レイちゃん、まこちゃん、いい調子よ!」

 

 美奈子が歓声をあげる。このままの勢いで茎を寸断するかと思われた。

 しかしテルルンは、レイたちに牙を並んだ花びら、すなわち顔を振り向けた。

 するとそれまで天高く上げていた所長を捕える枝を一気に下げ、次の攻撃を放とうとしていた2人の前に突き出した。

 

「なっ!?」

「うおっ!?」

 

 当然、彼女らは攻撃を中断せざるを得なかった。

 所長も、流石に口をあんぐり開けて叫んだ。

 レイがすみません、と声を上げようとしたところ──

 

「す、すごいなぁ! 僕を盾にするとは、確実に我々が仲間であることを認知している証拠だ!」

 

 とても喜んでいた。

 

「……今、それ言います?」

 

 レイもまことも、この男の空気を読んでいない発言に突っ込まざるを得なかった。

 その隙をついて枝が伸びる。

 瞬時に、2人は全身を雁字搦めにされてしまった。

 

「きゃああっ!」

「わああっ!?」

 

 うさぎたちは「あっ!」と声を上げ、武器を引き抜いてテルルンに向かおうとした。

 しかしそこから、テルルンは動きを変える。

 さっきやったのと同じように、3人の人質を盾にし始めたのだ。

 

「なっ……!?」

 

 これでは一向に手出し出来ない。

 それをいいことに枝が光り輝きオーラを纏うと、所長と少女2人から苦悶の声が漏れる。

 妖魔お得意のエナジー吸収である。

 更に、捕らえられた彼らの背後から次々に枝が襲い掛かる。

 

「くっ……」

 

 仲間と救助者が力を吸い取られ、それを自分たちは助けることすらできない。

 テルルンは吸ったエナジーによりますます勢いを増して枝を伸ばしてくる。

 いま、うさぎたちはいわゆる詰みの状態にあった。

 

「こんなの、どうすれば!」

 

 自分に真っ直ぐ伸ばされた枝を、うさぎは横に転がって回避する。

 亜美、美奈子とも散り散りになってしまい、いよいよ万策尽きたと思われた。

 その時だ。

 たまたま地面に転がっていた丸く大きい実が、枝に掠り当たった拍子に音を立てて弾けた。その威力たるや、かなり太い枝が一瞬揺れるほど。

 調査班リーダーがドスジャグラスとトビカガチを誘導する際に利用した、強烈な衝撃と破裂音を発する実『はじけクルミ』だった。

 

 うさぎはそれを見ると、反射的に散らばったそれらを数個ポーチに放り込み、1個を美奈子の見様見真似でスリンガーへと装填した。

 

「それ以上は、させないわっ!」

 

 はじけクルミがテルルンの口元に着弾する。

 よろめいてエナジー吸収を中断し──

 次はうさぎに振り向き、吼えた。

 

「うわぁ────っ!」

 

 至る所から枝を伸ばし、一気に彼女だけを狙った。

 うさぎは思わず叫びながら、数度に渡ってはじけクルミを枝に発射。確かに一瞬相手は怯むが、余計に彼女を集中して狙ってくる。

 

「何してんのよバカ……ッ!!」

 

 レイは歯ぎしりして小言を漏らす。

 

「うさぎちゃん!」

「こっちを向きなさいよっ!」

 

 亜美と美奈子も武器で枝に攻撃するが、もはやテルルンは他のメンバーに見向きもしない。

 遂にうさぎは隅っこに追い詰められる。

 彼女が必死に上下左右に首を動かしていると、ちょうど頭上に腹を光らせる虫を認めた。

 こんな騒がしい戦場でも一貫して中立を決め込み、ツタに逆さにぶら下がっている。

 名を『楔虫(くさびむし)』。

 

 うさぎは覚悟を決め、スリンガーを真っ直ぐその虫に向けた。

 リーダーに言われた通り、レバーを引き込むように強く握る。

 すると、内蔵されていたロープがスリンガー先端から弾き出された。重力に逆らうかのように一直線の軌道を描く。

 だが、アンカーは当たらなかった。楔虫にすんでのところで当たらず、レバーから手を離すと再び戻ってくる。

 それと確実に迫ってくる枝を見比べて、うさぎは一気に顔を青くした。

 

「お、お願いお願いお願いお願い!!」

 

 もう一度。

 震える手で、スリンガーから一直線上にあの虫が来るように狙う。

 射出。

 今度はしっかりと、アンカーが楔虫の腹と脚の間に引っ掛かった。

 

「やった!」

 

 直後、枝が一瞬脚に絡みついた。

 

「ちょっ……」

 

 さすがに狼狽えるあまりレバーを握る手の力を緩ませると、突然凄まじい勢いで空へ身体が引っ張られた。

 ロープの巻取りが開始されたのだ。

 

「うわああああっ!?」

 

 枝も追いつかない速度で引き上げられる。

 あまりの恐怖にもう一度レバーを握ると、巻き取りは中断した。

 だが次は振り子の要領で、ロープに吊るされたうさぎの身体が弧を描く。

 中空に枝に支えられ浮かぶ、巨石に向かって。

 

「あぁーああぁぁあ────っ!!!!」

 

 勢いがついてますます縮まる距離に、うさぎは絶叫した。

 手に入る力が緩んだ拍子に、ロープのアンカーが楔虫から外れる。

 そのまま、奇跡的に大の字で巨石に張り付く。

 

「ひ、ひぃや────っ!」

 

 うさぎはそのまま、虫のように巨石の上へと這い上がったのだった。

 

「……カッコいいんだか、カッコ悪いんだか……」

 

 驚き呆れるあまり、4人はものも言えなかった。

 

「みんな、待たせたな!」

 

 聞き覚えのある叫びが聞こえた。

 美奈子が真っ先に、顔を輝かせて振り向く。

 

「リーダーさんっ!」

 

 帰ってきた調査班リーダーはやたら汗をかいて息を荒くしていた。彼は、ジャラジャラと音を立てる煌びやかな衣を着ていた。

 

「やたら派手な格好ですけれど、いったい何を……」

 

 亜美は言いかけた途中で、その真実を知った。

 男の背後からどすん、どすん、と地鳴りが聞こえる。

 彼は急いで亜美と美奈子を押し、自身の出てきた穴から横へと遠ざけた。

 

「よろしく頼んだぞ、暴れん坊!!」

 

 穴から鋭い牙の揃った顎が飛び出し、空気にばくりと噛みついた。

 

「まさかモンスターを……」

 

 亜美たちの前に、逞しい後ろ脚を持った生き物が枝を押し退け這い出てくる。

 全体的なシルエットでいえば、うさぎたちの世界から見た『肉食恐竜』そのものの姿だ。

 桃色の表皮を背から尻尾に至るまでを黒毛が外套のように埋め尽くし、窪んだ眼窩の下から獰猛な色を秘めた黄色い瞳が光る。

 

「まさかあいつ、さっき乱入してきた!?」

 

 美奈子に続けて、亜美がハンターノートをめくって確認し、呟く。

 

「蛮顎竜アンジャナフ……!」

 

 無論、その竜は正義感から来てくれた『味方』ではない。

 アンジャナフは足下にいる人間たちに何度も顎を開き、噛みつきにかかった。

 

「化け物増やしてどうすんですかぁ〜っ!」

 

 美奈子が逃げながら半泣きで叫ぶ。が、リーダーの顔には確信があった。

 

「ヤツの蛮勇さは、調査団お墨付きでな!」

 

 それまでうさぎを追っていたテルルンは、誰よりも大きい震動に反応してか一転して蛮顎竜に狙いを変える。

 それはまず枝を瞬時に彼の脚に括り付け、行動を縛ろうと試みた。

 

「グワオオオッ、アオオオッッ!!」

 

 しかし、アンジャナフは棘の生えた尻尾を鞭のように振り回して一蹴する。

 なおも襲い掛かってくる無数の枝。

 あまりのしつこさに、彼は怒れる視線を完全にテルルンへと向けた。

 蛮顎竜が頭を振り回すと、ぶぅぅぅぅぅ、と妙な音と共に火の粉が混じった鼻息が撒き散らされる。

 テルルンの枝は一瞬戸惑ったが、一気にアンジャナフを捕らえにかかる。

 背中を、頸を、尻尾を一気に地上に縛り付けた。

 

「あっ……」

 

 思わず亜美が声を上げる。

 アンジャナフは藻掻くが、更に枝が重ねられることで次第に動きが鈍くなっていく。

 この意外な展開に、リーダーも思わず舌打ちをした。

 

 しばらく宙に浮く巨石の上で震えていたうさぎも、勇気を出して真下を覗き込んだ。

 そして、彼女は何とか今の状況を理解した。

 ちょうど所長たちを人間たちへの盾にしているお陰で、岩を挟んだ真下にいるのはテルルンだけだ。しかも枝をアンジャナフばかりに集中させて、こちらの存在には気づいてすらいない。

 見上げれば、石をぶら下げる天然の枝は、うさぎの体重が加わることで限界に達していた。

 ──まだ、スリンガー用ポーチにはじけクルミが1つだけ残っている。

 

「……よし!」

 

 決意を固め、うさぎはスリンガーに最後のはじけクルミを装着する。

 狙うは頭上にある今にも千切れそうな枯れ枝。

 

 彼女は引き金を軽く握った。

 その衝撃は弓に伝わり、弦を弾いて弾を撃ち出す。

 枝に当たったクルミは破裂、拡散。

 すると、読み通り枝がパキパキと音を立てて折れ始めた。

 うさぎは近くにある楔虫にロープを撃ち込み、次は余裕を持って飛び降りる。

 

 数秒後。

 地上にいる面々の前で、砂と共に岩が崩れ落ちた。

 それは、天頂にある花に直撃。

 

「──!?」

 

 本体が怯んだことで、レイ、まことと所長を縛っていた枝も緩やかになった。

 彼らはその隙に急いで抜け出し、調査班リーダーたちの下へ駆け戻った。

 それとほぼ時を同じくして、うさぎもロープにぶら下がりながら地上に舞い戻ってきた。彼女も、亜美と美奈子が迎え入れる。

 

「うさぎちゃん、やったわね!」

「ほら、早くこっちへ!」

 

 少女たちは、横穴近くに留まって様子を観察した。

 拘束が緩んだのは別の方でも同じだった。アンジャナフを絞め上げていた枝が、膨れ、爆ぜる。

 それを成し遂げたのは、丸太のように太い尻尾だった。

 枝を振り払ったアンジャナフは喉を紅く光らせる。

 鼻腔の上部が蓋のように開き、火の粉を含んだ息とトサカのような器官が飛び出した。更に、背中にも毛に隠れて見えなかった『翼』のような器官が拡げられる。

 

「バオオオオオオオオッッ!!!! ァオオオオオオオオッッ!!!!」

 

 鼻から飛び出した器官は妙に湿気た質感で、穴が縦に並ぶ様は中々に生々しい。

 あくまで動物然としていた顔が突然別物になった衝撃に、うさぎは思わずたじろいだ。

 

「い、一気に派手になったわね」

 

 アンジャナフはテルルンに容赦なく噛みつく。

 口元で炎が舞った。

 枝が炙られると、天頂の花びらがぱくぱくして涎を撒き散らす。

 声を持たない魔法植物でも、その炎熱に苦しんでいることはありありと分かった。

 

「なるほど。リーダーさんは最初からこれを狙ってたんだね」

 

 まことは、畏れの入った表情で煙をあげる魔法植物を見上げる。

 もはや、蛮顎竜の強襲は誰にも止められない。

 彼は強靭な後ろ脚をもって空中に跳び上がり、テルルンの花弁のすぐ近く──動物でいえば首に当たる部分に噛みつく。

 そのまま自身の体重で茎を引き倒し、噛んでいた部分を踏みつける。

 そして、牙の並ぶ花びらに向けて口を開き。

 

「バオオアアアアアアッ!!」

 

 巨大な火炎放射を噴きつけた。

 テルルンは頭から一気に火が拡がり萎びていく。

 全身が焼け枯れ、散々暴れていた枝も次第に動かなくなっていく。

 それでもアンジャナフの怒りは収まらず、何度も相手に噛みついては炙りまくる。根っこをも引きずり出し、隅々まで燃やし尽くす気だ。

 

 それを見届けたうさぎたちは森の暴れん坊に睨まれないうちに、こっそりと古代樹内部から抜け出したのだった。

 

──

 

「いやはや、全く恩に着るよお嬢さん方。少しでも遅かったらミイラになってたところだ!」

 

 古代樹を背にして穏やかになった草食竜の間を通り抜けていく。

 植生研究所所長は、捕まっていた時と何ら変わらぬ陽気さでうさぎたちに感謝した。

 真反対に、調査班リーダーの表情は厳しかった。

 

「今回から学者先生たち全員、会議での賛同を経ないフィールドワークは禁止だ。これ以上、彼女たちの負担を増やさないように」

「ごめんごめん、もう分かったって。今から探す助手にもきちんと言っとくからさぁ」

 

 所長の返答の仕方は心配になるくらいに軽かった。

 

「いやぁ。でもまさか、あの時と似たことがまた起こるなんてなぁ」

 

 その発言にある違和感に、ふとうさぎは丸眼鏡の男へと視線を巡らせた。

 

「あの時?」

「や、前にもこういうことがあったんだよ。ああいうおかしな植物の遊び相手になった経験がさ」

「……」

 

 不可解な発言である。

 これまで、テルルンのように動く植物がこの世界に生息するなどという情報は聞いたことがない。

 亜美が戸惑いつつも嘆息して口火を切る。

 

「す、すごいです。まさかあんな新種の植物がいるなんて、この大陸の生態系はつくづく……」

「いや。異世界から来たヤツだよ」

「え?」

 

 思わずうさぎたち5人の足が止まる。

 それに調査班リーダーも気づいて、彼女たちの方を向く。

 

「そういえば説明していなかったか。我々調査団は、以前に異世界と接触したことがあるんだ」

 

 所長も、それに合わせて振り向く。

 

「変な混乱を招かないようギルドも目立って公表しないが、何度か『魔法の世界』からお客さんが来たことがあってね。その時は新大陸内部で事が収まったが、現大陸じゃ『魔女』なんて奴らが暴れたらしいし、今回はどうなんだろうね」

 

 所長はまるで他人事のように、芝居がかった動きで肩を竦めた。

 一方、少女たちはいきなり浴びせられた情報に頭がついていけていない。

 あまりの急展開だった。

 本当にさっきまで予想だにしていなかったのだ。

 

 まさか、この世界が前にも異世界と繋がったことがあるなどと。

 かつてうさぎたち以外にも、異世界からの旅人がいたなどと。

 

「それがこんなに影響を及ぼしているとなると……まさに誰かさんの思し召しってやつかもしれないな」

「なんだ、それは。いわゆる『神様』ってヤツか?」

「そう言う人もいるだろうね。僕、竜人族だからあんまり信じたことないけどさ」

 

 調査班リーダーと所長がそんな問答をしていると、遠くの森の中から1人の女性が駆けて来た。

 

「所長ー! 探しましたよー!!」

 

 その声で、うさぎたちはやっと我に帰る。

 白衣姿に眼鏡をかけ、明るい緑色にお団子を4つ編んで残りを少し垂らした優雅な髪が特徴的だった。

 あまりに衝撃的な事実を知ったせいか、うさぎたちはすぐに目の前の人物に対して反応出来ずにいた。

 

「ああ、君ぃ! ヒドいなぁ、いつの間にかいなくなっちゃってさぁ~」

「申し訳ございません、あまりに珍しい環境生物がいたものですから……」

 

 所長が現れた女性を指差しながら駆け寄ると、彼女はあくせくと何度も頭を下げた。

 

「あ……貴女が所長の新人の助手さんね。名前は?」

 

 気を取り直してレイが聞くと、女性は振り向いて丁重に深く辞儀をした。

 

「ルルと申します。何卒お見知り置きを」

「……まぁ、とにかく助手も無事で戻ってきたのは助かった。それならアステラに帰還して報告しよう」

 

 調査班リーダーが安心した顔で告げると、アステラがある東に向かって歩を進めた。

 

「……チッ」

 

 一瞬ルルの顔が険しくなって舌打ちをしたが、うさぎたちはそんなことに気づく余裕すらなかった。




テルルンはセーラームーンSに出てきた敵キャラで、『Witcher3』とのコラボモンスターであるレーシェンを意識しています。
原作では獲物を捕らえると自爆したりしてましたが、今回は色々と改造されております。

一応2編でも述べましたが、念のため。
この作品ではMHWでのコラボイベント自体は起こっているという解釈で話を進めております。しかし、他のコラボキャラやコラボモンスターなどは出る予定は一切ございません。
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