セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて   作:Misma

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第1章で出て来たある村が再登場。
予約投稿直前になっていろいろ手直ししたので、少し投稿が遅れました…。


都邑の暮を呑む霞②(☆)

 霞の中より現れたぎょろ目の怪物。

 それは黙して人間たちを頭上から見下ろしていた。

 扇子のように広がり先端がゼンマイのように巻いた尻尾で、暇を潰すかのように大地を叩いて。

 

「はあっ!!」

 

 タキシード仮面は反射的にステッキを伸ばすが、怪物はすぐに這い下がった。

 ちびムーンはなるを庇い、その彼女を戦士たちが囲って護る。

 

「きゅろろろろんっ」

 

 化物はくるくると目をぎょろつかせつつ、完全に霧の中に溶け込んでいく。

 後に残るのは、ただぼんやりとした陽に照らされ流れゆく霧のみ。

 そしていつの間にか、周囲は住宅街ではなく鬱蒼とした森へと変化していた。

 

「いったいどういう原理だ!?」

 

 タキシード仮面はステッキを構えて叫ぶ。

 

「分かりません。しかし今はとにかく、死角を作らないことを優先しましょう」

 

 プルートは冷静に呼びかける。

 直後、音もなく龍がサターンとプルートの横に現れる。

 それは頸をもたげると、ごぽっと不気味な音と共に紫色の液体を吐いてきた。

 弧を描き落ちる液体。速度はさほど早くない。

 彼女たちが危なげなく回避すると、足下に毒々しい赤紫色の霧が拡がる。

 

「なに、これ……」

 

 サターンが戸惑いがちに呟いた時だった。

 龍は翼を広げると、飛ぶでもなくそれを羽ばたかせた。

 すると、毒霧が風の煽りを受けて寄ってくる。

 

「スモールレディ、プリンス!!」

 

 咄嗟にちびムーンとタキシード仮面を庇ったプルートは、極々少量だが霧を吸い込んでしまった。

 それだけで彼女はむせるように咳き込み、口を押さえながらその場に膝をつく。

 

「プルート!」

「大丈夫です、それよりも……あの毒霧にはくれぐれも用心を!」

 

 セーラーネプチューンはきっ、と怪物を睨んでちびムーンたちの前に出た。

 

「ディープ・サブマージ!!」

 

 彼女は間断なく超水圧球を飛ばす。

 化け物はそれを予見したように横に跳んで避けつつ、またも姿を消す。

 ウラヌスはスペース・ソードを構え、金色に光らせる。

 

「サターン、武器を取れ!」

「ええ!」

 

 彼女はサターンにそう鋭く指示すると次は息を潜め、地面をじっと睨む。

 ネプチューンはディープ・アクア・ミラーを構え、生命エナジーの流れを読み取る。

 

「30°左よ、ウラヌス」

 

 ちょうどそこに、僅かな土煙が立ち昇った。

 

「スペース・ソード・ブラスター!!」

 

 彼女は即座に剣を振り放ち、高周波の斬撃を飛ばした。

 それは、先回りするように消えた怪物へと直撃。

 正確な偏差撃ちだ。

 

「きゅるるるるるるるっ!?」

 

 想定外の衝撃に怪物は驚いて仰け反った。

 

「攻撃は、通る!」

 

 ウラヌスはそう叫んだものの、強烈な高周波の直撃にしては傷がほぼ付いていない。

 怪物は這い下がると、迎撃といわんばかりに口から眼下めがけ、毒霧を噴射。

 紫の霧が渦巻いて、放射状に死の絨毯が敷かれる。

 その範囲の広さにはセーラー戦士たちも散開せざるを得ない。それを分かってか、怪物は余裕を持って再び姿を消した。

 サターンは鎌を地面から引き抜くと、即座にその切っ先を霧中へと向ける。

 

「くっ……」

 

 だが、仲間のいる方向に撃つわけにはいかない。それに、覚醒しきっていない少女の身体では無駄撃ちでエナジーを消費するのも好ましいことではなかった。

 切先を左右に振り向け狙いをつけようとするが、やはり相手は一切見えない。

 薄っすらとだけなら見えるとかそんな域ではない。

 本当に、何も見えないのだ。

 そこにネプチューンが叫ぶ。

 

「サターン、今、エナジーの流れがそっちに行ったわ!!」

 

 すぐ隣の空間がぼやけ、後ろ脚で立った怪物の姿が現れる。

 そこに走るタキシード仮面に抱えられたちびムーンが手を伸ばし、サターンの腕を引いた。

 地面を腹這いに打ち砕く巨躯、そしてヤモリに似た三本の指。

 

「いつの間に背後に……っ」

「このまま戦ってたら貴女もなるちゃんも危ないわ! ここは逃げましょう!」

 

 舌なめずりする怪物を睨みつけていたサターンは、ちびムーンの発言に驚く。

 彼女が提案したことは敵前逃亡にも等しい。

 躊躇を見せたサターンに、ウラヌスが肩に手を添えて走り出す。

 

「こればかりはどうも、おチビちゃんの言う通りだ」

 

 続いて、プルートも。

 

「サターン、貴女は力こそ強力ですが戦い慣れしてません。ここは勇気ある撤退を」

「……分かったわ」

 

 サターンは渋々ながら答えた。

 ネプチューンが注意深く手鏡を向けながら背後に振り向く。

 

「きゅろろろろ、ろろん……」

 

 ぎょろ目の怪物は相変わらず首を傾げ、大きな目を左右ばらばらに回しながら、逃げていく人間たちの後姿を追うことなく見送っていた。

 

──

 

 行けど行けど、鬱蒼とした森ばかりが広がっている。

 どちらを見ても緑ばかりで、方角すらも分からない。

 今はとにかく道なりに、あの霧を吐く怪物から離れることを優先している。

 

「まさか、ここって……」

「恐らくはあちらの世界と繋がる時空の穴だったんだ。ヤツはここの霧に紛れていたんだろう」

 

 ちびムーンの呟きにウラヌスが答える。

 穴を抜けてしばらく歩いてきた今となっては、再び霧は薄くなりつつあった。

 怪物の気配もほとんどしない。

 

「あの生物、これまで狩って来たどのモンスターとも違うわ」

 

 ネプチューンは、確信に満ちた眼差しで言い出した。

 

「あれは、セーラーサターンの攻撃を見て単に恐れをなすのではなく()()した。そして沈黙の鎌が最も脅威であると理解し、真っ先に彼女を無力化したのよ」

 

 サターンが無念に唇を噛み締め、沈黙の鎌を握り締める。

 隣にいるちびムーンは、その顔を心配げに覗く。

 

「凄まじく高い知能に霞を操る環境操作能力……。恐らくあれは『古龍』ね」

「まさか、あそこまで完璧に隠れられるとはな」

 

 ネプチューンの推測に、タキシード仮面は顔をしかめる。

 彼の恋人がかつて相手取った古龍という生き物は、どうも思っていた以上に桁外れの存在らしい。

 やがて、ウラヌスは一旦立ち止まって背後の暗闇に振り向く。

 

「プルート。君らが出発する前、あの仙台坂上に時空の穴は?」

「いえ、恐らくは最近になって新たに出来たものです。発生原因は私にも不明ですが」

「……となると、僕らを導く声の主が関わっている可能性も否定できないな」

 

 それを聞いたプルートは、黙って何か考え込むように視線を逸らした。

 少女、大阪なるはさめざめと顔を蒼くして、己の身を抱いて震えていた。

 

「……やっと怪物がいなくなったから、みんな戻ってきたのに」

 

 ちびムーンははっとして一般人の少女、大阪なるの方に向いた。

 その目尻にはいつの間にか、涙さえ浮かんでいた。

 

「またあいつらが襲って来るの? もう、こんなの懲り懲りよ!」

 

 泣き叫ぶ彼女に、ちびムーンはそっと背中に手を添えた。

 

「……なるちゃん」

 

 セーラー戦士たちも立ち止まり、限界に達してすすり泣く少女を遠巻きながら見つめる。

 それに気づくと少女は自身の涙を指で拭い、努めて口端を上げる。

 

「ごめんなさい。でも、きっと貴女たちがあいつらを全部やっつけてくれるわよね。今までだって、どんな敵が相手でも街の平和を護ってくれてたもの」

「……出来うる限りのことは、するつもりだ」

 

 ちびムーンが何も答えられない代わりに、辛うじて、タキシード仮面が曖昧ながら答えを返した。

 

──

 

 しばらく行くと、やがて向こうに森林の切れ目が見えた。

 月明かりがあるため、夜でもよく遠くが見える。

 そこで、タキシード仮面は周りを見渡した。

 

「……何だろうか、この感覚。まるで、いつか前に来たことがあるような」

 

 ともかく、先を急ぐ。

 遂に森林の出口へ到達し、視界が開けた。

 

 見渡す限りの、山と草原だった。

 

 そこにはビルどころか電柱の一つすらなかった。

 正面に広がる丘の上には藁葺屋根の家屋が見える。

 そのうちの幾つかからは煮炊きでもしているのか、天へと煙が上がっていた。

 

「え!?」

 

 ちびムーンは一瞬で何かを思い出し、先頭へと駆け出した。

 

 

「ココット村っ!」

 

 

 タキシード仮面もその名を聞いて、急いで彼女の横へ並びその景色を望んだ。が、彼以外は未だ釈然としない顔である。

 そこに、ちびムーンは振り返った。

 

「あの村に泊めてもらいましょう!」

 

 「えっ」となるは声を上げ、顔をひきつらせた。

 そうなったのは彼女だけではない。

 

「……なぜ、そんなすぐに信用できるの?」

 

 サターンが警戒ぎみに問うが、ちびムーンは迷いなく頷いた。

 

「あたしたち、前にあそこに居候してたの。村の人たちも親切だから、きっと迎え入れてくれるわ!」

「……確かお団子頭たちが一時、世話になってた村か」

「偶然にしては出来過ぎにも思えるけれど」

 

 ウラヌスとネプチューンはやや躊躇うように視線を巡らしたが、

 

「スモールレディの案を取りましょう」

 

 プルートが進言する。

 

「あちらの世界で過ごせば『災い』へのカウントダウンは遅くなる。作戦を立て直すためにも、利用できるものは利用すべきです」

 

 彼女を観察するようにじろりと見つめたウラヌスは、金色の前髪を掌でくしゃりと曲げ、ため息をついた。

 

「……分かった。だが、長居は避けることを勧めるよ」

 

──

 

 時は既に夜。村には明かりが灯っている。

 ココット村の櫓に立つ門番は、全く変わり映えのない闇夜の景色にうつらうつらとしていた。

 が、間もなく門に近づいてくる人影に、彼は寝ぼけ眼を腕で擦る。

 

「ん?」

 

 男はよく目を凝らした。

 女が多い集団だが、唯一男らしい顔と少女の顔に、それまで左右していた彼の注目が行った。

 

「や、まさか……」

 

 信じられない、とばかりに目を見張る。

 門番は喜々とした表情で振り返り、櫓から村内に向かって身を乗り出した。

 

「おおおおい!! 村長を呼べーーっ!!」

 

 声を張り上げると、しばらくして門が開けられる。

 なるは一番後ろに下がって、見るからに怯えている。

 

「大丈夫なの? あたしたち、生贄にされたりしない?」

「安心して。そんなことする人たちじゃないわ」

 

 ちびムーンはなるの腕を取って、必死に呼び掛けた。

 内にあるゲートを潜ると、既に10人ほどの人が集まって松明を掲げ、こちらを覗き込もうとしていた。

 松明に照らされて互いの顔が分かるようになると、一気に歓声が上がった。

 

「おお、おおおぉぉ……っ!!」

 

 1人、小さい老人が感激して杖をついてくる。

 彼はちびムーン、タキシード仮面の順で握手する。

 

「元気にしとったか、おヌシたち!」

「村長!」

 

 なるの視線はあちこちに錯綜した。

 彼らが駆け寄って握手するのは、人の背の半分以上小さく茶色の衣を羽織った、鳥足に4本指を持つ老人。

 他にも尖がった帽子の男、スカーフを巻いた女性。家から伸びる煙突、水車、幾つもの松明、桜の木に似た大樹。

 いかにも中世の異国風、その中でも田舎らしい景色だ。

 それに加え。

 

「村長はお変わりないようで」

「ほっほほ。竜人族からすれば一瞬の時の流れじゃよ」

 

 両者の口から飛び出す未知の言語に、なるは大いに困惑していた。

 

「な、何を話してるの……?」

「おいおい、久しぶりじゃないか。王子に小さい姫様」

 

 そこにまた、訳の分からない言葉で呼びかけて来た者がいた。

 そちらを見て、なるの肩が浮き上がる。

 背丈より大振りの骨製剣を背負い、金属と毛皮製の鎧を着た、白髪で黄色い瞳の厳つい老武人が立っている。

 ウラヌスとネプチューンはともかく、プルートとサターンは瞳に緊張感を宿らせた。

 

「マハイさん!」

「ライゼクス以来ね! あなたも、あの子も元気にしてた?」

 

 しかし、その威圧感はちびムーンとタキシード仮面を見ると一気に崩れ去った。

 

「あの子というのは、金火竜の赤ん坊のことか」

「うん、うさぎが助けたあの子。まさか捕まえられたりしてない?」

「あいつなら、既に父親の元を離れて巣立ったさ。捕獲されたなんて情報も聞かないし、今頃遠くの地ですくすく育ってるんじゃないか」

「よかった、ずっと気になってたのよ。マハイさんも元気そうね!」

 

 外部太陽系戦士たちも、流暢にやり取りをする彼らに戸惑っている。

 ちびムーンの問いに狩人は目を細めると、その白髪をやれやれという風に撫でた。

 

「こちらは、日を経るごとに物忘れが酷くなる一方だがね。それで、そこのお嬢さん方は誰だ?」

「あたしたちの仲間と、故郷から来た人よ」

 

 ウラヌスとネプチューンは、頭を下げる。

 

「……少しの間だが、世話になる」

「よろしくお願い致しますわ」

 

 少し遅れ、プルートとサターンも同じようにした。

 

「君も、よろしくな」

「えっ……」

 

 その厳つい狩人から突然注目を浴び、なるは戸惑う。

 どう対応すればいいか分からない。

 思わず後退り、足が勝手に逃げる用意をし始めた時だった。

 

 ぐぅぅぅぅ。

 

 鳴ったのはなる自身の腹の虫だった。

 思わず彼女は頬を赤くしてお腹を押さえた。

 

「おお、腹減っとんな。そろそろ夕飯時じゃからのぉ」

 

 村長は笑いかけると、ある方向に向いて合図をした。

 少し離れたところにある家屋から、人々が出てきて手招きをした。

 ちびムーンは、そっとなるの背中を押す。

 

「大丈夫、あの人たちは信用していいから。言葉が通じなくても優しくしてくれるよ」

「……は、はい」

 

 まだ状況の理解が追い付かないなるは時節振り返りつつも、暖かい光溢れる家屋へと歩いていった。

 マハイは戦士たちに振り直った。

 

「さて。あんたたちも、何か話したげな顔をしてるな」

 

 彼は、なるの入った小屋より少し奥側にある小さな小屋を親指で示す。

 

「そっちの事情はほんの少しだけだが知ってる。食事後にあの小屋に来い」

 

──

 

 ココット村への到着から数時間後。

 

「そいつは霞龍オオナズチだ」

 

 変身を解いた少女たちが見たことを一通り話すと、マハイは即答した。

 それから、背筋を立てて座るみちるに視線を寄越す。

 

「まさにそこのご令嬢の言う通り、古龍種に属するモンスターでな。霞に隠れ、伸びる舌で旅人から薬や食物をくすねたりする」

 

 夕食も終わったのでココット村は消灯しかけていた。

 人数に比べて狭い室内で1本だけ灯るランプが、獣臭い臭いを立てて彼らの顔を横から仄かに照らし出す。

 彼の言葉に、ちびうさは思わず大きな目をぱちくりさせた。

 

「え、それだけ?」

「あくまで直接的な攻撃性が低いだけだ。古龍災害の真価は、自然環境の強制的な書き換えにある」

 

 マハイはそう付け加えてから、椅子に腰を据え直す。

 

「オオナズチが山中で一度毒霧を吐けば、周辺一帯は向こう1週間不毛の土地……そうでなくとも翌日には、上流から浮いた魚の群れが流れてくる。そして数日間は川の水も飲めなくなるんだ」

 

 彼自身の顔に刻まれた皺は、ランプに照らされることでより深く見えた。

 ちびうさだけでなく戦士たちも険しい顔で黙り込む。

 彼の語り口にはどこか、その目で見て来たような生々しさがあったのだ。

 

「となるとやはり、放っておくわけにはいかないな」

 

 ちびうさと衛は、そう呟くように言ったはるかへ振り向いた。

 彼女は重そうに下に向けていた瞳を持ち上げ、目の前にいる老人に向けた。

 

「マハイさん。あの龍は、我々セーラー戦士で葬ります」

 

 老人は鋭く目を細め、発言した張本人を凝視する。

 しかし、はるかはそこから視線を逸らすことはしない。

 

「本気で言ってるんだな?」

「あれは存在そのものが危険だ。あなた方にとっても、安全が保証されるという点で利益はあるはずです」

 

 ちびうさは横顔を明るく照らされながら、慌てるように中心にある机へと身を乗り出した。

 

「ねえ、あっちから手を出してこないなら無理して戦わなくったって……」

「私もはるかに賛成です」

 

 せつなは、はるかたちが意外そうな顔をするのを他所にちびうさだけを見つめている。

 

「かの龍が生み出す霞によって時空の穴を覆う霧の範囲が広がり、人や生き物が迷い込んでしまう可能性が高まる。十分に大きな脅威になりえます」

「プー……」

「それに私たちは、あの龍と既に交戦してしまいました。これは手を出した我々の責務でもあるのです」

 

 それまで所在なさげに両手と膝をぴったりと合わせ、行儀よく俯いていたおかっぱの少女、ほたる。

 しかし彼女も目の色を変えると、上半身を前に押し出して。

 

「マハイさん、もっと詳しくその生き物の情報を聞かせて下さい」

「……君も戦うのか?」

「はい」

 

 透き通りつつも芯の通った声だった。

 齢で言えば完全に子どもである少女。それが大人と遜色ない口調で答える様に、マハイは答えを躊躇った。

 ちびうさ自身も、心配するようにほたるの顔を覗き込んだ。

 

「彼女も立派なセーラー戦士です。どうぞ、お気になさらないで」

 

 みちるの発言を受けて、マハイは決断して口を開いた。

 

「ヤツの吐く毒には出血毒から疲労をもたらす毒、鎧を溶かす毒から声帯を潰す毒まで多彩なものがあった。最近では出血毒のみに頼る個体が多いようだが……とにかく、妙な色の吐息には絶対に当たるな」

「では、あれの弱点は?」

「まずは皮膚が火に弱いのと……最も重要なのは角だ。そこに深傷を負わせれば透明化を解除できたはず。昔は姿を現した瞬間に爆音を聞かせても透明化を防げたんだが、そちらは耐性のある個体が増えて、最近ではほぼ博打のようなものだ」

 

 はるかの鋭い質問にも、老人の返答は一切の澱みがない。

 みちるは、品よく微笑みながら首と波打つ青緑色の髪を同時に傾けた。

 

「随分お詳しいのですわね。以前に戦ったご経験が?」

 

 老人は一瞬だけ床を見つめると、顎髭の辺りをひとしきり撫で、首を振った。

 

「ない。だが、奴がこの地域に出現した記録はあるのでな」

「……なるほど」

 

 やがて、手が差し出される。

 少女のものではない大きめの手だ。

 マハイが顔を上げると、そこにはうさぎの恋人にして未来の王子、衛の微笑む姿があった。

 目元に陰を含んではいるが、いつもうさぎが褒めちぎっていたように、相手を包み込むような優しい笑みを浮かべた。

 

「……ありがとうございます。一つの王国の王子として、ご協力に感謝します」

 

 マハイは頷き、衛と握手しながら共に立ち上がる。

 手持ち型のランタンにランプから火を灯し、扉を押し開けると、彼は差し込んだ月光の下振り向いた。

 

「奴は人間がどういう存在か、どういう戦法を取るか、()()()()()()()()()理解している。用意だけは怠るなよ」

 

 扉が閉じると、また室内に暗闇が戻って来た。

 

──

 

 セーラー戦士たちは、オオナズチがココット村に近づいていないか見回りに行った。

 

 ちびうさとほたるは留守番である。

 小屋の中、彼女たちはベッドの上で三日月をすぐ脇にある窓を通して見上げていた。

 一般人であるなるは、少し離れたベッドで安らかな寝息と共に熟睡している。

 安心して疲れがどっと出たのだろう。しばらく目を覚ます気配はなかった。

 

 ちびうさは、隣に腰掛けるほたるに振り向く。

 

「本当にオオナズチと戦うつもりなの?」

「ええ」

「……考え直して。妖魔みたいに簡単に倒せる相手じゃないよ」

「あの龍に一番先に争いを仕掛けたのは私だから。この村の人たちにも迷惑をかけてしまったし」

「ほたるちゃんが転生したのは、そんな危険な目に遭うため?」

 

 ちびうさは今にも泣きそうな顔で、ほたるの、陶器のように白くなめらかで細い腕を掴んだ。

 

「……そもそも私の生まれてきた意味は、自らも含め死にゆく世界に区切りをつけること。その使命からは決して逃れられない」

「そんなのヤだよ。ほたるちゃんとまたお別れだなんて!!」

 

 ちびうさは、質素な寝巻を着たほたるの袖に額をピタリとつけた。

 ほたるはそれを受け入れつつも、困ったように眉を下げた。

 

 セーラーサターンは、いわば世界が滅ぶ時に甦る『死神』。

 銀水晶の持ち主であるプリンセス、ひいては世界が危機に陥った時に覚醒、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、新世界の誕生へと導くのである。

 

「ほたるちゃんはどう思ってるの。この世界を滅ぼしたいって心の底から願ってる?」

「……ううん。ここにいる人たちはみんな善い人たちだもの。私も本当はしたくない」

 

 ほたるは首を振りつつも、そっと手を胸に添える。

 

「でも、きっと『サターン』は許してくれないわ。それが何よりも優先すべき使命だから」

「使命だったら、何をしてもいいの?」

 

 沈黙。

 ほたるは答えることが出来なかった。

 その中にいるサターンでさえも言葉を発することはない。

 やがてちびうさは耐え切れなくなって、ずっと繋がっていた視線の糸を切った。

 

「ごめん。あたしを護ってくれてるのに、こんなこと言って」

「気にしないで、ちびうさちゃん」

 

 ほたるはちびうさを気遣うように背をさする。

 そこに、扉がぎぃと音を立てて開いた。

 

「サターン、少し来てくれ。プルートが伝えたいことがあるそうだ」

 

 呼びかけて来たのはウラヌスだった。

 ほたるはちびうさに軽く会釈すると一瞬でサターンの姿へと変わり、背を向けて外へと出ていった。

 代わって入ってきたタキシード仮面がアイマスクを取ると共に青年『地場衛』の姿に戻り、入れ替わるようにして隣のベッドに座った。

 上半身には薄い白シャツを纏っている。

 

「まもちゃん、お疲れ」

「あぁ。ちびうさはさっきから浮かない顔だが、何かあったのか?」

 

 気さくに話しながらも心配してきた彼に対し、ちびうさは俯き気味に話した。

 

「ねぇ。あたしってやっぱり、何の役にも立てないのかな。戦えもしないし、うさぎみたいにみんなを説得もできない」

 

 ちびうさはセーラー戦士ではあるが、あくまで見習い。特に強い力を与えられている外部太陽系戦士とは、戦闘力の基礎となる魔力の時点で雲泥の差がある。

 更にその歳の幼さと遥か未来にうさぎの後を継ぐ王女という立場ゆえ、彼女は他の戦士に護られることがどうしても多くなるのだった。

 しばらく衛は前を向いて黙っていたが。

 

「実は俺も、ずっと同じことを思ってた」

「え、まもちゃんが?」

「ああ」

 

 衛はまだ包帯を巻く背中をさする。

 袖がまくられているからこそ分かる、すらっとして、それでいて筋肉の程よくついた腕。それを前に、ちびうさが少しだけ頬を赤らめた時だった。

 

「火山でブラキディオスに伸されて学んだよ。俺はいわば、塵のように吹けばすぐ飛ぶ存在だ」

 

 思わずちびうさは目を見開き。

 

「そんなことないよ! まもちゃんはイケメンで運動神経抜群でアタマも賢くって……!」

 

 必死に言い募るが、それに衛は苦笑を見せて人差し指を唇に当てて沈黙を促し、そのまま指の先をある方向に向けた。

 ちびうさははっとして、なるの寝るベットの方を見た。

 幸い彼女は、深く眠ったままで起きていない。

 それから、衛は再びちびうさを見つめて話を続けた。

 

「ちびうさが言いたいのは人間の範疇の話だろ。たとえそうだったとしても、この世界の生き物たちにとっては何の意味もない」

 

 彼は、ほたるがしたのと同じように窓越しで月を見上げた。

 

「俺は別の方法を探すと決めた。直接戦う以外に、うさこの夢を夢で終わらせない方法を。だからちびうさの提案に乗っかったんだ」

 

 視線を戻すと、彼はちびうさのお団子を解いた頭を優しくぽんぽんとした。

 

「俺たちはいま、出来るだけのことをするだけさ」

「……」

 

 ちびうさは少し考えたのち、立ち上がった。

 そのまま小屋の扉を開ける。

 

「どうしたんだ?」

「トイレ!」

 

 衛の目から逃れるように彼女が向かったのはトイレのある裏側……

 ではなく、ココット村のなかで一つだけ揺れる光だった。

 

──

 

「それで、なんでこんな村から離れたところに?」

 

 ちびうさが向かったところよりずっと遠く、門の外にある草原。

 そこまで先頭に立って案内してきたプルートに、ウラヌスはその理由を聞いた。

 彼女は振り向き、神秘的な真紅色の瞳で3人の仲間たちを見やった。

 しばし躊躇うような間があった後、プルートはやっと口を開いた。

 

「私はモガの森であの蹄の跡を見つけた時、ある者の気配を感じ取りました」

 

 横から強い風が吹き、足元を覆う緑の絨毯が波打ちざわめいた。

 

 

「エリオス。美しい夢の世界を護る祭司です」

 

 




『無力』な少女が下した決断とは。

マハイは、第1章に登場した狩人でオリキャラ。
大剣使いで、初代主人公そのものかどうかはご想像にお任せ。
うさぎたちを狩人として導いたおじいさんです。(メタ的には、今から思うと伝説のガンナーで良かったのではという個人的所感)
4編になって展開がファンタジックになってきましたが、せめて人物のやり取りくらいは自然なものを心がけたいところ。
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