セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて 作:Misma
彼女たちは新大陸古龍調査団より、『嵐の一夜』後に各地で孤立した団員の救助と調査結果の回収を任じられる。
その後、調査に入った古代樹の森にて怪物テルルンを打ち倒し、植生研究所の所長を救助した彼女たちは、この世界に来た異世界人は自分たちだけではないと知るのだった。
新大陸の調査拠点アステラ、3階。
網天井から、夜の灯りとなる松明や保存用のバナナ、食肉がぶら下がっていた。
周囲にヤシの木が生えた巨大なかまど付近では、バンダナをつけたアイルーたちがせわしなく調理済みの野菜や海産物を掲げ運んでは鍋に放り込んでいる。
『武器と山猫亭』。
料理場とも言われる、新大陸古龍調査団に属するハンターたちの胃袋を支えるところだ。
かまどを中心とした調理場とカウンターが一体になっており、ここに座ったハンターたちは目前でアイルーたちによる調理を眺めることができた。
「はぁー。色々話したいことがあるってのに、何でこういう時に限ってエイデンさんがいないんだか……料理長さん、どこ行ったのか知りませーん?」
カウンターに着くレイはため息をついて、慣れた様子で呼びかけた。
団員に聞いてみても、混乱の最中だったせいか『何やら急いでるようだった』とか、『いつの間にかいなくなってた』とか、よく要領を得ない回答ばかりだったのだ。
猫そのものな愛くるしい顔ぶれの中、竈門の方を見ていた一際異彩を放つ巨漢が振り向く。
そのアイルーの目つきは鋭く、隻眼だった。
「さあな。少なくとも、ここ最近メシは食いに来てねぇ」
彼の語尾に、アイルー特有である『ニャ』の訛りはなかった。
身体つきもかなり大きく、特に肉を取り出す腕は毛に覆われていても筋骨隆々であることがひと目で分かる。
赤いバンダナとネクタイをつけ、愛用の巨大な包丁を取り出し、鉄板に置いたこれまた巨大な肉を紙のように切り捌く姿は、人間と比べても何ら遜色ない貫禄があった。
「もうあたしギーブ……」
「うさぎちゃん、今日もおねが~い……」
「はいはいどもども、皆さんありがとうございまぁ~す!!」
机に突っ伏したまことと美奈子から横流しに皿を受け取ったうさぎは、嬉々として残飯を迎え入れる。
既に彼女の下には、レイと亜美から受け取った空皿があった。
エビの串焼き、海鮮パエリア、厚切りロースハム、カマンベールチーズ、蟹と魚のスープ。いずれもすべて、階下に見える海と森から頂いた新鮮な食材を使用。いまだ湯気が立っている。
一応レディースサイズではあるが量はそれなりに多い。あと2人分、頑張ったが今一歩というところで残されている。
うさぎは受け取った竜肉のステーキをフォークに刺すと、物凄い勢いで口内へとかきこんでいく。
レイは、その動きを野生動物でも観察するような視線で追った。
「うさぎ……太るわよ?」
「体重計見ない限り太んないもん」
「どーいう理屈よそれ」
レイとうさぎを挟んで反対側に隣り合う美奈子が、突っ伏したまま人差し指を一本掲げる。
「あっ分かった、ハートシュガーの袋ってやつね!」
「それを言うならシュレディンガーの猫よ」
レイの更に外側で亜美が水の杯を持ち、冷静かつ即座に間違いを修正する。
料理長は少女たちのマイペースぶりを前にしても眉1つ動かすことはなかったが、それでもうさぎの底なしの腹には料理人の性ゆえか、興味深げに目を引かれていた。
「たんこぶのおマエ、この前までそこに座ってた編纂者にも迫る食いっぷりだな」
うさぎは「たんこぶじゃないです!」と膨れるが、彼女の足下にある小さな椅子に座ってスープを舐めていた黒猫のルナが首をひねる。
「編纂者? どっかで聞いた気がするけど……」
「編纂者ってのはいわゆる情報統括のエキスパートでな。通常、ここのハンターには所属ハンター1名につき専属の編纂者がもう1人つく」
料理長の説明に、ルナの隣に座る白猫アルテミスはふんふんと頷いて同じくスープを一口啜った。
「つまりはバディか。じゃあ、その人から探ってみるのも手だな……」
料理長はそこへ、こんこんと机を爪で叩いた。
「おマエたち、その前に早く会議場へ行け。集合時間までもうあと3分だ」
「へえっ、そうふぁっふぁっへぇっ!?」
うさぎはちょうど、パンを咥えたところだった。彼女は慌ててパンを無理に詰め込もうとしたが、咽かけて胸をどんどんと叩く。
「う、うさぎちゃん、まさか知らずに全部食べるつもりだったの?」
「どうせそういうことと思ったわ……」
亜美が驚く一方、レイは掌で額を覆うのだった。
──
「本日、良い報せと悪い報せが2つある」
調査班リーダーが人差し指と中指を同時に立てて告げた。
「まずは良い方の報せだ。調査団所有の翼竜が大量に帰ってきてくれたうえに、再び飛ぶようになった。まだ怖々とではあるけどな」
会議用の卓には、うさぎたちを始めとして様々な人物が集まっていた。研究班の男、物資班の女、技術班の老人、そして総司令は、少し離れた所に座っている。
「えっ、じゃああたしたち、遂に……」
「翼竜で飛べるってことね!」
うさぎと美奈子は姉妹のように揃って目を輝かせた。
新大陸のハンターは、遠距離の移動手段としてアステラでも多く飼われる翼竜を使う。スリンガーから射出したロープをその脚に引っ掛けると、こちらをぶら下げて飛行してくれるというのだ。
「ああ。この分なら古代樹の森の向こう……『大蟻塚の荒地』に行けそうだ。君たちにも本日、現地団員の救助及び安全確保、そして情報収集に行ってもらうことになるだろう」
若い黒髪の男はそう言ってうさぎたちに向いた。
うさぎと美奈子は次も同時に目を丸くした。
「ええっ!?」
「大蟻塚の荒地に!?」
「「……って、なんだっけ」」
2人の足下にいたルナとアルテミスは思わず同時にずっこけそうになった。
「古代樹の森より更に東の奥地にある乾燥地帯。西は森を水源とする湿地と森林、東は荒涼とした砂漠が広がる特殊な地形……でしたよね?」
「そうだ。よく調べているな」
すかさず亜美がフォローを入れると、調査班リーダーは微笑んで頷く。
「へー。ノート見て数秒で忘れちったわー」
「あたしもー」
「で、でぇー、悪い報せってのは何なんですか?」
うさぎたちのボロを誤魔化すように、まことが愛想笑い気味に声を被せた。
彼女たちに対し、調査班リーダーは顔を引き締めた。
「あぁ。悪い方の報せは……。帰ってきた翼竜はすべて、北部の拠点で飼われていた個体だった。人を乗せた個体は一匹もいない」
「……じゃあ、取り残された人たちはまだ脱出できていないってことですね」
その口から告げられた重い事実に、答えたレイを始めとして少女たちもさすがに表情を切り替える。
「では次に、久しぶりに集った『リーダーズ』から報告を頼む」
調査班リーダーの指示を受け、一番先に、鉛筆を耳に挟み紙の束を手にした黒髪の女性が出てくる。軽装を身に着けた彼女は、如何にもやり手らしく前髪をかきあげた。
「物資班は此度の異変を受け、前線拠点セリエナからの人員と物資の移動がほぼ完了しました。現在は大蟻塚の荒地各地のベースキャンプとの連絡及び補給ライン復旧を、技術班と連携して行っています。輸送ルートの安全さえ確保できれば、2日以内にも復旧可能です」
物資班リーダーからのアイコンタクトに、次は背丈が一回り小さく、ヘッドランプを付けた探窟家のような格好をしている白髭の老人が頷いて答えた。
「うむ。技術班は、嵐により微小ながら損傷を受けたアステラ各部の修復作業を完了。再建設した翼竜飛行中継所の最終点検も無事に終わった! お嬢ちゃんたちも是非使ってくれよ!」
彼は歳を感じさせない笑顔で、うさぎたちの方にグッドサインを送った。
『リーダーズ』の最後のメンバー、学者風の長身男性が大きな冊子を抱えて穏やかな声で話した。
「研究班では、本国のギルドに先日古代樹の森で新発見された『妖魔』の報告とサンプルの送付を行いました。今後は暗躍が疑われる『魔女』についても研究を続けます」
これが新大陸古龍調査団の日常だった。
それぞれの専門分野に特化した班が、常に会議を通して意思疎通を図りながら共に新大陸調査を進めていく。
天才変人奇人揃いの調査団であるからこそ、こうして足並みを揃える工程が非常に重要なのだ。
「じゃ、次は僕らの番だね」
陽気な声で話の続きを継いだのは、うさぎたちが魔法植物テルルンから先日救助した、植生研究所の所長。
「今回の未確認不明植物の件を受け、生態研究所と僕ら植生研究所は共同で調査を行った。奥地で起こったことの手がかりを、少しでも手繰り寄せるためにね」
彼は竜人族特有の尖った耳にかけた丸眼鏡をずり上げると、紐で括った紙の束をめくり読み上げようとした。
「所長、続きはこの私にお任せを」
それを、横から伸びた手がかっさらった。
蛍光色にも近い髪の白衣姿の女性──所長の助手であるルルだ。
驚きを隠せない面々を前に、手が空いた所長はやれやれと言う風に肩を竦める。
「手柄を取りたがるのは如何にも人間って感じだね。まぁ、僕は手間が減って大助かりだから歓迎するよ」
彼はひょうきんな口調のままひらひらと手を振ると、すぐ椅子に腰を下ろした。
最初は困惑したうさぎたちも、彼の言葉に納得してルルの言葉を待つ。
彼女は助手としての仕事ぶりは完璧だが、以前からプライドが高いうえに何かと押しが強く上昇志向的なところがあった。
知的好奇心に満ちた学者たちの中では浮いた存在ではあったが、所長も特に気にしてはいない。むしろ野心に満ちた優秀な人材として調査団でもその実力を認められていた。
だからこそ、所長も常に傍に置いているのである。
「では改めまして、所長に代わりこの私が──」
「や、君はええよ。僕がまとめて話す方が早いわ」
しかしそこに、今も熱心に書物を読み耽る禿の老人が、本に目線を向けたまま訛りの入った言葉で横槍を入れる。
生態研究所の所長である。
「え、ちょっ」
「
驚くルルを他所に、老人は話を進める。
これから言われることを残らず書き取ろうと、亜美が慌ててペンとメモを取り出した。
「結果としては、やはり動植物の移動が大きかった。特に古代樹の森のエリア1で昨日までの1週間に確認されたニクイドリの個体群密度が通常時の1.6倍、トウゲンチョウが1.75倍。それらの糞の6割から北部地域由来の腐肉や果実が見つかった。更に荒地由来のサンプルの割合が観察初期から後期にかけ漸増傾向にあったことから、少なくとも鳥類の移動現象は地域を跨ぐ規模で南下したことが推測できるんや。これは、先述の調査団所有の翼竜たちの状況とも一致した。更に重要な点が2つ。まず古代樹の森北東部における7℃前後の温暖化、降水量及び湿度の有意な減少、引いては荒地特有の乾燥に適応した植生の遷移……つまりは森に対する地理的条件を無視した乾燥気候の侵入。そしてもう1つ、荒地最北部上空に確認された巨大積乱雲。これは、奥地からの冷たい空気と荒地の暖められた空気とがぶつかったことで前線を形成したと睨んでる。これらの事実を総合して、荒地では気温上昇と乾燥、更に奥地では寒冷化が、それぞれ急激な速度で起こっていると判断したわけや。当地域の気流からは通常考えられん現象やからな。さて、ここまで来れば答えはほぼ決まったもんやけど……」
全く訳が分からない。
亜美までも呆気に取られたばかりに、その手からペンがすり抜けて落ちる。
うさぎは、頼むように調査班リーダーの顔を覗く。
「……えーと。つまりどういうことで?」
「恐らくは複数の古龍による環境の撹乱、だな。それの影響が南にも次第に波及し、森のみならず大陸全域の生態系が大混乱に陥っているというわけだ」
古龍。
その言葉に、場全体の緊迫感が一気に高まる。
「やはり、古龍は天候さえも操るって本当なのね。……『魔女』の仕業という見方はないんですか?」
亜美が生態研究所所長に聞くと、ルルの視線が波立つように動いた。
が、誰も気づくことはない。
「まぁ油断は禁物やけど、アンジャナフに焼かれる程度のモンしか作れん奴らにとても出来る芸当とは思えへんね」
「っ……!」
何故かルルが声を震わせた。
それを気遣うつもりなのか、植生研究所の所長は陽気に声をかけた。
「まーまー、喋れなかったからって怒らなくていいじゃないか。きっと次があるよ」
「……私は持ち場に戻らせていただきます!」
ルルは丸眼鏡をかける所長をバレない程度に一睨みし、そう言い残して去っていった。
生態研究所の所長は、丸眼鏡の彼がポカンとするのを一瞥したのち、再び書物に目線を戻して。
「君ら、くれぐれも気ぃつけや。現在、荒地に『炎王龍』がいる可能性がある。あとで、よぉーく調べとき」
「炎王……龍? まさか、古龍が荒地にいるんですか!?」
うさぎはいち早く反応した。
「あくまで可能性やけどな。万一出くわした場合、対処は君らの個人的判断に任せる」
老人が相変わらず俯いて本に目を移したまま平坦な声で答えると、調査班リーダーは頷いてうさぎたちに呼び掛けた。
「では早速、出発の準備を頼む。いつでも、君たちのタイミングで向かってくれ」
「はいっ!」
少女たちは威勢よく返事をすると、揃って近くの階段を駆け上っていった。
一方、ルルは会議場から少し離れた植生研究所に着くと。
「あぁ~イケない、私ったら。たかが耳尖った爺さま1人にムカついてる暇なんかないってのに」
ふぅーと一息吐き、一転して口角を上げた。
「まぁいいわ。荒地に植えておいたテルルンは今頃大成長して、ハンターどもをまとめてミイラにしてるはず。セーラー戦士どもも、もうじき奴らの仲間入りね」
己に言い聞かせるように呟くと、不敵な笑みを浮かべるのだった。
──
装備と持ち物の点検、地図による荒地と飛行中継所の場所確認。
諸々の準備を行った後、うさぎたちは食事場の隣にある拠点外へと繋がるゲートに赴いた。
各々が口笛を吹くと、すぐに鳥に似た鳴き声が響いた。
斧型の嘴を持った小型の竜がちょうど5頭、羽ばたいてくる。翼竜メルノスだ。
先頭にいるうさぎは息を吞んで、その脚目掛け、スリンガーからロープを射出した。
その先端のアンカーが、翼竜の足爪の間に引っ掛かる。
途端に、彼女の身体がふわりと浮かび上がった。
「と、飛んだぁっ!!」
そこからは一瞬だ。
翼竜も人に慣れているのか、特に戸惑う様子もなく力強く羽ばたいて彼女を運んでくれている。
みるみるうちにアステラが遥か眼下に小さくなり、少し遅れて、仲間たちも後を追って飛んできた。
彼女たちに手を振ると、うさぎは自身がやってきた南方へと振り向いた。
ちょうど、時刻は正午より少し前。
いつもより高い位置から見下ろす水平線は丸まって見え、改めて自身が鳥たちと同じ視点で世界を見ていると知らされる。
「わぁ~、感動~……」
北へ視線を向けると、かつて彼女たちが足を踏み入れた古代樹が左手に見えた。
アステラの何倍もの面積を持ち森中に巨大な根を張るその姿は、まるで今にも動き出すかのような生命力を感じる。
その横を風を全身に受けて空中を突き進むのは、飛行船に乗るのとは全く違う感動をもたらした。
うさぎはそのまま飛行を続けていたが、やがて亜美に抜かされ、レイに抜かされ、まことにも美奈子にも抜かされ。
「あれ? あたしだけ高さが低い? なんで?」
あっという間にビリになったうさぎが疑問符を浮かべていると、先頭を行くレイがふん、と鼻でせせら笑った。
「そりゃあんたが重すぎんのよ」
「ああああ言ったわねえええぇぇぇ!?」
その声量で翼竜が暴れかけるほど、実に賑やかな出発だった。
──
古代樹の影響はかなり遠くまで及んでいた。
正午を少し過ぎた頃、うさぎたちは調査団が建てた翼竜飛行中継所の櫓に着いたが、そこでも地上には調査対象外の森林が陸の海の如く広がっている。
テルルンと戦った古代樹が、今は豆粒のような大きさになっていた。
あくまで調査団が調査しているのは、大陸のほんの一部でしかないのである。
「──異世界からこの世界に来たの、あたしたちだけじゃなかったのね」
レイが、止まり木に掴まる翼竜に餌をやりながら呟いた。
その事実は衝撃的なものだった。所長に聞けば、その旅人たちも『魔法』と称される力を使っていたという。
つまり彼女たちは、唯一無二の存在ではなかった。
亜美は、憂うように北の地平線を眺めた。
「でも、植生研究所の所長さんは言ってたわ。他の場合と違って今回は世界中に影響が及んでるって」
天候は出発とは打って変わってどんよりと曇り、灰色の海が頭上に広がり始めていた。
「今回の古龍の異変……。もしかして大自然そのものが、あたしたちも含めて異世界からの侵入者を追い出そうとしてるのかも。それが未来の災いに……」
「えーっ、そりゃないわぁ! あたしたちはこの世界を助けるために頑張ってんのにー!」
美奈子が嘆いて顔をしかめると、まことは手すりに頬杖をついてため息をつく。
「……だからこそ、事情を知ってるエイデンさんと相談したかったんだけどな。音信不通じゃどうしようもないな」
正体を曝しても十分に信用が置ける新大陸の人間は、あの男しかいない。
結局のところ、自分たちの問題は自分たちで何とかするしかない、というのが守護戦士たちの結論だ。
「……みんな。古龍に出会ったとしても、絶対に無理しないでね」
少女たちの視線がうさぎへと向く。
「多分それ聞くの、ここに来て100回目だな」
「いいやぁまこちゃん、絶対150回は行ってるわよ!」
うさぎは至って真面目に言ったのだが、仲間たちは苦笑いした。
中でもレイは面倒そうにそっぽを向く。
「そんなこと言われなくたって分かってるわよ。五月蠅いわねー」
「本当によ!!」
真剣な叫びに、彼女たちはもう一度振り向かざるを得なかった。
「シャガルマガラと戦ったから分かるの。古龍は、今のあたしたちじゃとても敵う相手じゃない」
しばし戸惑うような沈黙があった後。
レイは、渋々という表情で立ち上がった。
「……はいはい、分かったわよ。せいぜい睨まれないよう頑張るわ」
うさぎはその言葉を聞いて、やっと安心したように目を細めた。
──
「見えて来たわ……『大蟻塚の荒地』よ!」
亜美が指さした先、岩のような質感の柱が、遠くからでも分かるほど高く地面に聳え立っている。
それこそが狩場の名の由来にもなっている『大蟻塚』。
ハコビアリと呼ばれる生物が土を積み重ねることで造った天然の牙城である。
麓には地肌がむき出しになった段丘やら砂丘やらが連なっている。
それより手前には湿地帯が広がり、ちょうどうさぎたちは南方にある森林側から来ている形になっていた。
そして、荒地の最も南にあるキャンプまではあと数分というところ。
「い、いきなり暑くなってきたわ!」
そこに来て、美奈子が右手で顔を扇ぎながら呼びかけた。
「暑いというより……熱い!」
まことも、じんわりと額に浮かんできた汗を右腕で拭う。
事前にある程度聞いていたとはいえ、明らかに異常な気温だ。
それだけではない。
「……ねぇ、あそこ」
レイが、亜美とは別の方を指差す。
彼女たちから見て西方だ。
仲間たちが、果たして何事かと振り向こうとした直後。
少女たちの身体が、黒煙に飛び込んだ。
「けほっ、けほっ!?」
何かが焦げ、燻る臭い。
全身を焼かれるような熱気。
散々咳き込んだ彼女たちが、煙を抜けた瞬間に目を凝らすと。
「……火事!?」
本来ならば、荒地の西で生命を営んでいるはずの森林。
そこが、大量に黒煙を噴き上げていた。
それも一ヵ所や二ヶ所ではない。
かちん。
遠く、火打石を鳴らしたような音が鳴った気がした。
森が、爆ぜた。
「!?」
そうとしか言いようがなかった。
平方300mほどはある森が、一挙に連鎖するように、至るところで爆破されたのだ。
緑の海はそれらを発火点に、一瞬にして火の手に呑み込まれた。
その後も火事の範囲は急速に膨れ上がっていく。
「……っ!?」
後れて、凄まじい熱波が直撃する。
うさぎたちは、反射的に顔を腕で覆って耐えた。
しかし、翼竜はそういうわけにはいかない。
彼らは悲鳴を上げ、翼を何度もばたつかせて暴れた。
運搬に集中できなくなったためか、一気に高度が下がっていく。
「ちょっと、落ち着いて!」
制止も虚しく、うさぎたちは森のすぐ東側へと運ばれた。
その時には既に翼竜たちの列は乱れ、今すぐにでも我先に逃げださんほどの勢いだった。
こういう時、調査団所有の翼竜はハンターたちを危険性の低い高度の低空から振り落とすよう訓練されている。
しかしこのままではうさぎたち自身がチームとして離れ離れになる危険性があった。
「みんな、ロープを外しましょ!」
美奈子の叫びに、4人はすぐ従った。
スリンガーのレバーを引くとロープごとアンカーが揺れ、それに反応した翼竜たちは脚を振り払う。
幸い高度はそれほどでもなく、砂地に少女たちは無事に着地した。
無論半ば転がるような形での不時着であり、決してカッコよくはなかったが。
翼竜たちが悲鳴を上げて帰っていくのを見つめながら、うさぎは仲間たちへ振り返った。
「みんな、大丈夫!?」
「ええ、何とか」
「こんぐらいで倒れるあたしたちじゃないよ!」
「もう、今度から翼竜に乗りたくなくないわぁ……」
悪態をつく美奈子含め、いずれも目立った怪我はない。
取り敢えずは着陸成功、である。
しかし、出来事はこれに終わらなかった。
ぞろぞろと、坂道の上から小さい集団が雪崩のように降りてくる。
兎や鳥、蛙たちが悲鳴を上げて逃げているのだ。
彼らは少女たちの脚にぶつかるのも気にせず、不毛の地に四散していく。
彼女たちが西に顔を向けると──
森は既に、炎獄と化していた。
木々が轟々と音を立てて燃え、溶け、崩れ落ちてゆく。
時分としては昼なのに、黒煙が立ち込めるそこはもう一つの夜の世界が作られたようでもあった。
「まさか……」
亜美は続きを言えず、息を呑んだ。
視界の裾まで広がる業火の中に、一つ、揺らぎが見えたからだ。
やがてそれは、影になった。
あらゆる万物が熱によって荒ぶるのに、それだけはゆっくりと
確実に意思を持った彼は遂に、灼熱のカーテンを潜った。
その存在は、初めに山羊のような荒々しい角を現して。
次に紫炎の色に染まった、雄々しい獅子の顔。
口元には上下に聳える鋭い牙、その間からは火の粉のようなものが、後方へとなだらかに撒かれていた。
名を名乗らずとも帝王の威厳を感じさせる、黄色がかった冠毛。
尖った耳の後ろと顎からは、灼炎色のたてがみが豊かに伸び揃い、一種の気品すら醸し出している。
続いて出て来た四肢は、4つとも大地を踏みしめて焼いていた。
爪の周りの空気が、蜃気楼となって揺らいでいる。
次に、溶けた砂や岩が液体となって、森の方面から斜面を流れ落ちてくる。
獅子はその四肢を溶岩の川に潜らせたが、まったく意にすら介さない。
彼は、四肢とは別に背から生えた翼を広げた。
その幅、自身の肩幅の5倍以上はあろう。
肩から外套のように伸びるそれは、内側に毛のように発達した鱗を靡かせていた。
その時。
一本、先ほどまで燃えていた一際背の高い木が中折れ、その上部が獅子の方へと傾いて落ちた。
「……」
灼炎纏う獅子は何も言わず、落ちてきたものを見上げもしなかった。
かなりの太さを誇っていたそれは、燃やされた復讐とばかりに獅子に直撃すると思われたが──
それは彼に到達する前に、炭になって虚無へと消え去った。
彼はそのまま、帝王の如き堂々とした歩みを進める。
うさぎたちは、ただ圧倒されていた。
歩むだけですべてを葬る、生きた太陽そのものに。
炎王龍テオ・テスカトル。それが、彼に人がつけた名だ。
やがて、炎の壁を背にして止まる。
天然の王座から、彼は身に纏う炎とは正反対の蒼い瞳で睥睨する。
たった5人、自身より遥かに小さい少女たちを。
「……ゥルルル」
小さく唸り声がした。
うさぎは足が竦みつつも、疑問を持って彼を見つめた。
表情は非常に険しいのに襲ってこない。
見た目に反して温厚なのだろうか。
しかし観察しているうちに、うさぎはある発見をした。
よく見ると、炎王龍は立ったまま翼を動かしている。
その動きは如何にも意味ありげで、風を送っているようにも見えた。
「……あつっ!?」
気づいた瞬間、熱風が襲った。
うさぎの眼前を、幾つもの火の粉が舞っている。
粉塵だ。
テオ・テスカトルは、それをうさぎたちの周囲にばら撒いていたのだ。
見回せば、すっかり彼女らはその中に身体を埋めている。
「みんなっ」
うさぎは振り返って叫ぶが。
仲間たちは目を見開いたまま、全く動けていなかった。
うさぎはそこでもう一つのことに気づいた。
今の状況は、シャガルマガラに初めて見つめられた自分と全く同じだった。
畏怖に射抜かれている。
これまで相手してきたモンスターたちとは段違いの存在感、威圧感。
それに心が圧し潰されて、身体さえも反応を拒否しているのだ。
「みんな、避けて!!」
頸を回した炎王龍が、口に生える牙を上下に打ち鳴らした。
一つだけ小さな火花が光る。
粉塵が連なって光った。
炎の華が次々に弾け、爆発音と共に地上を埋め尽くした。
最近、自分の書きたいことを詰め込んだ結果余裕で10000字を越すことに…。
ここまで来ると、もはや展開が頭に入ってない方もいるのではないかという不安も出てきました。
というわけで今回はアンケート実施。ご忌憚なき投票をよろしくお願いいたします。
流石に10000字近くで中々ないかもだけど、一応「短い」も選択肢に入れてます。
(1話ごとの文字数を減らすとエピソードごとの話数が増える可能性もありますが…そこは質と量のバランスを考慮に入れたうえで善処します)
最近の1話の文章量について、どう思いますか?
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短すぎる
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これでいい
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長すぎる