セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて   作:Misma

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大地を踏みしめる太陽②(☽)

 少女たちは火花散る中、煤に塗れて倒れていた。

 

「う……」

 

 そのうちの1人であるうさぎが、ぴくりと指を動かす。

 恐る恐ると頭を上げた。

 

 幸い、他の4人も五体満足だった。

 彼女たちも、何とか顔を持ち上げようとしている。

 寸前でうさぎが声をかけたことで、ぎりぎり回避が間に合ったようだ。

 

 ただ、尋常でなく熱い。

 周囲の枯木が崩れ、高温と乾燥に強いはずのサボテンすらも萎びかけているほどだ。

 

 そこにずしんと足音が響き、火の粉が前を通る。

 鬼のように豪壮な牙が視界の上に覗く。

 

「あっ……」

 

 炎王龍テオ・テスカトルだ。

 彼は牙を打ち鳴らした所から一歩も動いていなかった。

 ただ斜面の上からこちらを見下し、佇むのみ。

 

 全く思考が読めない。

 

 彼女たちは立ち向かうべきか、逃げるべきか選択を迫られていた。

 なのに──未だに動けない。

 脳は思考を、腕と脚は反応を拒否する。

 

 やがて、あちらから歩み始めた。

 20mにも迫る体長ゆえ歩幅は人間とは段違いで、一歩ごとに威圧感と熱気が増す。

 

 そこでやっと、うさぎの口が動いた。

 既にかなりの距離を詰められた時だった。

 

「みんな! メイク・アップよ!!」

 

 かつて古龍と相見えたほんの僅かな経験が、彼女を突き動かした。

 彼女たちはうさぎの呼びかけで再び我に返り、変身スティックを急いで取り出す。

 テオ・テスカトルは猛然と吼え、紅と濃紫の交じった四肢を折り曲げる。

 

 燃え盛る巨躯が飛び出そうとした時、虹色の光が差した。

 

 炎王龍は光を堂々と突き抜け、人間たちがいたところに寸分違わず突進をしかけた。

 が、既にそこには誰もいない。

 うさぎたちは、久しぶりに皆揃ってセーラー戦士の姿へと変身していた。

 彼女たちは左右に散開し、振り返る炎帝の姿を見つめていた。

 

 無論、何の意味もなく変身したわけではない。

 この姿は、軽さと素早さを重視した形態だ。これで、本来なら躱せなかった位置でも無事に避けることができたのだ。

 

 うさぎことセーラームーンが王冠を外し、振りかぶる。

 

「ムーン・ティアラ・アクション!!」

 

 魔法の力と回転力を同時に加え、放つ。

 浄化の煌めきが王冠を輝く円盤に変え、直進。

 獅子の顔面に王冠が直撃する。

 

「グルオオッ……」

 

 見慣れない攻撃に灼炎の帝王、テオ・テスカトルは軽く態勢を崩す。

 

 だが、それだけだ。

 

 セーラームーンはこの世界の生物を浄化できない。その法則は古龍に対しても一貫していた。

 

 炎王龍は、頸を回して少女たちを睨みつける。

 何故かは分からないが、彼はかなり機嫌が悪いように見えた。

 そうでなければ、本来なら取るに足らない人間相手に出会い頭、爆破などしてこないだろう。

 彼は後ろに跳び下がって再び戦士たち全員を視界に据える。

 

 すう、と頸を仰け反らせ息を吸った。

 そして、吐き出すと同時。

 牙の間から、火炎放射が渦を巻いて噴き出す。

 

 螺旋はたちまち、炎王龍自身の全長をも超える長さへ拡がった。

 砂をも焼き焦がすそれを、彼は往復するように振り回した。

 

「くっ!」

 

 戦士たちはそれを跳躍して避ける。

 そして着地すると同時。

 

「あたしたちを……舐めるんじゃないわよ!」

 

 レイことマーズを筆頭に、各々が手に守護星の力を宿らせ、印を結び。

 

「クレッセント・ビーム!!」

「ライトニング・ワイド・プレッシャー!!」

「バーニング・マンダラー!!」

 

 遠距離から技を立て続けに放つ。

 光線、雷球、火焔輪の嵐。

 下位クラスの飛竜ならば、致命傷とまではいかなくとも衝撃に耐えきれず吹き飛ぶくらいはする弾幕だ。

 テオ・テスカトルはそれを、射程外から受け止めた。

 

 強烈な爆発が弾け、音が轟き、沈黙した。

 

「……」

 

 戦士たちは慎重に見守る。

 しばらくして、砂塵が消えた。

 そこにあるのは僅かに鱗が削れた以外大した傷もなく、眉間に皺を寄せる気高き獅子の姿。

 

 彼は不動だった。

 

 彼女たちは息を吞んだ。

 しかしレイことマーズは何とかそれを振り切って、

 

「マーキュリーッ!」

 

 その叫びに呼応するように、彼女たちは後ろにいる1人の青い戦士に振り向く。

 彼女は短い青髪を揺らめかせながら、掌の間に泡を虚空から生み出していた。

 

「シャボン・スプレー・フリージング!」

 

 技名を言い放ち泡を解放すると、テオ・テスカトルの周囲にたちまちのうちに霧がかかる。

 絶対零度の低温をもたらし、視界を奪う代物である。

 

「グルゥ……」

 

 赤いたてがみの先端に霜が降り、炎王龍は不愉快そうに首を振る。

 

「やっぱり。水、氷はヤツの弱点属性!」

 

 そう、少女たちは無策なわけではない。

 彼女たちは学者から貰った情報を元にハンターノートを読み漁っていた。

 彼の角が火焔を司る能力を制御することも、水や氷を苦手とすることも、あの火の粉が炎王龍の皮膚から排出される老廃物であることも、すべて知っている。

 

 だからこそ、このために時間稼ぎをしたのだ。

 最大弱点の属性を扱うマーキュリーが技を使えるように。

 彼女は一瞬できた隙を見逃さず、手元に大量の水分と冷気を生成する。

 

「シャイン・アクア・イリュージョン!!」

 

 マーキュリーは、冷気を帯びた激流を炎王龍へと浴びせる。

 

「グオオッ……」

 

 頬の辺りに直撃した。

 これにはテオ・テスカトルも驚いたのか大きく仰け反り、巨体が後方へと押しやられた。

 

「いいぞ、マーキュリー!」

 

 ジュピターは僅かに見えた希望に拳を握る。

 

 しかし、それも束の間。

 

 振り直った炎王龍は目を見開き、前脚を持ち上げ、翼を大きく広げた。

 

「ガア゛ア゛ア゛アアアアアアアアアッッッッ!!!!」

 

 憤怒の咆哮と共に、たてがみを始めとした彼の周囲が灼炎に包まれる。

 熱波が目に見える明らかな空気の流れとなり、彼を中心に広がった。

 

 霧はすべて吹き飛ばされた。

 一瞬で気温が()()()()()()

 

 先の更に上を行く熱波が、逆にセーラー戦士たちを飲み込んだ。

 

「あつっ……!?」

 

 セーラームーンは思わず怯んで顔を腕で覆った。

 その拍子に自身の戦闘服を見た直後、目を丸くした。

 

 赤いリボンが、白いレオタードが、青いスカートが、黒焦げて煙を上げ始めている。

 

 情報としては聞いていた。

 炎王龍テオ・テスカトルはその生物離れした体温により、周囲の気温を灼熱へと変える。

 しかし、守護星の聖なる力によって加護されるセーラースーツは、下手な防具よりも高い耐久力と環境適応力を持つ。それはあらゆる生命を拒絶する、宇宙での活動を可能にするほどだ。

 それさえも、この炎を司る古龍の前では通用しないというのか。

 

 陽炎のなか、仲間たちのセーラースーツもたちまちのうちに灼け焦げていく。

 それはあまりにも想定外であり、同時に絶望的な光景だった。

 

「……駄目よ! 狩人の防具を重ねないと、この灼熱……とても耐えられないわ!」

 

 苦渋の決断を迫られた美少女戦士たち。

 そのうちの1人であるヴィーナスの呼びかけは、戦士としては実質、敗北宣言にも近い。

 しかし、彼女たちには迷っている暇さえもなかった。

 

 光を纏い直し、戦闘服の素地の上に重い防具を重ね着る狩人の姿へと戻る。

 テオ・テスカトルはその変化に眉一つ動かさず、身を低く構えると突進を仕掛ける。

 当然、これは動きを見ていたので全員が横に避けることができた。

 

 マーキュリーの姿から戻った亜美は、視線の軌跡から彼が次に狙っているのは自分だと気づく。

 どうやら炎王龍も、彼女が自身の苦手な水と氷の使い手であると認識しているのは確かなようだ。

 亜美は急いで、地雷型の設置弾を砂地へと埋める。

 獅子のような雄々しい顔が、彼女を見据えて走り出すのを見計らい。

 

「シャボン・フリージング・ゲイザー!」

 

 相手の鼻が当たりそうな位置から、後方に地を蹴って離脱。

 地雷を踏んだ炎王龍の足下から、強烈な冷気が噴き出す。

 今度は顔だけでなく全身を包み込んだ。

 

「今度こそっ!」

 

 しかし──

 

「ガアアアアアッッッ」

 

 テオ・テスカトルは怯みもせず、堂々と冷気の中を突っ切った。

 その疾駆に目立った鈍りはなかった。

 

「これもダメなの……っ!?」

 

 霧のなかから姿を現した獅子の蒼い瞳が、亜美を睨む。

 思わず、ライトボウガン『あまとぶや軽弩の水珠』の引き金を持つ手が震えた。

 

「なんのっ……」

 

 美奈子は意地を見せて、ヘビィボウガン『バイティングブラスト』をしゃがんで構える。

 そこから守護星である金星の力を手から弾倉内に流し込み、乱反射させる。

 

「クレッセント・ショット!!」

 

 彼女が背後から撃ち出した弾は、強烈な加速度を得て射出。

 一発一発が重機関銃並みの威力を誇るそれらは、古龍の表皮をも容易く穿つ──

 はずだった。

 

 炎王龍を取り巻く炎に触れた途端、弾が消える。

 

「……え?」

 

 幻でもなく現実に、燃えて消滅したのだ。

 攻撃手段を丸ごと否定された美奈子は、どうすればいいのかすら分からない。

 

「あいつの纏う『龍炎』が弾を燃やすとは知ってたけど……」

「あれは、守護星の力を込めた弾だろ!?」

 

 レイとまことも武器を取り出した矢先にその光景を見せられ、立ち尽くすしかない。

 

 これまでの積み重ねの中で築き上げた、守護星の力と狩人の武器の併せ技。

 妖魔とは違い強大な巨躯を持つ竜に対して編み出した、彼女たち独自の武器。

 それが、いとも簡単に跳ねのけられた。

 この事実から言えることは、ただ一つ。

 

 (ドラゴン)は、竜とは全く違う。

 

「逃げよう、みんな!」

 

 うさぎが、呆然自失とする仲間たちに叫ぶ。

 幸い、彼女たちは何とか我を忘れず視線を向けてくれた。

 

「何よりも今は、死なない方が大事よ!!」

 

 テオ・テスカトルは再び息を吸った。

 急いで少女たちは踵を返し、燃え盛る森から離れる方向へとひた走る。

 直後、火炎放射が地上を薙ぎ払った。

 

 少女たちは何とかそれから逃れ、アーチ状の岩の下にある天然の空洞を通っていく。

 亜美は急いでハンターノートを開き、付箋の貼ってあった『大蟻塚の大地』全体図を開いた。

 素早く、真ん中辺りに書かれたテント状の絵に注目する。

 

「中央キャンプに行きましょう! そこなら攻撃を凌げるかも!」

 

 絵の指したキャンプの位置はそう遠くなかった。

 とにかく、南へ。

 木の根が絡みつく砂色の崖を右横に、沿うようにして走っていく。

 その先に、キャンプと繋がる横穴があるはずだった。

 

 一方、テオ・テスカトルもそれを見逃すわけはない。

 炎を噴き終わると、彼はすぐさま灼炎を纏って少女たちを追う。

 豹や獅子と同じく4つ足を使うせいか、飛竜より遥かに動きが素早い。

 

「間に合わない……!」

 

 レイはぎりっと歯を食いしばると、太刀『斬竜ヘルヘイズ』の鞘に手を添えて振り返った。

 

「レ、レイちゃん!? 駄目よ、あいつに炎は効かないわ!」

「……だとしてもよ。あたしたちの使命は、あんたをちゃんとまも──」

 

 うさぎに答えつつ、レイは使命感溢れる鋭い瞳でテオテスカトルを睨み返そうとした。

 彼女はそこで言い詰まり、動けなくなった。

 

 テオ・テスカトルは寸前で立ち止まり、彼女を凝視していた。

 人間()()ではなく、彼女1人だけを見ていた。

 

 怒りの中にも知性と気品すら漂わせる、青い瞳。

 それまで見て来た竜とは明らかに違う色だった。

 

「あ……」

 

 その瞬間、彼女の猛き心は必死に叫んでいた。

 動け、動けと。

 しかし肉体は怯え切って、震え切っていた。

 

 そう、その現象は先ほどからずっとあるものだった。

 初めてあの龍と出会った時も、戦士へと変身する直前も、美奈子の弾が効かなかった時も。

 

 ただ、自らの身体に鞭打って気づかないふりをしていただけ。

 それが間近に接近されたことでいよいよ露わになったのである。

 

 テオ・テスカトルは翼をはためかせ飛び上がる。

 牙の並んだ口内から炎が覗いた。

 うさぎたちが立ち尽くすレイの身体を引っ張ろうとしたときである。

 

 龍の頭上にあった崖から、何者かが炎王龍目がけて飛び込んで来た。

 

 抉れ傷のある金属のフルフェイスメットが、銀に鈍く光る。

 胸当てを飾る、ギルドの紋章が書かれた帯が上へと舞い上がった。

 

 背負う武器は太刀。

 恐らくは雌火竜のものであろう、緑の鱗が剣刃を渋く彩っていた。

 

 落ちながら刃を脳天に垂直、一撃。

 

 予想外の攻撃ゆえか、少しだけ熱気が収まった。

 その隙を突いて、その人はテオ・テスカトルの背に掴まる。

 

「グオオオオッッッ!!」

 

 驚いたのか、テオ・テスカトルはうさぎたちへの攻撃を中断してその場を跳び上がった。

 翼をはためかせて浮上し、ハンターを振り落とそうと藻掻く。

 それで、レイも我を取り戻した。

 

「……ハンター?」

「そこの穴に入れ!」

 

 兜の中から飛び出したのは年を取った男の声だった。

 彼が指差すのは、ちょうど近くの岩壁にある横穴。

 中央キャンプに繋がる入口である。

 

「は、はいっ!!」

 

 彼を訝しむ時間はない。

 うさぎを先頭として、少女たちは一目散に横穴へ駆け込んだ。

 洞窟だからか特別な加工をしているのか、入口に入ると熱気は一気に引いた。

 

 そしてそのまま行こうとして──

 突然地面がなくなった。

 

「あ、あれ?」

 

 先頭を行っていたうさぎが重力に従って落ちると、仲間たちも雪崩落ちていく。

 

「ぎゃーーーっ!!」

 

 派手な音を立てて折り重なる少女たち。

 それを見て、立ち上がって急いで走り寄ってくる人影があった。

 

「貴女たち、いま外に出たらダメじゃないの! 勇気と無謀は違うんだから!」

 

 厳しい叱る声に、一番下のうさぎは顔を上げる。

 うさぎたちより大人びて、しかし勝気な雰囲気の女性だ。

 明るい緑色の服を着て、額を出した波打つ黒髪ショートが印象的だった。武器を背負わず代わりに本を持っているので、ハンターでないことはすぐ分かった。

 その背後には黄色いテント状のベースキャンプが見える。

 うさぎたちの顔を見ると、彼女はすぐに表情を変えた。

 

「あれ……見ない顔ね。もしかして、5期団じゃない?」

「あ、あなたは……」

 

 まさに、安否確認の対象とされている生存者だった。

 未だ外から聞こえる怒声を尻目に、うさぎたちはこれまでの状況と事情を話す。

 

「……そうだったのね、誤解してたわ。じゃあ、貴女たちがアステラから助けに来てくれたってことね!」

 

 彼女は訳を知ると、気丈な笑顔で手を差し出した。

 

「私は5期団所属の編纂者よ。気軽に『リア』って呼んで頂戴」

 

 彼女はテオ・テスカトルを相手取るハンターたちの世話と編纂を行っているらしい。

 実際、キャンプにはうさぎたち以外にもハンターたちがいた。

 見るからに猛者らしい、ごつい防具をつけた彼らは回復薬らしき瓶を隣に置いて半ば寝るようにして休んでいた。

 

「それにしてもこんな若い子たちを推薦してくるなんて……相変わらずエイデンったら、変に広い人脈あるのね」

 

 何となしに彼女が呟いた人の名に、うさぎは敏感に反応した。

 

「エイデン……!? もしかして、リアさんって……」

「あら、鋭い。そう。私、彼専属の編纂者なの」

 

 編纂者リアは、少し得意げにネクタイを締める胸に手を当てた。

 うさぎは、ますます期待を膨らませて話を切り出した。

 

「良かったー。ちょうどエイデンさんとあるお話がしたくって探してたんです!」

「彼ならついこの前、現大陸に帰ったわ」

 

 ん?と、少女たちは時間が止まったように固まった。

 

「状況が状況だから、ちゃんと理由も聞いたのよ? そしたら『今は全く確信持てないから話せないっス!』とか言ってそのまま飛び出しちゃってね」

「え……じゃあ、新大陸にはもう……」

 

 ため息交じりに話すリアに亜美が確かめると、黙って首を振られた。

 目に見えて、少女たちの肩から力が抜ける。

 

 やっと自分たちのことを話せると思った矢先だった。

 いったいあの男はどこで何をしているのだろうか。

 見るからに落ち込むうさぎたちに、リアは心配げに呼びかける。

 

「私でよければ話、聞きましょうか?」

 

 一瞬うさぎは迷ったように仲間たちの顔を見たが、彼女らの表情は『ダメ』という風に硬かった。

 

「……いえ、大丈夫です」

「そう……。また気が向いたら、いつでも相談して頂戴ね」

 

 うさぎが首を振ると、リアは品の良い言い方で気遣ってくれた。

 しかし、彼女はれっきとした調査団の一角。

 エイデンの相棒とはいえ初対面で『自分たちが世界を滅ぼすかもしれない』などと誰が言えようか。

 

「いま、帰った」

 

 低く年を取った男の声が響いた。

 振り返ると、あの太刀使いがうさぎたちが落ちて来た崖の側面にあるツタを、ゆっくりと降りているところだった。 

 偶然ながらその防具のデザインはうさぎがかつて愛用していたリオレイアの装備、その男性用だった。

 リアはそちらに振り返ると、丸太で出来た簡易的な椅子を持っていった。

 

「ソードマスターさん、ご無事ですか?」

「ふむ」

 

 慎重深く足をうさぎたちと同じ平地に着けた彼は、リアの用意した椅子にどっしりと腰を据える。

 直後、テオ・テスカトルの蒼い瞳が横穴から覗いた。

 

「わあっ」

「大丈夫よ。たとえ炎を吐いてきても蒸し焼きにはならないようにしてるから」

 

 驚いたうさぎたちに対し、リアの態度は落ち着いたものだった。

 しかし、テオ・テスカトルはそのままじっと人間たちを見つめ続ける。

 うさぎの仲間たちは恐怖の入り混じった表情で見つめ返すしかなかった。

 

「…ルルル」

 

 炎王龍は、間もなくして引き下がった。

 彼の唸りも、ゆっくりと遠くへ離れ小さくなっていった。

 

──

 

「あれは嵐の夜の翌々日くらいだったわ。すべてのベースキャンプでツタ状の植物が生えてきて、次々にこちらを襲い始めたのよ。きっと、貴女たちが古代樹の森で見た不明生物と同じだわ」

 

 編纂者リアは本を開き、これまでの荒地の状況を説明する。

 うさぎたちは息を呑む。

 十中八九、魔法植物テルルンのことだった。

 デス・バスターズの毒牙は、この地にも迫っていたのである。

 

「とにかく、5期団のハンターたちも植物のせいで弱ってしまっててね。そこにテオ・テスカトルが北から来て、その熱波のせいで萎れてくれたのは良かったのよ。でも彼はそのまま荒地に居座り、更に西進する動きを見せた」

 

 リアは、今も怪我から身体を休める5期団ハンターたちを同情的に見つめた。

 

「彼らは実力を十分に出せない状態で戦わざるを得ず……今は、植物から奇跡的に助かったソードマスター1人で何とか拮抗を保ってる状態よ」

「……それで、あたしたちも見境なく襲ってきたんだね」

 

 まことは地面を見つめ、呟いた。

 幾ら人が虫けらと言っても、それらに何度も刺されれば憎たらしくなるのも道理であろう。

 

「ソードマスター。テオ・テスカトルは引き下がりそうですか?」

「動かざること、山の如し」

 

 リアに聞かれると、太刀使いの男は一言だけで状況を説明した。

 うさぎたちは彼が太刀の鞘を持って座り、微動だにせずに話す姿を緊張気味な顔で見ていた。

 

 ソードマスター。

 

 調査団では最も最初にこの地を踏んだ『1期団』であり、40年以上ここで活躍する現役の大ベテランである。数多くのハンターの指導者となり教え導いたとして尊敬を集めるという。

 以前からその存在を聞いてはいたが此度の件でその目に見ること敵わなかったが、折しも今回、直接命を助けられることとなった。

 

「それじゃ、みんなでアステラに帰ることは……」

「そなたらの言葉が誠なら、人を見た瞬間炙りにくるであろうな」

 

 ソードマスターの返答に、うさぎは俯いた。

 それはつまり、あちらから襲ってくる可能性が高いということだ。

 

「貴女たち、これからどうする?」

「え?」

「あの古龍と戦うかどうかよ」

 

 リアの問いに、うさぎは顔を上げる。

 

「……ごめんなさい、貴女たちにとっては侮辱に聞こえることを覚悟するわ」

 

 そう前置きをしてから、リアは敢えて厳しい表情をした。

 

「物資も尽きかけてる状況で、古龍との戦闘経験が少ない貴女たちが行くのは危険よ。アステラに救難信号を送って、補給班と入れ替わるべきだと思う」

「で、でも、せっかくあたしたちがいるのに……!」

「貴女たちが、現大陸での妖魔退治の件を買われたってのは検討がつく。だからこそ、ここで喪いたくないの。エイデンだってきっと同じことを言うでしょう」

 

 リアが相棒の名を出すと、反駁しかけた美奈子も躊躇を見せた。

 彼女たちがエイデンに推薦された訳ははっきりと伝えられなかったが、普通に考えるならデス・バスターズ暗躍を見越しての判断だ。そして実際、こうやってテルルンが出現している。

 だから本来ならば彼女たちには妖魔方面への対処が期待されるはずで、ここでわざわざ危険を犯してまで古龍に構う理由もない。

 リアの意見は、セーラー戦士たちにとっても非常に現実的だった。

 

「……リアさんに従いましょう」

 

 やがて、亜美が言い出した。

 

「ちょ、ちょっと、亜美ちゃんまで何言い出すのよ! ほら、レイちゃんもまこちゃんも、ずっと黙ってないで何か言わないと!」

 

 美奈子は再びこの諦めムードに逆らおうとするが、やはりどこか歯切れが悪い。

 いつもは戦いに前のめりなレイとまことでさえ、黙って座ったまま迷いを見せているからだ。

 

「……あたしたちだけなら、いいんだけどさ」

 

 それを聞くと、美奈子もいよいよ口を紡ぐしかなくなった。

 迷うようだったレイの視線が、そこで定まる。

 とはいっても、彼女に瞳にあるのは今や、諦めきった色だった。

 

「今のあたしたちじゃ、ソードマスターさんを手伝っても足手まといになるだけよ」

「……レイちゃん」

 

 まことが黒髪の少女の顔を覗き込む。

 ソードマスターは、彼女の方にヘルメットを少し傾けただけで何も言わない。

 

「ホントはあたし……うさぎが古龍を見てすぐ動けなかったっていうの、眉唾で聞いてたの」

 

 驚く面々を他所に、レイはうさぎの方を見つめた。

 

「でもあんたの言ってたこと、本当だったわね」

 

 レイは苦笑いしたかと思うと、元のように項垂れてしまった。

 普段何事にも気の強い彼女がこんなに意気消沈しているのは、それだけで異常事態だった。

 

「……」

 

 もう、リアの意見に反対する者はいなかった。

 彼女は幾分か罪悪感のある表情ながら頷いた。

 

「なるほど、分かったわ。じゃあいったん身体を休めて、時機を見て出ましょう」

 

 ソードマスターはただ、腕を組んで座っていた。

 

──

 

 少女たちは各々、テントの中やら地面やらに寝そべっていた。

 テオ・テスカトルによってもたらされた熱気はクーラードリンクによって防いでいるが、それでも汗ばむのは止められない。

 その中、レイは閉じていた目を半開いた。

 眠れないのだ。

 

「そこまで悔いるか。あの龍と戦えんことを」

 

 男の呼びかけに、彼女は真正面にいる彼を見やる。

 フルフェイスヘルムを通して聞こえるくぐもった低い声は、呆れる風でもなく同情する風でもなく、単なる興味と疑問を呈していた。

 レイは誰も動かないことを見て、

 

「前に、あたしたちの身を心配してくれた調査班リーダーさんに言ったんです。『自分たちも散々危険な目に遭ってきたんだから、信じて』って。……そのクセ今回、炎王龍を見て……動けなかった」

 

 やがて太刀の傍に置く己の腕を憎々しげに見つめ、掌で強く砂を握った。

 それから背後でポーチを枕に寝るうさぎの方を振り返りかけて、止めた。

 

「あたしたちには絶対に……命に代えても失っちゃいけないものがあるのに」

 

 仮にも守護戦士なのに、古龍を前に動けなかった。

 それどころか、護るべきプリンセスであるうさぎの声を受けて、初めて動けた。

 その事実が、彼女……いや、仲間たちの心に大きい影を落とす。

 

「矛盾など、生きておれば星の数ほど起こすものよ」

 

 ソードマスターがかけてくれた言葉は気休めにもならなかった。

 彼女たちの苦しみの根源は、この男には理解しようがない。

 それは前世を超えて繋がる絆であり、現世における親友としての絆なのだから。

 

 きっといざとなれば自分たちの身体はあの子のため、身代りとなるべく動いてしまうのだろう──

 

 その想いを、炎王龍はいとも簡単に否定した。

 一時的にとはいえ、根源的な生物としての恐怖と畏怖に負けた。

 そんな己を誰よりも許せないのは、自分自身である。

 

 ソードマスターはそんな事情すら知らず、それでもレイの俯く姿を見つめていた。

 やがて彼は、ゆっくりと肩を慣らすように動かし、

 

「そなたはあれを恐れているか。あれが、神に見えるか」

 

 突然の問い。

 レイは少し視線を逸らしただけで、答えられなかった。

 答えたくなかった。

 

「……ソードマスターさんにとっては?」

「あれは某の因縁の相手。現大陸では何度も戦った仲ぞ」

 

 ああ、やはりこの人は自分とは違う生き物だ。

 そう確信したレイは、長い黒髪を傾けてため息を吐いた。

 

「やっぱり人間辞めてるわ、ベテランのハンターさんって。死ぬのが怖くないなんて、まるでどっかの鬼兄弟みたい」

「いや、怖い。この(よわい)になってもな」

「え?」

 

 意外そうに目を丸めて顔を上げるレイ。

 それを見て初めて、ソードマスターはふっと小さく笑った。

 

「ただ、分かったことはある。某が真に見るべきは……龍そのものではなかった。龍だけを見つめることは己だけを見つめることになると、10年前まで気づけなんだ」

 

 恐らく、重要なことを言っている。

 レイはすぐそのことが分かった。

 だがいったい彼は何を言いたいのか。

 龍を狩るのに、龍を見ないとは一体どういうことなのか。

 

「ええっと……じゃあ、何を見ればいいんですか?」

「ふうむ、何というべきかな」

 

 困ったことに、悩まれてしまった。

 レイ自身も頭を押さえて考えてみたが、どうしてもその言わんとすることは掴めそうにもなかった。

 

「……」

 

 やがて気づく。

 ソードマスターが、腕を組んだまま全く微動だにしていない。

 それどころか呼吸すらしていないように思える。

 

「ソードマスターさん……!?」

 

 目の前であらゆる方向から手を振って見せるが、反応がない。

 最悪の事態を想定し、レイは急いでソードマスターの口許──正しくは兜に耳を近づける。

 

「ま……まさか……」

 

 顔を半ば青くしながらそばだてると──

 

「……ぐぅ」

「……寝てる……っ!」

 

 深い眠りに落ちていた。

 ベテランのハンターとはいえおじいちゃん。

 疲れによる眠気には勝てなかったのだ。

 

「はあ……いったい何だったのかしら」

 

 どちらにしろ、自分たちは退却する。

 古龍に対するあれこれを今考えても、どうしようもなかった。

 

 レイは髪をかきむしりながらその場に寝転ぶ。

 そんな彼女の背中合わせ。

 うさぎは少しだけ目を開け、何かを考えていた。




先週のアンケートについて、ご回答ありがとうございました!このままで良いとのご意見が多数だったので、だいたい1話につき10000字以内という想定で進めさせて頂こうと思います。

ワールドのムービー見返してるけど、ソードマスター本当にかっこいいですね。まさしくモンハン世界のベテランかくあるべきという感じで。己のやり方を貫きつつも新しき道を拓く若者を見守る貫禄。あと初見でイヴェルカーナの動きをあそこまで見破るのが凄すぎますよね…。
別にセーラー戦士を弱く書きたいわけじゃないけど、古龍の能力とソードマスターの熟練度を鑑みるとどうしてもこうなってしまう。
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