セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて   作:Misma

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大地を踏みしめる太陽③(☽)

「6期団。肩が強張っておる」

 

 洞穴の出口から、火の粉の飛ぶ曇り空が見える。

 ソードマスターは段差の上に開くそれを見上げ、後ろに控える少女たちにそう呼び掛けた。

 彼女たちは緊張の面持ちをしていた。

 当然でもある。

 今や物資は枯渇寸前、その上でテオ・テスカトルの襲撃を潜らねばならないのだから。

 それでも、男の声は至極落ち着いたものだった。

 

「老いぼれを踏み越えるは若人(わこうど)の特権ぞ。胸を張ればよい」

「え、踏み越えるって……」

 

 レイを始め、彼の言葉の選び方に違和感を覚えない者はいない。

 まるで、自身の命を勘定に入れていないようにも聞こえる言い方だ。

 

 後ろで待機していた5期団のハンターたちが、「先生……」と戸惑うように呼び掛ける。彼らにとっても心外だったのだろう。

 編纂者リアも険しい表情をして、傷だらけの鎧の男に詰め寄った。

 

「ソードマスター。炎王龍との接戦は一時に留め、すぐに帰って下さい。万一でも貴方が欠ければ、調査団は……」

「今の炎王龍は激情に駆られておる。安全第一では数秒とて引き留められまい」

 

 リアはそれ以上答えられなかった。

 怒り狂う古龍は自然災害に等しい。

 それを前に、『こうすれば思い通りに動いてくれる』などという希望的観測は通用しない。

 彼の言う通り、中途半端な攻撃ではすぐさま狙いを悟られる可能性すらあり得るのだ。

 

「後継については心配ない。優秀な者が既にいるゆえ」

 

 だが、調査団の面々にとっての問題はそこではないだろう。

 それをも了承したように、ソードマスターはハンターたちをじっと見つめた。

 不安げな顔が並んでも、男は確かな信頼の視線を崩さなかった。

 

「5期団、何があっても決して彼女らを恨むな。もしもの時は熱に狂って自ら燃えにいったと皆に伝えよ。……1人の生徒は何を言っても暴れるだろうが」

 

 編纂者も5期団も、しばらく視線を迷いに迷わせ、やがて。

 

「……はい。その時は……調査班リーダーは、こちらで何とかします」

 

 頷いた。

 やり取りは短くも、そこには凄まじい覚悟があるに違いなかった。

 

「まさかソードマスター、貴方は最初から……」

「外へ出るぞ。時間がない」

 

 亜美が聞くのを待たず、ソードマスターは先にキャンプ外へ続くツタに手を伸ばした。

 彼女たちは、急いで後を追う。

 

「ほう、これは」

 

 外に出たソードマスターが、ある方向を見上げて感心したように呟く。

 一番先に出たレイの鼻を、熱気が薙ぐ。

 はっとした彼女が、男が見る崖の上を見ると。

 

「グルルルル」

 

 炎王龍テオ・テスカトルが、既に立っていた。

 獅子に瓜二つの顔を不機嫌そうに歪め、牙の間から低く唸っていた。

 少女たちは出て来た者から順に身構える。

 多少慣れこそしたが、それでも冷や汗の滲むような覇気だ。

 

「早速の出迎えか」

 

 炎王龍はゆっくりと飛び降りた。

 そして、わざと見せつけるように翼をやや広げ、目線をこちらに向けたままその場を往復する。

 ソードマスターも太刀を引き抜き、白刃を見せつけ、ゆっくりと歩んでいく。

 やがて彼は止まり──抉れたヘルメットを少しだけ、うさぎたちの方に傾けた。

 

 

「そなたらは、自分の行きたい道へ行け」

 

 

 テオ・テスカトルが四肢を曲げ、飛びかかった。

 ソードマスターは横に転がり避け、そこから太刀の切っ先で龍の首元を突く。

 灼熱のたてがみに吸われ、皮膚には届かない。

 龍の注意はソードマスターへと集中し、首を回すと同時に炎を噴きかける。

 しかし男は敢えて懐に入り込み、巧みに胴へと斬り込んだ。

 

 炎王龍は懐を警戒し、前脚を軸にして胴体を転回。

 お陰で、彼に塞がれていた谷道に少しだけ余裕ができる。

 なおも達人の猛攻は止まらない。

 雄叫びを上げて走り込むと縦斬りを放ち、それは相手の頬の鱗を削った。

 続いて突き、斬り上げ。

 龍は反射的に噛みつこうとしたが、その時には既に反対側の頬に陣取っている。

 一つ一つの挙動を見切っていなければ到底不可能な、大胆ながら繊細な動き。

 凄まじい威迫に、うさぎたちが足を止めかけていたところ。

 

「行けっ!!!!」

 

 ソードマスターは初めて大声を張り上げた。

 

「は、はい!!」

 

 それに押されるように、うさぎたちはソードマスターが作ってくれた隙間を駆けていった。

 だが、もはやテオ・テスカトルの興味は彼女たちに向けられていない。

 彼が両前脚を上げて咆えると、その身に火の粉にも似た粉塵を周囲に纏った。

 

「ふむ、粉塵を纏ったか」

 

 炎王龍は、粉塵の入り混じった火炎放射を正面にいる男に噴きかける。

 彼が龍の側面に入り込むように走り込むと、直後、火を吐きかけた地点で連鎖爆発が起こる。

 そこから次は頭付近に太刀を上からもう一撃。

 岩をも穿つ刃が獅子らしい顔の鱗と擦れて、眉の辺りに白い筋が入る。

 苛立たしげに唸った炎王龍は口許に粉塵をばら撒き──

 牙を鳴らして即座に爆破。

 

 だが、ソードマスターはその動きをむしろ()()()()()

 一度でも当たれば人など容易く粉砕するそれを、瞬間的に。

 

 見切る。

 

 爆発の衝撃が当たらない寸前の位置で腰を捻り、その身を回し、太刀を持ち上げ、後方へと受け流す。

 すぐさま踏み込み、斬り返す。

 相手は吹っ飛んだろうと安心しきったその顔面に一発ぶち込み。

 

 白銀に輝く大回転斬り。

 

 炎王龍は強烈な一撃に思わず怯んだ。

 

──

 

 うさぎたちは、天然のトンネルが見える辺りまで逃げ延びて来た。

 最初は全速力で走っていた。

 一所懸命に指示に従って、南の十分離れた所で補給班を呼ぶ信号を打ち上げようと。

 しかし、次第にその足取りは遅くなっていく。

 

 

「ごめん。あたし……間違ってた」

 

 

 うさぎが最も先に立ち止まった。

 察したように、仲間たちの足も止まって彼女に振り向いた。

 

「リアさんやソードマスターさんの言ったことは多分、正しいわ。でも──」

 

 乾き切った熱風が、少女たちの鮮やかな髪を揺らす。

 

「あの人の犠牲も仕方ない、なんて言ったら……本当にあたしたち、取り返し付かなくなる」

 

 仲間たちは、胸を貫かれたように顔を歪めた。

 そもそも彼女たちの目的は、未来の『災い』から自分たちの世界の、そしてこの世界に数多とある生命を救うためだ。

 なのにここで救えるかも知れない、しかも多くの人にとって大切な人の命を見捨てようとしている。

 

「……なるべく龍と戦いたくないのは事実じゃないの?」

 

 その中レイが問いかけると、うさぎは迷うように一時は俯いた。

 彼らは、強い。

 奮起しても全く敵わず、誰かの命を喪うかもしれない。そもそも立ち向かうべき存在かどうかすらも分からない。彼らに挑むこと自体、自然の理を乱す間違った行為なのかもしれない。

 『かもしれない』がいくらでも木霊する。しかしうさぎはそれでも、靄を振り払うように顔を上げる。

 

「だから、モンスターたちと傷つけ合うのはこの大陸でおしまいにする。それが、この世界への……あたしの最後のわがままよ」

 

 ただの自己満足。

 そう言われればその通り、としか言えない。

 だがそれでも、彼女は桃火竜から造られた胸当てに掌を当てる。いまその胸にある想いを確かめるように。

 

「……やっぱり、うさぎちゃんは強いな。あたしたちの中で一番この世界に向き合ってる」

 

 まことが一番に口火を切る。5人の中で最も背の高い彼女は、最も背の低いうさぎの肩に肘を乗せ。

 そして、男勝りな微笑みを見せた。

 

「あたしも行くよ。うさぎちゃんだけに戦わせるわけにはいかない」

 

 そこにもう1人、美奈子も加わり反対の肩に手を置く。

 

「そのわがまま、あたしも乗るわ。このまま逃げ帰ったら、それこそ絶対後悔が残るもの!」

 

 吹っ切れた様子の2人に、うさぎは幾らか元気づけられたように顔を緩ませた。

 亜美はまだ迷っているようで、彼女たちに相対する形で口を開いた。

 

「じゃあ、これからどうするの? あの龍への対策は?」

「そこは………………ごめんっ!」

「あんたねぇ」

 

 うさぎは、仲間たちに頼み込むように手を合わせた。

 そう、ここまで言っておきながら、彼女には何も具体的な策がなかったのである。

 呆れを口に出したレイだけでなく、仲間たちも「まぁそうですよね」という顔でいた。

 やがて、亜美は唇を噛み締め、真っ先に前へと歩み出した。

 

「……それなら、あと30秒以内に方法を考えましょう」

「さ、30秒!?」

「早いに越したことはないわ!」

 

 亜美は鋭く早口で振り返りざまに言うと、地図を素早く開く。うさぎの戸惑いも打ち消すほど、その目は『マジ』だった。

 そう、これには1つの命の行方が関わっている。残りの4人も、顔を引き締めた。

 一斉に5人分の脳味噌をフル回転させる。

 

 そのうちの1人であるレイも、懸命に記憶を手繰り寄せた。

 ハンターノート上のモンスターに関する記述はあくまで汎用的なものであり、ほんの一部でしかない。

 実際のところは個体ごとに生息環境、その場の状況によって細かな生態に差異があり、結局は自分自身が見たものからヒントを得るしかないのだ。

 

『某が真に見るべきは……龍そのものではなかった。龍だけを見つめることは己だけを見つめることになると、10年前まで気づけなんだ』

 

 レイにはやはり、ソードマスターの姿が多く浮かぶ。

 彼がかけた言葉と、実際に戦う姿がダブる。

 やがてそこに違和感が生まれた。

 彼女たちが挑んだ時とは明らかに異なる、ある点に関して。

 

「……さっきのソードマスターさん、頭に近づけてたわ! あたしたちの時は、一歩も進めないくらい熱かったのに!」

 

 レイの一言に、「そういえば」と仲間たちの顔が変わる。

 

「でも、あんな動き回る相手の頭を狙うなんてさすがに無理じゃあ……」

 

 うさぎの視界に、偶然あるものが入った。

 今自分たちが背を向けようとしている、かつて下を潜って逃げてきたアーチ状の岩だった。

 

──

 

 凄まじい太刀捌きが、紫の鱗を削る。

 ソードマスターは相手の爪を、炎を、牙を全て躱しながら着実に攻撃を進める。

 男が選ぶのは攻めの姿勢一択。

 その苛烈さに、遂に炎王龍は苛立ったように首を振った。

 

 彼は翼をはためかせ、前方に粉塵を撒いて跳び下がる。

 直後に男を見据えて牙を鳴らすと、少し遅れて粉塵が大きく爆ぜる。

 ソードマスターは既にそれを横に避けていた。胸当てから垂らす黄色の団旗が爆風で強くはためき、砂の幾つかがぶつかってカラカラと軽い金属音を立てる。

 

「相変わらず、用心深いヤツよ」

 

 テオ・テスカトルの撒く火の粉に似た『粉塵』──正確には古くなった組織片──には、爆発性がある。

 

 これは僅かな火種、または強い衝撃があれば瞬く間に引火し、並の生物ならば容易く灼き、爆散させる。いわゆる粉塵爆発だ。

 炎王龍自身もこの性質を理解しており、己の牙を擦り合わせ火花を散らすことで、意図的に爆発させるのである。

 

 出来るなら粉塵に当たるべきではない。

 もしも粉塵に塗れた状態で体当たりや火炎放射などを浴びれば即引火、ほぼ死亡は免れないからだ。だが、そうすると行動範囲に制限がかかり、思う存分に動けない。

 そこでソードマスターが取った行動は──

 

「大技を喰らわねば、問題はなし」

 

 粉塵に構わず突っ込むことだった。

 粉塵だけでなく煤までも付着するが、一切気にもとめない。

 次に来る攻撃を見切り、即座に転がるように躱しながら直後に反撃。この転がるという動作を織り交ぜることで、粉塵を払いつつ戦うのである。

 彼は、あらゆる動作、あらゆる時間を攻めに注ぎ込んでいた。

 それもすべて、あの少女たちを逃す時間を稼ぐため。

 

「……しかしあの娘たち、遂に挑まなかったか」

 

 今しがた口を開けた獅子の頬を、太刀で横薙ぎながら右に足踏みをした男は、惜しむように呟く。

 

 最後の最後に狩人を生かすのは、運だ。

 

 生き残るための努力は必要だが、それも運の力に比べれば微々たるもの。

 どれだけ才能に恵まれようと、技術を山ほど積もうと、対策を積もうと、死ぬ時は一瞬で死ぬ。

 それが人という生き物だ。

 

 その点、彼女たちは十分に見込みがあった。

 一度はテオ・テスカトルに挑み、生き残っている。しかも1人は龍と相見えたのはこれで2回目という。

 なのに、編纂者に1回咎められただけで挑戦を諦めてしまった。

 真実を求め、高みを目指すには、時には自ら分かって危険に飛び込むことも必要だというのに。

 

「まぁ……たかが老人の戯言か」

 

 小さく笑いながら自嘲し、ソードマスターは再び縦斬りを放とうと一歩右から踏み出した。

 途端──

 右脚に激痛が走る。

 

「ぐぅっ!?」

 

 完全に想定外だった。

 老体に鞭打ち、何日も休まず戦っていた無理が祟ったのだ。

 

 態勢を崩した男の隙を、炎帝は見逃さない。

 差し込むように前脚を薙ぐ。

 瞬間、彼は身体を捻るように逸らし、腹に力を込めた。身体に与えられる衝撃を最小限に抑えるためだ。

 

 鋭い爪が団旗を、その下の鎧を容易く裂き、金属の断面を真っ赤に灼く。

 

 奇跡的に内部の身体に傷は負わなかったが、身体は吹き飛ばされ転がった。危うく背後の岩壁に叩きつけられそうになる。すぐさま篭手で姿勢を立て直し、激突は免れた。

 

 しかし彼ほどの剣豪になると、狩りの流れというものが分かる。これは相手の番、この次は自分の番、という風に。

 

 今は、完全に相手の番だ。

 

 明らかにソードマスターは押されていた。余程のことが無い限り、助からないと確信した。

 

 炎王龍は、首を持ち上げて男を睨み歩んでくる。昨日までにつけた何百もの傷は、ほぼ全て塞がっていた。溢れ出る気品にも全く陰りはない。

 これが古龍という生き物だ。

 何度傷つけても、何度怒らせても、絶対に威厳を崩そうとしない。

 

「……好敵手に引導を渡されるとは、幸せな最期よ」

 

 ある種その姿に畏敬を示すかのように、穏やかに呟く。

 あの少女たちも、そろそろ南に逃げ延びた頃だろう。今後は、5期団のハンターたちが上手くやってくれるに違いない。

 

 しかし、太刀は絶対に手放さない。

 最期は愛刀と共に散ると固く誓ったからだ。

 彼は天然の王冠ともいえる炎王龍の角を見つめながら、太刀を構える。

 

 

 小さなものが一つ、炎王龍の背にぶつかる。

 

 

 それは軽い音を立てて跳ね、ソードマスターの目の前に転がってきた。

 何の変哲もない石ころだ。

 テオ・テスカトルは開きかけていた口を閉じ、背後に振り向いた。

 彼の向こうに、お団子頭の少女の姿があった。

 

 間違いない。あの、ソードマスターが身を張ってまで逃がそうとした少女たちのうちの1人だ。

 ソードマスターはそれに目を見張った。

 そして自身の覚悟や努力を踏み躙る、この愚かな行為に怒る──

 

 

「あの娘たちも、狩人だったか!!」

 

 

 どころか、彼は、思わず大声で快哉を叫んだ。

 

「ヴア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!」

 

 むしろ怒り狂ったのはテオ・テスカトルの方だ。

 狩人への直々の処刑を邪魔した無礼者に、彼はすぐさま吼えて向かっていく。

 

「こっちに来なさい!」

 

 彼女は叫びながら、西側にあるアーチ状の岩──その下にある天然のトンネルの下に陣取る。

 テオ・テスカトルはそのままその少女、うさぎを追った。

 駆ける速度は間違いなく龍のほうが格上。

 そのまま眼下の少女に爪を振りかざそうとした時、正面から鋭く飛んできた複数のモノが彼の角に直撃した。

 

「ヴゥ……?」

 

 半ば皮膚に突き刺さったそれらは間もなくして取れたが、それに含まれた冷気を帯びた水分、そして眩い光に気づき、炎王龍はうさぎの向こうを見やる。

 亜美と美奈子だった。

 その手には軽弩と重弩。

 彼女たちがトンネルの向こうから撃ったのだ。

 間髪入れず、2つの銃口から火薬の炸裂光が漏れた。

 

「ガァ……アアッ!」

 

 頭に銃弾を何発も入れられ、龍は忌々しげに唸る。

 痛さから来る声ではない。ただ鬱陶しいだけだ。

 彼はその場に留まったまま前方に粉塵を翼で扇ぐことでばら撒く。

 牙を鳴らし、着火。

 

「うわっとっ!」

 

 うさぎは横に走り抜け、攻撃範囲から逃れる。

 けたたましい爆破音と共に、爆発が連鎖して道を作る。それがアーチ岩の下を潜り、向こうまで5秒たらずで突き抜ける。

 その射程、最低でも直線距離で50m以上。

 うさぎはごくりとつばを飲んで見守った。

 

 硝煙の中、トンネル両脇の壁から亜美と美奈子が再び顔を出した。

 

 彼女たちは地形を使い、爆破から逃れたのだ。

 

 うさぎは安心してため息をついた。

 このままでは埒が明かない。そうテオ・テスカトルも気づいたのだろう。

 彼は、次は真っすぐトンネルに向かって突進する。

 

 それを見たうさぎは急いで石ころを取り出し、左腕にある小型の弩、スリンガーの弦後部にある金具に装着。

 すぐさま狙いをつけ、スリンガー下部にあるグリップを握る。

 

 石ころが再び弾き出されるが、それはテオ・テスカトルに向かわない。

 

 放物線が向かう先、トンネルの天井に掌より大きな橙色の固い実が生っていた。

 それに石ころが当たり、実を揺らす。

 

 実は真下に落ちて、ちょうどそこを通りがかった炎王龍の鼻面に当たって殻が弾けた。

 破裂。強烈な衝撃を与える。

 テオ・テスカトルは一瞬だけ、顔を背け動きを止めた。

 

「グゥッ」

 

 目を瞑り、立ち止まる。

 それ自体は攻撃にすらならない些細なものだ。

 しかし、そこに影がかかった。

 崖上から同時に、少女2人が落ちて来たのだ。

 ハンマーを持ったまことと、太刀を持ったレイである。

 亜麻色のポニーテールと黒いロングヘアーが、重力に逆らい上方へ広がる。

 

「シュープリーム・スピニングメテオ!!」

 

 先攻はまこと。

 空中で回転力を加えながら、最後に強烈な落雷を浴びせる。

 

「たあああっ!!」

 

 後攻のレイは遅れて一太刀浴びせ、そのまま着地。

 炎王龍の視線を誘導し、反撃の暇すら与えず。

 

「炎華気刃斬!!」

 

 真紅の炎を纏った刃による回し斬りを、三連で顔にぶち当てる。

 ちょうど当たりどころがよかったのか、いくつかの鱗片が弾けた。

 

 無論、雷も火もテオ・テスカトルには通用しない。

 だから、彼女たちは重力を使った。

 落下する衝撃を利用して、意識せざるを得ない衝撃に底上げしたのだ。

 それはちょうど、ソードマスターが彼女たちを助けた時のように。

 

 まことは頭を振る炎王龍を前に、嬉々としてハンマーの柄を構え直す。

 

「本当だ、近寄っても熱くない!!」

 

 この作戦に至ったのはレイの一言がきっかけだった。

 炎を纏っていた時は近づけなかったが、今の粉塵を纏う状態ならば何とか熱気に耐えられる。ソードマスターはこれを判断して戦っていたのではないか、と。

 

 スリンガーを活用する辺りは、テルルンとの戦いからの応用だった。

 図体だけならテオ・テスカトルの何倍もの体積を誇ったテルルンをも怯ませたはじけクルミ。それなら彼も足を止めてくれるのではという、うさぎの期待が見事に的中したのである。

 

 焼かれないのなら、相手に近づかれる心配はしなくてよい。

 少女たちは自身の心を落ち着かせて、次の相手の出方を伺う。

 テオ・テスカトルも彼女たちが先程とはまるで違う表情をしているのに気づいたのか、何処か警戒するように唸った。

 睨み合いが行われるうちに、うさぎは急いでソードマスターの下に駆けてきた。

 

「ソードマスターさんっ!」

 

 うさぎは息も整えない間に、ポーチを急いでまさぐる。

 

「言いつけ破ってすみません! これが、あたしたちの『行きたい道』です!!」

 

 うさぎは取り出した回復薬の瓶のコルクを抜き、ソードマスターに差し出す。

 同時に、叫んだ。

 

「ソードマスターさん。貴方の力、どうかこれからも調査団に……あたしたちに、貸して下さい!」

 

 必死に駆られた声だった。

 だが、ソードマスターはそれをそっと押し返した。

 

「それはそなた自身のために取っておけ」

 

 代わりに彼は自身の応急薬を取り出し、一気に呷った。

 次に好敵手を見る。

 テオ・テスカトルが特に重傷を負った様子はなかった。たかだか角に僅かに亀裂が入り、古くなった鱗のいくつかが剥がれ落ちただけ。全くもって弱った様子がない。

 

「どうやら……まだ某は死なせてもらえんようだ!」

 

 瞬間的に立ち上がった男は、年齢に見合わぬ速度で地を駆けた。

 ずっと少女たちに集中していたテオ・テスカトルは反応が遅れた。

 その後ろ脚の踵に突き刺す。

 青い瞳が再びソードマスターを捉え、素早く翻って前脚を叩きつける。

 

 しかしその時、男は既に踏んで蹴り、バネにして高く跳び上がっていた。

 眼下に捉えるは、ちょうど振り返った炎王龍の王冠の如き角。

 

「でぇやあああああああっっ!!」

 

 宙から垂直に斬り下ろす。

 

 兜割り。

 

 バリバリバリッと音がして、角の先端から掌に収まるほどの小さな欠片が落とされ、頬の辺りの鱗が剥がれた。

 

「……凄い」

 

 同じ太刀使いであるレイはその技の鮮やかさに思わず見惚れた。

 他の少女たちも、足を止めていた。

 テオ・テスカトルは苛立たしげに頭を振るい、6人の人間たちをじっと見つめた。

 攻撃はしてこない。

 

「ガアアアアアッッッ!!!!」

 

 彼は威嚇するように咆えると、翼羽ばたかせ飛び上がった。

 粉塵を散らし、尾を引きながら北部の砂地へと飛んでいく。

 次第に、熱気はほんの少しだが収まっていった。

 

「……今のうちに!」

 

 亜美は急いで懐から取り出した発光信号弾をスリンガーに装填し、天に向かって撃ちあげた。

 アステラでの打ち合わせでは狼煙を発見次第、すぐさま補給隊が荒地入りする予定だ。

 未だテオ・テスカトルは北にいるようだが、南のキャンプへの補給を行うなら今がチャンスだった。

 煙を引く光を見て、うさぎはやっと腰をその場に下ろした。

 

「これで、キャンプのみんなも助かるわね!」

「あ……貴女たち、まさかソードマスターとテオ・テスカトルに……?」

 

 振り返ると、そこには編纂者リアがいた。

 彼女は声を震わせている。

 

「あっ……」

「怪我はない!?」

 

 彼女は駆け寄り、5人の装備を見回して怪我がないことを確認したあと、急いでソードマスターの様子を見にいく。

 彼は「大丈夫だ」と断るが、それでも医薬品の入ったポーチを取り出しかけている。

 

「まさか、貴女たちはそんな無茶しないって信じてたのに……!」

「そう怒るでない。お陰で某は助かった」

「ソードマスター……」

 

 リアはその手を優しくも止められ、涙で潤んだ瞳でフルフェイスの老人を見やった。

 

「むしろ、調査団はこの蛮勇と知恵を称えるべきよ。これで彼女らは、早くも5期団と肩を並べた」

 

 ちょうど、包帯を巻いた5期団ハンターたちも出てきていた。

 彼らは未だ力無い足取りではあるが、それでも頑張ってソードマスターの近くへやって来る。その中にはぼろぼろと涙を流している者さえいた。

 4人ほどの彼らは、順に少女たちと握手した。

 

「ありがとう……。君たちのお陰で僕たちの希望が消えずに済んだ」

「流石はエイデンが選んだ子たちね。この恩、一生忘れないわ」

 

 言葉の端々に重々しさが見え隠れする。

 それに釣られたように、編纂者リアも背を向けて涙を拭った。

 この『先生』がどれだけ大きな存在なのか、うさぎたちは改めて思い知ったのだった。

 

「喜ぶは早いぞ。まだ炎王龍を荒地から追い出せたわけではない」

 

 感動的な空気に構わず、ソードマスターの言葉が飛んだ。

 

「あの古龍は縄張り意識が高い。此方から刺されるを嫌って少し移動したのみぞ」

「……確かに、あの様子だとすぐ戻ってきそうですね」

 

 レイは顔を引き締め直して呟く。

 傷の浅さからも見て取れるに、恐らくは西へ進む意志も崩してはいまい。

 

「じゃあ、もっと彼に嫌がらせしまくるしかないってこと?」

「美奈子ちゃん、言い方……」

 

 真面目な口調ながらあんまりな表現に、まことは咎めるように囁いた。

 

「考え方は間違いではないわ。我々は彼に、ここから西に行くことはメリットがないと思わせる必要がある」

 

 リアも編纂者としての整った顔立ちに戻り、そう進言する。

 

「とにかく、一旦補給隊の到着を待ちましょう。そこから今度は着実に、計画を立てるのよ」

 

 亜美の言葉に反対する者はいない。

 彼女たちは頷き、中央キャンプへと歩を進める。その中、うさぎは北の方を振り向く。

 塔か城のような大蟻塚が聳えている。向こうには大峡谷が広がっており、その先は見えない。空は未だ火の粉が舞い、黒ずんだ煙のような雲が生き物のように一面を埋め尽くし蠢いていた。

 

「越えなくっちゃ。この壁を」

 




というわけで、次回は2回戦となります。古龍がそう簡単にやられるわけないからね。この作品も来年に持ち越しとなりますが、さすがに来年で終わるかな…。現状、まだ執筆完了した分は4編中盤に届いてはおりませんが。
皆様よいお年を。来年もぜひ、ご愛読頂ければ嬉しいです!
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