セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて   作:Misma

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あけましておめでとうございます!


大地を踏みしめる太陽④(☽)

  巨大な大蟻塚の膝下には、起伏の激しい砂丘が広がっている。

 その頂点、あるいは谷に当たるところには蟻塚が複数立っていた。

 いずれもハコビアリと呼ばれる小さな生き物たちが、長い時間をかけ土を積み上げたものだ。

 しかし今、彼らはどこかへ避難したのか1匹残らず姿を消している。

 

 

 炎王龍テオ・テスカトルは、その最も高い砂丘に座っていた。

 

 

 彼は鱗から成る猛々しい獅子の顔を持つが、堂々と砂地に座す姿は王の名に相応しい高貴な印象を与える。

 

 彼はふと、振り返った。

 北の方角だ。

 そこには大峡谷が聳えていたが、そこに関心は向いていない。

 ずっと遠くの、大陸の奥だ。

 

 すん、と鼻を鳴らす。

 彼はぐるるる、と唸り、南へと視線を戻す。

 

 人間だ。

 

 6名歩いてきている。

 先の戦いから、1時間ほどが経とうとした時だった。

 

「グォアアアアアアアアアッッッッッッ!!!!」

 

 炎王は立ち上がり、咆哮する。

 命知らずの客人を、王座へと迎え入れる。

 

──

 

 先陣は思い切ってソードマスターに任せた。

 彼以外に『炎王龍に慣れている』人などいるわけがない。

 

 見たところ、現在は近づく者を焦がし弾矢を消し去る『龍炎』を纏っていない。

 前回と同じく、十分に近づいての攻撃が可能だろう。

 両者は砂を蹴飛ばしながら接近する。

 ソードマスターは突進を軽く躱すと、すれ違いざまに横に太刀を薙いだ。

 刃が赤いたてがみを軽く裂き、その下の鱗も削った。

 それに引かれてか、炎王龍が立ち止まる。振り向くまではまだ余裕があった。

 

「ふんっ」

 

 だがすぐに左脚を軸にして転がり、離脱。その後も斬りこんでは様子見という行動を繰り返す。

 右脚を痛めた状態で先と同じような無茶は流石にマズいと、キャンプで待つ面々に散々念を押されたのだ。

 実際、彼は右脚を庇いながら動くので、どうしても動きは時節鈍くなる。

 

 そして念を押されたのはうさぎたちも同じ。

 無暗に突っ込んだりはせずソードマスターの後方に陣取り、よく周りを見て対応する。

 特にうさぎは彼の傍、太刀が届かないくらいの後方でスリンガーを構えていた。

 

「今!」

「はいっ!!」

 

 ソードマスターの指示を受け、スリンガーに装着したはじけクルミを飛ばす。

 それは額に命中すると弾け、一時的に動きを止める。

 その隙にソードマスターは炎王龍の頸に斬り込み、傷をつけていく。

 

「うむ、良い腕前ぞ」

 

 短く褒められて、うさぎは少し照れた。

 彼女は、隙を作る役割に特化したのである。 

 その間にも、ソードマスターは龍の口内から火が散るのを認めた。

 

「炎を吐く。横に回って叩け!」

 

 簡潔な指示に少女たちは従い、斜め前に走り抜け、散開。

 その予言通りにテオ・テスカトルは放射火炎を噴き、長大な範囲を薙ぎ払う。しかし、彼女たちは十分余裕を持って回り込むことができた。

 

 がら空きになった胴体に、5人は攻撃と射撃をほぼ同時に四方からぶつけた。

 テオ・テスカトルは苛立たしげに唸り、翼を広げる。

 そして大きな粉塵を撒きながら跳び下がった。

 

「たんこぶの娘、決して粉塵の塊に当たるでないぞ!」

「えっ、あたし、またたんこぶって……」

 

 彼女がその呼び名に反応する暇はなかった。

 先ほど躱した粉塵が離れた炎王龍の牙により着火、背後で爆破されたからだ。

 

「わあっ!?」

 

 龍はたてがみを揺らし、鎌首をもたげて威嚇する。

 

「先の攻撃を見て思ったが──」

 

 それを前に、ソードマスターは目を離さず呟く。

 

「太刀はやや踏み込み過ぎる、もう少し距離を取れ。槌は太刀と反対側に。首の斜め前に陣取る方が、却って突進や龍炎に当たらぬ」

 

 太刀とはレイ、槌とはまことを指すのであろう。

 続いて彼は遠くにいる亜美と美奈子にも聞こえるように声を張り上げた。

 

「軽弩と重弩は翼を狙え! 龍炎を纏ったら正面から狙うが良い!」

 

 各人も見ず、ソードマスターは指示を出した。

 それに、少女たちは信じられないように目を見張る。

 

 あの同時の一撃を見て癖を見抜いたというのか。

 彼女たちは指示に従って攻撃するので必死だったというのに。

 更に、彼はテオ・テスカトルの顔を見ると衝撃的な行動に出た。

 

 納刀したのだ。

 

 青葉色の鞘に、鍔をぴったりとつけて。

 

「ソ、ソードマスターさん!?」

「そなたらは離れておれ。あの顔つき……突進が来る」

 

 果たしてその言葉通り、突進してきた。

 うさぎたちはやむを得ず離れる。

 それに対し、ソードマスターは納刀したまま腰を落としている。

 

「ソードマスターさん、リアさんたちは、さっきあれほど無茶はするなって──」

 

 そこまで言いかけレイは、ある事実に気づいた。

 彼は凄まじい速度で迫ってくる龍を──

 

 見ていなかったのだ。

 

 静止を続ける男に、炎王龍はこれ幸いと全速力で突進を仕掛ける。

 距離はぐんぐんと縮まっていく。

 いよいよぶつかる。

 思わず少女たちが目を瞑り、恐る恐るもう一度開けた時。

 

 男の手から一本、引き抜かれた太刀が光っていた。

 

 炎王龍は悶絶し、仰け反って前脚で空を掻いていた。

 龍の脳天から顎までを、鋭く白い線が走っていた。

 

 

 居合抜刀気刃斬り。

 

 

 相手の攻撃を直撃直前で躱すと同時に斬りつけ、強烈な一打へと転じる居合の神速一閃。

 非常に難易度の高い技で、太刀を極めた達人にしか扱えない奥義だ。

 そして、もう一つ。

 同じ太刀使いだからこそ、レイには分かった。

 

 彼は()()()()()()()()

 

 常人ならば死ぬ覚悟を持って行うような必殺奥義を、ソードマスターは『通常技』として使ったのだ。

 あれは運頼みなどでなく、確信の下に放たれた一撃だ。

 

 では、いったい何があの芸当を可能にしている?

 次はそんな問がレイの中を駆け巡った。

 

 一方の炎王龍は、いよいよ苛立ちを露わにする。

 今のは流石に痛かったのだろう、彼は前脚を持ち上げ大きく咆えた。

 

 直後、体表の鱗の境目から光が漏れ出し周囲に陽炎が出現する。

 先刻は恐れて突っ立つことしかできなかった、龍炎だ。

 

「やはり……炎王がそれを使わぬ手はないな」

 

 ソードマスターに反撃しようと向く、青い瞳。

 男も灼熱の龍炎を警戒し、太刀を構えながらも少しだけ後退る。

 

 いつの間にかまことが大きく回り込んで、力溜めしながら坂を滑り下りてきたのだ。

 

「たぁりゃあああああ!!」

 

 長い脚をバネにして、跳ねる。

 空中から垂直に振り下ろされたハンマーが、テオ・テスカトルの背中に迅雷を落とす。

 炎王龍は気づいて尻尾を振り払ったが、その時彼女は既に脇をすり抜けていた。

 

 これが作戦会議で決めた基本の立ち回り。

 つまるところ、地形を利用した一撃離脱戦法である。

 

 反撃のリスクを最小限に抑え、ちまちまと攻撃を当てるよりも高威力の攻撃を着実に当てていく。

 何よりも大きい学びは、龍炎の最大火力は主に平地に対して集中され、空中から突っ込んですぐ離れれば多少炙られるだけで済むということだ。

 しかも今の龍炎は纏ったばかりだからか、まだそれほど熱くない。

 

 狙うなら、短期決戦。

 

 レイはまことと互いに頷いて、その反対側の坂を駆け登る。

 しかしテオ・テスカトルがそのアイコンタクトに視線を巡らすと、目聡く丘の上に立つレイに振り向く。

 彼女は舌打ちした。

 どうも古龍という生き物は、想像を超えて賢い。

 

 炎王龍の頬で衝撃が弾け、彼の動きが止まる。

 ちょうどうさぎがスリンガーからまたしてもはじけクルミを撃ち出し、隙を作ったのだ。

 

「レイちゃん、今よ!!」

「……やるじゃない!」

 

 彼女の言葉に背を押され、レイは砂丘の斜面に腰を落とす。

 熱砂を弾き飛ばしてゆく身体。

 尻が焼けそうなくらいに加速してゆく。

 

「こーなったら……小賢しく勝ってやるわっ!!」

 

 レイは太刀を鞘から引き抜いた。

 まことがしたように、彼女も地面を蹴って翔ぶ。

 

「はあああああああっ!!」

 

 宙から身体で螺旋を描き、横薙ぎに気刃斬りを決める。

 まずは翼に一閃。

 そして着地した直後、まだ動きが止まっていることを見越し──

 そのまま大回転斬りを決めた。

 

「……よしっ!」

 

 彼女はすぐに離脱。再び隙を窺う。

 それを地道に繰り返す。

 地道ではあったが、全く動けなかった時に比べれば大きな進歩だった。

 古龍といえどあらゆる方向から来る攻撃を完全に防ぐことは出来ない。

 少しずつであるが、外傷は蓄積しつつあった。

 

 相手は幻の類ではない。

 その認識が、彼女たちの足取りを強くしてくれる。

 

 しかし途中で、ポーチをまさぐったうさぎが「あっ」と気まずそうに声を上げた。

 スリンガー用のはじけクルミが無くなったのだ。

 

 あまりに仲間たちの安全を意識しすぎた結果である。

 それを察したように、テオ・テスカトルがうさぎへと振り向く。

 しかし、彼女は覇気に曝されながらも怯まなかった。

 なぜなら──

 

 ちょうど炎王龍の首の辺りに、羽が付いた杭のような物体が突き刺さる。

 

 それは着弾から少し遅れて大爆発して、爆炎と共に細かい破片を撒き散らした。

 

「グルゥッッ……」

 

 凄まじい衝撃に炎王龍は呻いて首を傾け、声を上げた。

 彼は視線を、中央の窪地より少し離れた東側の2つの砂丘、その間に移す。

 そこには煙上げる大口径の銃口が、その向こうには金髪の少女と青髪の少女の姿があった。

 

「……命中っ!」

 

 スコープを覗き込んでいた美奈子は、思わずガッツポーズをした。

 ヘビィボウガンの新大陸製最終兵器、狙撃竜弾である。

 威力こそ大砲級であるが、装填にはかなりの時間がかかる。

 だからこそ敢えて攻撃をせず相手の意識から外れ、この時をずっと待っていたのだ。

 

 しかし、テオ・テスカトルは火炎と爆発に高い耐性を持つ。それは当然、自身がその使い手だからだ。

 彼は首を取られるどころか、首の鱗とたてがみが幾らか抜けただけだった。

 そして早くも、あの忌まわしい狙撃手を踏み潰すために駆け出す。

 

「やーっべっ!」

「早く避けて!」

 

 美奈子と亜美は即座に離脱。

 だが確実に軌道は正確に修正されていく。

 遠かった距離はあっという間に詰められる。

 

 そして次に炎王龍が見たのは──

 冷気の爆発だった。

 苦手とする属性の直撃に、思わず炎王龍は顔を振って足を止める。

 

「……なーんて。引っかかったわね!」

「当たってくれて良かった……」

 

 美奈子はぺろりと舌を出して、亜美はライトボウガンを背に納めながらため息をついた。

 

 起爆竜弾。

 

 これも新大陸製の武器で、地中に設置すると、強い衝撃により自動的に爆発する仕掛けになっている。

 亜美はその内部に戦士の力を込め、こうして近づいてきた時のために二段構えをしていたのである。

 

 彼女たちも作戦通り、坂を滑り下りて更に東へと逃げていく。

 亜美は水冷弾に魔力を注入したうえで装填し直す。

 美奈子はちょうど近くにあった植物……『チャッカの実』をむしり取る。

 これを割り掌で磨り潰すと、火薬粉が調合できるのだ。

 彼女はすぐ北の砂丘にあった蟻塚の陰に隠れると、それを持ってきたLv.1徹甲榴弾の薬莢に、掌を傾け慎重に入れていった。

 更に炎王龍による追撃を阻止すべく、レイたち剣士が前面へ積極的に躍り出る。

 

「ガアアアアアッッッッ」

 

 それを見たテオ・テスカトルは痺れを切らしたように吼えると。

 翼を広げ、飛び上がった。

 そして眼下を睨むと、勢いよく息を吸った。

 

「なんか、嫌な予感……」

 

 空中から、火炎放射が地上に向けて吐き出される。

 地上が無差別に獄炎に包まれる。

 砂が焼かれ、焦げ、半ば溶岩と化す。

 それはまさに閻魔大王の如き、地上への制裁。

 

 剣士の少女たちは、「まずい」という顔をした。

 炎王龍に、地形を利用していることが感づかれた。

 空中から狙われたのでは、地形など関係がない。

 

 更に、ガンナーの脅威にも気づいたらしい。

 その動きは、まるで亜美と美奈子を追っているかのようだった。

 力強く羽ばたきながら、2人のいた辺りを隈なく焼き尽くす。

 

 そして、ちょうど彼女たちの隠れていた蟻塚が高熱で炙られ、溶かされ、砕け、消えた。

 

 遂に、彼女たちが陰から炙り出された。

 炎王龍は火炎放射を吐き終わると、後方へ羽ばたいてから勢いをつけ、遂に見つけた獲物に向かって滑空。

 その行く道先に先回りし、威嚇する。

 

「くぅっ……」

 

 炎王龍はこれまでの怒りを込めるように四肢に力を込め、飛び掛からんとした。

 今度こそ仕留められる。

 

 そう思われた時、横から金属の爪が伸びる。

 

 正しくはスリンガーから射出された、アンカーのついたロープだ。

 それがテオ・テスカトルのたてがみに引っ掛かる。

 

 そして割り込むようにしてロープに引っ張られてきたのは、身長に見合わず黒い甲冑を着込んだ人物だった。

 そのまま、テオ・テスカトルの横顔に掴まる。

 甲冑の頭に当たる部分からは、二束の金髪が揺らめいていた。

 

「うさぎちゃん!」

「……あれをやるつもりか!」

 

 意図を察した少女たちは距離を詰めて武器をしまい、いつでも彼女を助けられるよう準備をした。

 亜美は回復弾を装填し、いつでも撃てるようにする。

 

「少しでも危ないと思ったら、すぐ手を離すのよーっ!!」

「うん!」

 

 叫ぶ美奈子にうさぎは答える。

 彼女が掴むのは灼熱地獄だ。

 今も燃え盛るたてがみは、並の生物ならたちまちのうちに灰にしてしまうだろう。

 

 しかし、桃火竜の装備は非常に耐火性に優れていた。その上に甲冑も着ているから、龍炎によるダメージは可能な限り軽減されている。

 うさぎは、首を暴れさせての抵抗を何とか耐え凌ぐ。

 

 彼女が着る甲冑の正体は、補給班から貸してもらった『不動の装衣』。

 これには一時的に攻撃による衝撃を和らげる効果があり、ある目的の補助に使用している。

 デザインはイマイチ()()()()()が古龍相手、背に腹は代えられない。

 

 一瞬見えた炎王龍の瞳に、ぞくっとする。

 赤く燃える炎とは真逆の青い色。

 冷徹ささえ垣間見える、無言の圧力。

 しかし彼女が見るべきは彼の瞳でなく、外の景色だ。

 やがて視界の隅に岩らしきもの──蟻塚が映る。

 うさぎは何とか威圧から逃れ、そこを見つめた。

 

「たあっ!!」

 

 頬を思い切りアンカーで殴る。

 虚を突かれた炎王龍は方向転換を強いられる。

 頭の方向が、蟻塚に向いた。

 

 それが、少女にとってのチャンスだ。

 

 網袋に入れたありったけの石ころを大型のツブテとし、スリンガーの射出部に詰め込む。

 至近距離から炎王龍の額にスリンガー先端で狙いをつけ──

 グリップを握る。

 

 何十個もの石ころが弦に弾かれ強烈に撃ち出される。

 眉間に直撃。

 反動でうさぎは後方に跳んだ。

 

 炎王龍は前につんのめるように突っ走っていく。

 そしてそのまま、物凄い勢いで蟻塚に頭からぶつかった。

 

「ガアアッッッッ!?!?」

 

 炎王龍が初めて上げた悲鳴だった。

 燃え盛る身体が大きく仰け反る。

 初めて倒れかかる古龍の姿に、少女たちは目を見開いた。

 何度攻撃しても意に介さないか少し怯むだけだった龍が、大きい反応を見せたのだ。

 そして何よりも注目すべき点としては──

 あの頑強な角に、ヒビが入っていた。

 

「良い調子だ! もうすぐで追い返せるかも!」

 

 ピンチを反撃に変えたうさぎの機転に、まことは嬉々として叫んだ。

 しかしその直後、テオ・テスカトルから言葉に上書きするように熱気が広がった。

 

「ガァアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 いよいよ怒りが頂点に達したのだ。

 龍炎が遂に最初に出合った時と同じ威力を取り戻し、少女たちはあの時の畏怖を思い出す。

 万物を灼く太陽の再来だ。

 

「怯むな、常に側面へ陣取れ! ガンナーは特に気をつけよ!」

 

 しかし再び足が竦みかけた彼女たちに、ソードマスターは的確に指示を出した。

 そこで5人は再び同じ状況に陥りかけていることに気づき、今度は動くことが出来た。

 

 レイは気づいた。

 ソードマスターが一切炎王龍を見ずにして彼の怒りを察知し、少女たちの怯みをも同時に把握したことに。

 

 彼は龍だけを見ていない。

 攻撃も見ずして居合を決め、一撃のみを見て4人の癖を見抜き、龍の怒りを前にして冷静な指示を出す。

 考察を経て、彼女はあの達人の能力についてある結論に至るしかなかった。

 

 鳥の視点。

 

 まるで空を飛ぶ鳥が地上を見下ろすように、己、龍、環境、そして仲間たち……あらゆるものの動きを同時に把握している。

 すなわち、客観視の極み。

 そこには龍に対する畏怖も、驕りも存在しない。

 だからこそ、最適な行動を無意識のうちに取ることが出来るのだ。

 

「……こりゃ、敵わないわけだわ」

 

 怒り狂ったテオ・テスカトルは、手当たり次第に突っ込んでくる。

 灼熱が砂を溶かし、溶岩のように紅く染める。

 それを前に、少女たちは回避するのでやっとだ。

 

 最後に龍の瞳は、うさぎとソードマスターを捉えた。

 

 彼らを特に疎ましく思ったのだろうか。

 彼は2人に向いて仁王立ち、羽ばたいて大量の粉塵を送り込む。

 今まで見たことのない量だ。

 

「走れ!」

 

 うさぎはソードマスターの指示を受け、共に背を向けて走り、地へと身を投げ出す。

 炎王龍が牙を打ち鳴らす。

 彼らのいた地点が、球を作るように大爆発する。

 その威力たるや、視界が熱波と衝撃波で歪みかけるほどだった。

 

「ひいいっ!?」

 

 凄まじい爆風。

 うさぎは腰を抜かしかけるが、何とか持ち堪えた。

 急いで使い捨ての支給品である、不動の装衣を脱いで捨てる。

 ソードマスターは一時手から離れた太刀をすぐ手に取り、叫んだ。

 

「まだ来るぞっ!」

 

 炎王龍は、2人を仕留められなかったことに気づいていた。

 だから、直接手を下そうと駆けてくる。

 万物を焼き溶かす龍炎が駆けてくる。

 思わずうさぎが目を瞑りかけた時である

 

 空中から何者かが、炎王龍の背中目掛けて飛び込んできた。

 

 裾が広く白い編笠の、端にぶら下がる札が舞い上がる。

 肩を出した軽装の、砂塵から身を守る首巻が棚引く。

 背負う武器は太刀。

 斬竜ディノバルドから造られた灼熱の刃が、ゆらゆらと熱気を紅く放出する。

 

「このっ……」

 

 落ちながら刃を脳天に垂直、一撃。

 

 予想外の攻撃ゆえか、少しだけ熱気が収まった。

 その隙を突いて、少女はテオ・テスカトルの背に掴まる。

 

「グオオオオッッッ!!」

 

 驚いたのか、テオ・テスカトルはうさぎたちへの攻撃を中断してその場を跳び上がった。

 翼をはためかせて浮上し、彼女を振り落とそうと藻掻く。

 

「レイちゃん!」

 

 正体は、城塞遊撃隊の装備を着たレイだった。

 ひたすらに足掻く。

 足掻き続ける。

 抵抗は烈しく、何度も振り落とされそうになる。

 

 そこに、水冷弾と徹甲榴弾が飛ぶ。

 テオ・テスカトルの顔面に突き刺さり、見事に怯ませる。

 

「レイちゃん、踏ん張って! あたしたちが援護するわ!」

 

 仲間たちの頼もしい言葉を聞き、レイは背に伸びるたてがみを掴みなおす。

 うさぎたちは、ガンナーの2人の強烈な射撃を見守る。

 やがて攻撃を受けるうちに、炎王龍の動きが収まった。

 レイはそこで頭に駆け登り、両手に持った太刀を振りかざした。

 

「もう、逃げるなんて……言わないわよっ!」

 

 そう直接炎王龍に伝えるように叫び──

 何度も角を滅多斬りにする。

 押し勝った。

 巨躯が彼女を乗せたまま、地上へ堕ちていく。

 その近くには、ハンマーを構えて力を溜めたまことの姿があった。

 

「まこちゃん、お願い!!」

「よし来たぁっ!!」

 

 レイが背から飛び降りると同時、まことはハンマーを渾身の力で叩きつけた。

 蓄積された衝撃が脳を揺さぶる。

 炎王龍は藻掻きながら倒れた。

 

 最大のチャンスだ。

 全員が顔に一斉攻撃を叩き込む。

 無我夢中、がむしゃらに。

 自分が何をしているか分からなくなるほどに。

 

 うさぎが最後に角目掛けて大剣を構え、溜め斬りをぶち当てた。

 これまで攻撃出来なかった、その分を全て返すかのように。

 全力で、振り下ろす。

 

 仲間たちから「あっ」と声が漏れた。

 

 炎王龍の角から、鱗が大きく剥がれ落ちた。

 岩のように固く熱を持った破片だ。

 中折れたわけではないが、龍の身体の一部が遂に限界を迎えたのだ。

 

 唖然としているうちに炎王龍が起き上がる。青い瞳が殺気を帯び、鋭く光っていた。

 翼を広げ飛び上がり、そこから力を溜めるようにうずくまった。

 体内で凄まじい熱が発生しているせいか、今や翼を動かさずとも宙に浮いている。

 

「蟻塚に隠れるか、もっと遠くへ!!」

 

 ソードマスターはその動きから何かを読み取ったようだった。

 うさぎたちも直感的に危機を感じ取り、その通りにする。

 急いで蟻塚の陰に、炎王龍が見えないように身を隠す。

 その間も熱は急速に高まっていく。

 燃える巨躯から噴き出す火の粉が溢れ、そして。

 

 

 天に咆えると同時、地上に2つ目の太陽が産まれた。

 

 

 爆風、次は熱風と衝撃波が砂を巻き上げる。

 凸凹していた砂丘は一気に均される。

 サボテンを、枯れた草木を、何もかもを吹き飛ばす。

 蟻塚の陰に隠れる少女たちは必死に堪えていた。

 

 風がやっと収まった頃。

 

 残ったは延焼する焦土と蟻塚の残骸だけだった。

 ぱらぱらと舞い落ちるなか、テオ・テスカトルはいくらか怒りの収まった顔つきで狩人たちを見つめた。

 

 そこから、翼をはためかせ飛んだ。

 荒地から離れ、北へ、北へと。

 熱気は急速に収まっていく。

 上空の雲の動きは収まり、穏やかになっていった。

 

 

「終わった、の……?」

「やったあああ!!!!」

 

 

 うさぎがちょうど隣にいたレイの肩を、ぐわんぐわんと揺らす。

 レイは顔を背けてうさぎの顎を掌で押し、無理やり動きを押し留めた。

 

「これも……5期団の人たちとソードマスターさんがここまで粘ってくれたお陰ね」

 

 亜美の一言に、まことと美奈子は微笑んで頷いた。

 そもそも彼らが何日も踏ん張っていなければ、この光景すら絶望的だっただろう。

 あくまで彼女たちは最後の一押しを担っただけなのだ。

 

 そして冷静に見るなら勝利、というのは語弊がある。

 テオ・テスカトルは特に重傷を負ったわけではない。

 まるで虫のように執着して刺し続けると言う行為を続けた結果、このまま西に行くのは割に合わないと思わせたに過ぎない。

 

 だが、殊に調査団の拠点を護るという目的から見れば──

 それは、間違いなく大勝利だった。

 

「御苦労。今宵は宴かな」

 

 ソードマスターが太刀を鞘に納めて歩いてきた。

 まだ少し右脚を庇っているが、この身体であれほどの剣戟を繰り広げたとは未だ信じ難い。

 

「意外でした。貴方が道具に頼るやり方を嫌がらないなんて」

 

 レイは自分たちの成したことを見て、そう振り返る。

 

「『あるものはすべて使え』。型破りな同期からの受け売りよ」

 

 そこまで言うと、男は傷の入った兜を撫でながらため息をついた。

 

「……ただ某自身は、新しきものがよう分からぬが故」

 

 達人が見せた素顔に、少女たちは思わず笑った。

 それから顔の向きを北へ変え、遠ざかっていく炎王龍へと向ける。

 

「次は、北ね」

 

 亜美の言葉が重く響く。

 調査班リーダーはアステラから出発する直前、これより北にも古龍がいることを示唆していた。

 恐らく炎王龍は、その氷山の一角に過ぎない。

 ソードマスターはゆっくりと少女たちの前に進み、振り向いた。

 

「これより奥は神々の領域であると弁えよ。そなたらはそこに足を踏み入れる覚悟はあるか?」

 

 うさぎたちは少しだけ肩を強張らせた。

 出来るならば、龍たちと対峙しないに越したことはない。

 しかし奥に行く限り、今回のような差し迫った事態は恐らく何度も来るだろう。

 災いの時はこうしている間にも刻々と迫っているのだから。

 やがてレイが前に出て、告げた。

 

「彼らを畏れたら最後、あの時みたいに前にも後ろにも進めなくなります」

 

 それから仲間たちを見る。

 もう以前のように怯えることはない。

 

「あたしたちは先に進みます。この異変の真実を見つけるために」

 

 ソードマスターは彼女たちを見て、静かに頷いた。

 

「なるほど。意志は堅いな」

 

 南を見ると、手を振る人々がいた。

 アステラに帰る荷車が迎えに来た時だった。

 

──

 

 夕陽が西に沈もうとしている。

 ソードマスターは右脚を氷水で冷やしながら荷車に乗り揺られていた。

 その隣に、他のハンターへの世話を終えた編纂者リアが戻ってきた。

 

「彼女たち、凄いですね。あの炎王龍を初見で撃退するとは」

「うむ。やはり某の目に狂いはなかった」

 

 リアは思わず、ソードマスターの兜を被った顔を見やった。

 

「まさかソードマスター、元からこれを望んで……」

「いや。この道を望み選んだのは彼女たち自身に他ならぬ」

 

 彼は前方の荷車であどけない表情で眠る少女たちを見つめた。

 

「自分で考え選んだ道はきっと、未来に燦然と輝き誰かを導く。たとえそれが、どんな場所であろうとも」

 

 空を見上げると、早くも星々が瞬き始めていた。

 その中でも青白い星が、彼の目に止まった。

 

「我らを導いたあの星は、今はどこで輝いておるかな」




この作品における古龍は「人の手によって討伐できなくはないけど何度も撃退をしてやっと」レベルの設定です。2系列に近いですね。

今年は正月から地震、事故と災難が続きましたが、皆さんはご無事でしょうか?私は何ともありませんでしたが、今年はせめてこれから良い年であってほしいです。
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