セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて 作:Misma
『鳥』はちびムーン、タキシード仮面と互いに円を描くように歩き、牽制し合う。
ちらりとタキシード仮面が後方を見ると、利用客たちは飛び火を恐れて静かに室内から脱出していた。
一瞬ぴたりと動きが止まったかと思ったその時、『鳥』はその槌の如き嘴をもって啄もうと2人に飛び掛かる!
それを見たタキシード仮面はステッキを構えて伸ばし、真正面から嘴を打ち付けた!
ガリッと木の幹のような嘴の表面を激しく削る音が鳴り、それは本来行くはずだった方向から大きくそれる。
忌々しげに鳴くと『鳥』は羽ばたいて飛びのき、体制を立て直す。接近戦は無理だと判断したのだろう。
『鳥』は喉を膨らませると、その口から先ほど歯の間から垂らしていた紫色の粘液を、塊にして吐き出した。
「危ないっ!」
粘液はちびムーンに向かって吐き出されていた。タキシード仮面がさっと彼女を拾い上げると、液体はその後ろにあった観葉植物に直撃する。
すると先ほどまで生き生きとした青色の光沢を放っていた植物は一瞬のうちに萎れ、黄と茶色にひなびきった姿に変貌してしまった。
「ど、毒!?」
「なんて威力だ!当たったら恐ろしいことになるぞ!」
あの毒のほんの一滴でも肌に当たれば、いくら一般人よりある程度頑丈な彼らでも無事ではすまないだろう。『鳥』はこれに味をしめたのか、次々と2人に向かって毒を吐き出し続ける。
まだ利用客たちは逃げきれていない。否が応でも動きが制限され、戦士たちは逃げに徹する他なかった。
「なるちゃんのお母さん!早く逃げるように言って!」
抱きかかえられながら、ちびムーンがなるの母に叫ぶ。
それを聞いた彼女は迷いなく利用客たちに振り向いた。
「皆さん!今のうちに!」
目の前の戦いを呆然と見ているだけだった彼らも、危険な状況にあることを理解したようだった。
彼らはすぐに避難を始め、1分も経たない間にこの大広間にはなるとなるの母以外に一般人は1人もいなくなった。
なるは、ちびムーンを抱えて1人佇み、相手を見据えるタキシード仮面の横顔を見ていた。
「ほらなるちゃん、いつまでぼーっと突っ立ってるの!早く逃げるのよ!」
「う、うん……」
なるは母に背中を押され、やむを得ず部屋から出ていく。タキシード仮面はそれを横目で見届けた。
「これで、周りを気にせず戦えるな」
「タキシード仮面!前を見て!」
何、と言おうとしたその時に、既に紫色の液体は目前にあった。
マントを翻し、ちびムーンを護ると、液体はばちゃりと音を立ててマントにかかった。
幸い顔にはぎりぎり当たらなかったものの、彼は液体から出る煙を僅かに吸ってしまった。
たちまち肺を不快感が支配し、タキシード仮面はその場に崩れ落ちる。
「タキシード仮面!」
そのチャンスを『鳥』は決して見逃さず、駆け寄って来るとくるりと身体を翻す。
するとその尻尾はその勢いのまま数倍の長さに伸び、まさしくゴムの鞭のごとく大きくしなって、タキシード仮面をちびムーンごと吹っ飛ばした。
壁に打ち付けられ、落ちたタキシード仮面を狙って鳥がもう一度歩み寄ってきたところに、ちびムーンがその胸の中から這い出し必死の形相でロッドを構えた。
「ピンク・シュガー・ハート・アタック!!」
ピンク色の光線が『鳥』の鼻先に当たり、思わず奴は嫌がって顔を背けた。
それと同時に尻尾がしなってこちら側に曲がってきたのを、タキシード仮面は口から血を垂らしながらも確かに確認した。
「喰らえっ……!」
言葉を口にするのもやっとな彼の手から放たれた複数本の薔薇が、伸縮性のある、つまり柔らかい尻尾に真っ直ぐに刺さった。
「ギョアアアアアアアアアアッ!!」
そこはまさしく泣き所だったらしく、『鳥』は奇声を上げて大きく飛び上がった。
「お願いだから早くどこかに行って!」
ちびムーンは、涙目になりながらロッドを構えたまま、後ろで横たわるタキシード仮面を護るように立っていた。
散々暴れまわり尻尾を振り回してやっと薔薇を取った『鳥』は、目の周りを真っ赤に充血させた状態で立ち止まり、頭を縦に振り始めた。その上に伸びた形状の嘴が頭頂にある葉巻型の茶色の器官とぶつかり、それは打ち付けられるたび「バシン」とスイッチを入れるような音と共に白い光を点滅させた。
「な、何をする気!?」
奇妙な行動に、ちびムーンもタキシード仮面も怪訝な表情を浮かべる。ちびムーンは、ロッドを持って戦闘態勢を崩さないままタキシード仮面へと身を寄せた。
4回が終わり、次に5回目が来ようとした時、突如『鳥』はすっくと胸を張って羽根を大きく広げ、叫びながら頭を天高く掲げた。
同時に白い閃光が辺り一面に広がり、2人の視界を奪う!
「きゃあっ!」
「うわっ!」
強烈な光で目がくらんだ彼らが頭を振って意識を取り戻すのには、かなりの時間がかかった。
やっと歪んだ視界が元通りになって来た時、そこに『鳥』はいなかった。
急いでちびムーンが宝石店の敷地外に出ると、上空で大きく黒い影が翼をはためかせているのが見えた。
「逃げ……られちゃった」
ちびムーンが肩を落としていると、後ろから胸の痛みを庇うようにしてタキシード仮面がやってきた。
「タ、タキシード仮面!大丈夫なの!?」
「大丈夫だ」
そう言いながらも彼の表情はまだ苦し気で、ちびムーンは不安の表情を崩すことは出来なかった。
「あの程度では、恐らく明日も来るだろうな……。今日のところは帰って、また作戦を考えよう」
「……はい」
無理に作った優しい笑顔を前に、ちびムーンは素直に頷くことしか出来なかった。
──
大阪なるが衛をゲームセンター2階の喫茶店に呼び出したのは、その翌日、昼下がりのことだった。
衛がうさぎの口から大親友である彼女の話を聞いたことは多々あれど、実際に面と向かって話したことはほぼなかった。
テーブルに2人分のジュースが置かれているのを境にして、両者は向かい合って座っていた。
「うさこの話にはしょっちゅう聞いてたよ。よく仲良くしてくれてるんだってね」
「こっちも。うさぎがいっつもあなたのことばかりくっちゃべてはっきりイメージ付いちゃってるから、こうやって見てもあまり驚きませんね」
「まったく、あの子にはプライバシーの概念がないな」
そうやってひとしきり笑った後、衛はあの昨日の事件から気になっていたことを口に出した。
「昨日のことは、大変だったね。怪我人はいなかったかい?」
本来なら平日である今日はなるも学校に行くはずなのだが、昨日の騒ぎでそれどころではなかったのだろう。心なしか、彼女の目元にクマが出来ているようだった。
「ええ。これも、タキシード仮面さんたちがあの『鳥』と戦ってくれたおかげです」
「それで、何だい?俺に聞きたい話ってのは?」
本題に入ろうとすると、なるは遠慮するように声を顰めた。
「はい。……あまりこういう話って首を突っ込まない方が良いとは思ってるんですけど」
「構わないよ。気を遣ってくれてありがとう」
それを聞いたなるはきっと顔を引き締め、姿勢を正した。
「私、知りたいんです。どうやったら地場さんみたいに、1人だけでも強くなれるんだろうって。」
「俺が?」
「うさぎがいなくなってとても辛い気持ちのはずなのに、とても堂々としているもの。私なんか、うさぎや亜美ちゃんたちが消えてからずっと落ち込んで……」
真剣な相手に対していささか失礼とは思いつつ、衛は思わず苦笑を浮かべてしまった。
「そうか。君から見ると、そう見えるのか」
「え……」
意外そうに目を丸くしたなるを相手に、衛は自嘲気味な調子で話し始めた。
「正直、俺も今どうすればいいのか分からないんだ。本当は、すぐにでもうさこを助けに行きたいさ。だが、俺にはそれが出来るような大した力もないし、出来る状況でもない」
「そうなんですか……」
なるは、何かを考えるように衛の表情を見つめていた。
「衛さんも、そういう気持ちになることあるんですね。意外だったな、うさぎはいつもクールで何でも出来ちゃう人みたいに言ってたから」
なるは物思いに耽るように視線を窓の外の景色にそらした。
彼女が、胸に付けてある緑色の宝石のアクセサリーの鎖を大事そうに握りしめているのが見えた。
「衛さん、こういう時って一体どうしたらいいんでしょう?やっぱり、耐えるしかないってことですか?私に出来ることって、本当にないんですか?」
衛は、一考してから口を開いた。
「取り敢えず、家からは離れておいた方がいい。あとのことは、タキシード仮面やセーラー戦士たちが何とかしてくれるはずさ。うさぎたちのことも、ね」
不安そうに顔を歪めたなるに、衛は口調を強める。
「気に病む必要なんてない。誰だって1人じゃ生きていけないのは同じだ」
だが、それを聞く彼女の表情はどこか不満げだった。
なるはまだ何か言おうとしたが、その時手元のスマホが唸ったのに気づき、その画面を見てはっとした表情をした。
「ごめんなさい!ママがそろそろ戻ってきなさいって言ってる。急がないと」
「分かった。くれぐれも気をつけてな。『鳥』がまたやって来るかもしれないから、気を付けておきなさい」
あんな大惨事の後だ。家族や警察とのやり取りなどもあるのだろう。
彼女の身を案じて言うと、なるは深く頭を下げて喫茶店を後にした。
1人残された衛は、なるが座っていた空席を見つめていた。
衛は残りのジュースを片付けに行った。