セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて   作:Misma

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焦土を望む街②(☆)

 彼との最初の出会いは、太陽の集落バルバレだった。

 カネのために敵幹部ミメットの仕切る闇組織に入ったが、最後にはうさぎたちに寝返りバルバレを救った経歴を持つ。

 そんな人物こそこの声が無駄に大きい髭男、教官である。

 

「ヌ〜〜ッハッハッハ!! どうだそっちの調子は! あの小娘どもはおらんようだが!?」

「ま、まあまあよ……。うさぎたちは、色々あってね……」

「ああ、色々な」

 

 まだ驚きが抜けきっておらず、2人の返事も漫然になる。

 

「で、そこの麗しきマドンナたちは誰だ。もし良ければこの後吾輩とお茶でも……あ、そこのパツキン野郎は例外だがな!」

 

 教官は早速彼らの背後にいるせつなとみちるに目をつけると、髭を整えながら何度もウインクをしてみせた。

 

「……あの男、自分の状況が分かってるのか?」

「恐らく分かっていないわね」

 

 はるかが男のスカす姿に眉を顰めると、みちるも少し困り顔で答える。

 せつなとほたるは、共にちびうさの耳に顔を寄せた。

 

「スモールレディ、知り合いなのですか?」

「うん、そんなとこ。見た目通りな人だけど、一応悪人じゃないわ。……一応ね」

「それなら早く帰してあげた方がいいわ。こんなところを街の人たちに見られたら……」

「教官、これは何だ?」

 

  ほたるは心配げに背後にある破れた柵を見つめていると、荷車を見ていた衛が呟いた。

 

「え?」

 

 セーラー戦士たちが布に隠された荷車の中身を覗くと。

 ビールの入った樽、瓶、虫かご、様々な荷物の下側に──縄に縛られて固定された大タル、そして爆薬が山積みされていた。

 

「ああ。大タル爆弾の素材だが、それがどうかしたか?」

 

 あっけからんと答える教官に一斉に視線が集まる。

 

「ちょ、ちょっと、教官!!」

 

 ちびうさは目を丸くして、教官の腕を引っ張った。外部戦士たちの目尻がみるみるうちに上がり、鋭く尖る。

 顔に疑問符を浮かべる教官の背後に、多くの人影が落ちた。頼りなく不揃いな足音が響く。

 

 彼女らが振り返ると、霧に交じってぎらぎらと光るモノたちが、畑に植えられた苗の如く聳えていた。

 フライパン、モップ、ほうき、竹刀などあらゆる用途に使われるそれらが、今は武器としてこちらを威嚇している。

 それらを持つのは、いつもなら雑踏のなかで素通りするような何の変哲もない老若男女だ。彼らは霧の中、一様に蒼白い能面を並べてすぐそこに迫っていた。四姉妹も先頭に立って、消化器や刺股を構えている。

 

「……」

 

 合図もなしに人々の波が少女たちの間を掻き分けるように通り、教官を無言で囲い込む。

 一定の距離を保ちつつも、決して逃そうとしない。

 

「お前はどこから来たの!?」

 

 先頭にいたペッツの叫びが、目に見えぬ弾丸となって空気を穿く。

 

「貴様らか、噂の連中は。だがもう安心して良いぞ。吾輩が来たからにはここも安泰だからな!」

 

 教官は空気も読まず得意げに叫ぶが、あちらの言葉は街の人々には伝わらない。むしろ未知の言語を耳にして、ますます警戒を伝播させるだけだった。

 

「噂……安泰? 一体どういうことだ?」

「そもそもなんで、みんなこんな霧の近くに来てるのよ!?」

 

 男の訳知り風な顔に衛が眉を上げる一方、ちびうさは次々に目の前を入れ替わる人々を見て半ば後退っていた。あの四姉妹はセーラー戦士たちに、ここを調べて欲しいと言ってきたのではないのか。

 

「言ったでしょ、もう、セーラー戦士たちに頼るばかりじゃないって。さっき酷い音がしたから、いざという場合は早めに情報を伝えられるようにってご近所さんを集めてきたのよ」

 

 ちびうさにちょうど近くで刺股を構えていたコーアンが屈み、顔を近づけて囁いた。

 次に姿勢を伸ばし教官を見据えた途端に、目つきが刃物のように鋭くなる。

 

「みんな、絶対に目を離さないで。奴がどんな手を使ってくるか分からないわ」

 

 人が変身すらせずたった数秒で別人に入れ替わる光景を、ちびうさは生まれて初めて目撃した。うさぎたちへの想いを語ってくれたあの暖かい感情の欠片すら、今はどこにも見られない。

 

「お嬢ちゃんたち、ここは子どもが来るとこじゃないぞ!」

 

 横から帽子を被ったガタイの良い八百屋の主人が、太い掌でちびうさとほたるを人混みから押しのける。

 

「きゃあっ」

 

 今はただの少女である彼女たちは、抵抗虚しく集団から弾かれる。続いて、衛やはるかたちもだ。

 

「おい、火薬をこんなに詰め込んでるぞ!」

 

 1人の男が叫んで荷車の上に立ち、高く持ち上げた掌から黒色の粉を風に散らすのが見えた。住人たちはたちまちどよめきを広げる。

 

「は、犯人はこいつか……」

「きっと怪物どもを入れるために壁を爆破したんだわ」

「とにかくひっ捕らえろ、話はそれからだっ」

 

 彼らの話す内容が不穏になっていくのが、傍から聴いていても分かった。

 

「……あれ、もしかして吾輩、ピンチ?」

 

 教官はやっと自身の置かれた現状に気づいたが、遅い。人々の手が次々に襲いかかる。

 

「そこの貴様、吾輩の超繊細な身体に触るでない! おい、聞こえんのか!!」

 

 人々が作る黒山の中央で、教官が抵抗する声が聞こえた。

 しかし、それも長くは続かない。やがて蟻のように集った人の中から教官が出て来た。ついでに、荷車とアプトノスも没収されている。アプトノスは人に慣れているせいか、暴れる様子はない。

 教官は後ろ手にされたうえで腹の辺りで縄で束縛され、四姉妹が中心となる形で引き連れられていた。

 

「ぬおおおお! 何か知らんが暴力反対ー!!」

 

 教官はめちゃくちゃに暴れかけるが、その度に左右で縄の両端を持つペッツとコーアンが縄を引っ張り、締め付ける。

 ぐえええ、と蛙が潰れたような音を喉から搾り出した後、教官は項垂れる。そのまま観念したように大人しくするとちっと小さく舌打ちして、

 

「バルバレでもそうだったが、どうも吾輩は可愛いおなごに縛られる運命にあるのかも知れんな……まぁ、これはこれで良しとするか」

「コ、コイツ……。ブツブツ何か喋ってるわ」

 

 妙に落ち着いたそぶりで呟く教官を、コーアンを始めとした姉妹と周囲の人々は気味悪そうに見る。

 そして彼の言葉が分かるはるかとみちるは、別の意味で言葉を失っていた。

 

「……何ていうか」

「結構ポジティブな殿方なのね」

「て、呑気にしてる場合じゃないわっ!」

 

 しかし、ちょうど列の前方にいたちびうさは、それを見るやいなやすぐに地を蹴って。

 四姉妹の目前に先回り、そこで手を大きく広げた。

 

「待って! この人が犯人って確証はどこにもないじゃない!」

 

 衛もすぐに追いついて、殺気立った群衆と相対したが、数で言えば雲泥の差がある。教官の両脇で縄を縛る三女のベルチェと次女のカラベラスは、縄の端を持ちながら視線を刺すように向けてきた。

 

「霧の向こう側からやってきただけでも、十分怪しいですわ」

「そうよ。あれもどう見たってコイツが開けた穴でしょ。証拠なんて腐る程あるじゃない!」

 

 カラベラスはちゃんと見てみろと言わんばかりに、既に破壊された三重の壁を何度も指差す。

 

「それでも相手の事情すらちゃんと聞かないのは、どうかと思うけどな」

 

 衛が、ちびうさを庇うように横から入って告げる。

 確かに、教官が壁を破ってきたのは事実だ。しかし、彼が爆弾を使うのを見たわけではない。重要なのは、あちらの世界で一体何を目的にうろついていたのかだ。

 

 少なくとも20人は下らない集団は、今にも濁流となって押し切るかも知れない雰囲気を抱えていた。それを感じてか、はるかたちセーラー戦士は素早く衛たちの周りに集う。

 

「……なぜ、そこまでして庇うの」

 

 長女ペッツが、腕組みをして真正面から睨む。

 

「この人が、あたしたちの知り合いだからよ!」

 

 四姉妹も、人々も、動きを止める。

 教官はちびうさが何を言い放ったのか気になって、チラチラと姉妹の横顔を垣間見た。

 彼女たちは、戸惑いつつもその捕らえた男と少女の顔を見比べる。

 コーアンは迷うように、荒く息を吸っては吐くちびうさを見つめた後──

 

「……嘘つくにしても、もうちょっと上手いやり方があるでしょ」

 

 ペッツは、無言で縄を引っ張ってコーアンに合図し、そのままちびうさを振り切ろうとした。

 

「嘘じゃないわ。だってあたしたちはあっちで──」

「まさか、あっちの人間か」

 

 姉妹の背後にいた人々のうち、1人が叫んだ。

 

「もしかしたら、そいつらはグルかも知れない」

「そうだ。そうやって仲間を逃がそうって魂胆だろう」

 

 一部の人が声を張り上げるとそれが迷っている人をも呑み込んで、積み重なり、まるで全体の意見であるかのような風潮になっていく。

 雪崩れるように剣呑な雰囲気になっていくのが、肌でも感じられるほどだった。外部太陽系戦士たちもいよいよ、懐に手を伸ばす準備をする。

 四姉妹はしばし、群衆へ振り向いたまま迷うように立ち尽くす。コーアンは急いで、きつい視線のままちびうさと衛に顔を正面から近づけた。

 

「……どうか今だけは何も言わないで。私たちも貴女たちを敵に回したくない」

 

 仲間に聞こえないくらいの声量で呟くと、その後は戦士たちの顔も見ず姉妹と共に教官を引っ張っていく。

 

「皆さん、あの方々は後回しに致しましょう。きっとただの人違いですわ」

 

 その意図をくみ取ってか、三女ベルチェはにっこりと笑ってその場を凌ぐ。

 彼女の柔和な表情を見て、主に男性を中心に刺々しさが一時的に引っ込む。

 

「ほら、早く歩いて!」

「いでーっ!!」

 

 カラベラスに太腿の辺りを膝でどつかれると、教官は海老反りで再び情けない声を上げた。

 ちびうさがすぐさま後を追おうとするが、せつなが予測したようにその腕を先んじて追いかけて掴んだ。

 

「スモールレディ、コーアンの言葉を無下にしてはなりません!」

「じゃあ、このままあの人をほっとけっていうの!?」

「……本来の目的を果たしたいなら、あの件に関わるべきじゃない」

「君たちはそう言うだろうと思ってたよ」

 

 衛はじっと、同じく行く手を塞いだはるかの陰った瞳を見つめながら呟いた。

 しかしちびうさは納得していなかった。

 護るべき人々が、かつての仲間を傷つけようとしている。その状況自体が、この少女にとっては何よりも許せなかった。

 

「今の私たちには時間がない。そのことはよく分かっているでしょう?」

 

 ちびうさはみちるに何か言い返そうとしたが、言えない。

 今こうしているうちにも『災い』までのリミットは、あちらの世界の20倍以上の速さで迫っているのだ。

 彼らの中間くらいのところにいるほたるは、

 

「マハイさんの言葉が、ここでも現実になるなんて」

 

 何かを護ろうとした時点で、争いの火蓋は半分切られている。あの人々は、その火蓋の残りを切ろうとしているのだ。いや、もしかしたら既に。

 

「くそ……いったいどうすれば良いんだ」

 

 正解が分からない衛は、答えを求めるように何もない空を見上げた。

 

「ゥオオオオオオオオオオオォォオオオ……」

 

 後の面々も、前を行く人々も、思わず空を見る。

 サイレンとも、雄叫びとも取れる音だった。

 黒い影が、薄っすらと霧がかった空の向こうに現れる。 そこから、風を切る音と共に黒い実のようなものが落ちてくる。

 1つではない。夥しい数だ。

 

「危ないっ」

 

 すぐ近くにいたせつなは叫びながらちびうさとほたる、そして衛の背を同時に押しやる。

 その背すれすれを落ちたモノは、少し潰れて地面にへばりつき、細く煙を上げる。

 黒い実の大きさはちょうどパイナップルほどで、一抱えできるくらいだ。表面は幾つもの層が折り重なっていて、全体的な形状は松ぼっくりに似ている。

 

「何、これ……?」

 

 ちびうさが見回すと、その実は道路やビルの壁面、あらゆるところにひっついていた。

 そんななか、霧に紛れる黒い影は翼を広げ、風を切る。

 

「……!」

 

 それを視界の隅に捉えたはるかとみちるは、すぐさま変身リップロッドを取り出しセーラー戦士へと変身。

 黒い実を避けてちびうさのすぐ隣に位置取る。

 

「飛竜だ!」

 

 ウラヌスの一報で、セーラー戦士たちは迷いなく変身アイテムを懐から取り出し、自身を光に包んだ。

 

「どこ!?」

 

 ちびうさ改めちびムーンは気持ちを切り替え、短く場所を聞いた。

 

「あのビルの辺りを通っていったわ!」

 

 ネプチューンは素早くその位置を指すが、既に姿は見えない。

 

「ゥオ゛オ゛オ゛オオオオオオオオオ……」

 

 またしても、威圧的な音が戦士たちの耳を突き刺す。

 しかし、羽ばたく音は聞こえない。

 黒い謎の物体が、またしても雨のように降り注ぐ。

 

「いったい何なのこれは……」

「とにかく、近づかない方が良さそうですね」

 

 サターンはちびムーンの隣で鎌を構え、プルートはタキシード仮面の隣で宝杖を正面に番え光らせる。

 未だに攻撃には移れない。視界不良も相俟って、セーラー戦士たちは飛竜の位置を正確に掴みかねていたのだ。

 

「……頭上にいるぞ!」

 

 注意深く天上を見上げたタキシード仮面が、真っ先に叫んだ。

 戦士たちが弾かれたように同じ方を見ると、妙な形の影が空を滑っていた。

 

 大抵の飛行能力を持つ飛竜は細長い首に比較的小さな頭を持ち、身体の線も細い傾向にある。

 体重の調節か、飛行時の空気抵抗の軽減か、進化の理由はともあれそういう形質を持つ飛竜が多いのは事実。

 

 だが、その飛竜は本来の法則を完全に無視していた。

 胴体と一体化したような太い首に、異様に小さい顔。

 そこから腰が括れたかと思うと尻尾が膨らみ、縦に長い瓢箪を逆さにしたような形をしていた。

 

 それが、真横に翼を広げる。

 

 狙いは教官の連れていたアプトノスだった。それは我先に逃げる人々に置いていかれ、戸惑うように彷徨っていた。それの近くにも、黒い実が大量に撒かれている。

 

「ブモオオオ……ブモオオオオオッッッ」

 

 灰色の草食竜はとにかく逃げようと行き交うが、人間のために作られた狭い区画はその進行を阻み、動きを鈍らせる。

 無慈悲なほど正確に、頭が陰にすっぽりと覆われる。

 

 翼を畳んだ飛竜は弾丸となり、一直線に突っ込む。

 瞬間、白みがかった景色が吹き飛んで、朱に染められる。

 

「!?」

 

 飛竜の身体が爆発した。

 セーラー戦士たちにはそうとしか見えなかった。

 道路を塞ぐほどの爆風が隣接する建物を襲い、ガラス窓を一挙に吹っ飛ばす。

 

 しかし、まだ終わらない。

 熱風に当てられた黒い実が、急速に紅く染まって滾り。

 

 弾ける。

 炎を噴き出す。

 隣へ、隣へと、爆炎が連鎖する。

 それらが1つのうねる波となって、戦士たちへと迫ってくる。

 

「サイレント・ウォール!!」

 

 セーラーサターンが咄嗟に、鎌を構えて叫ぶ。

 目に見えぬ壁がドーム状に形成された直後、強烈な爆風の嵐が戦士たちの視界を埋め尽くす。

 その中から、彼女たちは地獄を目にした。

 

 道路のアスファルトが捲り上がり。

 ビルの壁面が砕け散り。

 電柱が倒れ、電線が引き千切れ。

 無人の街が、たちまちのうちに燎原へと変えられてゆく光景を。

 やがて技を解除したセーラーサターンは、苦しそうに息を切らしていた。

 

「……次は、攻撃……」

 

 彼女はそう呟きながらも、朦朧として膝をつきかける。

 

「サターン! 駄目よ、少しは休憩しないと!」

 

 その小さな身体をちびムーンが支え、次にプルートが抱え上げた。

 

「スモールレディの言う通りです。貴女はこうして変身してるだけでも無茶をしているのですから」

 

 セーラーサターンは、戦士としての力は非常に強力であるが、それが宿る心体そのものは未熟な少女。本来の時間軸よりもかなり早く覚醒しているため、技を放つだけでも大きくエナジーを消費するのだ。

 

 一方のタキシード仮面は、炎と瓦礫の海を悠然と渡る飛竜に注目していた。

 その膨らんだ首下から丸みを帯びた黒いものが夥しく垂れ下がり、ゆさり、ゆさりと揺れている。

 その形状は、ちょうどあの爆発した黒い実を逆さにしたものと瓜二つだった。

 

「あれはまさか……鱗」

 

 今となっては正体が分かる。

 あの空から降ってきた黒い爆弾は、ヤツの抱える鱗そのものだったのだ。

 

「……あちらの人類が生み出した、生物兵器か?」

 

 ウラヌスでさえ、語る唇に力みが入っている。それほど今の光景は常識を超えていた。むしろこれを野生動物と断言出来る方がどうかしている。

 

 草食竜は既に息絶え、煙を上げて炎上していた。

 焔の海に悠然と佇む竜は焼けた肉を啄み食い千切り、咀嚼する。

 その少し向こうには動転のあまりすっ転んだ商店街の人々が複数いた。爆発からは逃れたようで、しばらくすると悲鳴を上げて時節こちらに振り返りながら遠方に駆けていった。

 しばらくして、飛竜はセーラー戦士たちの方に首を傾けた。

 

「グェ゙ヮワァ」

 

 裏返ったような、何にも形容し難い唸り声だった。

 鋭い目つきに太い眉のような鱗、そして大きく尖った嘴。悪漢にも似た厳つい顔の持ち主である。

 

「君たちはあの飛竜の相手を。私とちびムーンは、住民にこのことを伝えて避難させる」

 

 タキシード仮面はちびムーンをマントの中に抱き抱え、近づいてくる飛竜と睨み合いながら告げた。

 

「……ご賢明な判断です」

 

 プルートは一時目を瞑り、再びその飛竜に向かいあい宝杖で地面を叩いた。

 皮肉にもこの爆撃機じみた飛竜の襲来は、タキシード仮面……衛に、己のすべき道を与えてくれた。

 外部戦士にとっても同じ。使命の名において主たちを逃しこの非道なる飛竜を倒すべきだと、この現実が告げたのだった。

 

 戦士たちは再び、二手に分かれて駆け出した。

 先に飛び出したタキシード仮面に対し、飛竜は大きく口を開けて迫る。が、それは後から飛んできた水色と金色の光球の爆発によって阻まれた。

 怯んだ飛竜は、ぐるんと首を回して4人の人間に注目する。

 

「あなたの相手はこちらでしてよ」

「恨んでくれるなよ。先に攻めてきたのはそっちだからな」

 

 ネプチューンとウラヌスは、ヒールを鳴らしながら最も前に出る。

 下位の飛竜ならば致命傷にもなりかねない連撃だが、この飛竜にはほぼ効かなかった。

 

「ウ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オオオオオオオオオオンンンッッッッッッ!!!!」

 

 その飛竜は天を拝み、野太く低い声で雄叫びを響かせた。

 

──

 

 煙の手が、空を埋め尽くすように際限なく上がっている。

 幸い放棄された区画はガスも電気も断たれていたため、大規模な火事は起こっていない。それでもその光景は、遠くから眺める人々を威圧するには十分すぎた。

 

「なに……あれ」

「戦争でもおっ始まったのか?」

 

 自警団の先頭にいる四姉妹は、商店街から集いし『有志』を眺めた。

 

 ほとんどの人に、ハンターやセーラー戦士のように怪物たちを追い払う実力は無い。

 ならば何が彼らをここまで団結させたのか。それは勇気ではない。ましてや隣人愛や絆でもない。

 

 恐怖である。

 

 怪物に襲われるのが、自分だけ取り残されるのが怖い。そんな常に隣り合うリスクと不安を解消するために、必死になって群れている。

 他人と繋がり他人の中に埋もれることが、最も自分と家族の命を護る方法だと本能的に知っているから。現に、ほとんどの人々は確かめ合うように顔色を一々窺っている。

 

「やっぱり、この男が怪物どもを誘き寄せてきたんだ!」

 

 1人の青年が声を上げる。怒りの表明というよりは、恐れから来る絶叫だ。

 

「……それはっ」

「コーアン、あんた殺されたいの?」

 

 反駁しかけるコーアンをペッツは食い止めたが、そうする彼女自身の顔にも迷いが出ていた。

 当初は強く教官を拘束する縄を引っ張っていたベルチェとカラベラスの手も、下がり気味になっている。

 この胡散臭い髭男がちびうさの、セーラー戦士たちの仲間だと聞いてしまったからだ。

 彼らの言い分を肯定することは彼女たちを裏切ることになりかねず、その逆は自分たちが群衆に攻撃される可能性を孕みかねない。

 

「俺に任せろ」

 

 そんな姉妹たちの熟慮を待たず、肩幅の広い筋肉質の中年男が、ずかずかと大股で教官の前に歩いてきた。

 教官だけでなく周囲の自警団メンバーもびくりと肩を震わせて萎縮し、そそくさと道を開けた。

 

「や、安田さん……」

 

 岩のような顔をした男の目つきは正義感に溢れている。

 40から50代頃の見た目に反し、瞳の光は若々しく生真面目さが垣間見える。

 自警団全体がざわつき始めた。

 

「随分と愉快そうな面してるな。化け物どもを弱者にけしかけるのがそんなに楽しかったか」

 

 太い図体と低い声から溢れる威圧感に、教官、そして両脇で彼を縛るベルチェとカラベラスの顔にも緊迫感が表れる。

 

「お前はこの街をぶっ壊した。ガキの頃からやってた山崎の婆さんの駄菓子屋も。家内がよしみにしてた大阪さんとこの宝石店も……去年からのバブルでやっと日の目を見た俺の会社も全部、全部だ」

 

 言い募る男が手に持った、古びた金属製のバットが端っこから、水が伝うように銀色に光っていく。

 

「き、ききき貴様、何をするつもりだ!」

「少しくらい、分かる言葉を喋れないのか?」

「あ、あー分かった。貴様、6年前にタンジアで世話になった闇金のボスだな。そんならもう時効ってことで……」

「だから分かる言葉喋れと言っとるだろうがっ!!」

「ひいいいいいんっ!!」

 

 教官を此度の厄災の原因と信じるその男は、叫ぶと同時にバットを思い切り地面に叩きつけた。

 言語の違い以前に、もはや会話の体を成していない。

 四姉妹も、自警団の人々も、教官も、思わず肩を竦ませる。教官は子犬のような声をあげ、蹲ってぶるぶる震えた。

 対する男の瞳からは、怨みと怒りが積もりに積もっていくのがありありと分かる。

 

 遂に、バットを持ち上げた。

 

 ベルチェとカラベラスは、反射的に縄を持つ手を緩めてしまう。

 コーアンは、ペッツの拘束を破って駆け出す。

 

「駄目っ」

 

 コーアンは教官を庇おうと前に出た。

 それは男、安田にとっても意外だったようで。

 

「なっ……」

 

 しかし、いったん振り下ろした凶器の軌道は変わらない。銀光りするそれはそのまま彼女の背に直進し。

 

 ガァン、と鈍い音が響いた。

 

 沈黙が続く。目を瞑っていた人々は、少しずつ、恐る恐る目を開ける。

 

 1輪の赤い薔薇が、地面に突き刺さっていた。バットは路端に転がり、男は手の甲を押さえて唸っている。

 

 その向こうに、ハットを被った男の姿。そしてピンク色の髪の乙女の姿が並んでいた。

 

「その手をどけるがいい。この男を殴っても何の解決にもならん」

「……あっ、あんたらテレビの」

「タキシード仮面様とセーラーちびムーンよ!」

 

 男に次いで、女性陣の一部が黄色い声を上げる。

 セーラー戦士は東京ではメディアに取り上げられるくらいには有名人であり、街を護る正義の味方だ。

 

「皆の者、あの男と話し合いをさせてくれまいか。不安なら縄はそのままでいい」

「は、話し合いぃ? こんな人の形をした化物に、話が通じると思ってるのか!?」

「通じるさ。少なくとも、安易な感情と暴力に訴えるよりはな」

 

 そう叫んだ男に向けて、タキシード仮面は視線を鋭くした。

 

「我々はあちらの言葉が分かる。ここしばらくいなかったのは、我々があちらの世界に迷いこんでいたからなのだ」

 

 初耳の事態に、四姉妹を除く一同は半信半疑に囁きあう。

 

「……間に合ったのね」

「うん。コーアンもありがとう」

 

 ちびムーンの助けを借りてコーアンは起き上がる。

 それを見て、長女ペッツは群衆の前に出た。

 

「セーラー戦士さんたちが来たからには安心だわ。みんなも一旦、落ち着きましょう」

 

 そこでやっと、彼女は強気に出ることができた。特に、さっきバットを振りかぶった男に念押しするように睨む。

 男もこれ以上は分が悪いと踏んだか、渋々ながら引き下がった。

 そして遂に、ちびムーンとタキシード仮面が教官と対面する。

 

「な、なんだ貴様らは!? そのヘンテコな姿、まさかハンターか!?」

 

 教官は次は何をされるか気が気でないようで、身を捩って逃れようとする。

 セーラー戦士の不可思議な力によって商店街の人々のみならず、教官にも正体が分からないのだ。

 タキシード仮面は、アイマスクを教官に対してだけ見えるように外してみせた。

 

「……え゛っ」

 

 教官の顔が驚愕に染まる。

 それも織り込み済みで、ちびムーンは顔を近づけた。

 

「あたしたちよ。助けに来たの」

「き、貴様ら、なぜこの状況でアホみたいな仮装大会を?」

 

 2人の表情が、同時に固まる。ちびムーンの額にピキリと血管が浮かんだ。

 

「……もう助けるのやめとこうかしら」

「すみませんめっちゃかっこいいです助けて下さい」

 

 いちいち余計なことを言う癖も変わっていない。

 タキシード仮面はこほんと咳払い、アイマスクをかけなおして仕切り直す。

 

「教官。なぜあなたはここに来た?」

「……ここの連中が爆鱗竜に襲われそうなので、吾輩が助けに来てやったのだ。結果はこのザマだが」

「爆鱗竜?」

「その顔だと本当に知らんのだな」

 

 教官は、少女と男の瞳を真っ直ぐに見つめ言い放った。

 

「爆鱗竜バゼルギウス。それがヤツの名よ」




生きる爆撃機、バゼルギウス登場。
人vs怪物の話って終盤こういう人vs人になる場合が多いけれど、(進撃やまどマギなどの名作もその例)本作はそこをメインにしたいわけではないのでこういう展開はう〜んなんだけど、個人的にやはりこういうのも書いて楽しい〜となる場合もあるので長く引き摺らない程度に書く予定。
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