セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて 作:Misma
爆鱗竜バゼルギウスは、存在そのものが戦争である。
彼が縄張りとする範囲は広く、獲物や外敵に対し異様なまでの執着を持つ。
好奇心も一際強く、喧騒を聞きつけると積極的に介入する。
そして手当たり次第に首や尻尾の下部にある特殊な鱗……『爆鱗』を空中から地上に振るい投下、文字通りの『爆撃』を行い、目標を破壊せしめるのだ。
「数週間前から、バゼルギウスの徘徊する区域にこの集落があると知ってな。吾輩はこれをビジ……ボランティアチャンスとして捉えた」
教官は人差し指を得意げに立て、爆鱗竜の次にここに来た事情を滔々と語ってみせた。
「さっそく対策を授けようと隠れ蓑を被ってきたところ、突然アプトノスの機嫌が悪くなって操縦不能に……」
「あの大きなビール樽は?」
縄に縛られた教官が忙しなく身振り手振りを交える前、タキシード仮面が脇に置かれた荷車の方を向いた。
「あ、あれは……緊急時の飲み水だ!!」
「どうせバルバレの時みたいに、お金儲け企んでたんでしょ」
ちびムーンにジト目で苦しい言い訳も看破され、教官は「ぎっ」と声を上げた。
彼の性格からすると、あの荷車に積んである『商品』を対策グッズや嗜好品として売りつけるつもりだったと考えるのが自然だ。商魂逞しいとはまさしくこのことか。
更にタキシード仮面は指を顎に当て考えを深める。
「確か、バゼルギウスは最初にアプトノスを狙ったな」
「ねえ……まさか、教官の連れてたアプトノスを嗅ぎつけてきたんじゃ」
ちびムーンの推測が確かだとすると、バゼルギウスがやってきた直接の原因は──
そんな空気を察した教官は顔を真っ青にした。
「な……」
しばらく下を見てから、跳ね上げるようにして縛られた身体を前のめりにする。
「も、元はと言えばこの集落の連中の自業自得ではないか! 砂漠を緑化するなんて馬鹿をやらかすからこうなったのだ!」
傍から聞けば、みっともない自己弁護の言葉だ。だが初耳の言葉が気にかかり、タキシード仮面は眉を上げた。
「緑化?」
「どうやったかは知らんが噂になってるぞ。お陰でアプケロスが異常繁殖するわ、ガレオスどもの餌場がバルバレに寄って来るわで砂漠の生態系が乱れまくりだ!」
教官は足下のアスファルトの間から伸びた雑草をヤケクソ気味に引き抜き、眼の前に放り出した。
「草木があれば草食種が集い、更にそれを狙って肉食モンスターが寄ってくるなんて誰だって分かる。オマケにヤツが近くにいるというのに吾輩を見た途端、集団になって大声で騒ぎ立てると来た。あいつらは、自分で爆鱗竜を誘き寄せたも同然だ! 嘘と思うなら聞いてみるがいい!」
タキシード仮面は、背後に不安な顔を並べる商店街の人々に振り向いた。
「……街のなかで霧の向こうに行った者は?」
「壁を作るくらいよ。そんな物好きいると思う?」
即座に四姉妹の次女カラベラスは、いかにも有り得ないと言いたげな顔をする。
次に長女ペッツは目で自警団に問いかけるが、誰もかれも困惑気味に首を横に振る。
確かに、とタキシード仮面は目を伏せる。
怪物を恐れる人々にとって、あちらにわざわざ向かってまで開拓するメリットはない。
緑化の原因はどうもこの街の住民ではないらしい。
だが、こんな状況で教官が苦し紛れの嘘をついているようにも見えない。
それでは、いったい誰が。
しかしそんな悩みを断ち切るようにして、タキシード仮面は教官の顔を覗いた。
「……教官。折入って頼みが」
すると彼は目を丸くして、いきり立った。
立ち上がった彼に姉妹や群衆は驚いて、一斉に肩を揺らす。
「おいおいおいおいおい貴様ら、吾輩を助けてくれるって約束じゃないのか!?」
「君の安全は我々が保証する。その代わり……」
「いいや、絶対帰る! こんなとこ一刻でも早くおさらばに決まってる!」
教官は何度も縛られた身体を揺すり、タキシード仮面の制止を振り切ろうとする。
これまでの扱いを見れば当然とも言えた。
「この吾輩でも、あの娘ほどの慈愛はないぞ! ましてやあんな凶暴な連中なんかのために……」
「ここは、その故郷なのよ!」
自警団の方を指差していた指の動きが止まる。
あちらの世界の言語が分からない住民たちは、固唾を呑んで先を見守っていた。
「……なに?」
「虫の良い話だなんてわかってるわ。だけど、それでもここは……あたしたちにとって大切な故郷なの!」
「ここの人々はモンスターも、ハンターの存在さえも知らない。だから知らないものから自分を護ろうと、余計に恐れている」
ちびムーンとタキシード仮面の言葉を受けて、教官は、自警団の人々の顔ぶれを見つめた。
そこにあるのはやはり、怒りとか憎悪というよりも怯えだった。
いったい彼は何を言って何を考えているのか。そんな不安が透けて見えるよう。
言語が違うゆえに、姿が違うゆえに、住む世界が違うゆえに、彼らは威嚇しつつ距離を離している。
「逃げるのは一向に構わん。だがその前に、どうか教えてくれないか。あなたがこの地の人々をどう救おうとしたのかを」
「……」
タキシード仮面の提案に、教官は唇をへの字に曲げて黙りこくっていた。
──
「ヴォォォオ゛オ゛オ゛ォォォオ゛オ゛ォォォォォ……」
爆鱗竜バゼルギウスは人にも似た声で低く唸り、天然の焼夷弾を手当たり次第にばら撒いていた。
既にあちこちの空家の屋根には穴が空き、煙と火の手が上がっている。
道路のアスファルトが砕け散り、所々、舗装されていた地面が剥き出しになっている。
「攻撃の手を緩めるな! こちらにヤツの意識を引きつける!」
ウラヌスは爆鱗の雨を掻い潜って屋根に跳びあがると同時、掌から金色の光球を発射した。
しかし滑空する爆鱗竜の動きは素早く追いつけない。
「ディープ・サブマージ!!」
間髪入れずネプチューンが深海色の髪を翻し、高圧水球を投げるようにして放つ。
だがそれも今しがた爆鱗竜の手前を塞いだビルが盾となり、着弾とはならず。
再びビルの陰から姿を現した爆鱗竜は、セーラー戦士に向かって高度を急激に落とす。
不運なことに、路上に倒れた樹が彼女たちの行く手を塞いだ。
前も後ろも、既に無差別に撒かれた爆鱗が蒸気を上げその時を待っている。
次に左右を素早く確認したプルートが叫ぶ。
「路地裏に!」
辛うじて近くのビルの間に滑り込むと、連鎖爆発が烈しく横の空気を打ち、炙った。
衝撃と熱気に、セーラー戦士たちは反射的に顔を背ける。
決して彼女たちが手を抜いているわけでも、実力が及ばないわけでもない。かの爆鱗竜から落とされる爆鱗の量が異常なのだ。
あの天然の爆弾は飛竜の一挙一動で簡単に剥離し、こちらの行動を制限する地雷と化す。
爆鱗竜はそれを知ってか、爆鱗を眼下に大量かつ無差別にばら撒く。
そうして物量任せにこちらの自由を奪ったあと──先ほどのように狙いをつけ、一挙に爆破するのである。
サターンが路地裏から顔を突き出すと、その先には焼け野原が広がっていた。
四角に整えられた区画は建物という綺麗な化粧をひっぺがされ、今や室内が露出し瓦礫が散乱する、戦場のごとき惨状だ。
黒色と朱色に煙るなかで爆鱗竜は吼え、再び目標を見つけんと羽ばたき空へと消えた。
「このままでは被害範囲が……!」
再び隠れたサターンの呟きは、半ば静かな悲鳴だった。
今は放棄された無人地域だから人的被害はないものの、街の破壊は人々の生活を奪うと同義。
更には、人がいる商店街はここからそう遠くないという懸念があった。
短期決戦を狙わねば、最悪の事態になる。
ネプチューンはそれでも冷静に、地上から炎に照らされる竜の姿を見上げ熟慮する。
「……あの飛竜、滑空は上手いけれど羽ばたくことは苦手と見えるわ」
同じ方向を見つめていたプルートは別方向へ視線を持ち上げる。
赤紫色の眼に映ったのは、街の中でも一際大きい商社ビルだった。
「とにかくこちらが地上にいる限り、勝目は薄いでしょう」
そのビルは爆鱗竜の飛空高度よりも高い標高なためか、周囲と比べても無傷な方だった。
「……あれしかないな」
ウラヌスの一言を合図として。
飛竜の姿が見えないのを見計らい、彼女たちは飛び出す。
そのまま煙に身を隠しながら穴の空いた道路を飛び越え、商社ビルへと直行。
ある一軒家の屋根の上を踏み台に、跳躍する。
スカートの下から伸びる脚が弧を描き、ガラス張りのある窪みを足場とし、ばねのように曲がって。
垂直に跳ねた。
重力に逆らって真上に飛んだあと、次の窪みにブーツの先を引っ掛け、またしても飛ぶ。
そうして1分もしない間に屋上に辿り着くと、4人はそこから爆鱗竜の姿を探す。
すぐ見つかった。
ゆっくり旋回して地上を監視している。
どうやら、こちらを排除したと安心しきっているようだ。
「なるほど、これなら狙いやすい」
俯瞰したウラヌスは再び拳を握り締めた。
金色の光が指の間から漏れる。
「ワールド・シェイキング!!」
そのまま、掌に現れた光球を投擲。
それは深く弧を描いて飛ぶと、バゼルギウスのすぐ近くで爆発した。
「ヴァァァ゛ァ゛ヴゥ゙ッ」
衝撃波に煽られたバゼルギウスは甲高い驚きの声を上げつつも体勢を立て直した。
首を回し、煮え滾るような視線で『敵』を探す。
逃げることなど考えてすらいないようだ。
「いい子ね」
ネプチューンとプルートも、攻撃を続けて放つ。
だがいずれも遠距離であったためか、翼の端や胴体に命中して有効打とはならない。
それほどしない間にこちらに気づかれた。
バゼルギウスは、更に高度を上げようと翼を羽ばたかせた。
「まぁ、そうするしかないよな」
ウラヌスはこちらを見上げ睨んだ飛竜に向かい、そう独り言ちた。
商社ビルを中心に旋回しつつ、こちらがいる天井へ確実に迫る竜の軌跡。
しかしそれは滑空の時と比べれば目で追える速度だった。
爆鱗竜は下方への『爆撃』という攻撃手段を持つ故に、地上に対しては圧倒的な制圧力を誇る。
さりとて、己より高所にいる相手には手も足も出ないのはこの飛竜とて同じ。そのため、こうして高度を稼ぐしかないのだが。
爆鱗の重量ゆえか、こと飛行に関してはまさにネプチューンの読み通り鈍重そのものだった。
いよいよ爆鱗竜は唸り、勢いをつけて一旦身体を沈ませる。
それから勢いをつけ、急上昇。滑空の応用形だ。
一気に高度を上げてビルの屋上を望んだバゼルギウス。それを見据えるセーラー戦士。
忌々しき敵と睨み合う。
爆鱗竜は爆弾をその身に抱え、翼を畳み突撃体勢に入る。
しかしいま、彼女たちにとって今の爆鱗竜は──
いわば動く的。
となれば当然。
「デッド・スクリーム!!」
プルートが白杖から放った、凄まじいエネルギーを秘める紫の光球。
それが弾丸状の頭頸部に、掠めるようにして命中した。
バゼルギウスは強烈な衝撃の余波に頭を揺らす。
「ヴヴォォォ゛ォ゛ヴッッ」
巨体が狙いを外して柵を突き破り、ビルの屋上を滑るようにして不時着した。
首元に垂れ下がっていた爆鱗のいくつかが衝撃で爆発、屋上を削る。
バゼルギウスは完全に倒れはせず、片脚の踏ん張りで無理やり身体を起こした。
それでも昏倒しかけているのか、涎を垂らして目を何度も瞬かせている。
これで一時的ながら街への空爆を封じ、地上戦へ持ち込むことも叶った。
ならばやることは1つ。
爆鱗竜の顔を、黒に近い紫光が照らした。
塵が舞い上がり、風がある一点に向かって吹き込む。
そんな超自然現象を生み出すのは、ウラヌス、ネプチューン、プルートのどれよりも背の小さい少女のセーラー戦士。
彼女は黒いおかっぱ頭を靡かせ、二叉の槍を前方に構え詠唱を始めた。
「サイレンス・グレイヴ・サプライ……」
この一撃さえ当たれば、爆鱗竜は間違いなく跡形もなく消滅する。
溜めに溜めた破滅のエナジーを、サターンは沈黙の鎌の先から弾き出そうとした。
しかし、あまりに本能的に危機を感じる光景だったからか。
バゼルギウスは気を取り戻して咄嗟に首を振るい、前方に放り投げるように爆鱗を飛ばす。
そのうちの1つがサターンの足下へ転がった。
「はっ……」
危険を察知した彼女は、すぐさま攻撃を中断して飛び退く。
それを追うように、バゼルギウスの口から焔が拡がった。
他のセーラー戦士もその場から離れる。
吐き出された火炎は爆鱗に引火。
爆竹のような破裂音と朱い色の炎が屋上を這い、駆ける。
仲間たちと辛うじてその間をすり抜けたウラヌスは唇を噛む。
「次から次に新しい動きを!」
ビルの屋上は戦場とするにはあまりにも狭い。
爆鱗竜の全長だけでも、屋上の面積の3分の1ほどを圧迫している。
そんな空間に爆鱗が撒き散らされれば苦戦は必至。
先ほどサターンが回避を強いられたのも、この戦場の狭さが原因なのだ。
出来れば先の一撃で仕留めたいところだったのだが。
不安の種はそれだけではない。
いま目の前にいる爆鱗竜の頭部──
それを構成する網目状の鱗の合間、首下から葡萄のように無数に垂れ下がる爆鱗が紅に光っている。
体内が燃えているよう、とも比喩できようか。
見るからに不気味で、危険な雰囲気を醸し出している。
バゼルギウスは前のめりに構えると、そのまま自らの頭を擦り付けるようにして身体ごとこちらにぶつけにかかった。
動き自体は至って単純。何の苦もなく避けたネプチューンは、そのまま接近して追撃を試みる。
しかし攻撃と共に撒き散らされた爆鱗を見て、血相を変え、足裏を軸に踵を返す。
紅く染まった爆鱗が、元々彼女のいた地点に接地すると。
即座に爆発した。
火の粉とコンクリートの破片が舞い、ネプチューンの海波が如き髪の端っこが焦がされる。
「ある程度覚悟はしていたけど……まさかここまで厄介だとはね」
爆鱗竜の身体からは今も爆鱗が勝手に零れ落ち、片っ端から爆発する。いわば自動的な障壁となる。
セーラー戦士たちが近寄って来れないと見たバゼルギウスは、翼を大きく広げた。
回転しながら飛び上がると同時、爆鱗が同心円状に大量に撒かれる。
屋上を埋め尽くす火の雨に、またしても戦士たちは回避を迫られた。
バゼルギウスは空中から急降下し、噴き乱れる炎の中を踏みつける。
「っ!?」
戦士たちは、嫌な感覚のする震動を足下から感じ取った。
続けてみしり、みしりと音がする。
ビルの天井は、そう何度も爆発に耐えられるようには出来ていない。
ましてや人間の何十倍の体積を持つ生物が、勢いをつけて落下したとなれば。
当然、圧壊する。
足場を失った戦士たちは、突如屋上に出来上がった穴から滑り落ちた。
ビルの屋上まで通されていた配管が断ち切れ、アナログアンテナや給水タンク、変電設備までもが屋内へと雪崩込む。かつてどこかの社長室だったのであろう、最上階の落ち着いた雰囲気の内装は、コンクリートの雨に完膚なきまでに殴られた。
バゼルギウス以外、サターン以外のセーラー戦士が瓦礫の海に埋もれていた。
「みんなっ……」
「問題ない!」
サターンの叫びに、ウラヌスの声がすぐ答える。
彼女は片手で天井の破片を突き飛ばし、庇っていたネプチューンの手を引き上げた。
プルートも白杖で瓦礫を弾いて、五体満足で立ち上がりかけている。
「ヴヴォォォォヴッッ」
サターンが安堵するのも長くは続かず。
爆鱗竜は爆鱗が周囲の瓦礫を吹き飛ばしたことでいち早く復帰した。
爆鱗をばら撒きながら、螺旋を描くようにして高度を上げる。
彼の翼を水平にして行く方向、炎とは別の光で明るく染まる空を見て、ネプチューンは目を見開いた。
「あの方向は……商店街!」
すぐさまセーラー戦士たちは後を追った。
バゼルギウス、自然の地形よりも街に来た方がかなり被害が甚大になる気がする。なんたって無差別爆撃だからね…。