セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて 作:Misma
海面のように波立つ空から陽が差し込み、白い砂浜の斜面を更に白く照らし出す。
それを、永い年月を経て石灰岩となった陸珊瑚が囲んでいる。
水はどこにも一滴すらない。
むしろここは、激しい風が吹き荒ぶ高所だ。
蝶のような生き物が宙を横切る。
体躯は人家並みに大きく、それを覆うは硬い鱗。
表を黒い十字紋の入った青に、裏を混じり気のない乳白色に光らせ。
花弁を思わせる翼を躍らせて。
冷風と己が身を一体として、螺旋を描く。
「ィエエエエッッッ」
砂丘に霜が降り、攻撃的な形に走った氷柱を生み出す。
舞のパートナーたる少女たちは、各々の武器を背負いつつ軽やかにその場から離れた。
風漂竜レイギエナ。
この陸珊瑚の台地に君臨する、生態系の頂点である。
二対の頭角からは背へ伸びるように膜が張り、正面からは逆さまの三日月にも見える。細長い尻尾にもヒレ型の膜が扇のように広がり、流麗な三角を成していた。
空で身を翻したレイギエナが翼をはためかせると、その下にある分泌腺から冷気が一直線に飛ぶ。
目に見えるほど白く染まった強風が、一瞬で凍った道を形作った。
レイの腰まで伸びる黒髪が、すぐ隣を通り過ぎた突風に棚引いた。
彼女は炎形の鞘に蒼い刃を持つ太刀『斬竜刀ヘルヘイズ』を手放さないよう腰を低め、一時視界に入った髪に目を細めた。
やがて姿勢を整えると、炎王龍の防具と同じ朱い色の焔に刃を光らせたまま、歯を食いしばる。
「……また飛んだわね」
レイギエナは空中戦を強みとする。
頭部、翼、尾の膜により巧みに上昇気流を捉え、獲物や敵を撹乱するのである。
そのため狩人にとっても、一旦飛ぶとなかなか手がつけられない相手となる。
ちょうどそこに、鎚を後ろ手に構えた武者が斜面を滑ってきた。
その少女、まことの位置は風漂竜より高い。
亜麻色のポニーテールを後方へと暴れさせつつ、腰を落とすことで摩擦を減らし滑走している。
得物に見合わぬ細い指が握った金属の柄に、青白い雷が走る。
鋭い目つきが振り返るとほぼ同時、雷狼竜の鱗を纏った彼女は、砂粒を散らし跳び上がる。
「でえええぇぇぇぇぇりゃあああああっ!!」
一見華奢な少女は、男にも引けを取らない豪快な雄叫びを上げた。
身体をしなやかに捻り、背を丸め──
空中で大車輪。
『王牙鎚【大雷】』から何回も迸る電撃が、レイギエナの尾、背中、そして頭へ流れるように叩き込まれた。
「キゥルイイイイッ」
怯んだ風漂竜は流れるように地上へ降りた。
続けてその場で回転、ちょうど目の前にいたレイとまこと目掛け、尻尾の膜を振り抜く。
直後に薙いだ付近を雪片が舞い、霜が円形に張られた。
だが、彼女たちは離れた位置にいたため攻撃を喰らわない。
レイギエナは飛び込むように前転、宙返りを決め。
尻尾を叩きつけると冷気が放たれ、大地から氷の剣が伸びる。
それも、剣士である彼女たちは敢えて攻撃を行わず回避に専念。
「これでも喰らいなさいっ!!」
次に声がしたのは、砂浜を囲む珊瑚の上からだった。
美奈子だ。
『ファルメル』と呼ばれる蝶素材を元に黄色く染色された装備は、レイギエナの目を引くのも納得のド派手さを誇る。
その手に持つのもまた、身の丈に合うか心配なほどの巨大な弩砲。
狡猾な蛇竜から造られた、黄と草色のカラーリングが特徴的な『バイティングブラスト』である。
風漂竜が挑発に乗ってそちらを見上げてくれたのは、実に好都合であった。
引き金を引いたのを起点とし、大口径の砲口から徹甲弾が射出。
火薬と守護星の力による加速度を得て、金属製の竜の頭部に深く突き刺さる。
「ルエェェェェェェッッッ」
散らされる火花に視界を塞がれた風漂竜が悲鳴を上げるが、弾に内蔵される遅延信管は反応を待たない。
火薬が炸裂し、爆風と破片が鱗を抉る。
間髪入れずレイが太刀を横薙いだ。
レイギエナの片角が弾け飛び、巨躯が揺らぐ。
大回転斬りを決めた少女の手にある刀は、赤く燃え盛っていた。
「そろそろ捕獲を!」
美奈子の隣に並び、水鉄砲に似たライトボウガン『あまぶとや軽弩の水珠』を番える亜美が叫んだ。彼女の見立てでは、レイギエナの体力は捕獲ラインに入っていた。
体力が数字として分かるわけではない。判断の根拠は、竜の傷や動きの鈍りから見た『勘』である。
レイギエナは地と空とを自在に行き交う、接近戦を挑む剣士にとって厄介な相手だ。
だからこそ空舞に惑わされにくいガンナーが動きと流れを読む。彼女たちが隙を作り、その間に剣士が攻める。
しかし、レイギエナも馬鹿ではない。凄まじい脚力により飛び立つと一気に上昇、ガンナーたちのいる岩場まで一気に飛んだ。
「まぁ、そりゃ気づかれるわよね!」
亜美と美奈子の顔色は変わらない。その隣から、1人の少女が空中へと飛び出す。二束の金髪が上昇気流によって広がった。
うさぎである。
彼女は左手のスリンガーを構え、先端部から爪のような形をしたアンカーを撃ち出した。クラッチクローと呼ばれるその機構は、レイギエナの頭部を掴む。
再び彼女がグリップを持つ手を緩めると、伸びていたロープは巻き取りを開始。竜の頭へ瞬く間に張り付いた。
「キュルエエエエッッッ!?」
またしても不意に視界を塞がれたレイギエナは、彼女を払おうと首を振る。
しかしうさぎは構わず、その背にある柄を持った。
取り出したるは、蒼き火竜の棘々しい甲殻に包まれた大剣『煌剣リオレウス』。
彼女は切っ先に飛び出した骨の巨刃をレイギエナの青い額に押し当て。
足をかけ、全体重をかける。
「はぁぁぁっ!!」
重力という何より大きな力が加わることで、大剣はメリメリと音を立てて鱗を剥がした。
傷の中に白い皮膚が露出する。
「あとはお願い!」
「ええ、任せて」
うさぎが落ちざまにそう叫んだ時、亜美は、薬室に赤い薬莢を装填し終わっていた。
銃口を向ける。
視界を取り戻したレイギエナが、再びガンナーたちを見据える。
撃ち出された捕獲用麻酔弾は、鼻先に2発着弾。
上がった赤い煙にレイギエナは驚き、一時首を振った。それを確認した美奈子は即座に、足元にいる─アイルーにしては華奢な─白猫に叫んだ。
「アルテミス、『痺れ虫』!!」
「ああ!」
青いポンチョ風の装備を着た彼は、腰にぶら下げたポーチからネット状のものを取り出した。
亜美含めた彼女たちは、ボウガンを構えたまま飛び降りる。
「地上に誘導よ!」
これで、少女たちは同じ地上に足を揃えたことになる。
ただ、レイギエナは素直に降りようとはしない。
飛行が出来るという利点を無駄にするわけがなく、大きく羽ばたくと、体躯を高空まで浮き上がらせる。
人の剣よりも大きい爪を開く。眼下に集まる少女たちめがけ、急降下を仕掛けた。
一気に砂浜へ近づく段階に差し掛かったところで、竜の視界は突然光に塗り潰された。
「キュィエエエエッッッ……」
レイギエナは、揚力を喪い砂浜へ墜ちる。
光の出処は、いつの間にか編まれ砂浜に置かれた草籠だった。
レイがスリンガーに散った鱗の鋭い破片を装着し、閃光羽虫が閉じ込められたそこへ飛ばしたのである。
「『足止めの虫かご』設置しといて良かったわ!」
「ルナ、ありがと!」
うさぎが、横に並んだ鎧というには可愛らしい毛皮のコートを纏った黒猫に賛辞を送る。
彼女の御付き猫であるルナだ。
亜美の判断を、仲間たちは臆面もなく信じていた。
だからこそこうして捕獲を前提とした行動を展開している。
やがて、レイギエナは起き上がった。
未だ視界は取り戻していない。だがどこかに敵がいることを知る竜は、手当たり次第に薙ぎ倒そうと突っ走った。
しかし、それが不運だった。
途中で地面に縫い付けられたように動きが止まる。
アルテミスが置いた罠『痺れ虫』を踏んだのだ。
脚から麻痺毒を注入された風漂竜はガクガクと痙攣するが、長くは続かない。
やがてそれはくらりと頭を揺らめかせ、その場へとゆっくり身体を沈ませた。
やがて、すぅすぅと安らかな寝息を立てる。
「レイギエナ、捕獲完了っ……と!!」
美奈子が閉じられた瞼を確認して告げると、一気に少女たちの肩が脱力した。
先ほどまで縦横無尽に大暴れしていた風漂竜は今や、肩を動かす程度の動きしかしていない。
頭部を中心として各部位に走る生傷が、苛烈な戦闘と生命力の高さを物語っている。
古龍を退けた彼女たちにとって、飛竜は通過点となった。
彼らを低く見積もるようになったわけではない。
狩猟における戦況を以前より冷静に、客観的に見れるようになったのだ。経験が人を何よりも大きく成長させる、その良い一例である。
亜美は天を見上げ、陽の傾き具合を測った。
「……約7針、といったところね」
この世界では1日の長さを50分割し、1つ分の単位を『針』として狩猟時間を計測する。
彼女たちは風漂竜を、現実時間でいうとおよそ3時間強で制したことになる。
上位ハンターとしては十分、平均以上の速さだ。
やがて完全に静まった砂浜に、軽い足音が複数響く。それは次第に大きくなり。
岩場の上から姿を表したのは、木の柄に鋭い骨を付けた簡易的な武器を持つ、猫に似た生物たちだった。
アイルーよりも耳が長く、首元には襟巻のような体毛を持ち、身体はすらっと伸びたような形をして独特の紋様が浮かんでいる。
明らかに喜々とした顔で跳ねながら杖を何度も振る姿は、アイルーにも劣らない愛くるしさがあった。
「みんな、『さすがはチョウサダンだ、ありがとう』だってさ!」
ルナたちとアルテミスは開いた辞書を見て、にっこりと微笑む。それに釣られ、うさぎたちも頬を緩めた。
このレイギエナは嵐の夜以後に北から侵入し、原住民である彼らの縄張りを荒らし回っていた。
新大陸古龍調査団は以前から、円滑な調査のため彼らと協力関係を結んでいた。この狩猟も取引の一環で、この竜を狩る報酬を『嵐の夜に関する情報とキリンの痕跡』と契約していたのである。
まず彼らは約束通りいくつかの白い鱗、そして体毛を差し出してくれた。
美奈子はそれを肉球のある手から受け取ると、鱗の1つを濃紺の空に浮かぶ陽にかざす。
「はぁーさすがは古龍、取れるモンも一級品ねぇー」
「……間違ってもネコババはやめなよ?」
「あ、あたしをなんだって思ってんのよ!」
うっとり悦に浸っていた美奈子は腕を組んだまことの言葉に驚き、切って返した。ポーチを慌てて隠そうとした辺り、ちょっとした独占欲が見え隠れするが。
その蓋からには既に、白い毛や鱗がいくつかはみ出している。
腰を下ろしたままそれを見たレイは、目端を疑い深そうに歪めた。
「にしても古龍があんなに鱗や毛をぼろぼろ落とすって……いったい何があったってのよ」
これらは一旦研究基地に引き渡し、研究してもらった後はほとんどが『6期団』の所有物になる……のだが、目の前の量は予想の斜め上を行っている。不気味ではあるが、さぞかし研究者たちも喜ぶだろう。
この分ならば、美奈子が喉から手が出るほど作りたがっている『キリン装備』重ね着の完成もいち早く目処が立つように思われた。
一方、ルナとアルテミスは砂上に通訳用の辞典を開いてテトルーたちの話を聴いている。
うさぎは大剣を砂に突き立て、右手に持った狩猟祝のこんがり肉を口に運びつつ彼らの傍に寄った。亜美も興味を引かれ、ライトボウガンを背負い直しその横に並ぶ。
「ルナ、なんて言ってんの?」
「うーん。やっぱり嵐の夜当日、キリンの様子がおかしかったらしいわ」
うさぎの問いに、ルナはそう答える。隣のアルテミスも、真剣に身振り手振り交える原住民の、一見ニャアニャアとしか聞こえない言語に耳を必死に傾ける。
発声方法が似ているからだろうか、アイルーと同じくこの猫たちも、辞書を見ながらであれば彼らの言語を理解しやすいようだった。
リハビリを終え狩場に復帰した彼らの仕事は、こんな意外なところにもあったのである。
「ふむふむ、前日までは平和に共存出来ていたのに、嵐の夜、突然狂ったように暴れ出して……」
「そこからはもう雷の嵐。みんな避難して、やっと嵐が止んだと思ったら姿はなし。これまで聴いた話とさほど変わらないわねぇ」
一通り話を聞き終えた猫たちの反応に、特に大きな驚きはない。それは少女たちも同じである。
ハンターノートのメモ欄を眺める亜美は、ペンを顎に押し当てながら唸る。
メモには日付と原住民から入手した情報が記載されている。情報の更新は、一昨日のもので止まったままだった。
「もっと手がかりが欲しいわね。もっと奥を知ってる人はいないの?」
彼女の言葉をアルテミスが翻訳する。
5匹のテトルーたちは互いの顔を見合うと一時押し黙った。
そのうちの1匹が、迷いつつもニャゴニャゴ口籠るように呟いた。言葉の内容を知ったルナは目を見開き、すぐ振り返った。
「ガジャブーの奴らならもしかしたら知ってるかも、ですって」
「ガジャブー?」
「確か、気性の荒い獣人族……だったっけ。でも、彼らの本拠地はもっと奥地でしょ?」
うさぎのオウム返しに答えるようにして、レイが指摘する。
ガジャブーは『奇面族』とも呼ばれる種族で、モガ村にいるチャチャやカヤンバが属するチャチャブー族と似通った面がある。
最初にその名を出した1匹に対し、あとのテトルーたちは微妙そうな表情を浮かべる。あまり口に出したい名前ではなかったようだ。
しかし突然、テトルーの1匹が決心したように飛び出す。彼はうさぎたちを導くように砂浜の下へと走り、断崖から飛び降りた。
「あ、案内してくれるの!?」
身体の軽いルナとアルテミスが先頭に。
その次に誰よりも痕跡が欲しい美奈子、
ちょうど手ぶらだったまこととレイ、
ハンターノートとペンを急いでしまう亜美、
そして僅かに骨にこびりついたこんがり肉を口に咥え、大剣を必死に引き抜いたうさぎの順に続いていく。
崖下には、青みがかった珊瑚由来の大地が広がっている。海藻に似た植物が所々で風に吹かれ、段状の珊瑚がある以外は見晴らしの良い平地で、西側には幻想的なピンクに染まる華やかな『珊瑚林』を眺められる。
テトルーは追いついてきた少女たちに振り向いて、北の方角に続く道を杖で示す。
その先はまだ彼女たちが足を踏み入れていない場所だった。地図上ではエリア10と11へと繋がる方面である。
「なるほど……あそこね。次の目的地は」
次に行くべき道が拓かれた。誰もがそれを疑わず、前に進もうとした時だった。
もう1匹のテトルーが駆け込むように少女たちの前へと割り込んだ。案内してくれたテトルーに肩を怒らせ、ふしゃーっとしかりつけるような鳴き声を立てる。
彼はすぐ、少女たちへまくし立てるように喋り始めた。その様は必死にこちらを食い止めようとしているようにも見えた。
「『今行くのはとてもキケンだ! 奴らは奥地から突然たくさんやってきて、無理やり俺たちの部族の住処を乗っ取りやがったんだ』……」
アルテミスによる通訳を聴いたうさぎたちの間に困惑が生まれる。
人間でいえば侵略行為にも等しい事件だ。今まで、そんなことが起こったなどとは資料にも記されていない。むしろ、混じることはなくとも同じ地域に争うことなく共存しているという記述があったくらいである。
「の、乗っ取った……!?」
「今までの子たち、そんなことちっとも言ってなかったわよ!?」
うさぎに続け、美奈子が言葉が通じないに関わらずテトルーへと顔を寄せて疑問を言葉にした。
ルナから翻訳を聴くテトルーの肩は、在りし日のことに怯えるように縮こまっていた。
「『何があったかは知らないが、今のあいつらは獣のように残忍かつ凶暴で、言葉が通じないと思って良い。下手な飛竜より恐ろしい。だから俺たちは敢えて今まで言わなかった。悪いことは言わないからチョウサダンも別の方法を探したほうがいい』……」
うさぎは唾を黙って飲み込む。
『下手な飛竜よりも恐ろしい』というのはよっぽどである。
飛竜とは生態系の頂点であり人からも畏怖の対象とされる生物。それをも凌ぐというのだ。
日常的に自然の脅威に接する原住民がこう言うのだから、人間にとっては言わずもがなである。
「……行きましょう。あたしたちが行かないと、何も始まらないわ」
だが、うさぎは仲間たちを見やって口を開く。
今しがた狩猟を済ませたばかりの少女たちは、脂のついた武器の刃を砥石で研ぎ、携帯食料を噛む。次なる舞台に備えて万全の準備を、北に視線を向けたまま行う。
反対する者は、誰一人としていない。
彼女たちの意思を察したルナとアルテミスは原住民たちに『安心してくれ、方法を探してみる』とだけ伝え、崖の上に帰らせた。
他の5期団のハンターたちは、古代樹の森や大蟻塚の荒地の安全を重点的に護っている。魔女の魔の手がかかっている可能性がある以上、陸珊瑚の台地の調査は事実として彼女たち『6期団』の双肩にかかっているのだった。
──
白い砂浜で出来たなだらかなスロープを、少女たちは歩いていく。
左手には、人家より大きいつぼ型の珊瑚が密集している。その間にはしな垂れた枝を持つ柳に似た巨大珊瑚が根を張り、枝から豊かに咲いた桃色の『花』からは卵が雪の如くゆらゆらと舞っている。それを食べるために純白の柔毛に包まれた翼竜ラフィノスが群れて羽ばたく姿は、遠目からでも十分目を引く美しさだ。
彼女たちが踏みしめるのも元はといえば白化した珊瑚。この台地は、誇張でなくすべてが陸に適応した珊瑚によって創造されているのである。
左の景観に見惚れていた少女たちだったが、美奈子がふと背後を振り向く。
誰もいない。
美奈子はふん、と鼻を鳴らす。
彼女は片膝立ちになると、中折れ式のヘビィボウガン『バイティングブラスト』を元の形へと組み立てる。
薬室ハッチを開け、ポーチから取り出したLV2通常弾を8発装填した。
ハッチを手早く閉めると双腕で銃身を持ち上げ、取り出した銃口を転回させ抜け目なく後方へと回す。
「念のため背後用心しとくかぁ。『焼菓子は叩いて砕け』ってねー」
「それを言うなら『石橋は叩いて渡れ』……」
相変わらず治らない間違いだらけのことわざにアルテミスは突っ込みつつも、相手する時間すら惜しいと言わんばかりに先を行った。
一方で、真ん中辺りにいたうさぎは一番行進が遅れている美奈子に気づいて振り向いた。
やがて彼女は仲間たちに「ちょっと待って」と呼びかけ、美奈子に寄った。
「美奈子ちゃーん、何してるの?」
「ああ、かっこよく言えば『哨戒』ね! ガジャブーの奴らがどこから攻めてくるかわかんないでしょ?」
美奈子は弩というよりは銃そのものの見た目である武器をうさぎの目の前でまさに軍人の如く構え、どん!と効果音でもつきそうな勢いで得意げに首を傾けてみせる。
それを見せられたうさぎの瞳の奥が、少し暗く沈んだ。
胸を張る美奈子に、うさぎは黙って黄と草色の甲殻に覆われた銃身に手を置いた。
「……武器はしまっていこ」
「へっへーん。でしょでしょ、散々武器を迷ったあたしでも今となってはここまで……ってえええええ!?」
言われてから、少し遅れて甲高い絶叫が響いた。
「そ、そりゃダメよ。あたし、仮にも守護戦士ですもの! ちゃんとうさぎちゃんのことは護らなくっちゃ!」
美奈子は慌てて首を振るが、うさぎは目立って非難するでもなく静かに首を横に振る。
「あたしたちがこの大陸に来てるのは戦争をするためじゃないよ。むしろ、その逆」
「……うさぎちゃん」
「ひとまず、みんなと一緒に行こ。美奈子ちゃんだけ残すのも却って危険だし」
「……うん、まぁ、分かったわ」
後ろ髪を引かれるようながら、美奈子はため息交じりに銃身の留め具を外し再び中折ったのだった。
──
エリア10は、高く聳えた珊瑚の内部が崩れたことで出来た縦方向の空洞から成っている。
薄暗くなってはいるが、天井が崩れているので洞窟といえるほどの密閉空間ではない。
現に頭上には赤い葉をつけたツタが壁一面にびっしりと繁茂しているのが陽光に照らされてよく見える。更に上層には断崖が巨人の階段のように連なり、そこから網目状の紅珊瑚が壁へと枝を伸ばす形で、鮮やかな空中回廊を作っていた。
うさぎはその途方もなく遠い天井を、手を額に翳して見つめる。
「ひえ~、すっごーい……」
いったい何層まで連なっているのだろうか。天然の珊瑚の塔はまさしく、人の常識を超える大自然を表現している。
「うさぎちゃん、上に用はないわよ?」
「あ、ごめんごめん。あまりに凄い風景でさぁ」
ルナが言う通り、余韻に浸っている暇はない。今から行くべきは空洞外の細道に続く狭い穴だった。そこから、本来のテトルーの住処であるエリア11に直行できる。
うさぎもすぐ追いつき、エリア11へ進むべく今から歩を進めようとしたその時だった。
丸っこい壺が1つ、こん、と音を立てて前方に落ち、転がってきた。
「……?」
揃ってポカンと口を開ける。
壺の口付近からは導火線らしき紐が伸びており、火がついてじじじと音を立てている。
「わ、わーっ!?」
うさぎたちが一斉に背を向け倒れるように伏せた瞬間、爆音が轟く。
直撃は免れたが、破片のいくつかが放物線を描いて彼女たちの防具に当たる。
「あーもうどーなってんの!?」
「真っ暗、真っ暗よ! さては妖魔ね!?」
「美奈子ちゃん、多分単に山になっちゃっただけだよ……」
「う、うさぎ、あんた重すぎ!」
「なんであたしだけ言われなくっちゃあいかんのよっ」
少女たちは、傍で振り返った猫たちが思わず引くくらい綺麗な一塊と化していた。
「ちょっとうさぎちゃん、早く頭抜いて!!」
ルナの指摘で頂点付近に埋もれていたうさぎは何とか頭をすぽりと引き抜いて、しばらく動けない状態をやっと脱する。
「確か、今のって上から……」
あれは明らかに爆弾の1種だった。
その源泉を辿ってもう一度天井を見上げたうさぎは思わず、息を止めた。
赤肌の生き物たちが少なくとも10体以上壁のツタにぶら下がって、無言でこちらを見下ろしていたのである。
ルナ→ウルムーネコシリーズ
アルテミス→カガチネコシリーズ
どちらももふもふダァ…