セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて   作:Misma

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陸の珊瑚に揺蕩う喧騒③(☽)

 奇面族ガジャブーは、小鬼を思わせる姿をした種族だった。

 ずんぐりとした子どものような体型で、腰蓑を履き頭には赤く丸い仮面を被っている。仮面には2つの角がつき、手前には顔を表す3つの丸穴が空き、口に当たる部分から本来の目であろう2つの光が垣間見えた。

 身長は少女たちの半身以下しかないだろう。そんな小柄でともすれば愛嬌もなくはない彼らが、今は尋常でない不気味さと威圧感を放っている。

 

 こちらに何の気配も悟らせなかった辺り、かなり警戒されている。

 うさぎに続いて立ち上がった少女たちもすぐこの異様な光景に気づき、互いに身を寄せ合う。

 

「ハ、ハ、ハロー……」

 

 弱々しくも、うさぎは片腕をあげて挨拶をしてみた。

 目立った反応はない。

 やがて彼らの1人が何か光るものを取り出し──

 投げた。

 

「えっ」

 

 壁にかぁん、と小気味いい音を立てた。ちょうどうさぎの顔の真横に突き刺さったそれは。

 石から削り出したナイフだった。

 刃先からは毒々しい色の液体とむせるような臭いが染み出していた。

 

「ぎゃああああああああああああああああ!!!!」

 

 うさぎは絶叫をあげた。

 守護戦士たちは迷いなく各々の武器へと手を伸ばしかける。

 それを見たガジャブーたちは──

 

「ホギャーッ!! ホギャアアアアッ!!」

 

 およそその体格から出たものとは思えない奇声をあげ、背後からナイフを続々と取り出した。

 

「あ、あんなに!?」

 

 思わず亜美が狼狽えるのも待たず、彼らはナイフを雨のように投げつけた。

 目に止まらぬ速度で飛んできたそれらは、彼女たちの眼前を的確に貫いてくる。

 

「ひっ……」

 

 弩砲を持つ美奈子でさえ、取り出す前に怯んでしまう。

 ガジャブーの一連の攻撃は、まるで軍隊のように統率が取れていた。次には、合図も無しに壺爆弾を投げる準備まで整えている。

 

「ひ、ひとまず退却よ!」

 

 ルナの一言が撤退の決め手だった。

 エリア10から出ると、すぐに追撃は終わる。

 

「し、死ぬかと思った……」

 

 レイが視線を寄越すと、ガジャブーたちはエリア10の入口に無言で立ち、擲弾筒めいた武器を手に持ってこちらに向けていた。

 見るからに脅しである。

 

「……ここは出ていくしかなさそうね」

 

 亜美は小声で皆に呼びかけ、彼らに背を向けないよう注意を払いつつ立ち上がる。仲間たちも同じようにした。

 少しずつ、隙を見せないように退いていく。

 それがある程度のところまで行くと、ガジャブーたちは獣のように素早く駆けてたちまち姿を消してしまった。

 

 うさぎは息が整ってからもずっと、もぬけの殻になったエリア10を見つめていた。

 

──

 

 桃色の珊瑚生い茂る森林で。

 美奈子と相棒の白猫であるアルテミスは珊瑚の『うろ』の前に並び、ナイフで彫られたのであろう鋭い筆跡の文字を読んでいた。アルテミスは、手元にある辞書と文字を交互に見やる。

 

「どう?」

「はーあ。また同じ記述だよ。山頂でやった『鎮めの踊り』のデュエットやらが楽しかったんだとさ」

 

 アルテミスは伸びをすると、四肢を放りだし仰向けにひっくり返った。

 今行っているのはガジャブーの言語調査である。

 既に彼らの言語については調査団内で解析が進んでおり、文字についてもある程度の読解が可能だ。

 彼らがテトルーたちの住処を乗っ取った理由、あわよくば更なる奥地の情報を探るため、今こうして調査を行っているのである。

 

「今まで解析できた情報と言えば……今夜も北の本拠地で集会があるので新しい踊りの振り付けを考えてること、翼竜に乗ってみたら空を舞う踊りのアイデアが浮かんできたこと、踊るスタミナをつけるために焼いたユラユラの蒲焼が予想以上に美味かったこと……」

「大して重要とは思えないわね」

「ホントだよ。寝ても覚めても踊りのことばっかだぜ、こいつら」

 

 アルテミスが一つ一つ指を折って数えると、美奈子も彼と同じような退屈気味の顔になる。

 

「にしても、どうする? もうガジャブーの調査開始から、今日で4日目だぜ」

「4日ねー」

「やっぱ獣人族の調査は僕らの専門じゃないよ。今日から専門の学者さんが来るみたいだし、後はそっちに任せるべきじゃないか?」

 

 アルテミスは、ハチドリに似た華やかな生物『ドレスサンゴドリ』が群れ、草状の柔らかい珊瑚を細い嘴でつつくのを、遠目から寝っ転がったまま見つめていた。

 美奈子は胡座をかいた膝に頬杖をつき、同じ風景を眺めながら溜息をついた。

 

「それを、これからみんなと話し合うのよー……」

 

 彼女はよっこらせと合図をかけて立ち上がると、北の方へそのつま先を向けた。

 

──

 

「そっちの調子は?」

「ダメ。何にもわかんないわ」

 

 南から来た美奈子に対し、北から来たレイは正直うんざりした様子で短く答え、傾けた首を篭手で掻いていた。ちょうど、同じように四方から仲間たちが駆けてくる。

 色とりどりの珊瑚礁に囲まれ、丸く青い絨毯のような珊瑚が大地に根を張るエリア4。そこが少女たちの待ち合わせ場所だった。

 

「うさぎは、『貝殻の洞窟』に行ったのよね。……やったら汚れてるけどどうしたのよ」

「きょ、今日も何にもなかったんだけど、ちょっと小型モンスターに絡まれてさー」

「ウーソ。帰り際ついでに食材を籠に詰め込みまくって、坂道でド派手にすっ転んだのよー」

「ルナ、勝手に言わないで!!」

「……あーなるほど通常運転ねー。美奈子ちゃん、研究基地の人たちはなんて?」

「幻獣キリンの行先は不明。足跡のルートを辿っても、突然消えたとしか思えないんですって」

「ガジャブーたちの記録にキリンらしきモンスターは載ってなかったし、どうも両者の間に関係はなさそうだわ」

「うーん。ここまで手がかりがないとなると……」

 

 しばし、少女たちは頭を突き合わせる。

 そう長く経たないうちにまことが拳を握り、据わった眼で篭手同士を突き合わせる。

 

「やっぱりここは、本拠地を堂々正面突破しか……!」

「あたしたちの人数じゃ無理よ」

 

 亜美は提案を一言で取下げ、ノートをぱらぱらとめくる。まことは「あっ……」と言ったきりである。

 

「これまでみんなで見つけたいずれの痕跡も、あたしたちがこの台地に来るまでに書かれたもの。もしかしたら、内情を探られるのを警戒したのかも知れないわ」

 

 示されたページに掲載される陸珊瑚の台地の地図は3層に渡り、調査済みのマークが一部を覗いて隅々まで描きこまれていた。

 ガジャブーが居座る地域は北のエリア10、11と東のエリア13、15。いずれも監視役の目が厳しく、この警戒網を掻い潜るのは至難の技だった。

 

「……やっぱり、この前アジトに踏み込もうとしたからかしら」

 

 そう言ったレイの横で、うさぎが地図を見たまま何かを考え込んでいる。

 改めて、美奈子は腕を組んで頷いた。

 

「ガジャブーって思ってたより賢いのねー。頭ン中突撃一色じゃないんだわ」

「……なんでそこであたしを見るのかな、美奈子ちゃん?」

 

 まことは美奈子からの悪意はないが意図のある視線に、笑顔ながら頬の端を引き攣らせる。

 

「……確か『瘴気の谷』への連絡機、明日に修理が完了するのよね」

 

 亜美がぼそりと呟くと、自然、仲間たちの視線が彼女の方を向いた。

 瘴気の谷とは陸珊瑚の台地の下部に位置するフィールドで、次の調査予定地となっている。そこにも調査団員がいるので、研究基地も急ピッチで連絡機の修理を進めていたのである。

 

「ここには妖魔の気配もないし、瘴気の谷に行くための準備を優先しても良いと思うのだけれど……どうかしら?」

 

 品よく青珊瑚に座った亜美は、そう提案する。

 この調査も、あくまで次の専属の学者が来るまでの繋ぎのようなもの。彼女たちの本業はあくまでハンターであり、怪物退治である。

 

「まぁ、半分分かってた結果だけど」

 

 レイが肯定を示す。続いて、まこともやや残念そうながらも。

 

「うん、亜美ちゃんの言う通りにしよう。『災い』の調査なら瘴気の谷を調べた方が手っ取り早く……」

「じゃあ、ここで何もせず諦めるの?」

 

 樹木型の珊瑚が風にざわめき、卵の雪を散らす。

 いつの間にか調査を諦める方向で話が決まりかけた時、うさぎだけは堅く三角座りで口を開いた。

 

「……まだガジャブーたちとも、まともに話し合ってすらいないじゃない」

 

 仲間たちは困り顔を浮かべる。

 しばらくして、白猫のアルテミスが溜息をつき苦笑を浮かべる。

 

「あいつらから情報聞きだすなんて、もう僕らじゃ無理だと思うぜ。こっちを見るなり爆弾投げつけてくるんだぞ?」

「でも、もしかしたらあたしたちにしか出来ないことが……」

「うさぎちゃん。あたしたちに残された時間がどのくらいか、知らないわけはないわよね?」

 

 黒猫のルナが、アルテミスより前に進み出た。

 

 

「あたしたちの世界に災いが訪れるまで、あと65日」

 

 

 うさぎは俯いて瞳を陰にした。一際強く吹いた風が、彼女の二束ある金髪を何度も揺らして乱した。

 

「言い方は悪くなるけれど、このままだと本当に()()()()()()()()()()()()()()()()かも知れない」

「ル、ルナ……」

「だから敢えて聞くわ。今のうさぎちゃんは世界の趨勢と目の前の小競り合い、どちらが大切なの?」

 

 アルテミスは咎めかけたが、それにもルナは構うことなくもう一歩詰め寄る。長年の相棒としての仲だからこその、容赦のない言葉だった。

 仲間たちも口に出すのを躊躇ってこそいるが、どこかでルナに同調するそぶりを見せていた。

 

「……その目の前に答えが転がってるかも知れないのに」

 

 うさぎは座ったまま、膝の近くにある拳を握った。レイはそれを見かねて、

 

「ルナは貴重な時間を無駄にするなって言いたいのよ。理由なんて後から考えれば……」

「だから、あの時喧嘩になったのよ!」

 

 うさぎが吠えるように叫んで立ち上がった。

 仲間たちは何のことを言っているのか分からず、混乱したように顔を見合わせる。

 そのなか、美奈子だけが気づいたように目を見開き、そっと確かめるように呟いた。

 

「……もしかして、モガ村のことを言ってるの?」

 

 彼女の中ではガジャブーの本拠地へ出向いた時の『自分たちは戦争をしにきたんじゃない』という言葉が、モガ村ではるかたちと睨み合った光景と重なっていた。

 うさぎは直接には答えないながらも頷き、両腕で桜火竜の胸当てを抑える。

 

「あの時はるかさんたちが言ったことをあたしたちがすぐ否定しないで、言葉の理由を考えてたら……仲間割れなんてしなかった」

 

 今のガジャブーに対する不利な状況は、結果的には彼女たち自身が招いた結果でもある。

 親友であるうさぎが脅かされるのではないか、利用されるのではないかという不安、そしてこの世界への同情のあまり。仲間であるはずの外部太陽系戦士との間に軋轢を生んでしまった。

 

「だからもう、目の前の小さなことでもおざなりにしたくないの」

 

 やがてうさぎは自らを落ち着かせるように「……ごめん」と一言詫びたあと、再びその場に座った。

 仲間たちはあの日を振り返って、それぞれ苦々しい表情を浮かべていた。ルナは、悲痛そうな表情で口を結んだままでいる。

 

 その沈黙を、がさごそと何かを動かす音が掻き消す。

 おもむろに美奈子がポーチを開け、地面にノートを開き出したのだ。

 思わず目を剥く仲間たちに、彼女は表情を引き締めた。

 

「もう一度、集めた痕跡をちゃんと見直してみましょう。 何か手がかりが見つかるかも!」

「美奈……」

「内部戦士のリーダーは、一応あたしだし。こういうときこそしっかりしなくちゃ」

 

 顔を上げたアルテミスに美奈子は赤リボンで結んだ長い金髪を傾けてにこりと笑うと、すぐ仲間たちへと振り直った。

 

「確か、今日から獣人族専門の学者さんが来てるのよね。あとで、その人に聞いてみましょうよ」

「……分かったわ」

 

 そう呟いた亜美を筆頭として、堰を切ったように仲間たちも頷き、それぞれのハンターノートと採集資料を取り出す。

 美奈子はアルテミスから受け取った獣人族語辞書の背、その下部に書かれた筆者の名を一時、見ていた。

 

──

 

「ふぅ……疲れますなぁ、久々のフィールドワークは」

 

 そこは、マップで言えば南方の高台にあるベースキャンプ。

 ゆったりとした服に円錐形の笠を被る老人が、原住民から習った羽毛と骨をつけた杖をつき、よたよたと丸太椅子に座った。

 脚は服の裾に隠れているが、尖った耳に4本の指を持つことから、竜人族であることはひと目で分かる。

 

 口を隠すほどに豊かに生やした髭をゆっくりと指で漉きながら、彼は眼下に広がる海水なき珊瑚礁を眺める。

 後ろに既に夜闇が迫りつつあるなか、燃えるような夕陽が彩色豊かな生態系を照らし出す。発光性の小さなクラゲ『オソラノエボシ』が大群をなし、ゆっくりと膨らみと萎みを繰り返す。それらが風に従って気ままに漂う様は、一見海中と見紛うほどに浮遊感に溢れ、夢想的だ。

 

「何度見ても美しいですな」

 

 独りごちる老人の眼は、紡がれる言葉とは裏腹に不安げで物悲しい。

 

「しかし、未知の怪物の出現、複数の古龍の南下、そして此度のガジャブーの大移動。一体この大陸の奥地でなにが……ん……?」

 

 彼は手前にある崖から篭手が出現したことに気づく。ぴくぴくと踏ん張るそれは、途中まで持ち上がったものの、突然力を失ったように見えなくなった。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 老人は疲労も忘れて飛び出し、四つん這いになってから恐る恐る崖下を覗き込む。

 

「あっ、だ、大丈夫でーす……」

「ぜんっぜん大丈夫じゃない……っ」

 

 先頭を行っていたお団子頭の少女の尻がへばってずり下がったせいで、仲間であろう黒髪の少女の頭に直撃していた。

 しばらく後。

 

「ガジャブーの調査をしている『6期団』とは貴女方のことですか! 話は聞いておりますぞ」

 

 老練の獣人族学者と敬意を込めて呼ばれるその老人は、 溌剌と笑いながら1人ずつと握手していく。

 

「こんな若いお嬢さんたちが古龍の撃退のみならず最前線での言語調査まで……。いやはや、まったく頭が下がる思いです」

 

 うさぎたち『6期団』が求めていた人物とは彼のことである。彼こそがルナ、アルテミスが使った獣人族の言語辞書の筆者であり、彼らの研究の第一線を担う人物だ。

 亜美は一礼してから、一歩前に進み出る。

 

「早速ですけどあたしたち、この度折り入って聴きたいことがあるんです」

「ほう、なんですかな。是非ともお聴かせください! 獣人族に関することであれば、何であろうと大歓迎ですぞ!」

 

 知的好奇心がそうさせるのか、目を輝かす彼の話し方は、老体に影響がないか心配になるほど興奮気味だった。思わずうさぎや美奈子は「お、おお……」と身を引く。

 

「あたしたちが改めてガジャブーたちについて話し合った結果、一つ腑に落ちない点があったんです」

 

 亜美は、丸太椅子を机代わりにして地図を広げた。

 学者に、これまでの言語調査の経緯を話す。

 ガジャブーの占拠する地域から、僅かな痕跡から窺える現在の彼らの生活様式まで、出来うる限りすべてを。

 

「ガジャブーたちは明らかに技術力も戦闘能力も、テトルーたちの上を行ってます。なのに彼らがやったことは、テトルーたちを追い払って山頂と奥地の一部を乗っ取っただけ……」

 

 亜美の言葉に合わせ、レイがペンで地図上のエリア15とエリア11付近を何回も囲む。

 無論、住処の乗っ取り自体はテトルーたちにとっては冗談事ではないし怒って当然の行為だ。だが亜美始め『6期団』は、もっと違う側面を見ようとした。

 

「本当にガジャブーたちが北方から侵入した『残忍で凶暴な侵略者』なら、もっと資源を求め南方に積極的に侵攻するはず。なのにずっとこれらの地域に留まり続けるのは辻褄に合わない……」

 

 重要なのは、嵐の夜以降から何週間も彼らが何も目立った行動をしなかったという事実そのもの。逆転の発想である。

 学者は深く頷くと、「続きをお願いします」と促した。

 

「勿論、何らかの侵略準備をしている可能性もないわけではありません。ですが彼らの備えていた武器や戦闘力を踏まえると、そんなことを長期間かけて行う必要すらないはずなんです。つまり……」

「むしろ何かを周りから隠し、護ろうとしているのでは……そう仰りたいのですな」

 

 学者は、先回りするように鋭く言葉を差し込んだ。

 うさぎは思わず目を丸くして、

 

「す、すごい! まだ言ってなかったのに……」

「驚いたのはこちらです。本来であればその域の考察は学者の領分ですぞ!」

 

 獣人族学者は首を何度も振り、喜々として褒め称える。

 それからしんみりとした表情で陸の珊瑚礁を眺め、杖をついて前に出る。そしてガジャブーたちがいる北の雲海に沈みゆく陽を見上げた。

 

「仰る通りガジャブーたちは好戦的な気質ではありますが、それはモンスターの脅威が多い奥地において、縄張りを護るため備わったもの。積極的な侵略行為を望んで行う部族は確認されておりません」

 

 彼はゆっくり振り返ると、急に、自身より背の高い少女たちに老人とは思えない早足で詰め寄った。

 先頭にいたうさぎの鼻とぶつかりそうなほど、近く。

 

「貴女がたには獣人族学者の素質があるようですな! どうでしょう、研究基地に身を置き私の後継に……っ!」

「いえそれは流石にちょっとっ!!」

 

 先頭にいたうさぎは両掌で荒い息を防ぎ、丁重にお断りする。

 学者は見るからにしょぼんと項垂れ「なるほど、分かりました……」と名残惜しそうにしながらも、髭を撫でて仕切り直すように地図を見直した。

 

「それにしても、北からの大移動を経た彼らがそこまでして護ろうとするもの……ふぅむ」

「まさしくそこが問題なんです。これから何に注目してどこを調べるべきか、てところで……」

「確かに。次に失敗すれば、ただごとでは済まされないですな」

「はい。でも1つ、話す中で気になることがありました」

 

 レイは顎を掻いて苦笑する学者に、彼女たちのまとめた膨大な量のメモを開いてみせた。すると学者は「ほう……」と言ったきり顔つきを変え、それらを真剣な目つきで覗き込んだ。

 

「あたしたちが調べた限り、『鎮めの踊り』に関する記述が全痕跡中6割くらいを占めてたんです。まぁよくある儀式かなって思ってたんですけど、あまりにも多くって……」

「何を鎮めたがってるのか、てとこだよね」

 

 レイの言葉の続きを、まことが継いだ。

 ガジャブーたちの文化においては踊りが重要な位置を占めている。それはハンターノートにも書かれている事実だ。

 

「『鎮めの踊り』……ふむ」

 

 獣人族学者は、じっと虚空を見つめたまま考察を重ねる。時間が止まったかのように静かだったが、陽はとうに沈んでいる。

 老人が少女たちの前を無言で行き交いながら熟慮に熟慮を重ねる、奇妙な雰囲気の空間。

 

 長くも短くも感じられるこの時間も、やがて終わりを告げた。

 老人がやがて立ち止まり、少女たちへとゆっくり振り向いた。

 

「以前、遥か遠き地より旅人がこの新大陸に来訪したことがありましてな。その際にあったことで1つ、思い当たる節があるのです」

 

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