セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて   作:Misma

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陸の珊瑚に揺蕩う喧騒④(☽)

 真夜中、月が高く昇り雲に隠れた頃──

 エリア12を、東に進む。

 レイギエナを狩った砂浜のエリアだ。

 

「今更だけどごめんなさい。モガ村の時……あとこの前も」

 

 美奈子が隣でそう言い出すと、うさぎはどこか姉妹のような雰囲気を持った彼女に振り向き、苦笑して首を振った。

 

「ううん。むしろあたしこそ、モガ村の時は一番に冷静になるべきだった」

 

 うさぎは当時のことをそう振り返る。だが、もう暗い表情はしていない。いまは彼女も、するべきことに向かって真っ直ぐ向かい合い進もうとしていた。

 

「予想が当たってなかったら、すぐ瘴気の谷に向かう……それでいいのね」

「うん。これで駄目なら諦める」

 

 黒猫のルナがもう一度確認すると、うさぎは迷いなく頷いた。

 「分かったわ」と静かに主人の答えを聞き届けたところで頬を下から吹き上げる風に撫でられ、ルナは足を止めた。

 目の前の道は途中で途切れ、その先の奈落の底から塵が重力に逆らうようにして上空へと舞い上がっていく。それに、自然と少女と猫たちは視線を引きつけられた。

 美奈子の相棒、アルテミスはごくりと唾を呑み込む。

 

「……これだな」

 

 これは『湧昇風』と呼ばれる上昇気流。陸珊瑚が産卵した卵をこの台地全体に蒔いたり、この地に棲息する飛竜や翼竜の飛行に貢献したりと、生態系上大きな役割を果たしている。

 

「いよいよ、これの出番ね」

 

 もちろん、人間もそれを利用する術を考えないわけがなかった。

 亜美を筆頭に、少女たちが引いてきた荷車から取り出したのは青い翅のような部位を持つ装衣。それを、防具の上から次々と羽織っていく。

 猫に関してはうさぎはルナを、美奈子はアルテミスを肩に掴まらせ、その上から装衣を被る。

 

「ほ、ほんとに使うんだよな?」

「そら使うに決まってんでしょ」

「な、なぁみんな、やっぱ普通に山を登った方が……」

「いい加減諦めなさいよアルテミス。これ以外で山頂に早く登る方法なんてないでしょ?」

 

 完全にビビっているアルテミスに、既に肝の座っているルナはうさぎと自身を紐で括り付けながら淡々と呼びかける。

 

「いや、でもやっぱこんなちっちゃな翅で……」

「はぁ〜、工房の技術舐めてんの!? もーちゃちゃっと行くわよちゃちゃっと!!」

 

 躊躇するこの雄猫に、いよいよ美奈子は痺れを切らした。「ぎゃーっ!」という悲鳴も無視して無理やり紐で自身の背と彼を密着させ、装衣を羽織る。

 

「じゃ、お先っ!」

 

 そのまま腕を広げ、断崖絶壁から飛び出す。

 本来なら、万有引力に引っ張られ墜ちるはずの彼女の身体。

 それが、浮き上がる。

 生き物のようにうねり上がった少女の金髪が、頭上にあった珊瑚を容易く超す。

 死んだ珊瑚で出来た高さ数十mの岩場を抜き、10対の翅で空を飛ぶマンタのような昆虫を抜き。

 すぐに彼女は高層雲を飛び出す。

 

 そこからは月と一面に広がる雲海、剣のように突き出た珊瑚山の頂を望むことができる。遠くには気球で木造船を縦に吊った、いつ見ても奇妙な形をした研究基地が小さいながらも見えた。

 

「すっごぉい……」

 

 見惚れるのも束の間、湧昇風は彼女の身体を一定の方向へと運んでいく。

 そこは白い珊瑚の枝に囲まれた高台だ。面積はかなり狭く、そこ以外に降り立てそうな地形はない。

 月光に青白く照らし出される丸形の平地は、石灰の彫刻として建てられた舞台のような、静的な美しさを秘めていた。

 

「あれが山頂……エリア15ね」

 

 美奈子は狙いを定め、そちらに器用に身体を傾ける。

 人工の翅は重心移動に従ってぱたぱたとはためき、何事もなく彼女をゆっくりと高台に着地させた。

 装衣を取ると、グロッキーな状態でアルテミスが背から数十秒ぶりに地上へ落ちる。

 

「お……終わった?」

「ええ、そうよー。あっ、みんなも来た」

 

 美奈子が振り向いた先には既に、翅を広げた仲間たちの姿があった。

 かくして、うさぎたちも次々に無事着地に成功する。

 3番目くらいに到着したレイは装衣を脱ぐと、すぐさま抜け目なく耳を傍立て、エリアを隈なく見回す。

 

「……よし、ガジャブーはいないわ」

「本拠地で夜会をしてる時、やはりこっちの監視は甘くなってるのね」

 

 亜美が、ツタの生える入口方面を見つめながら呟いた。

 これも僅かな痕跡から得た情報だった。だからこそ、彼女たちはこの時間帯を選んだのである。

 本命の作業はここからだ。うさぎたちはなるべく静かに、痕跡を探す。

 しばらくあちこちをまさぐる音が続いたあと、美奈子が「あ」と声を上げた。

 

「……みんな」

 

 小声だったが仲間たちはすぐ反応し、彼女の下に小走りで駆けつけた。その前にある珊瑚で出来た壁には、楔形の文字が刻まれていた。

 すぐさまルナとアルテミスが辞書を取り出し、一見ただの紋様にしか見えない文字を眺める。そして、彼らの間で囁き合い、翻訳のすり合わせを行っていく。

 答えを待つ少女たちの間で、緊迫の糸が切れそうなほど張り詰める。

 

 やがて、ルナとアルテミスが同時にぱたんと辞書を閉じて。

 ルナが神妙な顔で、こちらへ首を振り向けた。

 

「……『黒き呪いを ここに埋めた 我々にも 他の誰にも、決して近寄らせるな』……」

「黒き……呪い……?」

 

 彼女たちの顔が、疑惑から確信に変わる。

 美奈子は、急いでその下の柔らかい土を掘り起こし始めた。

 

「多分。いや、絶対っ!」

 

 やがて、篭手がこつんと何かに当たる。

 更に掘る速度を上げ、手中でその形がはっきりした時。

 彼女は、思い切ってそれを掴み上げた。

 黒き呪いの正体が、土を払われ、いよいよ眼前へと暴き出される。

 

 白銀の結晶が、右手の中に光っていた。

 

 竜の爪のようにカーブを描いた円錐形で、そのまま武器として使えそうなくらい尖っている。

 およそ黒とは真逆に、月光を反射することで宝石のような煌めきを見せる。

 

「……あれ」

 

 それは少女たちにとって意外だった。

 うさぎは、口を半開きにして呟いた。

 

「妖気が……ない?」

「○××△!! △○■×!!(おい、余所者!! そこで何してる!!)」

「あっ」

 

 大声に振り向くと、ガジャブー5人ほどが四肢を地につけこちらを睨んでいた。

 前線にいる者は擲弾筒を真っ直ぐこちらに番えて、発射準備を整えている。

 一触即発の事態だ。

 

「アルテミス。通訳お願い!」

 

 一瞬怯みはしたが、少女たちは決して逃げようとしなかった。

 美奈子は叫びながら立ち上がり、武器には一切手を付けず、棘を持ったまま息を吸った。

 

「族長にかけられた呪いを、あたしたちなら何とか出来るかもしれないの!!」

 

 ガジャブーたちにも負けないくらいの声を張り上げた。アルテミスも惑いながらも覚悟を決め、ガジャブーたちの言語に直して負けじと呼びかけた。

 

 ナイフを取り出しかけていた、ガジャブーたちの動きが止まる。

 

「……■◯◯△?(お前ら、なぜそのことを?)」

 

──

 

 彼女たちが獣人族学者から聴いた話によると、ガジャブーたちにはそれを纏め上げる族長『キングガジャブー』がいるという。

 

 彼らが北から大挙してきた以上、北の本拠地に族長がいる可能性が高い。それなら彼らが山頂より徹底的に護りを固めていたのも頷けるというのだ。

 ということは山頂にもう一つ、何か重要なものがある可能性がある。ガジャブーたちがどうしても鎮めなければならない、何かが。

 

 したがって、うさぎたちは山頂のエリア15を選んだ。

 しかしこれを確かめるには、本拠地で行われる夜会の隙を潜入するしかなかった。直接的に剣を交えないに越したことはないのだから。

 かくしてそれは、成功した。

 

 以前撃退されたエリア10を通って案内されたエリア11は、入り組んだ珊瑚の間から複数の滝が落ち、浅い水場を形成する洞窟地帯だ。

 天然のスロープを少女たちが歩くたび、あちこちで足音と囁き声が木霊した。

 

「■◯△✕、✕□△□? ✕□✕✕!(あいつら、変なニオイがする。オレたちの族長を治す? ハッタリに決まってる!)」

「□□◯◯。□■△◯(あいつら、チョウサダンの一部らしいぞ。下手な余所者よりはマシ)」

 

 ガジャブーたちが、珊瑚の陰からそっとこちらを覗き込んでいる。人数は把握できないほど多い。最低50人以上はありそうだ。幸い、目に見えたところでは武器を番える様子はなかった。

 

「ほーんと、戦争にならなくってよかった……」

 

 美奈子は彼らの視線を受けながら、げんなりした顔で歩く。

 3人のガジャブーはエリアの上部へ、上部へと先導する。時には谷間を乗り越えたり、ツタを登る場面もあった。

 やがて彼らは最上部へとたどり着いた。止むことなく滝の流れ落ちるところを、ガジャブーたちが潜っていく。

 うさぎたちは意を決して次々に水に潜ると、一時目を閉じ、足をバタつかせ、もう一度浮き上がる。

 無数の泡と共に飛び出した時には既にガジャブーたちは陸へと上がり、念のため武器を構えながらも脇にどいて道を開けてくれていた。

 

「……◯◯□■(では見せろ。オマエらの『魔法』とやらを)」

 

 初めて見た陸珊瑚の台地最北の地は、意外に狭いところだった。

 周囲はすべて断崖絶壁で、北の方角は小さな平地以外すべて奈落である。

 

 背の低い珊瑚が草のように生える中、1人のガジャブーが、杭に固定された鎖に四肢を繋がれて呻いていた。

 ガジャブーたちより一回り大柄で、髭のような立派な房がついた仮面を身につける。頭には蝋燭つきのシャンデリアを再利用したような冠を被り、トーテムポールのようになっている。

 彼はこちらを発見すると、突然、立ち上がった。

 

「ホギャ、ホギャ────ッ!!」

 

 そのままの勢いで太い両腕を上げ、うさぎたちに襲いかかろうとする。意味をなさない奇声を上げ続ける。

 だが、部下に四肢を鎖に繋がれているので彼の腕は虚しく宙を彷徨うに留まる。武器の類も外されていた。

 獣のような凶暴性が表立つが、注目すべきはそこではない。

 仮面の口に当たる丸穴から黒い靄が吐き出され、赤い目が光っているのだ。

 そのあまりの激しさに、レイが眉を顰めた。

 

「……凄まじい妖気ね」

 

 彼女は一旦唇を結び、仲間たちに向かって一時躊躇いながらも再び口を開いた。

 

 

「これで確定したわ。族長は妖魔ウイルスに感染してる」

 

 

 彼女からはっきりと言葉としてもたらされた事実は、少女たちの間に悲しみとも、怒りとも、無念とも言える無言の間をもたらした。

 デス・バスターズの魔の手は、既に彼女たちの先を越していた。かつて現大陸を席巻せし、生命を悪の傀儡へと変える生物兵器。それは、海を超えて新大陸を蝕んでいたのである。

 

「ガジャブーたちが族長をここに隔離してくれて大正解だったわ。外に出したら大惨事になってたところよ」

 

 亜美はなおも暴れる族長を前に、唯一外部と繋がる夜空を見上げる。図らずも、彼らの高い警戒心が感染拡大の歯止めとなってくれたというわけである。

 まことは、ため息をついて自身の後れ毛をいじる。

 

「……予想通りで良かったのか、悪かったのか」

「✕◯□△! △□◯◯!(ボーッとしないで早くやれ! 見てるオレたちが怖い!)」

 

 ガジャブーたちがナイフを天に掲げて振り、口々に催促した。それでうさぎは気を取り直し、彼らの前に屈んだ。

 

「ちょっとびっくりするかもだけど、このことは誰にも言わないで」

 

 ルナが訳するも、ガジャブーたちは意味が分からず首を傾げる。

 うさぎは息を整えると、胸に手を当てる。

 

「ムーン・コズミック・パワー・メイク・アップ!!」

 

 途端に、少女の身体が虹色のリボンと眩い光に包まれる。

 やがてその中から現れたのは、金のティアラにピースを添え、白いレオタードに長手袋を履き、青い襟とミニスカートを靡かせる少女の姿。

 

「!?!?!?!?」

 

 ガジャブーたちはある者は狼狽え、ある者はひっくり返った。しかし幸い、興奮して刃を向けてくるようなことはない。

 

 久々に美少女戦士の姿となったうさぎ──セーラームーンは、ピンクの柄に赤いハートと王冠のついた杖、スパイラル・ハート・ムーンロッドをキングガジャブーへと向ける。

 

「スパイラル・ハート・ムーン・アタック!!」

 

 彼女が杖を持って叫ぶと、族長の全身をマゼンタ色の光線が包んだ。

 

「■✕△♡〜〜!!!!(ラーブリー!!!!)」

 

 鎖が外れるほどの衝撃だったが、族長の身体に一切傷は入らなかった。

 やがて、周囲を見回しながら起き上がる。

 さっきまでの荒々しい様子とは打って変わり、彼は穏やかな様子で見つめ上げた。

 

「□□◯△!!(こ、これが魔法、スゴイ!!)」

 

 部下のガジャブーが驚く一方、正気を取り戻したキングガジャブーは起き上がり少女たちを見つめ上げた。

 うさぎが変身を解き元の姿へと戻ったのを見て、族長はさっきとは別人のように静かに頷いた。

 

『□……□◯◯□(なるほど……お前たちがオレを助けてくれたのか。礼を言おう)』

 

 戦闘民族の長としては意外すぎるほど語り口が冷静なことに、少女たちは正直なところ驚きを隠せず返事が少し遅れるほどだった。

 族長は部下に直ちに武装を解き、うさぎたちを賓客として正式にもてなせと命令した。その後は、テトルーたちが使っていた焚き火を囲む。

 粗方の事情を聴いた彼は、うさぎたちの正体は外に漏らさない約束のうえ、猫たちの通訳を通して自分が知りうる情報をすべて話してくれる運びとなった。

 

『嵐の夜の少し前から、既に大地はざわめいていた。竜の入れ替わりが激しくなり、オレたちも苦境に立たされたが、何とか持ち堪えていた』

 

 族長、キングガジャブーは、空を見上げて語りだした。

 

『だがあの嵐の夜、海の向こうから赤い災いがやってきた』

「赤い……災い?」

『そこからは地獄だ。暗闇と暴風と炎の中、ありとあらゆる生き物が争った。オレはイチ、ニ、サンの部族を纏め、住処を捨てて南へ下ることにした』

 

 うさぎたちに『赤い災い』の正体は分からないが、ガジャブーたちは奥地でかなり酷い目に遭わされたようだ。

 キングガジャブーは、船舵を頭にした杖で地面をカンッと叩く。

 

『そしてオレたちはこの下にある死の満ちた谷に逃げ込んだのだが、それを不用意にも触った瞬間、意識が無くなってしまったのだ……』

 

 死の満ちた谷とは、調査団が『瘴気の谷』と名付ける場所。恐らく、そこで美奈子のいま持つ結晶を触って妖魔ウイルスに感染したということだろう。

 しかし族長は美奈子の持つ結晶を凝視すると、一旦黙りこくった。

 

『……だが、どうもおかしい。その『黒い呪い』は谷で見つけた時、もっと黒いモヤモヤを孕んでいた。埋めたお陰かは知らないが、今ではかなり穢れが取れたように見える。オマエがさっき使った力か?』

「いえ。掘り出した時にはもう……」

 

 ルナが通訳したキングガジャブーの言葉に、うさぎは首を振る。

 白銀の結晶は『黒い呪い』と呼ばれるにしてはあまりに邪気を感じさせず、むしろ神聖な輝きを秘めている。やはり、ガジャブーたちにとっても今の姿は違和感を拭えないらしい。

 亜美は少し考えると、

 

「族長さん。あなたたちが良ければ、これを持ち帰って調べてもいいかしら?」

 

 かなり思い切った発言をしたが、族長は深く頷いた。

 

『むしろ持っていってくれ。チョウサダンならそれが何かきっと分かるし、部下たちも安心するだろう』

 

 寛大な処置にうさぎたちは感謝を述べ、握手を求める。それに族長も立ち上がり、すぐ応じた。

 

「いろいろ話してくれてありがとう。あなたたちの故郷を必ず取り戻すわ」

『オレたちも、テトルーたちには多大な迷惑をかけた。事情を話したうえで謝罪の品を贈ろう。居候先のことはオレたちで話し合うことにする』

 

 ガジャブーたちの前にあるのは決して平坦な道ではない。だが、この族長から溢れる知性と覚悟が、猫たちによる翻訳からも伝わってくるようだった。

 

 うさぎたちが奥地を後にしようとした時、数人のガジャブーが四肢で珊瑚を駆けてきた。一切息切れもせず追いついた彼らは、うさぎたちに蒼く澄んだ破片を渡す。

 

『受け取っとけ。族長を助けてくれたお前たちへのカンシャの印だ!』

「……これ、キリンの!」

 

 美奈子の顔が喜々としたものに変わる。紛うことなき、幻獣が持つという蒼角の破片だった。

 破片とはいっても、彼女が両手で持っても肩幅をはみ出すくらいには大きい。余裕で重ね着の作成が出来る素材の量だった。

 それを持ち帰る美奈子の足取りは、持つ重量に反して充足感と軽やかさに満ちていた。

 

──

 

「その話から察するに……嵐の夜に古龍が海を渡って来たと見るのが良さそうネ。それが奥地の生態系に混乱を齎し、大陸全域の翼竜をも慄かせた」

 

 一通りの報告を聴いた期団長は、手に持つ壺からお香を吸いながら推測を述べる。

 次に彼女は、机に置かれたケース入りの水晶に顔を近づけ、じっくりと舐めるように眺める。

 

「それに、散々風の噂で聞いてた妖魔ウイルスとやら……興味深い。これは重要なサンプルヨ」

 

 どこか恍惚さえ垣間見える学者らしい発言だった。

 亜美はそれに危機感を感じたのか、顔を期団長と同じ高さに揃えて見つめた。

 

「取り扱いには気を付けて下さい。魔女が作り出した妖魔ウイルスは、生態系を破壊する悪質な兵器です。何が引き金になるか、あたしたちにも分から……」

「ん、分かった」

 

 彼女は食い気味に答え、掌に収まる簡易顕微鏡を取り出して水晶を覗き始めた。どうやらこの竜人族学者にとっては、恐怖より知的好奇心の方が勝るらしい。

 

「瘴気の谷にはフィールドマスターがいる。貴女たちには彼女の救出、そして調査を頼むワ」

 

 視線をこちらに向けもせず水晶をあらゆる角度から観察する期団長。

 そのマイペースさに亜美は観念するも、不安げに目を細める。

 

「最低1ヶ月は向こうにいるのよね。無事かしら」

「安心して。そんなすぐ死ぬタマじゃないから、彼女」

 

 下層に集う研究員たちも揃って頷いている。

 フィールドマスターが女性であり、調査団が彼女をかなり信頼しているということ以上、あちらのことではっきり分かることはない。ともかく、うさぎたちが次にすべきことは明白だった。

 

「じゃあ、用意したらさっそく連絡機に乗ろう!」

 

 うさぎが提案すると、仲間たちも頷く。

 連絡機のある下層へ階段を降りようとしたところで、期団長が「ちょっと待って」と呼び止める。彼女は、振り向いたルナとアルテミスを人差し指で差した。

 

「あなたたちに頼みたいことがある。報告書が出来たらアステラに持っていってくれない? うちの新人が急にいなくなっちゃってネ」

 

 猫たちはぱちくりと目を瞬かせる。

 

「え、ええっ……いなくなったぁ?」

「ソ。今までもしょっちゅうあったんだけどネ。年頃の人間って難しいワ」

 

 新人とは、ユイという名のクールな銀髪の女性研究員のことだろう。ご高齢な研究者集団からはかなり可愛がられていた記憶が彼女たちの中にはあったが。

 

「あの、僕らは美奈たちの……」

「大丈夫よ、後でゆっくり来てくれれば。竜の1、2体くらいなら5人でも対応できるし」

 

 断りかけたアルテミスに、美奈子は声をかける。そこに見えを張った感じはない。

 うさぎも、ルナに向かって「任せて」と言うように微笑んでみせた。

 

「……んじゃ、信用させてもらうわ」

 

 かくして、うさぎたちは諸々の準備を整え、5人で瘴気の谷に出発することとなった。

 

 行きは、研究者たちが総出で見送ってくれることとなった。先頭にいるのはガジャブーについて教えてくれた獣人族学者。期団長は、今日は寒いという理由で出てこなかった。

 彼女の発言通り、今日の湧昇風は一段と冷たく感じられる。うさぎたちは研究基地の入口に設置された、気球のついた連絡機に乗り込んでいる。

 

「改めて貴女たちの、分かりやすい答えに惑わされずどこまでも真実を見極めようとしたその姿勢……学者の1人として尊敬に値します」

「えへへへ……」

「あんただけの手柄じゃないけどね?」

 

 頭の後ろを掻いて照れかけたうさぎに対し、レイが念を押した。

 

「ただ、1つだけ」

 

 獣人族学者が杖をつきながら前に出て。

 

「どうしても分からない時は分からないことを理解し、そのまま受け入れる。それも1つの共存の形です。()()()()()()()()()()()()()のもまた、人が犯しやすい間違いの1つですから」

 

 うさぎは少し考えたが、微笑んで答える。

 

「分からないなら分かるまでどこまでも、地獄へだって行きます」

 

 それがうさぎの今の答えだ。ある意味こう答えるのは当然でもある。彼女はいつだって、理解できないものを敵であろうと理解しようとしてきたからだ。

 獣人族学者は髭を指でなぞり、やや間を置いて。

 

「……なるほど、それも良いでしょう。ですがどうか、怪我にだけはお気をつけて」

 

 うさぎたちは頷いて答えた。

 減圧された足場の気球が、高度を下げ始めた。

 がこん、と音が鳴り、足場上空にある滑車がワイヤーを下へと送る。

 

「皆様、ご健闘をお祈りしますぞ!」

 

 声援に見守られながら、ワイヤーにぶら下がった足場は少女たちを載せて下方へ運ばれる。

 高度が少しずつ下がり、やがて太陽光の届かない物陰に入った。

 それに従い、青く澄んでいた空気が少しずつ淀み濁っていく。陸珊瑚も黄土色に染まり、すえた臭いが鼻を突くようになる。

 

「それにしても……ゴア・マガラは死んだのに、彼の呪いは生き続けてただなんて」

 

 レイが嘆きを交じえて呟くのも道理ではあった。

 妖魔ウイルスに蝕まれたゴア・マガラはあの時、うさぎの手で完全に討伐されたはずだったのだから。

 

「でもなんで、妖魔ウイルスが新大陸に?」

「デス・バスターズの仕業に決まってるよ。あいつらはここでまた『聖杯』を育てようとしてるんだ」

 

 美奈子の提示した問いに、手すりに背を預けたまことが即答する。反論する者はいない。

 デス・バスターズの目標は、妖魔ウイルスにより吸い取ったエナジーを宿す『聖杯』へセーラー戦士を生贄として捧げることだった。

 亜美は、漂いながら上へと流れ行く塵を見つめて呟く。

 

「……また前と同じように防げるかしら」

「でも、昨日諦めてたらこのことにも気づけなかった」

 

 うさぎの言葉が仲間たちの視線を引く。彼女は手すりを両手で掴み、ちょうど横を浮くクラゲ『オソラノエボシ』を見つめ。

 

「目の前のことから頑張れば、きっと災いを止められるよ。両方の世界を無意味な争いから救えるはずだから」

 

 光溢れる空に泳ぎゆくそれを見上げ、自身にも言い聞かせるように励ました。仲間たちも決意を新たにして頷く。

 

「ねぇ……そこでなんだけど」

 

 うさぎは彼女たちのいる足場の内側へと振り向いた。

 

「やっぱりあたしたちのこと、調査団の人たちに……」

 

 

 がこん、と嫌な音が鳴り、連絡機が急停止した。

 

 

「え……?」

 

 うさぎだけでなく、仲間たちも頭上を見上げる。

 きぃ、きぃ、と擦れる音が鳴ったあと。

 ワイヤーが切れた。

 上との繋がりを失った連絡機は、重力に従う。

 少女たちの身体が一瞬だけ浮く。

 

 

「きゃああああああああぁぁぁぁ……ぁぁっ……」

 

 

 セーラー戦士たちは手すりに掴まったまま、天空から昏き地の底へと。

 悲鳴をあげて堕ちていった。

 

──

 

「タイミング、完璧」

 

 研究基地から遠く離れた台地で望遠鏡を覗いていたユイは、レンズに映る慌てふためく研究員たちを見てにやりと笑った。

 

「これで死んでなくても、時間稼ぎとしてバッチリ。これなら私の昇進も……。残念だったわね、テルル」

 

 青髪の少女にそう呼ばれた人物は、背後の皿型の珊瑚に腰を下ろし、退屈そうに組んだ脚に頬杖をついていた。

 白衣を着た緑髪の少女、ルルは眉間を険しく寄せる。

 

「はぁ? あんたを調査団へと推薦してやったのは誰だと思ってんの」

「ヘマばかりしてるグズに恩を感じるわけないでしょ」

 

 仲はかなり険悪である。

 ルルは動じず眼鏡に右手をかけた。

 

「ふーん。大した苦労もなく手柄を横取りしようとするヤツに言われる筋合いないわ」

「あら。お褒めの言葉をありがとう」

 

 ユイからの言葉にルルはちっと舌打ちしたのち、白衣に左手をかける。

 そして、前方に浮かぶ研究基地に視線を戻して。

 

「ともかく。あの変人集団ともやっとおさらばできてせいせいするわ」

「それだけは同意」

 

 2人が並んで眼鏡と白衣を同時に脱ぎ捨てると、胸元の大きく開いた黒いドレスが現れる。

 ルルだった女は真緑のストッキングを履き、その脚の上や腕に網を撒きつけ。ユイだった女は砕いた氷のような模様のシュシュを巻き、頭には同じ模様のベレー帽を被っている。

 まさにこの世界において明らかに異質な『魔女』と呼ぶべき姿だった。前者は植物の魔女、後者は氷の魔女とでも形容すべきか。

 彼女たちは、デス・バスターズの幹部『ウィッチーズ5』の一員だった。

 

「ここまで計算が上手く行くとなると、大自然とやらもどうやら我々による支配を望んでるようだわ。そう思わない、テルル」

 

 肩までかかる雪のような色の銀髪をかき上げた女は、陸珊瑚の台地を見下ろし勝ち誇ったように宣言する。

 その横で、真の名をテルルという緑髪の女は、何か考え事をしているようだった。

 

「なに浮かない顔してるのよ」

「ねえ、ビリユイ。これが終わったら、私たちは我らが主に会えるのよね?」

 

 ビリユイと呼ばれたその女はテルルの発言を聞くとまず素直に驚き、それから半ば小馬鹿にするように肩を竦ませる。

 

「今更何言ってるの。ファラオ90の意志が無ければ、我々はこの世界に転生しなかった。全ての目的はかの御方のためにあるも同じじゃない」

「カオリナイト、ミーティングの後にボヤいてたのよ。何度ミストレス9を通して呼びかけても、主がずっと黙っておられるって」

 

 両者の視線は一切合わない。

 ビリユイはしばらくしてから鼻を鳴らす。

 

「ふん、下らない」

 

 一笑に付すと、ビリユイはさっさとテルルに背を向けた。

 

「アイツもお前も、ミメットが死んだ辺りから落ちこぼれたわね。いったい何を恐れてんだか」

 

 冷たく笑って歩みながら、右の親指と人差し指をくっつける。

 

「仕組みさえ正確に理解すれば、全てのものごとは操作可能な機械に過ぎないと……そう自ずと分かるのにね」

 

 指を鳴らすと、一瞬でビリユイの姿は消えた。

 やがて、テルルもそれに続いた。




妖魔ウイルスの脅威、再び…。
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