セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて 作:Misma
この東京にいるセーラー戦士は誰一人として知らないが。
現在ちびムーンを乗せて風を切る白馬は、狩人たちの世界で『幻獣キリン』と呼ばれている。
曰く、雷と共に現れ雷と共に去る古龍。
その道路を蹴る健脚は海をも数日で超えると噂されるほど力強く、いま前方の自動車の近くに落ちた雷は、自らの上空に渦巻く雷雲から放たれたものだ。
雷を自在に操る原理については、一切不明である。
「ひっ……」
次は近くの公衆電話に雷が落ちた。落雷の度にちびムーンは肩を竦める。周囲にいた数少ない人々は、悲鳴をあげて蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
「お願い、やめて! 街の人たちが怖がってるわ!」
呼びかけるも効果はない。人を狙うことこそないものの、自らの障害物となるものは徹底的に破壊する傾向があった。
やがて、閑散とした細道に入る。
そこに来てある程度落雷は収まった。諦めたのか振り落とそうとする気配もない。ちびムーンはやっとか、とため息をついて。
蒼角を天へ伸ばし、前を見続ける細長い横顔を見つめる。
「ねぇ、あなたが……あたしたちを呼んでくれたの?」
幻獣キリンから、返答はない。
狩人がこのやり取りを見たら古龍相手に愚かしいと思うだろう。だが、彼女は真剣だった。
いま、セーラー戦士たちの世界を救うには、2つの方法しかない。あちらの世界を滅ぼすか、それとも声の持ち主を見つけるか。
ちびムーンにとっては、少しでも後者の可能性を拾うしか方法がないのだった。
「多分、いきなりこんなことされて怒ってるよね。でも、もしあたしの声が分かったらせめて返事だけでもして。お願い」
彼女は透き通る銀白の鬣に顔を埋め呟いた。それでも、前を向いた彼から返事は返ってこない。
そして束の間の安息も長く続かなかった。
「ヴヴヴオオ゙オ゙オ゙ォ゙オ゙ア゙オ゙ア゙オ゙オ゙オ゙オ゙ア゙ァ゙ァ゙ァァァァ……」
身の毛もよだつ奇声が背後から聞こえた。続いて、破砕音が止むことなく耳に飛び込んでくる。
ちびムーンは、反射的にキリンの鬣を強く掴んだ。
細道が終わる。
そのまま飛び出した彼らが目にしたのは、大通りの交差点だった。既に自動車は乗り捨てられ、逃げる人々は数少ない。
キリンが真っ直ぐ突っ切ろうとしたその時、前方の空を黒い塊─四肢を丸めたあの猛獣─が飛び、電柱へとその身を激突させる。
そのまま電柱は中折れ、キリンのゆく道を塞ぐように倒れた。
「ヒヒィィッッッ……」
驚いたキリンは前脚を高く振り上げ、嘶きながら急停止。
「きゃあっ」
乗っていたちびムーンは、その反動で後方へ振り落とされた。
キリンの前方に、猛獣は再び立ちはだかる。
「グゥオ゙ォ゙ォ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙」
しばし睨み合ったのち。
キリンが先制攻撃で角を振りかざす。
そこからの突進を、猛獣は横に胸を反らして避け。
丸太のような腕で、幻獣の頭にある蒼角を掴みにかかった。
一瞬、爪が引っかかる。
しかしその瞬間、角に雷が落ちた。猛獣は弾かれたように後ろに跳んで一旦距離を取る。
「うぅ……」
ピンクのツインテールを揺らしながら立ち上がるちびムーンに、程なくして外部太陽系戦士たちが駆けつけた。
「ちびムーン!」
「スモールレディ、怪我は!?」
サターンとプルートが急いで彼女を助け起こす。
「大丈夫よ。それより……」
ちびムーンは、眼前でしのぎを削る白銀の獣と漆黒の獣を見上げた。
猛獣は邪魔な自動車を豪腕で殴り飛ばし、転がりながら吹っ飛ぶその横を霊獣がすり抜ける。霊獣が放った雷がガードレールを焼き、乗り捨てられたトラックにも直撃、火花を散らす。
そこに向けられていた視線は、前に出てきた複数の影に移る。ウラヌス、ネプチューン、プルート、サターンの4人だ。
彼女たちは厳しい視線で、それぞれの得物を構えていた。
「何してるの、みんな」
その眼差しは、2体の獣両方に向けられている。次第に彼女たちの方向に吸われるように風が吹き、輝くエナジーが収束していくのがよく分かった。
「待って! まだあの白い子のこと、何もわかっていないじゃない!」
これからやろうとしていることを理解したちびムーンは、必死に呼びかける。だが、彼女たちは手を下げようとしない。
「……僕たちの使命は、この街を護ることだ」
「これ以上の破壊と脅威を、見過ごすわけにはいかないわ」
ウラヌスとネプチューンは前を向いたまま表情を見せず、手元に光を纏わせていた。白杖に風を纏わせるプルートだけは横目をちびムーンに向け、眉を下げていた。
「スモールレディ。あの白き獣は我々に敵意を懐いているうえ……許容できる範囲を遥かに超える被害を齎しています」
背後で爆発音が鳴った。
ちびムーンが振り向くと、夥しい黒煙が上がっている。遠く悲鳴のようなものさえ聞こえた。
「……放つのは、動きが止まった時よ」
サターンは沈黙の鎌を真っ直ぐ構えたまま呟く。
その瞳は暗く、淀みのある黒に染まっていた。
鎌の先からは、破滅のエナジーが溢れ出している。
獣たちの攻防は烈しさを増していた。交差点の信号が落雷で次々と破裂し、ガラスの雨が黒い獣を打つ。
しかし彼は潔く諦めない。執拗に腕を振りかざし幻獣の角を狙う。
そんな相手に対し、幻獣は距離を空け、一際大きく嘶いた。角が青白く光る。
見えすいた罠に、猛獣は愚直に突進。
待ち伏せた巨雷がまさに、脳天に真っ直ぐ突き刺さった。
半径数mを灰燼と化した雷の鉄槌は、猛獣の全身を包み込む。
「ヒヒィィン……」
轟音、煙と共に沈黙が訪れる。
幻獣キリンは古龍の威厳を見せるように、静かに佇んだ。
その顎に突如として拳が伸び、下から真っ直ぐ打ち抜いた。
怯んだ幻獣の額にある角を、巨猿が遂に掴む。
幻獣の必死の抵抗にも全く屈さない。雷を何度も撃たれるが、怯みすらしない。
頸を羽交い締めにして拘束を固め、角を右手で掴み、それに向かって大きく、口を開けた。
数秒後、それまでにない規模の雷光とあらゆる色の光を伴った爆発が重なった。
最後に万物を消滅させる黒い球が炸裂、交差点の中央に拡がる。
「…………」
ちびムーンは膝から崩れ落ちたまま、闇が薄れ、交差点中央に出来たクレーターを光を喪った目で見つめていた。
すべてが──あらゆる意味ですべてが終わったような。
「……っ」
しかしちびムーンは、ある気配に気づき5階建てのビルの屋上を見上げた。他のセーラー戦士も同様。
黒く蠢く影が、その逞しい腕に蒼いものを掴んでいる。
「そん……な……」
握られる物体の正体を知ったちびムーンの絶望は、先より更に深いものとなった。
キリンの角だ。
漆黒の獣は幻獣の角の半分を折り取り、跳躍することで爆発範囲から逃れたのだ。
そのまま、丸ごと齧る。
すると変化が起きた。
額の辺りの鬣が、黒とは無縁な金色に染まっていく。
真っ赤な目は何かに目覚めたかのように更に見開かれ、雷に焼かれたのが原因と思われた巨躯からの蒸気が更に激しさを増す。
黄金は額から頭へ、頭から腕へ、腕から背へ、背から尻尾へ。
頭から背にかけての体毛が金に染まると共に逆立ち、怒髪天を衝き、金色の翼を開く。
先までいた黒い獣は既にそこにはおらず、眩いばかりの黄金が、己こそ真の姿であると宣言した。
漆黒の貪欲な猿は、黄金の猛々しき獅子へと生まれ変わった。
「ウラヌスッ」
「仕留め切れなかったかっ!!」
すぐさま、ウラヌスとネプチューンが光弾を掌から弾き出す。だが、黄金の獅子は撃たれた瞬時に跳び上がった。光弾はビルの縁で虚しく爆発する。
獅子は光り輝く流星となって天を穿き、別のビルの屋上を破砕しながら着地。セーラー戦士たちへ振り直ると口を開け、胸を張り、息を吸う。
口内が黄金の光に充たされる。
「ォ゙ボア゙ア゙ォ゙ア゙ォ゙ア゙ォ゙ア゙ォ゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッッ゙ッ゙ッ゙ッ゙ッ」
黄金の暴風雨が、その口から奇声と共に放たれた。
「!?」
視認できるほどの光熱が真っ直ぐに路面を撃ち抜く。アスファルトを一瞬で蒸発させ、車を爆発四散させ、それがセーラー戦士たちへも迫る。
「ちびムーンっ!」
路上で呆然とする彼女を、サターンが支えながら逃げる。他のセーラー戦士も咄嗟に跳躍し、回避する。
やがて光線は止んだ。
交差点は溶かされ、紅い尾を引いていた。自動車のいくつもが炎上し、電柱も複数薙ぎ倒されている。
「……あの獅子は、私たちを狙っています」
プルートはちびムーンの前に立つと、白杖を持ち直し、路上に降りてこちらを睨む獅子を見据えた。
「私たちが引き付ける間に、スモールレディは神社へ戻って下さい!」
戦士たちは敢えて獅子の横をすり抜けて東へと引きつける。あちらも挑発に乗り、四肢を躍動させて彼女たちの後を追った。
ちびムーンはただ1人、瓦礫の散乱する戦場跡に置いて行かれた。
──
金獅子ラージャン。
狩人たちの世界では『超攻撃的生物』『破壊の権化』の異名を持ち、牙獣種でありながら古龍に匹敵する実力を持つ古龍級生物としてその名を轟かせている。
思考は実に単純明快。
眼の前で動くモノは全て敵と見做し、圧倒し、粉砕する。
名を知らない彼女たちでも、その尋常でない闘気は感じる事ができた。
ビルの頂上から包囲し、地上にいる金獅子を見下ろす。
不幸中の幸いか相手がセーラー戦士たちを狙いに定めてくれたおかげで、放棄された区域に誘導することができた。人的被害は最小限に留められる。
しかし地上を歩く目標を待ち伏せるウラヌスは、決して楽観的ではなかった。
「……あのペガサスに似た生物が古龍だったとすれば、あいつはそれを超える可能性がある」
ネプチューンが見回すが、やはり周囲には誰もいなかった。人がいないのはいいことなのだが。
「……バゼルギウスの時のようにはいかないわね」
あちらの世界からの援護は期待しようもない。この圧倒的な相手に対し、今回はセーラー戦士だけで戦わなくてはならないのだ。
「行くぞ!」
2人は合図とともに光弾を発射。意識範囲外からの不意打ちを狙った。
しかし、即座に気付かれた。
ラージャンはビルの間を脚力だけでかっ飛び、壁面を三角跳びで蹴り渡る。常軌を逸した機動力で、光弾の嵐を尽く掻い潜る。
ビルの屋上に至るまでの高度を10秒足らずで稼ぎ、着地。近くにあった給水タンクを引き千切り、別のビルの屋上にいるプルートへ投擲。空中に跳び上がると奇声をあげ前転突撃、全身で彼女を圧し潰しにかかる。
それも躱されたとみるやすぐさま飛び込んで殴りつけようとするが、下半身の太股辺りで水の爆発。ラージャンは派手にぶっ飛び、石畳を砕きながら踏み止まる。
ちょうど近くにあったマンションの屋上に、彼を見下し海色の髪を波のように靡かせる戦士の姿があった。
「力で敵わないのなら……策で上回るのみ!」
プルートが敢えて囮となり、ネプチューンが意識外から狙撃したのだ。効果はある。
ネプチューンを見据えたラージャンは、四肢を屋上に固定し、再びその口から黄金の光線を吐き出した。狩人たちから『気光』と呼ばれる波動の塊だ。
破壊力は凄まじく、彼女が跳び上がったビルの屋上が一瞬で蒸発する。気光は貫通して、更に後方にあったビルにも直撃。融けたガラスの破片を撒き散らし大穴を開けた。
「お前がその気なら、これで行かせてもらう!」
気光を吐くため無防備になったラージャンの頸に、朱く揺らめく湾曲した刃が突き立てられる。
持ち主は飛翔の戦士セーラーウラヌス、構えているのはスペース・ソードだ。
刃の周囲に鋭く張り巡らされた高周波は、黒毛と皮膚を容易く斬り裂いた。
ラージャンは拳を振り払ったが、ウラヌスはその動きを予知して素早く離れる。
とにかく、金獅子は桁外れの筋力と素早い動きが厄介だった。戦士たちは近距離戦を避け、複数人からの集中狙撃を中心に立ち回る。
何度か攻撃しつつ観察したところ、頭や尻尾が弱点であると判明。剣も問題なく通る。つけいる弱点は確かにあった。
「しかし……」
ウラヌスは、沈みゆく夕陽と遠くに揺らめく黒煙に目を細めた。
現在は昼下がりから夕方に移る頃合い。午前にあったバゼルギウスとの戦いからほぼ連戦という状態である。その疲労ゆえか、ここに来て彼女たちはやや動きに精彩を欠くようになっていた。しかもビルの屋上を中心に戦う以上、視界を夕陽が塞ぐ危険もある。
一刻でも早く決着をつけねば。
そうウラヌスが思い、再び剣を構えた瞬間だった。
ラージャンが後ろ脚で立ち上がり、腕を振り上げる。
「ゥ゙ゥ゙ォ゙オ゙ォ゙ォ゙ォ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙ッ゙ッ゙ッ゙ッ゙ッッ!!!!」
吠えると同時、目に見えるほどの衝撃波が拡がり、腕に血流が漲り、筋肉が一層肥大する。発達した胸筋を拳で叩き、自己を顕示する。
充血した腕から噴き出す熱気が、彼を取り巻く空気を変えた。
金獅子が次に一歩を踏み出した直後、戦士たちは常識を外れた力動的空間の中に放り込まれる。
地上にあったトラックを、ウラヌスの方向へ殴り飛ばす。彼女が信号機に跳び乗った直後、ガソリンスタンドに突っ込み爆発、炎上。跳び上がりざまに会社の看板を引き千切ると近くの歩道橋に飛び移っていたネプチューン目掛け、片脚で蹴り飛ばす。その勢いのまま前転、筋肉の巨弾となって、プルートが足場にしていた人家を1軒丸ごと寸断する。
一連の動作にかけた時間、約7秒。
反撃として放たれた光弾による狙撃すら、横っ飛びと跳躍により巧く避けた。瞬発力までも跳ね上がった今のラージャンは、まさに破壊の権化であった。隙などあったものではない。
「なんて出鱈目な……」
ネプチューンは、眼の前で行われる大破壊に狼狽を隠せなかった。
相手は完全に流れを支配している。初めて見る現代の街並みに一切困惑することなく、むしろ最高の戦場として利用している。
金獅子は付近に地下鉄への入口がある通りに着地すると、自動車、並木、歩道柵、ガードレールなどの区別もつけず手当たり次第に更地にし始める。それだけに留まらず、何が気に入らないのか手当たり次第に路面まで叩き壊し始める始末だ。
それを見たウラヌスは、仲間たちと同じく顔を真っ青にした。
「まずいっ……」
彼女は、カラフルな宝石のついた宝剣を両手で顔の横にくっつけ、腰を落とし、前方へと差し向ける。
「……真正面から、頭を!!」
まだ金獅子がこちらに気づかないうち、彼女は駆け出した。
何よりも速く、何よりも鋭い斬れ味で、頸か頭を。
突く、と思われた。
掲げられた拳が、刃を弾いた。
「硬い……っ」
奇襲に気付いた金獅子は、周囲の地面を回るように殴りつける。
ウラヌスは一旦退くも、ちょうど相手から同じ距離に来た仲間がアイコンタクトを取ってきたことに気づく。
すぐに、彼女たちの意図を察する。
「……こうなったら……っ!!」
金獅子が睨んでいるうちに、10m離れた包囲網を形成する。大まかに言えば正面、背後、頭上の3面だ。
そこから、敢えて3人同時に近づく。
彼女たちはそこから一瞬でエナジーを充填し、一気に、同時に対処不可能な距離から同時に光弾を放った。
これで、どれか1つは必ず金獅子に大打撃を喰らわせられるはず。
しかしそれを見た金獅子は、その場で四肢を駒のように回転。
膨張した拳のみで、光弾を弾き返した。
「なっ……」
反射された弾は、マンホールごと道路のアスファルトを粉砕。
「……!」
ひび割れた路面の隙間から、微かだが声が届いた。
それを認識したラージャンは、闘気の漲った両腕を開き、唸ると、高く跳び、両拳を握りしめた。
「やめっ……」
プルートの制止など聞くわけもなく。
上空から、撃砕。
道路に薄氷の如く数十mに渡って亀裂が走る。
崩壊。
路面が爆ぜた所為で、金獅子の身体は戦士たちも巻き込んで地下街へと雪崩込んだ。
「しまった……っ!」
瓦礫の中頸を振るラージャンが見つけたのは、地下道の端で沈黙の鎌を支えにするサターンの姿だった。彼女は3人に戦闘を一旦任せて隠れ、エナジーの回復に務めていたのだ。
金獅子は地面を蹴り出す。そのまま角がサターンの腹に突き刺さると思われたが。
「逃げろ、サターン!」
「ウラヌス……!?」
その拳に、飛翔の戦士が宝剣を叩きつけた。
低く唸ったラージャンは、2人をまとめて吹き飛ばそうと左右を交互に殴りつける。ウラヌスはサターンを大きく横方向へと突き飛ばし、自身は引きつけるように後方へ。
しかし最後に金獅子が地面へ拳を叩きつけたのが、彼女の運命を決めた。
それはいつか、凍土で相対した恐暴竜の時と同じ。
足下から襲い来る振動に彼女の細い脚は耐え切れず、大きく身体が落ち込んだ。その隙を狙い、金獅子が両腕を広げる。
直後、身体を丸ごと掴まれた。
「ウラヌスッ!!」
ウラヌスを掴まえたラージャンは、何度も地面に彼女を叩きつける。
抵抗しようがない。
ネプチューンとプルートがすぐ攻撃を加えるが、ラージャンは大跳躍することで一瞬で地下街を脱する。
その生きた金色はひとっ飛びで、地上を越え、信号機を越え、電灯を越え、電柱を越え、高級住宅の屋根へ着地する。
「はな……せっ……」
「ウホウホウホウホウホッッ」
抵抗の声も届くわけはなく、ラージャンは黒く深い眼窩に真っ赤な瞳であちこちを見回す。
やがて20mほど離れたある場所に目をつけ。
右拳のなかにあるウラヌスに咆え、大きくその拳を振りかぶった。
1秒後、彼女の身体が音速すら追い越さん勢いで20階建てマンションの窓ガラスを突き破った。
──
斜陽が白い部屋を朱く染めていた。
周囲にはガラスが散乱している。
一つ何十万するであろう高級家具が並び、フローリングは鏡かと見紛うほどに磨き上げられている。少し離れたところには小粋な白いソファが鎮座している。
いわゆる「億ション」と呼ばれるマンションだ。
今頃、怪物による避難の影響で価値は大暴落しているだろうが。
ウラヌスは床に転がったまま動けなかった。セーラースーツが無ければ即死だっただろう。
意識朦朧とした瞳で、彼女は純白の天井を見上げる。
「そういえば……こんなとこに住んでいたっけ」
そこはかつて2人が住んでいた部屋に似ていた。
はるかは天才レーサー、みちるは著名なヴァイオリニストで。毎週、自家用車で浜辺へドライブに行っていたあの日々。
パトロンのお陰で生活には困らなかった。毎日のように彼女たちの一挙一動は新聞や雑誌、テレビで取り上げられ一世を風靡。世間の誰もが2人の環境と才能を羨み、あるいは妬んだ。
「……もっと、贅沢……しときゃ、良かったか」
過去を振り返ったウラヌス──はるかは、小さく呟くいたのち激痛に顔をしかめる。
金があるからいつも幸せとは限らない。いつだって光の裏には、泥臭く血に塗れた使命のための戦いという陰があった。
何の見返りもない、人に取り憑く妖魔を祓い続ける孤独な戦い。一歩間違えれば自分たちが死ぬか人を殺す。そんな生活をみちると共に続けていた。
そしてあることに薄っすらと気づいた。
あちらの世界でも、やっていたことはさほど変わらない。村を護るためという名目で『狩人』という役目についていた。
むしろこの街こそ、自らに課せられた使命として真に護らねばならない対象のはず。
それなのに。
彼女はこの部屋を見るまでこの世界での時間のほとんどを忘れ、驚くほど関心を失っていた。
「ウラヌス!」
彼女にとって誰よりも聞いた声が薄暗い室内に響いた。
ぼんやりとした眼差しだが、大海の波のようにうねる髪を視界に捉える。
「今はプルートとサターンが食い止めてくれてるわ。今のうちに退避を……」
ネプチューンが傷だらけの手首を掴んで持ち上げかけた。それでも力が入らないのを見て、彼女は視線を険しくした。
「……死にたいと思ってるわね、はるか」
ウラヌスは目を背ける。ネプチューンは、その腕を掴んだまま視線を追いかけた。
「……それは、君もだろう」
「貴女がよくても私が許さないわ。私たちは」
「みちる」
反駁する相方の言葉を遮り、ウラヌスは呼吸を整えつつ呟く。
「思うんだが……僕らはいったい……
唇から弱々しく苦しげに零れてきた言葉にネプチューンは目を見開く。彼女は、半ばウラヌスに被さった形で黙ったままだった。
「ヴヴヴォ゙ォ゙ォ゙オ゙ォ゙オ゙ォ゙オ゙ォ゙オ゙ォ゙オ゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッ゙ッ゙ッ゙ッッ!!!!」
荒ぶる獅子が奇声を上げて残った窓ガラスを割り、身体を丸めたまま突っ込んだ。
四肢を解くと、天井に届くほど豊穣な黄金の鬣を靡かせ、角で壁を抉り、床を踏み割り、眼下にいる2人を睨む。
「……決まってるわ。私たちは」
答えの続きはなかった。
ネプチューンは俯いたまま続き表情を喪って。
涙を頬の上に伝わらせ、相方の頬へ落とし。
白長手袋に包まれた掌を握りあった。
金獅子は人の背ほどある拳を握りしめ、咆えて涎を撒き散らす。
背を向ける少女たちは抵抗も見せず、互いの温度を確かめ合うだけ。
狂獣はお構いなく、後ろ手に構えた充血した拳をちっぽけな2人に振り下ろそうとした。
青白い雷が落ちた。
金獅子の真っ赤な瞳が横を向く。
それだけで少女たちへの関心は失われ、その場に拳が置かれた。
代わりに出っ張った鼻をひくつかせ、くんくん、と臭いを嗅ぐ動作をしたのち。
「ヴォ゙ォ゙ォ゙ォ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙ッ゙ッ゙ッ゙ッッ」
窓から飛び出し、雷の落ちた方角へとビルを乗り継ぎながら奇声をあげて吹っ飛んでいく。
後に残されたのは、倒れた観葉植物、粉になったガラス、破かれたソファ、砕かれた家具。
そして、横に身を寄せ合う傷だらけの少女2人。
「……使命は、私たちを逃してくれないようね」
「……そのようだな」
──
女たちが荒ぶる獣と戦っていた頃、男たちは神社で夕暮れを見ることしか出来なかった。
「……じゃあ、あんたは俺たちに、あくまで何もせずここで待っとけっていうのか?」
「そういうことだ」
影の長くなった鳥居の前。
タキシード仮面の答えに、朽ちた竹槍を持つ装束姿の男、雄一郎は不満を溜め込んでいた。
宮司であるレイの祖父は、懸念の表情で両者のやり取りを見ている。
「俺は前までのひ弱な俺とは違う! その気になればあの猿だって……」
「そんな武器では無理だ」
「なんで分かる!?」
彼とはずっと口論を続けていた。無謀を叱ったり、宥めすかしたり。それでも、男は恋する少女に誓ってあの怪物に挑むと言って憚らなかった。実際、白馬相手には巧く立ち回れていたから話がややこしい。
タキシード仮面は、ある覚悟を決めて語りだした。
「私たちが、『あちらの世界』を見たからだ」
「あちらの……世界だって?」
雄一郎にとっては初耳であることを確認すると、タキシード仮面はあちらの世界で見たことを語った。
その目で実際に見たすべてを。狩人と怪物たちが繰り広げる、凄まじい生存競争のあらましを。
「……人の背を超える馬鹿でかい剣を?」
「言っておくが、彼らは少なくとも君ら10人分の腕力がある。今の君たちが束になってかかっても押し倒すことすらできないだろう」
このことを言うのを迷った原因は、バゼルギウスでの一件だ。一般人にとって、あちらの世界は未知そのもの。いらぬ不安を掻き立てる可能性がある。
だが、それでも言わねばならないと彼は腹を括った。
「逆に言えば、怪物たちはそんな者たちが数人がかりで挑んでやっと倒せる相手だ。君はそんなとてつもないモノにたった2人で挑もうとしている」
雄一郎の髪に隠れた瞳に惑いが生まれる。それを見たレイの祖父は、手に持っていたのこぎりをその場に落とした。
「やめよう、雄一郎」
「……お師匠、そんな」
「ふと、レイが戻ってきた時に果たして今のお前を見て喜ぶのか、と思ったのじゃ」
「……」
「ワシだって怪物どもは憎い。気持ちはよく分かる。じゃがワシらがあの子の無事を願うように、あの子も同じくらいこちらのことを思うとるんじゃないかの」
雄一郎は黙り込み、悔しそうに歯を噛み締める。タキシード仮面はその肩を持つ。遂に雄一郎は、その手から竹槍を手離した。
「今はただ……待つんだ。自分が役に立てることは何かを考え、その時を逃さないようにする。今、できることをするんだ」
「俺にできることなんて、一体」
「……みんな」
声に導かれて見ると、小さな少女が、鳥居を潜ってすぐそこにいた。タキシード仮面が迎えに行くと彼女も走り、境内の中央で再会を果たす。
「……ちびムーン、無事か!? 後の者は?」
「えぇ。みんなはあの猿と戦ってるわ」
「いまの状況はどうだ?」
「正直、厳しそう」
俯いて首を振るちびムーンを見て、男たちは信じられないと言いたげな顔をする。
「セーラー戦士でも敵わないってのか……?」
その時、雷が落ちた。
次の瞬間、境内には確かに幻獣キリンの姿があった。
近くにいた男たちは、死んだと思われた獣の再登場に腰を抜かす。
「ま、ま、また現れおったか!?」
一方のちびムーンは、思わずキリンの方へ駆け寄りかけた。
「……生きてたのね!」
しかし角の中折れた幻獣は、赤い瞳でこちらを牽制。タキシード仮面はそれを察し、ちびムーンを引き下がらせた。
「ク、クソッ、こうなったらもう一度……」
「待って!」
セーラーちびムーンの呼びかけに、竹槍を拾いかけていた雄一郎は、今度は素直に振り向いた。
「絶対にとは言えないけど……あの子は、あたしを逃してくれたかも知れないの」
「……あ、あいつが……味方だって言いたいのか!?」
「少なくとも敵じゃないことは、いま証明されてるわ!」
雄一郎だけでなくレイの祖父まで彼女の意見に驚愕するが。しばらくして、タキシード仮面があることに気づきキリンを見据える。
「確かに……彼に敵意があるなら、既に攻撃してきているはず」
男たちは、もう一度キリンの方を向く。確かにあの獣は先ほど彼らに小突かれたはずなのに、一向に敵意を見せてこない。
幻獣はじっとこちらを見つめたまま、耳を一回、巡らすように動かした。
そこからしばらく、睨み合いが続いた。日もいよいよ地平線に沈み始める。
「いったい何をしたいのじゃ、アヤツは……」
レイの祖父が戸惑っていると、遠く奇声が聞こえた。
突然上空から黄金の弾が乱入して、境内に着地とともに既にボロボロの石畳を再び粉砕する。
金獅子ラージャンだ。
「ひいっ!?」
男たちは驚きを隠せない様子だ。しかし、更に驚くべきことが起こる。
キリンが、ちびムーンとタキシード仮面の後ろへと歩いて割り入ってきたのだ。
それを見た彼女たちは顔を見合わせると、男たちを遠ざけ、自ら進んでラージャンの行く手を阻む。
「な、な、何をする気だ!」
「この子のことを信じてみたいの!」
「大丈夫だ。いざという場合、逃げる用意はしてある。君たちも、今のうちに隠れるんだ」
彼女たちは不動であった。なんと幻獣キリンも、雷を降らせることはしない。
わざと半分に折れた角を揺らして見せびらかす。
ラージャンは、しばし顎をゆっくりと回したあと。
後肢で石畳を蹴り出した。
そのまま人間たちも薙ぎ倒さんと、直進のままスピードを上げる。
そこへ、タキシード仮面がちびムーンを抱えあげ横に跳びながらステッキを伸ばした。
突然眼の前に伸びてきた得体の知れない物体を、金獅子は瞬発的に身体をねじり、回避。
次の一歩を踏み出した彼が見たのは、背を向けた幻獣の姿だった。
キリンが後方へ蹴り出した踵が、ラージャンの顎を直撃。それは見た目以上に凄まじい威力を放ち、一時ラージャンの身体が中を浮く。
一時的な脳震盪を起こしたのか、金獅子は何とか着地するもふらつく状態に。
「サイレンス・グレイヴ・サプライズ!」
透き通る声が鳥居の方から木霊した。
突き出した二叉の鎌の先から放たれた破滅のエナジーが、転がり倒れる金獅子を今度こそ捉える。
「ヴヴヴォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッ゙ッッッ!?!?!?!?」
絶叫とそれを包む暗闇が、境内の真ん中に拡がった。
残滓の消え去った後にはクレーターだけが残り、あの恐ろしい猛獣は跡形もなく消滅していた。
その向こうにいたのは、セーラーサターンとセーラープルート。
「間に合って、良かった……」
エナジーを使い果たしたサターンが、思わずその場に崩れ落ちる。プルートも白杖を付きながら崩れ落ちるあまり、緑髪を地面へ垂らす。
「てっきり単身で戦うつもりと思っていたが……これを狙っていたのか」
タキシード仮面はステッキを胸元にしまった。
成り立ったのが奇跡とも言える、一瞬の決着だった。
先ほどまでちびムーンの隣にいたキリンも、いつの間にか消えていた。
まるでそこにいたのが幻かのように。
「ほ、本当に、助けてくれた……?」
雄一郎は、呆然としてそう呟く。
「単純に私たちが都合よく利用されたのか、それとも……」
プルートは、もう少し現実的な解釈を述べた。身を挺して彼女たちを助けたとも、能力を利用して天敵を倒したとも見える。
「……何とか、倒せた……か」
プルートの隣、ネプチューンに抱えられ今しがた鳥居に到着したウラヌスが、一言を添えた。
ごろごろと、遠く雷が鳴る。
またあの獣かと予想した人間たちが空を見上げるが。
その顔を照らしていた夕陽が陰る。
彼らの視線の先、鳥居の向こうで。雲が速く流れ、黒雲が主役になり始めていた。
一際冷たい風が頬を撫でる。
嵐が来ようとしている。
予想通りジンオウガさんが1位だったけど新参のネルギガンテが2位とは意外だった。海外も入ってるからかもしれない。
そして色々と展開が忙しかった今回のエピソード。2話で終わるよう結構頑張って詰め込んだけど性急な展開になっちゃったかもしれない。(でも多分次の外部エピソードがまた4話になる……)