セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて   作:Misma

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陸珊瑚の台地にて、妖魔ウイルスという災いの一端を再び掴んだセーラー戦士たちは、テルルとビリユイの策略により瘴気の谷へ落とされたのだった…。


飢え渇く獣らは黄泉にて嘶く①(☽)

 澱んだ空気の腐臭で、うさぎは目を覚ました。

 

「う……ひっどい臭い……」

 

 薄目を開けたうさぎの視界に、蠢く血色の爪が見える。その向こうには、ひっくり返った連絡機の無残な残骸。

 どうやら彼女たちは、連絡機が壊れた拍子で地面に投げ出され、気絶したようだ。

 ということは、ここは。目の前にいるのは。

 

「……ギルオス!」

 

 うさぎは積み重ねた狩人の勘ですぐさま覚醒して起き上がり、叫んだ。まことや美奈子は既に立ち上がり武器を構えている。

 周囲を囲むのは、四肢のついた蛇のような姿をした蒼緑の体表を持つ生物の群れ。ギルオスと呼ばれる、麻痺毒を含んだ牙で襲ってくる牙竜種だ。

 慌てて彼女たちは武器をぶん回した。後から起きたレイや亜美も加わる。彼らの一部に攻撃を喰らわすと、深追いすることはなくすぐ背を向けていった。

 

 ギルオスたちを追い払ったあと、うさぎたちは頭上を見渡す。

 厚い雲が灰色に空を覆い、入り組んだ茶色の岩場が様々な形に頭を伸ばす。

 

「う、うわっ!?」

 

 ふと足下を見たまことが思わず脚を除けるも、その足裏が付いたところからも急いで脚を除け、やがてそれが果てしない作業となることに気づく。

 大地は、無数の骨に覆われていた。

 

「瘴気の……谷」

 

 誰もが初めて見る地獄の底にも似た醜悪な光景に眉をひそめるなか、亜美が辛うじてその名を口にする。

 陸珊瑚の台地の地下に広がる瘴気の谷。

 うさぎたちはそこで、孤立無援の状態になったのだ。

 

 取り敢えず救難信号は打ち上げたものの、アステラから大蟻塚の荒地までしか翼竜が飛ばず研究基地から繋がる連絡機が壊れた状態ではもはやどうしようもない。

 彼女たちは骨肉の絨毯が広がる土地を踏み、何か手がかりはないかと歩み始めた。

 

「……ハンターノートで知ってはいたけど、こんなにおぞましい所だなんて」

 

 近くにあった高台に登ったレイは、未だに青い顔で広がった景色を見つめた。

 

 地表近くには黄土色の腐敗ガスが溜まり、人の頭くらいの大きさの蜘蛛が骨の間を徘徊し、僅かに残った腐肉をニクイドリと呼ばれる黒い鳥類が啄んでいる。少し遠くを見れば、大蛇の頭骨に似た巨大な岩が風化しかけている。

 

 色彩豊かな珊瑚と光に囲まれ、ともすれば天国を想起させた陸珊瑚の台地とはおよそ真逆の風景だった。

 一面中に漂う死の臭いに普段活発なうさぎと美奈子でさえも言葉を失い、携帯した回復薬や携帯食料を口にする気力すら失せていた。

 

 ともかく、この地にいるという女性、フィールドマスターの救出が研究基地から預かった第一目標である。

 気晴らしの意味も込め鎌の切先のような突起が生えた奇妙な回廊を通り、岩棚を渡り歩く。しかし、それでも1つとして骨の見えない土地はない。

 ツタが一面を覆う岩棚に来た時に風が吹き、思わず美奈子が蝶素材でできたファルメル装備を必死にさすった。

 

「ううっ……さっぶぅぅぅぅっ!!」

「しょっ、瘴気の谷ってこんな気候だったっけ!?」

 

 うさぎも横でがちがち歯を鳴らして同じようにする一方、レイは足下で時間が止まったように群れで縮こまるカブトガニを見ていた。

 

「多分……違うわよね」

 

 どうも、生物の動きも鈍いように感じられた。亜美とまことが、岩棚の際から暗い谷底を覗き込む。

 

「下から風が来てる気がするわ」

「てなると、原因はそこかな」

 

 この谷に来た彼女たちのもう一つの目標は、異変の調査だ。実際、災いまで残された時間も少ない。救援を待つまでもなく、次に目指すところは決まっていた。

 

 今度は逆に下層へ向かう。最初に落ちた地点を通り過ぎ下り坂を過ぎると、先の上層部を天井とした暗い洞窟が口を開ける。その入口から、黄土色の澱みがより濃くなる。

 

「けほっ、けほっ……」

「確かこれが『瘴気』……」

 

 澱みに入った少女たちは、喉に焼かれるような痛みを味わった。

 この靄の正体は屍肉や生物を分解する肉食の微生物、即ちバクテリア。空気中に棲まう彼らは人体にとっても有害で、獲物を内部から少しずつ蝕むのである。セーラー戦士の力で中和してもなお喉の痛みは酷いものだ。

 できる限り、息を止めて進む。しかしそうそう進まないうちに彼女たちは息を吐き出しそうになる。

 血溜まりだ。

 上層以上に生々しく夥しい骨、それにこびりついた肉片が床を埋め尽くし、それが壁にまで堆積物として突き出している。

 

「うっ……!」

 

 前に向き直った少女たちはますます戦慄した。

 一点に、大量の蠢くモノが群がっている。

 そこにあったであろう死骸はもはや原型を留めていない。ニクイドリ、ヘイタイカブトガニ、スカベンチュラ、ウロコウモリ、ギルオスといった生物たちが我先にと僅かに残った屍肉を争っている。

 

「何て……おぞましい……」

 

 喉の痛みすら忘れて亜美が呟いた時だった。

 乱入者が現れる。

 ナイフのように鋭い四肢の爪が地上の血と骨を蹴散らし、餌場へと飛び入った。

 

「アオオオオオォォォオオオオオッッッッ」

 

 血のように赤く、一際大きい体躯を持つ犬のような生物が死骸を踏みつけると、鎌首を持ち上げ異様に甲高い咆哮を上げた。

 それを見た群衆は、何の抵抗もせず地へ空へと散らばった。

 凶犬は肋骨の中に口を突っ込み、既に食い荒らされた内臓に猛然と食いかかる。

 

 その姿をはっきりと捉えた少女たちの顔が恐怖に引き攣った。

 皮膚と呼ばれるべきものが見えなかったからだ。

 一言で表現するなら、全身の皮を剥がされた狼である。

 全身が血塗れた色の筋繊維に覆われ、爪は見間違いではなく1()0()()が肉を引き裂き、全く動きも瞬きもしない緑の小さい瞳が光り、剥き出しになった牙が屍肉を咀嚼する。

 

 惨爪竜オドガロン。

 それが、彼女たちが研究者たちから調査にあたって気をつけるよう注意された眼の前にいるモンスターだ。属する分類は牙竜種。

 

 やがてオドガロンが鼻をひくつかせた。前方を向いて、それまでいなかった新入りを捉える。

 

「……目、つけられたわ」

 

 息を潜めながらレイが呟くと、仲間たちはそっと武器に手を添える。

 予想の斜め上をゆく容貌にずっと驚いている暇はない。

 餌を横取りしにきたと思ったのだろうか。今の惨爪竜は凄まじく機嫌が悪いようであった。

 

 先制はあちらからだった。

 飛びかかると同時に空中から爪を振りかざす。

 うさぎたちは一斉に散らばり、その一閃を避けた。

 

「ごほっ、げほっ!!」

 

 少女たちは、地表を転がった拍子に咳込んだ。

 ここは瘴気が支配する洞窟。本来なら、明らかに人が戦うべき場所ではない。

 

「くっ!」

 

 レイは炎燃え盛る太刀を引き抜き、ぶん回した。すると、その周囲だけ瘴気が晴れ、彼女は何とか息が出来るようになった。

 それを見た亜美はあることを思い出して近くの骨をまさぐり、赤色の小さな石を見つける。

 

「みんな! 松明弾を撃つわ!」

 

 そう宣言するとスリンガーにその石を装填し、仲間たちの周囲へ数個発射。それらが衝撃を受けると火花を散らして着火、火種となり、周りにあった瘴気を払った。

 瘴気に住む微生物は火や熱に弱いため、こうやって一時的な安全地帯を作ることが出来るのだ。

 亜美は特に瘴気の谷の環境について事前にハンターノートを読み込んでいたため、すぐこのことを思い出したのである。

 

「ありがと、亜美ちゃん!」

 

 うさぎは礼を述べつつ、引き続きオドガロンへの対応を急ぐ。

 惨爪竜は素早く縦横無尽に骨肉の海を駆け回る。

 少し離れたところにいたまことに向かって深く踏み込んでの噛みつき、それが躱されれば振り返っての二連撃。

 ちょうど眼前にいたうさぎに対しては前脚の爪を伸ばし、避けたところにあった地面ごと引っ掻くことで深い傷を残す。

 そして攻撃の隙は、即座に別の目標へ駆け寄ることでほぼ潰される。回避と攻撃を繋げることで狙いを付けさせず、包囲を乱さんとする動きだ。

 

 しかし、うさぎたちも古龍を制した狩人。この牙竜を前に過剰に恐れ慄くような真似はしない。

 ガンナーである亜美と美奈子はしっかりと動きを見て風を切る惨爪を避け、氷結弾とLv2通常弾を表皮へ的確に撃ち込む。

 剣士であるうさぎ、レイ、まこともその場から下手に動くことをせず、待ち構え反撃する形で連撃をいなしていく。

 

 ある程度の傷を負ったオドガロンは不意に骨の堆積した壁を蹴り跳び、亜美に向かって10本の爪を振り翳した。

 

「アオオオオオォォォオオオオオッッッッ」

 

 地面に爪を突き立てた途端、骨を吹き飛ばすほどの爆発が起きる。

 亜美が地表に設置した起爆竜弾だ。

 

「……よしっ」

 

 小さく呟いた彼女に対し食いかかろうとしたその胴体を、まことのハンマーが横向きに打ち据える。

 脚のバランスを崩された餓狼はそのまま倒れ伏した、と思いきや。

 

「キィャアオオオオオオオオオオッッッッ!!!!」

 

 地を蹴り出し、転がり込みざまに前脚を振る。

 慌てて身体を捻ったまことの篭手を僅かながら削いだ。

 

「うわっ!」

 

 亜美の横をそれが通り過ぎた瞬間、彼女は惨爪竜の横顔に比較的古い、大小の傷が刻まれていることに気づく。

 

「手負い……?」

 

 オドガロンはそのまま、戦場から流れるように去った。彼の四肢は一歩ごとに人間を裕に置き去りにする距離を踏み、あっという間に洞窟の横穴の中へと消えた。

 

──

 

「ええ、腐った肉!?」

 

 美奈子がスリンガーから松明弾を撃つのも忘れ、素っ頓狂な声で返した。

 洞窟の奥を瘴気を払いながら征く道中だった。亜美は頷いた。

 

「ええ。ここの生き物たちは、上から落ちてきた生物の死骸を食べて生きてるらしいわ」

「そんなのうさぎでもしないわね……」

「あたし、いったい何て思われてんですかねぇー!?」

 

 レイの口から零れた言葉にうさぎが歯向かいかけたのを、まことがまぁまぁと宥めすかす。

 一方で彼女はふと首をひねる。

 

「餌を護るにしても、なんであんな必死だったんだろう。やっぱ妖魔ウイルスが影響してるのかな」

 

 まことが指しているのはオドガロンのことだ。亜美も、その身に刻まれた傷のことを振り返る。

 妖魔ウイルスは、周囲の生物からエナジーを吸い取るため生態系に悪影響をもたらすとされる。それで残った獲物の取り合いが激しくなるのは十分考えられることだ。

 しかし、レイは骨の横たわる地を眺めると呟いた。

 

「それにしてはおかしいわ。ガジャブーの族長は、ここで妖魔ウイルスに感染したのよね? ……なのにここまで来て1つも妖気を感じない」

 

 印を結んだレイの霊感は、妖魔特有の臭いを全く感知しない。実際、ここに来てから散々現大陸で見た妖魔化生物とは一度も会えていないのである。

 

「またデス・バスターズの奴らが細工をしたって可能性は捨てきれないわ。ちゃんと痕跡を探してみましょう」

 

 亜美の言葉に皆が頷き、それぞれ地面を見回し始めた時だった。

 

「あれ……これって」

 

 うさぎが呼びかけて指した先、人の足跡らしきものがある。

 

「え、ちょっと……奥まで続いてるわよ、これ」

 

 美奈子が足跡を目で辿ると、それはさらなる下層へ繋がる道へ続いていた。

 自然と少女たちのなかで、最悪の想像が膨らむ。

 オドガロンの住処は、恐らく瘴気の谷の深部だ。

 

「……フィールドマスターさん」

 

 急いで彼女たちは、新奥へと足を踏み入れた。

 中層下部に来て崖上に見えたキャンプテントは獣か何かに潰されていて、大量の書き物と携帯食が食いかけで置かれていただけだった。本来なら周囲を照らす松明も倒され消えている。

 その下に降りると──オドガロンと人の足跡が重なっていた。

 

「本当に……マズイかも知れない!」

 

 少女たちの足は早くなった。

 足跡の続く先には瘴気はこれまでと打って変わってほぼなくなっている。洞窟の奥からは、青く澄んだ色の反射光が差し込んできていた。

 しかし彼女たちの行く手を阻むように、気温が一気に下がる。かつて赴いた雪山に匹敵するほどの寒さだ。

 おまけに地面には霜まで降りている。そんな異様な光景から吹いてきた一筋の風に、流石に彼女たちの足取りは鈍る。

 

「行こう。フィールドマスターさんは調査団にとっても、あたしたちにとっても大切な人よ」

 

 うさぎは、仲間たちの背中を押すように言った。

 面識もない人に対しそう臆面もなく言い放った彼女を笑う者はいない。

 彼女たちはいま、調査団の一員でもあるからだ。

 

──

 

 瘴気の谷の深層に入ったうさぎたちを出迎えたのは、一面の水色と白銀だった。

 本来、ここは地表に降り注ぐ酸性雨が上層と中層を通して濾過され、『酸の池』として集まる場所。実際、これまでの濁った光景とは裏腹に神秘的に輝く姿は驚くほど美しい。

 

 しかしそこはいま見渡す限り、凍てついた大地と化している。

 

 辛うじて、透き通る氷となった酸の奥で液体が動くのは確認できた。だが、調査団が残した文献にはこんな光景は報告されていない。

 

「これが……寒さの正体?」

 

 亜美の足下で胞子草が枯れ果てていた。彼女は途方に暮れたように一歩、また一歩と踏み出し一面を覆い尽くす氷の城を見渡す。

 

「こんな状態じゃ、この地の生態系はダメになってしまうわ!」

「どういうこと?」

「微生物は、死骸を分解して養分に変え、大地に還す役割を果たしてるのよ。彼らは、こんな極端に気温が低い環境では生きられない!」

 

 美奈子の問いに、亜美は見るからに狼狽して答えた。

 

「じゃあ、生態系の根っこから崩れるってことじゃない……!」

 

 レイは垂れ下がったつららに映る歪んだ己の顔を見つめ上げた。まことは、当然次に浮かんだ問いを口に出す。

 

「じゃあ、いったい……誰の仕業なんだ!?」

「キュオオオオオオオオオオオオ……」

 

 何かを吸い込むような音が聞こえた。

 はっとして少女たちが奥に続く道へ視線を向けると。

 

 屍肉の塊が、周りに瘴気を靡かせて歩いていた。

 

 一瞬動く死体かと思われたが実際は違った。全身に屍肉を纏っているのだ。

 細い四肢に、尻尾に、二対の翼に、頭に。余すことなく肉片を外套の如く垂らし、揺らしている。ぬめりのある胴体だけが、青っぽい色を周囲の氷から反射して映し出していた。

 頭らしき部分を、そこに大きくランタンのように光る目に似た器官をこちらへと向ける。

 そして。

 

「ファオオオオオッッッッ」

 

 顎を開いて氷を踏み割り突っ込んできた。

 

「わっ!」

 

 不意を突かれたが、距離が遠かったお陰で回避が間に合う。腐肉製の頭巾の下からは空洞になった顎が覗き、その内部にもう一つの顎が見えた。

 

「あれは確か、屍套龍ヴァルハザク……!」

 

 亜美は美奈子と並んでライトボウガンを取り出しながら、屍肉の翼を開く化け物を見据える。

 ヴァルハザクは首をゆっくりと回すと、口内から濁った瘴気を一直線に吐き出した。

 その量たるや凄まじく、後方にいるガンナーにまで届く圧倒的射程をもって横に薙ぎ払う。

 少女たちは急いで頭を下にずらすことで、何とかその攻撃はやり過ごす。

 

「さすがは、瘴気を統べる主だわ」

 

 レイは太刀の刃に炎を宿らせる。

 ヴァルハザクは瘴気──そこに住まう微生物と共生関係を築いている。

 彼は今のように瘴気を武器と用いて、弱らせた生物や死骸を分解した瘴気からエネルギーを貰うのだ。

 

「でも……こんないきなり襲ってくる……なんてっ!!」

 

 次に迫った細長い牙を避けつつ、前脚の屍肉を斬る。

 簡単に肉の鎧が削がれる。手応えもいい感じだ。

 うさぎやまことが続いて胴体を叩くと、ヴァルハザクは上体を持ち上げ首を下へ伸ばす。

 

「離れてっ」

 

 嫌な予感がよぎった美奈子は、剣士である3人に指示。彼女たちが武器をしまうと、ヴァルハザクは眼下へ瘴気を吹き付ける。

 急いで離れるうさぎたちを追い立てるように、瘴気は同心円状に拡散。氷しかなかった地はたちまちのうちに瘴気の海と化す。

 またもや咳込んだうさぎは、急いでスリンガーに残っていた松明弾を瘴気へと撃ちこむが。

 

「なにこれっ……全然払えないっ」

「これじゃあ調査どころじゃないな!」

 

 ヴァルハザクが放った特殊な瘴気は、熱を受け付けなかった。

 まことが嘆きつつハンマーを構え直す。

 実際、今の状態でフィールドマスターと出会えばかなりの危険が伴う。調査を再開するとしても、ヴァルハザクを追い払って瘴気が晴れてからの話だろう。

 

 先の惨爪竜に続き、古龍があちら側から食らいついてくるという異常事態。

 しかし攻撃を躱すうち、彼女たちはいくつもの不自然な点に気づいた。 

 

「何だか、動きが鈍い……?」

 

 そう呟いたのは、最前線にいたレイ。他のメンバーも同じ感想で、遠目に対象を観察できるガンナー勢は他の点にも気づいた。

 具体的には3箇所ほどの違和感を挙げられる。

 

 まず、瘴気の量が少ない。時折、瘴気を吐こうとするが不発に終わる場合が非常に多い。肝心の瘴気も勢いが弱く、吐き出されてすぐに晴れてしまった。

 次に大小の傷。黒ずんだ凍傷のような傷跡と表皮に刺さった棘のようなもの。挙句の果てには飛膜にぽっかりと食われたような跡が、ヴァルハザクの身体に深々と刻まれている。

 

 そして何よりも大きいのは──以前に対峙したテオ・テスカトルとは比べようもない覇気のなさ。

 仮にも古龍である。並大抵の生物ならば動けなくなるような威厳と猛烈さが前回の炎王龍にはあった。

 だが、屍套龍はその比較的温厚な性格や少女たちの古龍への慣れを差し引いてもやはり一つ一つの動作が重く、どこか苦しげにも感じられる。

 

「もしかして、弱ってるの……?」

 

 氷結弾を撃ち尽くした亜美がそう予測を述べた時。

 そこへ、四肢を持つ影が飛び出した。

 惨爪竜オドガロンである。

 驚く少女たちを他所に、彼は一目散に屍套龍へと駆けていく。

 

「あ、相手は古龍よ!?」

 

 レイの叫びも無視してなんと惨爪竜は屍套龍に馬乗りになり、その纏う屍肉に喰らいついた。

 普段なら竜が龍に平伏し、畏れ、逃げる一方的な関係。自然界の絶対的な掟。

 それを嘲笑うかのように。

 惨爪竜が、屍肉の一片を食い千切る。

 

「ゥゥウウウオオオオオ……」

 

 儚く虚空に響く声を上げたヴァルハザクは、その身から上方へ瘴気を噴き出して追い払おうとするが、勢いが足りない。

 結局、オドガロンは頸や飛膜の辺りの屍肉を無理やり引き剥がし、咀嚼する。

 その辺りでやっと瘴気が効いたのか、鼻を突いた瘴気に彼は嫌がるように首を振り、飛び降りた。

 そして嵐のように、中層へ続く洞穴へ踵を返していった。

 

「嘘でしょ……?」

 

 ある程度露わになった屍套龍の姿に、うさぎを始めとした少女たちは攻撃を忘れ言葉を失う。

 頸の辺りを、大きな歯型と棘のようなものが貫いている。背の辺りは霜が降りたように真っ白に染まり、しかも一部が欠けている。腹付近は風穴が開けられており瘴気で出血を食い止めてはいるようだがかなり痛々しい姿だ。

 

 屍套龍は、力を振り絞るように四肢を動かした。狙いはうさぎに付けられている。

 

「わっ……」

 

 二重の牙が迫る。

 それが大きくうさぎを噛もうとした時、動きが止まった。

 亜美が引き金を引いていた。

 屍套龍の頸に氷結弾が突き刺さっていた。

 

 天井を見上げたのち。

 屍套龍は嘆くような声をあげて沈み込んだ。

 そして、動かなくなった。

 

 古龍が目の前で死んだ。

 驚くほどあっさりと。

 

 衝撃が少女たちの頭から抜けてくれない。

 それは古龍を討伐できたことに対する喜びではない。戸惑いと恐怖だ。

 なぜ、討伐できたのか?

 古龍は強大な生物ではなかったのか?

 そもそも彼を討伐するべきだったのか?

 

 彼女たちの脳内で鳴り響く疑問を、駆ける足音が遮った。

 オドガロンだ。

 続いて小さなこの地の分解者たちが、一斉に地から空から出張ってきて古龍の死骸を喰らう。血肉を貪り、骨を齧る。

 

 理解できない。

 彼女たちにとって、大切な何かがその言葉と共に崩れ去ろうとした時。

 

「あんたたち、こっちへ来な!」

 

 年を召した女性の声が聞こえた。振り返ると、登山服のような格好にゴーグルとマスクをした、スリンガーに似た装置を杖代わりに使う人がいる。

 彼女は、何度も自身の横にある洞穴を指差している。

 

 うさぎたちは半ば呆然としたまま、その人物の誘導に従った。

 

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