セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて 作:Misma
なるが帰路を急いでいたところ、スマホに新たな着信が入った。
彼女が送信者の名を目にした時、なるは怪訝な表情を浮かべた。
「え?なんであいつから……」
送信者は海野だった。メールの内容は、なるの家の前で話したいことがあるとのことだった。
どうやら、今日中でなければならない緊急の話らしい。
──
「なるちゃん、この度は誠に申し訳ありませんでした!!」
夕暮れ自宅の前で会うや否や、海野は土下座して頭を深々と下げた。
「ちょっと、止めてよこんな人前で!目立っちゃうじゃない」
「あの時、僕の配慮が足らなかったばかりに、なるちゃんの心を傷つけて……何とお詫びを申し上げたらいいものか!!」
頭をじりじりと地面に押し付け謝る海野を前にし、なるは腕組みをしてそっぽを向いた。
「別にあたしは怒ってないわよ。あの時は身体の調子が悪かっただけ。ほら、そんなことしてないで早く立ってよ」
「いえ、これは全て僕の責任です……これ以上、なるちゃんの笑顔が曇るのをもう見たくはありません。そこで、僕からなるちゃんにある提案をしたいんです」
海野はすっくと立ちあがって、胸の前で拳を握る。
「なるちゃん!ここはせめて、なるちゃんの家を荒らしたあのおっかない『鳥』を懲らしめて……!」
なるは、反射的に顔を歪めて海野の頬を平手で引っ叩いた。
彼女の表情は、激情に駆られていた。
「あんた、馬鹿なの!?あの『鳥』は、タキシード仮面とちびムーンでも敵わなかった奴よ、私たちの出る幕なんかないわ」
「し、しかし、なるちゃんはそれでいいんですか?」
それを聞いた彼女の口元が歪み口調が淀む。
「……そりゃあ、出来るなら私だって戦いたいわよ。でも、実際は私たちはこうやって嵐が過ぎ去るのを待つしかないの」
「やってみなくちゃ分かりませんよ!もう僕は、このまま何もせずなるちゃんが悲しむ表情を見ていたくないんです!」
彼のぐるぐる眼鏡の淵から涙が漏れ出た。
「何でもお申し付けください。この海野ぐりお、なるちゃんの手足にでも何でもなります」
「……海野」
胸に付けた宝石が、今にも沈みそうな夕日を反射して光っている。
「それなら、一つ条件を付けるわ。あたしも一緒に戦わせて」
一瞬、海野の表情が揺らいだ。
「そ、それは……」
「何なの?女は後ろに下がってろって?」
「そそそ、そんなことは言ってませんが、当のなるちゃんを危険に晒すなど……」
「あんた、『鳥』について何も知らないでしょう?実際に奴を見たことのある私の方が詳しいわ」
結局、その後もなるはしつこく食い下がり、海野は渋々ながら彼女との共闘を認めた。その後は、落ち込んでいるから友達の家に寄ると言ってどうにか母の目を誤魔化し、作戦を立てることとなった。
──
月明かりに照らされながら、タキシード仮面とセーラーちびムーンは宝石店で『鳥』の飛来を待っていた。
ガラスが割れて荒れ放題となった宝石店に玄関口から隙間風がびゅうびゅうと入って来るのを、彼ら2人は真正面から全身に受けていた。
「タキシード仮面は、セーラームーンがいなくて寂しくないの?」
「何を言っているのだ。私は君がいるだけでも十分心強いよ」
その大人びた笑みを前にしても、彼女の微妙に曇った表情は変わらなかった。
「……嘘よ」
唇から発せられたその言葉は、口元ですぐに消えてしまうほど小さかった。
「セーラーちびムーン?」
「何でもない」
諦めて横を向いたちびムーンの耳に、何かが風を切る音が入る。
「来るぞ!」
第二ラウンドが始まろうとしていた。
鳴き声から、すぐに察しはついた。夜空に、月を背景にこちらに羽ばたいてくる影が見える。
『鳥』は店内に滑空してガラスの破片を踏みながら侵入してくる。奴はすぐに戦士たちの姿を認め、忌々しげに鳴く。
「これ以上宝石は盗ませんぞ!」
タキシード仮面が弱点の尻尾目掛けて投げた薔薇を、『鳥』は横に走りだして避ける。
奴は首を激しく横に振り手足と翼をばたつかせ、狂ったように疾走を始めた。
不格好な走り方だがそのスピードは尋常ではない。奇声と共に毒液が吐き散らされ、それは止まることを知らない。
しかもこんな激しい動きをしておきながら、動きに疲れは全く見えなかった。
「なんて多芸な奴だ!」
タキシード仮面は突進してくる『鳥』とそれが吐く毒液をかわしながら密かに毒づいた。
奴に向かって薔薇や光線が浴びせられるが、足元に広がる毒液と動き回る標的が災いして狙いが定まらない。
その隙を狙って2人の目の前で急停止した『鳥』は、背中を向けたかと思うと8の字を描くように尻尾を振り回した。伸びた尻尾が2人を打ち付け、突き飛ばす。
そのまま2人は壁に当たって床に落ち、壁際に追い詰められた。両者とも立ち上がるが、それだけで精一杯だった。
「な、なんて強さなの……」
「しっかりするんだ、セーラーちびムーン!」
『鳥』は勝利を確信したようにのっしのっしと歩いてくる。その口に紫の涎が充満し、もはや死を待つのみかと思われたその時だった。
「待ちなさい!」
少女の声が室内に轟く。
彼らの視線の先にあったのは、大阪なるその人だった。
彼女は、昨日逃げ込んでいった出入り口に、今度は自分からその姿を現わしていた。
「なぜここに君が!?」
彼女はタキシード仮面の呼びかけをよそに凛とした表情で腕を上に突き出す。
「ほら!欲しいのはこれでしょう!?」
声を張り上げて真上に掲げた手からは、緑色の輝きが月の光を受けて放たれた。
「それは昨日の……!!」
「やめて!そんなの自殺行為よ!」
ちびムーンは制止しようと叫ぶが、既に『鳥』はなるに向かって走り出していた。彼女はその場から動こうとしない。
その身体が触れようとした瞬間、『鳥』の身体がドサッと鈍い音を立てて沈み込んだ。
「ギャアアアアアア!!」
「な……なんだ!?」
落とし穴だ。よく見れば、落とし穴の周囲に毒液によって木材が溶かされた跡があった。恐らく毒液で腐った床を崩して作ったのだろう。
「えいやああぁぁぁっ!!」
続いて入口から飛び出てきたのは、なるのクラスメイトである海野だった。その手には火を灯した松明が握られており、彼はそれを『鳥』の前に差し向けた。
「ウギョオッ」
『鳥』は、それを見て明らかに怯んだ。どうやら火を激しく嫌がっているようだ。
「そうか、ゴムは火に弱い!」
「ほれ、ほれ、ほれーっ!」
海野は奇声を上げながら、松明を鬼の形相で何度も『鳥』の眼前を突きまわす。
「タキシード仮面、セーラーちびムーン!今のうちに『鳥』のトサカを攻撃して!!」
なるの叫びを、タキシード仮面はしかと聞き届けた。
「セーラーちびムーン!!」
「わかった!」
ちびムーンは頷き、ロッドをピンクに光らせる。
「ピンク・シュガー・ハートアタック!!」
「さあ、受け取れ!」
タキシード仮面の手から薔薇が螺旋を描いて放たれた。
それにピンクの光線は互いに絡み合って威力を増し、空気を切り裂く閃光となって『鳥』のトサカに直撃する。
「ギャアアアアアアッ!!」
トサカは砕け、『鳥』は頭ごと光線に焼かれた。
たまらずそれは落とし穴から首を振ってのたうちながら這い上がった。そこから無理やり閃光を放とうとするが、肝心のトサカはもうそこにはない。それにも気づかず必殺技を放とうとする『鳥』に、タキシード仮面が薔薇を放つ。
それらは一瞬下げた頭に突き刺さり、ビクッと痙攣して動きを止めたかと思うと、『鳥』はゆっくりとその場に崩れ落ちた。
「『鳥』を倒したわ、タキシード仮面!」
セーラーちびムーンがタキシード仮面に飛びつき、彼は安堵と疲労、両方によるため息をついた。
なるも海野を伴って寄ってきて、ぺこりと丁寧に頭を下げた。
「ごめんなさい、タキシード仮面様。危険なことをしてしまって」
「なんて無茶なことを、と言いたいところだが……ありがとう。君たちが来ていなかったらやられていたところだった」
緊迫が解け、宝石店に和やかな雰囲気が流れる。
「……グルル……」
だが、事態はまだ終わっていなかった。
『鳥』の目がかっと見開かれる。
「ギャアアアアアアッッッ」
『鳥』は、死んだフリをしていたにすぎなかった。
奴はじたばたと暴れまわり、嘴ですぐ近くにいたタキシード仮面を突き飛ばした。あまりのパワーに燕尾服から星型のオルゴールが外れ、カラカラと音を立てて『鳥』の前に転がった。
「オルゴールが!」
タキシード仮面が腕を伸ばすが、『鳥』の方が少しばかり早かった。
『鳥』はオルゴールを咥えて奪うと、そのまま羽ばたいて飛び去っていった。
彼が宝石店の外に出た時には、もうその影は遠くにまで行ってしまっていた。
「タキシード仮面!」
『鳥』の後ろ姿を見つめていたタキシード仮面が振り返ると、なるたちが彼の後を追ってきていた。
「あの『鳥』を逃したのは残念ですけど、本当に今回はありがとうございました」
感謝の言葉を述べるなるの表情からは、以前のカフェの時に感じ取れた曇った感情が消えているように見えた。
彼女の手には、あの宝石が大事そうに握られている。
なるは何か言うのを躊躇して一旦視線をそらしたが、意を決したように真正面に向き直った。
「あの……セーラームーン、いないんですよね?」
タキシード仮面は何も答えなかったが、静かに彼女の言葉に耳を傾けていた。
「あなたがもし、セーラームーンがいないことで何か葛藤を抱えてたら……。貴方が本当にしたいことをして欲しい。貴方には、大切な人を護れる大きな力があるから」
「……」
「なるちゃんの言う通りよ、タキシード仮面」
「セーラーちびムーン」
「あたしは一人で大丈夫。プルートもいるし、ウラヌスやネプチューンだってきっと一緒に戦ってくれる。もう、寂しくて泣いたりなんかしないから」
「だが、私は」
なおも反駁するタキシード仮面に、ちびムーンは月の夜空に浮かぶ、小さくなってゆく影を指さした。
「ほら、貴方のオルゴールを奪い返さなくていいの?早く行かないと、何処かに消えてしまうわ」
「……すぐ戻って来る。約束だ」
ハットの鍔を押さえて、タキシード仮面は呟く。
「うん、約束ね」
彼は高く跳躍すると、月明かりに照らされるビルの屋上を跳ねながら、『鳥』の影を追いかけていった。
「いってらっしゃい、タキシード仮面」
ちびムーンの瞳には涙が浮かんでいたが、背中を見ていたなるたちはそれを知ることはなかった。
鼻をそっとすすって涙を引っ込めると、ちびムーンはさっきと同じ明るい表情で振り向いた。
「さあ、なるちゃん、海野くん。早く帰らないとお母さんにバレて怒られるわよ」
「分かった。貴女も気を付けてね、セーラーちびムーン」
そう言って別れを告げた後、なると海野は並んで帰途につく。
「海野、ありがとう。あたしの我儘に付き合ってくれて」
「いえいえ。なるちゃんが作戦を考えてくれたおかげで、何事もなく終わりました。なるちゃんの笑顔に貢献できただけで、私は幸せでございます」
「これからあたし、胸を張って生きられる気がする。こんな自分でも、自分なりに出来ることがあるんだって」
「それは良かった。……で、今思ったんですけど、その前から付けてた宝石は何て言うんですか?とても綺麗ですが……」
海野はそれとなく宝石を指さして言った。
「え、これ?これはねー……」
少し頬を指で押さえて考えた後、なるはいたずらっぽく人差し指を唇に当てて笑う。
「ヒミツ!」
「な、なるちゃん!そりゃあ無いですよー!」
彼女の頭上の夜空に、月光を遮る雲は一つたりともなかった。
怪物が出る街にしては煌びやかな光の点の集合が、オレンジに光る東京タワーの元を壮大に彩っていた。