セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて   作:Misma

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飢え渇く獣らは黄泉にて嘶く②(☽)

 

「すまなかったね、心配かけて。多分、お互い入れ違いになってたんだろう」

 

 洞穴に入ると、そこは辛うじて凍結を免れていた。

 目の前の女性は、前髪含めた白い髪を後ろへ伸ばしていた。歳はとっているが、まるでそれを感じさせない足取りだった。

 奥まで来ると、彼女はうさぎたちに気さくな顔で振り向く。ゴーグルとマスクを外したその顔はかなり皺が刻まれているが、それを上回る溌剌さに溢れている。

 

「改めて自己紹介すると、あたしはフィールドマスター。この谷を……40年くらいは見てるかな? あんたたちが噂の妖魔退治専門の新入りだね。よろしく」

 

 うさぎたちは握手に応じるが、どの顔も生気を失っている。

 

「あ、はい……」

「どうしたんだい、シケた面して。古龍討伐だなんて、大抵の狩人は飛んで喜ぶよ?」

 

 恐る恐る、亜美が口を開いた。

 

「あの、あたしたち……彼を討伐して……良かったんでしょうか」

 

 それを見たフィールドマスターは、感心したように顎をつねった。

 

「ははぁ、上位のハンターって聞いてたけど随分変わった子たちだねぇ」

「古龍は撃退したことはありますけど……まさか、あんな呆気なく死ぬなんて」

 

 レイは、先のヴァルハザクとの戦いをそう振り返る。

 先に受けた衝撃の余波がまだ皮膚にひりつくように残っている。

 圧倒的な生命力を持つはずの古龍が、倒れた。倒れてしまった。初めて対峙した炎王龍が古龍の基準となっていた彼女たちの中では、あり得ないことのはずだった。

 

「さっきのヴァルハザク、凍傷と棘のようなものが刺さってただろう」

 

 その言葉だけで、うさぎたちはすぐあの凄惨な光景を思い出すことが出来た。

 

「あれは計2体の古龍が原因だと見てる。1頭の古龍が齎した極端な気温低下ともう1頭による致命傷で、両方とも追い出したはいいが傷の回復がままならなくなったんだ。詳細は地上に戻って分析班に確かめといてくれ」

 

 フィールドマスターはそう語ると、一番手前にいるうさぎの肩に手を置いた。

 

「あんたたちがやらなくても、近いうちに屍套龍は死んでいた。むしろ、あんたたちが介錯してくれて良かったって考えりゃいいんだよ」

 

 うさぎは首を縦には振りかねたが、「……はい」と力無くも答える。

 

「でも、まさかこんなことがあるなんて」

 

 未だ衝撃を隠せない美奈子にフィールドマスターは軽く笑って杖代わりにした弩で地面を叩く。

 

「古龍は神様じゃない。あくまで大自然の一部として存在してる。この地が何よりの証明さ」

「……証明?」

「なんだあんたたち、知らないのかい」

「すみません。今回の騒動の関係で資料が足りなくて……」

「そっか。じゃあ、詳しいことは知らなくって当たり前か」

 

 亜美の回答を聞いたフィールドマスターは、しばらく間を置いて。

 

「ここはね、古龍たちの墓場なんだよ」

 

 少女たちを、二度目の衝撃が揺さぶった。

 

「死期を悟った古龍たちはこの谷で果て、その身に溜め込んだエネルギーを大地へと還元する。そうして、新たな生命を育む土壌になって……」

 

 フィールドマスターは、天井を挟んで遥か遠い上空を見上げる。

 

「その栄養を吸ってすくすく育った『花畑』が、陸珊瑚の台地なのさ。それだけじゃない、ここから大陸全域に地脈を通して栄養が運ばれる。だから、新大陸は生態系の楽園になった」

 

 彼女は朗々と、しみじみと語り部を務める。

 少女たちは真逆の雰囲気を持つ土地が互いに関係していて、果ては新大陸の根をも成していた真実に立て続けに目を丸くする。

 そして次に、別のことに眉をひそめ始める。

 

「……瘴気の谷って、そんな大事な場所だったのね」

「となると、ますますまずい状況かも知れないわ」

 

 レイに続いて亜美が呟くと、フィールドマスターは興味深げに眉を上げた。

 

「ほう。どういうことか聞かせてくれる?」

 

 彼女たちはその場の岩場に腰を下ろし、酸の滝のせせらぎを聞きながら話し始めた。

 これまでの新大陸における気候や生態系の変化、翼竜の異変、生物の大移動やガジャブーたちの調査での妖魔ウイルスの発見を報告する。

 

「なるほど……そいつは随分手こずらされたね。となると、この瘴気の谷が痩せたのもその変化の一環ってわけだ」

 

 フィールドマスターはその情報をもとに、この地に起こった出来事を整理した。

 瘴気の谷に棲む生物の主な栄養源は、陸珊瑚の台地から絶命して落ちてくる生物の死骸である。

 しかし嵐の夜を境として、翼竜を始めとする空を飛ぶ生物の数がかなり少なくなってしまった。更に妖魔ウイルスの侵入、奥地の騒ぎによる古龍の移動により環境が激変。

 結果、瘴気の谷の生物たちは飢餓に陥った。だからオドガロンや他の生物は、相手が古龍であろうと意地になって食らいついた。

 

「……もう、古龍の動向に構ってる暇はないよ」

 

 まことがそう真面目な顔で切り出した。

 

「これはつまるところ魔女との戦いだ。調査団の人たちにも一度、人の出入りを調べてもらうよう頼んでみようよ!」

「あの人たち、古龍のことばかり見てるもんね。そのうち新大陸のモンスターがみんな妖魔になって襲ってきたら、それこそゲームオーバーだわ」

 

 美奈子が続けて不安を口にする。

 しかしフィールドマスターは注意深く少女たちの話を聞いたあと口を開いた。

 

「あんたたちは……魔女をどのくらいに見積もってるんだい?」

 

 少女たちが一斉に戸惑いの視線を投げかける。

 デス・バスターズは最大の敵であり、全ての元凶。この世界の理までも乱す存在というのが戦士たちの共通認識なのだ。

 亜美が唯一、顔を引き締める。

 

「魔女は──彼らが使う妖魔ウイルスは、自然そのものを揺るがす存在です。最も対処すべき存在は彼らではないですか?」

「ほー、自然そのものを揺るがす、ねぇ。じゃあ、そいつをばら撒くだけですべての出来事が魔女の手先になって思い通りに動いてくれるってわけか」

「……フィールドマスターさんの考えは違うんですか?」

 

 フィールドマスターの言葉は、聞き方次第では事態の楽観視でもある。亜美はそれを見逃す少女ではなかった。

 反論を受けたその女性は、しばらくしてからゆっくりと立ち上がった。

 

「続きは、地上に戻りながら話そうか」

 

 フィールドマスターは再びゴーグルとマスクを着用、フル装備で洞穴の入口へと戻り始めた。

 言葉の真意は分からないものの、導かれるままにうさぎたちは彼女の後を追う。

 

 フィールドマスターはスリンガーに似た銃型の弩に、モンスターを追い払うためのこやし弾を装填。

 穴から顔を出して、ヴァルハザクの死骸にオドガロンがいないことを確認。一旦出て再び弩を構え脅威がないことを確認すると、うさぎたちに出てくるよう促した。

 

 しばらく警戒のため無言を貫く。瘴気の谷の中層、深層はほぼ全域がオドガロンの縄張りらしい。

 谷底を抜け、火で瘴気を払い、広場型の地形に出、血肉の海を渡り、坂を登り、最初に不時着したエリアが見えた時、彼女はやっと口を開いた。

 

「さて。あんたたちが最も恐れる妖魔ウイルスがこの地を蹂躙したとしたら、おかしい点はないかい?」

 

 地上に出たフィールドマスターはゴーグルとマスクを外し、穏やかな顔のまま振り返る。

 答えを待つ彼女の目を見て、美奈子は周囲を見渡しあることに気付いた。

 

「……フィールドマスターさんが……感染してない。あ、それどころか今まで見た瘴気の谷の生き物、どれにも!」

 

 女性は黙って頷き、前に向き直った。再び歩を進める。

 

「嵐の直後、あたしはここに生息する生物間で黒い靄が感染するのを見た。多分、それがあんたたちの言う妖魔ウイルスってやつだろう。あたしは警戒して上層のテントに籠もってたんだけど、1週間後に降りてみたら靄は隅々まで消えてしまっていた」

 

 淡々と語られた新事実に、うさぎたちは一瞬混乱して立ち止まりかける。

 つまり今では──とっくに妖魔ウイルスは全滅しているというのだ。

 

「原因は、ヴァルハザクを死に追いやった古龍がもたらした急激な寒冷化だった。まぁ結局、生態系は壊滅寸前になったけどね」

「でも、その原因を辿れば自然の外です。それを絶たねばまた……」

「大自然に内も外もないよ。自然って枠組みですら、人が創り出した概念に過ぎない」

「どういう……ことですか?」

 

 亜美による反論を、フィールドマスターはいつも通りの口調で滑らかに切って返す。

 

「高台に登ったら、別の話に変えようか」

 

 亜美はそこで初めて、自分以外の仲間たちが首をひねっているのに気付いた。フィールドマスターは先行してツタを登って先導し、少女たちをキャンプのある高台に上がらせる。

 かつて昇降機がギルオスの群れへ不時着した、最初に瘴気の谷への第一歩を踏みしめた地だ。

 ハンターでもないのに彼女は息を切らさず登り切り、少女たちの手助けをする。

 

「最近の学説じゃ、この瘴気の谷の地形はある大蛇に似た古龍がとぐろを巻いて死んだ賜物だって言われてんの。あたしたちが今いるのは、その背中」

「えっ!?」

 

 ツタを登ろうとしていたうさぎが振り返ると、それまでただ黄土色がかった骨塚としか見えなかった景色の見え方が変わった。

 遠くに見える岩が蛇の頭蓋骨に見える。天井から垂れ下がる幾つものつららは牙の化石だ。巨大な岩盤が連なる細長い回廊も、言われてみれば背骨のようでもある。

 全員が登り切ったのを確認すると、フィールドマスターはぴんと人差し指を立ててみせた。

 

「その蛇には何の意図もない、ただとぐろを巻いて死んだだけだ。だが、彼が元々あった生態系を丸ごと圧し潰したお陰で……次に彼の死体から染み出した生命力が、こんな奇妙な生態系を創造した」

 

 振り向いた少女たちは誰も質問に答えられず、これまで自分たちが何気なく踏んできた土地に目を奪われたままだった。

 あまりにも自分たちが日頃生きている世界と違いすぎて、想像が及ばない。

 

「あたしが一番脅威に感じるのはそういうこと。一片の偶然を礎に幾重にも連なる変化が、その先が読めないこと自体が一番怖い」

 

 亜美は俯いて、神妙な顔で彼女の言葉を嚙み砕いていた。

 

「今じゃ、妖魔ウイルスを含んでいた土壌から別地域の植物の芽が物凄い勢いで伸び始めてる。競争相手がいなくなったからだ。彼らにもし感情があれば、魔女には感謝してもしきれないかもね」

 

 亜美は、目を見開き顔を上げた。

 フィールドマスターは目に掌を翳して、遠く谷を見つめていた。

 

「あたしにはこの魔女と妖魔の事変……大いなる環の一片でしかないようにも映る。何の感傷もなく破壊と創造を無限に繰り返す、途方もなく巨大な、ね」

 

 上から見る谷はとぐろを巻き、登ってきた暗闇へとなだらかに落ちていく。その先に終わりは見えず、まるで回廊が永遠に続いていくようにも見えた。

 少女たちは黙っていた。半信半疑、相手が研究者とはいえあまりに壮大に過ぎる仮説にどう答えればいいのか分からない。

 そこまで言ってから、彼女は再びこちらへ人懐っこい微笑みを向けた。

 

「とまぁここまで言っておいてなんだけど、魔女に用心しとくべきってのは同意だよ。そればかり見てるうちに背後から刺されるのが怖いってだけさ」

 

 うさぎの肩にフィールドマスターは手を置き、励ますように揺すった。

 その後、彼女に案内されるがまま道を歩く。次第に死骸の数が少なくなっていく。白い靄を超えると、その傾向は一層顕著になった。

 陽光が差し込む。

 やがて陸珊瑚が見えた時、やっとうさぎたちの顔から緊張感が抜けた。そして遂に陸珊瑚の台地を眺め、研究基地が見える位置まで来た時、フィールドマスターは信号弾を打ち上げる。

 

「じゃ、アステラの連中によろしく伝えといてくれ。あたしは相変わらず勝手にやらせてもらってるってね」

 

 再び握手して、彼女たちは別れた。

 フィールドマスターの背は相変わらず疲れを見せず、若者と何ら遜色ない速さで視界から遠ざかっていった。

 

「デス・バスターズさえ……大いなる環の一部?」

 

 亜美か、その遠ざかっていく背を見つめたまま言い出した。

 

「じゃあ……あたしたちは」

「亜美ちゃん」

 

 谷底に視線を落とす彼女に、まことが肩を叩いた。

 

「あの人はあたしたちの世界のことを知らない。割り切って考えた方がいいよ」

「……ごめんなさい、ちょっと気になっちゃったのよ。わかってるんだけどね」

「亜美ちゃん、自信持って!」

 

 うさぎがそう言いだして、亜美の弱気に項垂れた手を握り、真っ直ぐ見つめる。

 

「うさぎちゃん……」

「あたしにはあの人の話よく分かんなかったけど……少なくとも、魔女たちの所業を許しちゃいけないことだけは確かよ!」

 

 彼女は前方に開けた、珊瑚の乱れ咲く道を見つめた。

 

「この世界のありのままの姿を歪ませる……デス・バスターズを!」

 

 先方からルナやアルテミス、研究者たちが泣いて駆け寄ってきた。




投稿後1時時点で、フィールドマスターの言葉の意味を分かりやすくするようかなり編集しています。結構重要なところなので、後から修正したくなってしまった。
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