セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて 作:Misma
あちらの世界との協力と平和的解決を諦めない衛とちびうさ。頑なに強硬姿勢を崩さないもののどこか迷いを見せるはるかとみちる、そして、声の持ち主の存在自体を疑わざるを得なくなったせつな。
それぞれが胸に抱く感情とは何の関係もなく、1日が終わろうとしていた。
東京の港区で朝から立て続けに発生した、濃霧、爆発、雷、正体不明生物による物理的損壊。これまでに起こった怪事件の中でも最悪の被害を叩き出した日のこと。
17時頃、麻布十番の日暮れの空がびゅううう、と強く低く呻き始める。原因は不明。
先刻に爆鱗竜と金獅子によって傷ついたばかりの街の中を、戦士たちが歩いている。
「はるかさん、大丈夫!?」
「ああ……だいぶ、マシになった」
人通りはない。
みちるとせつなに支えられるはるかは、ラージャンに締め付けられたところをさすりながら何とか歩いていた。
「……次は何が来るんだ」
衛は、赤かった空が後から来た黒雲に染まっていく様を恨めしげに見上げていた。
セーラー戦士たちは火川神社から出たあと、十番商店街に舞い戻った。
「逃げられたってことは……やっぱりあの白馬は、声の持ち主じゃなかったのかしら」
ほたるは半ば諦めぎみに眉を下げる。金獅子を倒した後の雷鳴から、足跡を探しているはいるものの。
白馬の姿で現れた雷の持ち主の正体ははっきりとしない。敵なのか味方なのかすら判別が付かない状態だ。
「もし声の持ち主がいなかったとしても、我々のやることに変わりはありません。私たちはただこの街を、世界を護ることが最優先事項です」
スーツ姿のせつなは静かに激を飛ばした。
傷だらけの彼女たちにも休む暇は与えられない。
それに対しはるかとみちるは、何も答えなかった。
突風が吹く。
数tあるトラックさえも路上を滑り横倒しになりかける強烈な速度だ。
今は一般人の姿である戦士たちが、悲鳴を上げて横に倒れそうになる。
数滴の飛沫が彼女たちに打ちつけ、その濡らした跡が横向きに尾を引く。
「……これは、大きいのが来るぞ」
衛の予感は的中した。
数分もしないうち、これまで体験したことのない暴風雨が街を襲う。勢いが激しい余りに視界が白くぼやけ、飛沫が肌に当たるのが刺されるように痛い。物陰に隠れてもほぼ意味がなかった。
1分でずぶ濡れになった一行は、空中で押し寄せる水滴の波に何とか抵抗しながらどこか雨宿り出来る場所を探した。
「おーい、あんたたち! そんなとこで歩いてないでこっちへ!」
1人の男が、2階建ての建物の階段上から手招きする。
「あ、ありがたい……」
衛を始めとして戦士たちはほっと一息つき、一時暴風が引いたタイミングで一気に階段を駆け上がる。ガラスのドアを開けるとカランコロンと鐘の音が鳴り、エプロン姿の男が出迎える。
明るい色の髪を爽やかな感じに跳ねさせたその大学生くらいの男は、先頭にいる衛を見て「えっ」と信じられなさそうに瞼を瞬かせた。
すぐさま衛の両肩を掴み取り、激しすぎるほど前後に揺さぶる。
「お……お前、衛! 衛じゃないか!」
「……元基!?」
衛もすぐその顔馴染の男のことに気づいた。
彼は古幡元基。衛の通う大学の同級生で、うさぎたちの行くゲーセンやカフェのアルバイトをしている。
「そっか! ここは……フルーツパーラークラウン!」
ちびうさは、いくつも並ぶ赤いソファ、洒落たテーブル、ガラス張りの大窓を見上げて気づいた。
建物の正体は喫茶店だった。客席には、彼女たちと同じ経緯を辿ったのであろう人々が何人か身を寄せ合っている。
「うさぎちゃんたちを追うようにお前まで連絡つかなくなってさ……こちとら心配だったんだぞ!?」
衛の肩を持って揺さぶり、客の眼を憚りつつも険しい顔で呼び掛ける元基。その瞳は早くも、別のところに向く。
「おい、うさぎちゃんたちはどうした?」
気まずい沈黙が流れる。
ここは、セーラー戦士たち……うさぎたち内部戦士が良く会議や女子会に使っていたカフェだ。彼女たちからは『モトキお兄さん』と呼ばれていたほど親交がある。だからこそ、気づかれないわけがなかった。
「今回のことでうやむやになったけどな。お前を疑ってる人も、うさぎちゃんたちのご家族の中に未だいるんだ」
思わず、ちびうさは元基に向かって進み出る。
「まもちゃんはそんなことしない!」
「俺にも分かってるよ。だからこそ詳しく説明してほしいんだ……いったい、何があったかをさ」
ちびうさの視線は、そう言われた瞬間弱気になる。
言えないことが多すぎるのだ。
衛は肩を掴まれたまま、元基から視線を僅かに切る。
「……怪物の関係でトラブルがあった。あの子たちは無事だが、訳あってまだ別のところにいる」
「別のところって……どこだ? あっ、まさか向こうの奴らに攫われたとか……!?」
「いや、決してそんなわけでは……」
「じゃあ、何でずっとあっちにいるんだよ!?」
問い詰められても、衛は言葉を濁すしかなかった。
「あれ、お兄ちゃんその人たち……!」
そこに、元基と同じエプロンを着けた女性が銀のトレイを抱き、赤茶のポニーテールを揺らして足早に駆けてくる。
「宇奈月ちゃん!」
「ちびうさちゃん、無事で良かったぁ……怪我はない!?」
宇奈月という女性は、屈み込むとちびうさの身体をあちこち見て回った。何ともないのを確認すると、小さな頭に掌を置いて。
「取り敢えず嵐が収まるまではここにいて。早くご家族にも顔見せてあげなよ?」
「……うん、分かった」
ちびうさが頷いてみせると、宇奈月は元基の肩を引き寄せた。
「お兄ちゃん。いろいろ気になることはあるけど、今だけはおいとこ。取り敢えずこうやって出会えただけでも……」
その拍子に、外部戦士たちの姿が宇奈月の目に入る。
「って、そこのあなたたち怪我してるじゃない!」
「ほ、本当だ! 包帯とか消毒液持ってこないと……!」
古幡兄妹は、飛ぶようにバックヤードに駆け込んでいった。
「……賑やかだな」
「全くね」
未だ痛む腕と擦り剥いた膝を抑えていたはるかは、みちると共に入口にあったカウンターに背を預けた。
外部太陽系戦士たちの傷を癒す間に、遂に夜が訪れる。緊急事態ということもあり、一行はソファに囲まれた一席を借り、無料で貸し出してもらうことができた。夕飯も簡易なものだが頂くことができた。
ガラス張りの窓の外には、チラシや木の枝が飛んでいく様子をありありと眺めることができた。
「運命の日までもうすぐ3日になるか……早くここを出て、声の持ち主を探さなくては」
衛は、店内の隅から嵐吹き荒ぶ街を見下ろして呟いた。あまりに今日はいろんなことが起こりすぎたのか、彼も含め戦士たちの顔には焦りと疲労が見えた。
対面していたせつなが、恵んでもらったグラスに入った水を一口だけ含む。
「プリンス。苦しいところですが、我々は今日1日ずっと戦い通しです。夜に出歩けば危険も大きくなります。ここはまず、態勢を整えましょう」
彼女は眠り込む仲間たちを見やり、それから窓の外に目を向けた。
暗闇と豪雨による視界不良。暴風による足場の不安定と飛来物への衝突の危険。そして衛自身も含めた、戦う本人の消耗。戦う以前の問題であった。
「……その通りだな、焦りは禁物だ」
一刻一刻と迫る時間を刻むようにガラスへ叩きつける雨を見つめ、衛たちは時間を過ごした。
やがて、消灯した。
他のビルからも灯りが消え、人々が各々寝静まった時である。
「キシャアアアアアアアアアアアアアアッッッッ」
雷鳴と共に響いた金属を鳴らしたような叫び声で、人々が一斉に目を覚ます。
「な、なに今の!?」
戦士たちは真っ先に飛び起きる。
宇奈月は道路側に接する結露したガラスを手で吹いて、張り付くように向こうを見た。
再び店内を雷光が照らした。
室内に、翼を広げた影が投影される。
そこで彼女たちは、嵐に舞う黒い影を目撃した。
──
戦士たちがこの世界に戻ってから2日目の明朝。
彼女たちは巨大生物の発見と排除を決断してクラウンを出発した。
「……どうやらあちらの世界から相当好かれてるようだな、この街は」
「この有様だと
はるかとみちるは、並び歩きながらそんな言葉を交わす。
ちょうど雨風は少しだけ収まっていた。元基たちもまだ寝ている頃だ。守護対象である衛とちびうさはクラウンで待機している。
「下手すれば、『災い』が来る前に戦争が始まるかもね」
先方を行っていたはるかが立ち止まったのを見て、3人も止まる。一旦収まりかけていた風が再び唸り出し、彼女たちに吹き付けた。
はるかは、静かにせつなへ振り向いた。
「せつな。残り3日弱の間に声の持ち主が見つかる確率について、君の見立ては?」
聞かれたせつなは目を伏せ、一瞬口を噤んだ。
「……限りなく……低いと言わざるを得ません」
「……そうか」
はるかの返事は短かく、その後に会話は続かない。
ほたるが、3人を取り巻くどこか重い空気に何かを言い出しかけた時だった。
「いたわ」
みちるが遮るように呟いた。
一際高いビルの屋上に、そこを覆い尽くせるほどの黒銀の彫刻が座していた。
全体として鋼鉄のような硬質な光沢を放つ。
翼は鎧が縦に何層も重なったような模様で、横幅は最低5m以上はある。鋭い尻尾も、翼に見合う分の長さが揺れている。
その下には地の獣と似た四肢を持つが、胴体も含め全身がやはり鋼に包まれていて、翼と比べるとかなり細い。
長い首から二叉に分かれた角は後方へ伸び、三角形の鋭い顔には幾つもの凸凹がまさに彫刻のような荘厳さと均整さをもって自然に彫られている。
それはまさに龍であった。
こちらの人々が西洋のドラゴンと言われてすぐ思い浮かぶ、あの生き物そのものだ。
彼が首をこちらに向けた。
戦士たちは一斉に息をも止める。
何十mと離れているのに、気づかれた。
宝石がはめ込まれたと勘違いするほど透き通った蒼い瞳の色は変わらず、牙と一体化して触れただけで切れそうなほど鋭い口周りの突起が僅かに空き、錆びたように赤茶けた鼻は確実にこちらに向けられる。
彼を中心としてぶ厚い空気の層が渦巻いている様子が、かなり離れたところからも分かる。
「暴風雨を司る龍……か」
「貴女の操る風と、どちらが強いかしら」
「試してみないと分からないな」
はるかとみちるはそう掛け合いながら包帯を外し、リップロッドを取り出した。せつなとほたるも同じタイミングで取り出す。
「ウラヌス・プラネットパワー・メイクアップ!!」
「ネプチューン・プラネットパワー・メイクアップ!!」
「プルート・プラネットパワー・メイクアップ!!」
「サターン・プラネットパワー・メイクアップ!!」
変身呪文を唱える。
彼女たちは月の王国の戦士セーラーウラヌス、セーラーネプチューン、セーラープルート、セーラーサターンへとそれぞれ姿を変えた。
その神々しい姿にも龍は全く動じなかった。
最初からそうなることを分かっていたかのように、石像の如く身じろぎもせず、四肢を休めるように屋上に横たえたまま、氷のように冷たい視線を寄越していた。
相対する女たちは並び立つ。
「……災いをもたらす敵はただ、消去するのみ」
サターンがその沈黙の鎌を目の前に掲げた、その直後。
凄まじい横風が叩きつけられる。
彼女たちの髪が、襟が、スカートが乱れ、翻弄される。プルートが腕で目を護りながら薄目を開けると、彼女ら4人を中心に旋風が舞っていた。
「まさか、彼が暴風雨を」
彼女が天を見上げると──
「早く外へ!」
咄嗟に出たその声で戦士たちは身を投げ出し、旋風の外へ。
旋風は太い竜巻へ様変わりする。地から天まで貫く凄まじい空気の濁流が、近くにあった塵や破片を残らず天井となる雲へと運び去る。
ふとそれが消え去った時。
目の前で鋼の翼が舞っていた。
表に曝け出された体躯は、翼の影響も相まってかなり大きく見える。
幾重にも重なった鋼の鱗は天然の甲冑というに相応しく、雨に濡れた艶がその生物により金属質な質感を与えていた。
「ァアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!」
龍は空中に浮きながら、頸を上空に振って啼いた。
威圧と風圧が同時に、戦士たちへ正面から吹き付けられる。
同時に周囲にも変化が起きた。
竜巻が次々に天から地へと複数の腕を伸ばし、自動車や信号機、電灯、木造家屋を螺旋に乗せてもぎ取っていく。
「……想像以上だなっ!」
ウラヌスを始め、ネプチューンやプルートも立て続けに光弾を発射する。
龍は羽ばたくのではなく舞うように移動。その鋼の体躯から出るとは思えない軽やかさで攻撃を避ける。
龍が浮いた状態から息を吐き出す。無論、呼吸の一環に過ぎない空気の動きは直接目には見えない。
しかしその危険性を、戦士たちは肌に感じた風の感覚からいち早く感じ取った。
彼女たちが避けた背後にあったマンションの、すべての窓ガラスが割れた。
この龍の呼吸は凶器の域に達している。そのことを戦士たちはまざまざと見せつけられた。
続いて龍は暴風を口から吹き、翔びながら地上を蛇行するように薙ぎ払う。同時に叫び声が自身の甲冑により反響する。アスファルトさえも出来た割れ目から削られ、重力すら無視して破片が吹き飛んだ。
それを見たウラヌスはスペース・ソードを構え、ビルの壁面を使って三角跳びの要領で跳躍。龍の頭へとその剣を突き立てようとした。
しかし鋼の翼がはためくと共に、一段強力な風圧が彼女を押し戻す。
「ぐっ……」
龍は、呆気なく地へ堕ちてゆく金髪の戦士を一瞥すらしない。
彼は口に空気を溜めると、それを眼下へ発射。着弾した空気の塊はたちまち複数の竜巻となって不規則な軌道で地を這った。
セーラー戦士たちは避けられたものの、通過した竜巻は後ろにあった人家の瓦やポスト、街路樹、ガードレール、電柱などあらゆる物体を巻き込み、剥ぎ取り、粉砕し、分解し、上空へ打ち上げる。
竜巻は数秒でなくなったものの、上空20m以上に飛ばされたそれらすべてが次に従うのは重力である。それらは混沌とした破片の雨となって地上へ降り注ぐ。当然、彼女たちは攻撃どころではない。
無数の残骸が街中に響く轟音を立て路上へ落ちる。その隙間を縫うように、龍が金属音を立てて着地。そのまま路面を踏み砕き、鋼鉄で出来た己を戦士たちへぶつけにかかる。
「前から来ますっ!」
プルートの指示は何とか間に合い、上空と前方から同時に降りかかる死を彼女たちは何とか潜り抜ける。
龍の背にも多くの破片が降り落ちるが、それらのほぼすべてが龍の鱗に辿り着く以前に円を描いて遠く吹き飛ばされる。
「あいつ自身も風を……!?」
ウラヌスは湾曲した己の宝剣を見て歯を食いしばると、試しに中距離へ跳んでから剣を振る。
「スペース・ソード・ブラスター!!」
斬撃と共に放たれた赤い高周波が、音速にも近い速度で頭へと飛ぶ。
しかし、それは見えない壁に阻まれた。
エナジーの塊は軌道をそれてあらぬ方向へ飛び、代わりに道路標識を真っ二つに寸断する。
戦士たちの誰もが驚きのあまり一瞬、立ち尽くした。ウラヌス自身は、こちらをゆっくりと見た龍を睨み返して。
「……今回は、長くなりそうだ」