セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて   作:Misma

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黒き凶風へ手を伸ばせ③(☆)

「竜人族……?」

 

 はるかは喫茶店の入口に立ったずぶ濡れの青年を見やった。

 褐色肌に薄く剃った髭、細い眉に整った顔立ちをしており、どこか神妙な表情をしている。

 尖った耳に手の指が4本。靴も踵が上がるような形になっている。

 

「あいつ、でっかい薙刀を持ってるぞ!」

 

 喫茶店に籠もっていた人の1人が、恐れ慄いて叫んだ。

 混乱を察した衛は男を慌てて押し返す。

 

「君、あの人が何と言っているか分からないか?」

「あ、あー。『それを出来ればしまってほしい』と言ってる」

「ふむ、分かった。そうしよう」

 

 男が手すりに素直に布を巻いた薙刀を置いてくれたことに、ひとまず衛は一息つく。

 咄嗟に衛の口から出てきた未知の言語に、元基兄妹は目を白黒させた。

 

「衛、話せるのか?」

「あ、えーと……そう、彼は俺たちの海外の友達でね。お、驚いたなぁ、こんなところで出会うとは!」

 

 元基の方へ振り向いた衛は、友好的に接しながらもはにかみ顔で竜人族の男の身体を隠そうと試みる。耳を見られでもしたら大騒ぎされるかもしれない。

 ちびうさは一体どうなることかとハラハラした顔で見つめ上げている。

 しかしそんな努力も露知らず、男は衛の身体越しに元基を覗き込んだ。

 

「君がこの家のご主人か? 出来ればそこの座っている方々と話したいのだが……」

 

 戦士たちを指差してフードを外そうとした彼の肩を衛は急いで掴み、入口の外へと突き返す。

 

「すまないがちょっと大人しくしてくれ! ここは君を見たことがない人たちばかりなんだ!」

 

 そう必死に囁いてから、愛想よく元基に振り向いて呼びかける。

 

「な、なあ元基、ちょっと彼と思い出話をしたいんだが、いいかな?」

 

 有無を言わせない勢いに気圧されて、元基は鍵を恐る恐る取り出して投げ渡す。

 

「じゃ……じゃあ、下の倉庫が空いてるからその中で話してくれないか? お客さんも落ち着かないだろうからさ」

「本っ当に助かる!」

 

 元基の手を握って感謝を伝えると、戦士たちも連れて下の階へ赴いた。

 

「なるほど、そういうことか。手間を掛けさせてすまなかったな」

 

 あちらの世界とこちらの世界の違いを大まかながら話すと、男は驚くほど聞き分けがよく素直に謝罪を口にした。傷だらけの戦士たちは、まだ新しい傷口に包帯などを巻きながら話を側で聞いている。

 

「いや、分かってくれたらいいんだ。あなたの名前は?」

「名乗るほどの者ではない。旅の者……とでも告げておこう」

「竜人族のハンターさんって珍しいね」

「よく言われる」

 

 竜人族の男はちびうさへ軽く微笑みを返しつつ、頭陀袋から取り出した皮革製の水筒を呷る。

 

「……それで、私たちに何の用が?」

 

 せつなが改めて聞くと、竜人族のハンターは「ああ、そうだった」と水筒の蓋を締めながら振り直った。

 

「あの龍がもたらした嵐のせいで迷ってしまったので、案内と護衛を頼みたい。ドンドルマという街へだ」

 

 衛はその名を聞いて少し考えたあと、なにか閃いた顔で自分の口元を髭を表すように撫でてみせる。

 

「……逆に聞きたいんだが、もしかして近くで商人の男を見なかったか? ビールを売ってる髭面の男なんだが」

「そういえば、露店の店主が過去に教官業をやっていたとやたら言いふらしてきたな。彼のことか」

「やっぱり。教官が帰った街というのは、ドンドルマのことだったのか!」

 

 衛は立ち上がり、隣に座るちびうさに呼びかけた。

 

「俺たちがいよいよ役に立てそうだぞ、ちびうさ!」

「どういうこと?」

「バルバレに居た時、うさこが歌姫様を救ったことがあるだろう? 彼女のいる街だよ。その時の繋がりが役に立つかもしれない!」

 

 ちびうさも思い出して目を見開く。

 バルバレと砂漠を挟んで隣合う街、ドンドルマ。そこの人々にとって歌姫は重要な存在だったはずだ。それなら、話も通りやすいかも知れない。

 うさぎの残した軌跡は、こんなところで繋がっていた。

 すぐさま彼らは竜人族のハンターへと詰め寄る。

 

「ハンターさん、ドンドルマへ案内するついでに俺たちもそこへ連れて行ってくれないか」

「行ってどうするつもりだ?」

「ハンターさんたちに協力を求めるのよ。あの龍でも、その街の力を借りれば……!」

「少し待って下さい」

 

 せつなが話の流れを掌を出してまで止める。

 

「……あなたは先ほど、護衛も頼みたいと言いましたね。私たちがそんなことを出来る人間と思ってるのですか?」

「思うも何も……君たちが、あのクシャルダオラと戦っていた人たちだろう?」

 

 軽く聞かれた口調に反し、時が止まったような重い沈黙が広がった。雨の滴る音だけが木霊する。

 

「クシャル、ダオラ……」

「鋼龍ともいう。暴風雨を呼び纏う古龍……君らが戦っていた、まさにその龍の名だ」

 

 聞き返したほたるに、男は念を押すように伝える。

 はるかやみちるは腕を押さえて項垂れたままだった。そこに凛々しく使命感に満ちた戦士としての面影は全くない。はるかが辛うじて唇を動かす。

 

「……知らない。何かの見間違いじゃないか」

「たまたま君らがあの変わった鎧から今の姿に着替えるのを見かけてね。近くに兵士の詰所かハンターズギルドでもあるのかと思い、失礼を承知で追いかけさせてもらった」

 

 一度しらを切ろうとしたはるかは黙り込む。もはや言い返す元気もないようだった。

 男は財布らしき麻袋を開け、その中に積まれた金貨を見せた。質素な格好に見合わない多さだ。

 

「無論、見合った対価は支払う。余裕が出来てからで良いから、頼まれてくれないか」

「みんな……っ!」

 

 衛とちびうさは、共に戦士たちに頼み込むように見つめる。彼女たちはいつまでも返答を渋っていたが。

 

「やってみましょう」

 

 ほたるの一声がその殻を破った。

 

「『行動は雄弁である』。シェイクスピアもかつてそう言ったわ」

「……しかし、こちらの街を空けるわけには」

 

 せつながそう躊躇うのを他所に、ほたるははるかたちの方を向いた。

 

「はるかさんとみちるさんに任せるのはどう?」

「……どういう風の吹き回しだ」

「時間の流れが遅いあっちの世界なら、貴女たちの傷も十分癒せる。クシャルダオラと戦ってる時他の怪物は見かけなかったから、恐らくそっちに行く方がずっと安全よ」

 

 幼い上にちびうさと違い大人しい少女であるが、ほたるの意見のしかたは存外はっきりとしていた。

 しばらくはるかたちは黙っていたが。

 

「……分かったわ、引き受けましょう。この身体では使命を果たすことなんて出来ないわ」

 

 みちるが地面に引かれるようにしながらも立つのを見て、はるかも重い腰を上げた。

 

──

 

 「それにしても」と竜人族の男が歩きながら顔を上げたその先。遠くにある夜の都会の灯りが、気丈に天井の雨雲を照らし続けている。竜巻は鋼龍の気がある程度済んだのか、完全に消え去っていた。

 

「地上に星空を作ってしまうとは、こちらでは人間が大層繁栄しているな。底無しの開拓心がなければ成せない業だ」

 

 心底感心した風の男を見て、衛はその目を丸める。

 

「竜人族は自然と共存する考えが根強いと聞いたが、なんだか意外だな」

「自然を肯定する者は必ず文明を否定すべきという決まりはない。むしろ人の力強さに感服させられるばかりだよ」

 

 いくらか進むと、穴の空いた道路に差し掛かる。昨日の爆鱗竜による爆撃跡だ。この地域は危険と判断されたためか修繕工事は為されていない。

 男は背中の頭陀袋から防水加工の袋を取り出して、「受け取ってくれ」と、前方を行くはるかとみちるへ投げ渡した。

 

「秘薬だ。それくらいの傷なら、数分すれば全快するだろう」

 

 彼女たちは、その中身を口にしないまま彼に振り返る。

 

「遠慮するな。ゼニーは使えないようだからその代わりだ。味には目を瞑ってくれ」

 

 ちびうさは心配そうに彼女たちを見上げた。血があちこちから滲んでいるのに、2人はそのままの状態でここまで来ている。

 竜人族のハンターは前を向いているので気づかない。

 

「君たちはどうも、ハンターでも兵士でもないように見える。他に仲間はいないのか?」

「……あと、5人いる」

「驚いたな。こちらの世界では古龍1体現われれば最低50名は狩人を雇うというのに。何と誇り高く屈強なことか」

 

 はるかとみちるは何一つ喜ぶことはなかった。

 雨を避けながら、袋の中にあった丸薬を黙って口に運ぶ。かなり苦い薬のはずだが、両者とも眉を機械のようにピクリとも動かさない。

 

「君らはまさしく鳥の如く自由に翔んでいたな。重力を無視し縦横無尽に……あんな真似は狩人にもできない」

「自由……か」

 

 感傷的な竜人族のハンターに対し、秘薬を呑み干したはるかは、袋を握り潰す手を見ながら呟いた。

 男は、感づいたように眉を上げて振り向いた。

 

 

「君らは、あの街が好きではないのか?」

 

 

 ちびうさが2人を見上げたが、視線が合うことはない。両者とも憂いげに目を伏せているのだ。はるかが口を開いた。

 

「好きでも嫌いでもない。ただ、そういう使命を背負わされてるから戦うのさ」

「思い入れのないもののために戦うとは面妖な。報酬金はどうなっている?」

 

 男にとっては少し意味が理解しがたいようだった。

 はるかは鋼龍と戦った時から初めて、おかしそうにせせら笑った。

 

「まさか。一銭も貰えやしないよ」

「では名声か。見返りなしに命がけの戦いなどやってられないだろう」

「セーラー戦士はね、戦ってる時の自分と日常の自分は別物なの」

 

 そう答えたみちるの沈んだ瞳が、ちょうど横に差し掛かった路地裏を捉えた。

 

「ある時から突然、人生を前世という楔に繋がれて。日常の裏に隠れながら人に憑いた悪を倒し続ける……そんな生活、想像しろだなんて言っても無理な話よね」

 

 街の灯りが届かない路地裏の奥は、真の暗闇が広がっていた。その奥の排水溝に水が流れ落ちていく。みちるの目線は、その暗く狭い領域に閉じ込められたままだった。

 

「感謝だなんて家族にすらされないわ。それどころか、自分や仲間が死ぬかも知れない……人を殺すかも知れない……誰にも知られず、冷たい床の上で……毎日、そんなことを想って生きていくの」

 

 いつの間にか全員が立ち止まっていた。

 

「み、みちるさん?」

 

 後方にいる衛とちびうさ、そして竜人族のハンターは、同情するも何を言えばいいのか分からないまま視線を迷わせている。

 

「……みちる。もうよせ」

 

 はるかが肩に手を置いたとき、無表情な彼女の切れた唇の端が微かに震えていた。頬を雨水が幾筋も伝い足下へ落ちていく。

 

「口が過ぎたわ、ごめんなさい」

 

 急いでちびうさが前に出て呼びかけようとする。

 

「ねぇ、さっきから気になってたけど、2人とも……」

「君たちが気にすることじゃない」

 

 はるかはみちるの肩を抱き、さっさと先に行ってしまった。

 

「どうも、こちらが無遠慮だったようだ」

 

 苦い顔で反省を口にするハンターは、再び前へ踏み出す。衛ははるかたちの背中を見つめながらも、並行するハンターへと視線を戻した。

 

「あなたは、なぜ旅を?」

「とある若者に導かれてね。海をはるばる渡ってきた。彼とはもう分かれたが面白いヤツだったよ」

 

 いつの間にか周囲の霧が濃くなってきていた。バゼルギウス襲来後、教官と分かれた地点だ。

 霧に紛れるせいで、お互いの姿が分かりづらくなってくる。

 

「そう、この霧だ。これでドンドルマに帰れそうだな」

 

 比較的もの静かな竜人族のハンターが、初めてそれと分かるほど口調に喜色を浮かべる。

 小型モンスターなどの奇襲を警戒したが、ほたるの予測通り杞憂に終わった。彼らは間もなくして霧の向こうに出る。

 

「あれがドンドルマか」

 

 戦士たちが降り立ったのは山に囲まれた起伏の激しい道だった。あちらの世界の影響か、曇り空で雨は降ったまま。森林をいくつか超えた先にある丘陵に小さく城門が見え、更にその向こうで赤と緑に塗られた屋根、そして風車が連なっているのが見えた。

 衛とちびうさは既に知っていたことだが、竜人族のハンターが言うにはあの屋根の色は雄火竜リオレウスと雌火竜リオレイアを表し、自然への敬意と感謝を伝えているのだという。

 

 次節休憩しながら向かい、数時間後、ドンドルマの麓へ着いた。

 川にかけられた板橋の向こうには城門があり、そこを蒼い鎧に金属の篭手と兜をした兵士が複数人で護っていた。その間を通って、何人もの商人が竜車や荷物を出入りさせている。

 竜人族のハンターが戦士たちの先頭に出、城門にいる門番に袋から取り出した許可証を見せ何かを説明すると、すんなりと城門の奥へ通してくれた。

 

「それでは、君たちが用のあるところまで案内しようか」

 

 そこからは、竜人族のハンターが先導役に変わる。

 城門を潜ると、石造りの街が戦士たちを出迎えた。街道は直進して大広場から向こうのうねる石段へと続き、それを巨大な石壁がいくつも取り囲む。横よりは縦に広い印象を受け、ここが山に囲まれた土地であることを再認識させられた。

 事前に「大陸内でも随一発展した街」と聞いていた通り、露店やそこの売り物を求める人通りは非常に多い。

 その一方、曇りのせいかどこか物々しい雰囲気でもある。それだけではない。所々、屈強な男たちが屋根や街路の修繕を行っているのも見えた。

 

「こっちもクシャルダオラの影響を受けてるのか?」

 

 衛は疑問を懐きつつも、正面に伸びる長大な石段へと導かれる。その前でハンターは戦士たちへと向き直った。

 

「協力を申し出たいならまず、ドンドルマを仕切る『大長老』に話を通す必要がある」

 

 次に彼は、巨大槍の柄を石畳へ突き立て石段に立つ、1人の守護兵を見上げた。

 

「あそこに見張りがいるが、事情を話せば通してくれるかも知れない。それも君たち次第だが」

「……本当にここまで、親切にしてくれてありがとう」

 

 衛とちびうさにしてみれば、ここに連れてきてくれただけで釣りがくるくらいだった。

 礼を言って、階段に足をかける。

 ある程度昇ったところで、守護兵がこちらに気づく。

 彼のいるところまであと数歩という地点で巨大槍が目の前に振りかざされる。上段を見上げると、むすりと口を結んだ厳しい顔が見えた。

 

「コラコラ! これより先は、この街の大長老様が住まわれている宮殿だ。許可のない者を通すわけには……」

「俺たちは、歌姫様を救った少女の同志だ。我々の故郷を襲った鋼龍への対抗に向け協力を依頼したいので、この先の大長老様にお会いしたい」

 

 衛の顔を、守護兵はまじまじと見る。

 

「大長老様にお会いしたい? 余所者のお前たちが? はは、新手の冗談か」

 

 彼は一時的に薄く笑うも、すぐ顔を引き締めますます左手の槍を横へ伸ばす。

 

「いいか? この先には街の首脳部か大陸でも随一の実力を認められたハンターしか出入り出来んのだ。クエスト依頼ならまず、左手にある古龍研究所の窓口で事実確認をしてもらってから集会酒場に行け。もっとも、今取り合ってもらえるかは……」

「そんな悠長なことをしてる場合じゃないんだ!」

 

 薄々分かっていたことだが入れてもらえない。

 しかしここまで来たのだ。簡単には諦められない。

 

「ドンドルマは俺たちの故郷とそう離れてない。早く迎え撃たねばここにも……」

「もうそれなら済んだことだ」

「え?」

 

 守護兵は顎で階下を示す。そこには、担架で運ばれる鎧を着た狩人らしき人の姿が見えた。

 

「すべて鋼龍にこっぴどくやられたよ。多分あんたたちの時と同じヤツだ。迎撃兵器、食糧、資材、そして狩人……ヤツを追い返すだけで、ドンドルマはかなりの損害を被った」

 

 衛の予感は当たっていた。

 盾を石段に打ち付け衛たちの視線を引き戻すと、守護兵はため息をつきつつ告げた。

 

「いいか。あんたたちの苦境も分からんではないが、我々も余裕がないんだ。わかったらさっさと……」

「おい、お前……っ」

 

 そこにもう1人守護兵が横の街道から走り寄り、何かを耳元で囁いた。戦士たちを食い止めていた守護兵は戦士たちの背後辺りを見た途端、びくりと肩を震わせた。

 

「ど、どうも状況が変わったようだ。通ってヨシッ!」

 

 戦士たちは後ろを見てみるが、竜人族のハンターが黙って見送っているだけだった。彼は単なる旅人のはずで、何か細工した風にも見えない。

 驚くほど簡単に通過できたことに首をひねりながらも、彼らは階段を昇った。

 

 幾人もの守護兵に見守られながら進むと、大理石で出来た神殿の如き大建築物へと突き当たった。

 神聖さを醸し出すそこには垂幕が扉の代わりを務めるように左右で揺れている。上級守護兵らしき人物に導いてもらい絨毯を渡り歩いていくと、なだらかな階段を昇った先で大広間に出た。

 絨毯以外はすべて磨き上げられた石造りで、鏡のように自分たちを逆さまに映す。

 周辺には官吏らしき老人たちや、丈の長い衣装を着た竜人族の女たちが緊張した面持ちでこちらの来訪を待っていた。

 

「ムォッホン! ヌシらか。ワシとの面会を望んだ、珍しき人の子は」

 

 大広間に出ると咳払いと共に低い話し声が聞こえた。しかし目の前にいる人々の誰も口を開いていない。正面には、2つの足らしきものが屹立している。

 戦士たちがまさかと思いつつ顔を上げると──

 

「わ、わあっ!?」

 

 山のような武人が玉座に座っていた。

 決して比喩ではない。東洋風の鎧を着、見上げるような大太刀を床に突き立てる、正真正銘の巨人である。

 戦士たちの背丈が膝当てにも届かない、といえばそのスケールは伝わるだろうか。

 

 身体が大きければ頭も大きい。長らしきその人物の頭は丘のように盛り上がり、長く垂れ下がった眉に眼が埋もれ、口髭と顎髭が顔の面積をほぼ覆っている。

 明らかな見た目の威厳に加え、玉座の間に重く響き渡る低音が戦士たちの身体を震わせる。

 はるかがみちると共に衛とちびうさを挟むように並び、片膝をつき、静かに頭を下げた。床を見つめたまま口を開く。

 

「あなたが、大長老様でいらっしゃいますね。どうか、此度の突然の無礼をお許し下さい」

「面をあげられよ」

 

 言われた通り一度下げていた顔を上げると、大長老はゆっくりと前のめりに上半身を傾けた。

 

「話はかねてより聞いておる。ヌシらの故郷が鋼龍に荒らされたことを誠に遺憾に思い、心より見舞いを申し上げる」

 

 この街のすべてを仕切る者が、旅人に過ぎぬ余所者に向ける態度としてはあまりに礼儀正しい。

 しかしそれが、余計に只者ではないと思わせるに足りすぎる緊張感を生む。

 

「……とまあ、こんな慰めの言葉など求めてはおらぬな」

 

 大長老は首を小さく回すだけで、眼下の戦士たち全員を見渡す。

 

「身なりを見るに、恐らくそちらにとっては死活問題。今すぐにでも、物資が潤沢なドンドルマからの支援が欲しい。心の理として極々自然な流れであろう」

 

 一瞬、ちびうさの顔に希望が浮かぶ。だが、大長老の眉は曇っていた。

 

「しかし……先に結論を言えば、支援は非常に難しい。というのも今、このドンドルマは内憂外患を抱えておるからだ」

「ない……ゆう?」

「内憂は国の中の心配事、外患は外国との間の厄介事って意味だ」

 

 幼いちびうさに、衛が小声で伝える。

 

「まず『内憂』から話そう。ヌシらの言う鋼龍は、名うての狩人たちが揃って辛酸を舐めさせられた強者。はいそれと倒せる相手ではない」

「……やはりドンドルマの方々は、あの鋼龍と交戦されたのですわね」

「うむ。この地は地理上、古龍の襲撃を受けやすいのでな。しかし、あのクシャルダオラはこれまでとは格が違う。どんな刃も矢も弾も、大砲ですらあの風の鎧を貫けぬ。今回の『撃退』も事実上、奴が蹂躙に飽き気まぐれに飛び去ったのを、便宜上そう名付けたに過ぎぬ」

 

 みちるの言葉への答えに、衛の顔はある種の納得と狼狽を見せた。

 狩人が何十人かかっても、ドンドルマの誇る兵器を使っても敵わぬ古龍。そんな者を相手に、連戦で疲弊したセーラー戦士数名が誰の助けも借りず勝つというのは、そもそも無茶な話だったのだ。

 しかし、戦士たちへもたらされる厳しい状況はそれに留まらなかった。

 

「正直に包み隠さず本音を言うなら……このままクシャルダオラがヌシらの故郷に留まってくれれば、ドンドルマは無事でいられる」

 

 「えっ」と、ちびうさの洩らした声が響いた。

 隣にいたはるかは、思わずぐっと目端を歪めて拳を握った。しかしすぐ、諦観したように頬を引き攣らせながらその拳を下げた。

 

「……当然だな」

 

 そもそもドンドルマがセーラー戦士に味方する利点がない。彼らからすれば自らの怪我を治したいのに、そこに自分も怪我したと泣きついてくる厄介者でしかないのだ。

 

「『外患』についても話そう。世界には東シュレイドの首都リーヴェル、西シュレイドの城塞都市ヴェルド、他にもモンスターの出現しない国家や地域があるのだが、それらの宮廷世界を中心にとある噂が飛び交っておる」

 

 ちびうさたちが落胆する間もなく、これまで聞いたことのない地名や都市名が告げられた。彼女たちは困惑するが、大長老は構わず続ける。

 

「『あと1ヶ月あまりで、異世界より草色の悪魔の軍勢が何万と攻め込んでくる……鉄の竜、鉄の魚、鉄の馬を走らせ、最後は『死神の火』で街を丸ごと業火に包む。その時、竜の世界は終焉を迎えるであろう』」

 

 はるかとみちるが真っ先に顔を上げた。

 

「……最強の死神『セーラー戦士』たちを先頭として」

 

 いよいよ、戦士たちの目が見開かれた。

 

「東西シュレイドは『対セーラー戦士連盟』を結成。国の隔たりを超えて連合し、それらに対抗する姿勢を強めておる……最も、あちらの世界に擦り寄る動きを見せる貴族もおるがな」

 

 ドンドルマの首領による報告から見えてきたのは、本格的な『戦』の気配だった。そしてこの大長老は、こちらの世界のことを既に知っている。

 草色の悪魔や鉄の竜、馬などというのは、現代の軍隊のことを指しているのだろう。そして恐らくこの噂の根源は──

 完全に敵に裏をかかれたことを衛は歯噛みするも、何とか自身を保って大長老の顔を見つめた。

 

「では……ドンドルマはどうするのです?」

「当然ではあるが、我々の戦力を成す狩人は怪物の狩猟が生業。人との戦は想定しておらんばかりか禁止されておる。兵士の練度も国家の軍隊とは比べ物にならん」

 

 官吏や女たちが下げた視線を交差させる。

 

「ハンターや竜人族はこの世では少数派に過ぎん。連盟につけばあちらの世界からそれを口実に攻められ、あちらの世界につけば連盟から攻められる……」

 

 しばしの沈黙のあと、大長老は大太刀の鞘で床を叩いた。

 

「よって我々は中立を貫く。ヌシらの街を攻めもしなければ護りもせぬ。自分の街は自分の力で護って頂きたい」

 

 ここまで来て、得られた回答は拒絶だった。

 打ちのめされたように戦士たちは黙り込む。

 

「……あたしたちが欲しいのは支援じゃなくって、協力よ」

「なに?」

「あなたたちの持ってるモノを寄越せだなんて言わないわ。ただ、共に戦って欲しいだけ!」

 

 しかしちびうさは、食い下がった。目を厳しく歪めた老人の官吏が前に出てくる。

 

「なぜお前がそこまで言う? 単なる旅人の娘であるお前に、そんな権利があるのか?」

「だって……」

 

 はるかは首を横に振る。が、ちびうさは躊躇わなかった。

 

「だってあたしたちが、そのセーラー戦士だもの!」

 

 官吏たちが一気にざわついた。大長老の眉が、ぴくりと跳ね上がった。守護兵の一部が槍を突き出す。

 

「まさか貴様ら、大長老様の寝首を掻こうと……」

「そのつもりならこの2人がとっくにやってるわ! こんなお芝居する必要だってない。兵士さんたちも数秒で伸せるくらいには強いんだから!」

「あなた、何てことを……」

 

 みちるが咎め、衛が手を引く。

 

「ちびうさっ……」

「いつまでも嘘ついて協力だなんて、出来るわけないじゃない!」

 

 衛の言葉を一言で一蹴すると、ちびうさは前に進み出て大長老に訴える。

 

「確かにセーラー戦士の一部は大きな力を持ってる。でも、本当は誰もこの世界の滅亡だなんて望んでない。みんなが、両方の世界を何とか護ろうと頑張ってるの」

 

 振り向いたちびうさは、この世界を滅ぼせとかつて言ったはるかとみちるまでもしっかりと見つめる。それに虚を突かれて、彼女たちは口籠る。

 

「両方の世界が生き残るには、あたしたちで協力するしかないわ! お願い。1人だけでもいいからどうか一緒に……!」

 

 必死に宮殿を見渡し大声を響かせる。

 しかしそれに答える者はなく、肝心の大長老の表情は元通りに鎮まっていた。

 

「……たとえヌシらがそのセーラー戦士だったとしても、結論は変わらん。守護兵よ、その者たちを外へ連れてゆけ」

 

 守護兵が駆けつけ、戦士たちの腕を捕える。虚しく引っ張られるなか、ちびうさは叫び続ける。

 

「どうか考え直して! このままじゃ、あなたたちはデス・バスターズに……」

「待ってください、大長老! 我々はただ!」

「何の不可思議な力を使うか分からん。そやつらを決して、二度とこの街に入れてはならぬぞ」

 

 衛の言葉を遮るように守護兵が槍を突きつけ、警戒しながら階段を降りさせる。はるかとみちるは大人しく、項垂れながら並んで続く。

 数分もしないうちに旅人たちがいなくなり、元の静けさが戻った。

 

「……大長老どの、ご賢明な判断で」

 

 竜人族の官吏が、大長老を見上げ恭しく発言する。続いて別室からぞろぞろと続いてきたのは他国の大使たち。勲章の付いた鎧で己を着飾っている。

 

「あやつらがセーラー戦士……女王を中心として、思いのままに世界を牛耳る王族か。デス・バスターズの方々の忠告が今回、役に立ちましたな」

「まさか自ら正体を名乗るとは思いませんでしたが……恐らくあれも妖術の1つ。大長老様を誑かそうとしたに違いありませぬ」

「ハンター社会は国家に資源を供給する『指』……そこのところを大長老様もよくご存知のようで、ヴェルド大使としては安心致しました」

 

 恭しくもどこか大使たちの言葉の端には棘がある。

 鎮座する大長老は、大使たちの言葉を黙ったまま聞き届けていた。

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