セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて   作:Misma

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かなり今回は長めです。


黒き凶風へ手を伸ばせ④(☆)

「せつなママは気づいてたの? もう、あの2人が使命を果たせなくなってるって」

 

 故郷へ戻ってから3日目の明朝。

 ほたるとせつなはある建物の屋上に並び立ち、1kmほど遠くのビルで翼を折り畳む鋼龍を監視していた。灰色の景色のなか、小雨が降り続いている。

 

「ええ」

「なら、なんで戦う前に止めなかったの?」

「この街を護る戦いを続ければ、前の姿に戻ってくれると思ったのです。時間の秩序を護るセーラー戦士として、影響は最小限に抑えなくては……」

「本当は?」

「……ええ。ただの建前です」

 

 鋭く聞かれたせつなは、敵わないと言わんばかりに苦く笑った。

 

「私は夢を見ていたのですよ。4人で食卓を囲み、団欒する光景を」

「どういうこと?」

「今回の怪物騒動がなく、もう少し貴女が遅く覚醒した場合の未来ですよ」

 

 ほたるは久しぶりに子供らしく瞼を瞬かせる。それに触発されてか、せつなは懐かしげに高級住宅街の一角を懐かしげに見やった。

 

「貴女が戦士として覚醒するまでの家族ごっこのようなものでしたが……あの未来が、私たちにとって最も幸せと思えたのです。同じ使命と感情と居場所を共有するあの時間が」

 

 しかしほたるはせつなから視線を切り、真逆に暗く黒い瞳で街を見つめた。

 

「でも、彼女たちの心はあちらの世界に置き去りにされてしまったわ。本来の時間軸に戻すなんて、もはや不可能よ」

「やっと私も……そのことを思い知らされたところです」

 

 せつなは深く項垂れた。

 声は震えていないが、彼女は静かに泣いていた。

 ほたるは天を見上げた。却って清々しいほどに澱みきった雲海だった。

 

「これじゃまるで……使命が、あたしたちを苦しめるためにあるみたい」

 

 この世界と王族を護り、侵入者を排除する。

 何千年前の月の王国により課せられた使命は、3つの人生をここまで狂わせてしまった。

 そこに足音が響く。振り返った先には、ドンドルマへ昨夜赴いた仲間たちの姿があった。

 

「ドンドルマからの回答は?」

 

 せつなの問いに、はるかは黙って首を振った。

 

「……協力どころか戦になりそうだよ。デス・バスターズの策略で、セーラー戦士の存在は既にあちらの国々に認知されてる。こちらの人間は悪魔の軍勢扱いだ」

「……そんな」

 

 ほたるは思わず視線を背け言葉を失った。

 はるかは濡れた手すりの上で、拳を堅く握った。

 

「もう腹を括るしかない。やはりセーラームーンの力であちらの世界に引導を渡す他、こちらが生き残る道はないんだ」

 

 ちびうさと衛は失意のあまりか何も言わない。

 みちるは顔を見せず、手すりの外へと身を乗り出した。

 

「私は受け入れるわ。これが使命……私たちセーラー戦士を繋ぐ、見えない鎖なのよ」

 

 彼女は屋上の縁に取り憑かれたようにふらりと立ち、変身して、飛び降りる。ほたるとせつなも重い腰を上げてそれに続く。

 後には非力な2人だけが残された。

 

──

 

 その後も、鋼龍クシャルダオラが吐き出した無数の竜巻が無人の街を食い尽くした。

 あらゆる方向から放たれた光弾のどれもが黒い嵐を穿つこと叶わず、虚空へと掻き消え吸い込まれていった。

 セーラー戦士たちはそれでも、この世界を護るという使命に従って抵抗した。

 追っていた声の持ち主の発見が絶望的な今、彼女たちに出来ることはそれしかなかったのだ。

 

 クシャルダオラは纏った嵐で光弾を打ち消しながらビルの間を滑空、戦士たちを牽制しながら着地した。

 彼が身を屈め、鋼翼を靡かせ飛び上がると、そこを中心に大きな竜巻が出現する。

 直径10mほどの漆黒の大渦は生き物のように這い、周囲のものを見境なく巻き込んだ。

 

「早く打ち消さなければ……っ!」

 

 今や、彼女たちの主目的は街への被害を食い止めることに変化していた。

 破滅のエナジーをぶつけることで巨大竜巻を消せないかと、サターンは沈黙の鎌を向ける。

 そこへちょうど、クシャルダオラが息吹を吹き込んだ。息吹はもう1つの竜巻となり彼女へと蛇行する。

 

「サイレント・ウォール!!」

 

 風音に対して彼女はすぐ反応、横向きに鎌を構えた。

 結界が前方に展開され、無敵の鉄壁を形成する。

 しかし予想に反し、竜巻はその脇を素通りし、回り込む軌道を描いた。

 

「サターン、避けて!」

 

 ウラヌスとネプチューンは、回避したことで運悪くサターンとは距離が離れていた。

 何かを予感したネプチューンが叫ぶ。サターンも結界を解き、鎌を構え直すが。

 間に合わない。

 ほぼ同時、竜巻が背後にあった巨大竜巻へ吸い寄せられ、交差。

 竜巻が膨らんだ。

 勢いと範囲を増した突風にサターンは巻き込まれ、踏ん張れずに吹き飛んだ。

 プルートが手を伸ばすも間に合わず。瓦礫に頭をぶつけ、沈黙する。

 

「サターンッ」

 

 気絶してその場に項垂れた彼女を、プルートが抱き上げる。

 そこへ、甲冑のような金属音が足早なテンポを刻む。

 戦士たちが身を放り出すと、そのすぐ横を鋼の巨体が躍動した。

 

「ァァァァアアアアアアアアアアアァァアァァァァッッッ…………」

 

 金属音の唸りが雨天に突き刺さった。

 雨が強まる。

 地に膝をついた彼女たちが見上げた先で、黒い影が嵐に不動で佇んでいる。

 風は更に強まった。

 鋼龍の彫刻の如き顔が、戦士たちを威嚇するように黙して見据えている。しかし前から吹き付ける凶風により、その顔貌を拝むことすら許されない。

 戦士たちは俯いて耐えるしかない。亀裂が入り砕け散った道路に溜まった水溜りに、音を立て幾度も浮かぶ波紋を見つめることしかできない。

 数軒の高級住宅が基礎から分解され、彼方へと吹き飛んだ。電柱が根本から倒され、電線を引っ張りながら沈んだ。

 濡れきった髪に埋もれ、戦士たちは何も出来ないまま突っ伏した。

 

「もう……ここまで……か」

 

 ウラヌスがそう呟いた直後。

 一筋の弾丸が風切り音を立て、戦士たちの背後から頭上を飛び越す。弾は、鋼龍の顔のすぐ横を軌道を曲げられながら通過した。

 嵐が弱まった。セーラー戦士は一時、風から解放されて水の滴る顔を上げる。

 

「ドハハハハハハハハハハハハハ!!」

「バハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 鋼龍の背後辺りから、一風変わった笑い声が2つ聞こえた。蒼き円筒型の槍と大口径の銃砲を背負う男2人が突撃する。

 龍は素早く反応し、口から突風を吐き出した。

 一時、男たちの姿が消える。

 しかし、塵が消えた後には確かに彼らの姿があった。前方の赤い鎧の男が盾を構え、その後ろに巨大な弩を構えた黒い鎧の男が腰を屈めて隠れていた。

 

「なぁ赤鬼よ! こうしてみると、妖魔化モンスター50頭狩りはヌル過ぎたなぁ!?」

「おぅ黒鬼よ! やはり俺たちの好敵手は古龍。しかもこいつぁ、これまでの獲物の中でも上物だぜ!」

 

 黒鬼と呼ばれた男は対物ライフルめいた形の弩を盾の陰から突き出し、再び発砲した。

 戸惑う彼女たちにいくつもの足音が近づいた。

 

 どれも見知らぬ顔ぶれだが、彼らはこちらを見ても驚くどころかその名を呼んだ。

 狩人たちだ。

 弓、ハンマー、ランスなど巨大な武器を背負う、少なくとも10人以上に及ぶ男女混成の集団だった。

 

「あなたたちは一体……」

「助っ人に決まってんでしょ」

 

 プルートが聞くと弓を背負った黒髪の女性ハンターが肩を叩いて答え、

 

「あんたたちはこっちへ!」

 

 狩猟笛を背負った骨装備の男が戦士たちの肩を押し、窪んだ瓦礫の陰へと連れていく。

 骨の装備を着た男はそこで笛を頭上に持ち上げ、音を掻き鳴らした。心地よい響きの旋律と共に笛に内蔵された回復成分が撒かれ、傷を癒す。

 

「まさか、ドンドルマから?」

「そのまさかだよ。驚いたかい」

 

 色々と聞きたいことはあったが、隣に来て答えた弓使いは、聞いた当人であるネプチューンへ向こうとはしない。

 朱いキノコをビンに詰めて振りながら、鋼龍と対峙する狩人の軍団を壁越しにじっと観察している。

 

「理由は後で説明する。とにかく今は、嵐を纏うアイツに少しでも触れる方法を考えなくっちゃあな」

 

 鋼龍は新参者たちを睨むと、狩人たちへ息吹を放つ勢いで後方へ飛び上がった。

 地に衝突した息吹から立ち上がる竜巻を避けて走る狩人のうち、1人のハンマー使いの男が手榴弾に似た物体を取り出した。

 

「これでもくれてやらぁっ!」

 

 それを瓦礫の隙間から見た弓使いは、戦士たちに叫んだ。

 

「顔を伏せろ!」

 

 数秒後、光が炸裂する。

 ウラヌスは目を瞑ってやり過ごしたあと、すぐさま弓使いが覗いていた隙間へと顔を近づけた。

 

「閃光玉か……!」

 

 しかし。

 クシャルダオラは宙に浮いたまま動じていない。

 依然変わりなく、自身に迫るあらゆる武器を跳ね除けていく。それを見た弓使いは舌打ちした。

 

「ちっ。前回ありったけ使って耐性が出来てんのか」

 

 クシャルダオラは気流を操って狩人たちを渦の中へ吸い寄せると、巨大な竜巻を作りながら飛び上がる。

 1、2人の狩人が巻き込まれ、悲鳴を上げた。竜巻が消えると彼らは数m上空から鈍い音を立てて地に堕ちた。息はあるが気絶したようで、仲間たちがその身体を瓦礫の陰へと担ぎ上げていく。

 

「ぐっ……」

 

 ウラヌスは思わず唇を噛んだ。

 せっかくの救援もこれでは意味がない。セーラー戦士が辿った結果をそのままなぞっているだけだ。

 

「気に病まないで。みんな、多少の怪我は承知で来てる」

「気に病むも何も!」

 

 弓使いに、ウラヌスは半ば怒鳴るように叫んだ。

 

「これじゃ無駄に犠牲を増やすだけだ! 今すぐ全員を退かせろっ!」

「ウラヌス……貴女」

 

 ネプチューンの呼びかけからしばしの沈黙のあと。ウラヌスは揺れた視線を下げ、言葉を喪い、金色の前髪を掌で潰した。

 

「……くそっ、この期に及んで何言ってんだ、僕は」

 

 気づいてしまった。

 先ほど自分が滅ぼすべきと言った世界の人の生死に拘っている矛盾に。

 しかしその葛藤を知らない笛使いは狩猟笛を地面に突き立て、瓦礫の間の天然の覗き窓から戦場を伺い続ける。

 

「今は相手の狙いを逸らす段階だ。間もなく囮役以外は戻って来る」

 

 やはり刃も弾も通らないが、先鋒隊の声のうるさい2人は愚直に攻撃を続ける。並び立つ他の狩人と比べても、かなり動きが鋭い。

 分析力に長けたネプチューンから見ても、鋼龍の動きを予測しているとしか言えないほど彼らの動きは熟達していた。いずれの攻撃も、頭が来る位置に寸分違いなく『置かれて』いるのだ。

 

「……彼らは」

「人類の誇る巨砲の1つ、ヘルブラザーズだ」

 

 ウラヌスに、笛使いはにやりとして答えた。

 赤鬼は盾を地面に突き刺して構え、真正面から竜巻を受け止めた。人を容易く吹き飛ばす風に、彼はその腕力のみで耐えてみせる。

 鋼龍は、翼を翻して横に回り込む。

 黒鬼は的確に頭部へと徹甲弾を撃ち込むが、すべて角へ辿り着く前に推進力を失い分解、吹き飛ばされてしまった。

 

「けっ、なーるほど。噂通り、あの特殊な龍風圧のお陰で偉ぶれてるってぇわけか。退避、退避!」

 

 ヘルブラザーズは「少しの間頼むぜ!」と武器をしまいながら叫ぶ。あっさりと身を引くと、セーラー戦士たちと狩人たちが隠れる塹壕めいた空間へと滑り込んだ。

 小太りの無精髭を生やしたずぶ濡れの中年たちの顔がいきなり横に来たことに、ウラヌスは思わずぎょっとして目を開く。

 赤鬼はこちらの姿を認めると、にやりと口端を歪めた。

 

「お前らがセーラー戦士……あの小娘どもの仲間か」

 

 セーラー戦士たちは、その男の呼びかけで二度驚くこととなった。

 

──

 

「あなたが……なぜここに」

 

 フルーツパーラークラウンに戻っていた衛とちびうさは、昨日と全く同じ光景を目にしていた。

 開けられた入口に、緑色のコートを被った男がいる。

 

「助けに来たが、1名が負傷してね。まずは外で話そうか」

 

 彼は店外へ2人を誘導する。

 扉の横には負傷したハンターが背を壁に預けていた。衛は後ろ手でぴったりと扉を閉めると、相変わらずもの静かなその褐色肌の青年の顔を見つめる。

 

「まさか、あなたがハンターたちを呼んできたのか?」

「エイデン、という名に聞き覚えはないか」

 

 その突然降ってきた名前は、2人を固まらせるには十分の衝撃を伴っていた。

 

「なに、エイデン君……!?」

「あたしたちに手紙を出した、筆頭ハンターの?」

 

 竜人族のハンターは深く頷いた。

 うさぎたちが新大陸へ行く契機を作った、新大陸古龍調査団に所属する青年、エイデン。

 それをこの竜人族の男が知っていたことに、この場で彼の名を出されたことに戦士たちは半ば信じられない表情を向ける。

 

「私も調査団の1期団所属でね。彼に誘われてドンドルマまで来たところで、君たちがこの街と繋がりがあることを知った。早い話がドンドルマの連中も含め、我々は最初から君たちの事情を知ったうえで行動していたのだよ」

 

 つまりすべてが演技だったというのだ。

 迷い込んだ旅人というのも、案内してほしいと言ったのも。

 しかしそこで衛は眉を歪める。

 

「じゃあ、なぜあの面会の時は……」

「大長老の言った言葉が全てだ。100年ほど前までは王族から無視されていたハンター社会も、今や国家間の勢力図に載るほどになっている」

 

 竜人族ハンターの役割はセーラー戦士たちの現在の意志を見極め、それを大長老にも問いかけることだったという。

 しかしながらハンター社会でも随一の都市であるドンドルマには他国から大量の諜報員が潜伏していた。現に、大老殿でのやり取りも大使たちが傍耳を立てていたらしい。

 

「敵を騙すならまず味方からというわけだ」

 

 事情を聞くと脱力するような気持ちで、ちびうさはくらりとその場に座り込んだ。

 

「それにしても、随分と冷や汗をかかされたよ。君たちからいきなり正体を明かすものだからな」

 

 男から苦笑いと共に水を向けられると、彼女はドキッと肩を跳ね上がらせる。

 

「しかし君が正体を明かしたのを見て、大長老は狩人の派遣を決心したのだよ。それほどの覚悟と信頼を寄せてくれたのなら、とね」

 

 だからこそ、大長老は敢えてセーラー戦士を突き放した。他国にドンドルマは「こちら側」だと誤認させ、その隙を突くように狩人を秘密裏に派遣したのだった。

 

「それにしても……時に人は、合理性に欠けた行動をする」

 

 竜人族のハンターは、負傷した仲間に回復薬を一口ずつ飲ませながら呟いた。

 

「エイデンがセーラー戦士たちはかつて歌姫様を救った盟友だと伝えてからというものの、クシャルダオラに街を壊されても彼らの意志は変わらなかった。普通は己の身をこそ先に護るべきなんだが」

 

 調子を確かめると、彼は振り向いて微笑を浮かべる。

 

「それくらい、歌姫という存在はドンドルマの人々にとって重要なのだろうな」

 

 思わず、ちびうさの瞳に涙が浮かんだ。バルバレの頃に築かれた絆がいま、ドンドルマを通してこの街を救おうとしてくれている。

 衛は灰色に染まった空を、雨が顔を打つにも関わらず見上げた。

 

「うさこ……君が繋いでくれた絆、無駄にはしないぞ」

 

 その時、負傷してもらっていた狩人が腹の辺りを抱えて唸った。どうやらまだ傷が痛むらしい。

 

「この体勢では負荷がかかるな。少しでも体温を下げないよう雨を避けて横にさせたいが……」

 

 周りにそれができそうな空間はない。

 やがて衛は覚悟を決め、扉を開いた。

 

「元基、宇奈月さん、避難中の皆さん、お願いがある!」

 

 誰もが緊張の面持ちで固まっている。

 

「正直に言おう。俺たちはしばらく怪物たちの世界にいた。信じられないことだろうが、そこには怪物たちに対抗できる人々がいる」

 

 ざわめきが広がった。決して歓迎的ではない、警戒を伴った声。

 しかし、それにも衛は屈せず言葉を紡ぐ。

 

「その中で負傷した者がいる。どうか、この場か下の倉庫を彼らの休憩所に使わせてやってくれないか」

「さ、流石にいきなりは無理だよ!」

 

 店主である元基が真っ先に反対する。そして、真っ青になっている避難民たちをちらりと横目で見やる。

 

「そういうことを言うのはここの人たちの気持ちも考えてからにしてくれよ……!」

「彼らはセーラー戦士に協力してくれる貴重な味方なんだ、ここで喪うわけにはいかない。怖いなら武器を外してもらうことも……」

「そもそも怪物を倒せるようなのがなんで僕たちを頼ってくるんだよ!?」

 

 店内に避難している人々は「そうだよ」「あんな得体の知れない奴ら……」などと元基に同調の声を上げる。

 しかしちびうさも衛に加わり、慎重ながら元基に縋るように見つめあげる。

 

「よく考えて。この人たちが敵なら、怪物と一緒に攻め込んできてるわ。でもそんな話これまで聞いたことある?」

「そんなホントか嘘か分からないこと言われたって……!」

「お兄ちゃん」

 

 宇奈月が元基へ声をかけた。彼女はある方向を指差す。

 

「多分、衛さんたちの言ってること……ホントだよ」

 

 テレビで、ヘリからの中継が行われていた。

 

『セーラー戦士たちに交じり、謎の鎧を着た武人たちがいます! いったい彼らは誰でどこから……』

 

──

 

「あの小娘どもは新大陸でよろしくやってるようだな。流石は俺様たちの直弟子といったところだ」

 

 瓦礫で出来た屋根の下、赤鬼は慣れた手つきでガンランスに弾を装填する。そして、隣のウラヌスを見て鼻を鳴らした。

 

「お前らもあのクシャルダオラをおっ死なずに食い止めるたぁ、中々やるじゃねぇか。見込みは結構あるぜ」

「……僕たちはもう狩人にはならない。この身が潰えるまでずっと、戦士であり続ける」

「へぇ。そんなに実入りがいいのかい、セーラー戦士ってのは」

「私たちには使命があるの。この世界とその未来を護らなければならないと、前世からそう決められているから、戦う。ただそれだけよ」

 

 ウラヌスに続き、その更に隣にいるネプチューンが目線を合わせないまま答える。 

 

「だから今回のことは感謝しているけれど……次に会った時はあなた方の敵かも知れないとだけ、伝えておくわ」

「使命。はぁー、使命ねぇ」

「……何か問題でも?」

 

 ため息交じりの呟きに、彼と反対側の空間にサターンを抱いて座るプルートが反応した。赤鬼はおどけるように掌をひらひらさせた。

 

「ホントに使命とやらに尽くしたいんなら、もっとそういう態度しようぜ。今のあんたらの目つきと喋り方、マジで瀕死の獣みてぇだ」

「……あなたたちには関係のないことでしょう。好む好まないに関わらず、私たちはこの世界から逃れることは許されないのです」

「別に俺様もどうでもいいんだがな。『やらなきゃいけない』程度でしか護りたくねぇ世界って、そんなもん護る意味あんのかって聞いてぇんだよ」

「護らねば、こちらの世界は悲劇に覆われます。全ての人があなた方のように強いわけではないのです」

「別に良いじゃねえか。己の人生が喜劇なら万々歳だろ?」

 

 崩れたビルの壁が三角型に折り重なったことで出来た、天然の塹壕。そこに赤鬼の野太い声とプルートの透き通った声が交互に響く。

 ウラヌスは結論の出ない議論から背を向け、瓦礫の間から戦況を見ようとした。

 

「あんたらも嫌なら、いっそ戦士なんてやめちまえよ。随分楽になるぜ」

 

 プルートの目からは、ウラヌスとネプチューンの肩が一瞬強張ったように見えた。

 

「……分かったような口を」

 

 不躾な発言を無視するウラヌスの覗き窓を見る顔は険しく、スペース・ソードを持つ指には力が入っていた。

 鋭い空気の黒いうねりが頭上を掠め飛んだ。

 戦場にいる黒鬼はそれを転がり避け、弾を撃ちこむ。それも例に漏れず鋼龍の黒き嵐により引き裂かれ、きらきらと小さな刃へ分解されていくのが見えた。黒鬼はそれを見届けるとさっさと身を引き、塹壕へと滑り込んできた。

 

「悪ぃ報せだ。貫通矢、タル爆弾の投下、Lv.3貫通弾、徹甲榴弾、斬裂弾、いずれも効果なし。本来風が薄いはずの頭や尻尾の先まで、まんべ〜んなく龍風圧が覆ってやがる」

 

 隣からその報告を受け、赤鬼が舌打ちした。

 またしても狩人の1人が吹っ飛ばされ、ビルの壁へ叩きつけられる。それを見たウラヌスが眉間に皺を寄せた。

 

「戦士だろうと狩人だろうと、この先の未来が決して明るくないことくらい分かるだろう?」

 

 クシャルダオラが鋼の翼を広げ後脚で立ち、天上へ咆哮する。それだけで狩人たちは吹き飛ばされ、体勢を崩される。そして、荒天は更に勢いを増す。

 

「もう、誰もこの先の見えない嵐を晴らすことはできない。この理不尽に呑まれながらやがては互いを喰い合い、蹴落としあう。それが僕たちの行き着く定めだ」

 

 ネプチューンとプルートは、いつの間にか顔を沈ませ地面を見つめていた。その頭を何万回目の雨雫が濡らす。脚に履く鮮やかな色のブーツも、泥濘に塗れきっている。

 その中で、何かに感づいた黒鬼が眉を上げた。

 

「今となっては、って言ったな。本当に今まで全く攻撃が通らなかったのか?」

 

 ネプチューンが僅かに顔を上げる。

 あまりに一方的で果てしない戦いだったが、その中でも1つだけ、挙げられるものはあった。

 

「以前は下からの攻撃は通じたし、真上から飛びついて怯ませることも出来たわ。でもそれもあの黒い嵐が相手では……何をしているの?」

「ちと心当たりがあるんだ」

 

 黒鬼は近くにある狩人用の荷車をまさぐっていた。やがてその渾名と同じ黒色の篭手が、奥の隅にあった何かに突き当たる。

 

「そうそう、これだ」

「おっ、懐かしいモン出てきたじゃねぇか」

 

 出てきたのは、円筒から真っ直ぐ金属製のアンテナが伸びた装置。両手で持てるほどの大きさである。赤鬼も感心してまじまじとその装置を見つめる。

 

「避雷……針?」

「『爆雷針』。50年くらい前かな、悪天候の際の狩猟でタル爆弾の代わりに使われてた道具だ」

 

 曰く、地面に埋め込み設置することで雷を誘導する仕組みなのだという。タル爆弾の防水加工が可能となってからは一気に廃れた代物らしい。

 

「雷はいくら風が吹いてても真っ直ぐ落ちるだろ? お前らの言うことが本当なら、これが何万分の一の確率で刺さるかもしれねぇ」

「運任せなのも気になるけれど……そもそも起動するの?」

「さぁな。駄目だったら諦める」

 

 ネプチューンの問いに、黒鬼はそうあっさりと言ってのける。赤鬼もすっかり使うつもりのようだ。

 セーラー戦士たちは半信半疑だった。話からして兵器としてはいささか頼りなく見えるそれを、信じて良いのかどうか。

 

「賭けてみましょう」

「……プルート」

「我々の使命が果たせるのなら、どんな手でも使うまでです」

 

 敢えてなのか、ウラヌスとネプチューンを奮い立たせるようにプルートは先んじて顔を見合わせた。それを確認した黒鬼はふっと笑って、

 

「んじゃあ決まりだな。おい、ボマー!」

「あいよ」

「うわあっ!?」

 

 瓦礫の間からひょっこりと顔を出したのは、猫型の被り物。チェシャ猫風味にデフォルメされたデザインで常に歯を見せて視線が合わないまま笑っている、正直言ってかなり不気味な造形だ。

 それに黒鬼は爆雷針を計2個、順に投げて渡す。

 

「懐かしいな。こんな骨董品に頼るとは、いよいよ世も末か?」

「お前、罠師だからこれ設置出来るだろ。頃合いを見て気づかれんように埋めてくれ。後はセーラー戦士の方々があんじょうしてくれるってよ」

「りょーかい。そんじゃあ行ってくるぜ」

 

 猫頭のハンターの声はベテランらしい渋みに溢れていた。その違和感しかない光景に呆気にとられていたウラヌスの肩を、赤鬼が叩く。

 

「ここにいる奴らは()()()()()()全員、あの小娘どもに絆された馬鹿どもばかりだ。あいつらくらいは幻滅させんなよ」

 

 ウラヌスとネプチューン、そして赤鬼と黒鬼は再び戦場へと躍り出た。

 プルートには気を喪っているサターンを護るため、塹壕に残ってもらう。

 ハンターたちの奮闘あってか、クシャルダオラはまだこの地に貼りついてくれている。しかし少しでも意識が外に向けられれば、被害は更に拡大するだろう。その前に、かの龍をこの地から退ける必要があった。

 

「1個設置しといたぜ。周囲の地面が光ったら、数秒後には雷が落ちるはずだ」

 

 早くも陰に隠れながら走ってきた猫頭が伝える。

 そのハンターが鋼龍の背にある瓦礫の小山に設置してくれた1個の爆雷針は、風に吹き飛ばされないためか泥で基部を固めアンテナだけを地上へ突き出してあった。クシャルダオラは、目の前のハンターたちに夢中でまだ気づいていない。

 

「気づかれたら粉々にされる可能性が高い。予備はあるが、そこだけは気をつけな」

 

 その助言を受け、セーラー戦士たちはクシャルダオラの周囲を回りつつ攻撃を再開した。

 やはり、こちらからの攻撃は風の壁を一切貫けない。しかしその目的は『爆雷針への誘導』へと変わった。

 包囲を敢えて薄くし、自然な形で一部分の弾幕の壁のみを厚くする。

 

 中距離から通常弾を撃っていた黒鬼が狙われた。

 鋼龍は口元に風を纏わせ、絶妙な距離で首を振りざまに息を吹く。発生させた風圧により、黒鬼の動きを一時的に封じる。

 一瞬の隙を狙い、飛び上がりながら息吹を吹き込んだ。それは複数の竜巻に変わり戦場を縦横無尽に這い回る。

 

「ちっ、小癪な真似しやがって!」

 

 更に二連発。

 竜巻の数は10個以上へと膨れ上がり、瞬く間に狩人たちを蹂躙した。

 数人のハンターが避けそびれて巻き込まれた。ある者は背から叩きつけられ、ある者は上空へと浮かされる。竜巻の群れは瓦礫を巻き上げながら、四方からヘルブラザーズへ収束する。

 一瞬、彼らはどう回避したものか迷ってしまった。

 

「ワールド・シェイキング!!」

「ディープ・サブマージッ!!」

 

 狩人たちを食い尽くすかと思われた竜巻は、金と蒼の光弾により次々と掻き消された。その軌跡は完璧に竜巻の軌道を読み切ったものであり、鬼兄弟が再び周囲を見渡した時には竜巻は完全に消え去っていた。

 

「恩に着るぜ!」

 

 完璧な連携を見た赤鬼はそう礼を言いつつ、黒鬼と二手に分かれた。

 間断なく、鋼龍は空に浮いたままで大きく息を溜める。

 

「あの竜巻が来るぞ!」

 

 ウラヌスの呼びかけで、龍の眼下にいた狩人たちが急いで逃げた。

 放たれた黒い息吹が地面にぶつかると、大竜巻が立ち上がる。

 セーラー戦士たちは先と同じ要領で光弾をぶつけるが、龍風圧の塊であるその漆黒の竜巻はびくともしない。

 そして運悪いことに、大竜巻は爆雷針の方向に向かった。狩人たちはそれでも誘導しようと尽力していたが、

 

「避けて!」

 

 ネプチューンが叫んでようやく、彼らは迫る竜巻から距離を離した。

 積み上がったコンクリートの破片の山を、強風が無数に上空へ運んでいく。

 人の手で埋められた爆雷針がそれに耐えられるわけもなく、雷を誘き寄せもしないうちに容易く地面から剥ぎ取られる。

 クシャルダオラは瓦礫に遅れて分解されていく爆雷針の破片を見つめ、それから地上にいる人間たちをじっと睥睨した。

 

「気づかれたか……!」

 

 壊れた罠が雷を呼び寄せる道具だとはバレていない。だが、人間たちが何も考えずあの物体を埋めたと勘違いするほど馬鹿でもないだろう。

 クシャルダオラは首を振り上げて、あの甲高い咆哮を響かせた。

 その音圧から護る術のないセーラー戦士たちは耳を塞ぐ。続いて鋼龍が着地したことで発生した龍風圧が、彼女たちを腰から押し倒す。

 

「うっ……」

 

 クシャルダオラはウラヌスとネプチューンに向かい、再び後脚で立ちあがり長く空気を吸い込んだ。

 彼女たちを地面ごと根こそぎ吹き飛ばす算段だろう。

 雨に濡れた鋼鉄の身体は、悪天の中でも鈍い輝きを放っていた。

 それが、最期の光景となるかと思われた。

 

 ウラヌスたちが目を瞑った直後、何かにぶつかるような金属音が鳴った。

 見ると、彼女たちは風から1つの盾で防がれていた。

 遅れて強烈な風が髪を激しく揺さぶった。

 

「さっきのお返しだ。惚れたかい?」

「……このタイミングで軽口を叩けることに呆れたよ」

「はあぁ、つれないねぇ」

 

 彼女たちを救ったのは、赤鬼が構えた銃槍の盾だった。ため息交じりに呟いたウラヌスだが、いつの間にかその瞳は生気を取り戻しかけていた。

 盾へ、何度も執拗に風がぶつけられる。だが赤鬼は動じない。

 

「さぁて、ここからどう立て直すかだが……」

 

 その時、最も後方にいたネプチューンの背後からピリピリとした感覚が肌をひた走る。

 彼女が振り返ると、猫頭が瓦礫の隙間から見えていた。黒鬼や他の狩人たちも、鋼龍に悟られない程度にアイサインを送る。

 

 隙を見て、予備の爆雷針を設置してくれたのだ。

 

 ということは、この感覚は明らかな落雷の前兆。しかも、鋼龍から3人の後ろは見えていない。

 ネプチューンはそっとウラヌスの耳許へ唇を近づけた。

 

「今、すぐ背後に爆雷針が埋まってるわ。しかも、落雷寸前」

「てことは、一歩間違えれば僕ら諸共黒焦げか」

「へっ、面白いじゃねぇか。じゃあ一発、賭けてみようぜ」

 

 地面から突き出たアンテナの点滅が早まる。

 クシャルダオラがしびれを切らし、飛び込んで来た。

 

「今だ!」

 

 2人は跳ね、1人は盾を持ったままステップを踏んだ。

 その時ちょうどウラヌスは視界の端に、白い光をあるビルの屋上に見た。

 

 その正体を知る前に爆雷針が光る。

 

 蒼白い大雷が、クシャルダオラの背から腹までを真っ直ぐ切り裂くように這って、穿いた。

 

「キシャアアアアアアアアアッッッ!?!?」

 

 不動の古龍が、初めて悲鳴を上げた。

 黒い風が解除される。

 クシャルダオラはよろけ、その視線は怒り狂ったように3人へと向いた。

 

「ここで毒弾のお出ましだあああああっ!!」

 

 黒鬼が叫び、紫色の弾を立て続けに3発撃ち込む。

 クシャルダオラは標的を変えて吼えたが、その頭を水の爆発が包み込んだ。

 ネプチューンによる援護だった。

 

「今よ!!」

 

 そこから、待ちに待ったセーラー戦士とハンターたちの猛攻が始まった。

 地上にいる間はウラヌスが音速の剣撃で鋼の鱗を斬り刻む。それで怯んだ龍の頭を赤鬼の銃槍が突き、爆轟と共に放たれた砲撃が焦がす。

 空中に浮けばネプチューンが光弾を撃ち込み、黒鬼が撃った徹甲榴弾により爆発で包む。

 そして彼らの隙間を縫うように、狩人たちも負けじと刃と弾と矢を、かの龍へと惜しみなく投入する。

 とかく物量で押す。押しまくる。

 これまで無駄になった何時間分を、全てお返しするかのように。

 動きは熟知していた。ほぼ1日を丸ごと戦闘に費したセーラー戦士は尚更だった。

 

 塹壕のなか、プルートはサターンを胸中に抱きながら爆音と衝撃に耐えていた。

 この戦いがいつ終わるのかと待ち侘びて。

 

 四方から集中砲火を貰うクシャルダオラは、苦し紛れに大きく覆い被さるように眼下から射撃する黒鬼に噛みつこうとする。

 しかしそれは、ウラヌスとネプチューンによるコンビネーションの光弾が脇腹に直撃したことで中断された。

 鋼龍がよろめき、頭を傾けたその先には、盾を構え槍先の砲撃機構を真っ直ぐ向けた赤鬼の姿があった。

 

「喰らいやがれぇぇぇぇぇっっ!!」

 

 蒼い炎が収束して。

 竜撃砲、発射。

 飛竜の吐息にも迫る凄まじい熱と衝撃が、鋼龍の角の一部を吹き飛ばした。

 

 クシャルダオラは空で四肢を振り乱して藻掻き、倒れかけた。

 何とか前脚で己の身を支えるが、もはやそこに余裕は見えない。口から滴る紫の混じった唾液からも分かるように、龍風圧も纏えないようだ。

 

 黒鬼が、容赦なく銃口を差し向ける。それの引き金が引かれようとした時、クシャルダオラは大きく翼を羽ばたかせた。

 

 毒を打ち込まれてなお軽やかに飛翔するその鋼に、銃弾は当たらなかった。

 鋼龍は、空の彼方へ身を翻した。

 戦場とは真反対の方向へ。

 しかしそちらに何があるかを知る彼らの顔は、決して休まることはなかった。

 

「ドンドルマに逃げる気かっ……!」

 

 ウラヌスが呟くとほぼ同時、ハンターたちはクシャルダオラを追っていった。

 

「……あいつがドンドルマに居座れば、またこちらに来るかも知れない!」

「……ええ。追わなければ!」

 

 ネプチューンもウラヌスの意見に同調し、ハンターたちに続いた。

 

──

 

 霧を抜けた先でも、雨はかなり弱まったものの未だ降り続けていた。ドンドルマの南門からも人がいなくなっていた。

 恐らく、再度の鋼龍の襲撃に備えて避難したのだろう。

 

「また繰り返されるのか、あの地獄が……!」

 

 ウラヌスとネプチューンは、道中で狩人の1人がそう呟くのを耳にした。一方のヘルブラザーズは一切ブレず、俺様たちの腕がますます疼くと宣っていた。

 ドンドルマの南門を通ると、あの大広場が出迎える。

 しかし、やはり人はいない。代わりに、左手に前回は閉まっていた門が開いている。

 

「あそこから先が迎撃エリアだ。気ぃ引き締めてけ!」

 

 赤鬼の鼓舞を受けながら、迷わず門を潜る。正面の一番広い街道から嘶きが聞こえたので、そちらをひた走る。

 

 走った先にあったのは、四方を高い壁に覆われた四角型のエリアだった。

 戦士たちから見て最も遠い方面に、超大口径の大砲が真上を向いている。

 クシャルダオラがちょうど、上空で舞いながら唸っていた。それ以外には人どころか鳥1つも動くモノが見えない。

 

「……もう、迎撃しようとする人はいないというの?」

 

 ネプチューンが手袋を握りしめる。彼女の予想が事実とするなら、ドンドルマは見捨てられたこととなる。

 しかし真反対に、ヘルブラザーズを初めとした狩人たちはますます前のめりに歩いた。

 

「まぁ、そんならそれでよし。もっと更に狩りを楽しめるからな!」

 

 赤鬼が、真っ先に城壁から飛び降りる。下層にある地面の、中央の黒焦げた辺りで迎え撃とうとした。

 それに先導され、城壁に囲まれた窪みへと狩人たちが降りていく。戦士たちも続いた。

 一方の鋼龍は、まだ嵐を纏えていないものの未だ敵意は十分。

 中空に降りてきたそれは、再び現れた敵対者に甲高く吼えた。

 孤立無援の第二の戦いが、始まろうとしていた。

 

「対空拘束弾部隊、撃て──っ!!」

 

 突然、叫び声が響いた。

 城壁側面から突如蓋のような機構が開き、そこから楔のついたロープが射出。

 狩人たちに気を取られていた鋼龍の四肢に突き刺さる。

 

「ァァァァアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」

 

 鋼龍は堕ちこそしないものの、中空にロープで縛られた。それを目の当たりにして、黒鬼は不敵に笑う。

 

「なるほど。あの城壁の中に伏兵を隠してたんだな」

 

 ウラヌスとネプチューンが呆気にとられるうち、遠くがこん、がこんと機械の駆動音が鳴る。振り返ると、遠くの城塞に設置された大砲が駆動し、歯車が回るのに合わせて赤黒い稲妻のようなものを迸らせていた。

 

「下がれぇぇぇぇ!! 下がれぇぇぇぇぇえええぇぇっっ!!」

 

 同時に木霊する幾多の掛け声。狩人たちが瞬時に反応して、城壁側面にある縄はしごを伝って壁をよじ登っていく。

 

「巨龍砲だ! 壁際に寄れ!!」

 

 ヘルブラザーズの指示に従い、セーラー戦士たちも急いで壁の上へ跳び上がる。

 

 直後、砲撃音が轟き。何かが空気を切り。

 背後が赤く光った。

 広場を丸ごと呑み込まん大きさの炎球が出現し、鋼龍の身体を焼き焦がす。遅れて爆発から生まれた衝撃波が戦士たちの背を押す。

 しばらく熱風が彼女に吹きつけたのち、徐々に収まった。

 やがて空気が沈黙した。

 

「……終わった、のか?」

 

 ウラヌスが何とか腕で上半身を起こし、隣のネプチューンを助け上げる。

 警戒しつつも、城壁の屋上から下層を覗く。

 鋼龍は墜ちていた。

 硝煙を昇らせ、赤黒く光る稲妻残滓の中で沈黙し、地に伏していた。

 黒い雲が退いていく。その合間から、久しぶりに青色が少しずつ顔を出してきた。所々が陽に照らされる鋼の鱗に、未だ動く気配はない。

 

「やった! やったぞっ!!」

 

 狩人の誰かが喜び叫んだ。

 狩人たちが次々に下層に舞い戻ってゆく。

 ウラヌスとネプチューンはその雰囲気についていけないまま、肩から崩れ落ちそうになる。

 

 終わった。

 嵐が、地獄のような時間が終わった。

 

 しかしそこで鋼龍が目を開け、起き上がった。

 一瞬で歓びの声は止み、無言になる。彫刻のような顔が狩人へ、そして城壁の上にいる戦士へと巡らされる。

 だが、鋼龍が再び攻撃を始める気配はなく。

 鋼龍は翼を広げ、大きく羽ばたいた。

 その風に誰もが目を覆った。

 次にウラヌスが目を開けた時には、あの美しくも禍々しい龍は遥か遠方の空へ消え去ろうとしていた。

 

「あーあ、萎えちまった」

 

 2人が下層に戻ってきた時、赤鬼はため息交じりに地面へ座り込んでいた。

 

「あの方向はジャンボ村だ」

「どういうことだ?」

「専属ハンターだよ。全く、また俺たちの活躍が台無しになっちまった」

 

 黒鬼はそう嘆きながら赤鬼の手を取り持ち上げる。

 

「ま、とにもかくも嵐は過ぎ去った。これであんたらも俺様たちも、まだ好きなことが出来るってこった」

 

 隣を通り際に、黒鬼はウラヌスの肩を小突いた。

 

「これから大変だろうが、せいぜい頑張りな。さっきのあんたら、まだまだやれそうな顔してたぜ」

 

 そのまま、ヘルブラザーズは別れも告げずに壁を登っていった。

 ウラヌスとネプチューンは自分たちも知らぬ間に互いに手を繋ぎ合い、青く晴れていく空を見上げていた。

 

──

 

「みんな、追い払ってくれたのね」

「……もう、何週間も太陽を見てなかった気がするな」

 

 喫茶店の窓から差す太陽に、衛とちびうさは目を細めた。

 ちびうさも、手当てされていたハンターたちも、店内にいた人々も、そして古幡兄妹も、久しぶりの陽光を見て一息をつく。

 テレビでも、嵐が去ったことを高らかに報道していた。

 

 狩人たちは礼を言いながら、ぞろぞろと列を作り店を出ていく。それらを見て、座っていた竜人族のハンターもゆっくりと腰を上げた。

 

「では、そろそろここらで失礼するよ」

 

 彼は衛たちに、指でこちらに来るよう黙して合図した。

 

「……少し、その前に話させてくれ」

 

 衛はそう断ったうえで、カウンターに力を抜いて座り込んだ古幡兄妹に向かい合う。それから、嵐の間に書き溜めていたノート数冊をカウンターに置く。

 

「なんだい、それは」

「これから先、必要になるかも知れないものだ」

 

 元基がそれを開くと、戸惑うように視線が浮ついた。

 その中身はあちらの言語の簡単な挨拶や文法、単語、またあちらの思想、慣習やタブーを書いたものだった。こちらの時間にして数年分の経験則が、ノートに凝縮されている。

 

「具体的には向こうの世界の人とまた会った時に使ってくれ。出来れば、他の人にも教えてくれれば嬉しい。ほんの些細なことかも知れないが」

「……本気なんだな」

「ああ。こちらから心を開けば、話してくれる人は必ず出てくる」

 

 衛の表情は真剣だった。

 ぱらぱらとノートをめくった元基は、やがて顔を上げる。

 

「……分かった。衛たちはどこへ?」

「やるべきことをしにいく」

 

──

 

「君はこれからどうするつもりなんだ?」

「エイデンが、仲間たちと共に各地のハンターズギルドへ赴きセーラー戦士たちへの協力を呼びかけている。私も調査団代表として彼らと落ち合う予定だ」

 

 雫が滴る廃墟を背景に、衛とちびうさ、そして竜人族のハンターが歩を進める。

 

「で、行く前に話したいことというのは?」

「クシャルダオラがここに来た理由だ。君たちも、そろそろ違和感を感じているのではないかと思ってね」

「違和感?」

 

 ちびうさたちはその言葉の真意を測りかねていたが、衛だけは引っかかったように男の後ろ姿を見つめた。

 竜人族のハンターは、足下の瓦礫の隙間からちょうど顔を出している芽を見つけて立ち止まった。

 

「私の所感だが、この街にはとてつもない『生命力』を感じる。我々の世界と比べても遜色ないほどに。モンスターたちは、それに惹かれているのかも知れない」

「生命力……」

 

 衛はしばらく男が見つめる芽に注目していたが。

 芽はそれだけでなく、道路の割れ目から無数に伸びているのに気づく。

 その時、衛の中で突然、これまで見てきたあらゆる出来事が1つの糸へと結びついた。

 

 雑草の異様な速度での繁茂。

 時空の穴付近における砂漠地帯の緑化。

 街路樹、境内の植樹の異常な成長速度。

 神社の男たちの身体能力の劇的向上。

 観葉植物に起きた異変。

 通常個体より強大な鋼龍クシャルダオラの襲来。

 

「そうか! 街が破壊されたという事実ばかり目についてたが──よく見てみれば、生命そのものはどれも異様な活力を得ていた! 植物も、人も、古龍も!」

 

 衛の発言で、他の者たちも事の異常さに気が付いた。

 竜人族のハンターはゆっくり頷いて、杖にした棍を握り直した。

 

「……君たちに1つの道を示しておこう。この街に生命力の根源がないか探せ。そこに、君たちの求める答えがあるかも知れない」

「生命力の、根源……」

「私はこのことをエイデンたちに急遽伝える。全てを超えた先で、また会おう」

 

 竜人族のハンターは廃墟の合間を縫うようにドンドルマの方角へ歩いていった。

 それを見送った衛は、瓦礫から立ち上がる芽を見、それから自らの掌を開いて見つめた。

 

「……詳しく調べてみる価値はありそうだ」

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