セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて 作:Misma
うさぎたちが地上へ戻るとほぼ同時、調査団の新人だったルルとユイが行方不明になってから1週間が経った。
懸命な捜索も虚しく彼女たちは見つからず、そうこうしているうちに事態が大きく変わった。
長らく音信不通だった大陸の奥地と、遂に連絡がついたのだ。
2人の新人は全く足跡を残さず消えた上、調査の手を止めるわけにもいかない。
彼女たちの喪失を哀しむ暇すら貰えないまま、慌しく時間が過ぎた。
──
鏡に映した栗色の髪を紐で1つに括りながら、まことは入口の方に振り向いた。
「現大陸のギルドから、使者だって?」
「そう。もうすぐ調査団の状況を視察にくるんですって」
アステラの3階付近、船を改造して造られた木造の一等マイハウスの入口から入ってきた亜美は、そう言いながら持ってきた水瓶を床に置いた。
立て掛けられた武器や防具など女子寮と比喩するには無骨すぎるきらいがあるが、天井に生えた木や観葉植物、シーリングファン付きのシャンデリアに窓枠型の水槽など、お洒落な小物はそれなりに誂えてある。
「視察? ……抜き打ちテスト的な?」
テーブルの上にある菓子へ手を伸ばしかけていたうさぎは、あからさまに厭そうな顔をする。
「はっはーん、うさぎったら未だにテスト恐怖症なのね」
その反対側に向き合っていたレイが意地の悪い笑みを浮かべると、うさぎはムッと眉を寄せる。
「あたしはむしろ楽しみよ。『こんな美少女が古龍撃退!?』『6期団のあの子ステキー♡』なーんて褒められるに決まってんだから♪」
「自分で美少女言うか普通?」
「変身の度にいつも名乗ってるあんたにゃ言われたかないわ」
間もなくうさぎとレイが狼のように唸り合い始めた傍ら、まことは亜美の持ってきた水瓶からジョウロへ水を移し、少しずつ観葉植物に注いでいく。
「それにしても、視察に来るのはどんな人たちなんだろ。気になるなー」
「聞いたところによると、過去には現大陸と新大陸の垣根を超えた一大作戦があったって話よ。結構親交は深いんじゃないかしら」
「へー。どんなモンスター倒したんだい? 余程のデカブツなんだろうなぁ」
彼女は植木鉢の土の湿り気を触って確かめていく。
亜美は室内の絨毯に座ったあとティーを淹れる。カップに注がれた水面を見つめるその顔は、しばし回答を躊躇った。
「理由は分からないけれど、調査団の誰もそのモンスターのことを言わないの。どこかはぐらかされてる感じがするわ」
「……そっか」
まことの語尾が下がり、ジョウロを持つ手も下がっる。
うさぎとつんと顔を背けあうレイは、菓子をつまみながら頬杖をつく。
「みんな良い人たちだし、ここまで協力してくれるのも嬉しいけど……あたしたち、きっと身内ほど信用されてないのね」
続いて菓子を口に運ぼうとしたうさぎが動きを止める。
少し離れた絨毯にアルテミスと一緒に丸まっていた黒猫のルナが、顔を上げた。
「まぁそりゃあちらにもあるわよ、言いたくないことの1つや2つ。人ってのはお互い、踏み込みすぎない適切な距離感ってのが大切なのよ」
「まぁ僕たちゃ猫だけどな! なはははは……」
「アルテミス。余計なこと言わない方がいいわよ?」
「あ、はい」
うさぎは少し俯いて、考えてから口を開いた。
「……ねえ。やっぱり一回、あたしたちのこと……」
「そもそも調査団の人たちって、あたしたちと根本的に考え方が違うもの。瘴気の谷の時も思ったけど、意識が古龍の方に寄りがちっていうかねー」
ベッドに寝っ転がっていた美奈子が、アステラジャーキーを噛みちぎりながら言った。
ちょうど外を歩く調査員の声に掻き消されたせいで、そこに近いところにいたうさぎの声が届かなかったのだ。
美奈子の感想を聞いた亜美が視線を下げる一方、まことはジョウロを置いて明るい顔を見せる。
「それはそれでいいじゃん。つまりは役割分担ってことだろ? この大陸のことは調査団、デス・バスターズに関することはあたしたちって具合にさ」
「それはそうね、『餅は、もっちもちやー!!』……なんつって」
室内なのに、寒風が吹き込んだように全員が黙り込む。
アルテミスが、直後ぶるりと身体を震わせ自身の肩をさすった。
「み、美奈、いま古龍がやって来たかと思ったぞ!」
「あれ、ウケなかった?」
「……正しくは『餅は餅屋』ね。多分、分かってて言ったんでしょうけど」
亜美がそう補足する傍ら、
「おい、6期団」
男の声が被さる。少女たちは一斉一同、マイハウスの入り口へと振り向いた。
大剣を背負った黒髪の青年が、腰のベルトに手を当てて立っていた。
「ちょ、調査班リーダー!」
「どうしたんだ。そろそろ出発しないと、遅刻して大団長にどやされるぞ」
どうやら今しがた来たばかりで、話の内容は聞かれていなかったようだ。
「は、はーいっ!」
少女たちが中腰で一斉にお菓子を隠しているのを見て、調査班リーダーは笑みを零した。
「すっかり君らも調査団に馴染んだな。炎王龍に挑んだと聞いた時は夜も眠れなかったが、今や『青い星』に続く期待のエースだ」
「そ、その節はご迷惑を……」
「いいや、俺が心配性すぎるんだ」
亜美が頭を下げるのに、リーダーは首を振って苦笑する。
「調査団は俺にとって、組織というより家族という感覚だ。だからか、つい気になってしまう……きっと、現大陸から来たばかりの君らにとっては余計なお節介だろうが」
彼は屈んで少女たちと目線を合わせ、1人1人の肩を叩いた。
「今回も無事で帰ってこい。奥地は危険だが、怪我だけはせずにやれよ」
そして立ち上がると、再びマイハウスの外へと足を踏み出していった。
「……そういえばあの人、新大陸生まれだったわよね。だからあんなに」
レイがそう呟いて、気まずそうに俯く。
先ほど語っていた内容が内容だけに、彼に対する罪悪感もやはりいくらかはあった。
「忘れたのかい? あたしたち、異世界の人間なんだよ」
まことの言葉に、うさぎを始め仲間たちははっと視線を向けた。
「あたしたちはあたしたちのまま、あの人たちはあの人たちのまま……今の世界を未来へ残すために戦ってる。そうだろう?」
「……そっか。いつかは帰らなくっちゃいけないのよね、あたしたち」
美奈子の返答を機に、少女たちは立ち上がる。
「行きましょう、龍結晶の地へ。お互いの世界の日常を取り戻すために」
アルテミスも眉を引き締め立ち上がった。
「よぉし、じゃあ僕たちもいざ……」
「アルテミス。あたしたちはアステラに残って、新人さんがいなくなった分の埋め合わせでしょ?」
「……あっ」
アルテミスはルナの指摘で一言発したあと、それからがくりと肩を落とした。
美奈子は哀れみを誘う姿の相棒に愛想笑いで手を振りつつも、半ば逃げるように着替え室に向かった。
「そ、そっちも頑張ってねー」
──
「うむ、『6期団』は遅刻なし。いい心がけだな!」
数日前に調査団と合流した、その全身筋肉で金髪オールバックの大男……1期団の殿を務める『大団長』は、豪快に笑いながら溌溂とした顔を見せた。
元ハンターである大ベテランのこの男は、武器1つ持っていないのに孤立していた際も自力で生き抜き、調査も進めていたという。
亜美が彼を見据えて大団長から、横に並んだ仲間たちへ掌を向ける。
「あなたが大団長ですね。あたしたちは右から……」
「細かいことは歩きながら済ませよう。時間が勿体ないからな!」
「は、はいっ……」
早くも先んじる大団長に、少女たちは急いで後を追っていく。
彼らの通る狭い洞窟──『地脈回廊』は至る所から角張った岩柱がせり出しており、人工的な意匠すら感じ取れた。
やがて熱気が吹き付けたかと思うと左手の壁がなくなっており、そこから遠方に煮え滾るマグマが紅い大河を作り流れるのが見えた。
「わーお、すっごーい」
大団長は少し立ち止まって、初対面であるその少女たちへと振り返る。
レイが身に纏うのは、女王の如き風貌のカイザー装備。
亜美は青と乳白色が涼やかな騎士風のギエナβ装備を着込んでいる。
美奈子はというと、火山という地には似つかわしくないほど軽装なキリン装備を着ている。幻獣の素材により白光を纏うその背から青く伸びるのは、ヘビィボウガン『レイ=ロゼッテス』。亜美の防具と同じくレイギエナの素材から作られた、細くも華やかな装飾が施された弩砲だ。
「船で来た時に到着を出迎えられなかったのは残念だったが、その分実りはあったようだな」
「まさか古龍とこんなに出会えるなんて思わなかったですけどね」
レイがやや皮肉っぽく語ると、大団長は四方へ跳ね放題の金髪を振り上げて大笑いした。
「なら喜べ。ここから先、強い奴らがわんさかいるぞ」
やがて洞窟のあちこちから、マグマとは反対に冷え固まって透き通った水晶体が突き出すようになる。
それは歩くにつれ目に見えて増えていく。
「瘴気の谷で死んだ古龍は、己の身に溜め込んだエネルギーを大陸全土に繋がる地脈へと還元する。だがその一部が異常に集まり、蓄積し、地上に析出したのが……この『龍結晶の地』」
「テオ・テスカトルも、谷にいた他の古龍も……ここから来たんですよね」
「そうだ。もうじきその源流が見えるぞ……この穴を通った先だ」
左手に湖を見て通り過ぎた辺り、亜美に答えて大団長は立ち止まった。
ちょうど、通路の外に続く屈んで通れるほどの穴が空いていた。
そこを、一列になって通り抜ける。
視野が開けると、真っ先に結晶の巨大花が視界に飛び込んできた。
何百mと一直線に伸びた複数の結晶が放射状に重なることで花のように見えるのだ。
火山からの黒い噴煙を背景に白く輝くその姿は美しく、水晶で造られた神殿のようですらある。
少し手前では黒い玄武岩が、城のように幾何学的な構造物を作り上げている。
「綺麗なだけじゃないぞ。龍結晶には、何万年分の古龍のエネルギーが溜め込まれていてな。それが、この地の生物に凄まじい生命力を与えている」
うさぎたちが見惚れている間も、大団長は腰に巻いたベルトにごつい手を当て説明した。それから再び袖のない筋骨隆々な肩を揺らし、左手にある下り坂へ握った親指を向けた。
「ついてこい。お前たちをここに呼んだ理由が、この先にある」
当然、うさぎたちもそれに続く。
「つい先日、現大陸から報せが届いてな」
龍結晶に両脇を挟まれながら少女たちは顔を上げ、筋肉が成す逆三角形の背中を見つめた。
「お前たちがかつて倒した妖魔化ゴア・マガラが天空山の禁足地近く……
その場にいる、全員の目が見開かれた。
「え……」
かつて彼女たちが追った最強の妖魔化生物。デス・バスターズが世界侵略のために育てていた『聖杯』。同族に追い詰められ、最後には浄化の力により逝った異形。
その名をこの地で聞くことになるとは思わなかったのだ。
「その喰った犯人が僅かに生き残った妖魔ウイルスを身に宿し、新大陸へと持ち込んだ。俺はそう踏んでる」
「……なんで、そこまで分かったんですか?」
ごくりと唾を呑み直した亜美が、努めて冷静に聞く。
彼らは大きな広場に出ていた。
四方を結晶の壁に囲まれ、中央にも結晶の柱が斜めに突き立っている。
大団長はにやりと笑って、足下にあるものを指差した。
「これがあったからだ」
地盤に棘らしきものが突き刺さっている。大団長の腰の高さまである、かなり大きなものだ。少し弓なりに湾曲した形状で、根本で中折れている。
その形に、少女たちは見覚えがあった。
「それは、陸珊瑚の台地で見た……!」
ガジャブーの長が妖魔ウイルスを移されたあの結晶と、骨のような色合いであること以外は瓜二つだった。
「ガジャブーたちが言う『赤い災い』がもたらしたモノの1つだ」
大団長にもう一度振り直ると、彼は、天井から突き出す結晶の間から見える空を見上げていた。
「あの嵐の夜、赤い流れ星が空から海の向こうへ堕ち……龍結晶の地に大混乱が起きた。龍や竜たちの熾烈な縄張り争いが、何週間もな」
大団長は太い指で噴煙漂う火山辺りの空を指差し、それを地面へ落とすようになぞった。
周囲は戦場跡と言って差し支えのない荒廃のしようだった。少し遠くにはクレーターのような窪みまで出来ている。
「その正体こそ現大陸からの回答待ちだが、この形と3期団の分析で、この棘とお前たちが見た水晶の持ち主との同定は容易かった」
大団長は、屈んで突き刺さった棘に手を置いた。
それからどこか懐かしがるような、一方で苦みも含んだ笑みを浮かべた。
「──滅尽龍、ネルギガンテだ」
その二つ名を聞いて、少女たちの顔に緊張が走った。
「……ハンターノートに確か書いてあったわね。誰にも与さない、孤高の古龍がいるって」
ネルギガンテという名前自体は、いくらか見聞きする機会はあった。が、その詳しい生態などはまだよく知らないところがある。
「その龍が……妖魔化していると?」
レイが確かめるように聞くと、大団長は棘から視線を切って立ち上がった。
「そこまでは見れていないがな。生憎、俺たち調査団に魔女や妖魔に関するノウハウは皆無に近い。だが──」
「あたしたちなら、相手が古龍だろうと妖魔だろうと相手取れるってわけですね。それが、あたしたちを呼んだ理由でしょう?」
まことに言葉の続きを言われた大団長は一度は虚を突かれたものの、やがて、逆に彼女の闘志に燃える顔を満足気に見つめた。
「やれるか?」
「はい!」
「よしっ、その返事を待っていたぞっ!」
快活な声が、結晶で出来た空間によく響いた。彼はそこで初めて向かい合う少女たちの顔をよく見回し、叫んだ。
「ヤツの古龍としての情報は耳が痛くなるくらい共有してやる。最大の準備をして、滅尽龍をここで待ち伏せるぞ!!」
拳を振り上げ鼓舞すると、少女たちはすぐに迷わず強い意志を持った顔で頷いた。
意気込むのは当然のことでもあった。遂に、妖魔ウイルスとのしがらみを完全に絶つ時が来ているのだから。
しかしうさぎと亜美だけは、どこか迷うような光を瞳の中に帯びていた。
──
大団長からネルギガンテについて学びつつ待ち伏せを始めてから3日が経過したが、肝心の目標は龍結晶の地に一向に姿を表さなかった。
他地域に出現した場合はすぐ連絡があるはずだが、これもなかった。
時間は無情にも過ぎ去っていく。
その日の夜、見張りを交代した時のことだった。
「じゃ、亜美ちゃん後はお願いねー」
「ええ、分かったわ」
「朝までだけど、ホント大丈夫?」
「任せときなって、伊達にハンターやってないよ」
「まこちゃんも、無理しないでね!」
昼番を終えたうさぎたちは、キャンプテントに入っていく。
寝袋に入ってすぐ、レイと美奈子は眠りこけてしまった。
しかしうさぎだけはいつまで経っても眠れなかった。
やがて、真っ暗だった幕の向こうが仄暗く光る。
テントの入り口の幕を折り上げると、そこには焚火を起こした大団長がいた。
「おぉ、まだ起きてたか。いい子はよく寝んと、本番がお粗末になるぞ?」
にっと笑ってみせた大団長に対し、うさぎはしばし、迷うように視線を地面に落とす。
「どうした。具合でも悪いか」
「……いえ……何でも」
「そこに座れ。思ったこと聞かせてみろ」
大団長は、目の前にある焚火、自らの対面を指差した。
うさぎは一瞬、レイと美奈子が寝ているのを見返してから。
そっとテントを抜け出し、大団長のいる焚火へと身を寄せた。
それからもしばらく、膝丈にも満たない小さな火へと視線を沈ませたままだったが。
「この戦い……いつ、終わると思いますか?」
大団長は眉を上げた。
「戦いってのは妖魔ウイルスのことか。専門家なら見通しくらい立ってるもんじゃないのか?」
うさぎはゆっくりと首を振った。
「あたしたちは何もわからないうちからただ、がむしゃらに突き進んできたんです」
この世界で、彼女と仲間たちは様々なモンスターを見て来た。
我が子を身を挺して護ろうとした、番の飛竜。
生物の枠組みから外れ、ひたすら動くものを襲う戦闘狂の烏。
雪山の吹雪のなか、彼女たちに自然の厳しさを教えた絶対強者。
己が生存をかけ壮絶な兄弟殺しを繰り広げた、闇と光を併せ持つ龍。
彼らとの狩猟という名の死闘のなか、慈愛の戦士である彼女は敢えて血に塗れた狩人の道を選んだ。
この世界の本来あるべき姿を捻じ曲げる、デス・バスターズの野望を食い止めようと覚悟を決めて。
「ずっと魔女を追ってきて、やっと歪みを断ち切ったと思ってたのに……こんなことになっちゃって」
凄まじい蛮力のみをもって炎を掻き消し、嵐を突っ切り、獲物を狩る。
調査団が幾度に渡って対峙したという、古龍における特異点。
その怪物は、彼女の手の届かないところで妖魔ウイルスを新大陸へもたらした。
うさぎは笑顔を作り、大団長へと顔を上げる。
「きっと、あたしたちの実力がまだ足りないからですよね。青い星さんに追いつくくらいじゃないと……」
「一つ聞くが、お前の言う『歪み』ってのはなんだ?」
大男は、ポケットからあるものを取り出していた。
「それは……」
大きな掌に、金色に光る鱗片が光っていた。
──
「……やっぱり、気のせいじゃないわ」
「何がだい?」
同じ頃。
まこととペアを組む亜美はバイザーでの分析を終え、スパコンを叩いていた。
最初に大団長と訪れた、調査団からは『エリア8』と呼称される広場状の空間でのことだ。
「ここで数々の龍たちと争ったネルギガンテは、瘴気の谷に来てヴァルハザクを襲った。そして去り際に妖魔ウイルスを含んだ痕跡を残した……」
結晶散らばる地面を、亜美は行き交いながら考察する。
彼女たちはここまで、時間を遡るようにして新大陸を北上し、目撃してきた。
大蟻塚の荒地では北から逃げてきたテオ・テスカトルを。
陸珊瑚の台地では妖気に侵されたキングガジャブーを。
瘴気の谷では棘の刺さったヴァルハザクを。
それらはすべて、この地を訪れたネルギガンテと繋がっていた。
「それならなぜ、時が経つにつれて痕跡にあった妖魔のエナジーが弱まってるの? 古龍を食べる古龍の身体なんて、栄養の巣窟のはずでしょうに……」
亜美と比べて頭脳派ではないまことはその独白に何と返すべきか答えず、ポリポリと頭を掻いていたが。
「ねぇ、まこちゃん。あたしたちの本当の敵は、デス・バスターズよね?」
思わず「え」とやや間の抜けた返答をしてしまう。まことからすれば、亜美の発言は前後で繋がりがなく、やや突拍子なものだった。
彼女はしばし空を見上げたのち。
「……いや、聞くまでもないじゃんか。妖魔ウイルスの件だって全部ことの発端はあいつらだし……確かに直接戦ってるのはこの世界のモンスターだけどさ」
まことは心配げに、黙って考え続ける亜美の顔を覗き込む。
「もしかして……まだ、フィールドマスターさんの言葉を引きずってんの?」
亜美からいつまでも返答は得られない。やがてまことは安心させるように優しく肩を叩いた。
「亜美ちゃんは考えすぎるとこあるからなー。これはあたしたちとデス・バスターズの戦いだ。あいつらさえ倒せばこの世界は元通りになるんだよ」
妖魔ウイルスを喰った以上、ネルギガンテがデス・バスターズの世界征服にとって必要な『聖杯』になっている可能性は高い。これを敵が狙わない手はないだろう。
だから、かの龍を見つけた場合は撃退ではなく完全に浄化せねばならない。それがセーラー戦士としての目標だ。
「……それも、そうね」
「そう。そして、あたしたちはうさぎちゃんを護りつつ戦うのが仕事。そういう難しいことは調査団の人たちに任せりゃいいんだよ」
まことは竹を割ったような笑いを浮かべると、空に見える星を篭手の中に掴んだ。
「で、この戦いを終わらせたらとびっきりカッコいい彼氏を見つける! それがあたしの最終目標さ」
まことという少女には、迷いがなかった。
その武闘派らしい迷いのなさに、亜美も少しだけ剣呑だった視線を和らげた。
「そういえば、最近センパイのことあまり言わないわね」
「そりゃ、調査団の誰かに恋しても仕方ないからねー。その点、亜美ちゃんは羨ましいよ。浦和クンがいてさー」
「そ、そんな。彼とはまだそこまでではないというか、何というか……」
「まだって何だよ、まだってー」
からかわれつつ肘で小突かれた亜美は、頬を赤らめて俯いた。
──
「それは……リオレイアの?」
「おう、よくわかったな。希少種といったら現大陸じゃ滅多にお目にかかれないんだが、見たことあるのか?」
「あっ、はい。結構前ですけど」
「流石は妖魔退治の専門家。幸運は人一倍ってわけか」
うさぎにとって、金色の鱗を見たのはココット村以来だった。対する大団長は少し驚きを含んだ顔をしつつも、再び鱗を見つめる。
「3期団の報告によれば、ここには火竜の希少種や古龍たちの縄張りが重なっていた。言ってみりゃここは、新大陸の火薬庫だったってわけだ」
うさぎはぼんやりと金の鱗を見て、森丘から巣立っていったあの雌火竜の子を思い出していたが。
やがてそれが大団長のポケットにしまい直されたことで現実に引き戻される。
「さて。こんな環境が自然に出来ると思うか?」
「え?」
「調査団では、この地はある古龍が造ったものと分かってる。地脈に流れる生命力が異常に偏った結果、強者の集う環境が生まれた」
うさぎは大団長の視線に導かれ、テントの上にある結晶の天井を見つめた。
瘴気の谷と同じように、龍結晶の地は古龍により生み出されたというのだ。
「元よりこの世界は十分歪んでる。異世界から来た魔女ですら、そんな数ある歪みのうちの一つでしかないと思えるほどにな」
大団長の眼はフィールドマスターのそれと似ていた。
当事者でありながら魔女や妖魔ウイルスをも俯瞰するような、遠い視線。
「……じゃあ、たくさんの命が悪意や死に脅かされても、歪みの一部だから仕方ないってことですか?」
いつの間にか、うさぎの口から反射的にその言葉が飛び出していた。
うさぎには明確に思い浮かぶものがあった。
プルートに見せられた地獄のような未来だ。あれ以上はないと思える、世界の歪みだ。
しばらく、大団長は彼女の眼を見つめ返していた。
やがて男は口端をにやりと上げた。
「お前、調査団では珍しいタイプだな」
「確かに、調査団では変なヤツって思われるかもしれませんけど、あたしは……!」
「パーフェクトだ」
視線を上げると、大団長は、うさぎに焚火で焼いた肉を渡そうとしていた。彼女がそれを受け取ると、大団長は少しおどけた表情で瞬きしてみせた。
「アステラにいりゃ分かるだろ。俺含め、調査団もどこか変で、歪んだ人間の集合体……なんてな。ぬわぁっはっはっは!!」
一際大きな声で笑う大団長。うさぎは肉に口もつけないままきょとんとしていた。
「とどのつまり、俺はもっと広くおおらかに視野を持てと言いたかった。だが、お前のマジな目を見て分かった。お前はそういうヤツだ」
大団長はあぐらをかいた膝に手を乗せて、ぐっと身体を前のめりにした。獅子の如き猛き光を孕んだ瞳が、うさぎの視界を貫いた。
「俺はお前の意志を、そのままでも、鞍替えしたとしても尊重しよう。ただ一つ、言わせてもらう」
大団長は、顔の前に人差し指を持ってきた。
「自分の思考と見つけた事実は他者と広く共有しろ。共に議論し、真実を求めろ! 探求を止めたら、それでこそ調査団失格だからな!」
うさぎはその言葉を受けて、しばし迷うように俯いて視線を巡らせた。
それから、決意したように顔を上げた。
「あの……あたし」
「ん? なんだ」
うさぎはテントを横目に見てから、言い出す。
次に口を開こうとしたところで、轟音が鳴った。
──
亜美たちの頭上から一気に熱波が押し寄せた。
天井から伸びていた結晶を、2つの影が破砕する。
炎王龍テオ・テスカトルだ。その身体を同じくらいの大きさの黒い影が押さえつけ、1秒足らずで地上へと叩きつける。
亜美たちのすぐ背後で衝撃波が発生したことで、彼女たちは何も分からないうちに、半ば押されるようにして地面へ倒れる。
まことは急いで亜美を助け起こし、すぐさまその根源を睨む。
一方は明らかに、大蟻塚の荒地で対峙したテオ・テスカトルだった。片角の3分の1ほどが折れていたからだ。
それを無理やり地面へ縫い付けるは、たった一本の黒い腕。
「あれ、まさか……っ」
外套のような漆黒の翼から、無数の棘が伸びている。
それが被う体躯は、崇高な龍というよりは獰猛な獣に近い。
地を駆けるにしては、後脚より棘の生えた前脚が著しく太く、逞しく発達している。
「ヴォ゙ォ゙オ゙ォ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙ッ゙ッ゙ッッ!!!!」
彼は咆えた。
悪魔か魔王のような、湾曲した太い角をぶら下げて。