セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて   作:Misma

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破滅の喇叭は不倶戴天を謳う②(☽)

 黒濁の噴煙に純白の結晶が咲き誇る、龍結晶の地。

 開戦を告げる喇叭となったのは、地獄の底から鳴らされたように低く悍ましい滅尽龍の咆哮だった。

 炎王龍テオ・テスカトルは同じく四肢を地につけ吠え返すが、すぐ飛びかかったりはしない。

 彼は古龍らしい知性を窺わせる瞳で冷ややかに目の前の相手を睨むと、上体を持ち上げ翼で風を巻き起こした。

 周囲の熱気と身体から舞う粉塵が、その漆黒の獣に収束した。

 

 夜闇に、一瞬昼間と見紛うほどの光が閃いた。

 滅尽龍の身体を創り出された太陽が──強烈な爆風が包み込む。

 

 その場に居合わせた亜美とまことは反射的に目を塞いだ。

 彼女たちの周囲で、爆風に飛ばされてきた龍結晶の破片たちが何度も音を立て跳ねる。

 炎王龍は、灼熱のたてがみを振りながら勝ち誇ったように咆えた。

 

「……いきなりかよ」

 

 荒地で戦った時は手加減していたのではと思えるほどの容赦のなさに、まことは呆れたように呟いた。

 人間であればとうに消し炭になる熱量と爆発。

 あの爆心地にいたのでは生きている方がおかしい。身体の芯まで炭になったに決まっている。

 

 炎の中から伸びた火達磨の黒い爪が、そんな極当然の予想を嘲笑う。

 

 完全に油断していた炎王龍は、自身にぶつかってきたその獣に、慌てて至近距離から炎を吹き付ける。

 しかし、不動。

 棘の外套に全身を包まれた悪魔は5000℃以上はある灼炎を頭から浴びても、少し押し返されるだけだった。

 

「……」

 

 全くの蚊帳の外にいる亜美は、ひたすらに圧倒されていた。

 4本の鋭い爪が炎王龍の頬に食い込み、頭から地面に押し倒す。そこから胴体へ伸びる前腕の筋肉は、炎王龍のそれとは比較にならないほど強靭に、太く発達していた。

 そのまま滅尽龍ネルギガンテは、同じくらいの巨躯を持つ相手を地面に摺りつけ、力を込めた。

 炎王龍の身体が、風を切って吹っ飛んだ。

 彼は少女たちの脇にあった龍結晶の壁に激突、結晶の幾つかが激しく飛散した。

 

 滅尽龍は追い打ちをかけんと、前爪を構えて大きく跳躍。

 起き上がった炎王龍は何とか跳びあがって、結晶を叩き割るほどの追撃を躱す。

 そのまま相手が高度を上げるのを見て、滅尽龍も翼を広げ追おうとした。

 

 そこにすぐ近くで、浅くも早い間隔で結晶を踏み割る音がした。

 犬歯が外側に突き立つ、地獄の番犬の如き形相が声のした方に振り向くと。

 その横っ面に、雷纏った青碧の甲殻の巨塊がぶつかる。

 

 まことの振り放った王牙槌【大雷】だ。

 守護星からもらった力も作用して、迅雷が首にかけて生える黒い棘状の鱗を焼く。

 滅尽龍の目線が、彼女の方へ向いた。

 彼は炎王龍の時ほどの熱量を伴わないものの、目の前の小蝿を払おうと素早く爪を伸ばした。

 

「甘いッ」

 

 まことは横に転がって回避。

 力を溜め、斜め前から踏み込んで一打をお見舞いする。

 雷撃は確かに滅尽龍の左腕にあった棘を焼き切り、鱗の一部を吹き飛ばした。

 

「ま、まこちゃん……」

 

 亜美は蛮勇を見せたこの少女を前に、まだ足を踏み出せていなかった。

 ネルギガンテは高く頭を上げ、額から背中まで山なりに伸びる剣山を眼下にいるまことへぶつけにかかった。

 彼女はそれをも見切り、横へ走り抜ける。

 

 すぐ隣の地面が砕け散るのも構わず、叫びながら次の打撃を滅尽龍の右腕へとかち上げるようにして撃ち込む。

 亜美はその雄叫びに突き動かされたように、腰から取り出した信号弾をスリンガーに装着し、上空へ向けレバーを引く。

 狼煙が上がった。これで、うさぎたちも来てくれるはずだ。

 

「深追いは禁物よ、気をつけて!」

「分かってるよ!」

 

 滅尽龍は肩から背中を覆う(マント)を地面に押し付け、棘が並ぶ装甲を正面にいるまことへぶつけにかかった。

 生態系を超えた地位にいる古龍は通常、他の生物を視界に認めたとして気に掛けもしない。

 しかしこの滅尽龍は違った。

 涎を撒き散らし、棘だらけの己が身を武器として真っすぐ突っ込む。そこにおよそ、知性や崇高さといったものは窺えない。

 

「へぇ。まるであたしみたいな戦い方するじゃないか」

 

 まことは笑いながらへハンマーを構える。

 額から伸びた、凶悪に捩じれた太い双角へにじり寄り。

 同時に、鎚を頭上に持ち上げ。

 

「でも、可愛げがないねぇっ!!」

 

 縦に振り乱れる薔薇のピアス、ポニーテールと共に、角質から成る角を叩く。

 電流を嫌がってか、ネルギガンテは一瞬だけ怯み目を瞑る。

 

「……まこちゃん、すごい勢いだわ」

 

 まことよりもガンナーとして構造上防具の強度が薄い亜美は、まずは相手の観察に徹していた。

 予想以上の善戦だった。

 小細工なく比較的単純な戦法を取る滅尽龍に、まことの真正面から挑む戦闘スタイルが見事に刺さっている。

 両者が同じような戦法を取るなら、明確に雷属性という弱点を突ける彼女が有利になるのは必然。

 

「……きっと、それだけじゃないわ。想いの強さも桁違い」

 

 戦いを終わらせたら彼氏を見つけると宣言したまことの視線に、迷いは一切なかった。

 

「あたしはずっと、先のことを不安に思ってばかり……」

 

 目線を少し下げると、自身の引金を持つ手は未だに震えていた。

 その一瞬で状況が変わった。

 ネルギガンテが地を蹴り、1秒後には亜美の目前に回り込むように飛び込んできたのだ。

 掠めた翼の棘に防具の端を引っ掛けられ、彼女はその場に突き転がされる。

 

「え……っ」

 

 亜美の視界が黒く塗り潰された。

 滅尽龍は後ろ脚だけで立つと、左の掌を構えゆっくりと亜美へと大股でにじり寄る。

 左腕の筋肉が怒張する。

 明らかに、確実に獲物を仕留めようとする動きだ。

 

「亜美ちゃん、動けっ!」

 

 咄嗟にまことが駆け寄りながら叫ぶ。

 しかし、亜美の脚はがくがくと震えていた。

 

「会いたい人がいるんだろうっ!?」

 

 そこでやっと、すんでのところで彼女の腰が動いた。

 身体ごと転がした直後、弾丸にも迫る速度で左腕が地面を深く貫いた。

 風圧で亜美の身体が少し飛ばされたが大きな怪我はない。

 地盤から引き抜かれた腕にはあまりの勢いのせいか、地面の結晶による切傷が入っていた。

 そしてその傷は間もなく変化を遂げる。

 傷を負ってからたった数秒で瘡蓋(かさぶた)の如く、白く大きい棘が夥しく生えてきたのだ。

 

「……あれが『超再生』か」

 

 滅尽龍は左腕で二度目の掌底を撃ちにかかる。

 まことは、亜美を庇いつつ共に身を横に投げ出す。

 飛び込んだ先は、地面から生える巨大な龍結晶の柱、その陰だった。

 地面に腕を突き刺したネルギガンテが力を込めると、棘が飛び散った。

 放たれたそれらは少女たちが隠れた龍結晶に釘のように突き刺さり、周囲にヒビを入れた。

 

「なるほど。あれでヴァルハザクも仕留めたってワケだ」

 

 まことは亜美へ向き直ると、その力が抜けていた腕を引っ張り上げる。

 

「亜美ちゃん、この先何があろうと進むしかないよ。そうでなきゃあたしたちの戦いは終わらない!」

「……っ」

 

 亜美は唇を噛み締め、背にある弩の柄を握り、柱の陰から対象を見つめ直す。

 ネルギガンテは言うまでもなく2人の位置を把握していた。次は横薙ぎに爪で柱ごと根こそぎ、彼女たちを引き裂こうとしていた。

 亜美はまことと別れる形で結晶から離れ、転がる。

 氷のように崩れる結晶の柱を見ながら、流れるように錐状のLv.2貫通弾を装填、ライトボウガン『あまとぶや軽弩の水珠』を構える。

 

「ホント……無茶な人ばかりだわ!」

 

 マズルフラッシュから弾き出された計3発の貫通弾が、回転しながら軌跡を描いた。

 翼へとめり込み突き刺さったそれらに気づいた滅尽龍は、双角の下にぎろつく黄色い瞳を亜美へと巡らせる。

 

 敵意が自身へ向いたことに気づいた彼女は、接近戦を警戒して後下がる。

 滅尽龍は屈強な肉体を活かし、手当たり次第に地面を殴っては頭突きを放ってくる。が、離れた彼女にはそのどれも当たることはない。

 そのうち龍の超再生により、腕だけでない頭にも、翼にも、一斉に白棘が生えていた。

 龍が暴れる度、地盤には白棘が突き立った。

 

 まことは足を取られないよう、器用にその間を掻い潜って猛攻に抗うが──

 その最中に、凛々しい顔を鋭く歪めた。

 

「プンプンしてきたな……忌まわしい妖魔の臭い!」

 

 ネルギガンテからは確かに、妖気──妖魔ウイルスの放つマイナスエナジーが感じ取れる。

 かつての妖魔ゴア・マガラと較べれば実に微々たる量だが、大団長の予想が当たっていたことには違いない。

 

「うさぎちゃんたちが来るまでの耐久戦ね」

 

 亜美もすっかり目を据わらせ、引き続き援護射撃を行う。妖魔ウイルスを完全に浄化できるのは、幻の銀水晶を持つうさぎだけだ。彼女が来るまでしばし耐える必要がある。

 まことは最前線でハンマーを構え、走った。攻撃に使おうとしている部位を執拗には狙わず、その脇にある部位を叩く。

 そしていまちょうど、翼を擦り付けた拍子に腕ががら空きになった。

 

「そこだっ!」

 

 すかさず、得物を振り回す。

 鉄を叩いたような音と共に、それは弾かれた。

 

「!?」

 

 見ると、先まで白かった棘が黒い棘へと変色していた。

 

「ちっ……そういや硬くなるのかっ!」

 

 滅尽龍の纏う棘には段階がある。

 傷を覆った白棘はものの数十秒で黒く変色し、金属のように硬化。攻防一体の武器へと生まれ変わる。

 これも滅尽龍の驚異的な再生力が成せる技。だからこそ、彼は己の身が傷つくことも厭わず暴れまくるのだ。

 

 まことは早々と後退。滅尽龍が黒く艶の入った額の剣山で頭突きを見舞うと、先を超す速度で黒棘が飛んだ。

 彼女が咄嗟に屈んだからこそ助かったものの、並の人間で躱せる速度ではない。

 

「……なんて化け物」

 

 亜美は7度目の弾倉交換を行いつつ呟いた。

 こちらの攻撃は、相手の再生速度にまるで追いつけていなかった。

 間もなく滅尽龍の全身が黒く染まる。

 頭から、翼から、腕から、尻尾からも鋭利な棘が周囲の空間に突き立つ様は、まさしく悪魔と呼ばれるに相応しかった。

 

「……来る」

 

 その時が来た。

 ネルギガンテが上体を起こし、大きく咆えた。

 不意を突かれた少女2人は思わず、音圧に身を屈める。

 赤紫色の胸、肩から伸びる黄土色の飛膜と腹を見せ。

 翼を一打ち、空中へ飛び下がる。

 

 野生動物とほぼ同等に研ぎ澄まされた狩人の勘が、彼女たちの脚を突き動かした。

 

 結晶で出来た大地が、削られる。

 破棘に伴う渦旋が、滑空軌道上を一直線に滅尽する。

 その破壊には、些かの炎も雷も水も氷も必要としなかった。彼そのものが生ける砲弾と化したからだ。

 軌道から離れた少女たちのすぐ傍を、黒棘の破片が回転しながら飛んでゆく。

 

 大量の土煙と破砕音を背後に残して着地した滅尽龍は、身を振って残った棘を、突き刺さった弾と共に振るい落とす。

 そして大技を放った直後にも関わらず、立ち上がろうとしていた少女たちへ四肢を躍らせた。

 

「隙がっ……!」

 

 滅尽龍の身体には既に、一つも傷がなくなっていた。

 自身の再生力を誇示するかの如く彼は後脚で仁王立ち、亜美を圧殺せんと掌を構えた。

 

 その顔に結晶の欠片が飛び、ぶつかってはじける。

 

 滅尽龍は思わぬ衝撃に首を引っ込めた。

 次に音がしたのは天井。

 彼が怯んだところへ、崩れた結晶の塊が背へとのしかかる。

 

「ギュアアアアッッッ!?」

 

 ネルギガンテは一時的に動きを止めた。

 いったい何が起こったのか。

 まことと亜美が周りを探すまでもなく、足音が近づいた。

 

「まこちゃん、亜美ちゃん、大丈夫!?」

 

 3人のハンター……少女たちが走り寄ってくる。

 先の攻撃阻止は、うさぎと美奈子によるスリンガーのダブルプレーだったのだ。

 

「みんな、遅かったじゃないか!」

「ごめん、煙弾見つけるのに手間取っちゃって!」

 

 美奈子は亜美の隣に、うさぎとレイはまことの隣に並び立った。

 ネルギガンテは増えた敵に対し涎を撒き散らす勢いで吠え、すぐさま肩を突き出すように彼女たちへ襲いかかる。

 

「こいつが、滅尽龍ネルギガンテ……!」

 

 迫り来る棘の壁に対し仲間と共に横へ走り抜けたレイは、チャキリと鞘の鍔を指で弾き、燃え盛る太刀の鱗片を引き抜く。

 

「あんたに罪はないけれど……この世界の歪みとなった以上、相手させてもらうわ!」

 

 その言葉を聞いたうさぎの、一瞬大剣を持つ手に緩みが生まれたが。

 しかし次には首を振って、狩人の視線でこの棘の外套を着た悪魔と対峙する。

 

「思ったより棘の変化が早いよ! 気をつけて!」

「りょーかいっ!」

 

 まことが、自分の知った情報を共有する。美奈子は中折っていた青い弩砲を元通りに組み立て、亜美と並んで滅尽龍へと向けた。

 

 戦場の様相は混沌を極めた。

 

 滅尽龍が目の前にいるうさぎに殴りかかり、その横からまことが鎚で脇を打ち据える。

 うさぎも、翼の辺りへ大剣を体重をかけ振り下ろす。

 自傷により腕に白棘を生やした滅尽龍は剣士たちに目もくれず、弾丸をばら撒いていた亜美と美奈子に飛びかかる。

 うさぎの呼びかけに答えた2人は横に避け、滅尽龍の背後から密かにレイが鞭のように長い尻尾を狙う。

 ガンナーに叩きつけを試み棘を飛ばしたばかりのネルギガンテはそこで気配を悟り、背後にいたレイを見つめた。

 

「やばっ」

 

 彼が凶悪に先端が逆立った尻尾を360°振り回すと、地盤に同心円状の亀裂が走った。

 事前に跳び下がっていたレイは、結晶を踏み割りながら歯軋りする。

 明らかにネルギガンテの動きが洗練されてきている。相手取る人数が増えたゆえに警戒を強めたのかもしれない。

 

「ソードマスターさん直伝のアレが使えれば……」

 

 度重なる攻撃により、白棘が再び滅尽龍の身体を覆い始めている。黒棘に変化するのも時間の問題だ。

 滅尽龍はレイへ狙いを移し、一気に攻めたてる。

 突進、頭突き、掌底。苛烈な連撃に、避けるのがやっとだ。

 

「みんな、一旦下がって!」

 

 高い声が響いた。

 うさぎがスリンガーで結晶の一部を頭上へ向けていた。

 その先に見据えるは、天井からぶら下がりヒビが入った2つ目の結晶。

 仲間たちはその意図を汲んで、急いでそこから離れた。

 狙いすまされた結晶の欠片が当たり、ヒビが拡がる。

 そして──破砕。

 再びの落石だ。

 結晶の落下に巻き込まれたネルギガンテは、甲高い悲鳴と共に怯んだ。

 

「よしっ……」

 

 レイがそこを見逃さず、滅尽龍へ急接近する。

 気付いた彼は腕を伸ばすが、その時には既に少女は太刀を掲げ、頭上へ。

 そして天上から、一直線に打ち下ろす。

 腕にあった白棘が根本から数本叩き割られ、再生しかけた鱗もまとめて剥がれる。

 

「ギィィッッッ」

 

 滅尽龍は姿勢を崩し、苦痛に悶えるように四肢を振り回した。

 それを見たレイは乱れた黒髪を頭を振って整えつつ、

 

「……どうやら、やるべきことは意外と単純なようね」

 

 狙い目は生えた棘が白いうちだ。

 これを砕くと相当な痛みがあるのか、滅尽龍はかなりの確率でバランスを崩す。

 対策はとにかく熾烈な攻撃で攻めたてること、それのみ。

 起き上がったネルギガンテは喉奥を鳴らし、爪で周りの地盤を抉り取った。

 そこに、またしてもうさぎの放った結晶の一片が飛ぶ。

 僅かに出来た隙を突くように、美奈子が金星の力を込め撃った貫通弾が翼と身体の間で跳弾。それは確かに、滅尽龍の顔に苦悶を浮かばせる。

 

 ネルギガンテは大きく咆えると、背を向け結晶の地を踏み鳴らしていった。

 

 向かったのは、火の粉が来訪者を招き迎えるように舞ってくる洞窟。

 次の戦場は火山地帯だ。

 少女たちは休む間もなく、クーラードリンクを飲み追跡した。

 

──

 

 冷ややかだった上層とはうって変わり、灼熱のマグマがすぐ近くに流れる下層部。

 しかしネルギガンテは、周囲を囲む溶岩も恐れなかった。ただひたすら何度も少女たちを捻り潰そうと、頭を、腕を、尻尾を大地へぶつける。

 翻って彼女たちにとっては足場を制限される、非常に不利な地形だった。

 

 最初は勢いに乗っていたまことも動きが鈍くなった。

 彼女は一度地に着けた足を、顔を歪め慌てて他の所へ着け直す。

 火口のようなところに足を踏み入れかけていたのだ。

 亀裂の間からマグマが持節飛び出す様は、ぐつぐつ煮え滾る釜のようでもあった。

 

「ちっ……」

 

 そこに、レイを相手取っていたネルギガンテが振り向きざま、爪を伸ばして急襲する。

 出が早かったせいで反応が遅れ、棘の一部が掠った。

 それだけで雷狼竜の鱗から成る鎧に亀裂が走り、大きく彼女の姿勢が崩される。

 

「まこちゃんっ」

 

 うさぎが呼びかけるも、下から突き上げるように足下が大きくぐらついた。火山の活動によるものだろう。

 滅尽龍はまことに向かい、突進の構えを見せた。

 

 そこで亜美が半ば這うような形ながらもあるものを投げ込む。

 閃光玉だ。

 滅尽龍の視界が遮られ、動きが止まる。 

 

 火口から噴き出た血のような色のマグマに、真上にあった滅尽龍の巨躯が包まれる。

 

 炎王龍の炎にも耐えた滅尽龍の身体はびくともしないが、光を奪われた上に強烈な衝撃に見舞われ一時的な錯乱状態に陥る。

 

「亜美ちゃん、ナイスッ」

 

 そこへまことは、渾身の叩きつけを頭へ放った。

 強烈な電撃に滅尽龍の意識が耐え切れず、目を回し倒れた。

 好機だ。

 まことは仲間たちの援護を受けながら頭へ陣取り、何度もぶっ叩いた。

 鱗や棘を、再生が追いつかないくらい丹念に、執拗に潰し回る。

 

「お返しだっ」

 

 最終段、彼女は手から電流を流し込む。

 最後にハンマーをぶん回した時、その先端部が蒼白く稲妻を閃かせた。

 

「シュープリーム・スピニングメテオ!!」

 

 雷狼竜の素材と組み合わさった電撃は落雷にも匹敵する力で滅尽龍の頭を焼き、片方の目端から頬にかけての筋肉を半ば潰すようにもぎ取った。

 並のモンスターならば頭蓋骨までも凹み致命傷になりかねない一撃。

 しかしそれでも、ネルギガンテの息は絶えなかった。

 

「流石に古龍、しぶといね……!」

 

 滅尽龍は四肢で立ち上がると憤怒の形相を浮かべ、それまであくまで武器として使うために畳んでいた翼を広げた。

 

「ヴヴヴヴヴヴヴォ゙ォ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙ォ゙ォ゙ォ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙ヴヴヴヴゥ゙ゥ゙ゥ゙ッ゙ッ゙ッッ!!!!」

 

 飢えたような。渇いたような。怒ったような。狂ったような。苦しみ藻掻くような。

 得も言われぬ雄叫びを上げた。

 少女たちは一斉に耳を塞ぐ。

 咆哮が終わった頃、彼女らが目を開けると滅尽龍の姿が消えていた。

 

「逃げた!?」

「いや、あれは!」

 

 美奈子に対し、亜美が頭上を指し示す。

 滅尽龍は垂直に、洞窟の天井にぶつかりそうなほど跳びあがっていた。

 頭から新たにせり出した棘が、星のような煌めきを放っていた。

 

「なんか……ヤバいかも!」

 

 レイは何かを察知して足を引きかけるが、既に滅尽龍は降下を始めていた。

 軌道上にいるのは、剣士たち全員だ。

 そこに自ら突っ込んでいく者がいる。

 

「うさぎちゃん!?」

「2人とも、あたしの後ろに!」

 

 彼女だけは蒼い大剣『煌剣リオレウス』を盾のように横向きに構えた。

 それを、滅尽龍の額を包む水晶の剣山が爆弾の如き衝撃を持って突く。

 そして破棘。

 いくつかは剣身を半分ほど貫通。

 大剣から手が離れたうさぎは吹っ飛ばされるが、そのすぐ背後にいたまこととレイが武器を捨て、彼女を抱き止める。

 

「うさぎ、無茶しすぎよ!」

「ご、ごめんっ」

 

 しかし大剣に突き刺さった棘の量からして、うさぎが盾にならなければまこともレイもまとめて棘の的になっていただろう。

 滅尽龍は喉を鳴らすと、結晶地帯へ戻っていった。

 静けさが戻ったあと、少女たちの意識は地面に刺さった棘へと向いた。

 それは、陸珊瑚で見た水晶そのものだった。

 周囲のマグマとは裏腹に銀色の霊光を帯びて透き通っており、切り出せば宝石として売ってしまえそうなほどに澄んでいる。

 

「これね、陸珊瑚の台地で見たアレの正体は」

 

 あの凶暴な生物にはおよそ見合わない美しさだった。亜美は視点を変えるごとに輝きを変えるその水晶に、目を奪われる。

 

「古龍たちや体内の妖魔ウイルスと戦ううちに変異したのかしら。まるで進化ね……」

 

 美奈子がそれを試しに重弩の銃口で何度かつついてみるが、妖気の反応は強まるどころか一向に微弱であった。この分なら、自然消滅するのも時間の問題と思われた。

 

「戦いを繰り返す中で進化ねぇ。あたしたちみたいでちょーっとカッコいいじゃん」

 

 美奈子は、不敵に笑って重弩を背負い直した。

 それに対してまことは水晶状の棘を、険のある表情で半ば睨むように見下していた。

 

「アイツと違うのは、あたしたちは戦いを終わらせるために戦うってことだ」

 

 そう念を押すように語気を強めた彼女は、ハンマーを棘に狙いを定め後ろに引く。その行為を予想できなかった仲間たちが狼狽えているうちに。

 電撃が唸り、一筋の光となったそれは真横から対象を打ち砕く。

 棘は妖気を散らしながら四散した。

 セーラー戦士の力により妖気が霧散したのを確認したまことは、自身の頭より大きい武器を肩に担いだまま振り向く。一連の動作は、重量を微塵も感じさせなかった。

 

「うさぎちゃんも言ってただろ。この大陸でモンスターとの戦いを終わらせるって」

「う、うん……そうだけど」

「なら、もうここで終わらせよう」

 

 うさぎが反射的に返事すると、まことはそう宣言して武器をしまった。

 その鎚には、血がべっとりと塗りたくられていた。

 

「何だか最近、故郷へ帰るために戦ってたのに……こうやって戦えば戦うほどあの世界が遠ざかってくっていうか……この世界に足から引きずり込まれてくみたいな……そんな気がするからさ」

 

 彼女は吐き出すように言ってから、強走薬を一気飲みした。

 そして仲間たちの誰よりも先に、手を振りながらネルギガンテが逃げた方向へ足を踏み出す。

 

「あたし、先で待ってるよ」

 

 小さくなっていく、少女たちの中で一際大きな背中。

 うさぎは回復薬を取り出しつつ、亜美の耳に顔を近づけた。

 

「まこちゃん、なんかあったの?」

「……いつも通りのはずだけど」

 

 亜美は少し遅れて迷うように答え、大股で坂を上がってゆくその少女へ眼差しを送っていた。

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