セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて 作:Misma
『生命全体から見れば、これは新たな進化段階に入ったといえるかもしれない』
まことは、その頭に浮かんだ言葉を振り切るように黒い地面を踏みしめていた。
バルバレに滞在した時に出会った、彫りが深い四角顔のベテランハンター。
彼が、ミメットが齎した妖魔ウイルスによる騒動から述べた仮説だった。
亜美の口から出た『進化』という発言が、彼女の埋もれていた記憶を掘り返したのだ。
「……新たな段階なんて、あってたまるもんか」
まことは薔薇のピアスを揺らし、吐き捨てるように呟く。
セーラー戦士からすれば、あの推論は見当違いも甚だしい。
妖魔ウイルスを生み出したのはデス・バスターズであり、彼らの邪悪な意志であり、魔法という異世界の理であり、そこに大自然の理は全く関与していない。
それでも、かつてハンターとして前へ進ませてくれた人の言葉が今は彼女の足の運びを引っ張り、鈍らせ、視線を引き下げる。
彼女は迷いがちに動いているその影を、敢えて刺すように強く踏みつける。
両頬をはたいて前を向く。『前進』を自身へ命令する。
「しっかりしろ、あたし。元の世界に戻って夢を叶えるんだろ!」
彼女にはたくさんの夢がある。
花屋、ケーキ屋、そして素敵な人のお嫁さん。今後はまた増えるかも知れない。
そんな煌めく未来を思い描くことが、彼女の背を後押してくれた。
「あたしたちが、あいつらが生み出した歪みを正して……この戦いを終わらせるんだ。絶対に」
平和というゴールがない戦いに意味などない。
彼女のみならず、セーラー戦士たちが望むのは何の変哲もない日常と平穏な未来だ。
──
北に広がる龍結晶に覆われるエリアで、彼女たちは再び滅尽龍と邂逅を果たした。
彼はうさぎたちを見つけると、待ち兼ねたように飢えた獣の眼差しを向けた。
死闘が再開した。
火花と血飛沫が舞う、人と龍との戦が。
滅尽龍が飛び上がり、宙に躰を浮かせながら右腕を振りかぶる。
剣士たちは大振りだが初めて見る動きに警戒し、散開する。
龍は掌で地面を貫くと同時に額で頭突き、そこから水晶棘の破片を飛ばした。
頭から放たれたその銀色の槍はそれまでの棘とは比較にならないほど鋭く、速く、空気を裂く。
「動きが違う……!?」
地に伏して思わず目を瞑ったうさぎは狼狽えたが、滅尽龍が腕を引き抜くのを見上げたところで、
「右腕に白棘よ!」
美奈子が空のように蒼い重弩から貫通弾を送り込みながら叫んだ。
それを聞いたうさぎのみならず、レイとまことも顔を引き締め再び滅尽龍へ向かう。
守護星による圧倒的な属性を得た武器の一振りは、飛竜のブレスにも相当した。
各々が必殺技をぶつけ、滅尽龍の皮膚に傷跡を残していく。
猛反撃の合間をすり抜けた大剣が、太刀が、鎚が、右腕の白棘に亀裂を入れて拡げていく。
滅尽龍は手当たり次第に暴れるが、身軽なセーラー戦士たちへは棘一本掠らない。
ちょうど目の前にいたうさぎに頭突きをかますが、それも難なく避けられた。
がら空きになった右腕へレイが太刀を構えて走り寄り、
「その隙は見逃さないわ!」
距離は十分。彼女は手から刀身に焔を流し込んだ。
エナジーを充填させた白刃を後ろ向きに寝かせ。
「炎華気刃斬り!!」
自身を軸として旋回し、同時に溜め込んだ焔を放出。
破散寸前の白棘目がけ、急速に距離を縮める。
だがその必殺の連撃は空気を斬るに留まった。
1秒前まで目の前にいた滅尽龍が、そこにいない。
「えっ」
かと思うと棘が視界に突如現れ、渦を描いて彼女を薙ぎ払う。
低空へ跳躍してからの完全な不意打ちだった。
炎王龍の防具に護られたものの衝撃を受け止めきることが出来ず、彼女の身体がうねる黒髪と共に吹っ飛ばされる。
「レイちゃんっ!?」
うさぎが急いで駆け寄るが、レイは何とか太刀を片手に立ち上がって差し出された回復薬を貰った。
古龍の甲殻に護られたお陰で皮膚を破られることはなかったが、打撲が酷かった。
滅尽龍は彼女らに追いうちをかけようとしたのだが、その関心をまことが振りかざした鎚の一撃が奪う。
「お前らしくないな、搦め手を使うなんて!」
まことは彼女たちに代わって、最前線で滅尽龍と殴り合う。
厄介な水晶棘へ数発電撃を見舞ったところで、あることに気づく。
「なんだ?」
額から突き出る水晶棘が、傷跡から銀色の光を放ったのだ。
すると、歩調を合わせるように白棘が黒く変色した。
「……え!?」
右腕に棘が生えてからここまで20秒足らず。明らかに、水晶棘が光ったところから変色速度が爆発的に上がっていた。
滅尽龍はまことを無視、横から翼を撃っていた亜美と美奈子を標的に定めた。
右腕を構えて低く唸り後方へ飛翔。そして、突撃。
空を滑った勢いのまま右腕の黒棘を地盤へめり込ませ。
そのまま、黒棘と大地の龍結晶とを同時に破砕しながら驀進する。
亜美と美奈子は急ぎ、軌道から自身をずらす。2人ともギエナ装備とキリン装備という軽装ゆえかその行動は素早く、棘が防具の一部を削ぐに留まる。
飛散する黒棘を見た美奈子が、弩を構え直すのも忘れてすぐ脇を通過した滅尽龍を見やる。
「マジで言ってんの……!?」
振り向いた彼の右腕から黒棘が消えている。
つまり、黒棘が全身に生え揃うのを待たずあの豪撃をかましたのだ。
滅尽龍ネルギガンテは驚く暇すら与えず、外套のような翼を地にめり込ませ軸にして、素早く回り込む。
右腕を持ち上げ立ち上がった。
咆えた。
殺意と拒絶と憎悪の衝動を、不俱戴天を叫んだ。
少女たちの身体が音圧によって縛られる。
「亜美ちゃんっ……」
耳を塞いだまことは、身を屈めている亜美を見て焦りを募らせた。
亜美の目と鼻の先には滅尽龍の顔。しかもその方向も彼女の方へ向いている。彼から見れば格好の的だ。
轟音からの拘束が解けた時、まことは考える前に駆けていた。
軽装である亜美にあの棘だらけの巨躯が直撃すれば、命はない。
垂直に飛んだ漆黒の龍が、地上を見下す。
確かに、その視界には亜美の姿は入っていた。
しかし直下する滅尽龍の軌道は亜美ではなく、彼から見て右側にいたまことへと曲がった。
戸惑う前に、まことの身体は右腕から発生した衝撃波と、破散した棘の破片に押し倒された。
「うああぁっ!!」
土煙と同時、水晶棘の雨が頭上を通り過ぎる。そのまま立っていたら彼女を無数の棘が貫いただろう。
現実では脇腹から腰にかけて、棘の破片が深々と青碧の防具を破ったことで血が滲んでいた。
どうやら裂傷を負ったらしい。
「ち……くしょうっ」
「まこちゃん!」
仲間たちは彼女が負傷したことで完全に怯み、攻撃の手が止まっていた。うさぎが思わず駆け寄ろうとする。
「みんな、前を見ろっ!」
それを、彼女は大声で牽制する。
浅くはない傷に息を荒く吐き、腰を手を抑えながらも、仲間たちの意識を右腕を大地から引き抜く滅尽龍へと向ける。
「腕を……よく、見るんだ……さっき、ヤツは腕を上げた方に突っ込んできた……っ!」
それを聞いた仲間たちの目が開かれる。
腕には新たな武器となるべく、水晶棘が凄まじい速度で生えていた。
左翼にも自傷によるものか、いつの間にか白棘が生えようとしている。
「……分かったわ」
亜美は目つきを変えて、既に生命の粉塵をばら撒いていた。
「みんな、今は目の前の相手に集中して!」
亜美の手は既に引金に添えられていた。仲間たちもその行動を見て、冷静さを取り戻す。
まことは、その身をもって標的の『攻略法』を教えてくれた。
滅尽龍は走り出した。少女たちもそれに答えた。
勇姿を見送りながら、まことは這いずって結晶の柱の後ろに隠れた。亜美がばら撒いてくれた粉塵の欠片をゆっくりと吸い、安静にすることで自然回復力を上げる。
そして柱の陰から、暴れ回る滅尽龍を垣間見て。
「認めるよ。お前は進化してる」
仲間たちも、滅尽龍の猛撃を完全には捌ききれない。
うさぎは太くねじれた大角に腹を殴られ吹き飛ぶ。
レイの肩当てが爪によって真っ二つになる。
亜美の腕に棘の破片が突き刺さり、軽弩を落としかける。
美奈子の金髪が、打ち払った翼から飛んだ水晶棘に寸断される。
その度に体勢を崩されかかる。滅尽龍の側に慈悲という感情は一切なく、攻勢を緩めない。
間違いない。
彼は、強敵だ。
繰り出す攻撃の一つ一つが強烈なうえに、動きの予想が全くつかない。
滅尽龍の腕や翼の棘があの鋭い水晶に置き換わる度、攻撃も苛烈になる。
それでも。
棘を大剣を盾にして受け止めたうさぎは、がくがくと膝を震わせながらも折ることはなかった。代わりに歯を噛みしめる。
「ここで倒れたら……」
全てが無駄になる。
元の世界に戻るという願いが。
狩人になった決意が。
この世界に齎された歪みを正すという覚悟が。
その先にある、これから来るべき未来と夢が。
黒と銀の槍を無数に懐く破滅の魔王は翼を広げ、爪を開き、彼女へと迫る。
しかし必死に振るった斬り上げの一撃が、蒼火竜の焔を纏った大剣が、顎に直撃する。
不意を突かれた滅尽龍は、仰け反りながらも諦めず再び爪を伸ばした。
「……あたしたちだってっ!」
しかしそこに眩い光を纏った貫通弾の雨が降る。それに次々と翼を抉られた滅尽龍は思わず横に手をつく。
美奈子の、金星の力を込めての設計限界を超えた連続射撃だった。
自慢の外套を穴だらけにされた龍は怒り狂って、美奈子に翼角を軸にして跳び、龍結晶を破散させながら急速ににじり寄る。
後ろ脚だけで歩み寄り右腕を叩きつけたところ、待ちかねたように冷気の地雷が炸裂した。
「信念さえあれば、いくらだって……『進歩』できるのよ!」
亜美が止血した左手で銃身を持ち上げながら叫んだ。それに呼応するように、腕の一部が凍って動きの鈍った滅尽龍の水晶棘に、レイが灼熱の刃を突き立てる。
「あんたなんかに負けたりなんか、しないっ!!」
跳び上がり、真上から兜割り。
重力の力を借り、頭から右腕まで水晶棘の一部を寸断する。
そこを機に、セーラー戦士たちは反撃の狼煙をあげる。
「左腕、白棘!」
「了解っ!」
遠距離からガンナー組が狙うべき部位を指示。それを聞いた剣士組が徹底的に1ヶ所を叩く。こうすることで怯む確率が上がり、棘を破壊できる可能性も抜群に高くなる。
事前に考えたのではなく、そうした流れが自然に出来上がっていた。連携を日頃密に行っていた彼女たちだからこそ成せる作戦だった。
まことはそんなを柱の陰から聞き届け、頬を緩める。
仲間たちは彼女の想いを見事、引き継いでくれた。
ここからは、借りを返す番だ。
「よし……行くか」
裂傷も落ち着いたところで陰から飛び出る。
まことの存在に気づいた滅尽龍は、見るからに怒りを膨らませた。真っ先に潰そうと飛びかかってくる。
先に死線を越えたせいか、まことは異様に冷静を保っていた。
身体を捻るだけで、腕を躱す。
振り向いた拍子に見えた左腕にある、ヒビの入った白棘に狙いすまし。
軽く一撃。
白棘が割れる。
巨体が倒れる。
これまで積み重ねてきたすべてをぶつけた。
心も、技も、体も。
ココット村から新大陸まで紡いできた、あらゆるすべてを。
脳から筋肉へ、筋肉から鎚へ、鎚から迸る電撃へと乗せて。
龍の頭をひたすらに乱れ撃つ。
電撃のせいか打撃のせいか、相手が気絶した。
一心不乱に、上から下から右から左から。
何度も、何度でも強烈な打撃を見舞った。
滅尽龍の全身に生えた水晶棘のほぼ全てが中割れた。まことが頭を叩いていた間も、少女たちの一斉攻撃が行われていたのだ。
やがて、相手が起き上がった。ここまで来ても、龍の命は失われない。
だが超再生は追いついていない。ダラダラと涎を垂らして佇む龍を、彼女たちは後退しつつも睨み据える。
滅尽龍は反撃することなく、よたよたと頭を背け、棘の割れた背を向けた。
よく目を凝らさなければ分からないほどだが、右足を引きずっている。
その動作を見逃す者はここにはいなかった。
「いよいよね」
レイが1人、鞘を握りしめて呟いた。
競り勝ったのは、彼女たちだった。
──
滅尽龍の根城は、床も壁も剣のように鋭い龍結晶に覆われていた。
しかし、ここに来てネルギガンテはますます闘志盛んになった。
傷を悟らせたくない動物の本能か、古龍を喰う古龍としてのプライドか、それとも死をも戦わば誉とする人間じみた覚悟か。
何はともあれ、彼に戦意があるならこちらも答えるまで。
龍は腕を斬られても、脚を撃たれても、頭を叩かれても、何度でも不死身の如く立ち上がる。
もはや、日さえも一周回ったのではないか。
昼夜共に龍結晶と噴煙が彩る灰色の空にそんな感想を懐けそうほど時間が経った。
時折崖から崩れ落ちる龍結晶を背景に、両者は命を削り合う。
片角を折られた滅尽龍は涎と血の混じった液体を吐き散らしながら、周囲にいる少女たち目がけ掌を叩きつけ、地盤を穿った。
それは今や、彼の命をも害する行為のはず。なのに一向に止めようとしないのは、破壊衝動が防衛本能を上回る証左か。
1つだけ、右腕に白棘が生えてきている。
それを見つめたネルギガンテ。
同時に気づいたうさぎたち。
直後、全身の結晶棘が光り輝き、右腕の棘が瞬時に黒色へと変色を遂げる。
「ヴヴヴヴヴゥ゙ゥ゙ゥ゙ゥ゙ゥ゙ゥ゙ゥ゙……」
それが表すのはやはり、満ち満ちた敵意。
改心などするわけもなく、飢えたような瞳と悪魔らしい顔つきに変化はない。
「……終わらせましょう、妖魔との戦いを」
亜美を始めとして、仲間たちの視線が前にいるうさぎに集う。
彼女は黙って頷き、大剣を右手で、左手にスリンガーを構える。
その表情は安らかだった。何度も自身を殺そうとした龍に向かっても。
「……」
大剣を縦に振り上げる。
滅尽龍が唸り、翼を一打つ。
その前方に発生した風圧にも彼女は耐え、大剣を構えたまま一旦遠くなった黒塊を見据え続ける。
右腕でうさぎを打ち据える用意をして、翼を横に広げ、滑空。
圧倒的重量が、自ら推進力を得て飛び込んだ。
それが彼女に当たる直前、目の辺りに龍結晶が突き刺さる。
うさぎがスリンガーから結晶を発射したのだ。
空中で怯んだところに、彼女は再び大剣を後ろに引き、力を漲らせ。
「──ぇぇあああああぁぁっっ!!」
真・溜め斬り。
棘がいくつも刺さった巨刃が、遂に滅尽龍の脳天を引き裂く。
黒い額から濁った色の鮮血が噴き出す。
滅尽龍は、地響きを立てて墜落した。
「グッ゙ッ゙ッ……グオ゙オ゙ォ゙ッ゙」
苦悶が響き渡った。
藻掻く悪魔に似た龍の瞳からは、生気が急速に喪われていく。動きも次第に弱くなっていく。
それを前に、うさぎは胸に手を翳した。
「……あなたで終わらせるわ。この悪夢のような連鎖を」
胸からマゼンタのリボンが弾け、一瞬防具が解かれる。
白いレオタードに、青の襟とミニスカート。赤のリボンに、蝶の如く艶やかなフリルリボン。
聖なる虹光を宿す戦士の姿へと変わる。そして、悪しき力を浄化する魔法の杖を向ける。
しばし、目を瞑ったあと。
憐憫と哀愁の混じった瞳で龍を見つめ。
「レインボー・ムーン・ハート・エイク!!」
スーパー状態となった美少女戦士セーラームーンは、呪文を手向けの言葉として言い放った。
滅尽龍ネルギガンテを、ハート型の赤い玉石から溢れた光が包み込む。
「……終わったのね」
レイの呟きを端緒に、セーラー戦士たちの肩から力が抜け始めていた。
血生臭い狩人としての視線が穏やかさを取り戻しかけていた。
「長かったなぁ、ここまで」
「あーあ、また学生としてお勉強の毎日かー。ちょっとイヤかも」
「また命賭けて狩りするよりはマシだろ?」
まことと美奈子はそう軽口を叩きあう。
しかしその横で、亜美だけは分析用スパコンを覗いて口を開けたままでいた。
「どうしたんだい、亜美ちゃん」
「何これ……」
彼女は、画面を何度も確認する。
「妖魔ウイルスがいま、浄化されてるか確認しようとしたのだけれど……」
続いて亜美が述べた事実を、少女たちはすぐには受け止めきれなかった。
そしてそのことは、いま杖から浄化を行うセーラームーンが最も実感していた。
「……どういうこと」
あり得ないことだった。
あってはならないことだった。
さっきまで体内にあったはずの妖魔ウイルスが。
浄化すべきものが、邪悪な存在が。
妖魔化したゆえ浄化に朽ち果てるはずの水晶棘が神々しいまでに輝きを増し、それに合わせて傷が急速に回復していく。
彼が大きく瞳を見開き、四肢を持ち上げ立ち上がる。
次の瞬間、ネルギガンテが一際熾烈な蒼白い輝きを放った。
「うっ……」
ネルギガンテが吠えると同時、更に光の勢いは増す。
幻の銀水晶から光を送るセーラームーンをも呑み込む勢いだ。
仲間たちがセーラームーンの肩に手を添え背を支える。
「負けないで、セーラームーン!」
「あたしたちからもパワーを送るわ!」
「あいつを祈りのパワーで上回るんだ!!」
「みんな……!」
仲間たちは必死に彼女へ声援をかけ続けた。
幻の銀水晶のパワーは持ち主の心と想いの強さに比例する。覚悟と祈りが折り重なった時、幻の銀水晶は無限にも等しい浄化力を発揮するのだ。
これまでも、そうやって彼女たちは敵を倒し世界を救ってきた。
浄化の光が、更に強まる。
だが、いつまで経っても望む展開は訪れない。
希望を伴うマゼンタの光は滅尽龍に吸い込まれる一方。
それどころか暴力の源泉たる筋肉が怒張する。
「何か……おかしい」
そこで、まことがあることに気づいた。
ネルギガンテから感じ取れるのは、妖魔やこれまでの敵が振り撒く『怒り』や『憎悪』から来るマイナスのエナジーではない。
強烈なプラスのエナジーだ。
人であれば『愛』や『希望』から生まれる、生を望み肯定するエナジー。
──即ち、セーラー戦士が、セーラームーンが扱うものと同類。
「それにあの輝き……」
更にネルギガンテの水晶棘から溢れる輝きと、ムーンの胸から溢れる銀水晶の輝きが重なる。
「まるで、セーラームーンの……」
その時、背後から冷気の波に呑み込まれた。
気のせいではない。戦士たちが振り向くと、龍結晶に霜が降りている。
驚天動地の状況で、レイが天にあるものに気付いた。
「ムーン、後ろを!」
ムーン自身も尋常でない気配を察し、浄化を中断して身を屈めた。
鋭く凍った翼が、頭のすぐ傍を掠める。
その正体である冷気を纏った龍が、滅尽龍にその氷剣を成す尻尾を刺突した。
尻尾は皮膚を貫くことなく、左腕の水晶棘で受け止められる形となる。
「6期団、退け! イヴェルカーナだ!」
混乱が走っている時、通路の向こうから獅子のような髪を持つ大男が手を振り乱しながら走ってきた。
調査団の1期団所属、大団長だ。
広場に出た彼は、息を荒く吐きながら龍たちの争う姿を悔しげに見上げる。
「くそっ、遅かったか……ん?」
仲間たちに支えられるセーラームーンの姿が大団長の眼に映った。
彼は目を丸くして、彼女らの前方へと指を差した。
「そこにいるのは誰だ? あのウサギって奴は……まさか、お前か?」
セーラームーン──うさぎを4人で支えている以上、もはや取り繕いようもない。
「くっ……」
だが、もはや正体がバレたことなど些事でしかない。
もう一度セーラームーンは、スパイラル・ハート・ムーン・ロッドを振りかざす。
「レインボー・ムーン・ハート・エイクッ!!」
再び虹色の光をネルギガンテに浴びせる。大団長は突如現れた閃光に驚き、腕で目を隠した。
しかしやはり、効果はない。
やがてエナジーを一気に大量消費したツケが来る。ムーンの肩から力が抜けて下がり、両膝は地面につく。
「あ……」
「ヴヴヴ……ヴ」
ネルギガンテが餓狼のように唸り、ムーンを睨む。直後その左手で、氷を鎧のように纏う龍イヴェルカーナを突き飛ばした。
その白みがかった細やかな肢体を持つ龍は倒れることなくしかと踏みとどまったが、その慣性で滑った後脚の踵が戦士たちにぶち当たった。
セーラームーンと仲間たちが散り散りに、龍結晶の地をもんどりうちながら倒れる。
ただでさえ満身創痍に近かった少女たちは、龍の身体の直撃と地面から突き立つ結晶のせいで襤褸切れのような姿になった。
大団長は慌てて彼女たちに駆け寄り、助け起こす。
「とにかくここは危険だ! みんなで退避するぞっ!!」
それでもセーラームーンはボロボロの手袋で自らの上体を持ち上げ、左手のロッドを構えようとした。
しかしその腕は度重なる狩猟による疲労と怪我で、限界を超えて震えている。
「レイン、ボー・ムーン・ハー……」
「もうやめろ! これ以上はお前の身が持たん!」
大団長は最も傷ついているセーラームーンを肩に担ぎ上げた。
彼女は痛みに声を掠れさせながらも涙を浮かべ、大団長の大きな肩をロッドで必死に叩いて抵抗する。
「駄目……ここで止めなきゃ、世界が……」
「訳は後で聞かせてもらう! いいな!」
滅尽龍の傷も完治し乱入まで発生したことで、彼我の立場は完全に逆転した。
仲間たちも彼女を護るという使命を有するゆえ、大団長の指示には従う他なかった。
「……セーラー……ムーン」
2頭の龍は未だに棘と氷の吐息を飛ばし合っている。
それらを目の前にしながら、彼女たちはその場を後にする。
まことは血の流れる腕を抑えながら、声を殺して泣くムーンのぐしゃぐしゃになったお団子を見つめていた。
──
「すみません、今まで黙ってて。でも、騙すつもりは……」
「まずお前たちがなぜ、どうやってここへ来たのか。そこを詳しく知りたい」
キャンプに着いたところでレイが口を開いたが、大団長はそれを気に留める様子もなく会話をぶつけた。
「……」
「構わん。話せることはすべて話してみろ」
腰をどかりと丸太椅子に下ろした大団長は、そのまま話してくるのを待っている。
やがて導かれるようにうさぎたちも座って、自分たちのこととこれまでのことを話した。
この世界の科学を信じる者なら、荒唐無稽と嘲笑うであろう内容を。
それを、大団長は大真面目に頷きながら興味深げに聞いてくれた。
「なるほど。お前たちは異界の戦士、滅亡の予言を避ける鍵を見つけるべくこの大陸に来た……調査団も真っ青の使命だな」
「……信じてくれるんですか?」
「俺はとにかく未知へ頭を突っ込み、調査団を引っ張る役でな。だから、嘘だろうが狂言だろうが話を聴く。それを見定めるのはアステラの連中だ」
美奈子の素朴な疑問に大団長は堂々と腕を組んで答え、少女たちの瞳を一つ一つ覗き込んでくる。
そして、膝を分厚い掌で打つ。
「さて。そっちの見立てでは今回の状況をどう見る? 俺はいま、お前たちの考えに最も興味があるんだ」
大団長の皺がないからな刻まれた顔は、子どものような向こう見ずの好奇心に満ちていた。
セーラー戦士たちとは、未知に対する態度は真反対だ。未知から自分たちを護るのではなく、むしろ未知へ向かおうとする。
彼はさながら調査団という組織そのものであり──その純粋なる光に満ちた瞳が、少女たちを不思議と惹きつけた。
「……実はあのネルギガンテから、まったく妖気を感じられませんでした。むしろ感じ取ったのはその真逆……」
亜美が語り出した。
緊迫した顔の仲間たちはじっとそれを見守っている。
「個人の感想ですが、あの光からはうさぎちゃんの持つ幻の銀水晶と似たモノを感じました」
「確か、持ち主の祈りでえげつない力を発揮するという宝石だな? そして、戦う前から滅尽龍にかの水晶が生えていた事実を踏まえると……」
大団長は、指で顎を掻いてしばし考えたあと。
「ヤツの体内にあった妖魔ウイルスは、既に何らかの理由で変異しかけていた。それが、銀水晶による浄化で変異が誘発された。こう見るのが自然だろう」
うさぎの表情が固まる。
続いて大団長は、うさぎの胸にあるブローチを指差した。
「あの変異した棘は、お前さんの宝石になぞらえると『龍水晶』というべきか。それが浄化をも撥ねつけたとなると……もはや、ヤツはお前たちに近い存在なのかもな」
セーラー戦士たちはその発言を聞いて思わず息を止め、眉を歪め、己を庇うように身を引いていた。
無論、大団長の言葉に他意はない。
しかし彼は、戦士の誰もが無意識に口に出さなかったことを代弁してしまった。
あの棘まみれの怪物は、美少女戦士だけに許された領域へ足を踏み込んだのだ。
聖なる自分たちの世界の理に。
何千年前から何千年後まで連綿と続く、愛と正義の使命の世界に。
「あんなのが同類なわけありません」
まことが顔を上げて反射的に言い返していた。
「あたしたちは、ずっと平和な日常を望んで戦ってきたんですよ。何かの間違いに決まってる、あんな戦いしか頭にない化け物が……っ!」
やがて、彼女は掌を握り、苛つきいきり立っている己に気づいた。
そんな己を諌めるように、まことは落とした額に籠手を外した掌を当てた。
「……すみません、あたし、ちょっと取り乱してるみたいです。今から協力しようって時に」
「まこちゃん……」
亜美が心配の言葉をかける。
大団長は咳払いしてから、戦士たちの顔を再び見回した。
「まぁ、とにかく一旦アステラに戻ろう。そこですべてを話したうえで、お前たちの証言をもとに滅尽龍を再分析し、体勢を整える」
緊張が残る少女たちの表情に気づくと、ふっと口の端を上げた。
「なぁに。あいつら、変わった話は大好物なんでな、少なくとも石を投げられる心配はない」
──
外界とアステラを隔てる門を潜った直後。
一同の胸めがけ、溝の彫られた丸い銃口が並んだ。
その先では、軍服を着込んだ兵士たちがこちらを睨んでいる。
「……え」
「君たちがセーラー戦士か」
困惑の最中、軍服に黒いコート、そして白い外套という装いをした、厳格な顔の男が空中廊下を渡ってくる。
彼は短く己を『将軍』と名乗った。
「これより、王家に対する反逆罪と大量破壊兵器所有罪の疑いで、君たちの身柄を拘束する」
そこへ、大団長が少女たちを庇うように身を乗り出した。
「将軍、あんた何を言ってる! 国がギルドの内政に干渉するなど……」
直後、夥しい銃口が大団長を取り囲む。ハンターより軽装であるゆえに、その動きは素早かった。
引き金に指がかけられている。
大団長は、苦い顔で舌打ちした。
「加えて調査団も共謀罪の疑いがあるとして、一時的に直接指揮権が私に移管された。何卒、賢明な判断を願う」
階段にも、大量に兵士が詰めている。
アステラの一階もやはり残らず銃が埋め尽くし、わさわさと揺れていた。
新大陸古龍調査団の面々は1人残らず大量の視線に囲まれ、手を上げたまま監視を受けていた。
「……どうやら我々は、奥地の反対側へ目を向けるべきだったようだ」
総司令と調査団リーダーまでも、同じ憂き目に会っている。
そして遂に──うさぎの手も手錠で繋がれた。
「どういう……こと?」
・今作におけるネルギガンテ
とどのつまり、妖魔化を克服したネルギガンテ。見た目は『悉くを殲ぼす』個体に非常に似ている。
滅尽龍の破魔玉
妖魔ウイルスが生んだ成分が凝固した玉石。その昏き冥光は、悪の魔女たちに叛逆を誓う。
滅尽龍の龍水晶
主の命を脅かすエナジーを吸う水晶。その神々しい煌光は、正義の戦士たちに復讐を誓う。
反骨の新生殻
変異したネルギガンテの甲殻。無数の槍を備えし鎧は敵意も慈愛も挫き、拒絶する。