セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて   作:Misma

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※ここから先、地震や津波の描写があります。苦手な方はご注意を。


幾千の夜明け、その果てに①(☆)

 太陽系の星々を守護星として魔法の力を得るセーラー戦士たち。

 衛──タキシード仮面も地球の王子としてその守護を受けており、星のエナジーを感じ取ることができる。 

 

「あの方が言った通り、この星のエナジーを調べてみるのですね?」

 

 せつなの問いに、衛は朝日を浴びながら頷いた。

 竜人族のハンターから教えられた、モンスターたちを呼び寄せる生命力の根源。その情報を星から貰うのだ。

 彼が手を割れたアスファルトに置き、俯いて目を閉じると、柔らかい光が掌から漏れた。

 そう時間が経たないうちにさっそく衛は顔を上げる。

 

「エナジーの反応が、幾重にも……!」

 

 更に探っていくうち、彼の表情は気づきから疑念へ、疑念から驚愕へと変わった。

 

「この東京、いや、世界中にエナジーが連なって『血脈』のようなものが張り巡らされている!」

「世界中に!?」

「デス・バスターズの策略でしょうか。『聖杯』に捧げるためのエナジーを、すべての生命から吸い取ろうと……」

 

 血脈、即ちエナジーの経路が世界に広がっている。

 ちびうさを始めとした戦士たちは警戒の色を浮かべ、せつなはそう語気を強める。

 しかし、衛はせつなの意見には首を捻る。

 

「不思議なことなんだが……このエナジー、妖魔よりはむしろセーラームーンに近い。生き物の穢れを浄化し、活力を与えるプラスのエナジーだ。生命力そのものだと言ってもいい」

「セーラームーンに近いですって?」

 

 みちるの声に困惑が混じる。

 セーラームーンのエナジーは、デス・バスターズ始め妖魔などの『悪しき者』には最大の天敵。

 それに似たものがこの街に溢れているというのだ。はるかは怪訝に目を細め、引き続きエナジーを探る衛の顔を覗き込む。

 

「デス・バスターズの仕業にしてはおかしすぎる。プリンス、生命力の根源は何処に?」

 

 衛はその問いに応じるように目を閉じてしばらく粘ったが、やがて眉を歪めた。

 

「エナジーの収束点のいくつかはあちらの世界から繋がる時空の穴だ。本命のエナジーの根源はこれだけじゃ分からない……どうしたものか」

 

 迷いあぐねた彼が掌に力を込め、更に星との接触を深めようとした時。

 足下が振動するように揺れた。

 

「……地震?」

 

 極々微細な、廃墟の破片の上にあったスチール缶が僅かに滑る程度だ。

 しかし続いて、地面ごと殴られたような衝撃が襲う。

 

「わ、わあぁっ……」

 

 スチール缶が跳ね、地面に落ちてかぁんと音を立てた。

 本震の横揺れが来る。

 衛はエナジーの探知を止めざるを得なかった。バランスを崩しかけたちびうさは、近くにいたほたると必死に抱き合う。せつなはその2人を倒れないように支える。はるかは、咄嗟にみちるをその長身で覆い被さるようにして庇う。

 20秒ほど経っても揺れは収まらない。

 船で大波に揺さぶられたような振り幅の大きい震動に、セーラー戦士たちは地面に手をついてひたすら揺れる大地に抗った。

 

 やがて少しずつ揺れが収まり、そして1分後にはようやく完全に止んだ。

 セーラー戦士たちは一人一人、余震を警戒しつつ立ち上がる。

 

「中々強く揺れたな」

「偶然にしては出来過ぎなタイミングね」

 

 はるかとみちるが顔を上げたところ、ビルの間からはいくつか土煙が昇っていた。火事が起こったのか、喧しくサイレンが鳴っている。

 それを共に見たせつなは、「こんなに、次から次へと」と半ば嘆くように呟いた。

 爆撃に焼かれ、雷に撃たれ、嵐に吹かれた東京都港区の麻布十番は、次は大地の力に押し潰されようとしている。

 晴れたばかりの青空は早くも、膨れ上がる汚い土色に塗り潰されつつあった。

 

「震源はあっちだ。早く向かおう」

 

 そんな中、衛が一足早く踏み出した。

 

「震源はエナジーの収束点近くだった。つまり、地震を起こせるモンスターが来てる可能性がある」

 

 それを聞いたちびうさも衛に続いて、

 

「そっか。もしかしたら、それが今回の異常の原因かも!」

 

 手当たり次第ではあるが、他に手掛かりはない。

 戦士に変身して反応のを追った。

 

「しかし、地震を起こせる生物がいるとしたらいったいどんな……」

 

 ほたる──サターンは、激しく黒髪を揺らしながら呟く。

 商店街から離れ、住宅街に入った。幾つか路地を抜ける折に見た限り、そこまで酷い被害は出ていない。先の鋼龍の嵐で弱った家屋の中には、基礎から大きく傾いたものがあったが。

 その中、せつな──プルートがあることに気づく。

 

「この道、私たちがあちらの世界からやって来た方角ですね。ということはまさか……」

 

 彼女は途中で言うのを堪えて、隣を見た。

 みちる──ネプチューンとはるか──ウラヌスは俯き気味に、脇目も振らず駆けるだけだった。

 

「助けてくれ──っ!」

 

 そこへ、戦士たちの耳に助けを呼ぶ声が響いた。

 未だ幼さを含んだ少年のものだ。

 

「この声……っ!」

「うさこの弟の進悟君か!」

 

 ちびうさ──ちびムーンとタキシード仮面が早くも反応して足を止めた。

 何度も繰り返すその叫びは、先を急ぐ彼女たちですら足を止めざるを得ないほど大きい。

 そしてちょうど彼女たちが目にしているのは。

 

 木を植えた庭付き、白壁にオレンジの屋根がついた、2階4LDK一戸建て。

 ひび割れた塀から落ちた看板に書かれている「月野」の文字。

 

 他でもない。うさぎとちびうさの住む家だ。

 感覚としては年を跨ぐほどの時間を経て再会した我が家に、ちびムーンは一時息を呑んだが。

 

「誰か来てくれ──っ!! パパが挟まれてんだよ──っ!!」

 

 助けを求める声で我に帰り、すぐ玄関に続く柵門を潜る。

 ベランダの窓ガラスは割れ、庭に植えられた木は中折れて倒れていた。現代的な造りの住宅だが、大地がもたらす猛威には耐えきることが出来なかったらしい。

 

 玄関のドアを開くと電気は消えていて、倒れた観葉植物や靴棚が行く手を阻んでいた。

 それでもちびムーンは無理やりその間にある僅かな隙間を押し通り、フローリングを跳ねるように駆ける。

 

 少年の声は、左にあるリビングの更に奥からした。

 いつもなら柔らかな明かりが彩りを添える空間は無機質な太陽光と灰色の陰だけが支配し、倒壊したタンスやテレビ、部屋に対し斜めにずれたガラステーブルやソファが外からは分からない惨状を物語っている。

 

 キッチンに入ると被害はもっと酷さを増した。あらゆる種類の棚の引き出しが飛び出し、皿は床に散乱して、足場を見つけることすら難しい。

 その奥で私服姿の小学生くらいの少年が婦人と共に、倒れた冷蔵庫をどかそうと押したり引いたりしている。不幸にも床と冷蔵庫の前面に挟まれた年若い眼鏡男が、苦悶の声を上げていた。

 

 少年が足音に気づいて振り向くと、焦燥に満ちた顔を一転させた。

 

「セ、セーラー戦士の人たちだ! ママ、セーラー戦士が来てくれたよ!」

 

 長いウェーブヘアーでエプロン姿の婦人も振り向くのを、ちびムーンはずっと見つめていた。

 しかし、彼らが目の前にちびうさという少女がいることに気づくことはない。

 代わりに少年の母親は安堵と驚きの交った顔で、冷蔵庫の下に手を潜らせたままセーラー戦士たちを見上げた。

 

「まぁ、いいところに! これを一緒に持ち上げて下さい、お願いします!!」

「……僕が行こう」

「私も手伝いますわ」

 

 縋りつくような目にウラヌスとネプチューンが答え、冷蔵庫の下に手を突っ込んで力を入れると、100㎏近いそれを容易く持ち上げる。

 婦人の夫であろう人物は腕をつきながら這い出てきて、散らばった調理用具の中に頭を下げながらへたり込んだ。

 

「あ、ありがとうございます……。本当に、どうお礼を言ったらいいものか……」

「まずは安全なところへ。いつ余震が起こるか分かりませんから」

 

 男の身体に異常はないようだが、プルートがそう告げて落ちてくるものの少ないリビングへと誘導した。

 月野一家がソファに座ってようやく落ち着いたのを確認すると、タキシード仮面は視線を引かれながらもそれを振り切るように背中を向けた。

 

「我々はこれから早急に怪物たちへの対処に行く。君たちは無理せず、安全第一に行動したまえ。では、さらば……」

「セーラー戦士さん。一体全体、なんでこんなことが起こってるんだい?」

「……進悟」

「テレビでも最近、変なニュースばっかなんだよ。アメリカじゃ毎日都市部にハリケーンが来るとか、中国で山3つくらいのイナゴの群れがエレベストを越えてきたとか、アフリカの砂漠が片っ端からジャングルになってるとか……そんな馬鹿話を、眼鏡かけたアナウンサーが真面目腐った顔で言うんだぜ」

 

 母親が嗜めるも、戦士たちを引き止めた進悟少年の口は止まらない。

 セーラー戦士たちは思わず口籠る。

 先の『血脈』の情報からするとあながち嘘とも言い切れない。しかしその1つ1つの理由を紐解けるほど彼らは万能ではなく、時間もない。

 それまで強がって明るく振る舞っていた進悟も、沈黙を貫く戦士たちを見て狼狽が面に出始める。

 

「まさか……あんたたちにも分かんないのかよ。なんであいつらが俺たちを襲ってくるのかも!?」

「進悟、セーラー戦士さんたちを困らせちゃダメだろ。皆さん、後はどうかお願いします」

 

 本来優しそうな顔の父親が眉を吊り上げ、戦士たちには愛想良くしつつ話を切った。

 サターンがタキシード仮面に振り向いて、黙って退出を促す。

 そのまま立ち去ろうとしたところ、進悟は立ち上がった。

 

「俺、姉貴がいるんだ」

 

 タキシード仮面だけでなく、セーラー戦士の足までもがその一言で止まった。

 ちょうど進悟の視界の先、タキシード仮面の隣の床には写真立てが落ちて倒れていた。

 月野家の家族写真だ。

 ひび割れた額のなかに、笑顔でチョキを作る4人の姿が映っている。

 その一人がお団子頭の少女──月野うさぎだ。

 彼女は黒猫のルナを手中に抱えながら進悟の頭を鷲掴んでいた。それは如何にも姉の権力を振りかざすような図々しさだったが──嫌な顔をする者は誰一人としていない。

 写真を見つめる進悟の眼は潤んで、少しだが鼻をすすっている。

 

「馬鹿でノーテンキで向こう見ずで、化け物に喰われたって仕方のない奴さ。でも、あいつとルナとちびうさがいなくなってからずっと……この家が薄暗く感じるんだ」

 

 止めようとする両親もいつの間にか、同じような目になっていた。

 進悟は涙で緩んでいた眉の辺りをきつく絞った。

 

「なぁ、俺たち何か罰当たりなことやったか!? 何の理由があって、こんな目に遭わなきゃいけないんだっ!?」

「進悟っ! 辛い想いをしてるのは私たちだけじゃないの! セーラー戦士さんたちも懸命にこの街を護って……」

 

 進悟は肩を掴んだ母親の手を払い除け、堪えるように家の奥へと走っていった。追うのを諦めた母親は、戦士たちへ深く頭を下げた。

 

「……申し訳ありません。うちの息子が勝手なことを」

 

 一方で父親は割れた家族写真を見つめてから、タキシード仮面の手を強く握りしめた。

 

「どうかお願いします。あの娘が戻らないならせめて、この災いを一刻でも早く止めて下さい。今はあなたたちしか頼れる方々はいないんです……っ!」

 

 彼の額は、その両手にぶつかりそうなほどに下げられていた。

 

──

 

「震源はあっちね!」

 

 一行は、川に架けられた橋へ差し掛かった。

 先頭のちびムーンは、焦りを募らせた顔で走る。歩幅は他の戦士より遙かに小さいのに、それを感じさせない速度だった。

 

「待てちびムーン、転ぶぞ!」

 

 後を追うタキシード仮面の忠告も虚しく、少女の足が石ころに躓いた。

 前方に倒れそうになるところを、ウラヌスとネプチューンが前に出て瞬時に支える。

 

「すまないな、2人とも……家族のことだからな、焦る気持ちは分かる」

 

 タキシード仮面が2人からちびムーンの手を受け取って立たせると、彼女は目元をぶわりと滲ませていた。

 

「……やっぱり、あたしたちは未来に罰を受けるようなことをするの? それとももう、取返しのつかないことをしてしまったの?」

「大丈夫だ。我々はきっとこの戦いに勝利する。あちらの世界の人々と手を繋げることさえできれば」

 

 タキシード仮面は慰めるように胸に額を埋めたちびムーンを抱き上げた。

 先導する彼らを、ウラヌスとネプチューンはどこか遠いもののように見つめる。

 

「家族、か……」

「やはり、明確に護りたいものがあると違うものね。瞳の色が違うわ」

 

 プルートはそこにある幾許かの羨望にも似た眼差しを見て、赤紫色の瞳に罪悪感を含ませた。

 

「もしものことがあればすべて、私のせいです。あの世界を滅ぼせと言ったのは……他でもない私ですから」

 

 発言を聞いたネプチューンは苦笑いを浮かべる。

 

「実行に移したのは私たちよ。あの未来が龍に仇なす私たちへの罰というなら、黙って受け容れるわ」

 

 プルートを挟んで隣に並んでいたサターンがはっと目を見開き、

 

「貴女たち、まだ死にたがって……」

「違うわ、サターン。これは覚悟の話なのよ」

 

 次に彼女の視線がウラヌスに注がれたのを見て、サターンも従う。金髪の麗人は、己の腕を純白に飾る白手袋を陰った眼で見ていた。

 

「僕たちの手は血と嘘に汚れすぎてる。正義の味方を気取るにはもう何もかも遅すぎるのさ」

 

 戦士の中でも大きいはずの彼女の背は、その時だけ縮こまって見えた。

 その時前方で、ちびムーンが橋と垂直に伸びる川の向こうにあるものを視界に収めた。

 

「あれ……」

 

 指差した先、魚の群れが一面湧き立っている。

 熱湯に生きたまま入れられ、その苦しみから逃れようとするように、川幅いっぱいに暴れている。

 上流からは魚たちを追い込むように、明らかに異質な濁流が流れ込んでいた。

 異質というのはその中身だ。

 木材があった。貝殻のネックレスがあった。タルがあった。木造船の舳先があった。風車の羽根があった。

 明らかに東京の文化圏にないモノの大小の破片が川縁にはみ出し水面が見えないほどに埋め尽くし、無機物の集合体にも関わらず全体が生き物のようにうねり、蠢いている。

 

 ウラヌスとネプチューンは共に言葉を失って、おぞましい破砕音を立て川を引き裂くそれらを見つめていた。

 タキシード仮面は蒼くなったちびムーンを抱えつつ、呟いた。

 

 

「間違いない。震源は……モガ村だ」

 

 

──

 

 およそ3日ぶりに訪れたモガの森は木や枝が所々折れている以外、以前と変わり映えのない風景だった。

 ただ一つ、丘の上から望める海上の村以外は。

 放射状に腕を伸ばす形だったその村は、今や巨人に乱雑に引き千切られたように、残骸となって散らばるように浮かんでいた。

 

「……」

 

 穏やかな潮風を受け止めて、はるかとみちるは物言わぬ青空と海を前に黙っている。

 ちびうさとほたるが顔を背け目を瞑るのを見たせつなは、恐る恐る目の前にいる2人へ歩み寄った。

 

「……戻りますか?」

「何でだ」

 

 はるかは振り返って、どこか荒んだ視線で返した。

 

「もし古龍が地震の原因で、こちらの世界を狙っているなら対処する。それ以外にやることはないだろう?」

 

 無言で彼女は前へ踏み出した。言葉の強さとは裏腹に、亡霊のような力の抜けた足取りで。

 

「……はるかっ」

 

 みちるが後に続く。

 

「なぜだ……」

 

 草原に立つ衛は、海に、果てには自然に対して問うていた。

 

「なぜ、関係のない人に限って犠牲になるんだ」

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