セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて 作:Misma
所は、うさぎとハンターが話している丘に戻る。
「なるほど、お前たちの敵はいずれも訳ありだったっていうことか」
ハンターは彼女のこれまでの経緯──時には相手を赦し、分かり合った戦いの記憶を聞き、納得した様子で頷いた。
「……で、お前はお互いに怪物と戦う理由を聞き合ってどうしたいんだ。ハンターにでもなるつもりか?」
「!」
何で分かっちゃったの、と言わんばかりにうさぎは目を見張った。
「会ったなり思いつめた顔でいきなりあんな話を振って来たら、普通はそう思うだろ」
呆れた表情のハンターが、眼下に広がる丘陵を俯瞰してしばらく経ってから、
「この際そろそろ言っておくべきかな」
「何を?」
「俺がお前たちを村に連れてきた理由さ」
きょとんとしていたうさぎの表情の色が変わった。彼女たちはここに来てから1ヶ月近くは経っていたが、言語が不自由だったこともありこれまでしっかりと聞いたことはなかった。
「霧で災いを寄越してくるという魔女の話。お前たちもよく村の奴らから聞いただろう?」
「それ、あたしたちのことじゃないの?」
「いいや。全く違う。不自然な自然破壊やモンスターの凶暴化がお前たちがここに来てからも頻発しているんだ」
「えっ……」
「俺たちの知らないどこかで、何かが起ころうとしている。だが、その原因がどうにも掴めない。そんな中、お前たちと出会った」
鋭さと穏やかさが共存した目線が、少女の目線とかち合った。
「瞳が合った瞬間、俺はこの少女たちは俺たちと何か根本的に違うところがあると、そう思った。……有体に言えば、希望の光に見えたのさ」
「つまり、私たちは見込まれたってこと?」
「少なくとも悪い奴には見えなかった。ランポス1匹殺すのだけでも泣き喚いてる奴が、村を滅ぼせるわけないだろう」
そう言って笑う彼に対してどういう顔をすればいいか分からず、うさぎは座ったまま立てた膝の間に顔を埋めた。
「まあ、そういう事情があったってことだ。お前たちがハンターになって異変の解決に協力してくれるのなら、俺はいつでも歓迎する」
巡回に戻るためにランタンを持ち、ハンターは立ち上がった。
「まあ無理強いはしないが、自分の意志に素直になれば良い。お前が護りたいと思ったもののために戦えばいいのさ」
うさぎの脳裏に、衛とちびうさの顔が浮かんだ。続いて仲間たち、家族、友達、クラスメイト。
そして、この村の人々の顔もそこに加わる。気難しい顔をした村長、いつも遊んでくれる女の子と母親、気さくに挨拶をしてくれる若い男……。彼らの身に、この熟練したハンターでさえも危機感を抱くような脅威が迫りつつある──
「うん、分かった。考えてみる」
顔を上げたうさぎの顔は、既に『戦士』の表情になっていた。
────
うさぎはその夜仲間たちの元に戻り、迷いつつもハンターとしての第一歩を踏み出すことを決意した。
それをハンターに伝えた翌日から早速、ハンターになるための訓練が始まることになった。
訓練初日、村はずれに作られた練習場に向かおうと、彼女たちは事前に支給された練習用の防具を着こんで、木に囲まれた道を歩いていた。
防具は3人とも『レザーシリーズ』と呼ばれる安価なもので、黄色っぽい革製でぴっちりとした肌触りだった。何といってもその特徴は身軽さと扱いやすさであり、彼女たちはいつもの普段着とさほど変わりない感覚で歩くことができた。
「大丈夫なのうさぎ?あんた、また戦う時になってピーピー喚かないでしょうね?」
「もう、レイちゃんったら私を甘く見過ぎよ。流石に同じことは繰り返さないって!」
「あら、本当かしら?」
「むっ、そんなら今日堂々と見せつけてあげる!私の堂々とした立ち回り見といてよね!」
「ふーん、それは楽しみだこと」
「もう……昨日の言い争いがなかったことのようね」
強がるうさぎをレイが煽るといういつもの光景が繰り広げられていることに、亜美は安堵と呆れ両方を含んだ苦笑を浮かべた。レイもいつもの調子で喋れるほど、うさぎのハンターになることに対する忌避感がましになってきているということだ。
駄弁りながら到着した村はずれの広い直径20mほどの天然の広間で、ハンターは仁王立ちして待ち構えていた。周りには、見物に来た村人たちも集っている。
うさぎたちが視界に入った村人の1人が他の人々に知らせると、一斉に歓迎を表す拍手や口笛が飛んできた。
ハンターは手ぶりで彼女たちの入場を促し、うさぎたちはそれに従う。
少女たちが村人に囲まれながら練習場の中心へ踏み込んでいく様子は、訓練というよりは一種の儀式のような光景だった。
「よし、時間通り来たな」
ハンターが掌を出して歩いてきたうさぎたちにそこに留まるように指示すると、彼は後方に向かって顎をしゃくった。
すると後ろから屈強な男たちが束になって、広場をまるごと横切るほど横に長い台車を引いてきた。台車の上には木製の箱のようなものが据え付けられており、手前が柵のようなもので覆われている。
「さあ、どれでも好きな武器を取れ。実際に振り回して、自分の身体に合うものを選ぶんだ」
箱の両側に回った男たちが野太い声を上げて太い手綱を引っ張ると、滑車によって柵が上がり、その中から14つの巨大な鉄と骨の塊が姿を現わす。
「い、意外に大きいわね……?」
レイが上げた第一声の通り、武器はいずれも巨大だった。中でも強烈なインパクトを残すのはハンター自身も背負っている『大剣』で、柄の先から刃の先まで彼女たちの身長の2倍以上はある。
姿形も実に様々だった。
長い槍と分厚い盾。槍に火砲のような機構が付いた銃剣。バグパイプのような形をした奇妙な武器。カブトムシのような生物が先にくっついた棍棒。巨大な大砲……。
どれも、成人してすらいない少女が背負って扱うにはあまりにも大きく、猛々しく見えた。
「うわー、どれも強そう……」
迫力に気圧されそうになるが、うさぎは仲間たちと一緒に武器を一つ一つ吟味していく。
「じゃあ一番軽そうなこれでっ!」
真っ先にうさぎが手を伸ばしたのは、盾と小さな剣が一式になった『片手剣』と呼ばれる武器だ。『小さな』とは言ったが、柄も合わせるとその全長は1m近くはある。
この包丁の刃の真ん中を窪ませたようなシンプルな片手剣は、この武器種の中でも『ハンターナイフ』と呼ばれる、基礎中の基礎の種類に当たる武器だった。
「それか。片手剣は初心者向けの武器と言われているから、賢明な選択だ。試しに左手で剣を持ってみろ」
ハンターからの指示通り剣を左手に取った瞬間、彼女の腰ががくんっと下がった。
「お、重っ……」
(噓でしょ!?あたし、セーラースーツ忍ばせてるのにっ……!)
実は、彼女たちはセーラー戦士に変身した状態で防具を着込んでいる。それは無論、ハンターとして活動するにおいて、普段の彼女たちでは到底戦うことは出来ないからだ。そもそもハンターになるという選択が出来たのも、彼女たちにセーラー戦士という手段があってのことだった。
流石に村人の前に戦士の姿を見せるわけにはいかないので、防具の形状に合うよう完全な変身状態にはなっていないが、この状態でも戦士としてのパワーは十分に発揮できるはずだ。
なのにそれでもかなりの重量を誇る片手剣に、うさぎは驚愕した。
「あらまあ。強がってた割には上手くいってないみたいね……なにこれ重っっ!!」
レイは『太刀』を手に取ち、うさぎと同じ運命を辿った。太刀は大剣よりも細い日本刀風の両手剣で、黒髪ロングの大和撫子である彼女にはよく似合っていた。なおその凛とした風貌は、重さのあまりガニ股になって台無しになっているのだが。
うさぎはレイのからかいを聞く暇もなく、ぐらつく左手で一生懸命片手剣を操ろうとしていた。
「な、何のこれしきっ……とりゃあっ!!」
無理やり持ち上げ思い切りぶん回すと片手剣がするりと手から抜け、くるくるとブーメランのように飛んでレイの方向に直行する。
「ちょっとおおおおっっっ!!!!」
片手剣はちょうど姿勢が下がっていたレイの頭上をすり抜け、後ろの木に真っ直ぐ刺さった。
彼女は後方に光る刃を見ながら口をパクパクとしている。
「あんた何やってんのよ!危うく死にかけたじゃないっ!!」
「ご、ごめんレイちゃん!」
うさぎは勢いよくパンっと両手を合わせ頭を下げたがレイの激昂は収まらなかった。
「ごめんじゃなーーい!冗談じゃないわよこんなの!」
「大丈夫なのかしらこれ……」
ルナがため息をつく横で、亜美は猟銃に弓の機構がついたような武器『ライトボウガン』を手に取った。
ライトボウガンは『軽弩』とも呼ばれ、遠距離から弾を撃って援護するサポート役の武器だ。様々な種類の弾丸を扱うことができ、使いようによってはモンスターを翻弄し、戦況を完全に支配することも可能。頭脳を駆使して戦略的に戦う彼女にはよく合いそうな武器だった。
「なるほど、これが通常弾、これが貫通弾、これが水冷弾……弾種も後で見ておかなくちゃ」
亜美は元々置いてあった弾のポーチを探り、弾の種類を覚えていく。彼女が手にしているのはライトボウガンの中でも『ハンターライフル』と呼ばれるもので、これも初心者向けの武器だ。まだ使える弾の種類は少ないが、他にも麻痺弾、睡眠弾など便利な弾がある。
「流石は頭脳派。脳筋な人たちとはやることが違うわね~」
「「ルナ?」」
うさぎとレイがルナを睨んだが、一方でハンターは概ね満足そうな顔をしていた。
「今の時点でそれだけ出来てりゃ、十分上出来だ。後は専門家である教官殿に任せることにしよう」
初めて聞く言葉に、うさぎは首を傾げた。
「専門家?教官?」
ハンターがおーい、と大声で呼び、それを受けて練習場にずかずかと入り込んできたのは、オレンジの額当てに肩と腹、太ももを露出した黒インナー、鉄と鱗で出来た鎧という奇妙な身なりをした女性であった。彼女の肉体はやや筋肉質で、顔にはハンターほどではないが多少の皺が刻まれている。およそ30から40代と言ったところだろう。
「ふむ、ハンター、こいつらが新入りか?えらくひょろひょろした外見だが、こんなのでハンター稼業が務まるのか?」
彼女の声は野太くて低く、どことなくぞんざいさを感じさせる口調だった。
「大丈夫、あの森の中で数日生き抜いた強者だ。俺が保証する」
まあ、お前がそう言うならいいが、と教官は鼻を鳴らす。
彼女は一瞬の間を置いた後、かっと目を見開いた。
「良いか、お前ら!ここでは私がルールブックだ!ハンターになると言った以上、私の前では男も女も、大人も子どもも都会も田舎も関係ないっ!これからみぃーーっちり狩猟の技術を叩き込んでやるからな、覚悟しておけ!!」
教官の喋り方は威圧的な口調でありながら、どこかしら得意げな感情が抜け切れていない。
彼女のやけに芝居かかった立ち振る舞いからは、厳つい恰好の割にはおよそ、教官という肩書に見合うだけの威厳はあまり窺えなかった。
「いいか、お前らには3日後に森丘に出向いてアプトノスを狩ってもらう!それまでこの指南書を読み込み、己の武器を練習しておくように!!」
教官は懐から取り出した本を唐突に3人にそれぞれ放り投げる。
本の表紙には、『月刊 狩りに生きる~特集!全武器総合指南編~』とあった。
「えっ!教官が教えてくれるんじゃないんですか!?」
思わず亜美が聞き返した。うさぎとレイも、今回だけは仲良く首を縦に振る。
「私は生ぬるいやり方は好まない主義でな!まずは習うより慣れよ、というわけだ!ぬはははは!」
やけにやかましい高笑いを聞きながら、レイは露骨に嫌な顔をしてハンターの耳元に手を当てる。
「……大丈夫なんですかこの人?」
「歴代のハンターたちもこいつの元で育ってきた。実力は本物だ。……まぁ、やや教え方に少しばかり癖があるがな」
「少しばかりじゃない気がしますけど」
教官はそんな嫌味を言われているとも知らず、少女たちの手元にある武器を指さす。
「まずはその武器の重さに慣れろっ!振り回せるようになれっ!細かい話はそれから!では、3日後にここで待ってるぞ!ぬはっはっはっはっは!!」
それだけ言うと、教官は颯爽と練習場を後にしていった。
「やっぱあたしハンターなるのやめとこかな」
「うさぎちゃん!」
後ろ姿を見送りながら真顔で呟いたうさぎに、亜美が突っ込んだ。
「ま、こうなった以上本当に自力で慣れるしかなさそうね」
取り敢えず、うさぎたちはハンターの言葉を信じ、『狩りに生きる』を参考に武器の練習をすることとなった。
3日後の目標は『アプトノス』。
彼女たちが最初野宿した丘で見た、群れを成す草食竜だ。