セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて   作:Misma

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幾千の夜明け、その果てに④(☆)

 口から浮かび上がる泡の勢いは、より激しくなってゆく。

 大海龍の巨人にも似た立ち姿を見たハンターは戦士たちに振り向くと、「横に散れ」と指示を出した。

 戦士たちも何かを感じて水を蹴り、ハンターから離れるように横に旋回。

 

 数秒後、口内から放たれた一直線の激流が、両者の間の空間を上下に両断した。

 

 苛烈な渦旋は使い手自身さえも後ずらせ、背後にあった遺跡を粉砕する。

 衝撃の余波が、戦士たちの髪をほぼ丸ごとかきあげた。

 

 大海龍は髭と尾ひれを靡かせ、ハンターと奇面族たちに三日月の王冠を向け、一気に突っ込んでくる。

 速度自体は目で追えるほど。しかし生物としての常識を超えた巨体が虫のように小さな者めがけ、海底より底の見えない口を開けて迫る光景は本能的な恐怖を掻き起こす。

 ハンターは焦ることなく早めに旋回し、脇を通過する大海龍を横目に見、すぐさま左手に懐いた槍を、髭が生えていた辺りの発光器官へと突きあげる。

 ハンターの存在に気づいた大海龍は、振り向きざまに三日月状の角を、海を切って迫らせた。だがハンターはそれを見越したように盾を構え、ぶつかった衝撃を上手く横へと逃がす。

 

 はるかとみちるは、大海龍の周囲をやや遠くから回るようにして動きの癖を観察、その間にある隙を窺う。

 龍角に傷をつけるのが彼女たちの第一目標だ。

 片方の角さえ折ってしまえば、本来の気性が大人しいかの龍はかなり気力を喪失する。そこに追撃を加えることで、このモガ村一帯から完全に追い出すというのが予定の流れ。

 一回一回はまるで手応えがないだろう。だがそれを何回、何十回、何百回と繰り返せば、必ず好機はやってくる。

 それが、モガ村のハンターから潜水前に言われた言葉だった。

 

 動きは水の抵抗もあって大振りかつ見切りやすい。懐に潜ればいきなり角に殴られることもないだろう。

 やがてはるかたちは、突進が終わったところを見計らって泳ぎ出す。

 はるかは『ブロスアームズ』の剣刃を、みちるは『ハイボルトアックス』の斧刃を。

 ハンターに龍の目線が向いている間に、まずは一発叩き込む。

 

 やはり手応えはなかった。

 ナバルデウスは痛がりもせず、相変わらずハンターに釘付けになっている。

 ならばそれで良いと、戦士たちは刃を叩きつける衝撃で武器に内蔵される薬液を反応させていく。強力な攻撃を放つための準備だ。

 間もなく、両者のエネルギーはビンに十分装填された。

 次にはるかが、斧モードへと変形させるため左手の剣を盾刃の芯に空く穴へ突き入れようとした時──

 

 横から泳いできたチャチャが、そのどんぐりの仮面で弾丸のようにして脇腹へ突撃した。

 虚を突かれたはるかは大いに体勢を崩し、怒りよりも戸惑いの形相でチャチャを見返す。

 

 直後、真下から突然、二又の尻尾がはるかたちがいた空間へと突き上げられた。

 大量の海水が押し出され、押し寄せる。

 みちるも同様、カヤンバによってナバルデウスの正面から突き離されていた。

 

 はるかは奇面族たちの判断の意味を理解した。

 自分たちは、大海龍の真の恐ろしさを把握しきれていなかったのだ。

 

 この世界に来るまでは人に近い姿と背丈を持つ敵がほとんどで、狩人としても相手したのは精々20mほどのモンスターが限界。

 対してこの龍の全長は、目測だけでも50mを裕に越す。

 

 すなわち、視界に大海龍の動きを捉えきれない。

 

 戦士たちは今度は慎重に攻撃を加えるが、それすらも難しかった。

 彼がヒレを振るうたび視界外から海流が押し寄せ、こちらの動きを妨げる。訳が分からないうちに、また見えない方向から攻撃が飛ぶ。

 彼にとっては攻撃ですらない一挙一動でも、もはや避けるだけで精一杯だった。

 ただでさえ酸素を補給しなければ動けない身には厳しすぎる。

 

 ナバルデウスは人間たちの事情など構わず、はるかへ振り向いた。

 とぐろを巻いて、その体勢のまま巨体ごとぶつけにかかる。

 左右にも上下にも、逃れる余地がない。

 避けられないと判断したはるかは、前に盾を構える。

 

 爆発のような振動が彼女を襲った。

 

 あの妖魔ディアブロスの最大の技すらも凌駕しかねない衝撃に、セーラー戦士の中でも逞しい身体がいとも簡単に吹っ飛ばされる。

 上下、左右、あらゆる方向が一時把握できなくなる。

 近寄ったみちるに助けられることで何とか体勢を立て直した。

 幾らか零れた酸素を補給しようとした彼女の視界に、あるものが見えた。

 

「……っ!」

 

 相変わらず大海龍の頭の横で槍を突き続ける、ハンターの姿だった。

 一見単純で地味に思える巨槍の突きは確実に頭や角を黒雷で灼き、傷を蓄積していた。

 回避の動きにも無駄がない。水を小さく蹴り出すことで微妙に位置を調整し、常に移ろう安全圏へ移動し、そこから攻撃を重ねる。

 海流の僅かな変化から次の攻撃を予想しているのだろう。まるで背後に目でもついているかのような動きだった。

 

 最初からやっていることは全く変わらないのに、ここに来てますます尋常でない技巧と精神力が目立つ。

 ハンターがランスという武器を選んだのも、恐らくは水中と陸上との動きの違いを最小限に抑えるためだったのだ。

 

 はるかとみちるは、思わず武器を下ろしかける。

 やはり、経験の違いは大きい。もはや悔しいとすら感じないほどに。

 しかしその肩を、小さな掌が叩く。

 

「!」

 

 奇面族の子どもたちだった。

 仮面の中身は見えないが、彼らは進めと言っていた。

 それで、多少彼女たちの目線も上がる。

 

 彼女たちもただの木偶の棒ではない。

 大海龍から見て上下の位置を出発点とし、攻撃を重ねる。彼の攻撃は横方向には強くても、縦方向は比較的お留守のようだ。

 確実に、安全に当てられる時しか狙わない。

 そのことを心がけるうちに、危なげな場面は減ってくる。

 まるで、蚊が人に縋りつくようにナバルデウスを攻撃する。

 ほぼ水を掻く音と槍が突く音だけだった海はやがて、剣と斧が水を裂く音色も奏でるようになった。

 

 すぐ真横で、大海龍がハンターに向けて口許に泡を溜める。

 それを見逃さず、はるかとみちるは龍の後頭部へ移動。

 間もなく、激流の螺旋が撃ち出された。

 その際、頭が標的を狙うために砲台として固定されることを、彼女たちは覚えていた。

 

 はるかは金色の。みちるは碧色の光を武器に宿らせていた。

 距離を、激流を撃ち出した反動で揺れた頭と角が当たらないギリギリの位置に保つ。

 やがて口から放たれていた水流が収束した。

 瞬間、はるかが斧刃を振り下ろし、みちるが剣刃に漲らせた属性エネルギーを解放する。

 金色の衝撃波と蒼白い雷が、表面に走る。

 

 龍角に、僅かながらヒビが入った。

 

「ゥゥゥゥゥ……」

 

 そしてあの大海龍が不快げに唸り、首を振った。

 努力は無駄ではなかった。

 初めて感じた手応えに、彼女たちは互いに頷き合う。

 連携を取るため、すぐハンターの方を見た。

 その人はじっと、こちらを見つめ返していたが。

 やがて、その手に持った槍で彼女たちの背後、上方を差した。

 

 振り向くと、少し離れたところに2つ、尖った柱のようなものが覗いている。

 撃龍槍。

 上面のスイッチを押すことで巨大槍を突き出す対古龍兵器で、古代文明の遺産であろうと目されている。

 

 つまり、ハンターが言いたいのはこういうことだ。

 無茶しないで兵器を使え、と。

 

 彼女たちは再び思い知らされた。

 自分たちは客人。余所者。初心者でありお荷物。一騎打ちは専属ハンターの役目というわけだ。

 ただ、指示を聞く2人の表情は穏やかだった。

 そもそもこの戦いに同席させてもらえるだけで奇跡のようなもの。

 しかも、故郷を救うという戦士としての使命を安全に果たすことができる。目的を達成出来ればそれでいい。

 指示を受けた彼女たちの動きは素早かった。

 

 そのまま行こうとした2人の背後が、赤く照らされる。

 

 原因は、大海龍の腹部に並ぶ発光器官だった。

 同時に先まで淡い蒼に近い静かな色を成していた海底遺跡も、連動して淡紅色へと変わる。

 そのことで初めて、戦士たちは周囲一帯の色彩がナバルデウスが生み出すものだったと気づく。

 同時にあることがはっきりと分かった。

 自分たちは、海神の怒りに触れたのだ。

 

「ヴヴヴヴヴヴヴヴゥゥゥオオオオオォォォォォォォオオオオオオオオ!!!!」

 

 ナバルデウスが、咆えた。

 海そのものが狂ったように、水が丸ごと震え上がり。

 海中でもはっきりと聞こえる叫びが、少し遅れて少女たちに耳を塞がせる。

 

 何とか体勢を立て直した彼女たちに、ハンターは素早く槍を振って急げと指示する。

 彼女たちはそれ以上、後ろを見ず泳いだ。

 しかし間もなくその横を、先まで下方にあったばかりの三日月の王冠が通り過ぎる。

 大海龍は、螺旋を描いて急浮上していた。

 50m以上あるはずの巨体が、海面へ上昇する泡より速く真横を通過する。同時に口内へ吸い込まれる水が発する泡は、それまでのものとは比べ物にならない。

 彼は目指していた撃龍槍より高い、その全体像が丸ごと視界に映るほどの位置まで苦も無く辿り着いた。

 

 海面から差し込む黄昏色を背景に、大海龍は下界を見下ろし。

 撃ち出した激流を真下へ、そして首を振って、斜めに大きく薙ぎ払った。

 

 上層の海底遺跡が、粘土細工に溝を掘るかのように抉られた。

 少なくとも百年単位で遺されていた古代文明の遺産が、いとも簡単に砕け散った。

 幸い撃龍槍やそこへ向かっていた戦士たちに直撃することはなかったが、それで終わってはくれなかった。

 抉り出された遺跡の大小の破片が、幾つも影を作った。そして当然の帰結として重力に従う。

 それらは壁にぶつかり、あるいは破片同士でぶつかり合うことで複雑な軌道を描いた。

 ハンターは落ち着き払って落ちてくるそれらを盾で撥ね退け、チャチャとカヤンバは慌てて間を右往左往する。

 当然はるかたちも破片の進路を読み、まずは回避を優先した。

 だが1つ、大きな壁の欠片が撃龍槍のスイッチへと落ちてくる。それを見たはるかたちは、そちらへ向けて脚の動きを速くする。

 

 加えてもう1つ、巨大な金属片が上層の壁に空いた穴から滑り落ちていた。

 他の朽ちた撃龍槍の部品だった。それだけは比重が重いせいで、他の破片と比べ物にならない速度で落ちる。

 しかし目前に集中していた彼女たちは、頭上から音もなく迫るそれに気づけていなかった。

 

 もうすぐスイッチに届くというところで手前に落ちた巨影に気づき、見上げる。

 その時には金属片はすぐそこまで近づき、そのまま少女たちを押し潰そうとしていた。

 避けるにも、避けるべきモノの大きさからして間に合わない。

 

 そこに割り入った影がはるかたちを押し出し、盾で金属片を受け止める。

 モガ村のハンターだ。

 

 しかし屈強な狩人の腕をもっても被さったモノはあまりに重く、一方的に押され沈んでいくのみ。

 ただその視線だけは、ずっと彼女たちにだけ向けられていた。

 はるかたちは急いで潜ろうとしたが、そこで道を塞ぐように、破片の無数の雨が手前を塞いだ。

 モガ村のハンターは何も口に出すことなく、藻掻くこともなく、見えない深さへと沈んでいった。

 同時に撃龍槍のスイッチも、破片によって塞がれた。

 

──

 

 なぜ、自分たちをかばった。

 彼女たちの頭を支配したのはその問いだった。

 

 モガ村にとって生きているべきなのは、誰がどう見ても明らかにあのハンターだった。

 なのにあの人は、余所者で動きの拙い自分たちの背を押して。

 自分だけが、海底へ沈んだ。

 

 ナバルデウスは遥か上方でとぐろを巻いて、こちらを見下ろしたまま力を溜め。

 渦を描いて突進した。

 上層から200m近い距離を、何の支障もなく一気に降下する。

 龍は、彼女たちに思い悩む暇を与えてくれなかった。

 

 大海龍はその名の通り、海そのものだった。

 柔軟でありながら力強く、美しくも残酷。

 戦士たちは、彼に対する自分たちの不自由さを呪った。

 風になりたかった少女の脚は、息継ぎなしに動くこともできない。

 海の音色を聞く少女の耳は、暴れ狂う波音しか捉えることができない。

 

 酸素玉はもう残り少ない。奇面族の子どもたちも、先の破片の雨のあと姿が見当たらない。

 激しく戦えば、間もなく自分たちは力尽きるだろう。 

 そしてハンターも撃龍槍も無いいま、自分たちが勝つ確率は極めて低い。

 彼女たちの肩から力が抜け始めていた。

 みちるがはるかの指を求め、手を伸ばす。もはや、何をしたところで自分たちは使命を達成することは出来ない。

 それならば、せめて。

 

 指が絡み合いそうになったところで、波に揺られて勾玉のネックレスが漂ってきた。

 

 それがみちるの防具の籠手に引っかかった。

 2人の視線が、深淵の中放たれる淡い輝きに集う。

 それはモガ村のマイハウスに置かれていた、ハンターが以前に大海龍を退けた際にもらったという品だった。

 その持ち主が沈み際にはるかたちへ見せた瞳は、今の彼女たちとはまるで違う、この勾玉のように生に満ちた輝きだった。

 ハンターは、自分たちに村の運命を託したのだ。 

 

 直後、勾玉のすぐ向こうに、大海龍の目玉が映った。

 

「!」

 

 彼の眼は勾玉と同じく、何の濁りも無かった。

 無垢な深淵の奥はまさに生を謳歌するように輝き、口から吐き出される泡と発光器官は、彼の怒りを言葉がなくとも静かに表現する。

 お前たちに、穏やかに2人だけで窒息する最期など与えないと言うかのように。

 そして奇しくも、勾玉と大海龍の瞳は似たような光を湛えていた。

 

 彼女たちは気づいた。

 自分たちと大海龍との、そしてあのハンターとの最大の違いは。

 

 己に従っているか。

 

 彼女たちはいま身の回りに纏う水以外に、あらゆるものに雁字搦めにされていた。 

 自分はセーラー戦士だから。余所者だから。別の世界から来たから。使命があるから。この世界を滅ぼそうとしたから。

 だからあの村に構うべきではない。あの村にいるべきではない。

 様々な理由をつけてあの村から逃げようとした。眼を背けようとした。

 そうやって今まで通りの孤高を保とうとした「2人だけの世界」はむしろ勢いを喪って弱々しくなっていた。

 

 今の自分たちの本心はどうなのか。

 少なくとも、海底に沈もうとはしていない。

 彼女たちは互いを見つめ合ってから、狩人の沈んだ冥き底ではなく、光滾る遠き海面を見上げた。

 そう、自分たちは自分の足を自ら縛っていたのだ。

 

 ならば、もういい。どうでもいい。

 決めたいように決めよう。

 美しく儚い嘘に逃げるのではなく、愚かに馬鹿正直になって生きてやろう。

 

 今、彼女たちの戦う目的は変わった。

 はるかとみちるは、最後の酸素玉を同時に口に放り込んだ。

 ナバルデウスは、2人だけを狙って噛みつこうと大口を開ける。

 水を蹴り出した直後、平たい牙が背後の水を噛んだ。

 

 全速力で撃龍槍のもとへと急ぐ。

 途中で泳力に優れるみちるが、ナバルデウスを撃龍槍とは別方向へ引き付ける。その間に、はるかはスイッチに被さった巨大な破片を取り除くべく、武器を取り出した。

 何度か斧刃で全力をもって叩くも、直径3mほどある破片は中々崩れてくれない。かといって必殺技を使うと武器の消耗が激しいうえ、激しい爆発音でみちるの誘導が無意味になる可能性が高い。

 更に悪いことに、砕こうとすることで更に小さな破片が散らばり、ますます複雑にスイッチを覆い隠してしまった。これ以上下手なことをすると、破片が詰まって装置に不具合が出るかも知れない。

 

 途方に暮れかかったはるかは、上層を見上げてあることに気づいた。

 

 大海龍の頭に攻撃を加えることで誘導していたみちるは、突然鈍く鳴った爆発音に気づいて撃龍槍の方へと振り向いた。

 直後、金色の光球が飛んできた。

 それは大海龍の額に直撃し、傷をほぼ残さないまま消える。

 みちるは眉を歪めた。

 何も言わずとも彼女の誘導するという狙いを汲み取ってくれたはるかとは思えない行動だった。

 岩を砕いたようにも、まるで見えない。

 

 ナバルデウスも異変に気付いた。

 既に敵は2人しかいないことを知ってか、真っすぐ渦を描いて撃龍槍の方へ突進を仕掛ける。

 みちるは急いで、大海龍を追うように撃龍槍の方面へと泳ぐ。

 しかし、その間にはっと息を呑んで視線を上げた。

 

 スイッチよりずっと真上の辺りで、水煙が立ち昇っていた。

 それより下へ落ちてゆく、巨大な尖ったものがある。

 

 大海龍は、紅く光る己の身体を撃龍槍の射出装置へブチ当てようと前進させる。

 はるかは、二門の巨大槍の間の空間に居座り、龍の視線の先にいた。

 大海龍は、目のように紋が光る口蓋を開けた。

 はるかは、黙したまま待つ。

 

「……」

 

 三日月が彼女の目前まで迫ったほぼ同時、巨大な金属片──先ほどハンターを海底へ連れたのと同じ撃龍槍の欠片──が、スイッチに積もった破片の山へと降りかかった。

 地響きの直後。

 過重量を載せられた射出装置が大きく歪み、ひび割れて。

 

 双槍が、一挙に射出孔から弾き出される。

 一槍が首を、もう一槍が角の表面を削ぐ。

 大海龍の身体が、大きく仰け反った。

 

 はるかは、先ほどナバルデウスが上層から放った激流により崩れかかった遺跡に注目した。

 そしてスイッチの真上に、先ほど自分たちをどん底に落とそうとした金属片が千切れるように残っていることに気づいた。

 彼女はそれを戦士の力を使って爆破させ落下、岩のうえからスイッチに強力な衝撃を与えることで、強制的に起動したのだった。

 

 場合によっては致命傷になるかと思われた撃龍槍の直撃だったが、古龍の滑らかな表皮には貫き通すこと敵わず、白い傷跡を残すに留まる。

 一方、右角には莫大なダメージを与えることに成功した。

 かなりの広範囲に渡ってヒビが入り、白い破片すらも散っていた。

 

 手傷を負わせられたナバルデウスは、口元に大量の泡を溜める。

 見飽きるほどの回数を見た動作で、はるかたちは横へ退避。大海龍の口から放たれた超水圧の塊が撃龍槍の射出装置を直撃、粉砕する。

 崩れてゆく歯車と槍を見送った少女たちは、もう自身の酸素が残り少ないことを自覚する。

 激流が収束したあと、彼女たちは1ヵ所に留まった。

 

 強い意志を含んだ瞳で、真正面に大海龍を見据える。

 ナバルデウスは、怒りの突進を仕掛けた。

 

 はるかは金の煌光を、みちるは蒼の燐光を。それぞれの髪の色と似た色を武器に宿し。

 迫る右角目がけて振りかぶった。

 最期の力を使い果たす勢いで。

 自身の本性をぶつける想いで。

 

 海の上に笑顔集う、あの村を護るために。 

 

 果たして、それは同時に届いた。

 横から突っ込んだ、銀の巨槍の一撃と共に。

 

「……!?」

 

 はるかとみちるが真横に視線を巡らせた直後。

 3方向から同時に衝撃を加えられた巨角は遂に、真ん中で砕け散る。

 

「ヴォオオオオオオオオッッッ……ゥゥォ゙ォ゙ォ゙オ……」

 

 あまりの衝撃にナバルデウスは首を振り、逆さまにひっくり返った。

 驚きと悲鳴が共に混じったような声だった。

 

 カヤンバが急ぎ、仮面から2人へ酸素を補給する。

 はるかとみちるはしばらくその場から動けず、その人物から視線すらも動かせなかった。

 漆黒の鎧を纏ったハンターは、ずっと大海龍の方を見つめたまま盾を構えていた。

 

 大海龍は体勢を立て直すと、目の前にいる小さき者たちを見つめた。

 あの、無垢な赤ん坊のような底の見えない眼で。

 やがて、ため息を零すように少しだけ、小さな泡を出す。

 

「ゥゥゥウウウウウゥゥ……」

 

 彼はすっかり怒りの矛を収め、ゆっくりと上を見上げた。

 白い傷のついたヒレをはためかす。

 鳥籠から巣立つ鳥と同じく、大海龍は大広間の天井へと進んでいった。

 滑らかな白銀の甲皮が、黄昏に染められて黄金色に光っていた。

 

 はるかとみちるは金髪と蒼髪を海流に揺らめかせて、何もせず突っ立って、龍の遠くなっていく姿に見惚れていた。

 ちょうどそこを、海面から差し込んだ鈍くも色のついた光が照らし出した。

 

 あれほど激しく戦った相手を『美しい』と思うのは、生まれて──前世を含めても──初めてだった。

 彼女たちにとって自分たちの世界の敵はいつだって、自分たちの歩む路を妨げるものでしかなかった。

 しかし彼がいま行く路はあんなにまで輝かしい。

 そしてそれは彼女たち自身が選び、これから行く路でもあった。

 

──

 

 大海に、真赤になった太陽が沈む。

 そのちょうど真下に、海上に浮かぶ村が見えた。

 風が、海が、静かに歌う。

 生還した彼女たちを出迎えるかのように。

 

「……それでは、もう巣に着く前から分かっていらしたの?」

 

 みちるに聞かれたので、黙ってモガ村のハンターは頷いた。

 次に、隣に並んだはるかが苦笑する。

 

「あなたも奇特な人だ。状況が状況といえ、初対面の相手に代役を任せるだなんてね」

 

 ハンターは、彼女たちの迷いの源泉は何か、狩猟中にずっと探っていた。

 最初、大海龍の眼を覗いて動けなかったときは早くも撤退させようかと考えたが。

 直後に奇面族たちを咄嗟に助け、しかもハンターを追いかけるように急激に立ち回りを洗練させていく様子から分かった。あれは、単純な才能とか技巧の高さではこなせない成長だ。

 

 彼女たちは口から言い出せないながらも、心からモガ村を愛していた。

 そして、護りたいと思っていた。

 

 その口から言い出せない事情こそ分からないものの、想いは本物に違いないだろう。

 だからハンターは、彼女たちならもしも──自分がいなくなっても、モガ村のことを任せられると思ったのだ。

 実際はチャチャとカヤンバが火事場の馬鹿力で金属片を破壊してくれたので、ぎりぎり何とか間に合ったのだが。

 

「ヘへッ、ワガハイの酸素補給が無けりゃみ~んなオダブツ、ゴートゥーヘルだったッンバ! やはり本当の英雄はこのワガハ……」

「プププーッ!! オマエはただ仮面からクゥ~~~~ッサイ息を吐いてただけッチャ! そんなら一番杖を振るったオレチャマが一番……!」

「ンバッ!?!? フローラルの意味も知らん田舎もんは黙ってヨイショしてろッンバ!!」

「ンッヂャ~~~~!?!?」

 

 チャチャとカヤンバが、仮面をガチャガチャいわせていがみ合っている。

 せっかくの達成感と余韻が台無しである。

 彼らは一足先に追いかけっこをして、モガ村へと走っていく。

 ハンターは無駄とは知りつつも、彼らに転ばないよう忠告した。

 

「ほんと、変わらないおチビ君たちだな。古龍と戦った後によくもまぁ……」

「でもあの子たちがいなければ死んでたわ、私たち」

 

 ため息をついたはるかに、みちるが静かに答える。はるかは「……そうだな」と返し、並んで走る子どもたちを見送る。

 

 そして更にその遠く、向こう。

 片方の割れた三日月が、水飛沫を上げて一時だけ太陽を遮り、海へと消えていった。

 彼の行先はモガ村からも、モガの森からも、海底遺跡からも程遠い、人間たちの誰も知らない何処かだった。

 

「これからは、遠くで暮らせよ。また来てもらったら困るからな」

 

 瞳に手を翳すはるかの呼びかけは穏やかで優しかった。

 その後、3人の影はその長さを増しながら丘を下っていった。

 

 夜になると陽の代わりに空には月が、海上には暖かく、優しい光が灯った。

 太鼓の音と歓声が、モガの森からでも夜通し聞こえた。

 

──

 

 翌日の明朝。

 はるかたちは、自分たちの使っていた装備を村へ譲り渡した。

 モガ村の人々はここにいて良いと言ってくれたが、彼女たちは断った。

 

「ホントに行っちまうのかい。昨日来て今日だなんて、えらく忙しいんだねぇ」

「ぃよしっ。それじゃあ、俺がお2人に新曲の安全祈願唄『海竜に乗った気分で♪』を……」

「およし! そんな歌聞いたら、ラギアクルスにまた襲われそうだよ!」

「いいよ。後で冥土の土産に聞かせてもらおうかな」

 

 漁場を取り仕切る女将と、彼女の取りまとめる漁師たち。その1人、作曲好きの『黒槍』が自作を歌おうとしたところに、若女将の剣幕が飛ぶ。

 しかしはるかは、微笑んで答える。

 

「とま~、こん村はいつでも、こんなんだからのぉ~。あんたたちも好きに戻ってくりゃ~、いいんじゃないかのぉ~」

「お2人とも、穀物だけは毎日、貪り貪り貪るニャ! 穀物は身体の基礎ニャ」

「いや、野菜こそ育ち盛りには絶対欠かせんニャ。健康こそが身体の資本、つまり社長だニャ」

「まぁつまるところは魚だニャ~。とにかく身の締まった新鮮なマグロが絶品なのニャ~」

「……三食バランスよく、ね」

 

 農場長はいつもののんびりした口調で、こちらを見上げて語り掛ける。

 みちるは農場アイルーたちのバラバラな好みを無難に一言でまとめた。

 

「チェ! 今日からまた遊べねぇのかヨ。海の鬼ごっこ楽しかったのにな!」

「もっと雑貨屋に華を添えてくれればこの辺境も繁盛しそうなんですけどねぇー」

「ぉうおうっ! ったく、うちのハンターに続いて良い武具造らせてくれるって思ってた時によぉ! 愛想無しだなぁおいっ!」

「ま、そんなわけで……みんな、お前たちとまた会えることを待ち望んでる。良かったらまた顔見せてくんな!」

 

 キリのない住民たちの話を切り上げて、村長のせがれが2人の肩をそれぞれ叩いて笑う。

 みちるは、名残惜しげに俯く。

 

「私たちも、本当はもっといたいところなのだけれど……」

「カーッカッカッカ!! 笑え笑え!」

 

 2人の耳に快活な笑い声が響いた。外套を纏って椅子に座り、煙管を持った村長だった。

 彼はぱんと膝を打って、住民たちの顔を見回す。

 

「何でも、モガ村の英雄2代目が世界を救いに行くというのだ。これは涙の別れなどではない、栄光の出立よ!!」

 

 村長の近くに座るモガ村のハンターが、微笑みながら盃を傾ける。住民たちも、同意して頷いたところだった。

 

「ヤですっ! ビービー泣いてやりますよーだっ! ビービービーッ!!」

 

 受付嬢のアイシャが1人だけ、そっぽを向いていた。

 はるかは苦笑いで彼女の顔を覗き込もうとする。が、ぷいと顔を背けられてしまう。

 

「何度も言わせてもらうが、この村が嫌なんじゃない。むしろこの村が好きだからこそ僕たちは行かなくっちゃいけないのさ」

「イミフメイデス!」

「大丈夫よ。いつか言葉の意味が分かるから」

「ワタシハナニモシンジラレナイ!」

 

 腕組みしたまま答える口調はやや芝居がかって、頑なに2人の顔を見ようとしない。

 

「アイシャのヤツ……」

「そりゃあそうだよ。昨日はあの子、前の時と同じくらい海ばっか眺めてたしさ」

 

 ため息交じりに呟いたせがれに、女将が囁く。

 ハンターは顔を傾け、アイシャに頑固すぎるのではと注意した。

 実際はるかとみちるも、困った顔をしている。

 アイシャは目の辺りを制服の袖でサッと拭うと、ハンターににやりと白い歯を見せつける。

 

「ヘッヘヘー。流石ハンターさん、バレちゃいましたか! こうしてりゃあ、お2人とも私の可愛さを覚えちゃって、いつか心配に戻ってきちゃうって寸法なのですよ……ヒクッ

 

 アイシャは、しゃくり上げながらいつもの調子を保とうと必死だった。

 チャチャとカヤンバもそこからどこかに引きこもって出てきていない。

 接する機会が特に多く村の中でも若い3人は、他の住民のように割り切れるわけではないらしい。

 

 ハンターはアイシャの身体をそっと2人へ向ける。そして、ちゃんと気持ちを伝えた方が良いと諭した。

 アイシャははるか、みちると向かい合うと、俯いてぎゅっと右と左の指同士を噛み合わせて握った。

 

「もう……ホントに帰っちゃうんですか? お2人のことだから、本当はこれが最後なんじゃないかって……そう思っちゃうんです」

「それは……」

 

 はるかが何かを言い出そうとするが、答えられない。

 アイシャのせっかく作っていた笑顔が崩れる。目端からは涙が滲み出してきていた。

 

「昨日から一言も言ってませんよね、『また帰って来る』って。まるで前みたいに……だから、そう言って下さい。ちゃんと、私たちの目を見て」

 

 戦士たちの目が惑う。気まずい沈黙が流れようとしたときだった。

 

「オレチャマにも約束しろッチャー!!」

「しろッンバ──ッ!!」

 

 ざぶんと波音を立てて、あの奇面族2人組が水中から飛び出してきた。

 

「チャチャ、カヤンバ……」

 

 2人は濡れた身体で、少女たちの脚にぴったりと抱きついた。

 

「お前たちは、これからオレチャマたちのコブンとして栄光溢れる狩猟生活をすると決まってるッチャ!」

「ワガハイとお前たちの契約はまだ継続中! 勝手な真似は許さんッンバ──ッ!!」

 

 それを見たアイシャは、慌てて自分も同じようにした。

 

「ほら、おチビちゃんもそう言ってますよ! 私も約束するまで絶対ここを離れ……」

「約束するよ」

 

 アイシャは、上を見上げた。はるかが、短い金髪を棚引かせながらそう言ったのだ。

 

「何年あとかは分からないが……すべてが終わったら、ここに戻って来る」

「はるか……」

「そのつもりだろう、みちる? もう僕たちはこの村から心まで離れることはできない」

 

 みちるは、しばらく黙って。

 

「そうね。私も約束するわ」

「よく言った、2人とも!」

 

 村長のせがれが快哉を叫ぶ。

 続いて、村中から拍手が飛んだ。

 ハンターは村長の隣から立ち上がり、はるか、みちるとそれぞれ握手を交わした。

 

「その約束、違えるなよ」

 

 念を押したハンターと頷きあった。

 そして、立ち上がったアイシャと、奇面族と、抱きしめあった。

 

──

 

 モガの森の丘に登った時、はるかとみちるは海を振り返った。

 

「勢いであんなこと言っちゃったけど、良かったのかな」

「もう嘘はつけないわ。あの人たちにも、自分たちにも」

 

 みちるの、覚悟を決めた視線が海上へと集中する。

 

「私が心配なのは……あの村との繋がりが見えなくなるのに、そのために戦うと決めたとはいえ、これからの私たちに出来るかどうか」

「きっと戦えるさ。たとえ姿が見えなくても」

 

 彼女は心臓のある位置を掌で押さえた。

 村の長がかつてそうしたように。

 

 

「この世に自分を必要とする人たちがいると分かってさえいれば、何度だって」

 

 

──

 

「大きな生命エナジーが消えた……いや、この世界から遠ざかったというべきか」

 

 タキシード仮面が、地面に当てていた掌を外した。

 東京で頻発していた地震も止んで、その後に調べたところだった。

 

「じゃあ、はるかさんたちはナバルデウスを撃退したのね!」

 

 ちびムーンが顔を輝かせる。

 

「さて、後は彼女たちが帰ってくるかどうかですが……意見は一致していますね?」

 

 次にサターンが沈黙の鎌を立てて静かに問うと、戦士たちは無言のうちに頷き合う。

 その中でプルートは1人、地面を見つめて呟いた。

 

「……帰って来なかったとしても、その判断を尊重する」

「プルート。やはり、貴女は納得できませんか」

「いえ。むしろ、あの村を選んだ2人を尊敬します」

 

 サターンの問いに首を振ったプルートは、晴れた空を見上げる。

 

「月の王国シルバー・ミレニアムに、隣り合う危険と共存するという考えはありませんでした。過去の暗い教訓から、プリンセスと王国に脅威を齎す者はすべて……排除するか抹消するものとして生きてきました」

 

 彼女の視線には羨望が交じり、眩しいものを見つめるように、細められていた。

 

「しかし彼女たちはあえて違う道を選んだ。危険と共生するという茨の道を……。さぁ、プリンス。何か新たに分かったことはありませんか?」

 

 プルートにタキシード仮面は微笑み頷きながら、次には切り替えて表情を引き締める。

 

「私が気になったのは、空白地帯だ」

「空白地帯?」

「大海龍が接近した時は分からなかったが、エナジーの血脈のなかで一部だけ、生命力に空白が生じているんだ。あまりにも意図的で、あまりにも大きい」

 

 タキシード仮面は、ある方向を振り向く。そこに、戦士たちの視線も導かれる。

 

「そしてその中心に……1つ、大きな生命力が座している」

 

 緊張を宿らせた。

 彼が見た先は、東京タワーだった。

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