セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて 作:Misma
果たしていつのことだったか。
それは、ココット村近くの森丘で飛竜の番を狩ろうとした時だった。
かつて近隣を乱したとされたその飛竜の番は、真の黒幕を前に一転、セーラー戦士にとって護るべき対象となった。
しかし黒幕を倒した時、雌火竜の命の灯火は既に消えかかっていた。
最期まで卵を護ろうとした彼女の意志を受け継ぐように、うさぎは幻の銀水晶を使った。
雄火竜へ与えられたその無限の生命力は、彼が護り抜いた竜卵へも同時に降り注ぎ──
その中から、少し変わった竜が産まれた。
彼女は首元に月のように燦然と輝く鱗を持ち、少女でも抱えられるくらい小さかった。
青色に光る導蟲がうさぎの目前に路を示す。
月が青白く照らす森林地帯を、彼女は注意深く進む。
奇しくもその光景は、かつて彼女が狩人として生きると決めたあの森丘の夜を、そのままなぞっていくようだった。
「世界は……戦を、望んで……」
いつの間にか、少女はあの英雄から言われた言葉を反芻していた。
導蟲は少量の鱗片や棘から覚えた臭いを本能に従うまま辿り、主を対象の痕跡へ導いていく。
それらはただ機械的に、その群れを真実へと近づけていく。
彼女が護りたいものを護るため、行くべきところに。
やがて森林がぷつんと途切れた、荒涼の峡谷を超えた先の荒地で。
うさぎは、その竜と出会った。
彼女は赤茶けた天然の玉座に身を埋めていた。
背を丸める姿はまさに、地上の月。
鱗の煌めきが天のもう一つの月の光を反射して、寝息と共に浮かんでは沈んでいた。
しかし穏やかに繰り返されていたその動きも、長くは続かない。
早くも竜が眼を開ける。
紅く血走った瞳が、すぐさま自身へ近づく人間へ向けられる。
導蟲が赤色に光り、虫籠へ一斉に引っ込んだ。
「……!」
目が合って、うさぎは立ち竦んだ。
龍結晶の地で大団長からその存在を聞かされたとき、度々彼女の脳裏には『あの時』の記憶が巡っていた。
それは単なる遠く過ぎ去った思い出であり、目の前にいる彼女の存在は、単なる偶然の一致に過ぎなかったはずだった。
しかしいま、その記憶が強く、烈しく、彼女の胸に迫って来る。
「そんなわけ」
飛竜の女王は続きの言葉を待たなかった。
先まで微睡んでいた瞳をこじ開け、吼えて荒涼の大地を蹴る。
動きに迷いは一切なかった。
うさぎは狩人的本能に身を任せ、横へ転がる。
早くも攻撃の失敗を察知した金火竜の脚が、土を割って踏みとどまった。
翼を広げて振り向いた竜の首元の鱗が、一際大きく光る。
少女は目を見開いた。
女王は、突進を折り返した。
反応の遅れたうさぎは胸当てがその巨体に掠り、吹っ飛ばされる。
顔面が地面にぶつかるところで、腕を使い踏ん張った。
「まさか」
もう一度突進が来る。
顔を上げると、既に金火竜は尻尾を振り上げて嘶いていた。
「本当に、貴女……なの?」
月色の女王は地面を蹴り飛ぶと同時、棘の生え揃った尻尾を振りかざした。
──
「こんなの、残酷すぎるわ」
亜美の嘆きに、レイが怒りを何とか留めようとするように目を瞑る。
「全くよ。一度助けた命に自ら手をかけさせるだなんて……いくら何でも、やり口が汚すぎる!」
地下牢で、セーラー戦士たちと御付きの猫たちはこれからうさぎに降りかかるであろう不幸に戦慄していた。
まことは打ち付けすぎて赤くなった腕と、それを縛る魔の枷を恨めしげに見つめた。
「この枷さえなけりゃあ、軍隊だろうが何だろうが薙ぎ倒していけるのに……!」
「じゃあ、戦い方を変えるべきよ」
言い出したのは美奈子だった。
「いま大切なのは、調査団にもシュレイド軍にも、誰1人犠牲者を出させないことよ。それこそが一番うさぎちゃんを救う方法だって思わない?」
目を瞬かせる仲間を前に、美奈子は地下牢となっているマイハウスの天井を見つめた。
そこからは、僅かながら床板の間より光が差し込んでいた。
「陸珊瑚でうさぎちゃんが言ってたこと思い出したのよ。あたしたちは、戦争をしにきたんじゃないって」
それを聞いて、仲間たちの瞳に出来ていた陰が消え始めた。
代わりにまるで生気を吹き返したように強気な光が浮かんだ。
「でも、どうやって戦うの? デス・バスターズ相手に話が通じるとはとても……」
亜美が言い出したところへ階段を降りる足音が鳴り、一筋寒い風が吹き込んだ。
革靴の音がし始めたので、一気に押し黙る。猫たちは急いで通気口に再び隠れた。
緊張の糸が張り詰める。
やがて即席の檻の向こうに、黒く磨かれた軍靴が現れる。
「うぅ、殺されませんように殺されませんように、神よ、どうか私に未知を切り拓く勇気を」
出て来たのはセーラー戦士たちよりも少し背の低い、金髪のおかっぱ頭の少年兵だった。
赤い軍服に、首から逆さ竜のお守りを提げている。その下に木箱を持つ彼は、ずっときつく瞑っていた眼をゆっくりと開けた。
次に、未だ顔に対して大きめでつぶらな瞳が何回も瞬いた。
「あ、結構綺麗な人……」
戦士たちも驚いて見つめ返すが、少年兵は小さく呟いたきり、呆然と石のように固まっている。
「え、えーと、えーと」
そんな自分に気づいた少年兵は少し紅潮した顔を冷ますように振って俯けると、慎重な上目遣いで戦士たちを見つめた。
急いで木箱をその場に置くと、慣れない様子で恐々と鍵を開け、両手を添えて木箱をそっと床を滑らせ丁寧に寄越した。
食料か備品が入っているにしては随分と小さい。
「あ、あのー。言葉、分かりますか。研究基地からの物資です」
「あなた、こっちの言葉を話せるの?」
少年が話したのは、耳慣れた辺境の言葉をやたら丁寧にしたものであった。
亜美が驚いて問い返すと、
「え、ええ。一応これでも通訳なので」
敵とは思えないほど柔らかな照れ笑いで頬を掻いた少年の様子を見て、レイが枷を床に引っ掛け身を乗り出した。
「それならあなたに、いえ、あなたたちに伝えたいことがあるわ。逃げないで聞いてちょうだい」
何事かと身構えた少年兵に構わず、
「あなたたちシュレイド人は騙されてる。魔女は、世界征服を狙う組織の一員なの。無理なお願いなのは承知のうえだけど、どうか今すぐ占領を止めるよう上の人たちに言って! 今ならまだ間に合うわ!」
少年兵は息を呑み、慌てて周囲を見渡した。やがて視線が落ちて、彼の頭が深く下がった。
「……賢そうだからってそんな小さな子には無茶よ、レイちゃん」
亜美に諭されたレイは肩を落とす。しかしそれでは終わらせず、次は落ち着いた視線を少年の顔の下へ向ける。
「やっぱり、その首からぶら下げてるのが原因?」
反射的に、少年兵の手が逆さ竜の御守りを握った。
彼は手中のそれを、複雑な表情で見つめた。
「そう、ですね。教会を通じて天の神が大陸の平和を託された以上、地上の我々は従うしかありません」
少女たちより幼いはずの視線は、熱狂的というよりは冷やかさを含んでいた。
「ええ……従うしか、ないんです」
「え?」
「おい、スワン! さっさと積み下ろし手伝いに来い!!」
半ば項垂れた少年へ怒鳴り声が響き、彼は慌てて頭を上げた。
「は、はいっ!! ……ど、どうか、このことは無かったことに。この後、ビリユイ様のお出迎えもあるので」
少年兵は檻に鍵をかけると、辞儀をして去っていった。
しばらくして、御付き猫のルナとアルテミスが音を立てないようにして跳び降りた。
「シュレイド軍にもあんな子どもがいるのか」
「様子を見るに偉い家系の末っ子で、軍人にしようと送られてきたってとこかしら」
扉が閉まるのを見送った少女たちは、物資を見下ろしながらまた顔を寄せ合う。
「あの子、確かにビリユイって言ったわよね。まさか、この流れも罠なんじゃ」
「流石に疑い過ぎだと思うけど……果たして安易に開けるべきか」
ルナとアルテミスの言葉に一同は箱を警戒して見つめる。
やがて、どこからか腹の虫が鳴った。
「…………あ、あたしでーす」
美奈子がそう、小さく手を挙げ小声で宣言した。レイはため息をついて、
「しょうがないわ。一か八か開けるとしますか」
「あ、でもネジがしてあるわ。釘抜きがないと……」
「あんな小さな子に雑用押し付けるからよ、怠け者の都会モンどもが────ッ!!」
木箱の蓋を観察した亜美からの報告に、美奈子はいきり立って金髪を掻き乱した。
「おりゃっ」
直後、まことの腕が容易く木箱の蓋を引き剥がした。
「こうすりゃ早いだろ?」
「そ、そういえばまこちゃんなら楽勝だったわね」
呆気からんと言ったまことに、亜美を始めとしたメンバーは狼狽した。
しかし、ことはそれで終わらなかった。
中身を確認する前に木箱に閉じ込められていた空気が漏れ出し、真っ先にまことの鼻をついた。
「うわっ獣臭ッ!!」
彼女は鼻を押さえ仰け反るあまり栗色のポニーテールを振り乱し、ちょうど隣にいた美奈子に被せてしまった。
「ちょっ、まこちゃん見えない見えなっ……あれ、何だか懐かしいわ、この臭い」
漂ってきた臭いに、慌てていた美奈子はもう一度鼻をひくつかせた。
仲間たちも反応して、次々に頷く。
「そうね、あたしも嗅いだことあるわ。確か……」
その時、妖気の気配が少女たちの間を駆け巡った。
彼女たちは、天井をはっとして見上げた。
──
「テルル様、ビリユイ様、ただいま戻られました!」
アステラの港に突如出現した魔女たちへ、下士官含めた兵士たちが反射的に敬礼した。
「ウチの組織のメンバーって役立たずしかいないのね」
デス・バスターズから帰ってきたばかりのビリユイは、ヒールを鳴らしながら耳穴を小指でかっぽじる。
「ユージアルは資金を無駄にしまくったし、ミメットは手柄を横取るしか能がなかったし、カオリナイトは未だ我らの主の気配を読み取れないし……実に深刻な有能不足だわ。そして──」
「うわあぁさむっ、何でこんな寒くなってんのよ!」
テルルはつむじ風に吹かれたせいで、ビリユイの冷たい視線には気づかなかった。
ビリユイは軽蔑の眼差しで鼻を鳴らし、同僚を視界から外した。
アステラの空には灰色の曇天が立ち込めていた。地上でも、兵士があちこちを行きかうことで慌ただしくなっていた。
程なくして、2人の魔女の前に将軍が幅広のマントを棚引かせて参上した。
「テルル様、ビリユイ様、お待ちしておりました」
「将軍。これはいったい、何の騒ぎ?」
ビリユイの問いに将軍は軍人らしく足を揃え、恭しく頭を下げる。
「先ほど、緊急伝達が入りました。氷を操る龍とやらがこのアステラに向け南下中とのこと。この天候変化も、龍による影響のようです」
ビリユイは顔をしかめた一方、テルルは首を突っ込んだ。
「噂の古龍ってヤツ? あと何日で来るの?」
「最長でもおよそ2、3日と聞いております」
「……ふーん」
テルルは、屈強な軍馬がシュレイドの軍艦から橋を渡って上陸してくるのを興味深そうに見つめた。ビリユイは、じっと彼女を横見ている。
すると何かを察知したかの如く将軍が即座に前に進み出て、龍が施された胸の紋章に手を当てた。
「軍事に関しては私が担当致します。魔女様は、安心してセーラー戦士との交渉にご注力を」
半ば視線を遮られる形になったテルルは嫌な顔をしたが、ビリユイが先に歩み出したのを見て慌ててついていった。
調査団上層部を追い出した会議場に着くと、テルルは、向こうで並び立つ東西の士官たちへそれぞれ指揮を執る将軍を睨んでビリユイに顔を寄せた。
「アイツは何のためにいるのよ。私たちが自由に軍隊を使えないんじゃ、支配してる意味ないじゃない!」
「……ホント、あんたって察しが悪いのね」
「あ、あんたが説明しないのが悪いんでしょ!?」
テルルが思わず会議机を掌で叩くと、ビリユイは面倒臭そうにため息を漏らしたあと口を開いた。
「あの男は、いわば我々とシュレイドを繋ぐパイプ。東西シュレイドが何百年もほぼ交流がなかったぐらい、知ってるでしょ。ハンターズギルドの人間ながら東西シュレイド両国の王族や領主に広く顔が利く、唯一の人材なのよ」
説明を受けたテルルは眉を顰めた。
「……なら、せめて行動はきつく縛っときなさいよ。そんな奴が裏切ったら厄介に決まってるわ」
「そりゃ、内心裏切る気満々でしょうね」
頬杖をついたまま答えたビリユイにテルルの肩がたじろぐ。
「アレは、とある作戦で調査団と一時協力関係にあったらしいわ。今回は、敵のフリして奴らを庇うつもりなんじゃない?」
「『じゃない』って……」
「だから泳がせとくのよ。相手が尻尾出すのをゆっくりと待つの」
立ち上がりかけたテルルを制するようにビリユイが言い放つが、彼女はますます目をつり上げるばかりだった。
「そんな呑気なことしてる暇は私たちにないわ! 他にやらせるとして一体誰が……」
「あんたよ」
ビリユイが差す尖った指は、テルルの鼻先に向いていた。
呆然とする彼女を差し置いて、氷のような色の髪を持つ魔女は立ち上がった。
「あんたは将軍の動きを監視しといて頂戴。私はセーラー戦士たちと
彼女は、颯爽と敬礼する兵士の間を通り過ぎていった。
取り残されたテルルは1人、歯を噛み締めた。
「何が、ウィッチーズよ……!」
──
「……古龍には一切手を出さない、ですって?」
工兵集団がシャベル片手に資材を引く軍馬を引き連れ、門の外へ出ていく。
それを横に、テルルは会議場に呼び出した将軍から話を聴いていた。
「はい。極力相手を刺激せず、防御陣地を強固にします。それでも侵入を許した場合は一部調査団員の手も借り……」
「手を借りるぅ?」
ただでさえ顔を歪ませていた乙女の口から素っ頓狂な声が飛び、ますます表情が疑念に歪んでいく。
ビリユイから聞いた言葉が、毒のようにじわじわと彼女の心境へ影響を及ぼしていた。
テルルは、将軍の前で机に拳を勢い良く叩きつけた。
「あんた、あの野蛮人どもを信用するつもり? こちらがこの大陸にビビってるって思われたら、いよいよ思い上がり始めるわよ!」
将軍から指示を仰ごうとしに来た士官が、一瞬肩を浮かせて立ち止まる。
将軍自身も急に冷静さを失い始めたこの魔女を相手に、半ば困惑気味の表情を浮かべていた。
「……では、どうされるおつもりで」
会議場に沈黙が横たわった。
いつの間にか、監視される調査団員までも興味を引かれていた。
テルルはまず、軍馬が引く鋳鋼製の車輪付野砲を見かけると、それを指差した。
「まず砲兵隊が森にいる対象へ砲弾の雨を撒く。千発も降らせれば、森林なんて更地にできるわ」
続いて彼女はぎらつく目で、机の上に敷かれた地図を指でなぞる。
「海に逃げた際は東シュレイド軍艦の火砲で迎撃し、地上を走ってきた時は歩兵部隊が一斉射撃。音速の弾雨のなか、古龍は何も分からないうちにミンチと化す!」
そう、ご満悦な表情で語ってみせる。さも眼前で実際に、銃砲に囲まれ悲鳴を上げる龍の姿が見えているようであった。
いままさしく狼狽の表情を浮かべる将軍とは、綺麗な程の対を成していた。
しばらくの無言のあと、将軍は自身を落ち着けるように軽く咳払いをした。
「ミンチ、ですか」
「だってそうでしょ」
テルルは、当たり前だと言わんばかりにせせら笑う。
「刃と矢が通る奴らが最新鋭の銃火器に敵う道理がない。何より、ライフルはボウガンなんかと比べ物にならない射程があるのよ。何百m先からでも一方的に蜂の巣にでき……」
「その蜂の巣は……古龍にとって、蚊柱かも知れません」
極めて慎重に、一歩一歩踏み出すように将軍が呟いた。
テルルの口端がピクリと動いた。
「正直にお伝えします。例えば我が軍の小銃は射程、反動、携帯性などの面で優れておりますが、あれから鉛弾を撃って竜たちに与える傷はたかが知れています」
両脇の歩兵が担ぐ木製ライフル銃を横目で見た将軍は、次にハンターたちから取り上げたボウガンを指差した。
そのボウガンの一種は、ライフル銃どころか人の背丈をも超える銃身を誇っていた。
「狩人が扱うボウガンは──名前で誤解されているかも知れませんが、実際は弾丸を使います。一匙で家屋を吹き飛ばせる威力の火薬粉と、凡百の金属より比重の優れる骨や実から調合されたものです。いわば小型爆弾に近い代物を、あの大口径と長銃身から撃ち出します」
話を聞いていた士官は身体を硬直させ、周囲の調査団員たちに恐々とした視線を送った。言葉の分からない団員たちは、戸惑う他なかった。
「こうやってボウガンのみをとってみても、狩人の武器は我々の想像を遥かに超えたものです。翻るとモンスターとは、
実質的に自分の意見を否定されたテルルは当然面白くなく、かつかつとヒールの踵で床を鳴らす。
「……何なの、野蛮人どもの肩を持つつもり?」
「私は事実を述べているまでです。それに、問題は兵器のみに留まりません」
将軍は後ろに腕を組み、アステラに駐留する兵たちを広く眺めた。
彼らの一人一人が煙草を吸い、神に祈り、本を読み、水を飲み、砲を運び、銃を拭き、海を渡ってきた愛馬を撫で、それぞれが己の場所で思うように過ごしていた。
「我が軍のほとんどの兵は鳥竜すら見たことがない首都の聖職者と傭兵、そして貴族の将校ばかり。しかも東西シュレイドは長年の国交断絶により、連合軍と称するにはあまりに付け焼き刃な代物です。彼らが古龍を見たら、連携以前に防御行動すら行えるかどうか」
兵の中で先の事実を知って怯える士官を垣間見て発した言葉は、どこか憐れみさえ伴っているようだった。
そこまで言ってから、将軍は息を呑み、テルルへ毅然と振り向く。
「そも此度の作戦の目的はセーラー戦士の拘束であり、古龍の討伐ではありません。軍隊とは一介の人間が気ままに操れる人形ではないことをどうかいま一度、ご認識頂きたいのです」
彼の言葉には隠しきれない熱量が籠もっていたが、対するテルルの反応は冷やかだった。
「ほお。じゃあ、お前は私を一介の人間だと言いたいのね?」
「そうではありませんが、軍事分野についてご存知とは知らなかったもので」
「それ以前に、お前と私とでは文明のレベルってのが違うのよ!」
いよいよテルルは苛立ちを露わに声を張り上げた。
「私のいた世界ではあんな銃砲どころじゃない。戦となれば鉄の馬で何km先から砲弾を何百と撃ちこみ、鉄の鳥を使えばあの森すべて更地にできる! 悪魔の火があれば街丸ごと木端微塵よ!」
「なるほど、素晴らしい文明をお持ちですな……それで古龍を倒したとして、その後はどうなされるおつもりです?」
文明人の脅しにも、将軍は全く動じなかった。
「どうも貴女様は目の前の手柄に焦っているように感じられますが、古龍とは世界へ多大な影響を齎す生物。たとえ今日勝利の牙城を築いたとして、明日に足下から古龍が支えていた土台ごと揺らがないと……自信を持って言い切れますか?」
静かながら必死に諭すような口調を前に、舌打ちが鳴った。
「あぁ……もう、めんどくさい」
テルルは将軍に近づくと同時、士官から見えないように、懐から取り出した種をその足下へ落とした。
細い植物の根が、蛇のように種から飛び出す。
それが驚く隙も与えずに将軍の身体を這い、コートの内から頸へ差し掛かった。
テルルは、一瞬で生殺与奪の権を握られた将軍の耳許へ唇を近づけた。
「東西シュレイド連合軍将軍……内乱首謀の疑いにより任を解く。これからは私が指揮官よ」
「テ……テルル様……っ」
「貴様も、所詮はあの野蛮なサルどものお仲間だとはっきりしたからね」
将軍よりずっと若く見えるその緑髪の魔女は、戸惑う士官の前でにっこりと微笑んで囁いてみせた。
「あんたはこれから、私の言葉を士官に伝えなさい。ただ、あの女にだけは悟られないようにね」
──
「きゃあああああああっ!!!!」
テルルが秘密裏に軍の掌握を決意した、その一方で。
アステラの地下では、休むことなく少女たちの悲鳴が木霊した。
ビリユイは雷を止めて、地に伏せる火傷だらけの彼女たちを見下した。
「そろそろ話してくれない、セーラー戦士さん? お前たちのもう
少女たちは頑として答えない。
「まぁ、当たり前よね。身内のことは可愛いもの。それならいっそ、もっと突っ込んで聞きましょうか」
ビリユイは屈み込み、戦士たちの顔をより近くから覗いた。
「調査団がひた隠しにしてる、龍結晶の地で起こったことを教えなさい。どうも、私たちの計画にとって重要な可能性があるらしいからね」
少女たちは、一斉に唾を呑んで互いの顔を見合った。
あの、ネルギガンテのことだ。
動揺を隠すように、ビリユイから目線を離す。
「ヒントだけでも結構。協力してくれれば、今回だけは手を引いてやらないでもないわ」
しばらく、兵士たちの喧騒と足音ばかりが地下牢に響いていたが。
「……みんな、ごめん」
「レイちゃん……」
「調査団の人たちには悪いけれど──仲間を差し出すなんて出来ない」
「駄目っ……! 」
「それは調査団だけじゃなく、うさぎちゃんの想いを裏切るも同じだよ!?」
亜美に続いて、まことまでも声を上げた。
しかしレイは俯いたまま、
「蒼い結晶が研究基地に置いてある。それを調べれば、全て分かるはずよ」
這ってまで発言を止めようとしていた美奈子は言葉を失った。
「なんて、こと」
彼女は大袈裟なほど肩を震わせた。
「う……う、裏切り者! ひ、ひひ、人でなしぃ──っ!!」
詰まりながらも、声を振り絞って叫ぶ美奈子。
それにしばし呆気に取られた様子であった仲間たちであったが、すぐ続いて普段は言わないような罵声をいきなり浴びせ始めた。レイは、目を瞑ってそれを耐え忍ぶ。
ビリユイはそんな少女たちを見下して、満足そうに冷たい光を帯びた笑みを浮かべた。
「ふふ、仲良しごっこもこれで終わりってわけね」
彼女は六花がはらりと舞ったのに気づいて、寒風を見上げた。
「さて、そろそろ始まるわね」
──
うさぎの手は、勝手にスリンガーの引き金を引いていた。
金具に装填されていたはじけクルミが、金火竜の腹めがけて迷わず弾き出されていた。
金火竜は衝撃に一時怯むが、空中ですぐ体勢を立て直す。
彼女は翼を翻し、うさぎの側面へ旋回。
ほんの1秒後、地面を抉り飛ばす尻尾が迫った。
それすらも少女は避け、睨んで、歯を食いしばって、反射的に大剣を振り上げた。
脚の爪に大きく弧を描いた大剣の白刃が掠り、火花を散らした。
その結果を見た蒼い瞳孔は見開かれ、一切の動揺なく目前の状況を把握していた。
「浅いッ!」
金火竜は翼をもう1回羽ばたかせて後退し、地上へ唸りながら着地した。
大きな声で嘆いたうさぎは、大剣を一旦背にしまう。
次に動こうとして何かに気づき、不意に自身の胸に手を当てた。
「あれ」
後になって気づいたことだった。
彼女は今さっき、相手をただ、己を殺す能力を持った肉塊として見ていた。
かつて救った命と対峙する悲しみなど、完全に忘れ去り。
最大限の攻撃を真っ先に考えた自分がいた。
「……何で」
この子がいる卵を護った時は、心はセーラー戦士のままだとちびうさに告げた。
しかし、今は。
「全然、悲しくないの」
軍隊や兵器の描写について(特にボウガン辺りの説明)、ミリタリー知識ゼロから調べてるのでガバガバなとこもあると思われますがどうかご容赦を…。シュレイドの軍事レベルは近世~近代ヨーロッパを想定。