セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて   作:Misma

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かなりプロットを変更したので、投稿が遅くなってしまいました…。


月と六花が零す悲哀④(☽)

 テルルが将軍から指揮権を奪ったことで、東西シュレイド軍は方針を変換した。もとい、させられた。

 来たる冰龍イヴェルカーナへの迎撃準備は、古代樹の森からモンスターたちが軒並み姿を消したことで順調に進んだ。

 連合軍は魔女の指示に従って、各所に隈なく兵器を送った。

 軍靴と蹄と車輪が休む間もなく行き交い、地面に大きな溝を作り上げた。

 2日目にもなると、古代樹の森は兵器に囲まれた要塞と化した。

 そして、準備開始から3日の明朝。

 東シュレイドの将校の1人が会議場の木板を踏み、ビリユイの前で敬礼した。

 

「冰龍が北の荒地を飛び立ったとの報せが届きました。あと半日ほどで作戦地帯に侵入すると思われます」

「じゃあアイツが研究基地から帰ってこないうちに、ちゃっちゃとやりましょうか。行ってよし」

 

 将校が、再び敬礼をしてその場を去る。

 テルルは最大の敵(ビリユイ)がいないことに安心してか、如何にも権力者らしく腕と脚を組んで座っていた。

 ふんぞり返った身体が丸ごと回転して、前で黙って佇む将軍の方を向く。

 

「ねえ、将軍。こっちに来てくれない?」

「……はい」

 

 テルルは、近づいた将軍に掌を向けた。

 直後、床の下から突き出たツタが、瞬く間に将軍を絡めとる。

 

「テ、テルル様!?」

「聞いたわよ、前線の士気が下がりに下がってるんですってね。あまりにあんたが前に出ないんで、兵士にも不安が広がってるって!」

 

 テルルは立ち上がると、宙に浮く将軍の口髭をつねって引き寄せた。

 

「兵士を鼓舞するのがあんたの役目でしょ! 無言の抵抗だなんて無駄なんだからね!」

 

 罵声に、将軍はやむなく頭を下げた。

 そして頭を上げると同時──

 ツタを振り切って取り出された拳銃が、彼自身のこめかみに口を向けていた。

 テルルは、不愉快そうに眉を歪めた。

 

「テルル様、どうかこの作戦を中止して下さい。でないと私は、この引き金を引かねばなりません」

「……驚いたわね。せいぜい小言しか言えないと思ってたわ」

「あなた方が私を殺せないのは分かっています。私がいなくなればたちまち軍の士気は下がり、アステラの支配維持も困難になるでしょう。それでもなお、私に命令をなさいますか?」

 

 テルルの瞳は相変わらず冷やかだった。

 

「仮に貴方がいなくなったら、調査団はどうなるのかしらねぇ?」

 

 固く結ばれていた口の端が動く。

 

「統率を無くして混乱した部下が()()()()誤射、なんてことがあるかも」

「……っ」

「将軍、どうかお気を確かにっ!」

 

 一瞬気を取られたところへ、士官が部下たちと共に突っ込んだ。

 

「ぐぅっ!?」

 

 数人がかりで何とか拳銃を奪い取る。

 テルルはツルを解除して拳銃を取り上げると、一息ついた士官の耳元に唇を近づけた。

 

「私の前で凶器を隠し持つなんて、将軍は重なる激務でご乱心のようだわ。執務室にお連れしなさい」

「……将軍、どうかご無礼をお許しください」

 

 士官は頭を下げると兵士を引き連れて将軍へ丁重に布を被せ、会議場から退いた。

 やがて彼女は席から立ちあがり、扇子で自身を扇ぎながら言った。

 

「さて、調査団上層部の方々を4階にご招待しましょうか。彼らが見たことのない狩りを見せてあげなくては」

 

──

 

「しょ、将軍ッ!?」

「……なるほど、君たちもここに幽閉されていたか」

 

 薄暗いアステラの地下に連れられてきた男を見て、牢に入れられたセーラー戦士たちは驚愕した。

 将軍は彼女たちと向かい合わせの絨毯の引かれた部屋にいた。

 彼の立場を考慮してか、手錠や鎖の類は繋がれていない。

 

「もしかして貴方、調査団を護ろうとしたんじゃ」

 

 亜美の発言に、将軍は眼を丸くした。

 

「なぜ、そう思う?」

「前に聞いたことがあったんです。貴方と調査団がある一大作戦で協力したことがあったって」

「……6期団と呼ばれているのは知っていたが、そこまで聞いていたとは。関係は良好のようだな」

 

 答えを聞いた将軍は檻の向こうで目に入っていた力を緩め、微笑んだ。

 その敵意のなさを見て、まことは息を呑み。

 枷が格子に当たって大きな音を立てるのも厭わず、格子を引っ掴んだ。

 

「今の状況はどうなってるんですか!? 調査団のみんなは……!」

「安心してくれ。調査団に犠牲者は一人も出ていない。ただ、不測の事態が起こった」

 

 将軍も腕を組みながら立ち上がり、格子越しに戦士たちとの距離を縮めた。

 眉を歪めて、拳を握り締める。

 

「テルルが、私から指揮権を完全に奪った。彼女は、ここに迫る冰龍イヴェルカーナを銃砲を使って迎え撃とうとしている。そして彼が古代樹の森に入るまで、あと半日だ」

「イヴェルカーナ!? 何でアイツがアステラに!」

 

 彼の名を聞くのは、滅尽龍との戦い以来だった。

 美奈子もまことと同じく、鉄格子から顔がはみ出るほど詰め寄った。

 

「それは私にも分からん。ただ、凄まじい勢いであることだけは確かだ」

 

 これから起こりうる出来事を予想してか、下を向く男の歯はきつく噛み締められていた。

 

「こうなってはもはや、君たちの仲間の願いは……すまないが、もう」

「いいえ。叶えてみせます」

 

 将軍が顔を上げると、レイの紫の瞳が闇の中でもまっすぐに輝いていた。

 

「……楽観的だって思いました? あたしたちにはあの子が繋いでくれた、とっておきの秘策があるんです」

 

 将軍の心の声に答えるように、彼女は傍にある木箱に掌を乗せた。

 

「その前半は既に済ませました。後のことは調査団に任せてます」

「なるほど、それは心強い。しかし、仮にもだ。それより先にシュレイド軍が冰龍を刺激すれば────」

「あたしたちは、彼らのことをある意味信用してるんです。人生で一度もモンスターを見たことがないという、彼らの心を」

 

 亜美が、将軍の心配を打ち消すように言い連ねた。

 

 彼女たちはここに来るまでにシュレイド軍の様子を目にしていた。

 セーラー戦士たちを拘束しただけで平和がやって来ると信じ、へらへらと笑い合う一般兵たち。

 そしてそもそも此度の遠征自体を望んでいない、1人の少年兵。

 

 明らかに彼らは対古龍の準備どころか、心構えすらしていない。

 そもそも兵士の武装が対人用の小銃が主力である時点で、彼らの関心が人にしか向いていないことは明白だった。

 

「ほとんどの兵士は古龍と戦うことなんか想定してません。将軍さんもそれは同じだし、古龍と戦えだなんて事前に言ってないでしょう?」

「確かにそれはそうだが……」

「テルルが勘違いしてるのは、シュレイド軍だってもとを正せばあたしたちと変わりない一般人ってことです。人生で初めて古龍を前にして、攻撃できる胆力があるとは思えません」

 

 口籠った将軍を他所に、次に美奈子がにっこりとして亜美へ頷いた。

 

「そうね。あたしたちだって、炎王龍を見た時は動けなくなるくらいだったもの。どんなにテルルが命令したって、すぐ逃げ帰るに決まってるわ!」

「…………」

 

 将軍が発しようとした言葉は、少女たちの情熱の前に搔き消された。

 

──

 

 1階で新大陸各地との連絡を担当する物資班リーダー──褐色肌の軽装の女性──は、忙しなく手元のリストを埋める手を動かしていた。

 物資補給を担当する彼女の仕事量は、急激な人口増加により補助を得ねばとても立ち上がらないほどになっていた。

 物資班リーダーはやがて溜息をつくと床に座って首を回し、凝り固まった肩を揉んだ。

 

「まったく、軍隊様ってのは大飯食らいねぇ! 多く見積もってもあと3日でセリエナの備蓄食糧も尽きちゃうわ」

「1000人も一斉に来りゃー、そうもなるわい」

 

 そう吐き出す女性の隣には、技術班リーダー──探検家じみた格好をした竜人族の老人──が、むすっとした顔で床に胡座をかき、白髭をつねっていた。

 

「なら尚更、コイツらを早く各所に配ってあげないとね」

 

 物資班リーダーは、研究基地から現地で中身を点検のうえ搬送されてきた木箱を、それらの積まれた山へ新しく積み上げた。

 そこで隣で本を読んでいた研究班のリーダー──長身で見た目の若い竜人族の男学者──が顔を上げる。

 

「何やらあちらが騒がしいようですが……」

「あと、半刻だ! 半刻で、冰龍が来る!!」

 

 叫びの根源は、監視塔から連絡を伝えにきた兵士だった。

 途端、アステラは蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。

 

「おい、半日後って言ってただろうが!」

「それが、急に真っすぐ速度を上げ始めたようだ!」

「事前の説明では、こういう時は調査団にやらせるって聞いたぞ……」

「馬鹿、それは無しになったんだよ。テルル様の指示でな!」

「ほ、本当に来るのか、こんな状況で?」

 

 錯綜する情報と喧騒のなか、

 

「いつまでもくよくよめそめそしやがって。お前らそれでも軍人か!?」

 

 名もなき兵士が一際目立つ野太い声で叫んだ。

 

「だ、だってよ、ハンターの力も借りられないなら、もう後に退くしか」

「ここに来たなら、退いた先にあるものは分かってんだろ! それとも3ヶ月前のあの日を、もう忘れちまったのか!?」

 

 男は鬼のような顔で、臆病風に吹かれる兵士の肩を鷲掴んだ。

 

 

()()鉄の鳥が、王都に爆弾を落としにくるぞ」

 

 

 しんと場が静まり返った。

 一同の頬は強張り、すっかり青ざめていた。

 

「奴らは一方的に王領に侵入した挙句、俺の親も妹も吹っ飛ばしやがった。だが、軍は何も出来なかった。鉄の鳥は、砲弾の届かない高空を飛んでいたからだ」

 

 並みいる兵士たちの顔は悲痛であった。3ヶ月前を思い出したのか、啜り泣き、涙を流す者すらいた。

 

「しかもあの異界人たちから幻の銀水晶とやらを奪わなければ、あんなのがいくらでも湧いてくる! また繰り返したいのか。1000年前にシュレイドを東西に分けた、あの悲劇を!」

 

 やがて、男たちの織り成す恐怖に憎悪が入り芽生え始める。たった1人の兵士の言葉が、それを後押ししたのだ。

 

「このアステラはシュレイドの、いや、人類の砦なんだ。今やそれを我々は死守せねばならない! 我々の故郷を、愛する人を、外なる脅威から護る。それが俺たちの義務……いや、使命じゃないか!!」

 

 割り入って注意しようとしていた士官も黙して俯き、帽子を深く被った。

 それ以上、反対する者はいなかった。

 

「クソッ、やるしかねェのかよ」

「前には竜、後には異界人……どうせ死ぬなら、前へ進んで死ねってか」

 

 男たちは粛々と、出撃に取り掛かった。

 それを見て、士官は静かに告げた。

 

「皆の者に告ぐ。準備が整い次第、各部隊に分かれ門の前に並べ」

 

──

 

「なんで、僕が……」

 

 少年兵は、半ば呆然と小銃を抱いて戦列歩兵の集団にいた。

 至る所から王都ヴェルドを表す赤い国旗が突き出て、はためいていた。

 後方からは、太鼓に合わせて勇壮な行進曲が流れてくる。

 

「とことん運が悪いな。調査団を見張ってるだけの仕事って思ってたのによ」

「いきなり将軍の気は狂うし西の馬鹿が俺たちまで道連れにしてくるし、今日はなんて日だ!」

 

 横で聞こえた東シュレイドの傭兵たちの愚痴は、実にごもっともだった。

 まさか竜を狩れと言われるなど、誰も予想していなかったのだから。

 しかし。

 

『もうきっと、後には戻れない』

『どうせ死ぬなら、前に進んで死のう』

『故郷のために戦わなかった臆病者として帰るよりはよっぽどマシだ』

 

 あの名もなき青年の一言に従うように軍隊の雰囲気は『徹底抗戦』へ一気に傾き、アステラ中の兵士へ伝染した。

 諦めと勇気が重なり合った、奇妙な現象だった。

 そして半ばヤケクソか狂気にも似た熱狂が、少年をいつの間にか戦列へ加えていた。

 

「補給兵だって……後ろで見てるだけで良いって、言ってたのに」

 

 少年兵は周りよりも一回り小さい背を屈めて額を銃身につけ、消え入りそうな声で呟いた。

 顔を上げてみれば、暗い顔か、無理やり己を奮い立たせる顔、その2種類しかなかった。

 あの勇壮な演説が終わってみれば、シュレイド軍はやはり人間の集まりだった。

 それを見た少年兵は、本当にほんの少しだが、緊張続きだった顔を緩めた。

 

「ああ、そっか。従ってるだけか。僕と、同じだ」

 

 金髪の幼さが顔立ちにまだ残る少年にとって、歩兵の戦列は角砂糖に連なる蟻に見えた。

 軍隊が戦という餌を得るために、前の者に続く本能に従って動く。

 まさしく幾程も立ち止まる余裕すらない、単純な動物たちの集団であった。

 

 東シュレイド軍が土嚢を積んで築いた防御陣地の隣を歩んで向かった先は、古代樹の森最南端の広大な平地。そこにも土嚢によって造られた掩体が拡がっていた。

 持ち場にやって来ると少年兵はいよいよ諦めて、見よう見まねでライフルの装填を始めた。

 

 ハッチを開けると見える小銃の薬室に、支給された金属製銃弾を込めていく。

 彼の武器は、銃口に螺旋状の溝が彫られたライフル銃。200m以上の射程を誇り、しかも一度の装填で4連発が可能な最新式だ。

 全装填したら引いていたボルトハンドルを前方へ押込み、横倒し、薬室を閉鎖する。

 これで、いつでも引き金さえ引けば一発撃てる状態だ。

 

 脈絡なく、地面が轟音を立てて跳ねあがった。

 

 少年兵が土嚢の山から顔を出すと、既に森のあちこちから煙が上がっていた。

 計50門以上の野砲が、一斉に周囲の空気をつんざいたのだ。

 火花と白煙が、並べられた砲口から突き上がった。

 黒い玉が何十本も飛び、円弧を描く。

 それらが続けざまに甲高い下降音を残して森林の北側に降り注ぎ、土を垂直に巻き上げ、幾つかの草木を吹っ飛ばす。

 

「終わってくれ、終わってくれ、終わってくれ……」

 

 隣の兵は、両耳に指を突っ込んで震えていた。

 幾つかは古代樹そのものに直撃、爆煙のなかに木肌を包み込んだ。

 遅れて、分厚い白煙が濛々と立ち上がった。

 

──

 

「素晴らしい景色ね。まさに、新時代の到来ってとこかしら」

 

 アステラの4階に設置された『星の船』と呼ばれる集会所で、テルルは火煙に包まれる古代樹を望遠鏡で眺めていた。

 やがて筒から目を外し、扇子を取り出し、部下に用意させた豪華な椅子に腰を埋まらせると、

 

「貴方たち。私と取引しない?」

 

 集められて雲霞の砲火を見せつけられる調査団上層部へ、畳んだ扇子を突き付けた。

 

「ビリユイは冷酷なヤツよ。薄々気づいてるでしょうけど、セーラームーンが結んだ契約は罠。最初っから、調査団もまとめて始末しようとしてる」

 

 薄っすらとした笑みを浮かべ、脚を組み替えた。

 

「その点私と組めば、裏からこの軍隊で調査団の独立を護ってあげるわ。どう、悪い話ではないと思うけれど」

 

 砲声が二度三度木霊するなか、テルルは面々に考える時間を与えた。

 調査班リーダー、総司令、大団長は、互いの眼を見回すように覗いた。

 

「……なぁるほど。わざわざここに俺たちを呼び寄せたのは、こうやってビビらすためか」

 

 緑髪の魔女は、ふふ、と少女らしく笑ってからそっと舌なめずりをした。

 

「決めるなら早くした方がいいわよ」

 

 その中、調査班リーダーが落ち着きのなく険しい顔で進み出る。

 

「失礼いたしますが、土壇場でそのような誘いをされるということは……()()は、本来あった計画ではない、ということでしょうか? 補給や兵たちの安全はどのようにお考えで」

 

 テルルはその青年の言葉を絶ち切るように、顔をあからさまに不機嫌に歪めた。

 睨みを利かせながら、彼女は椅子の手すりを叩いた。

 

「誰が何を言おうと、これは侵入者に対する正当防衛。感謝こそされても、恨まれる筋合いは一切ないわ!」

 

 それで調査班リーダーが気圧されることはなかったが、代わるように色黒の燻銀の老人が青年の肩を引かせた。

 総司令である。

 

「正当防衛……なるほど、一理ある」

「じ、じいちゃん!」

「故郷の防衛、文化生活の維持、異種との生存競争。方法違えど目的としては、我々が日頃していることとさほど変わりはありますまい」

 

 総司令は、砲撃の雨の横に連なる歩兵が成す長蛇を、じっと見下ろした。

 

「ならばこそ、その実力が調査団を護るに足るか、しっかりと確認させて頂きたい。現状の成果報告なら、時間もそうかからないはずです」

「じいちゃん……それ本気で言ってんのかよ」

 

 孫の問いに祖父は視線をぴくりとも動かさなかった。

 

「おいおい、若きリーダー。直情的なのは良いがここはひとつ、冷静になったらどうだ」

「だ、大団長まで!」

「たまにゃあ、目ざとく時機を嗅ぎつけるってのも重要だぞ?」

 

 壮年の男はにやりとして、太い指で自身の鼻を指差してみせた。

 調査班リーダーはそれを見て怪訝に目を細めたが。

 しばし考えるように目を閉じたかと思うと、動揺を納めて振り向いた。

 

「……分かりました。では、お願いします」

 

 それを見たテルルは諦めと取ってふんと鼻を鳴らすと、

 

「よーし分かったわ。碌な反撃もないし、もう死んでるでしょ。ほら、斥候兵!」

 

 命令を出された兵士は、敬礼して下階に降っていった。

 

──

 

 およそ30分後、何百発と続いた火煙の嵐は一旦止んだ。

 それでもなお、夥しい量の白煙と塵が太陽をも覆い隠すほどに膨れうねっていた。

 

「……終わったか?」

 

 耳を塞いでいた少年兵は立ち上がって、再び古代樹の森を見上げた。

 空気の唸る音以外は何も聞こえない。

 北部で確認、交戦した龍からの反撃は一切なかった。北部より損害の報告もなし。それどころか、煙の量からして既に攻撃が終わった可能性すらある。

 念のための状況確認として、現在両軍の斥候が北部へ馬を走らせているところだ。

 

「あれ、これは」

 

 誰かの一言を機に、兵士たちは空を見渡した。

 いつの間にか天に広がった鈍色から、白い結晶がちらほらと舞い降りてきていた。

 

「まさか、雪か」

「こんな蒸し暑いところで……?」

 

 思わず見とれて少年兵が広げた掌に、一つの結晶が落ちかけた時だった。

 緩みかけた兵士たちの顔をぶつように、一挙に冷気が垂れ込んだ。

 

「わぁッ!?」

 

 少年兵は思わず、逆さ竜のお守りを握って土嚢の山に潜った。

 小鹿のように縮こまって、ひたすら凍て風に耐える。

 1分ほどして、やっとそれは静まった。その時には既に先まであった蒸し暑さは打って変わって、雪積もる厳寒へと入れ替わっていた。

 何も分からないまま戦列が体勢を立て直したところへ、森の中から紅服の斥候が躓きつつ走って来た。

 

「う、ぅうっ、うわあ、ぅあああああっ」

 

 何かに取り憑かれたような凄まじい形相で、這い這いの体で隊列へと辿り着く。

 それから掩体の間を転びながら、将校の下へ駆けた。

 

「……どうしたんだ」

 

 斥候の来た雪道に点々と赤い印が付いていることに、気づくものはほぼいなかった。

 報告を聞いた馬上の将校は、一気に戦慄の表情へ様変わりした。

 

「11時の方向、構え────ッ!!」

 

 兜を被った赤服の兵士たちは突然の号令に、戸惑うままに銃口を掲げた。

 

「その場、待機!」

 

 兵士たちの顔に、一気に緊張が宿る。

 沈黙を続ける古代樹。

 間もなくして、斥候が出て来た木陰から冷気が漏れ出した。

 

「おい……あれ」

 

 第一発見者は、左翼最前方列の兵士だった。

 彼は早くも、冷気の周囲の植物がしなやかさを失い彫像となっていくのを見つけた。

 植物だけではない。羽虫も、地面も、水たまりも、霜が這うことで色彩を失っていく。

 後に残されるのは、白蒼だけ。

 

 寒風は一層強くなる。

 温暖気候に慣れ切った西シュレイドの横隊は既に柔軟性を欠き始めていたが、それでも、彼らのまつ毛が凍りかけた青白い顔は、氷霧と共に出でる者を、瞳を満開にして見つめていた。

 

 銀箔の氷冠を被った蒼き騎士だった。

 彼らの日頃見るトカゲより少し大きいどころではない。

 彼は、悠然と30m近い全長の肢体を揺らしていた。

 身体と比較して細やかな四肢は、貴人の如き優雅さを以て踏み出される。

 背中からは、氷の花弁とでも形容すべき玲瓏の翼が『咲いて』いた。

 

「あ、あれが、竜?」

「お……大きすぎやしないか」

 

 歩兵たちのざわめきと一緒に、少年兵の腕の震えはいよいよ激しくなる。

 一方の、冰龍イヴェルカーナ。

 森林で集中砲火を浴びたはずの鱗には、一点の傷もなかった。刃物のように切れ長の瞳も、兵士の誰にも向いていない。

 

「か……構えぇぇっ」

 

 将校はサーベルを振り上げて叫んだ。

 彼は何としても、未だ恐れ慄く歩兵たちを導いてやらねばならなかった。

 

「いいか、撤退の先には死しかない! 我々が何としても、アステラを守り抜くのだ!」

 

 大隊がいるのは、龍からすれば十分遠い距離だ。

 

「すべてはシュレイドのために! 世界のために!!」

 

 幸いなことに、歩く冰龍の意識はこちらに向いていない。仕留めるなら今が時機であった。

 前方の歩兵たちが、既に弾の込められた銃口を土嚢の間から龍へ一気に向ける。

 冰龍は異変に気付いたが、それでもいきなり襲うことはない。

 興味を引かれたのか、観察するようにゆっくりと、ゆっくりとにじり寄って来る。

 横隊は引き金に手を添え、沈黙を保つ。

 後は射撃号令があるまで、じっくりと待機する手はずだった。

 

「あっ……ああぁっ」

 

 しかし一人の兵士の手が滑り、いち早く引き金を引いた。もしくは、引かされた。

 ぱぁん、と火薬の弾ける音が鳴った。

 

「撃っ、撃てぇ────っ!!」

 

 半ばその流れに後乗りする形で、紅の兵士たちは一斉に引き金を引いた。

 雪崩を引き起こしたように次々と火薬音が連なる。

 

「……」

 

 その100mほど先にいた冰龍イヴェルカーナは、微動だにしないまま凄まじい量の白煙に埋まった。

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