セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて   作:Misma

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月と六花が零す悲哀⑤(☽)

 うさぎと金火竜との戦いが始まってから、1日ほどが経った。

 2度目の満月が昇った今宵も、導きの地は荒れに荒れる。

 戦場は、塔──まさしく、新大陸最南端にある古代樹と瓜二つ──のように聳え立つ森林地帯だった。

 

 リオレイア希少種が、距離を急速に詰めながら毒尾を薙ぎ払う。

 頭を逸らしたうさぎのすぐ横に、毒が垂れ、僅かに生え残っていた雑草を急速に枯らす。

 間断なく金火竜が頭上で身体を捻るのを見て、少女が転がって離脱した。

 

 全方位の空間を、宙返った尻尾が連ね打つ。

 

 うさぎは身を超える大剣を脇から振り下ろし、隙間を縫って空中にある腹へ叩きつけた。

 金火竜はすかさず滑空により反撃。

 強烈な風圧で、うさぎは大剣を盾にすることを強いられる。

 

「やっぱり、そんな簡単にはっ」

 

 この金火竜には、本来なら生物に付き物である疲労や怯みといった所作がない。

 幻の銀水晶が与えた膨大な生命力か、それとも生物の範疇を超えた激情が原因か。

 とにかくそのせいで、うさぎは常に気を張り巡らせてこの際限なく猛り狂う怪物を相手にせねばならなかった。

 

 地上に降り立った金火竜が翼を広げて仁王立ち、吼えた。

 胸元と喉が内側から鱗を超えて紫光に満ち、口からは蒼い焔が漏れた。

 うさぎは反射的に籠手で片目を塞いだ。

 

「また、劫炎状態……!」

 

 金火竜は即座に、蒼い炎を噴きかけた。

 代謝活性化により熱量と破壊力を増した火球は、通常のそれを遥かに超える範囲で着弾地点を吹き飛ばす。

 左右に火球を撃つことで逃げ道を狭め、最後の劫炎を中央にいる標的へ撃ち放つ。

 

 うさぎは咄嗟の判断でスリンガーからクローを射出、その左肩に引っ掛けた。

 金火竜も素早く対応して尻尾で迎撃を試みるが、うさぎが僅か早かった。

 女王が宙返って大地を尻尾で抉った時には既に、少女は空に浮いた肩へしがみついていた。

 

 文字通り逆鱗に触れたのか、金火竜は翼を何度も上下させ、身震いする。

 しかし狩人(うさぎ)は離さない。視界の天地が元通りになってから、大剣の柄に足ごと乗っかり、それを真下へ蹴り込んだ。

 

 鱗の一部が飛び散る。

 視野に入ったその破片を、うさぎは地面に落ちながらぱしりと手に取る。

 

 金火竜は喉に怒りの炎を溜めると、息を吸って飛びあがった。

 次に前方へ空中を蹴り出し、舞空する。

 その動きは蝶のように素早く、巨体による重量などあってないようなもの。

 連撃から繰り出された尻尾が、少女の持つ大剣へ砲弾の如くぶち当たった。

 

「ぐぅっ……」

 

 宙を舞い、轟音を立てて落ちる大剣。

 うさぎは、それを後ろ目にひた走る。

 凝縮された火炎が、彼女を追いかけて射出された。

 

 彼女の背後で、蒼い火の玉が閃く。

 

 巨木を根から抉り、苔を剥ぐ衝撃。

 爆心地から辛うじて離れたうさぎの身体をも、光に伴う爆風が吹き飛ばした。

 

「ゴォゥゥオオオオオオオオオオオッッッ!!!!」

 

 金火竜は彼女を嘲笑うように見下し、咆えていた。

 かつて助けた生命は、今や無差別に大地を燃やす生命に。

 純粋で無垢だった瞳は、悪魔の如き貪欲と傲慢に満ちた瞳にすっかりと変わり果てていた。

 

「……森……が……」

 

 豊饒な植物の楽園は、うさぎが上体と共に視線を上げた時には、既にそのほとんどが熔け落ちていた。

 至る所から伸びていたツルやツタは、今や燃え盛るカーテンと化している。

 それだけではない。

 焼け出された女王の足下からは、炭化した生物たちの骨が種族を問わず露出していた。

 それは恐らく、彼女が平らげたであろう命の数の証。

 生贄たちの頭上で女王の頸を飾る宝石が、炎の玉座に照らされ光を踊らせている。

 

「……全部、あたしの、あの時の……我儘の、結果」

 

 あの時、彼女を救わなければ。

 この森が燃えることはなかった。無駄に命が食われることもなかった。

 そして、こうやって弱みを握られることもなかった。

 

 うさぎは拳を握り、悔いるように地面を見つめてくしゃりと顔を歪めた。

 しかし、それも一瞬。

 

「でも」

 

 歯を食いしばる。

 そして、もう一度標的を見据える。

 相手がくたばっていないと見るや、金火竜は既に走り出す用意をしていた。

 

「もう、あの時みたいに迷ってられない」

 

 うさぎは脚をばねにして、手ぶらのまま飛び込んだ。

 かつての保護者と庇護者の影は何処にもない。

 そこにいるのはただ、狩人と竜だけ。

 

 うさぎは金火竜へスリンガーを真っ直ぐ握る。

 先ほど鷲掴んだ鱗の破片をスリンガーから発射するが、金火竜には当たらず頭上へ素通りする。

 金火竜はこれ幸いと、尻尾で横殴ろうと大きく脚を踏み出した。

 

 直後、彼女の身体に燃え盛るツタが被さった。

 

「!?」

 

 スリンガーから撃たれた即席弾が飛んだ先は、金火竜の頭上にある巨木だった。

 うさぎは、ただ無意味に外したのではない。

 絶え間ない周囲の観察から見抜いた『天然の罠』を発動したのだ。

 いま、少女の狩猟技術は幾多の竜や龍との戦いを経て最高点に達しようとしていた。

 

 金火竜は思いの外しつこく絡んだツタを外そうと身体を捩る。

 が、外れない。

 その前で、うさぎは大剣の柄を再び掴み取る。

 僅かに震える目端を厳しく搾って。

 金火竜の頸の前で、その背を超える鱗と鉄の刃を背負い、力を込めた。

 

「貴女で全てを終わりに、するっ!!」

 

 全力でそれを振り下ろそうとした時、その頭上に伸びる大木の枝が弾け飛んだ。

 急速に迫る熱量に、うさぎは急いで回避する。

 大地が焦がされ、弾け飛ぶ。

 

 硝煙立ち込めるなか、大剣を杖代わりに立ち上がる少女をもう一つの紅が照らす。

 明らかに金火竜のものではない。

 光源は天からだ。

 

 見上げると、月に照らされた竜鱗が鮮やかに、冷ややかに、銀色で輝いていた。

 

──

 

「第二射、用意!!」

 

 時を前後し、古代樹の森の最南端の平地。

 最前線にいる西シュレイドの歩兵部隊は、冰龍イヴェルカーナに数百の鉛弾を一斉に喰らわせた。

 

「構え──ッ!」

 

 もう一度何百の鉛弾の詰まった筒が、土嚢の合間から突き出す。

 徹底された軍事教練により、彼らの動きは恐怖の張り付いた顔とは裏腹に、機械の如く迅速で精確だった。

 

「狙え────……撃てェ────ッ!!」

 

 獲物の死を願う鉛の雨が、もう一度降り注いだ。

 火薬の副産物たる硝煙に濃くなる吹雪が相俟って、兵士たちの視界を遮った。

 ここまで来ると、多少兵士たちの恐慌も和らいでいた。

 

「反撃がないぞ!」

 

 誰かがそう言うと、

 

「よし、穴だらけにしてやれ!!」

 

 勇気が瞬く間に感染していく。

 彼らの脳内においては確かに、白煙の向こうに穴だらけになった獣の姿があった。

 もはや兵士たちを止める者はいない。

 

「第三射、用意!!」

 

 冷気を伴った水が白煙を突っ切り、束となって横薙いだ。

 

──

 

「な、何があった!?」

 

 一方、東シュレイド王領リーヴェル隊の防御陣地。

 双眼鏡で平地の戦況を観察していた傭兵の前で、烈火の熱狂は零下の沈黙へ変わった。

 発砲に伴う白煙で、視界の一切は閉ざされている。

 

「おい、あれ」

 

 近くにいた傭兵仲間が、双眼鏡を覗く兵の肩を叩いた。

 時を同じくして、古代樹を覆っていた煙が風に流されつつあった。

 砲兵隊が何遍も砲撃に包んだ、あの巨大樹だ。

 ふと双眼鏡から目線を上げた傭兵は、手の甲で視界を拭った。

 

 幾度も砲弾を受けたはずの古代樹は、雪舞う中、以前と全く変わりない姿でそこにあった。

 

 穴どころか削れた跡すらない。

 ただ1つ違う点として、その穴から流れ出す滝の流れが止まっていた。

 正確には──

 

「まさか、凍って……いるのか?」

 

 まるで時間ごと切り取られたかのようだった。

 続いて平地の白煙が晴れ、戦場の姿が暴き出される。

 東シュレイドの傭兵たちは何も言えないまま顔を引き攣らせた。

 

 平地に集う紅の歩兵たちの大隊は、氷の波に呑み込まれていた。

 彼らの多くが、勇壮な表情で銃を構えた精細な彫像と化していた。

 

「どうなってんだよ、これ」

 

 傭兵たちはそう呟くしかなかった。

 鈍色に曇りきった寒空は、少し遅れて悲鳴の束を雪風に乗せて送ってきた。

 

「退却! 退却────ッ!!」

 

 生き残った誰かがそう言い出した。

 僅かな生存者たちは地を這いつくばり、時に転びながらアステラのある東へ逃げ出した。

 腰から下が凍ったことで見捨てられた下士官は、絶望に染まった顔で震えていた。

 

「あ……あぁぁあ……」

 

 白煙を掻き分けた冰龍の皮膚には、()()()()()()()()()()()。足下にはひしゃげた鉛弾が大量に落ちている。

 彼は一歩ずつ、貴人の如き足取りで歩んだ。

 その頭の遥か下方にいる、矮小な紅い生物へ。

 

「ゆ、許して、く」

 

 下士官は言いきらないうちに蒼い爪の間に踏み潰された。

 西シュレイドの歩兵大隊を壊滅させた冰龍イヴェルカーナは、不意に頸を傾けた。

 通り道上にいた傭兵たちは、咄嗟にライフル銃を構えて土嚢の間へ息を潜めた。

 引き金に添えられた彼らの手はいずれも霜焼けを起こし、震えていた。

 

「た、助けてぇえぇええええええ!」

「神よ、神よっ、どうかっ」

 

 西シュレイドの歩兵たちが、陣地の隣を駆け抜けていく。

 定期的に、悲鳴と何か弾ける音が土嚢の向こうから上がる。

 それに伴って、氷の擦れる音が少しずつ大きく、重みを増す。

 

「眼を、狙うんだ」

 

 ベテランの老兵が息を鎮めて呟くのに合わせ、仲間たちは黙って頷いた。

 彼がそっと土嚢の横から眼を出すと、目標は陣地から200mほどにまで迫っていた。

 冷気が、遮蔽物を無視して傭兵たちにおしかける。

 老兵は目を細め、指を3本出した。

 

「3……2……1……ッ」

 

 合図に合わせ、一斉に土嚢の陰からライフルを突き出し、発砲。

 亜音速の弾丸が一斉に飛び、冰龍の皮膚を貫く。 

 はずだった。

 

「あれ」

 

 傭兵たちの前に、氷の障壁が出来ていた。

 何発ものライフル弾はそれを貫通できず、回転したのち落ちていった。

 

 一突きが、それを土嚢ごと横から叩き割る。

 

 陣地を貫いたのは、冰龍が尾の先に持つ、刃渡り3mは裕に超える細剣。

 

 悲鳴を上げる間もなく、傭兵たちはその餌食となる。

 見当違いの方向へ発砲したところを突かれた者、直立したまま一刀両断された者。

 最新鋭の兵器を操る熟練の兵士たちは、次々と抵抗も許されないまま葬られた。

 

「クソッ」

 

 老兵は何とか地を転がって、転がった土嚢を背の支えにして引き金を引く。

 銃身を跳ね上げる反動と共に重低音が鳴り響く。

 口径11mmのライフル弾が、今度こそ確かに冰龍へ迫った。

 しかも、脳天に直撃。

 

「はっ……」

 

 しかし金属の弾は単純に、皮膚を覆う氷に突き刺さったに過ぎなかった。

 その後は転がって落ちる、ただそれだけ。 

 今ある全てを否定された兵士は呆然としたまま、剣を薙ぎ払われるしかなかった。

 銃弾を頭にぶち込めば死ぬという幼子でも分かる常識は、まるで意味を成さなかった。

 

 1秒毎に傭兵たちが斃れていく。

 踏まれ、斬られ、飛ばされ、消えていく。

 

 いつの間にか、傭兵部隊は全滅していた。

 冰龍は尻尾に付いた血の雫を振るい払う。

 龍が歩む白と赤に彩られた大地は、驚くほど静まり返った。

 

──

 

 金髪の少年兵は大量の人に揉まれ、半ば流されるように走っていた。

 統制を失った西の将兵は、雪崩のように東部へ殺到した。

 殆どの者はアステラの通用門へ向かったが、幾つかは北部にある森へ続く道を通ろうとした。

 そこに数少ない兵士たちが鉢合わせして、北へ向かおうとする勢力を押し止めた。

 

「北には悪魔がいる! みんなアステラに戻れ!」

「そ、そっちはあの龍と戦ってたんじゃ……」

 

 少年兵が北部からやって来た者に聞くと、

 

「あぁ、最初はそうだったよ。だが、いきなり星の数ほどの目の光が現れて、森から飛び出して来やがった! あんな奴ら、前は居なかったのに!」

 

 彼は半ば泣きそうな顔で質問者を押し退け、アステラへ逃げ走っていった。

 

「あぁ、神よ……」

 

 古代樹の森そのものが襲いかかってきたようなこの惨状に、少年兵は戦慄した。

 

──

 

「王領ヴェルド軍第1、第2、第3部隊、ウェスポー子爵隊、ファダン公爵隊の壊滅を確認!」

 

 アステラ4階、星の船で指揮を務めるテルルは焦燥しきっていた。

 部下たちからの報告はいずれも、冰龍イヴェルカーナのアステラへの着実なる前進を物語っていた。

 

「北部から反撃の報告がなかったのは、連絡前に部隊ごと凍らされたからだろうな」

 

 総司令がそう呟くと、隣の調査班リーダーは拳を握って眉を顰める。

 

「……あんな短く細い野砲を使わせたのが運の尽きだ。表皮の内側から爆破する撃龍杭砲でさえ、彼を仕留め切るには不十分だったのに」

 

 テルルはその椅子の大きさに見合わないほど、細切れに踵を床へ打ち付ける。

 そこに、木箱を抱えてきた部下がおずおずと参上する。

 

「テ、テルル様。ただいま、研究基地より提供された資材が……」

「そこに置いといて!!」

 

 怒鳴ったテルルは、すぐ頭を抱えて項垂れた。

 

「こんな、こんなはずじゃ……」

「でも、あんたが選んだことでしょう?」

 

 その声に、テルルは目を見開いて顔を上げた。

 直後、椅子ががたりと大きく動いた。

 目の前にいるのは、最大の敵であった。

 

「ビ、ビリユイッ!?」

「どうも、私の外出中に随分好き勝手にしてくれたみたいね」

 

 銀髪の魔女は、ヒールを響かせながらテルルへ向かって歩いてくる。

 テルルは「ひっ」と慄いて椅子の上に駆け上がった。

 

「将軍を見張れとは言ったけど、指揮官になれだなんて頼んだ覚えないわよ?」

「こ、これはれっきとした自衛戦争よ。侵入者から本拠地を護るための……」

「だとしても、ぜんっぜん護れてないわよね。むしろあんたが指揮したせいで、無駄に人員と砲弾を消費したわ。そもそも……」

 

 苦し紛れの言い訳を、ビリユイは指差して喝破する。

 そして口調とは裏腹に、口端を持ち上げ、ぺろりと舌なめずりをした。

 

「優秀な指揮官ならこんなところでふんぞり返らず最前線に立つべきだって、私、思うのよね」

 

 そこでテルルは何かに勘づき、すっかり真っ青になった。

 

「あんた、嵌めたわね!? 全部こうなることを分かって、わざと隙を……」

「ねぇ、みんな。こんな勇ましい魔女様は、是非とも前線でご活躍するべきよね?」

 

 ビリユイの視線を受けた部下たちは、しばらく黙っていた。

 それは判断を迷うような間だったが、やがて、

 

「テルル様、ぜひ」

「魔女様のお力をお示しに……!」

「神の祝福があらんことを!!」

 

 厳かさの裏に憎悪を孕んだ声が連なっていく。

 テルルは、ふるふると物言わず必死に首を振る。

 しかしビリユイはそれに構わず、親指と人差し指を重ね合わせた。

 

「それじゃ、いってらっしゃい」

 

 指を鳴らされると、テルルの姿は消えた。

 

──

 

 テルルは、凍った地面の上にうつ伏せに転移させられた。

 

「くうっ……」

「ま、魔女様だ! 魔女様が直々に出てきて下さったぞ!」

「神は我々を見捨てていない! きっとあの方があの化け物を倒してくださるのだ!」

 

 よろめき起き上がった彼女に、兵士の視線が一斉に張り付く。

 状況が理解できないまま戸惑いながら見回すと、

 

「わ、わあぁっ」

 

 冰龍イヴェルカーナの姿があった。

 兵士で出来た海の中に佇み、テルルをじっと見つめている。

 彼は尻尾に貫かれた兵士を放り投げると、ゆっくり彼女の方へ歩み始めた。

 

「ここ、来ないでっ」

 

 テルルは後退りながら種を撒いた。

 すぐさま妖魔植物テルルンの芽が出て、地中を蛇のようにうねりイヴェルカーナへ迫る。

 しかし彼はその場から一切動かず、代わりに刃の如く尖った尻尾を振るった。

 四方から彼を取り囲もうとしたツルは寸断され、切り口は一瞬で凍てついた。

 イヴェルカーナはテルルに眼を細めると四肢を躍動、急速に距離を詰めた。

 

「来ないでったらっ!!」

 

 刺突を見舞ったが、そこに下から伸びた根が絡みつく。

 テルルが掌を向けて懸命に念じると、テルルンは冰龍の甲殻を這い、四肢を縛り、首元まで迫った。

 

「わ、私を、ウィッチーズをなめんじゃないわよ! このままお前を窒息させればっ」

 

 龍はちらりと、巻き付こうとするテルルンを見やった。

 ふぅ、と一息冷気を噴きかける。

 ただでさえ凍り付きかけていたツルは数秒もせず柔軟性を失い、停止した。

 

「え……」

 

 テルルが愕然とするうちに、冰龍は身を振るってテルルンを容易く破壊した。

 

「は、離れっ」

 

 しかし、冰龍はそうさせなかった。

 すぅ、と息を吸い込んでから、前方へ一気に冷気を送り込んだ。

 直後、大地から氷柱が次々に生え、連なって大波となる。

 生き物のように雪崩打つそれは、遠く離れていたテルルをも容易く呑み込んだ。

 

「ひっ」

 

 声が裏返った。

 いとも呆気なく、テルルは氷柱に絡め取られた。腰から下は、完全に氷の中に閉じ込められてしまった。

 イヴェルカーナは相変わらず表情を動かさないまま、ゆっくりと歩んだ。

 その間にもテルルの身体は少しずつ、下から冷え固まっていく。

 

「いや、いやぁっ」

 

 甲高い悲鳴を上げて藻掻くが、あまりにも非力で無意味な抵抗だった。

 イヴェルカーナの冷徹な視線は、いま胸の辺りまで凍りついた彼女をどこまでもしっかりと、貫いていた。

 数少ない生き残りの兵士たちは唖然とし、頭を抱え、項垂れていた。

 

「だ、誰か」

 

 テルルは涙を浮かべて呼びかけた。

 だが、誰も助けに行こうとはしなかった。

 兵士の誰もがひたすら、敬虔に神に赦しを乞うだけだった。

 

「いいわ……凍らせなさい」

 

 喉まで凍りついたテルルは、静かに呟いた。

 その顔は、震えながらも笑っていた。

 零れた涙は片っ端から凍って、頬の下に垂れるつららとなった。

 

「せめて、綺麗な彫像にしてちょうだいね。それなら、私の最期も前回よりは恰好が……」

 

 言い切らないうちに、テルルの頭が陰になった。

 

「え」

 

 冰龍は首を伸ばし、テルルの頭を嚙み砕いた。

 

──

 

「これで無能は片付いた、と」

 

 ビリユイは、雪の舞う古代樹の森から目線を集会所へと戻した。

 

「さて。これについて知ってること、話してもらいましょうか。私たちの前に待つ、脅威とやらを」

 

 彼女は、研究基地から頂いてきた龍水晶を持って冷たく笑った。

 その前には、調査団上層部が兵士の監視下で集められていた。

 先の総司令・調査班リーダー・大団長の3人に加え、学者である3期団長と生態研究所の所長も招集されている。

 彼らの誰も、積極的に話そうとはしなかった。

 しかし、東西シュレイドの兵士たちは銃を構えて背中からにじり寄る。

 

「……正直に話すしかないようだ」

 

 総司令が前に進み出て言い出すと、団員たちの間にのしかかる空気はより一層重くなった。

 

「龍結晶の地にて、滅尽龍ネルギガンテが妖魔化を克服しました。それは、ヤツの一部です」

 

 ビリユイは手元にある龍水晶を見て、眉間に皺を寄せる。

 

「妖魔化を克服、ね。理由は?」

「適応と進化や」

 

 次に、生態研究所の所長が、本片手に杖をついて歩いてくる。

 

「環境の変化は生命を意図なく篩いにかけ、無差別に選別する。選別の積み重ねの結果が適応であり、進化という現象や」

 

 人間の子どもほどの背丈しかない竜人族の老学者は、銃に囲まれてもマイペースに白髭を弄りながら、陸で起こる惨状とは無関係に輝く海の方角を見つめた。

 

「海を渡ってきた時点で、滅尽龍の体内の妖魔ウイルスはしぶとく生き残っていた。あれだけ劇的な進化を遂げるには、それを迫られる程の──旧い姿では絶滅すら危ぶまれる環境が必要や」

「つまり、宿主たるネルギガンテをも追い詰める脅威……それは一つしかあり得ない」

 

 同じ竜人族である3期団長が言葉の続きを紡ぐ。

 

「滅尽龍の変異のきっかけは、金火竜。6期団の彼女が持つ秘宝の影響を受け、異常成長した個体ヨ」

 

 ビリユイの眉がピクリと動いた。

 

「彼女の猛毒が滅尽龍と妖魔ウイルスを完膚なきまで打ちのめしたとすれば……追い詰められた両者が共生に向かう変異(エラー)を起こすこともあり得る話」

「実際、ネルギガンテにエネルギーを供給することが妖魔ウイルス自身の生存にも繋がったわけやしな。進化の道筋として、違和感はない」

 

 学者たちの説を聞くビリユイは、その手にある龍水晶を睨んで強く握りしめていた。

 

「セーラームーン……随分、厄介なことをしてくれたじゃない」

 

 そう周りに聞こえないほど小さく呟いたのち、再び余裕のある笑みを調査団に向かって浮かべた。

 そして、兵士を引き連れながら調査団の横を通り抜けた。

 

「とにかくこれを研究すれば、抜け道も見つかるというわけね。じゃあ、後始末はたの……」

「改めて一連の流れを見ていると、我々やあなた方が大自然に対し如何に小さくみみっちい存在か、証明されていくようです」

 

 その一言に、ビリユイが立ち止まった。

 すぐ隣の黒髪の青年、調査班リーダーが、野性味のある顔とは裏腹に冷静な表情で呟いたのだ。

 

「……何ですって? いったい、何が言いたいの」

 

 その場の全員が静まり返っていた。

 調査団員も、シュレイドの兵士たちも。

 

「あぁ、あの龍から、テルルのように天罰が下されるって言いたいのね」

 

 ビリユイは半笑いで腕を広げた。

 

「御生憎様。そもそも私、実はここに執着無いのよね。あの幻の銀水晶さえあの小娘が差し出してくれれば、それでいいの」

 

 驚いた東西シュレイドの兵士たちに、ビリユイは嘲笑うような視線を向けた。

 

「あなたたちは、自衛だろうが内戦だろうが侵略だろうが好きになさい。もうその時には、デス・バスターズの悲願が達成された後でしょうけど」

 

 今度こそ、ビリユイは軽やかにその場を去ろうとした。

 しかし、その肩をひっ掴む者がいた。

 ビリユイは目を見開いて、その青年に振り向いた。

 

「俺が言いたいのは、天罰などという次元の話じゃない。そんなものよりずっと残酷で、無慈悲な災いだ!」

 

 ビリユイは目を吊り上げて、きつく手を払った。

 

「汚い手で触れるなっ!!」

 

 彼女は掌を広げ、黒い雷を発した。

 それが直撃した調査班リーダーはその場に倒れ、呻いた。

 その場にいる者たちは、目前で行われる拷問を見つめる他ない。

 やがてビリユイが侮蔑の視線で雷を解くと、青年の身体から煙が上がった。

 

「し……失礼……しました」

「一応聞いといてやるわ。いったい、あなたは何が言いたいの?」

 

 冷たく問いただしたビリユイに対し、調査班リーダーは震える手で上半身を持ち上げて口を開いた。

 

「古龍たちは、準備をしています。こんな戦争ごっこなど馬鹿らしくなるような、来たるべき巨大なうねりに向けて。あなた方の戦いは、その前段階に過ぎない」

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