セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて   作:Misma

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月と六花が零す悲哀⑥(☽)

「私たちの戦いが前段階? デス・バスターズは噛ませ犬に過ぎないとでも?」

「そうです」

 

 調査班リーダーの即答に、ビリユイはあからさまに眉を歪めた。

 

「なぜそこまで言えるの。根拠を言いなさいよ」

「滅尽龍の変異を皮切りとして、古龍たちの関係に大きな変化が生じています」

「大きな変化?」

 

 何が言いたい、という風に睨んだビリユイに対し、青年は怯むことなく説明を続ける。

 

「滅尽龍は妖魔ウイルスを無害化どころか生命力を強化するものへと作り変え、果てにはあなた方の敵である6期団と似た性質の力をも発揮しました。その革命的現象を、誰よりも早く見た者がいます」

 

 ビリユイの冷たいばかりだった瞳の色が、初めて驚きを伴った。

 調査班リーダーは、星の船から眼下に見える凍った古代樹とその根辺りで吹き荒れる雪嵐を見つめていた。

 

「いまこのアステラに侵攻を仕掛けている、冰龍イヴェルカーナです」

 

 調査班リーダーは、振り返ってビリユイの瞳を真正面から凝視した。

 

「我々はこの数日間で、冰龍は6期団やあなた方が持つ異世界の力に気づき、それを簒奪にきた可能性が高いと結論づけました。恐らく狙いはただ一つ、かの滅尽龍に対抗するため」

「その行き着く先が、あなたたちの言う巨大な戦であると?」

 

 ビリユイが聞き返すと、調査班リーダーは頷いた。

 

「今すぐ作戦を中止し、事態収拾に努めることをお勧めします。これは脅しではなく、純粋な忠告です」

 

 銀髪の魔女は主なき椅子に腰を下ろし、脚を組んで頬杖をついてしばし考えていた。

 しかし、やがて彼女は鼻を鳴らしてその忠告を一蹴した。

 

「馬鹿馬鹿しい。如何にも前時代的な自然信仰だわ」

 

 調査班リーダーは眉間に皺を寄せた。

 ビリユイは、片手の龍水晶ともう片方の掌を見せつけるように持ち上げてみせた。

 

「自然の変化など、技術の進歩と比べれば遅々たるもの。そのうねりとやらが来る前に私はこの手に銀水晶を手に入れるわ。それとこの龍水晶さえあれば、私は──」

「なるほど。貴女も結局、テルルと同じネ」

 

 ある女性の言葉に、ビリユイの得意げな発言が止まった。

 

「ほう……?」

「なまじ頭の回転が速いから性質が悪いワ。常に自分の計画通りに世界が動いているという思い込みから、その偏見自体に翻弄されていることに気づかない」

 

 淡々と批判するのは、煙管を取り出した3期団長。

 ビリユイ、正しくは変装した彼女の元上司であった。

 自身が陥れたばかりのテルルと比べられたビリユイの顔に、怒りが募っていく。

 

「つまりは、万能感。少ない知識を知っただけで独り合点し、世界のすべてを知ったつもりになる。やはり竜人族から見ればまだ『お子様』ネ」

 

 監視する兵士でさえも呆気に取られている。

 3期団長は煙管からふぅ、と吐息を堂々と魔女へ吹きかけた。

 

「ある意味で貴女……テルルより精神、幼いかもネ。策略家ごっこで優越感を得ようとしてるのを見てると──」

「もう、その口で喋れなくしてやりましょうか!」

 

 ビリユイは椅子から立ち上がり、3期団長へ雷を放とうと近寄って、掌を広げた。 

 その瞬間彼女の背中を、石のナイフが貫いた。

 

「え?」

 

 呆気なくビリユイの身体が倒れる。

 龍水晶が、手から離れて転がった。

 凶器を投げたのは、星の船のマストに立つ腰蓑を巻いた子鬼だった。

 

「う、撃て────ッ!!」

 

 兵士たちは小銃を遥か上方にいるその生物へと即座に向け、引き金を引いた。

 しかし、

 

「△■×○────ッ!!」

 

 たてがみつきの丸い面を被った小鬼は、発砲寸前に奇声を上げながら跳躍。

 飛び移る際、空中から兵士めがけて赤い壺が投下される。

 それが頭上で爆発した衝撃と破片で、兵士たちが顔を抑え一斉に倒れ込む。

 更にそこへ、耳の長い猫のような生物たちが5匹ほど現れ、起き上がろうとする兵士たちに大きな網をかぶせた。

 

「なるほど、大がかりな作戦」

 

 未知の生物の群れが兵士たちを吞み込んでいく様を、倒れたビリユイは止まらない痙攣と涎に悶えながら見つめる。

 彼女の背に刺さったナイフに猛毒が塗られていたのだ。

 そこに、3期団長がゆっくりと歩みながら話しかける。

 

「実は研究基地がイヴェルカーナを観測した時、同時にいくつもの生物の移動を確認していたノ。恐らくそのうちの一団が、ガジャブーたち」

 

 ビリユイは少しでも動こうとするがその甲斐なく、3期団長に隣から顔を覗き込まれる。

 彼女が煙管で吹かした煙の向こうでは、藻掻く兵士たちの上で生物たちが勝利の舞を踊っていた。

 

「彼らは6期団への恩で研究基地を解放して、テトルーたちにも連絡を取りながら戦闘員を送ってくれたんでしょう」

「で、でも、この監視体制のなか、せ、潜入なんか、できるわけ……」

「あたしと話してる時、アレ、見えなかった?」

 

 研究基地から送られてきた木箱の山が、偶然ビリユイの目に留まった。

 それの蓋が、すべて破られていた。

 

「あ……」

「賢い貴女ならこんな浅い企み、すぐ見破るかと思ったんだけどネ」

 

 ビリユイは痙攣する指で床を、白い痕が出来るほどに引っ掻いた。

 

「こんな、こんな野蛮人どもに、なんで……こんなっ」

「貴女が操れる出来事なんて、その程度だったということよ」

 

 少女の、澄んだ声が響く。

 白い素地に、色鮮やかにはためく肩襟とスカートが現れた。

 その正体は。

 

「セ、セーラー戦士! まさかお前たちの、あの仲違いはっ……」

「もちろん演技よ。ガジャブーたちとの連携がバレないよう、貴女の計算通りの展開にしてあげたわ」

 

 火野レイ──セーラーマーズは、黒髪を棚引かせながらビリユイを見下ろした。

 そして次に、愛野美奈子──セーラーヴィーナスが、後方で気を失った兵士を見つめて、胸を撫で下ろした。

 

「きちんとうさぎちゃんとの約束通りね。ルナ、アルテミス、お疲れ様」

 

 直後、白と黒の猫2匹が木箱から飛び出し、降り立った。

 

「そうか、猫どもを外へ……だからアステラを、いくら探しても……っ!」

「ああ。古代樹の森で合流したガジャブーやテトルーたちには、龍水晶を持ってるヤツだけ倒すよう伝えておいた。そして『予備物資』として遠路はるばる運ばれてきたってわけさ」

 

 白猫アルテミスがそうビリユイに説明する横で、黒猫ルナが相変わらず超然とした振る舞いで立つ3期団長を見上げた。

 

「でも、何より助かったのは3期団長さんね。彼女が察して隙を作ってくれたお陰よ」

「あたし、匂いを主とした脳科学を専門にしてるから。ガジャブーの臭いなんて2日前から分かってたワ。誰も口には出さなかったけど、ベテランのハンターや学者たちもこの作戦を薄々分かってたはずヨ」

 

 彼女のアイサインに、総司令や調査班リーダーが頷いてみせた。

 

「何よりもあなた、同じ研究基地にいたのに分からなかったのが不思議ネ。同僚いびりと優越感のキープに夢中になってるうちに見逃したってとこかしら?」

「……っ」

 

 ビリユイが涙ながらに歯軋りする横に、水野亜美──セーラーマーキュリーが並び立つ。

 

「あなたがアステラの中ばかり気にしてるうちに、あたしたちは外を見ていたのよ」

 

 彼女が集団から離れてアステラの下階を見下ろすと、そこは混沌に満ちていた。

 

 各所から突然大量に現れたガジャブーやテトルーたちによって、兵士たちが片っ端から脚を斬られ、壺爆弾で吹っ飛ばされ、罠で転び、銃を蹴り飛ばされ、頭上から被せられた網で縛り上げられた。

 彼らのほとんどが気づいてから射撃するまでの時間で、死界から現れた獣人族たちに奇襲を受ける。

 遠方からの狙撃にはガジャブー部隊を中心に、擲弾筒にも似た武器で爆弾の雨を容赦なく降らせていく。

 いずれも死なず気絶させる程度の威力に下げられていたが、それでも、布製の軍服を着る兵士たちへの効果は十分すぎた。

 

「うさぎちゃんの願い、何とか叶えられたね。何とか誰も犠牲にならずに済む」

 

 木野まこと──セーラージュピターが捕縛された兵士たちを見つめて呟くと、仲間たちの視線が彼女に集まった。

 争いや犠牲を心から望まない友の願いを噛み締めるように、彼女は骨張った拳を握っていた。

 

「フフ、アハハ、ハハハハハ」

 

 震える笑い声が、感傷へ水を差すようにアステラの4階に響いた。

 

「そう、いえば、お前たちは、見てないわね。外の……古代樹の森、の景色……を」

 

 セーラー戦士たちが一斉に調査団員へ振り返る。

 

「……すまない。我々には彼らの使命を止められなかった」

 

 総司令が俯き気味に答えると、ビリユイは震える口角を吊り上げた。

 

「是非、今すぐ龍を迎え撃ちにいくがいいわ。何故なら──」

「■✕✕✕────ッッッ!!」

 

 言い終わらないうちに、魔女は跳び上がったガジャブーの振りかざした鉈に頭をかち割られた。

 先の言葉を受けて再び下階を覗いたセーラーマーキュリーが、あることに気づいて「あっ」と声をあげる。

 

「……あたしたちが閉じ込められる前より、シュレイドの軍勢が減ってる」

 

──

 

 古代樹の森東南部、斜面状になった砂浜。アステラの通用門はすぐ東にある。

 そこを中心に殺到する人の海を、冰龍が蹴散らしていた。

 

「神よ、我に力をぉぉぉッ」

 

 何百回目に神へ捧げた銃弾も銃剣も、無情に氷の鎧に弾かれた次に氷の矛に貫かれた。

 もはや戦争というには一方的すぎる。

 龍にとって、竜鱗にすら身を包まぬ兵隊はただ地を這い回る蟻に過ぎなかった。

 

「包囲しろ! ヤツの意識を集中させるな!」

「退くなァァァッ! この砦を護り抜かねば、敗北のみィィィッ!!」

「死ねぇェェェッ」

 

 しかし退路などなく戦うしかないと知った軍隊は、そう簡単に折れはしない。

 戦列を崩されても自ら横隊を作り再攻撃。指揮官が戦死すれば、1つ低い階級の兵士が代役を務める。

 結果として悲劇が再生産されるが、皮肉にも冰龍にとっては柔軟かつ分厚い障壁の役割を果たしていた。

 

 少年兵は、赤服と青服が入り乱れる荒波に揉まれ続けていた。

 信仰と死が踊り狂う舞台は、今にも圧し潰さんとばかりに少年を翻弄する。

 やがて誰かの肩がぶち当たり、軽い身体はその場に突き倒された。

 

「助けッ、助けてください、雲の上のお母様っ……僕が、僕が、悪かったんですッ……僕が、神のために銃も撃てない臆病者だから、罰が当たって……」

 

 小銃とお守りを同時に握り締め、少年は地に伏せて祈った。

 直後に冷気が真上を通り過ぎた。

 彼の真横に、凍り付いた兵士の顔が倒れ込んできた。

 

「ひ……ッ」

 

 地平へ視線を戻すと、そこには人の海を優雅に潰し歩く冰龍イヴェルカーナの姿。

 対人用の銃弾なぞどこ吹く風で、目についた兵を薙ぎ払う。

 一瞬。

 氷兜に覆われた瞳が、呆然とする少年兵の目線と、ふとかち合った。

 その頭で突如、火花と爆煙の華が開いた。

 

「!?」

 

 近くで起こった轟音と衝撃に、少年兵は地面に叩きつけられて気を失った。

 

「海軍だ! 海軍が来てくれたぞォ!」

 

 歓声の上がる先、海の方面に巨大な物体が浮かんでいた。

 正体は、兵士たちをこの新大陸まで送ってきた軍艦だった。マストには、西シュレイドを表す紅い旗がはためいている。

 更に続けて放たれた5発の榴弾のうち、1発が龍の横腹へ直撃した。

 

「……や、やったか!」

 

 硝煙に頭が包まれたまま、龍の動きは止まっていた。

 逃げ惑っていた兵たちが期待にどよめき立つ。

 銃で駄目でも大砲なら。

 攻城戦におけるその兵器の効果を知っている者なら、誰でも勝利を想起できた。

 

 直後、巨影が螺旋を描いて硝煙を払い、舞い上がった。

 その身体に、多少の氷が剥がれた以外に目立った外傷はなく。

 

「ェエゥゥヴゥウウウウウウウウッッッッ!!!!」

 

 突き刺さるような咆哮と凍て風が兵士たちを直撃した。

 近くで耳を塞がなかった者たちは、強烈な音圧で鼓膜を破られた。

 ほぼ同時、濁った空から透明の綺羅星が幾つも現れる。

 

「え……」

 

 空気が凍ることで生まれた氷柱(それ)は、3mほどまで育ったところで。

 唖然と口を開く兵士たちの顔へ降り注いだ。

 

 戦場を支配していた男たちの雄叫びは悲鳴に取って代わった。

 西シュレイド軍が辛うじて維持していた防衛線は完全に瓦解した。

 

 冰龍は地上の邪魔者を粗方一掃したことを確認すると、未だ砲撃を続ける戦艦へ振り向いた。

 悠々と花弁の如き翼を閃かせ、飛翔した。

 砲弾の軌道を嘲るように躱し、弧を描いて接近。

 彼は間もなく水上の軍艦2隻から轟く砲声と銃声の遥か上空を翔び、翼で帆を切り裂きながら吹雪を船上へ撒いた。

 出撃早々動きが奪われた軍艦へ無数の氷柱が空中から降り注ぎ、木製の甲板を幾度も貫いた。

 総勢1000人余から50人以下に減った陸軍に何か出来る訳もなく、誰もが小銃にしがみついて白い息を吐き、虚ろな眼で見守るしかない。

 

 甲板がめくり上がる音を激しく響かせたあと。

 帆船は爆発、大きく傾いた。

 総2隻、轟沈。

 

 しかしシュレイドの男たちが真に慄いたのはその後だった。

 

「あ、あぁ」

「なんて、なんて野郎だ」

 

 海上を口から吐いた冷気で凍らせ、一本道にして渡ってくる。

 まるでこちらに見せつけるように、歩みは堂々かつ悠然としていた。

 兵士たちは慌てて弾を装填しようとするが、そこで一人が腕を降ろした。

 

「もう……駄目だ。俺たちはきっと、何も出来ず死ぬ」

 

 絶望を口にした兵士は、跪いて地に震える腕を降ろした。

 

「もう、シュレイドに未来などない。神の国は踏み躙られ、妻も子も、すべて」

「言うなッ!」

 

 怒声が、声を遮る。

 叫んだ兵士の目には、涙が溢れそうになっていた。

 

「たとえここで全滅しようとも、国さえ生き残れば……ッ」

「ぅ、うぅ……」

 

 その場にいる男たちの視線が、少し離れた浜辺で上半身を持ち上げようとする1人に集まった。

 自分たちより一際小さな、金髪のおかっぱ頭の兵士だった。

 

「……子ども?」

 

 冰龍が突然、走り出した。

 兵士たちは気づいて銃を構えようとしたが、その時には既に大地を踏みかけていた。

 そのまま彼が兵士たちを踏み潰そうとした時、灼熱の炎の束がその頭を包み込んだ。

 何が起こったのかと振り返った兵士たちの1人が、

 

「セ、セーラー戦士だッ!」

 

 その一声に誰もが目を見張った。

 一様な軍服集団の中では奇抜な、色鮮やかな襟とスカートを纏った少女たち。

 東西シュレイドにとって世界を滅亡へ導く巨悪が、檻に入っているはずのあの4人が、そこにいた。

 

──

 

 翼竜に乗ってきたセーラー戦士たちは、兵士たちの前に陣取って冰龍イヴェルカーナと相対していた。

 しかしその顔のいずれも、血の気が引いている。

 原因は周囲に無数に転がる()()だった。

 彼女たちはしばらく、何も言えず周囲を見渡すことしかできなかった。

 

「なんだよ、これ」

 

 セーラージュピターは、隣の雪に埋もれていくかつて人だったそれらを見て、握った拳を震わせた。

 

「今回こそ戦いを終わらせようって、誰も死なせないって誓ったのに……」

 

 彼女は恐れて銃を構えかけた男たちを、涙に潤んだ眼で睨みつけた。

 

「お前ら、なんでこんな馬鹿なことッ」

「あたしたちと同じよ」

 

 拳に電撃を纏わせ叫びかけた彼女に、マーキュリーが返す。

 振り返ったジュピターは続きを言えなかった。

 マーキュリーが見つめる先に、彼らの首に下がる逆さ竜のお守りがあった。

 それを、東西問わずほとんどの兵士が身につけていた。大地に転がる無数の骸でさえ、みんな残らず。

 

「誰かのために命を捧げることを、躊躇わないからよ」

 

 彼女の声は冷静であろうと努めていたが、震えを抑えきれていなかった。

 マーズとヴィーナスも、ほつれた長い髪を吹雪に揺らして亡霊のように立ち尽くしていた。

 

「……う、うわぁあぁぁああああああッ」

 

 一瞬訪れた静寂を、甲高い悲鳴が貫く。

 人に埋もれる砂浜のなか、1人だけ上半身を曝していた。

 

「え、あの子……」

 

 物資──正確には研究基地からの伝言文──を何も知らず届けに来た少年兵であった。

 あどけなかった瞳は完全に錯乱して、朦朧としている。

 どうやら攻撃に巻き込まれたことで気絶して、いま眼を覚ましたようだった。

 運の悪いことに、冰龍は少年に興味を持ってしまった。

 

 鋭い爪を地面を突き立てて近づくと、彼は、尻尾から伸びる氷の矛を持ち上げた。

 少女たちの瞳に、怒りと悔しさの籠った光が宿った。

 

 そこに突如、銃声が乱れ鳴った。

 見知らぬ東西の兵士たちが一斉に冰龍へ発砲を始めたのだ。

 

「やれええええええぇぇぇぇッッッッ!!」

「くそがぁぁぁぁぁぁぁあああぁあぁあああッッ!!」

 

 彼らの少なくない者が、冰龍を罵り叫び。

 セーラー戦士たちへ振り向いて、懇願するような目つきを向けた。

 

「……ッ」

 

 彼らの意志は、怯えながらも揺ぎ無く願いを伝えた。

 

 今のうちに、と。

 

 ジュピターが真っ先に気づいて歯を食いしばり、跳んだ。

 

「ヴィーナス!」

「クレッセント・ビームッ!!」

 

 ヴィーナスは意思を汲み取って叫び、人差し指から光線を放った。

 感情を力に変えた光の貫通弾が、頭の氷冠の一部を吹き飛ばす。

 今振るわれようとした矛は止まり、龍の意識が完全に少女たちへ向いた。

 

 戦場に飛び込んだジュピターは少年兵を両手で掬い上げ、再び跳んだ。

 浮いたつま先の真下に矛が突き刺さる。

 ジュピターは、少年兵を後方へ送り届けた。

 そこから、戦場に呆然と突っ立っている兵士たちに振り向いて。

 

「馬鹿ッ! 早く逃げろッ!!」

 

 彼女が栗色の髪を振り乱して叫んだ言葉は、意味は伝わらずとも半ば死を覚悟した兵士たちの意識を取り戻させた。

 

「……か、神よ、この臆病者をお、おゆ、お許し下さいッ」

 

 まだ生があると知った兵士たちは半泣きの面を曝し、すっかり興味を失った冰龍の横を次々と走り抜けた。

 戦場へ足を踏み入れる戦士たちと入れ替わり、揃って少年兵を連れ、転びそうになりながら通用門へ消えていった。

 それを見届けたセーラー戦士は、再び冰龍イヴェルカーナの方を向き、身構える。

 

 冰龍は跳び上がると翼を渦巻き、速度を上げてセーラー戦士の頭上へと突っ込んだ。

 真下へ冷気を浴びせた途端、大地から氷の矛が同心円状にせり上がる。

 先の兵隊ならば一網打尽を免れない一撃を、セーラー戦士たちは素早い身のこなしで範囲外へと逃れた。

 

「ほんの僅かにだけど妖気を感じるわ。やっぱりあいつ、テルルを!」

「調査班リーダーさんの予測通りね。それに、兵士たちからあたしたちを狙いを変えてきたことからも、多分、滅尽龍の時と同じく……」

 

 隣り合ったマーズとマーキュリーがそう話し合ったところへ冰龍が噛みつこうとした。

 そこへマーキュリーが冷気の霧を吹きかけることで、一時的な目くらましを行う。

 連携したマーズが印を結んで炎を浴びせかけるが、それを察知した冰龍は地面に息を吹き氷の壁を生成。

 その向こうから、お返しに氷点下の息吹を噴きかける。

 

「賢いッ……」

 

 マーズは避け際に舌打ちする。冰龍も、同じ手を二度は喰らわない。

 更にもう一度、印を結ぼうとした時。

 

 彼女の前へ突如、分け入った一閃の太刀が斬り結ぶ。

 横に薙がれた白刃は冰龍の頸をいきなり捉え、鱗の破片を飛ばした。

 

 息吹を吐こうとした冰龍は横槍に驚き、後方へ飛びのく。 

 小銃を遥かに超える刃渡りの太刀を握る武人が、そこにいた。

 

「初手は、まずまず」

「ソードマスター!」

「汝らは下がれ。あの男が怒っておるぞ」

 

 直後少女たちの腕が背後から掴み取られ、無理やり後方へ引き寄せられた。

 

「6期団、武器も持たず先走るな!」

「調査班リーダーさん……」

「とにかく、ついてこい!」

 

 黒髪の青年はガンナーの集団の肩を叩いて後を託すと、セーラー戦士たちを戦場から離れた岩陰へ連れて行った。

 冰龍はそれを追おうとするものの、ソードマスターの的確な頭への一撃により再び意識を戻される。

 それだけで、少なくない鱗の破片が飛び散る。

 安全を確認すると、調査班リーダーはセーラー戦士たちへ歯を剥きだしにして振り向いた。

 

「ただでさえイヴェルカーナは君たちの力を欲しているのに、これは自殺行為だ! まさかここまで来て、まだ俺たちは信用ならないのか……!?」

 

 指を差しての厳しい叱責。しかし途中から、胸に手を当てて悲痛な表情を見せる。

 それに呼応するようにして、セーラー戦士たちの顔も萎むように下を向く。

 

「すみません。ただ……悲鳴が聞こえてからは、どうしても立ち止まるわけにはいかなかったんです」

 

 ヴィーナスが答えて見つめたある方向に、調査班リーダーの視線も導かれた。

 銃を取り上げられ、両手を上げて通用門へ入って行くシュレイド兵たちが彼の眼に入った。

 

「この狩りで得た素材は、すべて6期団に分けてやれ!」

 

 そこへ、ソードマスターが岩越しに声を張り上げた。

 次に落ちてくる氷柱、続けて突かれる矛を横転で的確に躱し、

 

「真っ先に彼女たちが来なければ、当にアステラの門は破られていた。前線として十分な出来ぞ!」

 

 それを聞いた青年は怒りを納めて何も言わず、ただ、それぞれの少女たちの肩を叩いた。

 

「君たちは十分に役割を果たした。後始末は我々がやる」

 

 彼女たちは黙って頷き、兵士たちと同じ方向へ歩いていった。

 

「おい、あの兵士どもの面は最高だったな。何百年と飛竜すら見てないくせにデカい面したからだ」

「6期団の子たちもお人好しすぎるわ。あんな奴ら、全滅するまで放っときゃよかったのに」

 

 続いてやってきたハンターたちが、毒舌を漏らしながらやってくる。

 調査班リーダーは、彼らを振り返って睨みつけた。

 

「お前たちの怒りはごもっともだが、調査団の一員としてそのくだらない自尊心は抑えろ。古龍の前では、我々もシュレイド人と大差ない」

 

 彼が注意すると、ハンターたちは仕方なさげに「……了解」と口々に呟いた。

 

「さて、俺たちも助太刀する……と言いたいところだが」

 

 彼らは4期団・5期団所属を中心とした集団だった。

 その先頭にいる者は、拠点防衛に当たるにしては妙に落ち着いている。

 

「どうもその顔を見ると必要なさそうだな」

「言っておくが油断は禁物だ。先生が少しでも劣勢になったら、全力で助けに行くぞ」

「了解!」

 

 ハンターたちが頷くと、彼らは再び戦場である砂浜へ赴いた。

 そこではガンナー部隊が丘の上から重弩を構え、機関竜弾を撃ちまくっていた。

 彼らの身体を覆い隠すほどの長銃身に立て続けに弾帯を送り込み、対人用銃の数倍はある大口径の銃口から無数の銃弾を弾き出す。仮に人同士の戦で大々的に配備されれば、大軍での銃剣突撃は無意味な代物と化すだろう。

 しかし古龍へ使った結果は、シュレイド軍よりはましな程度。冰龍の皮膚に致命的なまでに深い銃創が残ることはなかった。

 

「くぅっ、そろそろ2期団の親方に改良をお願いしたいところね。特殊弾がこんな性能じゃ、誘導どころか先生の邪魔になるだけだわ!」

 

 全ての機関竜弾を撃ち切った女性ガンナーが、やってられないとばかりに叫ぶ。

 調査班リーダーは、大剣の柄に手を添えながら丘に屈みこんだ。

 

「……やはり、先生の太刀筋には未だ誰も敵わないな」

 

 冰龍が一瞬ハンターたちの方に気を引かれた。ソードマスターはその僅かな隙を見逃さず胸に太刀を突き刺し、前脚を蹴って跳びあがる。

 そのまま太刀を振り下ろし、兜割り。

 強烈な斬撃に翼、肩、頸を一斉に叩かれた冰龍は、翻って尻尾の矛を叩きつけようとする。

 しかしソードマスターは姿勢を低く納刀、矛で突き刺してきた瞬間に抜刀した。

 残心。

 誰も傷つけられなかった氷の得物を、寸断した。

 

「技巧はもちろんだが記憶力、応用力も凄い。セリエナを防衛した時から、更に磨きをかけてる」

 

 怯んだ冰龍は吐息──正確には過冷却水──で反撃。

 しかしソードマスターはその動きをも予見し、前方へ転がり込むことで凍死の領域すら軽々と潜り頭の横へ移動。

 がら空きになった頸へ、縦斬りを素早く叩きつける。

 一見軽やかな斬撃であったが、その一撃は氷の鎧を突き抜けて、鱗にさえも深い傷を負わせた。

 いつの間にか冰龍の身体の至るところの氷、鱗が剥がれ落ち、彼の息も荒くなっていた。

 

「シュレイド軍は俺たちを生かしておいて命拾いしたな」

 

 調査班リーダーの隣にいた狩猟笛使いのハンターが呟くと、誰も彼もが頷いた。

 仮に彼らが強硬的にハンターやソードマスターを射殺していたなら、せっかく占領したアステラは一瞬にして冰龍に殲滅されただろう。

 

「冰龍よ」

 

 ソードマスターは、目の前に佇み唸る龍へ呼びかけた。

 

「瘦せ我慢しておるようだが、そろそろ汝も趨勢の変化は分かっていよう」

 

 彼は、兜を被る頭を生徒たちの方へと傾けた。

 

「今後は続々と優秀な生徒たちが集って来る。同じ新大陸に住まう者として、それも分からぬほど愚かではあるまい」

 

 人と龍、相互に言葉が通じるはずはなかった。

 しかし。

 

「……ゥゥゥ」

 

 冰龍イヴェルカーナは、花弁の如き翼を広げ、飛んだ。

 彼自身に大した傷は無いのにも関わらず、名残惜しそうに空の向こうへと向かった。

 氷点下をもたらした翼はあっという間に小さくなり、豆粒程の大きさへ転じた。

 

 鈍色の雲が引き、青い空が戻り、この極寒の数日間が嘘のように、本来の亜熱帯圏の気候が再び古代樹の森を支配し始めた。

 唯一証明していた雪もじわりじわりと解けていき、白銀に埋められたものも顔を出し始めた。

 その中身を見たソードマスターは、兜の鼻の辺りを塞いだ。

 

「どうも、素直に喜べる雰囲気ではないな」

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