セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて   作:Misma

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狩猟生活への扉②

「さあ、ひよっこども!これまでの鍛錬を生かし、その手にこんがり肉を手にするのだ。その材料となる生肉を1人最低3つは入手するように!!制限時間は日が暮れるまでだ!!」

 

 ココット村に最も近い狩場、森丘のベースキャンプに、胸を張って後ろで腕組みした教官の声が大きく響いた。

 

「良いか!相手が草食竜だからと気を抜くな。相手を可哀想などと思った次の瞬間、ぺちゃんこにされるぞ!」

 

 うさぎだけでなく、並んで話を聞いているレイと亜美の顔も緊張で固くなっていた。

 

「では、私は影から見守っている!獲物を狩った時にまた会おう!ぬははははは!!」

 

 高笑いした後、教官は草むらに飛び込んで消えていった。レイはまだ彼女の第一印象を引きずっているのか、未だ教官に対する視線は冷たかった。

 

「もう、ほんとに何でも『習うより慣れよ』ね、あの人」

 

「……ていうか」

 

 うさぎは足元へ視線をずらした。

 

「ルナ!なんであんたがここにいんのよ!」

 

 この狩りへの参加者は、3人だけではなかった。木でできた緑のヘルメットと茶色の鎧を着こんだルナが、当然のように腕組みをしてそこにいた。その手には骨で出来た粗末なピッケルが握られている。

 この装備は『オトモアイルー』と呼ばれる、かつて彼女自身も出会った言葉を喋る猫『アイルー』の中でもハンターをサポートする者が本来付けるものだ。

 

「なんでって、当然私がうさぎちゃんの御付きだからに決まってんでしょうが!初の狩猟でヘマしないか心配だから、武具屋さんに無理言ってこしらえてもらったのよ」

 

「まあ、よく似合ってるわよルナ」

 

 亜美が褒めると、ルナは得意げに胸を張った。

 

「ふふん、そうでしょ。これで私もお揃いってわけ。さあ、早く行くわよ!」

 

「はぁ~~、もう。そっちこそ変な真似しないでよ?」

 

 うさぎがルナの後を追いかけるように天然のトンネルをくぐり、亜美とレイもそれに続いた。

 出口に出ると、眼下に悠久の時を感じさせる大河、そして緑豊かな渓谷と大地が再び彼女たちの前に姿を見せた。しばし、彼女たちは景色に見とれて前に進むのを忘れていた。

 

「1ヶ月かそれ以上ぶりね、ここも」

 

 かつて来た道を振り返って懐かしんでいると、レイは眼下に何かを見つけた。

 

「……早速いたわ」

 

 大河よりも手前、つまりこちら側の岸に、あの平和的な草食竜『アプトノス』たちが、群れて地面に座り、憩っていた。

 

「牧歌的な風景ね」

 

 それを見る亜美の表情は柔らかい。

 だが、彼女たちはそれに、今から亀裂を入れなければならない。

 それも、綺麗に相手を灰にして消し去ってくれる魔法ではなく、その手にした刃物と銃によって。

 

「行くわよ」

 

 もう、ここから先、後には戻れない。そのことを確かめるようにレイが言い、うさぎと亜美は頷いて答えた。

 うさぎたちは、少しずつアプトノスたちに歩み寄っていく。

 アプトノスたちは、その様子を遠巻きにじっと見つめていた。

 

 うさぎがゆっくりと片手剣を柄から抜き、中腰になって剣を立てるようにして握りしめる。

 レイは太刀を右前方に突き出すようにして前を見て構える。

 亜美は銃床を腰に当てスコープを覗かない、いわゆる『腰だめ撃ち』の姿勢を取る。

 いずれも、それぞれの武器を構える際の基本姿勢だ。

 

「ブモォッ」

 

「ブオオッ……」

 

 アプトノスたちは異変に気付き、低い声で威嚇するように唸り始めた。彼らの危険察知能力は異常に鋭い。相手が自らを襲おうとするほんの兆候も見逃さず、たちまち仲間に知らせて逃げ出してしまう。仕留めてしまうなら今しかない。

 駆けだそうとした。だが、止まってしまう。

 ここまで来て、彼女たちは及び腰になっていた。自分たちがしようとすることを前にして、武器を持つ手が震え、脚が竦む。

 三人の間に、纏わりつくような重い空気が流れ始めた時だった。

 

「私があの一番手前の個体を狙う」

 

 亜美がその空気を断ち切った。

 

「逃げられないように足を撃つわ。2人は首を斬って仕留めて」

 

 既に彼女は弾を込め始めていた。冷静できっぱりとした口調に反して、わずかに手は震えていた。そんな自分自身に鞭うつような鋭い手つきで『通常弾』を装填する。

 

「今の私たちは戦士じゃない、狩人よ。それを肝に命じなくては駄目」

 

 彼女の姿勢は既に発射の準備に入ろうとしていた。

 

「……三人とも。戦士になりたての頃とは違って戦う力は十分にあるわ。後は、勇気を出すだけよ」

 

 ルナが静かに背中を押すように言った。

 何の変哲もない少女たちが魔法戦士となり成長していく過程を見届けてきた彼女の言葉は、誰よりも重かった。

 レイとうさぎは息を吐き出し、足並みを揃えた。

 

「はああああっっっっ!!」

 

 息を合わせ、同時に獲物へと駆けだす。

 後ろでパァン、と乾いた銃声が青空に鳴った。空気を裂く音が耳を通り過ぎ、次の瞬間には脚を撃ち抜かれたアプトノスが悲鳴を上げて倒れていた。

 平和な空気は一変し、混乱に陥った草食竜たちの叫びがこだまする。だが、気にしてはいられない。

 

「ごめんなさいっ!!」

 

 うさぎは、ハンターとして初めて、アプトノスに刃を振りかざした。

 鉄の刃が、首筋を捉える。掌に管や肉を切り裂く手触りが伝わる。思いのほか刃は深く食い込み、骨にコツンと当たった。

 傷口から鮮血が迸り、うさぎの頬に飛び散る。

 

「あっ……」

 

 うさぎの背中に寒気がぞわりと走る。そのせいで、刃を持つ手が途中で止まってしまった。

 アプトノスが抵抗して身を捩り、うさぎはそれにつられて倒れた。このままでは、この巨体に踏み潰される!

 

「きゃあっ!」

 

「危ない!!」

 

 レイの判断は早かった。すぐさまうさぎの反対側に回り、うさぎに当たらないよう傷口へ刀を真っ直ぐ振り下ろした。

 赤い噴水がもう一度。

 アプトノスは即死した。

 

「うさぎちゃん!」

 

 急いでルナと亜美が駆け寄り、レイと協力して呆然とした状態のうさぎを何とか立たせた。幸い怪我はなかった。

 

「うさぎちゃん、大丈夫?」

 

「……平気、よ」

 

 ルナから聞かれると、うさぎは絶命したアプトノスからぎゅっと目を瞑って背け、息を荒くしながら呟いた。 

 亜美はライトボウガンを抱えたまま、脱力してその場にへたり込んだ。

 

「うぬ、よくやった!都会から来たにしては手際が良い!血を見て吐きもせず、よく頑張った!!まぁ、スーパーベテランハンターの私に比べりゃまだまだだがな!」

 

 気づいた時には既に、四人のすぐ傍で教官が腕組みをして立っていた。

 

「さあ、獲物を狩ったらすぐに剥ぎ取りを行うのだ。そうしないと、すぐに微生物が分解してしまうか、臭いを嗅ぎつけて肉食モンスターがやってくるぞ!」

 

 残念ながら、今の彼女たちの心情を慮ってくれるほど教官は甘くはなかった。

 言葉に間違いはないようで、早くも頭の突起の先が腐りかけ、薄く黒ずみかけていた。

 

「……剝ぎ取りナイフってやつ、持っていないんですけどそっちが支給してくれるんじゃないんですか?」

 

「ぬうっ!?」

 

 レイが聞くと教官は素でびっくりした声を上げ、焦った表情で懐のポーチを探る。やがてぱっと表情を輝かせた彼女は3つの革に入った小型の(といっても掌以上のサイズを誇る)ナイフを取り出し、渡した。

 

「ぬ……ぬはは、そそ、そうだ、これが剥ぎ取りナイフだ!どうだ、都会の肉屋でもこんな代物は使わんだろう!?今日からこれらはお前らが自身をハンターとして証明する、一生を共にするものだ!大切にするといいっ!!」

 

 沈黙の中、レイの厳しい視線が教官に刺さった。急いで教官は必死の表情でぶんぶんと音がするくらいに首を横に振る。

 

「忘れてないから!忘れてはないからな!?」

 

「……はぁ、もういいです。で?剥ぎ取りどうすればいいんですか?」

 

 レイがあきれ顔で聞くと、教官はにかっと笑って、膝をぱんっと景気のよい音を出して叩いた。

 

「よぉく聞いてくれたっ!良いか、まずは喉の頸動脈を切って血を抜く。お前ら、よく見ていろよ!」

 

 張り切った様子で教官は自分が言った通りのことをした。どくどくと赤い濁流が地面に広がる。

 再びショッキングな光景に三人は青ざめて顔をしかめるが、戦士の意地なのか、そこから決して目を離すことはなかった。

 うさぎがふらつきそうになり亜美とレイが支えようとするが、彼女は首を振ってそれを拒否した。

 

「おい、金髪!!お前、こんぐらいの肉を丸ごと焼いたことあるか?」

 

 口を押えていたうさぎは突如話を振られた。教官は自分の肩幅よりも広く両手で空間を仕切り、架空の肉の大きさを見せた。

 

「そ、そんな大きいのはないですけど……」 

 

 それを聞くと教官は不敵な笑みを浮かべた。

 

「いいぞお、自分で狩った獲物の肉をかっ喰らうのは。この肉の旨さを知ったら都会になんぞ戻れなくなる」

 

 教官は、アプトノスの腿にナイフを突き立て、引く。皮を丁寧に剥すと、牛の霜降りに近いような綺麗な肉が姿を現わした。

 

「質のいい生肉を取るにはモモがオススメだ。何と言っても私の好物はミディアムで焼いたモモステーキでな、噛み締める度に溢れ出る肉汁が絶品なのだこれが……!」

 

 教官は口元からじゅるりと音を立てると、尻尾を持ってそちらを持ち上げ、脚の方の血も余すことなく流しきる。

 彼女の口調はあくまで明るい。まるでこれがいつもの日常的な行為であると言わんばかりだった。

 

「お前らにも後で実際に肉を焼いてもらう!ま、どうせ最初は初心者ハンターにお決まりのパターンで、生焼けにするか黒っこげにするだろうがな!ぬははははは!」

 

 ちょくちょく関係のない雑談を交えてご機嫌に笑う教官の顔を見て、さっきまで青かったうさぎの顔に少しだけ血色が戻ってきていた。

 

「さあ、次からはお前らがやってみろ!これはお前らの獲物なのだからな!」

 

 意を決して、三人は剥ぎ取りナイフを手に取った。

 その後、彼女たちは教官から肉の剥ぎ取り方について目の前で伝授してもらい、実践した。手つきは恐々としてぎこちなかったが、赤い景色と血の臭い、そしてさっきまで生きていた肉を切る手触りに何とか耐えてやり切った。

 数十分後、肉を剥ぎ終えた時には彼女たちの顔は汗で真っ赤になっていた。その時点で死体はかなり腐ってしまったが、教官によればきちんと慣れればものの数分で剥ぎ終えることが出来ると言う。

 

ーーーー

 

 その後も何頭かアプトノスを狩り最低量の生肉を確保した後、彼女たちはキャンプに帰った。

 初めての狩りで野原を駆けまわったせいで、彼女たちの体力は身体的・精神的に共に限界に近い。

 もう日は暮れかけていて、オレンジ色の夕陽が眩しかった。

 キャンプの前には既に教官が控えていて、その前に三人分、バーナーが付けられた台座に支柱が二本、そしてハンドルが据え付けられた奇妙な機械が置いてあった。

 

「さあ、座れ!肉焼きを始めるぞ!」

 

 ここにいる中で誰よりもウキウキした表情をしているのは教官だった。この行為は何回も経験しているはずなのにも関わらず。

 子どものような無邪気っぷりを見て四人は思わず苦笑しあい、席についた。

 

「取ってきた生肉をこの支柱に置け!そしてハンドルを回す。超簡単だ!」

 

 言われた通りに肩幅より大きい、1本の骨に肉の塊を突き刺したような、いわゆる『マンガ肉』の形にした生肉を置き、ハンドルを回す。火力はかなり強いらしく、なんと数分もしないうちにいい匂いが辺りに立ち込めてきた。

 

「それそれ、焼き目が付いてきたぞ。ここで『肉焼き歌』を……」

 

 聞きなれない単語に、うさぎが首を傾げる。

 

「肉焼き歌?」

 

「いい焼き加減を計るため、ハンターならだれでも知ってる歌だ。それいくぞ。チャンチャチャン、チャチャチャチャンチャチャン、チャカチャ……」

 

 急いで三人も一緒に小声で合わせて口ずさみ、ルナも唾を呑み込んで首を振った。

 

「チャカチャン、チャカチャン、チャカチャン、チャカチャン、チャカ・チャカ・チャン!」

 

 教官は歌い終わってから2拍ほど置いて勢いよく生肉を振り上げ、彼女たちもそれに続く。

 

「上手に、焼けました~~!!」

 

 油を弾けさせ、火を受けて金色に輝く、肉!ジューシーな味わいが魅力の『こんがり肉』の完成だ。

 

「きゃああああああ!美味しそう~~!!」

 

 街中でイケメンを見かけたくらいの勢いで、彼女たちは黄色い声を上げる。食欲が、その他一切すべての感情を上回った瞬間である。

 

「さあ、がぶりつけ!!」

 

 真っ先にうさぎが恥じらいもなくかじりつく。途端に、肉汁がてらてらと光って溢れ出した。

 

「お、おいひ~~~~!!!!」

 

 うさぎは肉を頬張ってキラキラさせた。カロリーなど気にする暇もない。今日の彼女たちは動き回って死にそうなほど腹ペコだったのだから。

 流石に亜美辺りは何とか口元を手で隠すくらいのことはしていたが、それでも湧き出る食欲を我慢することは出来なかった。

 

「自分で狩った獲物の肉は美味い!!これがハンターの醍醐味だ!!」

 

「あ……」

 

 うさぎが思い出したように、骨を持つ自分の泥と血で汚れた手を見る。近くの川で散々手は洗ったのだが、今日だけでは中々取れなかった。

 そう、今口にしているのは、他でもなく他の命を奪って得た肉だ。この事実は、何をやっても拭うことはできない。

 

「その感覚を忘れるな」

 

「……」

 

 火が、キャンプの中をくまなく照らしていた。テントの中も、雑草も、それに止まる虫も、異世界から来た戦士も、教官も、肉も、余すことなく、等しく。

 

「己の血肉が他の血肉によって成り立っていることを理解しろ。己が、他者の助けを借りねば一日とて生きられぬ儚き命と知れ。それが、ハンターにとって大切なことだ。これを忘れたハンターは、ただの殺戮者になる」

 

 いつもの彼女からは信じられないくらい、今の教官の顔は『教官』然としていた。

 

「人もモンスターも、同じ大自然の環を形作り紡ぐ者たちだ。それを決して忘れるなよ!」

 

「……はい!」

 

 この時だけは、三人の返事が同時に揃っていた。

 それを確認すると、不意に教官はにやりと笑って手を後ろに回した。

 

「さあ、今日はお前らの大きな船出を祝って乾杯だぁ~~!」

 

 教官が出してきたのは、溢れんばかりの泡が載った木製のジョッキ。亜美はそれを見て仰天して目をぱちくりさせた。

 

「きょ、教官、私たちまだ未成年……」

 

「未成年だとぉ~~!?そんな概念、ここにはなーーい!!」

 

「ア、アルハラーー!!」

 

 結局その後はしばらく食事どころでなくなってしまったが、何もかもが新しかったこの日は、彼女たちにとって忘れられない夜になったのは間違いなかった。

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